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第九話 『史』 -history of truth-
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――二十六世紀も後半に差し掛かった頃だ。
アメリカの一科学者が、研究の最中でとある発見をした。
この時代は、そう……火星への入植を前に、地球の近辺に宇宙ステーションや
生活することの出来るスペースコロニー……そういったものがどんどんと建設されて、
結果として爆発的に人口が増加。……これだけなら、まだ今までの歴史にはあった。
しかし――この時代には、もう発展途上国などというものは存在していなかった。
結果――爆発的人口増加は、大量消費社会の中で爆発的にゴミを増加させる羽目になった。
それこそ、その処理方法が世界的に深刻な社会問題と取り上げられるほどにな。
――その科学者も、そんな時代の中、増加していくゴミの処理方法を研究していた一人でな。
そしてとうとう――彼は発見した。その『手段』を。
それは人工的にブラックホールを造ることで生ずる歪空間に、ゴミを捨ててしまうことだった。
ブラックホール制御機の内部に発生した歪空間は外部に一切の影響を与えず、しかもその広さは無限。
目前の深刻な問題にとって――まさに理想的なまでの解決方法だったといってもいい。
だが、たった一つ――とても重大な欠陥がこのシステムにはあった。
だからこの科学者は研究を凍結・情報資料を封印して、世に出さないようにした。
……しかし、彼の死後――この封印を暴いて、研究を続けさせた国家が一つだけあった。
それはアメリカじゃない。
――日本――今で言うジャパンという国の前身となった国家だ。
20世紀に見せたかつての繁栄も、この時代にはもう目も当てられなかった。
16世紀の大航海時代、世界を制したスペインやポルトガルがただの小国に成り下がったようにな。
だが、この国が先の二つと違ったのは――繁栄廃れ500年以上がたとうと、
この国がかつての栄光を忘れられず、それをあきらめなかったことだ。
もう一度、世界一を。もう一度この国に、かつての輝きを――
妄執、といっていいほどの粘着的なまでの執念でな。
そこで目を付けたのが、この研究だった。
……これを解明・そして量産化できれば――商品として売れるのではないか、と。
国を挙げての研究内容の解析。そしてそれをさらに発展させて――超小型のブラックホール制御機を開発。
そしてそれを歪空間ゴミ処理機として昇華させるなり、商品化して各国に売りさばいた。
目論見は当って――この商品は飛ぶように売れた。
それこそまさに「喉から手が出る」ほどに需要はあったんだからな。
こうして日本は瞬く間に経済大国に返り咲き。その反映は現在のこの3002年までもなお、続いている。
その後も改良が加えられ、装置はゴミ箱サイズにまで縮小化。
……お前も使ったことがあるはずだな?
この時代、歪空間処理機の普及率は99%以上……。
何の躊躇いも躊躇も無く、ゴミを散々に捨ててきたはずだ。
そう。
誰も何も考えずに、捨て続けてきた。
……重大な欠陥の事など、何一つ思い出すことなく……な。
そもそも日本が情報を操作し、重大な欠陥の情報を外部に漏らさないようにしていたからな。無理も無い。
日本――この国では以前にも、似たような前例はいくらでもある。
20世紀末、エイズウイルス感染危険のある血液製剤を知ってばら撒き、結果ウイルスの蔓延を招いたようにな。
曰く――自分達の懐さえ暖まれば、何の危険性も無視して構わない。
それがこの国を支配する黄金の不文律だった。
……そして――そのまま、時間だけは流れるように過ぎていった――
3922年。11月28日のことだ。
イタリア上空、10000m――そこで不思議な現象が現れた。
まるでそこだけ引き歪められた様に、空がぐにゃりと螺旋を描いていた。
その不気味さに――当時の人の恐怖がいかなものだったか、記録は残っていない。
何故なら、次の瞬間――そこから、あふれ出たのは。
――ゴミ。
怒涛の如く雪崩れ、隕石のように降り注いだのは大量のゴミ、ゴミ、ゴミ――
……ブラックホールというのは、確かにその超重力で光すらも吸い込むほど。
中の歪空間は結果として無限に近い収容能力を持っていたが……だがな。
決してブラックホールというのは吸い込むだけのものじゃない。
吸い込んだものを吐き出す――ホワイトホールと、二つあわせて一つの存在だ。
歪空間――それは決して、貯蔵庫などではない。
黒から、白へ――その経過点にしか過ぎないのだから。
