V.A.  Another story  “Team bullet”

 

 

第六話 『因』 -for the first time-

 

 

「あはは☆ うっわ〜☆ すごいすごい☆」

まるで分身の術でも行なったかのようにきょときょとと辺りを見回し、

それだけではなくあちこちの店へと走りよっては眼をきらきらと輝かせるセレナ。

……まるで親戚の子供でも預かったかのような気分に、思わず俺はこめかみをおさえた。

吐いた息が冷たい空気に触れ、白い蒸気となってとけていく。

「ユーイチ、ホラホラ雪よ雪☆」

「……判ったからあまりはしゃいでばかりいるんじゃない。俺達がこの街に降りた理由を――」

「ああもう、判ってる判ってる、判ってますってば☆ 戦局が大分安定してきたし、

ここらで一度クレイジーラピッドとしても物資を補給しないといけない……そうでしょ?」

「判っているならばそのはしゃぎぶりを止めろ」

「えー?」

「えーじゃない」

俺の言葉が届かないのか、明らかに体が一つでは足りないといわんばかりにせわしく動きながら、セレナは続けた。

「ぶーぶー、いいじゃないのさ〜……。ユーイチにはそうでなくても、私には楽しむ理由があるんだし☆」

「きちんと自分に課せられたことが出来るならな。……ところで、その理由とやらは……何だ?」

「もー、そういうことを女の子の口から言わせる気なの? デリカシーないなぁ、ぶーぶー」

はて、そういわれてもな……。俺にそれを求める方が間違っている気がするが。

「そうねぇ……ユーイチ、こういう人だもんねぇ……」

「だからといって人の心情に合いの手を打てとは言ってないぞ? 第一なんで俺の心を――」

「今日は」

俺の言葉を遮るようにして、セレナはずいっと俺に顔を近づけた。そのまま人差し指を俺の唇に当てて――

「今日は……記念すべき、私達の初デート……でしょ? あははは☆」

エルナはそれだけ言うと、またせわしなく店のウィンドウショッピングに夢中になる。

……俺は肩を一つすくめると、とりあえずセレナの後に着いて行くことにした――

 

