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第十一話 『絶』 -dead…end――-
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……俺が語り終えたときには。
男は歯の根をがちがちと言わせ、恐怖に瞳孔を見開いて叫んでいた。
「く…狂ってる…お、お前たちはぁー! 狂ってる!」
「ああ――そうかもしれないな」
得てして狂っている人間ほど、自分にその自覚は無いものだ。
だから俺たちもどこか、狂っているのかもしれないな。
「こ…こんなことをして、ただで済むと思っているのか!?
お、お前たちを生んだのは僕たちなんだぞ!? それを否定するってことは―」
「……未来世界において、沢山の命が『消滅』する……か?」
確かに――それは、そうだ。
過去の人間を、一人殺す。
それだけで未来は――時がたてばたつほどに、大きく変わる。
何故ならその人間から生まれる子孫――それがまず、生まれなくなる。
それは俺達の時代の世代になってはそれこそ数万人にまで膨れ上がるだろう。
だから俺達は――最初、どうしても強く出れなかった。
通信を使うという、消極的な手段でやりとりをするしかなかった。
「……そしてお前たちもそれを知って、高圧的な態度で臨んだ、というわけだ……だから」
俺はそこで、言葉を切り――そして一つ息を吸って、再び口を開いた。
「だから俺達は――過去との繋がりを絶った」
男の表情に、はっきりとした動揺が広がるのを――俺はただ淡々と見ていた。
……時間の概念の捉え方、未来の概念の捉え方には、いろいろなものがある。
曰く、未来とは一本の線のように直線的なものだと。
曰く、未来とはまるで木の枝のように無数に枝分かれし、可能性だけ未来があると。
それは、ある意味正しく――そして間違っている。
何故なら、過去と未来の接続の形自体が複数に存在しているためだ。
かつては、俺達の未来も前者のように、ただ一本の線で過去と繋がっていた。
通信を繰り返すたび、その公的文書が未来に増えたのはその為だ。
これならば、過去を変革すれば未来は大きく変容し――逆に過去に反逆すれば、一蓮托生的に未来が影響を受ける。
だから、俺達の未来は――この時代との接続を、切り替えたのだ。
「絶対的な未来」から――「可能性上の未来」へと。
……これによって俺達の未来は「このままブラックホールの製造を続けた場合の未来」となった。
このまま時が流れれば確実に未来は俺たちと同じ未来へと流れ込むが――もし過去が変革されれば、
このままこの過去からたどり着いていく未来は俺達の未来とはまったく別のものとなるだろう。
そして――こうなるともはや『俺達の未来』と『この過去が進む未来』はまったくの別物だ。
つまり、過去で何人人間が死のうと、もはや俺達の未来で誰かが死ぬことは無く――
そして仮に、もし過去が自分達の罪を認め、心を入れ替え、全てを変革しようとも。
……俺達の未来があと1年で滅び去ることに、何の変わりも無くなった。
「な…それじゃ、まさか―」
「……そうだ。俺達の戦いは……ただ相手を納得させるだけでは、済まなくなった。
過去に遠慮なく、戦いを仕掛けられるということへの代償としてな」
「な…何で、何でそんなことをしたんだよ!?」
男の表情が――変わる。
驚愕から――憤懣たる、ものへと――
「確かに…確かに最初は僕たちが悪かったのかもしれない、百歩譲ってそれは認める!
けど―いきなり通信だけで、そんなもので未来から来たなんて信用できると思うのか!?
なのにもっと…なんで、何でもっと人を信じられない!? それが戦いを生むんだ、戦争を生むんだぁーっ!」
……また自分の言葉に酔っているのか、こいつは。
懲りない奴だ。
そこまで正当化していかないと、自分の言葉すら語れないか。
「……お前たちはいつもそうだな。自分を弁護する言葉ならいくらでも見つけられる。
自分達を正当化するためならばいくらでも言葉を紡ぎだせる。
――だがそれでは何も解決しない。自分達がどういう存在なのかの認識も出来ない」
「な…何だと!?」
「なら聞くが――お前は環境に悪いからと言われただけで、排気ガスを噴射する車の使用を完全にやめられるか?」
「な…何を…」
「木を切り倒せば生態系が破壊されるからという理由だけで、電気の使用を一生止められるか?
