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第八話 『怒』 -rage against-
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まさに『海』の形容がよく似合う雲海――その中をパニッシメントノヴァは突き進む。
それは本当に弾丸のように――速く、何よりも速く。
そして――やがて、雲を爆裂するような勢いで蹴散らし、視界が開けたとき――そいつらは、いた。
オレンジ、青、そして――白い色をした三機のV.A.。そして複葉機を拡大したような奇妙な形状の戦艦。
……外見的特長が一致。
ラウンドフォース・ジャパン特別独立遊撃部隊『オーヴァ・ザ・センス』――
「くっ…まさか単機で『ボクサー』が出てくるなんて!?」
「…貴士君。今は目前の敵に集中しよう。風評的な強さに惑わされず、相手をよく見るんだ。
…しかしこうなると、先に架寸也を火星に向かわせたことが痛いな……」
「大丈夫だって!! …いくらボクサーでも、あんな素体の状態じゃ、まともに戦えないに決まってる!」
通信回線に流れる、奴らの会話から――大体の状況を判断する。
最後の声――おそらく女性のものは、あの青いV.A.から。
冷静な判断を行なった男の声は、あのオレンジのV.A.だろう。
そして―― 一番最初の、声。
あの時、セレナを罵倒したこの声が。
片腕のマニュピレーターが砲身となっている特殊な形をした、白いV.A.こそが――
俺は白いV.A.に向き直り、回線をこじ開けた。顔は伝えず――声だけで、告げる。
「……お前たちで言うところの『フェアリー』を撃墜したのは……お前だな?」
「ぼ……僕と同じくらいのパイロット!?」
あの街で叩きのめした時に殆ど話さなかったのが功を奏したか――どうやら相手は気付いていないようだった。
そのまま――ラウンドフォースを恐怖のどん底に叩き落した部隊のパイロットが子供だということに驚いているようだ。
だが――そんなことは、どうでもいいことだ。
「撃ったのはお前かと……聞いている……!」
「うっ……」
その言葉の詰まりが――肯定であることを、示していた。
………………そうか。
ならば――
だがその時。白いV.A.を庇う形で、青いV.A.が俺の前に立ちふさがった。
「仲間を撃墜されて怒り来るって殴りこんできたの? それはいいけど…あなた、状況が判っているのかしら?」
そう言って、青いV.A.は両手に持ったライフルを俺へと向ける。
近接戦闘を主とするらしいオレンジのV.A.も構えを取り、戦艦もまた俺へと標準を定めていた。
……今のパニッシメントノヴァは――確かに普通なら、とても運用に耐えうるレベルのものではない。
対し、向こう側のV.A.はよほどきちんと整備されたか、機体の損耗が著しく低かった。
そして、数の問題でも――
「4対1…いくらチーム・ファントムとはいえ、これだけの優位からあなたが勝てるとでも思っているの!?」
絶対的高所に立つものの余裕を滲ませ――青いV.A.はライフルの安全装置を外す。
だが――俺にとっては、はっきり言ってその青いV.A.には微塵の意識も向けていなかった。
ただ白いV.A.へと向ける俺の視界を邪魔するだけの存在だけでしかない。恐怖すら感じなかった。
だから――
「さあ、判ったらさっさと武装を解除して、投降――」
「――誰がお前に喋れと言った」
俺は即座に左腕を目の前に掲げて――その青いV.A.を握りつぶした。
そう――まさにそれ以外、表現しようが無いような光景。
青いV.A.は凄まじい圧迫に折れ、曲がり、砕け――四肢と頭部を捥がれてスクラップと化す。
コクピットブロックだけになったそのスクラップは――やがてゆっくりと、地上へ落下していった。
その光景に――唖然となる、オーヴァ・ザ・センスの一同。
無論、今の現象は実際に左腕で握りつぶしたわけではない。
パニッシメント・ノヴァと青いV.A.の間にはたっぷりと距離があったし、
青いV.A.を握りつぶした不可視の腕は、明らかにピアレスよりも巨大だからだ。
……それは、兵器などではない。
単に俺が『力』を使い、左腕であの青いV.A.を握り潰すイメージをしただけに過ぎない。
そのイメージは『力』を得ることで現実になり――そして見事に青いV.A.はひしゃげ、砕けた。
それだけに――過ぎない。
「……俺はお前たちに喋れとは言っていない。無論、謝れなどと言う気もない。
……俺がお前たちに望むのは……ただ、一つ」
H.C.S.を最大出力に上げ――俺の中に内包された『力』も、その全てを引き出し。
「――死ね」
瞬間俺は、双方を爆発させた。
「なっ……速――」
驚愕から抜け出せずにいる間に、大推力のラピッド・スラスターは一瞬でオレンジのV.A.へと肉薄し。
補助スラスターで回転の動きを加えて、唸りを上げて左腕を――打ち込む!!
