V.A.  Another story  “Team bullet”

 

 

第十四話 『逃』 -runaway-

 

 

「あたし……そのまま力ずくで脱走しようとしたんだ」

 

セレナが、さらりとそんなことを言った瞬間――俺の中に流れ込む大量の情報。

セレナの過去の記憶が――情報の洪水となってこちら側に送られてきたのだ。

ともすれば、文字通り『溺れそう』になるこの感覚の中で――俺は意識を研ぎ澄ませる。

そして、氾濫していた情報を取捨選択し、実像へと結びあげて――

 

――俺の瞼の裏側に、映って来た物は。

 

「……何なんだ、これは……?」

 

俺にはそう呟くことしか出来なかった。

まるで暴風の中に揉まれているような、そんな感覚。

光景があまりにも早く、目まぐるしく変わり――俺の動体視力ではそれを判別できない――

 

「あ……ゴメンゴメン☆ ユーイチでも、流石にあたし主観の光景は無理よね〜☆

 じゃ……そうだなぁ……あんまし、昔の私……見られたくないけど……俯瞰から、どーぞ☆」

 

その言葉と同時に――ぱっと、見える映像が変わった。

まるでテレビを見ているかのように、状況をはっきりと認識できるような位置に視点が置かれる。

そこでようやっと、俺は認識することが出来る様になった。

 

――セレナの、過去を。

 

 

けたましく鳴り響く警報。燈る非常灯。

今――月にあるこのファミリア製造工場は非常厳戒態勢に移行していた。

あらゆる通路に隔壁が下ろされ、軍で使用されるレベルの対白兵戦仕様兵装一式を装備した警備兵達は、

よく訓練された統制によって、迷路のように入り組んだこの工場内を所狭しと駆け巡っていた。

……しかし――彼らが動員されたのは、この工場が外部からの襲撃に見舞われたからでは――無い。

「ちっ……状況はどうなってる!?」

兵装を身に纏い、咥え煙草をした一人の警備兵――俺の視界に映っていたのはたまたまその男だった。

「相変わらずだ。……こちらの張った防衛ラインを、ことごとく正面突破しているらしい」

咥え煙草の投げかけた、苛立ち混じりの問いに応えたのは――同僚と思わしき眼鏡の男。

やはり彼もまた、戦闘用の装備一式を身に纏い――そして咥え煙草の男と同じような表情を貼り付けていた。

 

 

 

〈……り返し、工場各員へと通達します。現在、製造中だった『FNN−110』一個体が暴走。

脱走を試みて当施設内を徘徊中です。研究者各員は、速やかに最寄のシェルターへと避難。

警備員各員は直ちに第一級兵装を装着し、速やかに次の地点へと集合・現場担当員の指示を仰いでください。

集合場所は、K−17、K−18、K−20、N−3、S−22。……繰り返し、工場各員へと――〉

 

 

 

「ちっ……面倒なことになりやがったぜ……」

天井のスピーカーから流れる合成音声がまるで諸悪の根源といわんばかりの表情で睨みつける、咥え煙草の男。

しかし銃の安全装置を解除するその手つきは手馴れているものだ。恐らく、軍に一時期所属していたのだろう。

弾倉に弾が込められていることを確認し、音を立ててそれを装填したところで苛立たしげに同僚へと語る。

「大体よ……ファミリアが何で暴走しやがるんだ? ……今回のヤツは、感情操作の適正も良かったんだろう?」

「らしいな……データによれば、きちんと脳内の感情制御系の神経系の調整も済んでいるそうだ。

 喜怒哀楽の『怒』以外の感情を持たず、ただ刺激によってのみ統制される戦闘機械――それがFNN−110だからな」

 

……それは正しい。

ファミリアは生後間もなく、その用途に都合のいい様に脳内の感情を司る部分を弄られる。

そして、戦闘用ファミリアFNN−110は――その通り、『怒り』の感情以外の全てを遮断されることによって、

擬似的に闘争本能を引き出させ、それによって脳のリミッターを抑制させ、

人間の本来持ちうるポテンシャルを引き出させるさせる仕様になっている。

そして、喪失した感情――それは、もう教えれば再び取り戻せるといった類のものではない。

もはや肉体というハードウェア自体に、他の感情を知りうる資格が存在していないのだ。

だから――俺はセレナがこのタイプのファミリアだと知った時に驚いたのだ。

何故セレナは、こんな多彩な感情表現を行なうことが出来るのだろうかと――

「ま、それは見てたら判るコトだから☆」

 

