――それから、一年が過ぎた。
色々なことがあった。
出逢い。
別れ。
裏切り――
全ては硝煙の薫り煙る戦場の中で、感傷に浸る時すら無い刹那の連続で。
……それでも――真剣白刃で、綱を渡っていくように。
俺は、ここまで来た。
セレナも――ここまで来た。
俺達二人は――ここまで、生き延びてきた。
……『最後の出撃』と言える、確実に断言できる――この日まで。
時節はそう、3003年。
12月、31日――今年の終焉まで、数時間を切ったころだった。
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最終話 『絆』 -partner-
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「あああ……片付けても片付けても、まるで魔法のポケットのように終わらない〜……ううう」
「そんなに荷物を持ち込んでおいて、今まで整理をしてこなかったからだろう」
「ううっ……ユーイチ、案外冷淡。ぶーぶーぶー」
「俺はもう自分の荷物を纏め上げたからだ」
頬を膨らませて不当な抗議の声を上げるセレナに――俺は嘆息し、椅子代わりのベッドに腰掛けた。
すでに俺の荷物は一つにまとめ、足元においてある――独弧を納めたハードケースにボストンバック一つがその全てだ。
これでも大分増えた方で、ここに最初に来た時は――手に持って事足りるほどしか荷物が無かったということを思えば感慨深い。
「ユーイチは自分のお金、全部食べ物に使ってるからでしょ?」
「……食べ物は荷物に残らないからな。これほど効率的な金銭の使用法も無い」
「ユーイチ、普通それって逆……」
「何を言う。……限られた居住スペースを自覚しているなら、もう少し自覚を持つんだな」
今までセレナと共同で使用してきたこの部屋。確かに二人で生活するには少々、狭いと思っていたが――
それはセレナの荷物がスペースを圧迫してきたせいだったと今、ようやく気がついた。
なにせクローゼットにクリアケース、それだけではない――今では自分のベッドの上にまで荷物が大量に積んである。
ベッドの下ならともかく、上とは――仮にも睡眠をとるための場所に荷物を置くとは、どういう神経をしているのか……。
「ぶーぶー、だってユーイチが言ったんだよ? 『もうベッドは一つでもいいだろう』って」
「……ぐっ」
「だから荷物、あたしのベッドに全部置いてたんだよ? 実際、もうずっと使ってないし」
……薮蛇だったか。
俺は舌打ちして、自分の失態を悔やむ。
あまり深くは言及しないが――確かにセレナはもうずっとあちらのベッドを使用していなかった。
……そうか……それでか……。
俺は馬鹿馬鹿しくもどこか納得し、改めて部屋の中を見やる。
……よくよく考えれば、あれだけ大量のコスプレコスチュームがこの部屋に入っているという時点で気付くべきだったか。
実際、別に適当に脱ぎ散らかしているわけではない――むしろ考えに考え抜いて荷物を置いている方だろう。
この部屋の中に、これだけの荷物が入りきっているということの方がある意味、驚異的だ。
服以外にも―― 一応女性として、男より身回りで使うものも多い。化粧道具などもそのいい例だ。
実際はコスプレに使用する際に使用する程度なのだろうが。
「ひっどいなぁ……あたし、ユーイチにはキレイなあたしでいよう☆ って思ってそろえたのに……ぶーぶー」
「……風呂上りにタオル一枚で俺の前に現れてくる奴の台詞とは思えんな」
「すっぴんも綺麗なのが、ホントの美人の証拠だよ☆」
「自分で言うな」
……まあ、確かに――
「『確かにセレナが美人なのは言うまでも無いことだが……』☆ やだ、ユーイチったらそんなストレートに……」
俺は即座に近くにあったゲームのコントローラをセレナの頭部めがけて投擲した。
無論命中する。
「ううう……こんなに長くいても、愛が足りないぃぃぃ……」
「……他人の心情を、こっちが認識する前に読むなといったはずだが」
「だってさ〜……別に意識しなくても聞こえて来るんだもん。あたしはユーイチが考えたこと口にしてるだけだよ?