この時、オランダに開いたのは――まさにそのホワイトホールだった。
――普通なら、こんなことは起こらない。
自然発生したブラックホールは誕生と同時にホワイトホールが生まれるし、
そもそもこんなに二つの穴が近くで発生することも無い。
最低でも数十光年は距離を隔てて二つは存在しているはずなのだから。
しかし。
人工的に精製したブラックホール――その不完全さが。
これだけの時間を隔てて。
これだけの短距離で――二つを邂逅させてしまうこととなった。
ホワイトホールはその直後、地球を覆うように各地で発生した。
そして超重力で凄まじい加速度をつけたゴミは、文字通り地球へと「激突」した。
生ゴミ、不燃ゴミ、空き缶や空き瓶。大型の電子機器類。
たった14g前後しかない弾丸だって、時速1200km以上の速度で撃てば人を殺せる。
音速などとうの昔に超越していたそのゴミだけでも簡単に地表は抉られ、凄まじい破壊力で地球を破壊した。
だが、今思えば――それすらも、易しいものだったかもしれないな。
有害な工業廃水や産業廃棄物・登録の無い廃車・放射性廃棄物。
軍備削減中、解体もされずに投棄されたV.A.や戦艦。
不発弾や――不発弾と偽って、そのまま投棄された弾薬、爆弾、地雷――ミサイル。
サリンやタブン、VXガスに代表されるような――大量殺戮用の化学兵器。
そして――核兵器。
常識を疑うような、不法投棄の数々だった。
そのモラルの無さのつり銭返しは、あまりに痛いものだった。
爆発と衝撃波は、簡単に天変地異という形で二次災害を巻き起こしていった。
地震と火山噴火が人々から冷静さと統制を奪ったところで――地表を洗い流すかのような、超巨大津波。
そして群発する竜巻。汚染された大気。人間の皮膚すらも溶解させる、強酸性の雨――。
地球の総人口の99%が死滅した。
しかし生き残った者達に待っていたのは――さらなる災害。さらなる絶望だった。
大衝撃で、地球の地軸と回転速が変わったのだ。
これによって、月が地球に対して一方向しかその姿を見せることが無いように。
――地球は、太陽に対して一方向しかその面を向けなくなってしまった。
これによって、地球の太陽面とそうでない面との温度差は凄まじいものとなった。
しかも、そうあってもまだ降り止まぬゴミ。
容赦なくそれは蒼き母なる星――いや、かつてそうだった星を叩き、破壊して。
巻き上がった塵芥は、地球を覆うように気流に乗って、太陽の光を遮ってしまった。
そのために、もっとも太陽に近い部分で気温は零下5度。
『絶滅極寒』と呼ぶ、その裏側の気温は零下63度を下回るほどになった。
地球は――地球に存在した文明は、壊滅した。
火星にもブラックホール制御機は存在し――ホワイトホールは開いた。
……そして地球と同様のことが、火星にも起こった。
――ただ、地球と違ってこの星は光を太陽に頼っていなかったのが幸いした。
全てが終わった後に――生き残ったのは、一億人。
傷つき疲弊し、しかし災害は――ゴミは、決して降り止まない。
明日無き未来に、希望など無い――本能的に、人々はそれを自覚していた。
だから人々は生き残るために。
一人のカリスマに、希望を求めたのだ。
専制君主的封建社会の復古――あまりに旧時代的な発想だった。
だが人々に残された道はそれだけだったし、最初のうちはそれでよかった。
人々は絶対的な指導者に従っているという安心感に、生きているという意味を見出していたからな。
しかし専制君主的に、三代に渡って公正さを保てたものが歴史上、存在しなかった様に。
――社会が腐敗していくのに、時間はかからなかった。
特権的貴族と、搾取される人々。
容赦ない重税。
破綻するモラル。
傀儡君主すらも現れるときもあった。
血も凍る極寒の中、有毒ガスや放射線が吹き荒れ、文明が完全に失われた地球。
微かな土地の中、腐敗臭と歪んだ構造で立てられた社会で奴隷のような生活の火星。
その地獄は、400年以上続いた。
その400年で、火星の人口は10億にまで増えた。
……しかし、振り続けるゴミに、人の住める土地は日々減りつつあった。
宇宙に新たにコロニーを建設したり、外宇宙航行用の船を建造すれば、
人類はまた違った未来を手に入れていたかもしれない。
だが――誰一人、そんなことをしなかった。いや、させなかったというのが正しいか。
自らを『貴い』と称する『貴族』――彼らはむしろ、そういったことを弾圧さえした。
当然だろうな。彼らは今の生活でも十分に豊かに生きていくことが出来る。
逆に言えば――今のこの奇妙な世界が無ければ、自分達を豊かにする特権が全て失われてしまう。
そのような事態を引き起こしかねないことを推奨する人間が、一体どこにいるのだろう?