インパクトの瞬間、上半身を捻り入れ――人間で言うところの『会心の一撃』。
しかし――オレンジのV.A.がカタパルトから射出されたかのような凄まじい速度で吹っ飛び、
奴等の母艦に激突して共に撃墜されたほどの威力となったのは、やはり『力』を加えたためだ。
「そんな…!? 圧倒的すぎる!? …けど…っ!」
未だ驚き抜け切らぬ態で、しかしながらも戦闘態勢を取ろうとするのは、唯一残った白いV.A.。
……奴の乗っている、V.A.――
「ハァ、ハァ…こうなったらぁーっ! ヴァーミリオン――」
だが――そのV.A.の動きは、遅い。
遅すぎる。
反吐が出る程遅すぎる。
俺は一端機体を下降させ、下からすくい上げるように肉薄する。
それだけで――あの銃口を俺に向けることすら出来ていない白いV.A.。
俺はそのまま白いV.A.の前方に肉薄するなり、その頭部をしっかりと握り締め、雲海へと急降下した。
引きちぎらんばかりの勢いで一気に下降し――目の前にあった灰色が開けたときには。
……雲海の下は、廃墟と化した街があった。
どうやらこの戦争で、このあたりで市街地戦があったらしく――人の姿はなく、寂れきっていた。
かつては大都市であったろう、この町も今では文字通り「廃墟」でしかない。
かつてはその内に活気を宿していた高層ビルの森林も、静閑極まった今ではまるで乱立する墓石だ。
その墓石を見せ付けるように、俺は白いV.A.の頭部を前へと翳して――そしてそのまま、ビルへと突撃した。
凄まじい衝撃がピアレスを介して左腕に伝わり――V.A.二機が貫通したビルは、あっさりと倒壊した。
その無茶な行為に、俺の機体は少なからずダメージを受けたが――白いV.A.を盾にしただけ、まだましだ。
白いV.A.のダメージは尋常ではあるまい。頭部は原形を失うほどひしゃげ、レーダーは破壊され、
何より頭部カメラを介してその光景を直視する羽目になったこのV.A.のパイロットの恐怖は尋常ではあるまい。
だが――そんなことは、俺の知ったことではない。
俺はそのまま、白いV.A.を盾代わりに縦横無尽に廃墟を飛び回り、
片っ端からビルに叩きつけ、地面を擦りつけ、振り回し、なぎ倒し――
それを中断したのは、白いV.A.の頭部がいよいよ耐え切れずに千切れ飛んでしまったからだ。
馬鹿みたいに緩やかな放物線を描き――ビル数棟をなぎ倒して轟音とともに落下した白いV.A.。
すでに装甲のあちこちに深刻なダメージが見受けられる……だが。
足りないな。
まだ全然ダメージが足りない。
白いV.A.に馬乗りになる。そしてそのまま、左脚部へと手を伸ばした。
優美な見た目より大分頑強な構造をしているらしく。間接等々の内部にダメージはない。
……その、左脚部を――力任せに俺は引き千切った。
そして、デザイン的な関係で膝にある、突起状の装甲を白いV.A.に向け――思い切り、突き刺す。
恐らく、実際にも近接戦闘などで膝蹴りの威力を高めるためにこれほど突起しているのだろう。
意外にも鋭く長いその突起は、今本来の持ち主である白いV.A.の全身を面白いように貫いていた。
俺はそれを引き抜き――突き刺し、引き抜き、突き刺し、引き抜き、突き刺していく。
何度も――何度も。