別に嘘ついてるわけじゃないんだからいいじゃない?」
……嘘をついていないから困っているんだが――ちっ。……また読まれたか。
言葉にしなくとも――にやついているセレナの表情を見れば大体判る。
俺が鋭い目で睨みつけると、慌てて肩をすくめるものの――その表情はこれ以上無いというほど嬉しそうだ。
……多分に、俺をからかう意味合いも含んでいるのだろうが。
『川澄 綾子』による、言葉に頼らない想念による意思疎通――
聞こえだけなら素晴らしいが、簡単に言ってしまえば俺の心で想った事がつつぬけにセレナに伝わってしまう。
無論、ある程度ならこちらが意識しておくことで遮断も可能だが――気を抜くと、すぐにこれだ。
「うふふ……ユーイチって案外――」
「黙れ」
……それでいて、こちらはセレナの心情を掴むことなど出来ないのだから腹立たしい。
「……な〜に、いってるの☆」
と――セレナは振り返る。
そしてにっこりと笑って、
「あたしの心はいつも一つ――ユーイチ、ラブっていうコトだけだよ☆」
「……黙れ」
俺は顔を背けて、それだけを言うのが精一杯だった。
ラウロードとラウンドフォースとの戦いは、とうとう最終局面を迎えようとしていた。
……それは当然、俺達ラウロードの圧倒的優勢という形でだったが。
元来、技術力という点では、未来から来ている俺達のほうが優れている。
戦うに当って問題だったのはまず、戦闘人員の確保。
そして降り注ぐ塵のせいで起こる圧倒的な物資不足――
だがそれも、俺達の時代――4332年から随時送られてくる新しい戦力、
そして何より開戦から半年と経たずして、地球という巨大な物資の塊を手に入れたことによって状況は逆転した。
……ラウンドフォースの立てこもっていた火星もつい先日、完全制圧に成功し――
僅かに残った残存部隊が今、火星の衛星の一つであるフォボスを拠点とし、最後の抵抗を試みるのみ。
一方、俺達は今、全軍を上げてその最後の勢力を叩き潰さんと戦力を集中させた。
その戦力比は、ラウンドフォース1に対してラウロード100――どう贔屓目に考えても、負ける要素は無い。
……未来からの避難も、つい一昨日前――12月29日をもって、最後の避難民移送船の過去転移が完了した。
現在、移民船は衛星軌道上で、地球への移住を開始するのを待機しているという状態だ。
火星だけではなく、地球に残っていた約5000万人以上の人員も全て転移させるため――
ラウロードだけではなく、自ら立候補してそれを手助けした数々の非政府組織団体のボランティア。
そして、避難移送船を製造するため企業の垣根を超えてラインをフル回転させたラーダ・インダストリィとイスズ製作所。
究極的な滅びを前に、ようやく全ての人間達の意志が一致団結した――それは皮肉なことだろうか?
前線で戦った俺達だけではなく、後方で彼らもまたそれぞれに出来ることを探し、戦っていたのだ。
それを決して忘れてはいけないと思う。
そして、あと数時間――この時代、3003年が終了し、3004年1月1日が始まると同時に。
……本来の歴史軸ではブラックホールエンジンの第一号が製造されるはずだったこの日。
その時間と繋がる、俺達の時代――4334年の未来も完全に崩壊する。
一応物資は持ってこれるだけ持ってきているため――半年間は待機していることも出来るだろう。
だが、俺達はもう――帰ることの出来る故郷が、未来が無いのだ。
生き残るためには。
現在、この3003年に生きる人類を全て殲滅して、その後にまるまる移住するより他には無い。
火星にいる十億と、地球にいる五千万――移住するだけなら火星に移り住むという選択肢もあるだろう。
だが、後の未来を考えれば――やはり殲滅してしまうしかないだろう。
その手段も、すでに用意済み――リリス陛下の認可一つで、それを行使可能なところまで来ている。
行使してしまえば、五時間――五時間とかからず、この時代の人間だけが死滅する。
移住自体には二ヶ月程度あればほぼ完了するのは間違いない。
……ならば――僅かに残るラウンドフォースなど捨て置いて、先に地球への移住から始めるべきだと思うかもしれない。
実際、そうすべきだと――俺も思った。
しかし、そう上手くいかないのが――現実だ。
「……あ☆ コレコレ、ユーイチ、このコスってさ――」
「口を動かしている暇があったら手を動かせ」
「むぅぅ〜……折角人が思い出話に花を咲かせようってしてるのにさ、ぶーぶー」
「……お前の話に付き合っていたらいずれ花畑も出来るだろうよ」
「あ、ユーイチなかなか上手い返しだね☆」
「黙れ」
……いつまでたっても終わらないセレナに――俺は重く嘆息する。
実際はセレナは、口も動かすが手も動かしている――ただ、あまりに大量の荷物ゆえに絶対的な人手不足なのだ。
このペースで片付けていても、このままでは多分、間に合わない――
「……仕方ないな。俺も手伝ってやる」
「え、ホント!?」
「時間切れで出撃できませんでした、じゃ済まされないからな……」
セレナが調子に乗らないよう、あくまで不本意を装いながら俺は腰を上げた。
「ん〜……じゃ☆ ユーイチはあっちの荷物、ちょっと整理してカバンに詰めといてくれる?」
「判った」
言われた区画を早速俺は確認に移る。
棚を引き出し、中の物を分別しながら鞄へと放り込んでいく――どうやら、衣装棚のようだ。
防虫剤の匂いがかすかに香る中、引っ掛けて破かないように注意しながら服を引き出す。
……これは確か、昨年のクリスマスの時にセレナが着ていた服か。
こっちは、火星で初めて出撃した日の夜に着ていたものだ。
セレナは基本的に、一度使用したコスチュームをもう一度着ることは滅多に無い。
だから、この衣装棚にある服が――それぞれの日の思い出を呼び起こすことはそう難しくは無かった。
……この服だけではない。
この部屋にある荷物全てに――それぞれに思い出があり、エピソードが添えられている。
