V.A.  Another story  “Team bullet”

 

 

第十五話 『強』 -strongest-

 

 

「……ああ、しっかし血まみれやな……」

そんなことをぶつぶつと呟きながら、男――自らを『最強』と称する男は顔をしかめて腕を振るう。

先刻、兵士の装甲服を――金属の中では最も「強い」金属であるはずの超軟性形状維持合金製の装甲を貫いた腕。

しかし、そんな信じがたき行動を取ったにも拘らず――その腕には反動による損傷はまるで無いらしく、

ただ血まみれになったのが嫌だったのかしきりに手を振るい、血を落とし、肉片を落とす。

手に、まるで網の様にかかった心臓付近の血管の名残――それを払い落とす光景に。

特戦隊の兵士達は――完全に我を忘れ、現実感を喪失した瞳で呆然となっていた。

常識を逸脱した光景の前に――完全に戦意を忘れてしまっている中、男は血を払いきって――ふと顔を上げる。

「けど……あれやな。このままやと、オレは無事でもこの子は危険っぽいしな……」

男はぶつぶつと呟きながら――その視線をセレナへと巡らせた。

傷を――あれほどの凄まじい重傷を、たった一瞬にて治癒してしまった男。

それをただただ、呆然と見詰めるセレナ。

しかし、同じ呆然でも、男たちと違うのは――そこに恐怖がなかったという、一点――

「……あ、そやそや。こういう時に役に立つヤツがおったおった」

と、男は一人納得して――右手を高く掲げると――

開け、異界の扉――我が名は『最強』、()ッ!

その声は、やけによく通り――指が弾かれる。

瞬間、男の頭上の空間が、何かの力に引きゆがめられて――ブラックホールのような穴が開く。

そして、そこから吐き出されるようにして現れたのは―― 一組の、女性と幼女――母親と、子供だろうか?

母親の方は、東洋系の上品な面持ち、まるで黒絹のように艶やかな黒髪に――世にも珍しい金色の瞳。

一方子供のほうは――ハーフなのだろうか。母親と似ているが、どちらかといえば西洋系の顔立ち。

金色の髪に、瞳の方は右は金色だが――左の瞳は、まるで天空を砕いたような青金石。オッドアイというやつだろうか。

そして二人とも、頭にまるで角のように見える不思議なカチューシャをはめ、服はおそろいの巫女装束。

そのいでたちが、どこか神秘性を感じさせる――不思議な親子だった。

「おう、久しぶりやな……というか、なんか……怒ってへんか、お前?」

「怒っていないか、じゃと……?」

だが、母親の方は――今、その金の瞳が沸騰していると言わんばかりに、剣呑な輝きを灯して男に詰め寄っていく。

「お・ま・え・は……呼び出すときは時と場合をわきまえろと、あれほど申したであろう!

 この子を連れて、折角散歩しておったというのに……!!」

「まあまあ、そりゃ悪かったけど……しゃあないやろ?