チームブリッドに配属になって、すでに半年が過ぎようとしていた。

そして――とうとう、こちら側の戦力とラウンドフォースとの戦力が、明確な差を持ち出していた。

無論それは――俺たちラウロードにとって、有益なものとして。

資源はあれど、それを運ぶ手段をことごとく絶たれ、物資の途絶えたラウンドフォースは、

ついに本土である地球を放棄。火星にて再度戦力を整えることとなった。

ラウンドフォースたちには、残してきた軍事基地の転用を防ぐための爆破すらすることも出来ず、

そのために結果として地球に残っている軍事施設や技術、そして地球の保有する物資を全て入手することとなった。

前者は対して役には立たないが――後者はとかく、喉から手が出るほどに欲していたものだ。

これでほぼ、この戦争の結末が見えてきた――そう言い切っても、決して過言ではないだろう。

だが――この時代、火星はテラフォーミングこそ完了しているもの、その土地の殆どは軍の所有物――

つまりは火星そのものが軍事施設となっているわけだ。地球を拠点に長期戦を挑めば間違いなく勝ちは見えるが、

俺たちにはそんな時間が無い(・・・・・・・・)――だから決して、気を引き締めることは出来な――

「むぅ〜……」

……気がつけば、セレナがオレの目の前に立っている。……心なし、怒っているようにも見える。

ここで何故、彼女が怒っているのだろうと考えるほどに俺は人の心情を察せないわけではない。

……そうだな。一つ、素直に謝ってみるか。

オレは頭を下げようとして――

「ユーイチ、ココにしわがよってるわよ、イケナイねぇ〜☆」

それを制するように、とすっと額に軽い感触。

……見ればセレナが、くすくす笑いながらその指をオレの眉間に押し当てていた。

――なんだかちょっと腹立たしく――オレは遠慮なくセレナの頭へとチョップを叩き込む。

「さ、馬鹿やってないで行くぞ」

「うぅ……ユーイチ、愛が、愛が足りないぃぃぃぃ……」

半泣きで額をさすりつつ、それでも付いてこれるあたりが流石だな。

一応、瓦三枚くらいなら叩き割れる勢いで打ち込んだんだが。

「ホ、ホントに愛が無いの……ユーイチはぁぁぁぁ……」

「人の心情を勝手に読むようなヤツに何を言われても知らん」

まったく、なんで俺はいつもいつもこんなヤツと一緒に居なければならないのか……。

「ぶーぶー、だってユーイチが言ったんじゃない。一緒に行かないかって」

……ちっ。覚えていたか。

確かに今回の買出しは俺一人に頼まれたものであって、セレナに頼まれていたわけではない。

俺が誘い出していなければ、今頃スフィーの元で機体の整備でもしていたはずだ。

「あ〜あ、折角のユーイチの初めてのお誘いだから、結構気合入れたのになぁ……この格好だって」

そう言うセレナの服装は、デザインは普通だが――その色が赤に白という、かなり独特なものだ。

しかし普段、奇抜な格好ならコスプレで見慣れているので対して違和感などを感じないのが興味深い。

「折角クリスマスイブにあやかって、こういう格好なのに……ユーイチ、クリスマスも知らないんだもんなぁ……」

「……悪かったな」

俺はつとめて冷静に答えたつもりだったが――どうしても少々、憮然となってしまったらしい。

俺達が今居るこの国・ジャパン――かつて日本と呼ばれていたこの国は元々が独自の文明形成をした挙句、

近代化していく最中に世界各国の式典や習慣をとにかく吸収したため、俺からしてみればさっぱり判らない習慣も多い。

「けどそれって、私も立場としてはおんなじだしぃ〜」

「……ぐ」

……12月、24日。つまり――今日。今日はそんなに何か特別なものなのだろうか?

今二人で歩いているこの繁華街も至る所にクリスマスだクリスマスだと張り紙やポスターが張ってあり、

丁度セレナによく似た色の配置の服を着た恰幅のある老人の人形などが置かれている。

これほどに寒い日に、決して人の絶えることなく、むしろ常より活気付いているのは気のせいだろうか?

……そういえば……ウインドやスフィーも、出かける前にクリスマスについて何か話していた気もする。

知らないものは知らないのだから、それは仕方のないことだが――こうも俺以外の周囲が知っているとは……。

「……ま、いっか。ユーイチが折角誘ってくれたんだし、これ以上の高望みもバチが当っちゃうかもしれないし☆」

セレナはふふっと笑うと、そのまま俺の手を強引にとって走り出す。

「なっ……おい!」

「あはは☆ 今日はひっさびさの半日休暇なんだし、デートをたっぷり堪能堪能☆」

俺の手をとり、うれしそうにそう言って走るセレナを――たしなめる気には、何故かなれなかった。

吐く息白く、しんしんと雪降り積もる冬の街。

けれど人の活気と暖かさの絶えぬその中を二人、走っていく――

 

「ん〜……じゃ、どら焼き7個で☆ あ、そのうち二つは今食べちゃうんでヨロシク☆」

街を歩いて、物資を買い揃えながら――30分ほどしたころだろうか?