――例え俺達が何を考えていようとも、映像の方には何の影響も出ない。

相変わらず面倒と苛立ちをないまぜにしたような表情で――咥え煙草の男は愚痴を零す。

「ったくよ……道具は道具らしく、人間様に従うモンだろうよ。それが何をトチ狂ったか、逆らうなんてな……。

 おかげでこっちは睡眠返上で駆り出しだ。……糞が。見つけたら、体が挽肉になるまで弾をブッ込んで――」

咥え煙草の、不毛な言葉は――しかし次の瞬間響いた轟音と振動によって強制的に差し止められた。

思わず、転んでしまい――その背に、恐らく壁に収容されていた物資が負ぶさってくる。

咥え煙草は悪態をつきながらそれを押しのけて、自分の身を起こして頭を揺する。

「この上なんだってんだ! ったく、今日はついてねぇ――」

しかし。

……咥え煙草はそこで、同僚がいつの間にか一言も自分の愚痴に言葉を返していないことに気がついた。

いや――そもそも、こんな何もない通路の壁に、物資を収容していたのだろうか?

ならば、自分の背に先刻まで負ぶさっていたものは――?

先刻、押しのけた物資を――いや、正確にはそう思い込んでいたものへと、咥え煙草は目を落として。

その喉から――凍りつき、ひび割れたような悲鳴が漏れるまでにはそう時間はかからなかった。

「……ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

自分に負ぶさってきたもの――それは首から先を失った、自分の同僚の体だった。

まるで冗談のように、千切れた首の先からは血が噴出し――そして、失った頭の方は――

瞬間。途方も無く嫌な予感を咥え煙草は感じていた。

それでも、何故かその行動に抗うことは出来なくて――目を動かして、ゆっくり自分の背後を見やる。

そして、今度こそ――恐怖と驚愕の中に、完全に咥え煙草の舌が凍り付いていた。

金属製の、工場の壁――それがまるで冗談のように陥没して。

そして、その陥没した中に――かつて眼鏡の男の頭部だったもの(・・)がぶちまけられていた。

先刻の轟音と振動は――このことが原因だったのだ。

そして、それを行なったもの。

陥没した壁へと腕を突き出したまま立っている、小さな人影。

返り血に染まりながらも、なお精彩に輝いた――紫色の、髪――

「まっ……まさか、こいつが――」

その言葉は――しかし、最後まで口にすることが出来なかった。

何故なら。

瞬間、放たれた一撃に――口も含めて、咥え煙草の頭部は爆砕してしまっていたのだから――

 

 