 オレはお前に勝って召喚の契約を結んどるんやから。基本的に、お前に拒否権無いの……判っとるか?」

「……なんならその契約、今この場で反故にしてやってもよいのじゃぞ……!!」

「ほぅ……そりゃ随分と面白いセリフや無いか。また『消されたい』んやったら、別に構へんで……?」

金の瞳の母親の全身から、凄まじいまでの威圧感――だが、物質的な重ささえ伴っていかねないその威圧感を前に、

男の鳶色の瞳もまた、それを受けて弾けるように瞬きを強くする――

「……かあさま、どうしたの?」

「大丈夫じゃ……離れておれ。……人間よ、今度は破壊する世界、1つで済まんと判っておるな……?」

「上等。……そのでかい口がたたけるんやったら、オレをちょっとは楽しませてくれそうやしな……!」

二人の放つ、圧倒的な気迫は気流を乱し、風を吹き荒らさせる――

その中で爆発寸前にまで膨れ上がった二人の気迫は、まさにそれを爆発させて戦いを始める――と、思ったのだが。

「……? そういえば……随分とまた、変わった状況になっておるのう」

はたと、母親の方が――ようやっとこの状況に気がついたらしい。顔を上げ、V.A.をもの珍しいとばかりに見やって――

「鋼鉄の、機械人形……ふむ、人間。……これはまた『お前の世界』かえ?」

「ちゃうちゃう。……オレがここに来たんは今日が初めてや」

手を振って否定する男に――母親の方は不審げに眉を顰めると、

「はて……ならば人間。……お前は何故、こんなところにわらわを呼んだ?」

「ようやっとそこに意識が到達しよったなお前……。

ちょいトラブルに巻き込まれて……で、こいつらに『良識』っちゅうモンを教えなあかんくなってな。

 やけどその間、その子を護ってやっとるとどうも、手加減が出来そうになくなりそうなんや」

「その子……?」

母親は、そこでようやく――足元にいるセレナの存在に気がつく。

セレナの、紫の瞳――治癒したとはいえ、肌着にべっとりと残ってしまった、彼女自身の血。

それを見て――母親は目を細め、何を考えていたのだろうか?

「……なるほど、大体状況は飲み込めた……いいじゃろう、この子はわらわが責任もって守ってやろう」

「そか。……そら助かる。じゃ……頼んだで」

母親に軽く手を振って――背を向ける男。

……その黒いジャンパーの背を、ただセレナは不安げな瞳で見やっていた。

 

ま、あたしもこのときは全っ然状況が判んなくって……。

 助けてもらったっていうのは何とな〜く理解したんだけど……やっぱ、心配っしょ?」

 

……まあな。

先刻の光景が酷く現実味を欠いていて、つい状況に飲み込まれてしまいそうになるが――

冷静に考えれば、この男の行動は無茶を通り越して――無謀としか思えない。

この戦力相手に、たった一人――それも見る限り、生身でなんとかしようというのだから。

 

「っても、ユーイチだって先刻、同じコトしようとしてなかった〜?」

 

……それは、そうだが――それは俺が『川澄 綾子』の力を持っているからだ。

だが、この男には――『川澄 綾子』の力が備わっているようにはとても見えなかった。

いかに、この男の戦闘能力が優れていようとも――相手はV.A.八機に、完全武装の兵士が19。

戦う方として申し分ない、この充実した戦力を相手に――たった一人で、この男は相手をするというのだろうか?

……単なる自殺行為としか思えない。

 

「あたしでも、常識的に考えてそう思ったし……一体何をするのか、不安だったんだよね。……でも――」

 

「……心配する必要は無い」

そんなセレナの――そして俺の疑問に、答えるように。

……穴から出てきた親子の片方――母親と思わしき女性はその金の瞳に、セレナの顔を映して告げた。

「あの男が、あの程度の戦力に敗北する――そう考えておるのであろ?