結果――とある目的のため、放棄されてきた月を人の住める環境に復旧した以外は、
特に何をさせるでもなく、人類は滅びへの道をゆっくりと歩いていった。
――だが。それが変わるときが、ようやっと訪れた。
西暦でいう、4322年のことだ。
三人の人物が――その日その時、出会った。
王国宇宙軍准将カール・ヘイルターシュ男爵 17歳。
王国宇宙軍大佐メルレイン・ファーメル子爵 19歳。
そして――女王リリス・ラトアニア陛下 17歳。
三人の両親が殆ど同時に亡くなり、そろってその地位をこの若さで継ぐこととなったこと。
そして――同じ理想を抱く三人が出会い、朋友となったことは。
……人類に残された、唯一の救いだったのかもしれない。
このままでは――いけない。
この腐敗臭の蔓延する世界を――変革せねばならない。
その想いを胸に抱いて、彼らは密かに。――しかし大胆に動き出した。
そしてまず第一には、封建社会の生む矛盾から生まれた腐敗を除去しなければならない。
とはいえ、カール爵もメルレイン爵も貴族とはいえ家柄は下級身分。
陛下も女性と言うことと、そしてまだ17という年齢もあり、実質上は傀儡の女王。
殆どの権限は補佐と言う名目で立てられた狡猾な摂政が握っていた。
そんな状態、しかもこんな若い三人だけの力で世界を変えるなど――出来そうも無い。
普通ならば、間違いなくそうだろう。
――しかし、彼らの才は伊達ではなかった。
法律の抜け穴を探すようにして、王国軍の統帥権を入手したのだ。
摂政や老貴族・二世三世のエリートたちは嘲笑した。
子供の、気の迷いだと。
何故ならこの時代、火星以外に国家など存在していない以上、王国軍には対抗相手がいない。
そのために軍備は殆ど縮小されており、貴族達の持つ、私的軍隊の方が遥かに強いと言う有様。
――『史上最弱の軍隊』と蔑まれていたのである。
だが。思えばその認識が――摂政たちの不幸の始まりだったのかもしれない。
三人の内包する才幹と覇気は、異常なほどに優れていたためだ。
まるでそれは腐敗した世界を立て直そうと、神が与えた奇跡なのかもしれなかった。
竹が地下茎を張るようにして――水面下で、彼らは王国軍を徹底的に改革していった。
そしてその噂は、才覚や先見の明のある者――彼らと同じ志を持つものたちを引き寄せた。
そして摂政たちは相変わらず特権での利権をむさぼる中――雌伏、3年。
4325年、4月15日。
彼らはついに牙を剥いた。
リリス陛下の名の下に――各貴族達の今までの罪を告発。そして貴族位を剥奪したのだ。
この暴挙ともいうべき若い女王の行動に、貴族位を剥奪されたものたちは摂政の元に集い革命権を執行。
一方、王国軍は彼らを「賊軍」と称し、王国の名を掲げて彼らを迎え撃った。
世界を二つに割った、大戦争の始まりだった。
戦いは苛烈を極めた。
貴族達はそれぞれ、独自に私設軍を保有しており、
中にはたった一人で、王国軍の保有する全兵力を凌駕する貴族さえいたからだ。
しかし――戦力的には圧倒的有利な貴族達だったが、その統制は非常に劣悪を極めた。
今まで誰かに命令することはあっても、誰かに命令されたことなど無かったからだ。
結果、誰かの統制に従うことを良しとせず――皆がばらばらに指揮を執りだしていた
動きはまばらで――しかもその指揮さえ、素人さが丸出しという有様。
貴族達は最初から史上最弱の王国軍相手と舐めてかかっていたうえに、
そしてぬるま湯のような生活の中で、頭も心もふやけきった者達の烏合の衆であった。
対し――王国軍は人材と言う面から考慮すれば、信じがたいほどに粒ぞろいだった。
「神の采配」とまで言わしめる指揮を執る天才軍師カール、
戦場では常に負ける事無く、ついた二つ名が『常勝』のメルレインを筆頭、
天才的閃きは無いが、艦隊やV.A.の動きにまるで無駄のない『流水』ミュートス。
圧倒的攻勢で局地戦や短期決戦をもっとも得意とした『無双』のレオンハルト。
補給線確保や情報収集等、後方支援のプロフェッショナル『倉庫』トマス。
63という年齢ながら、その年季を生かした重鎮かつ抜かりない戦術を魅せる『黄竜』老トマス。
唯一の女性ながら、彼女の指揮下においては艦やV.A.は通常の倍以上の速度で動くという『迅雷』メイディ。
奇襲や撹乱、強襲時に見せる奇想天外な作戦は、メルレインすら舌を巻く『魔術』マサシ。
そして劣勢時の防戦や再編成、乾坤一擲の勝機を見定め一気に戦況を覆す最年少軍師である『逆転』グローバー。
後に『蓮輪の九軍師』と呼ばれる人材が揃い踏みしていた。
多くの血が流れた――ただしその血の多くは、古く腐った膿を大量に含んだものであったが。
そして、戦争が始まって一年――戦争は、終結した。
貴族軍の――全滅と言う形で。
とうとう、400年に渡る王国の膿は全て切り落とされた。
どれほどの人が、喜んだだろう?