「標的確認! ――全員、構え!!」

統率の取れた、現場指揮官の言葉に――兵士たちが通路を塞ぐようにして六人三列に横隊を組み、手にした銃を構える。

銃の標準の先にあるのは――こちらへと凄まじい速度で疾走する、小さな人影――施設の脱走者だ。

「――撃て!!」

何の躊躇いも、容赦も無く――指揮官は短く手を振り、部下たちに合図を下した。

瞬間、計18の砲火が火を噴き――サブマシンガンの弾は嵐の豪雨のようになって空気を食い破り、人影へと迫る。

このまま前方へと走れば、間違いなく全身が蜂の巣になるほどの弾丸。

しかもこの通路は直線――人影に、身をかわすような物影は何一つとして存在しない――

しかし。

人影はそのことを知ってか知らずか、全くもって足を緩めることは無かった。

そして、そのまま――人影は弾丸が迫り来る直前に床を思い切り蹴り、跳躍したのだ。

床に大きな陥没を残し、斜めに飛んだ人影はそのまま壁をさらに蹴り、天井を蹴り――

殆ど物理法則を無視したかのような勢いで目まぐるしく壁を蹴り続け、

パチンコ玉のように通路を跳ね返りながら弾を避けたのである。

その奇怪な動きに、兵士たちが驚愕する暇さえ与えず――そのまま人影は、隊列の中へと突撃した。

たちまち、混戦となる――しかしそれは、『戦い』ではなかったかもしれない。

殆ど、一方的な虐殺に近いものがあった。

失調を回復した兵士の一人が振り上げたナイフを避け、脹脛(ふくらはぎ)の裏を足で蹴る。

風船が爆ぜたように肉が散り、激痛にその兵士が絶叫した時には――すでに人影は別の相手へと掌底を突き上げていた。

恐ろしいまでの衝撃は、顎から伝わり――そして頭頂で弾ける。

掌底は、その兵士の顔の前半分を見事に吹き飛ばし――血と肉、歯の欠片や脳漿が照明に鮮やかに輝く中、

人影は瞬間的にその手を振って脇にいた一人の目へとめがけて内容物を払った。

かつては同僚であり、仲間であったとしても――流石にその脳髄を目に引っ掛けられて平静でいられるわけが無い。

あまりの気持ち悪さに叫び、慌てて銃を取り落とし――その時、がら空きになった腹部へと膝蹴りが炸裂した。

肋骨を砕き、肺を爆砕させて――兵士は文字通り声も無く、一瞬で絶命する。

――訓練を受けた兵士たちが、まるで相手にならない。

小さな人影――歳端も行かぬ、その少女の動きを、兵士たちは捉えることも出来ないようだった。

「く……くそっ、ダメだ――歯が立たん!」

見る間に自らの部下が肉塊に変えられていく中――現場指揮官はただ一人、背を向け走り出していた。

同時に胸元に押し込んである通信機のスイッチを入れると、震える声でまくしたてる。

「ちゅ、中央管制室……ダメだ、あ、あの化け物は我々では止められそうに無い!

 い――今すぐ、対駆除仕様の特殊戦闘部隊の仕様を請う! 繰り返す、我々では――があっ!?」

しかし、その懇願に近い要請は、途中でごぼごぼという、血泡にくぐもった物になり――

やがてぐるりと白目をむいた指揮官の通信機を持っていた手が、だらんと垂れ下がる。

その指揮官の鳩尾から、何か奇怪なオブジェのように突き出した手が――小さい少女の手が、引き抜かれて。

脾臓を打ち抜き、肋骨を破壊して指揮官を絶命させた少女は――新たに後方から聞こえた足音に、全力で逃げ出した。

弾丸がその後を追い、彼女の命を断たんと欲するも――かなうことは無い。

僅かな紫色の残影を、弾丸は掠め去っていくことしか出来ない――。

 

 

……これが、昔のセレナか。

「あはは……ちょ〜っとばかし恥ずかしいんだけど……ね」

話の流れから、どう考えてもこの大立ち回りを演じているのはセレナなのだろう。本人も、そう言っている。

だが――恐らく、俺以外の人間が初めてこれを見て、セレナの過去だといって――誰が信じるだろう?

鈍感な俺がそう感じさせられるほどに、今のセレナとこのセレナは――違いすぎていた。

顔立ちを見れば、確かにセレナの小さいころと納得できるだろう。

 

だが、その表情が。

――いつもにこにこと笑っている、今のセレナからは想像もつかないほどに違っていた。

 

そこにあるのは、人の顔ではない。

ただ謂れの無い憎悪と、衝動に駆られた――獣の(かお)

目に見えるもの、全て粉々に引き裂いて進むという圧倒的な気迫。

そして――その奥にひっそりとある、小動物のようにびくびくとした恐怖――

 

「このころは……まあ、言葉も殆ど教えてもらってなかったし……それにま、感情も上手く表現できなかったの。

 それでも、このままここにいたら……確実に私が私でなくさせられる(・・・・・・・・・)って思ったから……思い切って、ね♪

 今ほどじゃないけど――それなりに腕に覚えもあったし☆」

 

……確かに。

格闘術をベースに、流れるような戦闘を得意とする今のセレナから見れば、とても稚拙な動きには違いない。

それでも、近接戦闘戦闘用ファミリアとして作られたセレナの身体能力は人間を遥かに上回っていた。

いかに見せしめ的な扱いとはいえ、生身でV.A.と戦闘させられて戦果を挙げる戦闘用ファミリアの力は伊達ではない。

しかも、決して人には逆らわぬといわれた脳内処理済のファミリアが今、人間に牙を向いたのだ。

信じがたい光景に、相手は面喰らい――そしてその数瞬の間に、相対した相手をセレナは絶命させてきた。

単なる身体的ポテンシャルと、脳内にあらかじめ記憶として刷り込まれた本能的な戦い方だけを頼りに。

自らの逃亡を邪魔しようとする一切を――引き裂いて進む、荒々しいまでの質量を伴った殺気――

 

この表情を、俺はよく知っていた。

 

何故なら――昔、地球で見たことがあるからだ。

地球にいた誰もが――これと同じ表情をして、生きていたからだ。

 

俺もまた――このセレナと同じような(かお)をして、地球で生きていたからだ――

 

「……ユーイチ? どうかした……?」

………………いや……何でもない。

それよりも――セレナ。この後……どうなったんだ?