街の中心にある大きな広場――そこで小さな、しかしよく知った屋台を見つけたのは。

光閣堂』――すでにそれなりに人も集まっていたが、まだ着て間もないのか平常よりはすいていた。

それで、丁度小腹も減ってきたことだし、折角だからと買うことにしたのだ。

「……え? お客さん、よく会いますね……? まあ、そういえば……あははは☆」

先ほどから、セレナがたわいない雑談を交わしているのは――この光閣堂の売り子である。

歳は俺達より少し下くらいであろう。長い黒い髪と細く白い体。こんな寒い中、着ているのは白いワンピース一枚のみ。

顔は整っているが表情が殆ど現れない。声も非常に小さく――本気で聞き取らねば判別が出来ないのである。

良くも悪くも、印象的ではあるのだが。

「え? ……そういえば、お隣の男性は……? ふふ、私たちってどう見える〜?」

「なっ、こら」

言うなり、セレナは俺の腕へと手を絡めてきた。それを見て――少女は少し笑ったように見えた。

「……お似合いですよ……? あはは☆ やっぱりやっぱり、そう見える? やっぱり〜?」

……お似合い、か。兄妹や親子には見えないだろうから……そういうことなのだろうか。

まあ他人が俺達のことをどう思おうと、別にどうでもいいことだが。

そう考えていた俺を少女は見て――さらに少し、笑っていたような気がするのは気のせいだったろうか。

しかし少女は視線をセレナへと戻すと、さらにぽそぽそと小さな声で、

「……? すみませんが、今ちょっとどら焼きは作っている最中で、まだ二つしか……?

 じゃ、出来上がるまで待つから、その二つだけ先にもらえるかしら?」

言うなりセレナは、懐から財布を出してささっと会計を済まし、代わりに手にしたどら焼き二つ。

「はい、ユーイチ♪」

「はい……ってな……俺は両手が塞がってるんだが」

何度も言うが、今回の目的は物資の購入だ。まあ『物資』と銘打っているものの、実質は生活用品だが。

しかし補給をそう何度も受けられるわけじゃないから、それなりに量もかさばり、重くはなる。

「もー、ホンットにユーイチってわがまま。ぶーぶー」

「わがままなのか……? 俺の言っていることは」

「だってそーでしょ? ……両手が使えないから、食べさせて欲しい……なんて☆」

自分の唇に人差し指を押し当てて、楽しそうにセレナはそう言った。

……頭突きでも叩き込んでやろうかと思ったが――それをやって、荷物の中の卵が砕けては意味が無い。

「……冗談ばかり言ってるんじゃない。どこか座れるところで荷物を下ろせばいいだけだろう」

「ま、そんなとこが妥当かな〜。……それじゃ、光閣堂が見える場所で座れる場所は……?」

きょときょととあたりを見渡し――丁度いい具合に座れそうなベンチを発見し、俺達はそこへと向かっていった。

少し積もりだした雪を手で払い、俺はどっかと腰を下ろす。同時に荷物を下ろし、やっと両手が自由になる。

……丁度そのベンチは、座ると広場の中心を一望できるように向けられていた。

そして中心には――巨大な針葉木を模したオブジェに、色鮮やかなイルミネーションが施されている。

……なんでも『クリスマスツリー』とかいう、クリスマスに必要なものの一つらしい。よくは判らないが。

「はい、ユーイチ。暖かくて美味しいよ☆」

――そのまま取り留めのない事を話しながら――しかし丁度、どら焼きを食べきったころだった。

「……けど本当、この時代って……いい場所だよね〜……」

セレナはそう言って、目の前にある巨大なツリーを見上げる。

冬の透徹な空気に飾られた光が、彼女の紫の瞳の中でちかちかと瞬いていた。

それを見て――俺も知らず、頷く。

「……そうかも知れないな」

こうやっていると――つくづく、違いを思い知らされる。

食べ物がある。寝る場所がある。暖かいところはそこかしこにあって、

人の温かさを実感することが出来る。それが――この地球だというのだから。

ここには、本当の冬は無い

……心すらも完全に凍てついてしまうほどの冷たさは、どこにもない――

「……時々、考えちゃうかな。……もし、この時代に私たちが生まれていたらどうだったんだろうって。

 ユーイチはそういうこと、考えたことは無い?」

「無いな」

見上げるセレナに――俺ははっきりと否定する。

「どうして?」

「そんなことをしても――現実に何の意味も無いからだ」

道を行き交う人を眺めて――俺は自分でも少し冷たいと思えるほどにはっきりとそう言っていた。

……この時代の、人間。こうやって、ことあるごとに行事に明け暮れ、楽しんでいられる彼ら。

戦争中だというのに――明日には、大量破壊兵器で吹き飛ばされる可能性だってあるというのに――彼らに、恐怖はない。

……それは、彼らが死を理解し、恐れていないから?