 まあ、普通の人間ならばそうじゃが……あの男の場合、そういった常識は通用せん」

その、言葉は――言葉というものを殆ど知らないセレナにも、何故かニュアンスが理解できた。

何故だろう――よく聞くと、この女性の使っている言語自体、全く耳にした事が無い不思議なものだ。

だというのに――セレナに、そしてそれを傍聴する俺にもその言葉は優しく、そして温かく響いた。

「……かあさま」

……と――母親の赤い袴の先をくいくいを引っ張って、金髪の幼女が不思議そうに母親を見上げる。

「かあさまは……あのひととおともだちなの?」

「……まあ、そうじゃ」

「じゃあ、あのひともかあさまやとおさまみたいにつよいの?」

だが、幼いわが子の問いに――母親はゆっくりと首を振ると、

「いや……あの男の人は、わらわよりもずっとずっと強いのじゃ」

「かあさまよりも!?」

その色の異なる瞳を丸く見開いて――幼女はまだ舌足らずな口で、驚愕の声を漏らした。

そんな可愛らしい仕草に、母親はふふ、と笑った後に軽くその小さな頭をなでながら――

「そうじゃ……あの男――わらわより強いうえに人間……と、まるで冗談と酔狂をこね合わせたような奴じゃが……強い。

 とにかく、強い……体も、そして心も――信じがたいほどに。常に余裕の表情で、泰然と構えておる。

 ……そう、例え腹の底から煮え繰り返るほど怒りに猛っておっても……傍目には判らぬほどに」

母親は、愛娘――そして、セレナへと向けていた慈愛に満ちた瞳を逸らし――厳しい表情でぽつりと呟いた。

「あの人間たちは……怒らせてはならないものを怒らせてしまったようじゃ」

 

 

「……さ、それじゃあ……始めよか」

未だ、呆然となっている一同に――首や肩をゴキゴキと鳴らし、男はそっけなく呟き――

「――まずはウォーミングアップからや」

軽いフットワークで地を蹴って――一瞬で、近くにいた一人の兵士との間を詰めた。

「……え?」

兵士からすれば、そんな間の抜けた言葉を挙げてしまっても仕方無い話だろう。

その足運びは「神速」と言っても過言ではなく――滑る様な動きだと言うのに、その軌道が見えなかったのだから。

だから――

「それじゃま……二人目っと!!」

男は、そのカモシカの様な脚を閃かせて――その軌道が見えなかったのも仕方ないことだろう。

だが、その次の光景――その脚から放たれた苛烈な蹴りが、まるで鋭利な刃物のように兵士の胴を両断しているというのは、

決して本人にとって「仕方ない」で済むレベルの問題ではなかっただろう。

そして両断されたとはいえ、実際には捻り切られたようなもの―― 一瞬では死ねず、絶叫を放ちながら上半身が横転する。

その絶叫が――特戦隊の面々から、現実感の喪失を拭い去ったのは皮肉だったのだろうか。

同僚が死んだことに悲しみを感じている暇もなく――そんな甲斐性も無く、とにかく銃を構えようとする特戦隊達。

しかしその時にはすでに、男の姿は消失したかのように存在していなく――その速さに仰天した、兵士の後ろで――

「冗談抜きで遅すぎやろ……三人目ッ!!」

つるべのように跳ね上がった踵が、兵士のヘルメットを破壊し、頭蓋を破壊し、脊椎を破壊し――左右に体を両断する。

……尋常な破壊力ではない。

人間の体は、脆いように見えて意外に頑強であり――

少なくとも蹴りで、頭頂から真っ二つに裂けるなどということは決して有り得ない。

しかもこの兵士は、白兵戦時の装備としては最高峰と言われる戦闘用装甲服を着用しているのだ。

それでありながら、まるで紙粘土かなにかを力任せに引きちぎるかのように、男の爆発的な戦闘能力はさらに――

 

「!」

 

瞬間、鼓膜が破れるかと思うほどの凄まじい発砲音が響き渡ったのは正にその時だ。

まるで神々の彫像のように包囲していた9機のV.A.――彼らがついに、戦闘態勢に入ったのだった。

その手に握った、対中距離戦用のサブマシンガンを一斉に男めがけて発砲する――

それによって視界は一気に、濛々と舞い散った粉塵によって閉ざされた。

V.A.の武器は、人方をしているためか――基本的な構想は、人間の使用する武器とそう変わらない。

バルカン、ショットガン、マシンガン――実弾装備なら、この3つが妥当だろうか。

……だが。

人間のものとは――破壊力の桁が、圧倒的に違っている。

それが、たとえ頭部に備え付けられた小型バルカン砲であったとしても――その破壊力は尋常ではない。

対V.A.戦には、威嚇射撃以上の効果を発揮しないそれでも、人間の持てる携帯火器のどれよりも破壊力に富んでいる。

想像できるだろうか? ちょっとした小瓶ほどの大きさもある弾丸が、音速を超える速度で撃ち込まれる――

それがV.A.の携帯火器なのだ。

いかに男が、白兵戦戦闘能力においてファミリア以上の物を持とうとも――この、弾丸の嵐の前では。

全身をずたずたに引き裂かれ、跡形も残らず挽肉となって――

「……こらまた、大層丁寧に撃ち込んでくれたな……」

 