いくら工場を抜け出しても、月を脱出しない以上……安全とは行かないと思うんだが。

 

「……あははは……まあ、ね☆ そうも上手く、人生っていかないものなんだよね〜……」

 

 

先を塞ぐ兵士たちを、根こそぎ引き裂き。

閉じられていた隔壁は、制御版を破壊してしまうことで強制的にこじ開けて。

最後、工場入り口に下ろされた対衝撃シャッターを、無理やり押し上げて――とうとうセレナは、外に飛び出した。

監獄と評してもいい、ファミリア工場の外――セレナの夢にまで見た『外』は。

無論、花畑の咲き乱れ、七色に輝く虹など架かる楽園などでは無かった。

草一本は得ていない不毛な地に、ところどころにごろごろと岩が転がり、ただ乾いた風が吹くだけの灰色の景色。

工場で支給されていた粗末な白の肌着だけでは、零下五度を下回るその寒さに耐えることなど出来ないはずだ。

しかし――それでもセレナは、必死で走った。

冷え切った地面に、裸足の足が悲鳴を上げても。

身を切るような寒さが、全身の熱をみるみる奪っていっても。

凍る睫毛の下、紫の瞳は欄と輝き、その足は決して止まることは無かった。

それは、自らの中にある感情に突き動かされていたからだったが――それが何なのか、はっきりとは判らない。

彼女自身、自分の今の感情を上手く表現する力は無かったから――それも仕方ないのかもしれない。

ただ、とにかく一刻も早くここを逃げ出さなくてはいけないということは知っていた。

そして、ここを切り抜けてしまえば――状況は変わる、と。

 

「今から考えれば、ど〜考えても脱走したファミリアなんかがまともな権利を手にすることなんて出来ないんだけど……。

 あのときはさ、それでも信じてたんだよね。……ここから逃げ出せば、自由になれる。

 こんな地獄みたいなところじゃなくて、もっと人間らしい扱いをさせてくれる場所がきっとあるはず――って、さ」

 

しかしその時、唐突にセレナの足が止まった。

いや――止まらざるを得なかった、というのが正しいかもしれない。

そしてこの判断が――彼女の明暗を分けたのだった。

瞬間、後方に飛んだ時――彼女が本来、進むはずだった方向の地面が爆発したのだ。

無論、自然現象などではけっしてそんな珍妙なことは起こらない。

これは、よほど高所から打ち込まれた銃撃――それも、人間が携帯できないような大口径の弾丸によるもの――

衝撃に、地面が揺れて――セレナは思わず、見上げていた。

そこにいたのは――たった今、轟音と衝撃を伴い着地した、3機のV.A.。

それぞれが携帯火器を搭載し、人の身では決して扱えぬ凶悪な破壊力の火砲をセレナへと向けている――

判断は一瞬だった。

セレナは踵を返し、そのまま方向を変えて逃げようとして――しかしその前方にもまた、数機のV.A.。

……すでに、包囲されていたのだ。

完全に、退路を断たれて――その頭、はるかな上から、自分など簡単に引き裂く武器で狙われて。

それでも、現状を打開する術を探そうと――鋭い視線を、辺りへと向けていた――その時だった。

突如、サーチライトが輝いて――それを背に、V.A.の足元からゆっくりと現れた20人ほどの兵士達。

その先頭に立っている、恐らくこの部隊の隊長的立場の男が――スピーカーを通して、口を開いた。

「――脱走を試みた、そこのFSS−110。お前はもう、完全に包囲されている。抵抗は無駄だと思え」

……果たして、セレナにその言葉が理解できたのだろうか?

