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第十話 『誕』 -planet of despair
and the insanity-
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閉ざされた明日。
絶望しかない、俺達の未来――
一条の光明が見えたのは、そう――そんな時だった。
光明を投げかけた男の名はエドワルド・シャイン。
4303年に生を受けた彼は、この時代が生んだ天才だった。
弱冠8歳で博士号を取得して以降、彼の所有する特許数は現在認められている特許総数の約八分の一に相当。
完全に停滞していた科学方面の進歩を飛躍的に進めてくれた大天才だった。
だが、その希代の天才は4322年、自らの実験中に事故を起こしてしまう。
研究所の八割が完全に消滅した中で、彼の天才的な頭脳も19歳という若さで永久に失われた。
……失われたと――思っていた。
現出するであろうブラックホールエンジンに対策を練るために、あらゆる史料・文献を当っている中で――
彼が、生涯最後に研究していた内容――事故によって消失したとされていた未発表のそれが偶然発見されたのだ。
彼が、最後に研究していたもの。それは時間に関する研究の資料だった。
つまり彼は時空転移――タイムトラベルの実用化を目指して研究を行なっていたというのだ。
冗談のような内容のそれが――調べていく内にきちんとしたものだと判明するのに時間はかからなかった。
そしてその技術が、すでに実用段階にまで高められているということさえも。
消失したと思われた、研究所――その地下に新たに発見された施設。
そこにあった機械こそ時間を移動する機械、いわばタイムマシンの試作機といえるような代物だった。
そして彼は死んだのではなく、このタイムマシンの開いた先の時代――3002年の時代にいる。
過去の文献を当ってその事実が判明した時――閉ざされかけていた未来に、光が再び見えてきたのだ。
何故博士は、この研究を発表しなかったのか。
何故博士は、過去へと失踪してしまったのか――
疑問は、残っていた。
だがそれに思いを巡らせる時間すら、残されてはいなかったのだ。
彼の確立した理論に基づき、急ピッチに技術の解析と進化は進められて――ある重要なことが発覚した。
それはこの、時間を越える扉――『ゲート』とでも言うべき代物が通じている先は1330年前ということ。
1330年前で固定されて――そこから微塵も動かすことが出来なかったと言うことだ。
つまりこちら側で一日がすぎれば、ゲートを隔てた1330年前も一日が経過する。
時空を超えることは出来ても――それを自在に操る技術は、理論はどうしても見つからなかった。
そして、奇妙な偶然がこのときに起こった。
ブラックホールエンジンが、ホワイトホールから出てきて超新星爆発が起こるとされている日と。
ブラックホールエンジンの第一号機を建造する、いわば計画の開始日がまったく同じ日だったのだ。
驚くべき、偶然の一致――だがこれに喜ぶことも、驚くこともしている暇は無かった。
リリス陛下達は、ゲートを通じた通信回線を通じて、この過去の時代――つまりこの時代と交渉を開始したのだ。
未来の現状を伝えた。
このままでは、人類が完全に滅亡してしまうということも。
ゴミの不法投棄を、止めてくれる旨。
歪空間処理機の建造を、止めてくれる旨。
そして――ブラックホールエンジンの計画をストップしてくれるよう、頼み込んだ。
劇的に何かをしてくれ、とは頼まない。
だからせめて――自分達から未来を奪うようなことだけは、しないでくれと。
過去に不用意に干渉をすれば、どういう事態になるか判らない。
先のことを理解せずにがむしゃらに行動して――それがどういう結末になるかは俺達の未来を見れば判る。
だから、どうしてもゲートを通じて、直接に過去に飛ぶことは出来なかったのだ。
それでも、通信は続け、交渉を続けた。
三ヶ月間、必死に交渉を続けた。
人の良心を信じて。
希望を――信じて。
「だが……お前たちは、誰一人としてまともに取り合おうとはしなかった……」
過去に交渉をしているのだから、未来世界にはその結末がダイレクトに反映される。
だが――ゴミが減少することも、ホワイトホールが減ることも無かった。
変わったのは――ただ「一時、政府への交渉記録に不審ないたずらがあった」という公的文書、一枚きりだけ。
そして交渉の間にも、人が死んだ。
……お前達の捨ててきたゴミのせいで、それこそ――ゴミのように、人が死んでいった。
そしてはついに、この時代の人間は――こう言ってさえ来たのだ。
「キミたちが何を考えてこのようないたずらをしているかは知らないが……我々の未来は、我々が責任を取る。
キミたちのような下賎な輩の意見を聞いて未来をいちいち変えていれば――それこそ、人類の存亡の危機だよ」
――と。
……いい気なものだな
勝手に、俺達の未来を作り上げて決めておいて。
未来の俺達に、責任だけを押し付けておいて。
俺達とお前達―― 一体、何が違うというんだ?