その集大成であるこの部屋は、俺とセレナが過ごした一年半――それをそのまま形にしたといっても過言ではない。
……それが今、少しづつ――少しづつ、切り崩され、片付けられていく。
まるで、過ごした時間がゆっくりと逆戻しにされていくかのように。
少しづつ――この部屋から、過ごした思い出が、消え去っていく――
「……ユーイチ?」
セレナの呼びかけに――ハッと我に返る。
俺は軽く頭を振ると、改めて棚の整理に取り掛かった。
……まったく。注意したはずの俺が――手を止めているなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
気合を入れなおし、俺は棚の奥にあった紙箱を取り出し、開けて――手を、止めた。
「……? どしたのユーイチ……あ」
……俺は多分、これ以上ないほどに面食らった表情をしているに違いない。
何故なら、その紙箱に後生大事に入っていたのは―― 一組の下着。
今更、セレナの下着を見たからといって慌てふためくほど俺は子供ではない。
……しかし、これは――確か――
「そだよ☆ ……ユーイチとあたしが、初めて――」
俺は即座に落ちていたビニールスリッパを掴んでセレナの即頭部に仰角45度で叩き込む。
「ううっ……き、記念なのにぃぃぃ……」
「箱に入れるな箱に! ……ったく、お前という奴は本当に――」
「あ、大丈夫だよ? きちんと洗濯した後だし☆」
俺は溜め無しでドロップキックを叩き込む。かなりの荒業に成す術も無く吹き飛ぶセレナ。
荒げた息を抑えることも忘れて――耐えがたい疲れに、俺は心の奥底から嘆息した。
ファールン・ホープ――ラウンドフォースの所有する、とあるV.A.。
所属隊は独立遊撃部隊オーヴァ・ザ・センス――そうだ。一年前のクリスマス、俺が半壊させた白いV.A.。
あの後も数度、火星にて遭遇し――その度、撤退させてきたあの白いV.A.。
それが――今、ラウロードが総力を挙げて破壊しなければならない目標の一つであり、
その存在が、俺達の地球への移住が開始できない理由になっている。
存在を放置しておくと、確実に地球移住に――下手をすれば、俺達のこの時代の存在自体に影響を及ぼすかもしれない。
……たかが一機のV.A.に、そんな馬鹿げた話が――普通ならそう思うだろう。
だが、違うのだ。
あれは――『たかが一機のV.A.』ではないのだから。
この世界に存在する『意思』を弾き、『意思』の支配する『法則』を捻じ曲げ、超常的現象を引き起こす力。
その力は、途方も無く膨大で――無限の力を秘めているといってもいいかもしれない。
だが、それには制約が存在する。
力の方向性に個々の差があり、そして絶対的な力のキャパシティに限りがある。
だが――だが。
その力を、全く制約も無く使えるとしたら?
『川澄 綾子』の力――その無限の力を全て使うことのできる存在がいるとしたら?
そうだ。
あのファールンホープという、白いV.A.は、『川澄 綾子』の力全てを行使することが出来る。
何故なら――あのV.A.は、この世界の『法則』を束ねる『意思』そのものだからだ。
二流ファンタジーの世界でも、そんな下らない話は無い。
言ってみれば、あのV.A.が。
金属で出来た兵器が――『神』だというのだから。
しかし――事実は小説よりも奇なりとは言ったものだ。
この最悪の冗談のような話が――現実だというのだから。
あの白いV.A.はそもそも、ラウンドフォースで――というより、この時代に『造られた』ものではない。
そもそも、『造られた』のかどうかすら怪しい。
あのV.A.は、ある日突然――地球に落下してきた。
そして、その機体構成こそV.A.と共通しているが――ブラックボックスとも言うべき部分が存在する。
その部分は全く未知の技術を持って構成されており、ラウロード側でも解析が不可能だった。
言わなくても判ることだが、俺達の時代は本来の歴史軸なら人類終焉直前の時代――
そこから来た俺達は、人類が到達しうる文明技術の頂点に存在しているのだ。
その俺達に解析不可能――さりとて、軌道を計算したところこれが外宇宙から来た様子も無い。
何故なら、発見当時――このV.A.は莫大な『川澄 綾子』の力と共に突如、空間を捻じ曲げて地球上空に現れたのだから。
だが、厄介なのは――それだけではない。
というより、それだけならば――対処する方法はいくらでもあった。
白いV.A.は、確かに制約の無い『川澄 綾子』を行使する能力を持っている。
しかし、いかにその力が莫大とはいえ、所詮はV.A.――能動的に『川澄 綾子』を行使することは出来ない。
あくまで、それは兵器であり、道具――あのV.A.の『川澄 綾子』を発動させるためには、
その鍵とも言うべき、パイロットが登場していることが不可欠なのである。
『川澄 綾子』発動の鍵となるパイロットに必要な素質は、唯一つ。
パイロット自身も『川澄 綾子』であること。
どれほど微弱でも構わない――『川澄 綾子』の力さえあれば、白いV.A.の『川澄 綾子』も意のままに行使できる。
いわば――『神』になることも不可能ではない、ということだ。
――そして、一番問題なのは。
そのV.A.に乗っているパイロット。
……それが――あの男だということだ。
思い出すだけで、胸に不快なむかつきを思い出させるほどに鬱陶しいあの男。
一年前、セレナを撃墜しようとした――あの男。
……決して人間の風上に置きたくは無いあの男が――『神』。
これほど悪意に満ちた現実が存在するだろうか。
俺達は過去に一度だけ、あのV.A.がその『力』を行使するところを目撃している。
……一年前、あの男の崩壊した精神を再構築するという離れ業を見せたあのV.A.だが――
それすらも上回る、尋常ではない『川澄綾子』の力――その反応と、共に。