違う。……逆だ。

そんなことがあるはずは無い。

未来はいつも自分の前に開けていて、それは永遠に続く――そんな幻想を信じているからだ。

「もし、こうじゃなかったら。もし、自分が今の立場じゃなかったら――

そういう考えは、まるで今まで歩いてきた自分を否定しているだけみたいで好きじゃない」

「そ……そう……」

それきり打ち切るように――言葉が途切れる。

訪れた少しだけ気まずい空気――恐らく俺の真意と、セレナの考えていることは微妙に違うだろう。

少し言葉が足りなかったかと自分でも思う。

……だが今更、説明しておくべきだろうか。

それとも――このままにしておくべきなのか――

「―何なんだよ、まったくッ!」

だが――俺の巡らせていた思考は、そんなヒステリックな叫び声によって断ち割られていた。

 

「な、何……?」

まるで眠りから覚めたようにぱちぱちと目を瞬かせ、セレナもその声の方へと目を向ける。

そこにいたのは――俺と同い年くらいの、男。気の弱そうな丸顔のその男は、

ヒステリックに頭をかきむしりながらあたりに不当な怒りのオーラを撒き散らしている。

「何で、何で何で何で僕が勝てない!? 僕が望んだ世界だって言うのにさぁーっ!!」

錯乱し、焦点の合わぬ瞳で声を裏返して叫びながら、近くにあるものに八つ当たりする。

無論、広場にいる誰もがこの男の行動を歓迎していない――しかし、表立って注意するものもいない。

何故なら彼が羽織っていたのは、ラウンドフォース軍の兵士に支給される防寒ジャケットだったからだ。

……この時代。すでに警察という組織は存在しておらず――軍隊の兵士がその仕事を兼任している。

そんな中、いかにその行動が粗暴で無茶苦茶だったとしても――軍関係者とことを荒立てれば、どういうことになるか。

その恐怖と、そして彼に対する怒りと嫌悪感を持って――誰も彼に取り合おうとは、近づこうとはしなかった。

……だが。そんな中――彼にとことこと近づいていく人物が、たった一人だけいた。

いや、違う。……別にその人物は、彼に近づいていこうとしたわけではないのだろう。

俺達に注文したどら焼きを届けようとして――店とベンチの間に、たまたまその男がいただけなのだ。

白いワンピースを着た、黒髪のその少女――だがしかし、彼はその少女を見逃そうとしなかった。

てこてこと歩く少女の服の胸ぐらを掴み、服が伸びきってしまうかと思うほどにがくがくと引っ張る。

「お前も、お前も僕を馬鹿にするのか!? お前も僕を嘲るのかっ!?」

だが――少女の方は無論、そんなつもりがあるはずも無い。いつもは穏やかなその瞳を驚愕に見開いて、

けれど俺達の注文したどら焼きの入った紙袋をそれでも離すまいと小さな手でしっかりと握っていた。

その態度は――しかし彼の心をさらに逆撫でしたらしく――