――だが。

 

粉塵の中、そんな声が聞こえて――それは確かに、男の声。

「やっぱ、男ならビームより実弾やろなぁ……オレも正直、そう思うわ。

 この圧倒的な質量間にボリューム……爆音にケムリ。……くぅぅ……やっぱいつ聞いても最高や」

そんな、途方も無く場違いな言葉と共に――粉塵が消え去った中、男は何も無かったかのように立っていた。

いや、何も無かったわけではなく――男の周りの地面は抉れ、陥没し、その穴の中にうずたかく積まれているのは弾丸。

たった今、打ち込まれたはずの弾丸が、奇妙なオブジェのように彼の周りに円を描く様にになって屹立している――

あの弾丸をかわした訳ではない。そんな時間も隙も、あの射撃の中には存在していなかった。

全てを受け止めたとするならば――この様な円ではなく、小山のように弾丸が堆く積もっているはずだ。

だと――するならば。

考えられることはただ一つ――

「けど、残念やったなぁ……この程度の攻撃じゃ、オレには傷一つつけられへん」

この弾丸を、生身で受けて――全てが弾き返された(・・・・・・・・・)としか考えられない。

一機のV.A.が、まるでたじろぐように後退したその足音が、妙にその場に響いたが――

恐らく乗っているパイロットの心理を、最も適切に表した行動であろう。

……信じ、られない――

「……だから冗談と酔狂を練り合わせたような男と言ったのじゃ」

呆れたような口調で、巫女装束の母親が嘆息する――彼女たちもまた、あの銃撃の影響下にいたはずなのだが。

しかし、彼女達の周りにもまた、弾丸が堆く積もっており――母親の巫女装束の端が少しすすけていた。

……どうやらこちらは、全て手で弾き返してしまったようだ。

これもまた、信じられない光景だが。

「……けどまぁ、あんまし弾丸撃ち込まれて邪魔されるのもアレやし……しゃあないなぁ」

やれやれと言った感じに、男は首の辺りを押さえて伸ばしながら――事もなしに続ける。

「でかい方から、先に片付けよか」

 

――何?

今……何といった?

でかい方から片付ける――V.A.から片付けると言ったのだろうか?

生身で――この男はV.A.と戦うと――そう、言ったのだろうか?

……ありえない。

こればかりは、いくらなんでも――有り得なさ過ぎる。

 

どの作業用機械よりも高いパワー。

背中のブースターと、驚異的なまでの強度を持つ間接周りによって、人間よりも軽快なその動き。

それでいてその装甲の強度は、人間の携帯火器程度では引っかき傷程度も傷つくことはない――

V.A.は、人類史で間違いなく最高の性能を持つ汎用兵器である。

そしてそれは――人が操るものの中で最高のものであり、人が勝てるものなどでは決して無い。

人がもし、V.A.を上回るような戦果を叩き出せるなら――どうしてV.A.が存在していると言うのであろうか?

 

確かに、戦闘用ファミリアの中にも、生身でV.A.と戦うタイプのものも存在する。

しかし最低装備とはいえ一応バズーカのような大型火器を装備し、拳銃弾くらいなら弾ける宇宙服を着ているのだ。

そうであるからこそ――V.A.でも旧式相手なら、なんとか頑張れないことも無いという程度には戦果を上げれる。

だが――この男は、そんな強力な火器の類を持っているわけではない。

 

生身で――肉弾戦で、V.A.を相手にする。

そんなことは――絶対に、無茶だ――

 

だというのに。

 

……俺の常識は、次の瞬間に粉々に瓦解させられることとなる。

 