火星、木星の間にある小惑星帯――それの半分が『消滅』した。
無論、現在存在する兵器で、そこまで莫大な範囲かつ高い破壊力を持つものなど存在しない。
たとえ『川澄 綾子』の力を持ってしても――数億人が命を捨てる覚悟で力を振り絞らねば、こんなことは不可能だろう。
常識を上回る、白いV.A.の力――これほどの力が、このV.A.の全力なのかそうでないのかは判らない。
ただ、これだけは確信をもって断言できる。
あのV.A.が『その気になれば』――銀河系レベルで、この太陽系を含めて一帯を消滅させることも不可能ではない。
本当にあのV.A.が、制約の無い『川澄 綾子』を行使できるならば。
武器とは、兵器とは――扱い方を熟知し、その力の限界を知り、
そして力に呑まれないだけの精神を兼ね備えた人間が持つことで武器となる。
それは、誰かを殺傷するだけではない――誰かを守るために行使することも可能な『武器』となる。
だが――その扱いもろくに知らない素人が――武器が何たるかを理解していない『子供』がそれを持てば。
それは、ただの『凶器』だ。
己も、相手も、誰も彼もを傷つけるだけの――厄介極まりない『凶器』でしかない。
そしてその『凶器』が今、ラウンドフォース唯一の救いにして、俺達最大の脅威となっている。
元々、この時代の人間は殲滅する以上――和平の道など存在しないのは当然だが、
しかしラウンドフォースが徹底抗戦の姿を取っているのは、間違いなくこのV.A.の存在によるところが大きい。
そして面倒なことに――この白いV.A.が、下手をすれば銀河系ごと自滅する可能性があることも知っての上でだ。
自分たちが生き残ることが出来ないのならば、この世界が崩壊しようが構わないらしい。
正に『奇跡』と呼ぶべき、生命を育むことの可能な条件の揃ったこの地球で、生命という存在が誕生して10億年。
その全てを――自分たちが存在できないからと、崩壊させてしまって構わないと言い張るラウンドフォース。
……そんな奴らだからこそ、俺達の生まれた未来が出来上がったことを考えれば――納得できない話ではないが。
それでもやはり、あまり気持ちのいいものではないことに変わりは無い。
そして、俺達はこの世界が消滅させられる――そんな事を黙って放置しておくほどお人よしではない。
だから、今。
火星宙域に全軍が集結し、その開戦の火蓋が切って落とされるのを待っている。
今回の戦闘の目的は、ただ一つ――白いV.A.『ファールンホープ』の完全破壊。
圧倒的な戦力差がありながら、圧倒的な戦闘力を持つこのV.A.が存在する以上――全軍を投入せざるを得なかった。
このV.A.さえ破壊すれば、現在のパワーバランスを崩す要因を完全に失ったラウンドフォースを殲滅することは容易いだろう。
そして、この戦闘が終わることによって――俺達ラウロードのこの時代の制圧は完全に完了する。
事実上――これが、ラウロードの。
俺達の――最後の戦場となる。
そして、この戦いが終われば――もう俺達はこのクレイジーラピッドに乗船する必要は無い。
チームブリット――いや、ラウロードという軍隊組織自体が、この戦いの後に解散するのだから。
だから、俺達は――最後の出撃を前に、今まで生活していたこの部屋の荷物整理を行なっていたのだ。
流石に戦闘終了後に荷物を整理するほど、体力が残っているかどうか心配でもあったからだ。
ここまでを生き抜いてきた、歴戦の兵士達がある者は静かに、そしてあるものは騒ぎながら、最後の出撃を待つ。
そんな中――俺達は最後の出撃を前に、最後の部屋の大掃除を行なって。
――それが完了した時。
時計を見れば、出撃まで30分を切っていた。
手首の辺りに存在する機器を操作し――ボタンを押し込む。
ばしゅ、と空気の圧縮音と共に――俺の体をぴったりとパイロットスーツが包み込んだ。
その利便性の追求ゆえに、パイロットスーツはフリーサイズで造られている。
手首のボタンを操作することで生地を収縮させ、個々の体に沿わせるのだ。
体に感じる、軽い拘束間――引き締めるのは身だけではなく、心も。
……出撃準備は、整った。
「……すっきりしたね」
ベッドにぼすっと座り、呟くセレナの言葉に。
「……そうだな」
俺はそれだけ呟いて、セレナの隣に腰を下ろした。
いらないものは処分し、整理して――何とか鞄、5つにまで押さえ込んだセレナの荷物。
俵のように積み込んだそれは、ちょっと笑いを誘うが――少し、それから目を逸らして見渡せば。
……何もないこの部屋が、妙に広く感じた。
備え付けてあるこのベッド以外、基本的に全ての家具は自分たちで持ち込んできたものだ。
俺が最初にこの部屋に足を踏み入れた時――すでにセレナは荷物の配置を完了させていたから、知らなかったが。
……ここまでがらんと広いとは思わなかった。
「……なに? それって遠回しにあたし、非難されてる? ぶーぶー」
「……違う」
そういう意味じゃない……どういう意味なのか、と問われれば言葉に詰まってしまうが。
……ここにはもう、何も無い。
俺達がいて、住んでいた痕跡はどこにも無い。
まるで砂の城が、波にさらわれてしまったかのように――後にはただ、無駄に広い空間だけが残っている。
時間は巻き戻り――こんなにも簡単に、過ごした時間は――思い出は、脆くも消え去って――
「……ユーイチ」
俺の思考を遮るように呟かれた名前は、とても優しい響き。
「……ホラ、あそこの壁……あたしが服作ってるときにボヤ騒ぎ起こしちゃった時の跡。……覚えてる?」
「……ああ」
壁に僅かに残った焦げ後――よく見ないと気がつかないが、確かにそれは残っていた。
「……あれは前にユーイチが寝ぼけて殴りつけた時の跡だし……それから、そこは最初、生活スペースを区切ろうって
ビニールテープで境界線張ってたときの残りだし……あれはタコ足コードにホコリが詰まって、弾けた時の跡でしょ?