今度は目に見えて、白いV.A.は深刻に壊れていく。
マニュピレーターを潰し、肩先を貫き、H.C.S.循環液がまるで血の様に装甲の隙間から噴出して、
パニッシメントノヴァと白いV.A.を還り血のように真っ赤に染めていった。
「……こんなものか」
俺はひしゃげた脚部を適当に放り投げると、唯一無傷なコクピットを左腕で握り、相手の脱出を防ぐ。
そして通信回線を開き――互いに顔の見えぬままに、俺は告げた。
「……今まで俺たちも散々虫けらのようにお前たちを葬ってきた。
だから……俺たちが虫けらのようにあっさり殺されたところで、それは不思議でもなんでもない……」
言葉を――感情を抑えながら、俺は淡々と呟く。
そうだ。……俺達は、殺し合いをしているに過ぎない。
どれだけ理屈を並べ立てようと。
どれだけ美辞麗句で飾り立てようと。
相手を殺して――それで生き残る。それが俺達の役割。――生きるための役割だ。
出撃した途端、俺のピアレスでコクピットを貫かれた新兵がいるかもしれない。
帰りを待つ人を残したまま――セレナの無影で切り裂かれた兵士がいるのかもしれない。
人が死ぬことなど、それこそ感動でもなんでもない。
たった一瞬に、人が死ぬ。
たった一瞬で、人を殺してきた。
だから――俺たちがやはり、たった一瞬で殺されても――それは別に不思議ではないのだ。
「こんなことをしてみたところで、死んだ人間が帰ってくるわけじゃない。
お前が心で悔いて詫びても、殺した事実はゆり動かない。
俺が言うのもおこがましいし、詫びさせようにも相手はいない……」
そう――もう、セレナはいないのだ。
あの声が。
あの明るさが。
あの笑顔が――今はもう、存在しない。
ただ過去の存在として、大事に胸に抱えてやることくらいにしか――俺には出来そうもない。
……だが。
――だが!
「だったら……俺にしてやれるのは、たった一つ――」
それがこの男を許していい理由になっていいはずが――無い!
「……逝かせてやるから詫びて来い……!!」
そして力の限り、コクピットを握りつぶす。
左腕のマッスルはいよいよ限界も近く、時にぴくぴくと痙攣している。
だがそれを無視して――俺はただ、握り、潰した。
……しかし白いV.A.のコクピットは恐ろしく頑強で、思った以上に潰れようとはしない。
V.A.の規格水準を明らかに上回った強度だ。
だが、それでも――左腕を通じて、手の内にある感触が少しづつでも小さくなっていくのがはっきりと判っていた。
……と――
「ぼ…僕だって、僕だってなあ…人なんて、殺したくなかった。なかったけど…仕方ないじゃないか!」
いよいよ身の危険を感じたか、弱弱しく叫ぶ男の声。……しかし。
仕方が、ない――
その言葉に、俺はなにか引っかかるものを感じていた。
「仕方ないじゃないか、僕らは戦争を…戦争をしているんだ!
戦争じゃ、やらなきゃやられるだけだ。…そうだ、悪いのは戦争だ、戦争じゃないか!」
その声は最初こそ震え、掠れていた。
だがやがてその声は大きく、次第に明瞭さを増していく。
……喋りに集中するあまり、自身の状況も忘れ、自らの言葉に酔いしれているらしかった。
「そうさ…戦争が、戦争がいけないんだ! 何で僕達みたいな子供同士が争わなくちゃいけないんだ!?
