V.A.  Another story  “Team bullet”

 

 

第七話 『動』 -a change in the conditions-

 

 

「ん〜……曇ってるねぇ☆」

「雲中にいれば当然だろう」

整備スペースの窓をよそ見しているセレナを軽く小突く。

「っ痛たたた……そんな小突かなくてもいいでしょ〜? ぶーぶーぶー」

「俺はお前の機体の整備を手伝ってるんだぞ……。第一、俺が良かったとしても――」

俺の言葉が終わりきらぬうちに――背後にぬぅっと現れる黒い影。

「うふふふふふふ……セレナちゃん……な〜にをやってるのかしらぁ……?」

「は、はひっ!? た、たたた只今やりますやりますっ! ……だから生体パーツは勘弁してぇ〜……」

……だから言ったというのに。

俺は軽く肩をすくめると、目の前の機体――デッドリーダンサーの整備を再開した。

……あの後。物資を持ち帰って一日を置き、俺達は本格的に地球を去るために航行を開始した。

チームブリットの戦力は、火星攻略に不可欠だという上層部の判断からだ。

また、俺達の部隊が地球から火星まで移動するための手間が大分と簡単であることも理由にあった。

補助ブースターを搭載しなくとも、通常航行速度だけで地球の引力圏を離脱できるからだ。

即座に運ぶことが出来、小回りと取り回しの聞く部隊――指揮官にとってこれほど利便性の高いものもない。

そこで早速――火星攻略の先発隊として、俺達は火星へ向けて航行中――の、はずだったんだが……。

実際はまだ地球にいるわけである。

ただ地球を去るだけというならば、俺達の艦『クレイジーラピッド』に何の問題もない。

問題があったのは――俺達の、機体のほうだった。

地球に赴任し、戦争に投入されて――半年。出撃回数は100を上回っているだろう。

通常の部隊では――そんなに短期間で、そこまで多数の出撃を行なうようなことはないが、

この電撃戦をコンセプトとする俺達の部隊はそれも仕方のない話だ。

だが――俺達パイロットでは「仕方ない」で済む話でも、俺達の機体のほうはそれで済む話ではなかった。

度重なる連続出撃。被弾することが無くとも、機体を運用するだけで関節部分や装甲には疲労が募る。

もう、快速艇の簡単なメンテナンス程度では機体の運用すら難しくなりつつあるのだ。

一度きちんとした場所でオーバーホールを受けなければ――機体のスペック自体が致命的なものとなってしまう。

……とはいえ、これでもスフィーはよくやったほうだと思う。

通常のV.A.がオーバーホールを必要とするのは二月に一度――

しかも量産をたびたび行い、パーツやメンテナンスの事も考えているラーダ・インダストリィ製のV.A.ならともかく、

俺達のV.A.はイスズの試作機――あくまで本来の目的はデータ採取であり、

恐らくイスズ側としてもこんな長期間にわたって最前線に投入され続けることなど想定してはいまい。

それを、俺達も手伝っているとはいえスフィーはたった一人で――しかもろくに整備道具も無いというのに。

性格に多大な問題があるスフィーとはいえ、整備員としてのその天才的な技術には本当に頭が下がるばかりだ。

……火星に着き次第、できる限り早くオーバーホールを受けられるよう、手配はしてあるが――

だからといって俺達の機体をまさか出撃不可能な状態で放置しておくわけにも行かない。

そのため今俺達は、地球を脱出する前に出来る限りを徹底して機体整備を行なっているのである。

「……ユウイチ君」

と――その時。いつの間にか近づいてきたスフィーが俺に話しかけてくる。

「何だ? ……セレナのことならいつものことだろう。注意しろと言われても困るんだが」

「そんなことは言わないわ……きつぅくお灸をすえたから、しばらくは真面目にやるでしょうから……ふふふ。

 ……それよりも私が聞きたいのは……その手のことなんだけど」

……やはり、気になるものか。

まあ、判らない話でもない――俺は言いたいことを理解して、自分の右手を見やった。

そこが整備用のグローブをはめていないのは――ごつごつに巻きつけられた包帯ではめられなかったからだ。

……あの後――艦に帰るなり、俺はセレナに無理やり医務室へ連れて行かれ、こうされてしまった。

「……大分酷いようだけど……整備は出来るのかしら?」

「問題ない。……別にもう外傷は残っていないからな」

確かにあの時骨は砕けていたが、俺達の医療技術ならば三十分もあれば完治してしまう。

実際、この包帯を巻かれた後に、彼女には内緒で治療を済ませ――すでに完全に治ってしまっている。

だが……結局治った後も何故かこれを解く気にはなれず、そのままにしてあるのだった。

骨が砕けたということを考慮しても――明らかに、巻きすぎている包帯。

前述しておくが、セレナは別にこういった医療処置が苦手というわけではない。

きちんと軍の訓練では緊急時の心肺蘇生なども含めて応急処置は問題なくこなせるし、

実際に以前参加した作戦で、俺が怪我をしたときは――模範的といえるほどにそつなく処置してくれた。

彼女自身、指先も非常に器用だ。あのコスプレの服装も全て自分で作成しているほどだからな。

……だが、これは何故かとても不器用で――しかし、その巻き方からは必死な感じが伝わってくる。

それを考えると……何故かこれを外す気にはなれなかった。

やはり他人から見れば、その考えは変なのだろうか?