「やから……お前ら、遅すぎる――そう言うてるやろがっ!!」

瞬間、男は地を蹴り――そのまま蹴りが、一機のV.A.を捉えた。

凄まじい轟音が響いて――俺が、見たものは。

左腕を粉々に破壊され、大きくバランスを崩し、後ろに後ずさるV.A.――

「お前らに足りへんモン――それはァ! 情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さァッ!」

その言葉と共に――流れるような連続攻撃が、立て続けに9機を襲う。

大きさの、圧倒的に違う、ただの一人の人間が――9機も投入されたV.A.を、押し返している――

「そして――何よりッ!!」

その拳、閃いて――V.A.は跳ね上がった男の拳に、冗談のように上空に吹き飛ばされた。

空中でぶつかり合い、もつれ合って――団子のようになってしまった9機の史上最高の兵器達。

それを、鳶色の瞳がはっきり捉えて――そしてもう一度、凄まじい力で地面を蹴った男の姿が――消える!

速さが足りないッ!!

瞬間、凄まじい勢いで放たれた回し蹴りが――V.A.の胴体を真横に引きちぎって吹き飛ばした。

H.C.S.が暴走し、一瞬の後に爆発――それは、

先刻の連続攻撃で装甲の破損した他のV.A.の内部機器に、それこそ致命的とも言うべきダメージを与えることとなった。

爆発が、爆発を誘い――エネルギーの暴走。破壊が連続し、そして空気が引き裂かれるような閃光と衝撃の果て――

「花火師は男の仕事……命がけっていうヤツやな」

「お前が命を懸けるような局面などそう無いじゃろうが……」

呆れたような母親の呟きに――着地した男は振り返って目を細めた。

V.A.9機の爆発――それは確かに、花火に見えないことも無かった。

人間が、V.A.を破壊する――常識を破壊するようなその光景に――『花火』という表現が妙に似あっていた。

「ば……化け者……」

「アホ抜かすな。……オレはれっきとした人間や」

歯の根をがちがちと震わせ、それだけを言った隊長に対してそう言い、鼻を鳴らす男だが――

正直、俺もこの男が人間とは到底思いがたい。

思いがたいが――俺はひしひしと、感じ取っていた。

この男が、れっきとした人間であると言うことを。

川澄綾子が、半ば無意識に発露しているのか――その身から発せられる気配のようなもので、わかる。

例えば、あの巫女装束の親子――あれは人間では無い。

人間よりも、遥かに強く――猛々しく――そして「深い」何かを感じる。

人間以外の何か――まるで二流のファンタジーのような話だが――事実、確信に近いところで俺は理解していた。

だからこそ、この男が――遺伝子的、肉体的、そして精神的なところで――完全に『人間』であるとはっきりしていた。

だが、果たしてこの『強さ』が――人間のものなのだろうか?

もし、そうだとするならば――人間とは、一体どこまでその可能性を内包しているのだろうか。

この男はそれを――どこまで引き出しているのであろうか――?

 

 