僕が望んだ世界だって言うのに、これじゃおかしいじゃないか!? ええ!? ……同じ人間同士で、
人を殺して、殺しあって…お前には人間の心が無いのか!? そうさ…悪いのは僕じゃない、断じてない!
そっちが戦争を仕掛けてきたんだろう!? 悪いのはお前たちだ、悪はお前たちだ…お前たちだぁーっ!!」
……その言葉は。
セレナを、さも面白おかしく撃墜した人間の吐くには、あまりに白ける台詞だった。
だが俺は――それに、失笑することすらせず――たった一つの言葉に、意識が集中していた。
…………………………同じ、人間?
…………………………同じ?
…………………………同じなら――
「……るのか?」
「……?」
「お前は……飢えたことがあるのか?」
無意識に、俺の口は勝手に言葉を紡いでいた。
こんな見ず知らずの、しかも今から死ぬような奴に対してけっして言う必要の無い言葉。
だが現実には、俺は勝手に喋っていた。
この、あまりに愚か極まる男に。
俺と、自分を、同じ――同じだと呟いて見せた、この馬鹿に――
「お前は……どうしようもなく飢えて飢えて死にそうになったことがあるのか?」
「な…何を――」
「お前は飢えた時……自分の肉を喰らったことがあるのか?」
「!?」
「飢えて、飢えて……でも何も食べるものが無い……何も無い時に。
自分の腿や頬の肉を切り落として口にして……それで命を繋いだことがあるか……!?」
誰に教わったわけではない。
肉を切り落としても、それで死ぬことは無いが――今なにかを口にせねば、死んでしまう。
生存本能の弾き出す、ごく簡単な方程式だった。
今でも鮮明に覚えている。
凍りつき、錆び付き、刃こぼれした刃で自分の頬をそぎ落とした時の灼けるような痛み。
零下20度以下の極寒のなかで、吹き出した血はすぐに凍りつき、傷口は凍傷を起こして腐る痛み。
そして口にこびりついた――古鉄の味。
今はもう、その傷跡も無いが。
鮮明に記憶に刻み込まれたその喪失感、その痛みは――けっして風化することはない。
その、味は――口にこびりついたまま、永遠に消え去ることはない――
「こ、これは…頭の中から、声が…声が響く…映像が見える…!?」
俺を現実に戻したのは、うろたえる男の声だ。
どうやら……聞こえているらしい。
俺の内なる考え、内なる声が。
あふれ出した『力』が、俺の心の中を濁流のように奴に流し込んでいるらしい。
そして同時に奴の心、奴の記憶も――俺の中に、流れ込んでくる。
そして俺は「それ」を見た。
――暖かい、気候。
――移住食の三つが決して欠けぬ生活水準。
――飽和し、残されさえする食事。
――氾濫する、ブームという名の無駄。
――浪費の限りを尽くした生活。
――明日命がなくなるなど、誰も考えない日常。
――そして、これでも――明日のある、未来。
この男が今まで経験してきた、その人生を見て。
「これが……同じだと? これが……これでも……お前と俺は同じだというのか……!?」
無知なことは、罪ではない。
俺はそう思っている。
いや――思っていた。
……こんなにも、無知で、無恥で、無智な奴が。
俺と同じようにV.A.を駆り。
俺と同じように戦場に立ち。
俺と同じように今、この場に生きていることに。
虫唾が……走る……!!
「なら……いいだろう。何も知らないなら……俺がお前に、教えてやる」
俺は意識を練り上げる。
自分の記憶を鮮明に甦らせるようにして。
「この戦争が何故起こったか……俺たちが何でこの時代に来なければいけなかったか。
……お前たちが……俺たちに、一体何をしでかしてくれたのか……俺の言葉と――」
俺の、心で――
「自分が痴れ者だということを知れ……!!」
……そして俺は、長い話を始めた。
長い――長い、未来の話。
気が遠くなるほど長い果てにある、俺達の時代の話を――
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