恐らくスフィーも、それを疑問に感じていたのだろうが……。

彼女はそれは口にはせず、代わりに聞いてきたのは――

「……で、一体……何でそんな怪我を?」

「…………犬に噛まれた」

「犬……?」

「ああ。……よく吠える犬にな」

俺はその吸い付くような黒い瞳から目を逸らして――それだけを告げる。

間違った表現はしていないはずだ。

あんなものを人間と同列に扱うのは、人という種に対する冒涜行為だ。

だが――無表情というには少し、語彙が強すぎたようだ。

スフィーは眉を顰め、一緒にその場に居合わせたセレナに眼を向けて――しかし。

「あら……?」

スフィーが目を丸くしたのを見て、俺もセレナのほうを見やり――軽く驚愕する。

セレナは―― 一言で言えば、ぼうっとしていた。心ここにあらず、とでも言えばいいのか。

デッドリーダンサーの優美な白の装甲に軽く手をつき、焦点のあっていない瞳でそれをただ見ているだけ。

いつものセレナらしくない――触れば壊れてしまいそうな、そんな危うい感じすらあった。

と――数秒間たって、ようやくセレナは俺達の目線に気がついてハッと顔を上げ――

「さ、さってと☆ お仕事お仕事☆ ……って、どしたのスフィー?」

「え? …………いいえ、別に……」

「ユーイチも手伝ってくれるんなら手をちゃっちゃか動かしてよ〜、ぶーぶーぶー」

「……動かしてなかったのはどっちだと思っている?」

「あ……そだったっけ? あははは☆」

楽しげに笑って、スパナを頭の上で振り回すセレナ――だが、スフィーはそっと俺のそばへと近寄ってきて、耳元で囁く。

「……本当に……何があったの……貴方達? セレナさんの様子……明らかに、変よ」

「……ああ……」

セレナもまさか、よりによってスフィーに『変』呼ばわりされてはたまったものではないだろうが、

普通ならスフィーはどんな理由があれど、整備を怠っている態度を許すことは無い。今のセレナの態度にも――

普通なら、幽鬼のように忍び寄って怪しげな器具片手に生体パーツへの改造を断行してもおかしくないのだ。

そのスフィーをもってすら、呆然とさせてしまうほどに――今のセレナは、確かにおかしかった。

基本的に、虚ろというくらいにぼうっとしており――実はこの表情というか態度は、

セレナが深く考え事をしているときの癖なのだが――滅多に見せないそれを一日中ずっと出したままでいる。

スフィーやウインドが何かを話しかけても殆ど気がついていないことが多く――

俺が話しかけたときだけ、一瞬いつもの調子に戻るものの――目を離せばまた元に戻っているという有様だ。

心当たりは……あった。

ここ最近の出来事で、セレナの心がぐらついていること。

別に考え事も、いつもうるさいくらいだからたまにはするべきなのだが……今回は内容が内容だ。

しかも、もし出撃している最中までそれを引きずるようなら――撃墜される恐れもある。

「多分……俺の責任だ」

……塞ぎ込みかけていたのを、少しでも楽にしてやろうと、街に誘った昨日。

だが結局、言葉の足りないせいで誤解を生ませて――挙句、あんな出来事が起こってしまった。

あの後帰ってきて――だがセレナはその後、光閣堂のどら焼きも食べず、静かに布団に入って寝てしまった。

いつもなら、どれほど疲れていても――仮に楽しくなくても、外に出た日はずっと俺に喋りかける、彼女が。

……完全に、裏目に出てしまって――結果、余計に心理を不安定にさせてしまっている。

それでも知ってか知らずか、俺の前ではいつもどおり振舞おうとしてみせるのが……返って、痛々しい。

……と――

「……ユウイチ君、行きなさい」

とんと俺の背中を押し、スフィー。

振り返れば、これが本当にスフィーなのかと思うほど真剣な面持ちで彼女は俺を見つめて、

「行って――言ってあげなさい。……君にしか言えないことが……あるでしょう?」

「………………そうだな」

俺はそれだけをぼそりと呟き、整備道具を床に放って――セレナへと近づいていく。

セレナはまた虚ろなままであったが――俺が歩み寄り数秒、はっと気付いて焦点が戻る。

「あ、あれ!? ユーイチ、なにやってるのよ? だから整備の方を――」

「……もう終わった。後はソフトウェアのほうを少し調整してやれば、デッドリーダンサーは出撃できる」

「あ、そ、そ〜なの……? じゃあ、次はパニッシメント・ノヴァの方よね☆ 早速――」

笑って――だが、まるで逃げるように足早に去ろうとするセレナ――

俺はその手をがっしと掴んだ。

その行為に眉根を顰めたセレナは――だが俺の目とかち合って、抗議に開きかけた口を閉じた。

俺はそれだけ――真剣だったからだ。

「……な、なに……?」

紫の瞳は、少し不安に揺れながら――待っている。

俺の言葉を――待っている。

……だから。言わねばならない。

言わねば――ならない――

だが口をついて出た言葉は。

「……俺を手伝うその前に、お前にはデッドリーダンサーのソフトウェアの更新作業があるだろう」

デッドリーダンサーのコクピットを指差し、出た俺の言葉に――セレナは一瞬、拍子抜けした表情になる。

「だから手伝うのは後でいい。……今は先に一機でも稼動できる状態に持っていけないとどうしようもないからな」

「……あ、あはは☆ そうよねそうよね☆」

がんっ!!