それから、そこに、あそこに、あそこに……」
セレナが次々に指差す場所――そこには確かに、俺達がいたという確固たる痕跡が残っていた。
「……それに……思い出は、ここにも沢山、残ってる」
セレナはそう言って、自分の胸を差し――そのあたりをそっと手で抑え、軽く瞑目する。
「ユーイチと過ごしたこの時間は……絶対に、消え去ったりなんかしない。
こうやって目を閉じれば……すぐに思い出せる。次から次に……どんどん思い出が溢れてくる。
……消え去ったように見えるけど……探せばきちんと、見つかるよ。……あたしたちの、一年半」
彼女はゆっくり目を開けて――そしてそこに、微笑を咲かせて。
「……でしょ?」
「……そういう……ものなのか?」
「そーゆーものだよ☆」
……そうか。
そうだな。
――そういうものなのかもしれない。
そう思うと、何故だか少し――心が軽くなったような気がした。
……出撃まで、あと20分。
俺は膝を払うようにして立ち上がり――セレナへと、手を差し出した。
「……行くぞ」
セレナは笑って、俺の手を取り――立ち上がった。
クレイジーラピッドの中は、全力で走れば30秒程度で部屋から格納庫まで走ることが出来る――
実際、今までの出撃の殆どが緊急のものだったため、随分とこの順路を走ってきたものだ。
……だがそれも、今日は別に急ぐ必要もない。
今回の戦闘、確かにチームブリットは第一陣――それもやはり、切り込み役として先陣を切って突撃せねばならないが、
流石に開戦時間がきっちりと決まっている戦いで、フライングをする意味合いは無いだろう。
普通なら、ここで幻想的な感情を抱くのだろうが――俺としては、思い出すのは宙間戦闘でのことばかり。
パニッシメントノヴァも一応、宇宙での戦闘を想定はしているが――やはり足場があったほうが踏み込みは早い――
そんな取り止めの無いことをぼんやりと考えていた時だった。
……目の前に、通常ならばありえない人物の存在に気がついたのは。
「……ウインド?」
壁にもたれかかって、窓の外を眺めていたその男――ウインド・クーパー。
チームブリットで最年長、階級も最上級――このチームの責任者であり、同時にこのクレイジーラピッドの操舵者だ。
「……ユウイチ。ちょっと……話がある。まだ時間はあんだろ?」
口調こそ、いつもどおりの軽いものだったが――その目は驚くほどに真剣だった。
……だからだろうか。オレは傍らのセレナの肩を叩くと、
「……先に格納庫で調整を済ませて来てくれ」
「ん〜……判った☆」
珍しいくらいに聞き分けもよく――セレナは一人、格納庫へと先行する。
……いつも、無言でも喧しいほどのこの男。
黙って宇宙を見つめているということも十分に驚愕に値するが、今回驚いたのは別のことでだ。
……ウインドは、クレイジーラピッドを操縦しているのだ。
そして今、俺達はそのクレイジーラピッドに乗っている。
……ならば今、この船を操縦しているのは――
「……そんな驚くんじゃねぇよ。スフィーが作った自動操舵プログラムってヤツが今はコイツを動かしてる。
ま、このじゃじゃ馬がプログラム如きに扱えるとは思えねぇが……一時間くらいはもつだろ?
大丈夫だ、戦闘が始まる頃にはオレがきっちり操舵してっからよ」
「……そうか」
ひとまず安心し――セレナが声が届かないところまで離れたのを確認してから。
俺は表情を改めて、ウインドと向き直る。
「……今回の戦闘において、『クレイジーラピッド』は『パニッシメントノヴァ』及び『デッドリーダンサー』を宙域に投下。
然る後にクレイジーラピッドを強襲形態に変形後、二機に続いて敵軍と交戦……今回の作戦は説明したはずだが」
「要するにお前らを出撃させて、クレイジーラピッドを人型に変形させて突っ込みゃいいんだろ?