それほどまでに、このFSS−110というタイプのファミリアは対外へのコミュニケーション機能に乏しいのだ。

しかし。それでも――この場合、声の警告というよりも――この場の雰囲気から、セレナは状況を悟った。

「……ぅぅああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

殆ど、獣に近い声を張り上げて――セレナは弾丸のように、その部隊へと疾駆した。

V.A.相手に、生身で戦うようなことは流石にしない――だが、武装してもまだ人間相手なら、戦いようもある。

そして、少なくともここで流れに任せるよりは――彼らを倒せば、何らかの打開策が見つかるかもしれない。

まだ逃げ出すことが、出来るかもしれない――その思いで蹴った地面が、力に耐え切れず爆散して。

俺の動体視力でも追いつけないほどの速度で――まるで瞬間移動の様に一瞬で間を詰めたそれは賞賛に値するだろう。

しかし――人間の脆い体など、いともたやすく破壊してしまうその拳が、実際は鈍い音と共にその兵士の胸板で止まっていた。

じんと痺れた手首に、驚愕するセレナだったが――すぐに気を持ち直し、小さな体から蹴りを、拳を連続で叩き込む。

だが、それでも――中世の全身鎧を思わせるほどに露出の隙間も無い装甲を着込んだ彼には、何のダメージも無いようだった。

「馬鹿が……いくら戦闘用ファミリアでも、この超軟性形状維持合金の装甲にダメージは与えられんのだよ」

確かに――ダイヤモンド級の高度を誇っていながら、それ以上に柔軟度と形状維持力に富んだこの合金は、

重要塞の装甲に使用されるような理想的なまでの耐久性を持った金属なのである。

あまりにコストがかかるゆえに、一般兵士の兵装などに使われることは滅多に無いのだが――

どうやら同様の装備を20人分、どうやったのかは知らないが彼らは全員保有しているようだった。

無論、ある一定以上の衝撃を与えれば――緩和しきれぬ衝撃は内部へと浸透し、

この装甲服には損傷が無くとも内部の人間は多大なダメージを受けるゆえに、これでV.A.などと戦えるわけではないが、

それでもこの装備は――事実上、白兵戦における最も優れた装備であることは確かだった。

兵士たちは銃を構えすらせず、セレナの必死の抵抗にするがままに任せていたのだが――やがて。

「いい加減諦めろ……そう言っただろう、この馬鹿が」

フルフェイスのメットの奥で――見えないはずの男の嘲笑を、しかしはっきりと見たような気がした。

そして、次の瞬間――セレナの髪の毛が、比喩でなく文字通り「総毛立っ」て。

衝撃に、その小さな体がたっぷり3mは吹き飛んで――あえなく地面に激突する。

その全身がぴくぴくと痙攣しているのは、寸前体内を暴走した、過剰なまでの電気的刺激による情報の混乱。

あの装甲服――その内部に張り巡らされた回線に流れる超高圧電流が、彼女を襲ったのである。

その技術自体は、暴徒鎮圧用のスタンガンの様に現時点では大抵の装甲服に搭載されているが――あの瞬間のものは、

明らかに相手を鎮圧するのではなく、相手を即死させる目的で搭載されているとしか思えないほどの過電流だ。

常人なら、全身の皮膚が黒く焼け焦げ心臓は停止している――それほどの衝撃を受けて。

しかし、セレナは――かなりの体力を奪われたものの、まだ死んではいなかった。

ふらついた足取りで、それでも二本の足で彼女が立ち上がることが出来たのは――彼女が戦闘用ファミリアであるからだ。

 

「……あたしが会ったのは……月基地の警備兵の中でも、『特殊戦闘部隊』――特戦隊って言われてるヤツだったの。

 その目的は、月基地を脱走・もしくは人間に反旗を翻すような『不良品』のファミリアの『駆除』……。

 でもさ。……あたし、そんなの知ったの初めてだった。何でかっていったら――顔を見たファミリアは……いないんだよね。

 この特戦隊と会ったファミリアは――全員、こいつらに遊ばれて(・・・・)……殺されてるんだから……さ」

 