同時に俺の後頭部に何か細長いものが高速度で激突し、突き刺さったようだが――

セレナは気付かずに、笑顔を浮かべて――だが、落胆を隠せずにコクピットへと昇っていく。

そして――ハッチが閉まったのを完全に、確認してから。

「ユウイチ君……意外に、意気地無しね…………」

先刻、俺の頭に力の限りスパナを投げつけてきたスフィーが呆れたようにぼそりと呟いた。

だが……今度ばかりは、反論する気も起こらない……。

俺は瞑目して――頭に刺さったスパナを引き抜く。どびゅっと痛みがした。

「……まあ……過ぎたことは仕方ないわね…………なら、パニッシメント・ノヴァの整備にかかるわよ……」

「……ああ……」

言葉にすることも出来ないような、耐え難いほどの倦怠感に苛まれながら――俺はスフィーの後に続いた。

そして改めて、自分の機体――今のパニッシメントノヴァを見上げる。

徹底的に整備するため、普段は取り外さないような部分の装甲までもを全て取り払ったその姿。

「素体」とでも言えばいいのか? 左腕も装甲が全て外されていて、マッスルがむき出しになっている。

そしてぱっと見ただけでも判るほど――度重なる連戦で、機体のダメージは蓄積されていた。

「……じゃあ……まずは機体の実際の損耗度と、ソフトウェアの実際のものとを合わせるわ……」

「……判った」

俺は頷き、慣れた手順で機体の表面に手をかける。岩壁を登坂する要領でさっさとそれを登り、

機体の胸部にあるコクピットへと体を滑り込ませて――フリー・カスタム・カードを差込み、起動する。

現状でのこちら側からの機体データを受け取るために、スフィーは一端格納庫の外に出て、

クレイジーラピッドの機械室へと足を運び――

……そして、その時ふっと気がついたのだ。

今なら――誰にも聞かれず、セレナと話が出来るということに。

「………………」

一瞬の躊躇の後に――俺は通信回線を開く。

周波数を調整し、セレナ以外の誰にもこの通信が傍受されることのないプライベート・モードへと切り替えて――

「……はれ? ユーイチ……めっずらしい☆ ユーイチから通信、入れてくるなんて☆」

スクリーンの一角に映った、セレナの笑顔――それと、画面越しに向かい合って。

「……セレナ。話したいことが……ある」

「……どしたの、改まって?」

セレナは眉根を寄せて――画面越しに、俺の顔を覗き込むようにする。

彼女の紫の瞳が、まるで俺の全てを見透かしそうな透明さで俺を見つめている――

「別に私も更新作業、終わったトコだけど……今じゃないと……ダメ?」

「……………………ああ」

たっぷり時間をかけて――その肯定を示す二言を出すことにすら、俺は非常に苦労していた。

何故だろうか。……とても逃げ出したい気分になる。

本当なら先刻、すぱっと言って終わらせるはずだったというのに――それが出来なかった。

それを俺は、彼女以外の誰かが――スフィーがいたせいだと思っていたが、違うようだ。

誰も、この回線を傍受することは出来ない。

完全に――俺の言葉は、セレナだけにしか聞くことは出来ないというのに。

まるで舌が強張り、手が妙に汗ばむ。彼女の瞳をまともに見ることも出来ない。

喉まで言葉は出ているのに――それが喉から先に出ようとすると、霧散していく。

口にしようとして――躊躇い、顔を背け、それでも口を開いて――閉じて。

そんな無駄なことばかりを、30秒ほど続けていただろうか?

ふと、回線越しに俺はセレナを見やって――彼女がまだ回線を開いていたことに驚く。

そればかりか――彼女は俺の奇妙な行動を笑うこともなく、真剣な表情でじっと待っていた。

その様子に――俺はようやく、思い出す。

先刻見た、セレナの瞳が不安に少し揺れていたということを。

彼女は待っているのだ。俺の言葉を。

そして――そこに恐怖も感じている。

……その言葉に、自分に対する拒絶があるのではないのかと。

だが――その恐怖を抱きながらも、こうやってセレナは何も言わず、待ってくれているのだ。

そう思うと――俺はとても情けなくて――だが、胸を縛る何かがほんの少し、緩んだ気がした。

「…………セレナ。覚えているか? 昨日お前が言ったこと」

「……へっ?」

「もし俺達が、この時代に生まれていたら――というものだ」

「あ……えっと、覚えてるけど……?」

いつも言葉の、足りない俺。だからきっと、今の俺の言葉を伝えるのには逆に言葉が多くなりすぎるだろう。

だが――それをきっと、セレナは全て受け止めてくれる。

受け止めて――真摯に考えて、答えを出すだろう。

ならば――後は、俺次第だ。

……ここで。ここまで、してくれて。

これで俺が言えなければ――俺は自分を、一生許せそうにない――

「……あの時……あの時、俺はお前の言いたいことが判っていた。

けれど……あの時は、俺の言葉が……足りなかった。

 あれだと……まるでお前の意見を斬り捨てる様で……。

そう取られてもおかしくない……だが……違う。

 俺が言いたかったのは……そういうことじゃ……無いんだ」

言葉が――また、詰まる。

防音処理のせいで、異様な沈黙の中。

高性能なマイクのせいで、互いの心臓の鼓動すら聞こえそうなほどの静寂の中。

張り詰めた、緊張の中で――俺は。

「あの時……あの時、俺が言いたかったのは――」

だが――その時コクピットに響き渡った引き裂くように甲高い警告音!