砂漠が広がるからと言われて、自分達が口にする食料の量を三分の一に減らすことが出来るのか?」
――無論、そんなことが出来る人間もいるかもしれない。
だが殆どの人間は、それで止めることなど出来ようはずも無い。
一度吸った甘い汁――それを人間は、絶対に手放そうとしない。
……人の深層心理上に植えつけられた贅沢は、絶対に人は抗うことは出来ない。
一度贅沢を覚えてしまえば、以前のように手間のかかる方法などに戻すことは絶対にしない。
そのためならばいくらでも自己の正当化が出来る。
そのためならば誰にでも――理屈をこねることが、出来る。
「……そういう事だ。この時代の人間は、歪空間処理機という便利なものにあまりに慣れ親しみ、使い込みすぎた。
だからたとえいかに交渉しようとも――絶対に、使用を完全に止めることなど出来るはずもない。
そしてたった一つでも残っていれば――その瞬間、完全に未来は閉ざされる。
……判るか? もうこの時代の時点で、永劫な未来など絶対に有り得ないんだ」
――それでもなお、未来を残そうとすれば。
俺達が、生き残る術は――ただ一つ。
歪空間処理機の利便性を知るこの時代の人間を皆殺しにして。
俺達が、この時代に移住する。
それで無ければ、共倒れだ。
未来も。
――そこに住む俺達も。
「そ…そんな…」
「だからこの戦いに和解などは無い。いや……そもそもこれは戦争ですらない。
交渉は無く、共存は無い――ただ、生き残りをかけた殺し合いに過ぎないんだからな」
「…そんな…そんな事、じゃ、じゃあ…僕は…僕は…!?」
……これでこいつは、無知ではなくなった。
真実を前にして、見せたのは――単なる、狼狽。
自己正当化の手段を失って――呆然となっただけの、薄い男。
……こいつが、殺したのか。
セレナを、殺したのか――こんな男が。
「……仕上げだ」
自分の声にまるで熱がないのを、俺は自覚していた。
……何だろうか。もうこいつに怒りも何も抱けなくなっているというのは。
もはや……怒るところさえも見つからなく、ただ呆れた疲れが残っただけだ。
いや――こいつだけではない。
こいつを生んだ、この時代という『敵』そのもの自体、別に怒りもなにも抱いたことはなかった。
――あまりにも、違いすぎて。
――あまりにも、愚かすぎて。
そして、あまりにも――それが納得できてしまっている自分がいた。
それでも俺は――落とし前だけは、はっきりとつけなければならないだろう。
だからもう一度――左腕に力を込めて。そこに――『力』を集めていく。
そして俺は――乾いた唇を、ただ無意味に動かして。
「その想いを抱いたまま――逝け」
同時に、ありったけの『力』――それをこいつの脳裏に、叩き込む。
……終わった。
俺はゆっくりと、機体を立ち上げる。
――殺しては、いない。……殺す価値すらない。
だから俺は、左腕を介してこいつの脳髄に『力』をありったけ叩き込んだ。
そして俺の『力』の負荷に耐え切れず、こいつの自我は完全に崩壊した。
それは手ごたえとして、この左腕にはっきりと感じている。
もはやこれ以後、この男は自我すらも取り戻すことはあるまい。
自我も壊れた、ただの肉人形――それが似合いだ。
……だがもう――正直、そんなことさえもどうでもよかった。
ただ体を突き動かすのは、慣性と惰性の延長線上にある疲れだけ――
「……終わったのか? ユウイチ」
「……ああ」
通信を回復したのか――いつの間にかクレイジーラピッドが下降し、ウインドが回線を開いていた。
とりあえず気のない返事だけ返し、ノイズと劣化の激しい通信画像をぼんやりと眺めこむ。
「……帰還する。タイムテーブルを修正して、火星への航路を取ってくれ。
パニッシメントノヴァの調整はその間に完了させる。……命令違反は減給なりで対処を頼む」
言葉すらも、ひび割れたように軽く、乾いていた。
酷く頭が、鈍っている。
何故なのだろうか――それが判らない。
判らないが――もう、いい。
そんなことは。
俺はただ、戦場を渡り歩いてこれからも殺し続けるだけだ。
俺は戦神ではない――いずれは俺も、誰かに撃墜されるだろう。
だが、この機体が動かなくなるまでは。