それでもなお、拳を固めて戦闘の意志を露にしたセレナに――しかし、その時には逆に、部隊の隊長の方が動いていた。

腰にマウントされた武装の中から、肉厚の戦闘用ナイフを引き抜くなり――地面を蹴ってセレナに踊りかかる。

膝の突起を突き出して――セレナの腹部にそれをめり込ませるように組み伏せ、セレナの両方の手首を掴む。

この装甲服にはどうやらパワーアシストの機能まで搭載されているのか――それだけで、完全にセレナは動けなくなった。

すると隊長は、その体制のままぐるりと後ろを振り返ると――先刻の警告時の言葉とはがらりと声の調子を変える。

「さて、諸君――決を採ろうか。……こいつを、どうしたい?」

隊長の、議題提出に――兵士のうちの何人かが、手を上げながら意見を述べていく。

「前ン時はすぐに気絶して興ざめっしたし……叫んでる内に、さっさと殺っちまいましょうよ」

「おいおい……もうこの前から数えて三回、すぐに殺してばっかじゃねぇか。この死体愛好家め」

「まあまあ……しゃあねぇだろ? 男なんざ犯りようがねぇんだから。

それともまさか……この中にそのテの趣味のヤツ、いるか?」

おどけてみせたその言葉に、どっと笑いが漏れる中――隊長はやや、面白みを持った苦笑を浮かべると、

「じゃあまあ……ガキとはいえ、久々に女だ。『フルコース』でいこうかい、諸君?」

隊長の、その言葉に――部下達の間で拍手が巻き起こった。

どっと場が盛り上がる中――やれやれといった感じで、隊長は部下を見やって――

手にしたナイフの柄で、ぴたぴたとセレナの頬を叩いて――そっと、告げる。

「嬢ちゃん。……オレの部下はよりどりみどりでなぁ……死体愛好家(ネクロ)に、幼女愛好家(ロリコン)人食主義者(カニバリズム)と粒ぞろいだ。

 なら、隊長のオレとしては、日々汗水流して働いてくれてる自分の部下をねぎらってやらなきゃいけないんだよ。

 判るか? フルコースだ、フルコース。……オレたちが、道具であるお前をたぁぁぁっぷりと愛してやる。

 たっぷり愛して……()って、(コロ)して、食ってやるよ(・・・・・・)