「こんなものに! 心を向けるなぁーっ!!」

男は少女の手から紙袋を乱暴に取り上げ、力いっぱい放り投げた。

紙袋の口から、湯気を上げているどら焼きが地面に散乱する。

それを見て――初めて少女の表情がありありと変化した。それは――言葉にしようのないほどの悲しみ。

しかし男はそれを見て、嗜虐的なものを刺激されたらしく――そのまま少女を乱暴に突き飛ばした。

無理やり地面に叩きつけられたときに足首を捻ったのか、立ち上がろうとしない少女へと、男はさらに歩み寄る――。

その行動に――流石に静観を決め込んでいた俺も心を変えた。

この時代の人間が――人一人注意も出来ない臆病者達が何をされようと、動かないつもりだったが――

それが光閣堂の少女ならば話は別だ。それに……正直これ以上、目の前で醜いものを見ている気も無い。

俺は傍らにいるセレナに目を向けて――しかしその時、ようやく気付いた。

彼女がすでに、いないことに。

「うわっ!?」

そう言って、思わず後ずさる男の足元――そこに重々しい音とともに突き刺さっていたのは、大降りのナイフ。

「はいはいは〜い☆ キミ、ちょ〜っと調子に乗りすぎちゃったかしら? あんまし見てて気持ちよくないのよねぇ〜☆」

そう言って、少女を庇うように立っていたのは――勿論、セレナ以外の誰でもなかった。

「な…何だお前は!? お前も僕の邪魔をするのかっ!?」

「ん〜……そういうことになっちゃうかも☆」

口調や表情こそ、セレナはいつもの調子だが――その全身から放たれている静かな鬼気に、男は気付いただろうか。

セレナは別にV.A.しか扱えないわけではない。白兵戦においてもその戦闘能力は高く――

特に刃物を使った戦闘においては抜群の格闘センスを誇る。

……セレナに任せていれば、まあ男に関しては問題あるまい。

俺はそう判断して、少女の方へと近づき、彼女を助け起こした。

「……大丈夫か?」

「………………」

「……商品を落としてしまって、申し訳ありません? ……そんなことは別にいい」

まさかとは思うが、足首の骨が折れていないか確認し――

少し腫れているだけだと判り安心して、俺は改めて男とセレナを見やった。

「あんまし萌えないコトされると、ちょっとイヤなのよね☆ ってことで、反省してもらっちゃおうかな?」

「なっ…反省!? 僕が!? 僕は何も悪くない! 何も何一つ悪くないのに!?」

……まるでかみ合っていない、セレナと男の会話。

ただしこの場合、正論を言っているのはセレナのほうだが。

この男は自分の言っていることの支離滅裂さに気がついていないのだろうか?

「何だよ、一体なんなんだよ!? この世界なんて、僕がいなければ終わっているっていうのにさぁ!

 僕の望んだ世界なんだから! 僕の思い通りに行かないことこそ悪いんだ!! そうだろ!?