「わわわわっ!?」

緊張から、一気に水をかけられた様に心が跳ねて――セレナも俺も、自分の機体のスクリーンを見やる。

警告を示す赤いランプが明滅している中――スクリーン左端へと目を走らせ、そこに映っていた文字は――

「……レーダー障害……しかも……戦術レベルでだと!?」

「――ユウイチ!! 聞こえるか!?」

と――その時。回線を無理にこじ開けてきたのはウインドだ。驚愕を貼り付けたまま、彼は緊張した面持ちで続ける。

「……どうやらこの雲海、よほど強力なジャミングがかけられているらしい……レーダーが殆ど役立たねぇ!」

「……ラウンドフォースの軍勢が近くにいるのか、それとも単に昔のジャミングが生きているか……それも判らないか?」

「ああ……スマン。……こうも強力なヤツだと……なんとかお前達の機体の反応を探知するので精一杯だ」

苦々しげに呟くウインドだが――確かに今回ばかりは、状況が悪すぎる。

これが単なる、昔の戦闘で使用されたジャミング装置がまだ生きているだけというのなら問題ない。

むしろそのジャミングと雲海を利用し、ラウンドフォースの残存兵力に追撃されること無く整備を完了できる。

だが――これが意図的に、今仕組まれているものだとするなら――このまま手をこまねいていれば非常に危険だ。

かといって出撃しようにも、俺のパニッシメント・ノヴァはとうてい戦闘に耐えうる状態じゃない――

「……私が外に出て、確かめてきてあげる☆」

セレナがそう言った時、すでに彼女はデッドリーダンサーをカタパルトへと設置していた。

「私の機体はもう普通に戦闘できるし☆ ……ということで、エコーU・デッドリーダンサー、行っきま〜す☆」

「ま……待てセレナ! 俺は……俺はまだ――!」

俺はまだ――大事なことを、言い終えていない――!