ヘルメットのバイザーの下――爬虫類的な隊長の目の輝きに、セレナの表情が青ざめていくのがはっきりと見えた。

そして、その表情の変化ににやりと粘着質の笑みを貼り付けて――隊長は一気に、ナイフの柄を振り下ろす。

湿った音。常人なら脳震盪を起こしかねない勢いの一撃に、セレナのこめかみからぱっと血が噴出した。

しかし、隊長はその手を止めるどころか――より嬉しそうに、久々の感触(・・・・・)に喜悦の混じった吐息を漏らす。

「調理には、まず下ごしらえが肝心だ……丁寧に、丹念にやらないとなぁ――!」

そしてナイフを振り下ろす。だが――決して刃の方で斬り付ける真似はしない。

まるで、料理屋でコックが肉を叩いて柔らかくするように――ナイフの柄をセレナの顔に叩き込んだ。

何度も――何度も。

――よほど手馴れているというのが、素人目の俺にも判る。

眼球や、頭骸骨には傷をつけずに――しかし滅多打ちにされたセレナの鼻の骨は砕け、乳歯は粉々に砕かれていた。

その様子に――満足したように隊長は頷くと、セレナの髪を掴んで無理やりその場に立たせる。

「キレイになったなぁ……? ……なら次は、その舌を切ろうか。それとも、噛み裂かれるほうがお好きかな?」

わざわざ声に出すのは――自らのサディスティックな情欲を刺激するためと、相手に恐怖を与えるためだ。

……この手の類の人種にとって、恐怖する相手を無理やり従わせることほど快いことは無い。

だが、残念なことに――今のセレナには、そもそも理解できる言葉の絶対数が少なすぎた。

それゆえに、その言葉による恐怖を感じるには至らず――セレナの眼はあくまで、獣のままだった。

頭を掴まれた腕へと手を伸ばすと――そのまま渾身の力を込めて、その手首を握りつぶそうと試みる。

「……ほぅ……お前はまだ、自分の立場というものが判っていないらしいな」

握力だけでも、恐らく標準的な装甲服だったなら紙のようにへし折り、腕を捥がせる事も出来ただろう。

だが――いかに戦闘用のファミリアといえど、V.A.の機銃にも耐えうるほどの耐久性を持つこの装甲服に対して、

なんら損傷を与えることは出来ず――装着者にとって、何ら危機感を与えることは出来なかった。

相変わらず、表情の見えないバイザーの下で――しかし嘲笑の形に言葉を変えると、男は腰から銃を引き抜き――

「そんな判らずやの子供には……おしおきが必要だ」

髪を手放すと同時、躊躇いもせず引き金を引いた。

「!」

まるでゴム鞠のように吹き飛ばされたセレナ――倒れこんだ時、そこから懇々とあふれ出たのは大量の血液。

腹部に迸る激痛に身を捩じらせ、絶叫を放ったところから――器官に逆流してきた血が喉を塞ぎ、咳き込む。

うつ伏せになっているために、その怪我の詳細は見えないが――まるでバケツをひっくり返したように流れ出る血液は、

普通の銃弾で撃たれたものではないという証だった。

「……どうだ? ちょっとは腹も膨れたか?」

たっぷりの悪意と揶揄を混め、隊長が掲げて見せた銃――その特殊な銃口は、恐らく短針弾用のものだろう。

炸裂した瞬間、体内で炸裂し、幾万もの極小の針へと分裂して体内組織をずたずたに引き裂く短針弾――

それは、ファミリアにとっても致命的な損傷を与えられる実用的かつ残虐的な弾丸だ。

白い肌着は毒々しいまでの赤に染まり、みるみるうちにその全身から力を失っていくセレナ――

その背を踏みつけ、銃口を押し当ててせせら笑うと、隊長はねっとりとした声でセレナに囁いた。

「まだ死ぬなよ……どうせ心臓や頚椎を破壊でもしないと死なないお前らだ。……もっといい声で啼いてみろよ!」

そして、引き金を引く。

銃口を押し当てられていた左肩が――弾け飛んだ(・・・・・)

短針に、皮膚は破られ、肉が裂け、骨が砕けて――そして、左腕は冗談のように千切れ飛んで宙を舞う。

「流石はファミリア、人の姿をした道具……やっぱり死ななくても、腕がなくなりゃ痛いかよ?」

痛みと、喪失感――幼いセレナが絶叫する中、特戦隊達の哄笑が渇いた月に反響した――

 

 

「ちょっ……ユーイチ、何しようとしてんの!?」

何をする……だと?

決まっている――こいつらを、叩き潰す。

原型も留めん――粉々に、塵一つ残させず引き潰して――

「無理無理……だってこれは、あくまであたしの過去の映像なんだから。

いくらユーイチが川澄綾子でも、ひとの記憶の中の過去まで変えられるワケないじゃん。……でしょ?」

――過去?

………………。

そうか、そうだったな……。失念していた。

これはあくまで、セレナが体験「した」過去だ。

それを変えることは――傍観者である俺に出来るはずは無い。

たとえ、この中でセレナがどれほどの苦痛を味わおうとも。

――どれほどの屈辱を強いられようとも。

俺にはただ、見ていることしか出来はしないのか――

「ユーイチ……」

隊長が、「解体」準備に道具を取りにいったその中――幾つもの悪意の視線の中で。

幼い頃のセレナが――自らの血と肉片の泥濘の中、それでも僅かに動く指で必死に千切れた左腕へとにじり寄る。

一秒ごとに、その体から命が零れていく中で。

ただ、道具としてこの世に生み出されて。

――人でありながら、人でないという道具の烙印を押されて。

それでもセレナは、必死にもがこうとする。

致命傷を負い、意識があること自体が不思議というべき惨状の中で――それでも生きようと、逃げ延びようとする。

――確かにセレナは、工場内で整備兵を何十人も幼いその手で殺してきたかもしれない。

だが――だからといって、この男たちに弄ばれねばならないのだろうか。

この性根の腐った男達の、浅はかな欲情を満たすためだけに――その命を奪われねばならないのだろうか?

――だが、これが現実だ。

特戦隊たちが罪悪感を微塵に感じないのは――これと同じことを、もう何度も何度も繰り返してきているからだ。

 

ファミリアは、人ではない。

ファミリアは、道具――

人間様の欲望を満たすため、ただそのためだけにこの世界に生を受けた生ける玩具――

 

そんな腐敗した常識を生み出したのが――俺達の時代だ。

そして、それを許容してきたのは――他でもない、俺達。

 

――俺自身にも責任がある。

 

「ユ、ユーイチ……ユーイチはこの時、地球にいたんだから別に――」

 

そうかもしれない。

――だが、それでも。

……それでも……俺は。

俺は……!!