それはもうなんべんも聞いたっての。……あんまししつこくて耳にタコが出来ちまうぜ」
げんなりと嫌そうに呟くウインドに――しかし俺は首を傾げざるを得ない。
「……? 作戦を忘れたから確認するために呼び止めたんじゃないのか……?」
「あのな……いくらオレでも、そんな簡単な作戦の内容を忘れるわけねぇだろ?
ってか、ンなこと確認するのに何でわざわざセレナを先行させなきゃなんねぇんだよ」
そういえば……そうだな。
「……ならどうした? セレナに話せないような事態でも発生したのか?」
「いや……そういうわけでもねぇんだけどな……」
何かを切り出そうとして――出来ず、頭をがりがりとかくウインド。
……この男らしくも無いその態度に、俺は眉根を寄せた。
「っとな……この任務で、ラウロードとしての任務も――戦いも、ラストだろ?
だから……ちょいと話しておきたいな、と思ってよ……」
「……それが……セレナに話せないようなことなのか?」
「いや、そういうわけじゃねえんだが……こういうのは、やっぱ一対一で話すべきだと思って……な。
つか、まあ第三者がいると恥ずかしくてやってらんねぇ、っていうのが正しいか?」
ふうっ――と息を吐き、動揺を押さえ込み。
……ウインドは真面目な表情で、口を開いた。
「――お前、宇宙で『風』を感じたことはあるか?」
「……『風』……?」
真面目な表情から出た、突拍子も無い言葉に――俺は意表を突かれる。
風と聞き、連想したのは勿論、大気の気圧差によって生じる自然現象のそれだったが――
ウインドが口にしているその『風』とは、恐らく――自然現象のそれとはまったく別の『感覚』だろう。
「……スパーク・ゼロのドライバーの間じゃ常識だが……やっぱ普通のヤツには判んねぇかな。
『風』っつうか、『流れ』っつうか……俺達スパーク・ゼロ出のドライバーは、宇宙にそういうのを『感じる』んだよ。
直感、虫の知らせ、勘――判り易い言葉が他にあるんなら、そいつに置き換えても構わねぇ。
とにかく、感じんだよ……分厚い壁で隔てられた真空とコクピットの間に流れる『風』ってヤツを。
肌をチリチリと焼いて過ぎ去る――宇宙にはそういう『風』が流れてるのさ」
「………………」
その感覚を、完全に理解してやるのは――残念ながら出来ない。
だが、ウインドには確かにその感覚があるのだろう。
嘘や冗談を言う表情ではないからだ。
『速さ』に命を懸けた人間だけが到達する、そういう概念なのかもしれない――
「どれだけデータ的に見て安全なルートだって、『風』が悪けりゃ絶対に事故る。反対にどんだけダメなルートでも、
『風』をキチッと見分けて進むことが出来りゃ、船体に傷一つつけずに抜ける事だって可能だ。
こいつはまぁ、極端だが……それでも、一流のスパーク・ゼロのドライバーは『風』を信じる。
『風』の悪い日には、絶対にレースはしねぇ……それが、走り続けるための――生きてくためのコツなのさ」
宇宙を眺め、渇いた口調で呟くウインド。
……この男の過去について、俺は詮索をしなかったし――自分の口からも、何も言わなかった。
だが、やはり――この男にもこの男なりに、苦い過去のようなものがあるのだろう。
その口調の端々から漏れ出ていたのは――押し殺したような、渇いた悲しさだった。
俺は話題の方向性を若干、変える必要を感じて――口を開く。
「……で、そのお前から見て……今日の『風』はどういう感じなんだ?」
いきなり俺から話題を振ったことに――ウインドは目をぱちくりと見開いて俺を見返す。
だが、恐らくそれに似た話題を話すつもりだったのだろう――案外すらすらと、答えは帰ってきた。
「今日の『風』を、一言で言っちまえば――『嵐』だな」
「……嵐?」
「あまりにも強い『風』が、しかも方向も定めずに吹き荒れてやがる。……決して悪い状態でもねぇが、いい状態でもねぇ。
なにせ、『風』の予測が全く効かねぇからな……本人の技量次第で味方にも、敵にもなるってヤツだ」
「それは……厄介だな」
俺の素直な感想に――ウインドは微苦笑すると、
「……けど、そんな『風』の時でも、レースに出なきゃ行けねぇ時もある……丁度、今日みたいにな。
そんな時、スパーク・ゼロのドライバーは……決まってレース前に一つ、やることがあるのさ」
「……やること……?」
「ああ――丁度、こんな感じだ」
ウインドは、壁から離れて――背を伸ばして俺と向き合った。
頭一つ分は高いところから、俺を見下ろし――そのまま、右手を握り、親指を自分の左胸に当てるようにする。
……毅然としたその動きは、どこか敬礼を思わせる厳粛さを湛えていた。
「――お前達に、『風』の加護がありますように。
『風』が背かず、裏切らず――先を示す導き手となって、お前達をどこまでも運んで行きますように。
……この戦いに、生き残れますように――願いを、聞き届けたまえ」
その言葉、その態度、その仕草――その全てに、冗談は微塵も無かった。
そして、思った。
……先刻感じた、敬礼に似ているという感想――それが決して間違っていなかったことに。
戦場へ向かう兵士達を送り出す時の敬礼と、ウインドのこの行動――共通点は、一つ。
相手を敬い、だからこそ心の底から無事を願う――曇りなき心が、毅然とした態度に表れているのだ。
……だから。
俺も黙って――ウインドと同じポーズを返す。
ウインドに、『風』の加護があるように。