だが――セレナは狼狽する俺を見返して、声のトーンを抑えると――

「……ユーイチが、大事なことを言いたいっていうのは……判ってるから。だから……帰ってくるまでのお楽しみ☆ ね?」

「……だが――」

「その代わり」

セレナは指をぴっと一つ立てて、ずずいと画面へと顔を近づけて――

「返ってきたら……何度も、聞かせてもらうから☆ それこそ何度も……何度でも、私の聞きたいだけね☆」

ウインクを一つ返して――次の瞬間、鋭い射出音とともにデッドリーダンサーは雲海へと飛び込んでいった。

俺はしばらく、引き止めるように手を伸ばしたまま、呆然とするしかなかったが――

「…………どうしたの? ユウイチ君……」

機械室に着いたらしい――スフィーが通信を入れて、奇妙なポーズのままの俺に首をかしげる。

……俺は咳払いを一つ済ませて、こめかみを抑えるふりをしてシートへともたれ掛かった。

……何なのだろうか。妙に胸がざわつく、この感じは。

まるで、あそこで無理にでもセレナを引き止めるべきだった――そう言わんばかりのこの不安な感じはなんなのだろう。

どうせ五分と経たない内に、返ってくるというのに。

それに機体はもう何の問題もないし、セレナの技量ならそうそう簡単に奇襲を受けることも無いだろう。

心配は、するだけ無駄でしかない。

無駄でしかない――はずだが……。

「……そろそろ、機体のチェック作業の方、始めたいんだけど……いいかしら?」

「ああ……そうだな」

スフィーの静かな提言に――俺はこの漠然とした嫌な感じを振り払うようにして頭を振り、ごつごつと手で叩いた。

気持ちを切り替え――キーボードを叩いて、機体の情報を確認して、スフィーの元へとデータを送っていく。

……大型ラピッド・スラスターや補助スラスターに関しては、損耗は殆ど無い。

装甲を取り払ったことで機体重量も下がった今なら、デッドリーダンサーに劣らぬ高機動を発揮することも可能だろう。

だが左腕のピアレスはロジカルバリア発生器を取り外している上、マッスル自体が寿命になりかけている。

この、パイロットの左腕の動きを模して動く左腕は機械仕掛けのものではなく、マッスルユニット――

人の筋肉をそのまま素材を変えて再現したような、特殊な造りとなっているのである。

しかし人の筋肉が丈夫なのは、新陳代謝を繰り返し、常にその筋肉が新しいものへと変わっていくからであり。

……流石に新陳代謝まで再現できているわけではないこのマッスルユニットは、非常に損耗が激しい消耗品なのである。

実際、現在のマッスルユニットは傍目にわかるほどに繊維があちこちで切れてしまっていて――

恐らく数発パンチを打ち込めば、完全に使い物にならなくなってしまうだろう。

右腕のバニシング・スタンプも反物質精製装置を外してしまっているため、ただの殴打くらいしか出来ない。

パニッシメントノヴァのもう一つのフレーム――アームズフレームは、

前の戦闘で故障してしまったために一足先に宇宙へと送ってしまっていて使えない。

何より機体の各部に装甲の無い現状では、各関節へと与えるダメージが半端ではない上に、

一撃でも被弾してしまえば撃墜は免れえない。

攻撃力・防御力ともに完全にスペックを下回っている以上――今のままで出撃することは自殺行為でしかないのだ。

今、俺に出来ることは――冷静になって、一刻も早く機体の整備を完遂することだけだ――

「――ユーイチ、聞こえる〜?」

と――その時。俺の心の焦りが馬鹿馬鹿しくなるほど能天気に、セレナが回線を開いてきた。

強力なジャミングのせいで、どころどころノイズが激しいが――それでも危機感の無さが伝わってくる。

「ジャミング、やっぱ昔の装置がまだ生きてただけみたいだよ? 7−aのカメラ、開いてみて☆」

言われて――俺は言われたとおり、カメラの映像を機体へと引き込む。

7−a――クレイジーラピッドの表面にあるカメラから外を映したその映像の中では、

雲の中に半分以上埋没しかかったデッドリーダンサーと―― 一目で確かに老朽化したとわかるジャミングトラップ。

「どーするユーイチ? これ……このまま残しておいたほうが良くない?」

「そうだな。……これをそのまま置いておいて、今のうちに雲海で整備をしたほうが――」

言いながら、俺は安堵のため息をばれぬように漏らし――だが。

ふと、レーダーが――殆ど今は役に立たない、レーダーが目に入って。

そしてその時――感じたのだ。引っかかるものを。

改めて俺はレーダーへと視線を戻し、その引っ掛かりがなんなのかを考えて――そして唐突に気がついた。

「――今すぐ……今すぐそこを離れろ、セレナ!!」

「――えっ?」

レーダーがジャミングされている、その圏内――クレイジーラピッドはそのぎりぎり圏内に浮遊しているために、

ジャミングされている部分とされていない部分の境界がレーダーの隅にくっきりと現れている。

ジャミングされている部分が、なだらかな曲線を描く――発生器を中心に、放射状にジャミングしているためだ。

だがその曲線が――おかしいのだ。セレナの近くに浮遊する、その発生器が発するものではこんな曲線は描けない。

これほどなだらかに大きいものは――もっと広範囲のジャミングを、そう――

雲海の上空から仕掛けている!