これでやっと、明日への道が開ける。
その道はか細く、脆いものかもしれない。
だがそれでも、人々はようやっと、新たな一歩を踏み出せる。
その――筈だった。
「……筈……だった……?」
「……そうだ」
王国は外宇宙探索用の宇宙船の開発に取り掛かり、
新たな故郷を求めるという形で人類はなんとかその一歩を踏み出せる筈だった。
だが――それは。
その未来は――閉ざされた。
「お前達の愚行……また、そのせいでな……!!」
始まりは、そう――唐突だった。
ホワイトホールの数が、突如増加しだしたのだ。
ゴミの排出量が増加し、今まで被害のなかった場所でもゴミが落下してくるようになっていた。
その原因を、リリス陛下たちは国を挙げて探し――そして、判った。
――3002年。
この時代、人々は外宇宙航行法を模索している、その全盛期だった。
無論、盛りはしたが実を結ぶものは無く――俺達の時代でもいまだに人類は太陽系から脱せずにいたが。
ともあれ、研究が――光年単位での移動を可能にする航行法の模索に人は明け暮れていた。
そんな中――同時に必要なのは、宇宙船を航行させるための無限ともいうべき動力の存在だった。
H.C.S.は確かに理想的な半永久機関だが――機動には、添乗員の意識の有無が関係してくる。
だが外宇宙を航行するなら、当然何百年もコールドスリープする必要性が出てくる。
となれば、当然ながら添乗員の意識はなく――それではH.C.S.は動かない。
そのためにどうしても、H.C.S.に代わる新しい動力がもう一つは必要となったのだ。
そして――その中でもっとも有力な候補と上がったのは――ブラックホール・エンジン。
ブラックホールというのはただものを吸い込むだけじゃなく――同時に強大なエネルギーも放射している。
そのエネルギーを利用すれば、文字通り無限の永久機関となりえるのではないか――そう考えたのだ。
このエンジンの問題点はブラックホールの安定性だったが、それはすでに高い技術で完成を見ていた。
あとはいかに巨大なブラックホールを作成できるか――
各国が競ってエンジン開発に明け暮れた。
だが――無論ながら、それは完成しなかった。
ブラックホールを強大にすればするほど、安定は失われ、結果として実用に耐えうるエンジンは出来なかったのだ。
そして、いつしか開発は見送られ――その大量のエンジンの出来損ないは。
――全てが歪空間ゴミ処理機の中に投棄されることとなった。
そのとき、大量に建造されたブラックホールの結果が――ホワイトホールのこの時期の大量発生に繋がった。
一秒ごとに増加する被害、増え続ける死者、湧き上がる恐怖――
だがリリス陛下は国民達が絶望に苛まれないよう必死に国民達に訴えかけ、最悪の事態は免れた。
だが――別の場所で、もっと深刻な――そう。
『最悪の事態』が判明したのだ。
この調子でホワイトホールが開き続ければ――やがて投棄された大量のブラックホールエンジンが現れる。
ブラックホールと言うのは、つまるところ凄まじい質量を持った存在だ。
それを制御機を利用することで外部への質量干渉をゼロにして、あれだけ大量に作ることが出来た。
だが。
一度ブラックホールに放り込まれたエンジンは――当然、超重力で制御機は破壊されている。
つまり――もしエンジンが一つでも、ホワイトホールから飛び出せば。
瞬間的に太陽系の質量が増加することとなり――超新星爆発が発生する。そして――
太陽系は消滅する。微塵一切、跡形も無く。
そしてホワイトホールから破損したエンジンが飛び出すまでのタイムリミットは、たったの一年半。
4331年の事だった。
ただでさえ壊滅的打撃を受け、長らく文明の停滞していた時分だ。
そんな短期間で、外宇宙航行用の船を開発することなど――出来ようはずがなかった。
明日への道は――閉ざされた。
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