ただ早く生まれたか、そうでないか――それだけで。
……それほどまでに高圧的になれるのか?
早く生まれれば――神にでもなったつもりでいるのか!?
……もう、リリス陛下も九軍師も――交渉しようとは、思わなかった。
俺達の時代の誰もが――この時代の人間に、希望など抱かなくなった。
……先人が、そう――早く生まれただけの人間が、そうやって不当に何もかも奪っていくのならば。
それを取り戻すことが何故、いけない?
希望も――命も。
お前たちは俺達の時代のそれを生贄にして、十分謳歌してきただろうに。
この上、お前たちは俺達から――未来までも奪っていくつもりか。
俺達は――じゃあ、一体なんだというんだ?
お前たちが未来を貪るための――奴隷か? 家畜か? 道具だというのか?
……違う。
絶対に――違う!!
「……そして、俺達はお前たちへと反逆した。
王国軍の名前をR.A.U.R.O.D.――
祖先の不当な暴挙に抗うという文の、その頭文字を取った名前へと変えて。
これがこの戦争の……発端だ」
俺は一言一言を、丁寧に口にし、心に描いた。
それがしっかりと――この男の無知で無恥な頭へ、心へと伝わるように。
「……この世に、良い戦争も悪い戦争など無い。何故なら戦争は、外交上の最終手段――手法の一つに過ぎない。
それを回避することが出来ないで――お前は俺達の何をもって悪と断定する?」
「お…お前たちは、この時代の、何の罪も無い人を殺してるじゃないか! それが―」
「お前達だって自分の捨ててきたゴミで俺達の時代の人間を殺してるだろう。
それは俺達のせいなのか? 俺達に罪があったから、お前たちに殺されないといけないのか?」
他人を否定しないと確立も出来ない自己。
自分の正当性を探すために、他人のあらを探さずにはいられない性根。
――自分が「正義」でなければ、自分が自分だと胸すら張れない――
それがこいつの本性か。
「…狂ってる…お、お前たちは狂ってる!!」
「狂っている……? ああ――そうかもな。俺達はみんな狂っている。狂っているかもしれんな」
俺は同意を示し――しかし左腕をコクピットにより強く押し当てて――続ける。
「そして俺が生まれたのは――その狂気の集結する場所だ」
――終わらない極寒。
吹き止まぬ颶風。
落下するゴミは地を抉り、有毒ガスや放射能はいつ自分を侵すかもしれない星――地球。
俺はそこで生まれた。
親の顔は知らない。
2・3歳というときだったか。
自我が確立した時には、俺は一人で立ち尽くしていたからな。
まあ、恐らくどこぞの誰かが犯すか犯されるかして産み落とされたのだろうが。
文明が完全に崩壊したこの星では、もう人間は人間ではなかった。
他の動物や獣と同じレベルで生き抜いていくしかなかったからな。
言葉を持たず。寒さを凌ぐ粗末な布だけを身に纏い。
本能だけに従って、そこここで睦み、子を孕み、産み落として――
そして時には、喰らいあった。
俺が居た所の気温は、零下二十度前後。
その極寒の中では、生きていられる動物は限られてくる。
結局――雑食性である人間の数が一番増えれば、共食いもするというものだ。
光差さぬ、暗黒。
その目的を失い、意義を失い――未来を失った、街の廃墟。
その中を俺は生きた。
――ヒトを、喰らって。
男も。
女も。
老人も。
子供も。
喰った――生きるために殺して、喰らい続けた。
孕んだ妊婦の、中の子供を無理やり引きずり出して喰らったこともある。
……他の動物が、この極寒の中では少なかったこともあるが――何よりも、ヒトは狩りやすかった。
爪、牙、尾――他の野生動物が本来持っている必殺の武器を殆ど持っていなかったからな。
無論それは、俺も同じことではある。だが――俺は相手の頸を、歯で噛み裂いて殺していった。
そして――まだ湯気の出る暖かいそれを貪って、喰らった。
……死体しかない時は、それを喰らった。
それすらも無い時は――自分を喰らって生き延びた。
忘れない味だ。
じゃりじゃりとした、凍る血と肉の食感。
そして――錆びた古鉄の味。
いまもこびりついて、忘れられそうに無い――味だ。
……どうした? 歯ががちがちと音を立てているじゃないか。
怖いのか?