 

「……ま、まあ、ね? ホ、ホラ、私、きちんと今も生きてるんだから落ち込まない落ち込まない☆

 このときはこうなっちゃったけど……ほら、私はこうして五体満足、正真の生娘だし☆ あははは〜☆」

――俺を気遣うように、慌てて笑顔を作るセレナの顔が、俺には痛い。

だが……結局、あまりにこのことに関して俺は無力すぎる。

ここで俺が自責の念に自らを責めたとしても、状況は好転するどころか――セレナにこんな無理をさせるだけだ。

そんな無理をさせて、気を使わせて――俺はつくづく無力で……そして、情けない。

……今の俺に、出来ることと言えば――

この感情を押し込め、いつもの様に冷静に心を保ち、この過去を見ること――それだけしかない。

一端、目を閉じ――心のざわつきを抑えて。

俺は口を開く。

「セレナ……生娘、とは何だ?」

「あの……そこに突っ込み入れる? フツー……」

「と、言われてもな……日本語は難しい。疑問に感じたことをすぐ聞いておかないと、後々苦労することになるからな」

「判らないなら、覚えなくてもだいじょーぶ……というかこんな時にそんな脱力するようなことはやめてよ、ぶーぶー」

俺の下手な冗談に――しかしセレナが本気で咎めようとしないのは、恐らく自分の下手な気使いを知っての事だろう。

……本当に俺は……救いようの無いほど情けない。

だからあまり得意ではないことは止めて――俺は改めて、過去の情景へと目を向ける。

「……しかしセレナ。お前が今、生きている以上……ここで死ぬことはないんだろうが……傍目には信じられんぞ。

 この状況、お前はどうやって切り抜けて……生き延びたというんだ……?」

――状況は正に「最悪」と形容して構わなかった。

零下を下回る冷たい空気に冷やされた地面と大量の失血で、すでに土気色に変わりつつある肌。

専門的な治療を施さねば、自然治癒など有り得ないほどの重傷。

左腕を喪失したことによる精神的ショックからの、意識の揺らぎ。

無論、ここで意識を失えば――目を閉じれば、そこから再び眼を覚ますことは絶対に無い。

それが、幼い日のセレナにも本能的に判っているのか――鉛のように重い瞼を、なんとか開けて耐えているが。

――この状況に置かれて、今のセレナがあるなどというシュミレートは――何一つ思い浮かばなかった。

「ま、当のあたし自身……一人だったら、間違いなく死んでたんじゃないかな? って思うケド……ね☆」

……一人だったら?

 

「そ。……あたしさ、この時助けてもらったの」

 

セレナがそう、呟いた時。

――過去の映像の方に、変化が現れた。

 

 

必死で、左腕を掴もうとするセレナの手が――ようやく、僅かに触れたその時だった。

セレナをあざ笑うように照らし出していたサーチライトのまぶしい光を遮る何かに、辺りが暗くなったのは。

その変化に、セレナが見上げた時――そこに、一人の男が立っていたのだった。

……しかし――いつからそこにいたのだろうか?

V.A.と特戦隊に、辺りは虫一匹通さないほどに包囲されていたはずだというのに。

何故か、一袋88円の一口シュークリームを片手に頬張りながら――その男はセレナを見つめていた。

年の頃、22・3くらいだろうか――190に届こうかという、ずばぬけた長身の男。

その体つきは痩せぎすでも、筋肉質でもない――あくまで標準的な、普通の体つきをしている。

長い足に、洗いざらしすぎてすでに色が抜けて白色になってしまったジーンズ。

上半身といえば、何とこの寒さの中、黒いタンクトップ一枚きり。

一応袖を通さず、皮製に見える黒のジャンパーを肩にひっかけているものの、

どちらにしろ見ているほうが寒さを感じさせるような格好ではある。

そして一目で染めたのだと判る、短い金髪の下――眼鏡の下の鳶色の瞳が、ただじっとセレナを見つめていた。

自らの血の池の中、最早助からぬほどに重態の――小さな少女を、ただただじっと見つめていた。

「――き、貴様!? 何者だ……いや、それ以前に貴様、一体どこから現れた!?」

突如現れたということは、どうやら俺だけが感じていたことではなかったらしい――驚愕に声を震わせながら、

しかし隙無く銃を身構え、特戦隊たちが即座に彼を取り囲むように包囲したのは流石というべきか。

だが。

かすめただけで致命傷となりうる短針弾を装填した特殊ライフルが、自らへ向けられていることを知らないのか。

いっそ鮮やかというべきまでにそれを無視し――男はそのまま長い体を折り、セレナの元にかがみこんだ。