「――さて、と」

――俺の逡巡など知らず、男は満足したように一つ頷き、ぱしっと両手を合わせて。

「お前らに選択肢をやろ。……死に方の選択肢や」

まるで、今日の昼食はうどんかそばか――そんなことを聞いているかのように、至極あっさりとした口調で。

「一つは、耐え難いほどの苦痛を味わって死ぬ方法。……で、もう一つは――」

男は自分の目の前にいる馬鹿達を睥睨し――にやりと音のする笑みを浮かべ、告げた。

「――もう一つは……もっと耐え難い激痛の中に死ぬ方法や」

瞬間――この場の「何か」が崩れた。

喉から引きつったような叫びを上げたのは、一体誰が最初だったか――

銃を放り出して――逃げる。

この悪夢のような状態から早く現実に帰るのだ。

装備を外して、さっさと酒を煽って、今日のところは女も抱かずに寝てしまう。

神など糞くらえがポリシーだったが、今日くらいは聖書を読んでから眠ってもいいだろう――などと。

そんなことを考え、いや――そんな冷静に考えられたかどうかは判らないが、ともかく――兵士たちは逃げようとして。

突如、前方で何かにぶつかり――その場に倒れていく。

だが、鼻を押さえて前を見ても――そこには何も無かったはずだ。

一体、どうして――

「……逃がすとでも思っとったんか? オレも随分、舐められたもんやなぁ……」

背後から、声――それは男の声。

そして、それに反応するように――特戦隊の面々の前の空気が、紅く煌いた。

まるで、薄手のヴェールのように煌びやかな、紅の輝き――しかしその光の壁が、特戦隊達の逃げ場を遮っていたのだ。

もう、説明が無くとも――それが男の力によるものだと、誰もが理解していた。

理解しなければ――ならない状況に、追い込まれていた――

「……なあ、まあ考えてみれば、人間ってのはホンマにイベント好きなモンや。生まれるに始まり、入学に卒業。

 恋愛に失恋。結婚に離婚。出産に死別――そしていつかは、自分の人生も終焉する。

 そう――自分の死が、人生最後にして最大のイベント……そう、思うやろ?」

余裕たっぷりの笑みで――しかしその奥に、爆発寸前の信管のような危険な輝きを映して。

「で、そう考えると……お前らはいままで、沢山の人間の最期のイベントを盛りだててきた殺戮者(アーティスト)っちゅうことや。

 ……やったら、ちょっとは感謝したらどないや? 折角このオレが直々に相手してやろって言ってんのやし。

 関西人のサガっちゅうか……まあ、オレもこう見えてサービス精神旺盛な方でな。

普通では味わえへんような特別コース(・・・・・)でお相手したるから……楽しんでもらいたいもんやな」

 

そして――爆発寸前の輝きが、爆発(・・)した。

 

手刀が文字通り、刀のような苛烈さで両腕を切り飛ばし――逞しい胸板に、靴跡そっくりに穴が開いて血が噴出す。

ナイフを突き出してきた相手の腕を握り潰して――その手首から突き出た骨が、顔を滅多突きに抉りぬく。

銃を突き出した相手の銃口を塞ぎ――暴発し、手首の吹っ飛んだ兵士のその口蓋に突っ込んだ拳が、顎を引き裂く。

それは、まるでそう―― 一つの嵐のような、虐殺に近いものであった。

しかも、残酷なことに――この男は人間がどうすれば死ぬのかを知り尽くしているらしく、

これだけ凄まじい損傷を与えていながら――彼らは無力化してから死ぬまで、約一分以上の時間を必要としていたのだ。

絶叫が木霊し、焼けるような激痛の中にのた打ち回って――蛆虫のように死んでいく特戦隊達。

 

……残酷だろうか?

残酷であるのは事実だろう。

だが――これを今まで、この男たちはファミリアに対してずっと行なってきていたのだ。

V.A.で脅し、抵抗できないほどに傷つけた後――狂乱するほど薬を投与してから、弄び、殺す。

無抵抗の弱い相手を、自分達の浅はかな欲望の果てに幾多も幾多も不条理に引き裂いてきた男達は――

今、目の前にある悪魔のような男によって、その身にきっちりと同じ事を穿たれ、心が絶望に染まる中死んでいく。

いや……「悪魔のような」では、生ぬるいかもしれない。

この男は、彼らにとってはそんな悪魔などと言う生易しいものではない――言うなれば。

絶望が、衣を纏って具現化したような――それほどに、圧倒的なまでの――そして残酷なまでの徹底ぶりだった。

 