『風』が背かず、裏切らず――先を示す導き手となって、この男をどこまでも運んでいくように。
……そして、この戦いで生き残れるよう――俺もまた、願った。
静かに、願った。
……たっぷり、30秒はたっただろうか。
互い、示し合わせたわけでもなく自然とそのポーズを解いて――
「……じゃ、また後でな」
「ああ」
交わす言葉は短く、俺達は通路をそれぞれ逆の方向へと進みだす。
俺は、愛機の待つ格納庫へ。
ウインドは、クレイジーラピッドの操舵室へ。
それぞれ、最後となる戦場へと歩いていく。
俺達が再び会うのは、全てが終わった後――戦いに生き残り、勝利を味わったその時だ。
「……うふふふふふふふふふふふ」
格納庫に到着した途端――背後から染み出すように現れた笑い声。
「スフィーか。……機体の調子はどうなんだ?」
「あら……ユウイチ君、冷静な反応ね…………ちょっと物足りないわね……」
相変わらず、整備に邪魔としか思えないほどの長い髪を体に纏わせるようにした女性――スフィー・トゥインクル。
……冷静というか、冷静を装ってみただけなんだが……。
行動を予測して、あらかじめ精神的に落ち着くことを課してなお、やはり少し背筋が寒くなったのは内緒だ。
俺は咳払いを一つしてその考えを誤魔化し、改めてスフィーに問い直す。
「で……スフィー。俺が頼んでおいた、機体の調整……上手く行ったのか?」
「あら……誰に向かって、そんなことを言っているのかしら……ふふふ」
スフィーは、その端整な面持ちに絶対的な自信を貼り付け――視線を、横手へと向けた。
「……見なさい」
俺も、その視線の動きを追うようにして――『それ』を、見つけた。
「……本当に、成功したのか……」
そこにあった『それ』とは――俺の愛機、パニッシメントノヴァ。
しかし、何度もこいつを見てきた人間なら――今、その違いに気づくことが出来るだろう。
……ストライクフレームと、アームズフレームの双方を装着し、さらに追加パーツを装着されたその姿――
「うわ〜……何度見ても、すっごいゴテゴテしてるよね〜……」
茶化すセレナの言葉も、その圧巻ぶりにどこか呆けた様子だ。
「……ユウイチ君の要望どおり、本来なら二つ同時に装着することの出来ないストライクフレームとアームズフレームを、
遠近双方の戦闘に対応するために改装……結果、究極的に重くなった機体を動かすために全身にブースターポッドを追加。
究極的な攻撃力と防御力、機動性の融合……そしてそれを活かすことのできる唯一のパイロットを備えたこの子。
名付けて『パニッシメントノヴァ・ストライクアームズフレーム』……要求通りの性能に仕上げたわよ」
スフィーの手渡した、スペックのデータをチェックしながら――
これで最後だというのに、俺は改めてスフィーの腕の良さに驚かされていた。
近接戦闘に優れ、直線軌道の速度ならば他のV.A.の追随を許さないストライクフレーム。
徹底的な砲戦仕様に、短期決戦や後方支援にて目覚しい活躍を見せるアームズフレーム。
二つとも現存するV.A.の中では最高に近い性能を持っており、それを俺は限界まで引き出せるという自負はある。
だが――それでも、あの白いV.A.と本気で戦いあうには、少し役者不足と感じていた。
一年前、完全に破壊すべきだったと後悔するが――もう、遅い。
……ならば今度こそ、塵一つ残さずに破壊するために。
俺は、不可能とも言うべきこの二つのフレームの同時装用をスフィーに頼んだのだ。
徹底的近接戦闘用装備と、徹底砲戦戦闘用装備の同時装用。
それも、互いの利点を相殺することなく、相乗してさらに性能を上げろ――我ながら無茶すぎる頼みだと思っていた。
しかし、今――俺の目の前に泰然と佇む愛機は、俺の要望を完全に体現してここに存在している。
「……重い機体を、力のあるブースターで引っ張りまわす……こんな凶暴な子はもう、量産できないわね……。
思い切って、OSから何から、全てのデータをユウイチ君……貴方に完全対応したものに差し替えてやっと完成したわ。
これはもう、イスズ製作所の新商品のテスト用の機体じゃない。……ユウイチ君。
この新しいパニッシメントノヴァは、貴方のためだけに生まれてきた――貴方に操縦してもらうためだけに……ね……」
「……俺だけの……パニッシメントノヴァ、か……」
その言葉の響きは――まるで心の奥にまで染み渡り、広がっていくかのように心地が良かった。
……俺だけのパニッシメントノヴァ。
たかだか一兵士が専用機を持っているなど、度が過ぎすぎている話だが――悪くはない。
スフィーの力によって、さらに限界まで力を引き出されたパニッシメントノヴァ。
後はその力を完全に使いこなす、俺が頑張る番だな――
「ねねね、ユーイチユーイチ☆ あたしのデッドリーダンサーもパワーアップしたんだよっ☆ ホラホラ〜☆」
と、セレナに腕を引っ張られて――見上げたデッドリーダンサーもまた、確かに形状が変わっていた。
背中のロジカルバリア発生器が二基追加され、機体も一回り大型化。
それにともない、細部の変更や鋭角化などが見受けられたが――中でも、一番の違いは――
「……『無影』が……取り外されている……?」
デッドリーダンサーの主武装であり、最も特徴的でもあった武装――二本一組の巨大な実体剣『無影』。
しかし今、そこに存在すべき刃が見当たらないのである。
元々透明だったために、見えやすいものでなかったのは確かだが――だが、全く存在していないとは――?