「いいから早くしろ! 早くそこを――」

だが。

その時。

その瞬間だった。

上空から、赤い光が降り注いだのは。

その赤い光は、唐突に現れて。

真っ直ぐに雲海を断ち割って。

――デッドリーダンサーに直撃した。

光はそのまま地面へと、やはり唐突に消え去っていき。

後に残された、デッドリーダンサー。

それは――ほんの一瞬であったはずだと言うのに。

まるで時間が無理やり引き延ばされたような、そんな感覚の中で。

電装系の暴走で、機体の被弾箇所がスパークするその様すら――見えたような、一瞬の後に。

爆発音が響き――デッドリーダンサーの機体は雲海の中に紛れ、見えなくなって。

通信回線が断絶され、砂嵐となって。

一際激しい爆発音と閃光が、灰色のスクリーンとなった雲を鮮やかなオレンジに染め上げて。

――レーダーから、デッドリーダンサーの反応が――消滅した。

……誰も、言葉を発さない。

誰も――誰の目にも、その光景があまりに非現実過ぎていて。

その一部始終を見ていた俺も――その光景の意味する現実を理解するのに、数瞬を要した。

「……うそ、だろ……?」

「セレナさんが…………撃墜、された……?」

これ以上ないほどに枯れた声で、ウインドとスフィーが漏らしたのが聞こえた。

「―聞こえるか!」

と――強制的にこちらの回線にアクセスしてきた、声。それは子供――少年のものだった。

流石に映像までもを送ることは出来ず――だが、ノイズの激しい中にもはっきりと聞こえる声で。

「―こちらはラウンドフォース独立遊撃部隊「オーヴァ・ザ・センス」!」

「オーヴァ・ザ・センス……だと……!?」

ウインドが思わず呟くのも――無理は無かった。

その部隊の名前は、ラウロード軍ならば誰でも知っていたからだ。

独立遊撃部隊「オーヴァ・ザ・センス」。

世界政府代表ユウ・ミナカミが直接に軍部に圧力をかけて編成したこの部隊は、

劣勢であったラウンドフォースにあって唯一、俺たちラウロードに手痛い損害を与えてきた虎の子部隊。

最新鋭のV.A.に人員――コンセプトは丁度俺達チーム・ブリッドにも似ているかもしれない。

特にこの部隊の代名詞とも言うべき白きV.A.は、右腕に特殊な赤い光線を放つ兵装を装備しており、

その威力は巡洋艦ですら一撃で沈めてしまうほどの威力だという。

だとすれば――デッドリーダンサーを直撃したあの光は、恐らくそれだ。

「そこの賊軍どもめ、今すぐ停船しろ! でなければ…あの機体と同じ運命を辿ってもらうぞ!」

「……ッのヤロォが……調子に乗りやがって……ッ!!」

その高圧的で蔑んだような通信に、こめかみに血管を浮かべ、今にも飛び掛りそうなほど怒りを全身から放出するウインド。

だが――それを認識しているのは、どこか別の自分だった。

この状況にあっても、ただ冷静に、ただ客観的に状況のみを把握し――把握するだけの、自分。

なら、俺の意識がどこにあったかといえば――ただずっと、あの瞬間をフラッシュバックさせていた。