「……で、最期はお前一人やな」

今しがた、尋常ならざる握力で頭蓋を握りつぶして――男は相変わらず気の乗らない言葉で隊長へと呟いた。

すでに、失禁しかけたような、そんな表情で――目だけは零れ落ちそうなほどに開いて。

情けなく、後ずさるそんな様子に――流石に男も辟易したようだ。

「……ま、しゃあないといえばしゃあない、か……。どうせお前らが今までやってたんは、弱い相手を嬲ることや。

 強い相手に対して、そういう風にみっともない姿晒すのも、まあ判らんくもないけどやな――」

だが――ぶつぶつと呟く、男の台詞がそこまで呟かれた時。

……隊長の、狼狽にあえぐ口元が――悪意に満ちた笑みに変わるまで、そう時間はかからなかった。

この状況で、それに気付けたものは誰もいない。

客観的に、過去としてこの光景を見やる俺だからこそ、気付けたというものもあるのだろうが――

そして、次の瞬間には、隊長の姿は男の前から「消えて」いた。

再び現れたときには――男の後ろから、戦闘用の大型ナイフを振り上げた姿で――

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

装甲服に搭載された、パワーアシスト――全身の身体能力を機械的に向上させる能力。

それを利用し、全身の反射神経を飛躍的に向上させるそれを使いこなせたのは、流石は隊長と言ったところか。

いかな不可思議な力を使っているのかは知らないが、所詮は人間――背後を取れば、殺せる自信があった。

そして、そのナイフの速度は確かに早く――隙が無い。

振り返ることも出来ず、男の背中へとめがけ、今まで沢山の人血で吸って曇ったナイフは新たな餌に喰ら――

「!」

だが、響いた音は――ナイフが肉に突き刺さる湿った音ではなかった。

固い金属同士がぶつかり合う、そんな甲高い音――

「……まあ、不意打ちは悪無かったけど……それでもオレを出し抜くにはまだまだやな」

呑気に言ってのける、男の右腕――それがまるで別の生き物のように反応し、手にしたものがナイフを受け止めていた。

だが――隊長は男の言葉の半分も聞いていなかったに違いない。

何故なら――

「な……な、何だ、こいつは……!?」

引きつった喉が、それだけを何とか漏らす。

隊長が今、ナイフを突き立てようとして――それを阻んだ男の握るものに対し、漏らした感想だった。

 

――それは大局的に判断し、剣と呼んで差し支えの無さそうなものだった。

2mを上回る巨大な刀身。握った柄には金色の細工が施されている――恐らく、かなり高価なものだ。

だが――それを大局的な判断という、あいまいなものでしか区別できなかったのは。

……あまりにもその見た目が――『剣』というものを逸脱してしまっていたからだ。

どこか、臓物や人体の内部構造を思わせる――暗いブラウンピンクの刀身は、

実際に何かの器官なのか――ところどころがどくどくと脈打ち、血管のようなものが浮き上がっている。

その刃の部分は、まるで獣の牙を思わせるように不ぞろいで――粘液のような紅い何かを滴らせて。

柄尻には一房、飾りのように何かの毛が――まるで人の髪の毛のような金髪が一房垂れている。

そして、最も気味が悪いことに――刀身の中心には何と『目』が存在していた。

一つ目で、瞼も無く――丸々と埋まっているその瞳の虹彩は、妙に綺麗な色合いの赤。

そう、丁度ルビーの最高級品……ビジョンブラッドと言っただろうか。

それを想起させるような瞳が、何処を見ると言うわけでもなく、ただ前を見据えている――そんな『剣』だった。

 

「……この剣は、さる筋から入手したレア物でな……」

ゆっくりと振り返って――これ見よがしに剣を掲げる男に、隊長の腰は完全に砕けてしまっていた。

この『剣』から発せられる、圧倒的なまでの殺意、破壊衝動――それが隊長の戦意を完全に砕いてしまっていたのだ。

「自分の力の無さのせいで、助けたいものも助けられへんどころか……その失意、その絶望を具現化した剣。

 完全に自分を失った跡に、皮肉にも手に入った強大な『力』。……常に誰かの犠牲を求める『力』――」

ゆっくりと、持ち上がる剣――まるで小枝か何かのようにあっさり持ち上げる尋常ならざる膂力。

しかし最早、隊長にはそれに驚愕するだけの精神的な余裕すらなかった。

逃げることも、抵抗することも忘れてただ、呆然と見上げる中に――男は言葉を投げ下ろした。

「その剣の銘が――『テュルフング(・・・・・・)』」

そして、言葉の次に剣を振り下ろす。

「――ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!!」

隊長の、壊れたような声が――絶叫と言う形となって噴出し。

そして剣閃の後に斬り飛ばされた左肩が、おびただしい量の血を噴出した。

……いや、果たして「斬り飛ばした」というのは正しいのだろうか?