「……うふふふふふふ……どうやら、貴方も当惑しているようね……」
「当たり前だ。……デッドリーダンサーをこの時期になって武装の方向性を変更するとは、何を考えて――」
「ふふふ……ユーイチ、『無影』……実は無くなってないんだよね〜☆」
「……何?」
セレナとスフィー――二人の含み笑いに、話が見えない俺は当惑するしかなかった。
しかし、もとよりスフィーはV.A.の事に関して、自分の知る知識を隔すことの出来ない性格だ。
ほどなくすらすらと、俺の疑問に対する模範解答とでも言うべき言葉が彼女の口から流れ出た。
「……最近、匿名の人物からの技術提供がイスズ製作所にもたらされたのよ……その内容が、
無影を構築していた共有結合石英の常温における融解・凝結技術……。
それで本社からの要請を元に、早速無影にその技術を適応したというわけね……つまり――」
「無影はその気になれば、変幻自在に刀身の形を変えられるってワケ☆ で――ぐきゅっ」
「――……この技術のおかげで、無影の刀身を最大72.8mにまで伸ばすことに成功しているわ。
他にも、スネーク・ブレイドの射程の増大に、容量増大によるスラッシュ・シートの弾数増量……。
そうね、名付けるなら『デッドリーダンサー・エターナルステージ』というところかしら……ふふふ」
「そ……そうか」
最初にスフィーの言葉を引き継いだセレナの後頭部に深々とスパナを突き立てておきながら微笑するスフィー。
……やはり、最後の最後でも――この女は、苦手だ。
俺は、なるべく目線をあわせないようにしながら――それでも一応、頭を下げる。
「……ともかく、助かった。……これで俺達も、全力を出して戦えそうだからな」
「ふふふ……私は私に出来ることをしただけのことよ。でも…………どういたしまして」
スフィーは、また含みのありそうな微笑を浮かべ――そしてそのまま、俺の脇を通り過ぎようとする。
「……? スフィー、内部からの機動データの調整は――」
そうだ。……大抵、スフィーは整備を完了させても、実際に出撃するその直前まで機体のデータを確認する。
だというのに、こんなところで立ち去ろうとするなど――
「……もう、データを採取する必要は無いわ。……流石にここまで機体を改造してはテスト機とは呼べないもの」
「……待て、ということは――」
「ええ…………一介の社員としては越権も過ぎた行為…………さて、私はここからどう転ぶのかしらね」
ふふふ、と笑うスフィーだったが――俺は彼女の口にした言葉の意味、そして重大さに――愕然となるより他に無かった。
スフィーは仮にも軍属とはいえ、その元を正せばイスズ製作所の社員である。
彼女がこのチームに所属になったのは、機体の整備もそうだが――本来、量産を前提としていた俺達の機体のデータを採取し、
そのデータは来るべき量産体制、そして今後のV.A.開発のための参考データとなる重要なものだ。
……だが、スフィーは俺達の機体を――会社のものである二機を、俺達の嘆願とは言え独断で大幅に改造してしまった。
これが普通のV.A.ならば、始末書程度で済むだろうが――俺達の機体は社の重要機密とも言うべき貴重なテスト機。
そして――イスズ製作所が、ラウロードと公式に契約を結んだ軍需企業であることを、考慮すれば。
……免職し、そのまま軍法会議は免れない。
それどころか、下手をすればそのまま――
「…………そんな顔……したらいけないわよ、ユウイチ君」
だが――そんな状況でありながら、スフィーの表情はいつもと微塵も変わるところが無かった。
どこか、状況を楽しんですらいそうな雰囲気を纏って――そして続ける。
「言ったでしょう? ……私は私に出来ることをしただけだって。
あくまで、この改造は私が決めたこと……この子達をあなた達のために改良したこと、後悔はしていないわ」
……しかし――
俺はそう呟こうとして――出来なかった。
言うことは、出来るはずも無かった。
彼女がいくら言ったところで――彼女に改造を頼んだのは俺なのだ。
そして、皮肉にもその嘆願は、裁判に立たされた場合彼女を弁護する力には決してならない。
結局、状況判断が悪いと判断されて――彼女の罪がさらに重くなるだけでしかない。
……俺に言えることは――出来ることは、ただ一つ。
それは、後悔でも慙愧でも、そして罪悪の言葉でもない――彼女のことを考えれば。
……出来るこ