あの瞬間――デッドリーダンサーが被弾してから、反応が途絶するまでの永い一瞬を。

今はもう、灰色の雲しか映らない映像をただ、ぼんやりと眺めながら。

本当に――本当に、それはあっけないものだった。

あまりにあっけなく――撃墜された、セレナ。

その五分前には、俺の話を聞いていたと言うのに。

あまりに一瞬の間に――撃墜されてしまっていた。

ぶわりと――セレナに会ってから今までのことが、走馬灯のように撃墜の光景に重なっていく。

最初に会った時――頭のねじが外れているのかと思うほどの奇行を見せた、セレナ。

初めての出撃で――その実力が本物だったことに愕然となった俺を見て、とてもうれしそうに胸を張っていた、セレナ。

出撃も何度か経験して――ようやくセレナのような人間もいるのだなと納得した時の、セレナ。

意外と――考えていること自体はまともだと知ったときの、セレナ。

俺の趣味に理解を示して――喜んだ俺とおなじくらいにうれしそうだった、セレナ。

『現実』を思い知らされて――これ以上なく落ち込んでいた、セレナ。

昨日――俺の不器用な誘いに、心の底から喜んでいた、セレナ。

五分前に――なかなか言葉を紡ぎ出せない俺をただ待っていた、セレナ。

そして――つい先刻、撃墜された――セレナ。

……この半年を、しかし再経験したのは一瞬にも満たない瞬間のことだ。

そして冷静な俺が、思考に耽溺していた間の周りの状況を淡々と心へと伝えてきて――

……その中で、俺は気付いていた。

あの、声。

高圧的に俺達に降伏を要求してきた、あの通信の声が――同じだったことを。

昨日の街で――セレナに『あの言葉』を吐き掛けた少年と――同じだったことを。

その全てを、心に置いて。

……出た、結論は――

「……ウインド」

「何だよ!?」

「クレイジーラピッドを今すぐ発進させろ。このまま地球圏を離脱する」

俺の冷静な言葉に――何故か。何故かウインドは唖然となって、ただ馬鹿のように俺を見返してきていた。

だがそこで、苛立ってはいけない。俺は冷静に、丁寧に説明してやる。

「現状ではチームブリッドに戦力と言えるようなものがない。ここで戦闘行為を行なうことは不可能だ。

 だから一刻も早くこの場を離脱して、火星圏で戦力の補充を済まさなくては以後のミッションに参加が出来ない」

「なっ……お……お前ッ!! セレナがやられて、そのまま尻尾を巻いて逃げろっていうのかよ!?」

「逃げる? ……戦闘を行なっていないのに勝ち負けも何もないだろう。

それに一時の感傷に心を乱されて冷静な判断が出来なくなれば、今度死ぬのは俺たちだ。

……そうだな……お前の考え方で行けば……ここで戦っても意味がないどころか……。

『セレナの死』が、ただの『犬死に』になってしまうということだ」

俺は冷静にそこまで淡々と告げて――ウインドは、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような表情で俺を見て。