その断面は、まるで何か巨大な獣に食いちぎられたように抉られ、引き裂かれ。

そして、斬り飛ばされた左腕の方は――

「うわ……これはまた、凄いことになっとるな……」

呆れた男の、目線の先では――左腕がまさに今、『剣』――テュルフングとやらに喰われている(・・・・・・)ところだった。

文字通り――喰われて。

刀身の半ばほどで、剣が二つに裂けて――まるで巨大な(わに)の顎のようになった刀身が、左腕を噛み、砕き、嚥下している。

まるで味がわかっているかのように、愉悦にぴちゃぴちゃと音を立てて――やがて左腕は完全に食われてしまった。

舌なめずりをするように動く刀身と、微動だにしない赤の瞳――それが妙に対照的で、非現実的だった。

「オレの……オレの腕が、腕がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「……そういえば、言い忘れとったな……」

その光景を見終わったところで――男の鳶色の瞳が言葉とは裏腹に、無関心げに隊長を見下し――告げる。

「この剣……テュルフングは特殊な剣でな。……たとえ心臓を一突きにしようと、相手は絶対に死なないんや」

一瞬、剣に目を落として――男はいたって事も無げに、その言葉を口にした。

「その代わり……斬られた相手は、永久に死よりも苦しい激痛に苛まれ続けるからな」

――変化はそのときに起こった。

隊長の、失った左肩の断面が――突如として泡立ったのだ。

それだけではない。噴出し、隊長の足元に零れ出した血もまた――沸騰したかのように泡立つ。

……いや、良く見れば違う。

泡立っているのではない。

泡のように見えたのは、不ぞろいに生えた無数の牙。

ぶくぶくと泡立っているように見えたのは――その牙の生えた無数の口が、それぞれに咀嚼を開始した動き――

「斬られた断面から生まれた「口」が、己自身を喰らい尽くす……自分自身に喰われる気分はどないや?」

喉が破裂するかと思うほどの、絶叫の中――男のその言葉はともすればかき消されそうになっていた。

隊長の、左肩が。

血に浸かった、足元が。

だんだんと無くなっていく(・・・・・・・)のがよく判った。

まるでそれは、自らの血で出来た底なし沼にはまり込んでいくかのように。

今まで手に掛けた、ファミリア達が亡者となって、新しい同胞を地の底の冥府へと誘うかのように――

「今まで散々、人を喰ってきたお前や。……最後は自分自身を喰っていくなんて……これほどおもろい死に方もないやろ?」

その言葉が、投げかけられたとき―― 一際大きい口が開いて、隊長の残っていた最後の部所を喰らって消えた。

 

 

「……お前にしては珍しく、「すぷらったぁ」な殺し方じゃったのう?」

巫女装束の母親が声をかけたとき――男はテュルフングを鞘へと収め、ジャンパーのポケットの中へとしまいこんでいた。

どうやらあのポケットは、別の空間へと繋がっているらしく――

底15cmもないポケットの中に、2mの刀身は苦も無く沈み込み、しまいこまれる。

「……ま、オレも正直、ここまで趣味の悪いやり方は嫌やねやけどな……それより、

お前の方はきちんと護ってくれたんやろな?」

「当然じゃ。……途中、悪漢達が何人か襲いかかってきたが……ほれ、この通り」

母親が示した場所には――完全に事切れて倒れている兵士が数名。

そのいずれも、首が本来ならば絶対に曲がらない方向に捻り曲げられていた。