この腕が、もう一撃も打てなくなるまでは戦うだけだ。
血が吹き、肉が裂け、骨が砕けてもただ戦うだけだ。
これまでずっとそうしてきた。
これからもそうだろう。
この心の乾き――餓え――血の味が消えることなど、無いのだから。
戦場での兵士の命の価値など、何よりも軽く、安い――俺のような、戦いしかない男のものなど。
それがどこまでもつのか――試していくだけだ。ここからの戦いの中で。
最期まで――失うものなど、何も無い。
「セレナの――セレナ・シルバラ故地球方面軍大尉の報告書は書き終わったのか?」
死ねば二階級特進――セレナの新しい、そして最後の階級を俺は口にする。
「……製作していないなら、俺が代わりに書くが――」
「……あのなぁ、それなんだがよ……」
と――その時、ウインドが浮かべていた表情は何だったのだろう。
「ふふふ……ユウイチ君、実はね……」
スフィーも、ウインドと同じ表情――まるで悪戯にかかる相手をほくそ笑むような、意地の悪い笑み。
「……言いたいことがあるなら早くしろ。時間が無い」
「まあ、そう急ぐなよ。……あのな」
「先刻、気付いたんだけど……セレナちゃん、実は――」
セレナが実は――何だったのか。
それを俺が聞くことは無かった。
何故ならばその時、けたましい叫びが通信回線を音割れさせてしまったからだ。
完全に裏返り、喉が裂けるかと思うほどの大音量の狂気の怒号。
それは――白いV.A.の。
――あの男のものだった。
「な……!?」
有り得ないことだった。
植物状態となったこの男に、こんなことが出来る道理が無いからだ。
しかし、それすらも些末かと思うようなことは――次の瞬間、起こった。
心が――復元されていく。
意識はまだ戻っていないようだが、男の、完全に砕いた心が音を立てて戻っていく――
「まさか……こいつも『力』を――!?」
驚愕する俺のそばで、満身創痍の白いV.A.が動く。
右腕を掲げ――そこに収束していく、一目で砲身に対して過負荷なまでのエネルギー。
あの赤い光を放つ、光学兵器か……?
そしてその砲身が向いていたのは――俺では、無かった。
その先が向いていたのは――クレイジーラピッド。
……クレイジーラピッドには、航行システムとしてロジカルバリアが使用されている。
これがある限り、この船体にはいかなる兵器も傷一つはつけられないはずだ。
……だが、もし。
この赤い光が――『力』を利用したものであったとしたならば。
可能性は、低い。
そうであったとしても――ロジカルバリアが弾き返すことだってあるだろう。
俺は決してロマンチストじゃない――身を挺して船を護るなどという行為は、無駄以外の何者でもないだろう。
だが、俺の目に映っていたのは。
ただ、白いV.A.が発射体制を取っている。
今からこの砲身を折った所で――過負荷のエネルギーは爆発を起こし、全てを吹き飛ばす。
そして、この距離、この時間では――ウインドであっても、回避することは――出来ない。
俺は知らず、動いていた。
右腕に付けられたままの、バニシング・スタンプを引き千切り。
――射線軸上へと機体を飛ばし、それを翳して。
「なっ……ユウイチ!?」
目の前に、弾かれた赤い光が光の傘のように一面に広がる。
……間に合ったか。
その時にはすでに、クレイジーラピッドは射線軸上の外にいた。
「ユウイチ君――貴方も急いで離れなさい! 今の機体の状態じゃ、その攻撃には――」
「……そうしたいのは山々だが……少々それは、無理というものだな」
今のパニッシメントノヴァに唯一装着されていた装甲部分――
バニシング・スタンプを盾代わりに、なんとかこの赤い光を食い止めている。
――だがなまじ拮抗しているゆえに、もしこのバランスが崩れれば一瞬で赤い光に押され、撃墜だ。
離脱など――いくら俺でも、出来そうにも無い。
……だが、このままでも少々部が悪いことになりそうだ。
『力』を込めて強化しているにも拘らず、赤い光の凶悪な破壊力の前に千切った右腕は溶解を始めている。
これで生き残れるか――賭けだな、これは。
だが――これで、確信した。
この男も間違いなく、『力』を持っている。
赤い光はこの男の『力』を利用し、そして具現化した兵器なのだろう。