狂っていると――思うのか?
だがこんなことは、地球に生まれれば――生きるためには誰でもやってきている。
お前らの作った未来なんだろう、これが。
お前達の望んだ、お前達の未来なんだろう。
俺達に押し付けた――未来なんだろうが。
……その生活が終わったのは、八歳の頃だ。
俺は――軍に拾われた。
文字通り、何万人もの他のやつと一緒に「拾われ」たんだ。
……王国軍は当時、兵の数が絶対的に足りなかった。
元々火星の総人口が十億人程度だからな。
軍隊を設立するために必要な人員をべらぼうに裂けるほど、火星には人材面での余裕は無かった。
そこで目を付けたのは、地球だ。
たとえ99%が死滅してもなお――地球には約五千万の人間が互いに喰らいあいながらも生きている。
それを接収・調達し――教育・訓練して兵士にしてしまえば、この問題は見事に解決する。
俺はその回収に遭遇し――拾われて「ユウイチ・オオカワ」の名を与えられた。
そして――それからは軍の兵士としての訓練が始まった。
訓練の内容は、多岐に渡った。
通常の訓練以外に、獣ではなく人としての自我の確立から初めて、
言語・計算・知識―― 一般教養における、大学クラスまでのそれら全てをたった一年で習得させる。
そうしなければ兵士としては役に立たないからな。
だから――身心の酷使は必至だった。
十人に一人、生きていれば幸い――それが、現実だった。
そしてそうやって育った新兵も、初陣の時に散っていくものが殆どだ。
お前達のV.A.に撃たれて――殺されてな。
俺は散っていった奴の最期を、何度か看取ったことがある。
男も、女もいた。
俺よりも年下の奴もいた。
眠るように逝くもの、激痛に叫びながら逝くもの、殆ど言葉も残せぬままに逝くもの。
多種多様な死に様だった。
ただ、唯一共通していたことは。
……その全員が、必ず喜びを持って死んでいったことだ。
――これで、人として死ねる。
名前があって――言葉があって、心があって死ぬことが出来る。
これほどうれしいことが、ほかにあるだろうか――と。
……俺達に、名前を与えてくれたのも。
人としての尊厳を教えてくれたのも。
全て軍だ。
お前たちではない。
お前たちと戦い、殺すために編成された軍が、俺達を人として救ってくれた。
ただ早く生まれたからといって――俺達を自分の生贄にしたお前たちでは、断じてない。
お前達の作った――ミライとやらでは、断じてない。
「……お前は先刻、軍を、戦いを否定した。悪だ、人の命を奪うのは悪いことだ――と。
そして、戦争を仕掛けた俺達が狂っていると」
だがな。
お前達の作った理想のミライとやらでは、俺たちは名前すら持てず、ただ本能で喰らいあうしか道が無い。
そんなミライを押し付けてくるお前たちを――どう見れば、真っ当だと思えるんだ?
俺から見れば――そんな未来を押し付けて平然としているお前たちの方が狂っている。
そんな狂える祖先に、粛粛と従っていることは――正しいのか?
俺はそうは思わない。
そんな押し付けられる未来に従っていることなど出来そうも無い。
だから俺達は、この時代に戦争を仕掛けた。
過去を――否定しに来た。
先に生まれた――それだけで、未来を押し付けてくるのなら。
「……この拳で叩き潰すまでだ。――過去ごとな」
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