……その直後――『吠えた』。

そう――まさにそれは咆哮にも似ていた。

唾を飛ばし、スピーカーが音割れするほどの凄まじい怒号で俺へと暴言の嵐を叩きつける。

だが半分以上は言葉としての形すらも破壊されていて――そんなものは俺の心に何の働きかけもしなかった。

俺がなんとか判別できたのは――咳き込み、息を荒げ、顔を憤怒で赤くしたウインドが最後に叩きつけた一言。

「セレナの……テメェ、セレナがどれだけ……どれだけお前を……それが判らなかったワケじゃねぇだろうが!!

 にも拘らずテメェは……テメェは今、死んだセレナをモノ扱いしやがった!!

あの時、お前がセレナに言ったことは嘘だったってワケかよ……この下衆野郎がぁっ!!」

「俺達は戦争をしているんだ。……軍にとって一番安い資源は兵士の命。……それだけのことだ」

俺はウインドのひりつくような怒気にも、冷静に丁寧に返答を返す。

「ユウイチ君……貴方は……貴方って人は……っ!」

スフィーも、初めてその表情に生粋の怒りを露にして俺を睨んでいた。

いつもならばすくみ上がっていたかもしれないが――冷静な俺にはそんなものすら、泡沫の感情も抱かせない。

「言いたいことは……それで終わりか?」

最早二人には興味すらなく――俺は淡々と、準備をして。

「終わったのならもういいだろう。……ウインド、ハッチを開けろ」

「…………は?」

判らないのだろうか。俺は冷静にそう判断して――準備の手を止めず、口を開いた。

「ハッチを開けろと言った。……エコーT、出撃する」

『なッ……!?』

何故か、これ以上ないほどに驚き、声をそろえたウインドとスフィーを冷静に見て――だが、手は止めない。

「アンロック」

戦闘モードに伴い、H.C.S.の出力を最大限にまで急速上昇。

機体損耗率から来る自動警告システムを強制解除。

パーツ不足による機動自動停止システムを破棄。

パニッシメントノヴァ、起動――

冷静になすべきことを為し、俺はカタパルトへと脚部を固定させる。

「バッ……お前、何言ってやがる!? 俺にこの戦域を離脱しろって言っときながら……ってまさかお前――」

「待ちなさいユウイチ君! 今のパニッシメントノヴァの状態が判っているの!? そんな状態で、出撃なんて――」

二人のその言葉は――しかし途中で途絶え、コクピットは静寂を取り戻した。

だが別に、それは不思議なことではない。通信画面を拳で叩き割ったからだ。

治ったはずの右手に、砕けたガラスが突き刺さって血を滲ませる。

それが包帯の――セレナが最期に巻いた包帯に染みて、みるみる赤くなっていった。

それを冷静に眺めやって――俺はこれ以上ないほどに冷静に行動を再開する

いつまでたっても開かないハッチを激突する形でこじ開け、雲海へと身を躍らせるパニッシメントノヴァ。

同時に機体に存在する全てのスラスターを最大出力で噴射し、弾丸のように機体は上空へと昇っていく。

俺は冷静だ。

とても冷静だ。

だからとても客観的に、自分を理解していた。

この、納まりようのない、心の奥底からあふれ出てくる何か。

炎のように、何もかも――自分すらも焼き尽くしてしまいそうなほど痛く自分を焼く感情。

目の前にあるもの全てを叩き壊さないと気が済まなそうなほどの破壊衝動。

それに非常に冷静に身をゆだねる形で――俺は『力』を解放する。

感情を封じておくことで――今まで自分の内から出そうとは思わなかった『力』。

だが今は判る。それが自分の中から、爆発するように溢れ出して仕方がないことが。

冷静に、機体の上方ベクトルへと『力』を加算させる――瞬間、爆発的な上昇がさらに加速する。

空気との摩擦熱に自然と雲は蒸発して分散し、機体表面が赤く――とても赤く、赤く焼き染まっていく中で。

俺は昇る――ぐんぐんと昇っていく。

雲海の――上へと。