……光を通じて、伝わってくる感情がある――
ボクハ悪クナイ。
ボクハタダ連レテコラレタダケ。
必要ダカラト連レテコラレテ、乗セラレタダケ。
ミンナガ必要トシテクレタカラノッタダケダ。
ナノニ――ボクヲ否定スルナンテ。
イマサラ否定スルナンテ許セナイ。
許サナクテイイ――ソイツハ悪ダカラ。
ボクハ悪クナイ。ボクハ正シイ。
悪イノハ、ココヘボクヲ連レテキタヤツダ。
ボクハ悪クナイ。ボクハ正シイ。
乗セタヤツモ悪イ。
ボクハ悪クナイ。ボクハ正シイ。
悪イノハボクヲ否定スルヤツダ。
ボクハ悪クナイ。ボクハ正シイ。
悪イノハ、他ノヤツラダ。
ボクハ悪クナイ。ボクハ正シイ。
ボクダケハ、イツモ悪クナイ、ボクダケガ、イツモ正シイ――
自己弁護。そして他者の否定。責任転嫁――これがこいつの『力』。
深層心理、自身を投影する『力』は、その人物の本質――こいつの、本質だ。
……つくづく虫唾の、走る男だ――
「馬鹿が…この僕のヴァーミリオンペネトレイトに真正面からぶつかるなんてさぁー!」
どうやら、意識を取り戻したらしい。あまつさえ俺に回線を開いてきて――告げる。
「僕は負けない、僕の仲間のために、僕を必要としてくれるみんなのために、負けられないんだぁーっ!
僕が戦わないと、僕が、僕が! だから落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろぉーっ!」
「……お前が賭けるチップは、それか」
俺は知らず――あまつさえ苦笑さえ浮かべて、その言葉に答えていた。
「なら、残念だったな……俺が賭けているのは、殆ど何の価値の無い物……お前が勝っても、払い戻しは無い」
せいぜい、紙屑も同然の――俺の命をもっていくだけのことだからな。
「……だが、それでも――ただではくれてやれん!」
……俺の右腕の耐久時間は……残り、ジャスト10秒。
これを、コンマ一秒でも過ぎたなら――機体は爆発し、俺は死ぬ。
もし、10秒以内ならば――少なくとも今度こそ、こいつの腐った鼻を明かしてやれる。
なんてことだ。
俺には、利点しかない賭けじゃないか――
「僕はぁーっ!! 絶対に、負けないんだぁーっ!!」
赤い光を、押し貫くイメージで。
「耐えろ……V.A。最高の強度と銘打つなら……耐えてみせろ……パニッシメント・ノヴァ!」
俺は力の全てを、そこへと集約させ――そして。
赤い光が、やがて薄れて――消え去った。
俺はちらりと、耐久時間の残量を眺めやって――
――10.23。
マイナス――0.23秒。
「ははははぁ! どうだ、正義は勝つんだぁー! ははははは―!」
――そうだな。
――賭けは――俺の負けだ。
気体の各部から、あらゆる異常の報告が画面を満たして。
衝撃が連続し、コクピットを揺らした。
ダメージに耐え切れず、H.C.S.が暴走している。
しかも、整備中に出たためだろう――脱出装置は、作動しない。
……終わりだ。
「――ユーイチッ!!」
……俺の悪運も、ここまでらしいな。
「――しっかりしてよ、ユーイチッ!!」
……とうとう、『力』が暴走したか?
メイン電力を破壊され、非常灯で紅く染まったコクピットの中で。
――死んだセレナの声を、通信回線から聞くとはな――。
「ユーイチ! 私は――」
……まあ、どうでもいいことか。
これが幻聴でも、妄想でも――どうでもいい。
最後にこんなことをするのなら――案外神様なんて言うのも、いるのかもしれない。
「私は、ここに――」
……ノイズの激しい、通信回線に。
まだ、かろうじて生きている通信回線に。
……聞こえてくる、セレナの声に。
……もし、ここでセレナが生きていたのなら告げただろう言葉を。
「生きて――」
まだ動く、唇で。
俺は――
「……済まない」
揺れが一層激しくなり、衝撃が全身を貫き。
視界が白一色に染まって――
俺の意識は断絶した。
「ユーイチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」
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