 だから僕は正しい、僕は悪くない!! 悪いのはお前たちだ! お前たちエキストラが何もかも悪いんだぁ!!」

本気で理解不能な言葉を並べ立ててつばを飛ばす男を冷ややかに見て――セレナはそっと両手にナイフを握った。

あの様子なら――恐らく五秒でけりが付くだろう。せいぜい全身の腱を切って――それで終いだ。

この時代にはもう医療技術は俺達の時代と同程度には進歩していて――それくらいの傷なら、二時間で癒える。

……ただし、肉体的に傷は癒えても――体を切り刻まれたという精神的ショックは深く残るのだろうが。

だがしかし――この男が少女に、そして俺達に合わせた精神的苦痛よりは遥かに軽い。

一方――男の方は、セレナがすでに戦闘体制を整えていることも判っていないのだから失笑してしまう。

だが。

いよいよもって、ナイフを閃かせようとセレナがわずかに前傾したその時。

俺がもう問題ないと、二人から眼を逸らしたその時。

――その言葉が、男の口から出た。

「お前なんか…お前なんか、いくらでも代わりがいる(・・・・・・・・・・・)くせにぃぃぃっ!!」

――それは恐らく、先刻の言葉の続きから発せられたものなのだろう。そう考えれば納得もいく。

男の理解不能の思考から出た、まったくもって意味を成さない言葉の一つ。

だがそれは――セレナに対しては、別の意味をもって――とても効果のある言葉であった。

思わず眼を見開き、動揺のあまりナイフを取り落としてしまうほどに。

その瞬間を狙ったわけではないだろうが――男の拳が、セレナへと向けて放たれたのはその時だ。

いつもの彼女ならば、寸前ですら躱せたろうが――今のセレナにはそれは出来ようはずもなかった。

あの言葉の――セレナにとっての意味を考えれば。

そして、拳が――勢いだけの、へたれた拳がセレナへとぶつかろうとして――止まった。

男が止めたわけではない。――セレナが受け止めたわけでもない。

止めたのは――二人の間に入り、その情けない一撃をあっさりと止めていたのは――俺だった。

何か言おうとしたのだろう、男は口を開こうとするが――出来はしなかった。

俺がそのふざけた横面に、固い拳を叩きつけていたからだ。

後ろに倒れようとするその手首を掴んで引き戻し、さらにがら空きの腹部へと一発。

くの字に折れたその顎に、靴先を押し込むように踏み込んで――背筋を使って押し出す。

口から折れた歯を散らしながら、こまのようにくるくると回転してごみ箱へと突っ込んでいく男。

俺は足早に近づき、その胸ぐらを掴んで半身を持ち上げる。

「……お前、セレナに何を言った?」

俺の言っていることが判らないとばかりに、朦朧と俺を見上げる男。

どうやら寒さに眠くなったか。少し眼を覚まさせてやろう。

俺は拳を、思い切りその胴へと沈めこんだ。意識が覚醒したか眼を見開く男。

俺の手には明らかに肋骨を数本砕いた鈍い感触が残っている。

「……もう一度、聞く。お前はセレナに……何を言った……?」

――俺は一体、何を聞いているんだろうか?

この男に問いただしている俺に――俺自身が問うている。

あの言葉が聞こえなかったわけではない。聞こえたからこその――行動だ。

そしてあれを聞き、セレナの反応を見たとき――俺の中で何かが変化したのだ。

この街の――この時代の人間が何をされたよりも、そのセレナの心の痛みを考えた時に。

この男は――俺自身の手で引導を渡してやらねばならないと。

人は時に自らの激情を抑えきれず、時に暴走と思えるような行動に走るというが――それとは違うはずだ。

俺は――俺は冷静だからだ。

いつもより感覚が冴えている。

だからとても冷静だ。

冷静に――俺の心が、この男には存在する価値が見受けられないと告げていた。

この男が、セレナに言った言葉は――

「いくらでも代わりがいる……お前はそう言ったはずだな?」

――殺す――。

俺は拳を固め、こいつの頭蓋を破壊するためにそれを振り上げ――

「ユーイチ! もう……もういいからっ!!」

それを羽交い絞めするようにして止めたのは――他ならぬセレナだった。

「もういいから……私は、大丈夫だから……落ち着いて……ね?」

彼女の紫の瞳が映した俺は――どんな姿だったのだろう?

それは涙に潤んで、よくは判らなかったけれど。

……どれだけ時間が経ったのだろう? ふと見れば、男の姿がなかった。

すでに意識を失った男を、金髪の女が抱えてこの場を離れるのが遠くに見えていた。

その小さな背中二つが、見えなくなった頃に――俺はようやく、静かに拳を下ろす。

「……何故、あの男を許した? あいつが言ったことを認めるなんて……俺は――」

「どうせあのコは何も知らないよ? ……それに別に、あのコに傷ついてほしくないから止めたわけじゃないもの」

「じゃあ……何でなんだ?」

「私が止めたのは……ユーイチが、傷ついてほしくないから……私のためにユーイチが傷つくのは……イヤだから」

……それは……俺があの男を素手で殺したら、俺の心が傷ついてしまうということだろうか。

「……俺にそんな、殊勝な感傷はないぞ。……お前……俺がどこで生まれたか、判っているか?」

兵士として今まで屠ってきた人間の数はすでに千を越えているだろう。だがそれで俺が感傷に浸ったことはない。

それは兵器という道具を介して、人を殺すという感覚が薄れているからじゃない。

俺はよく知っている。

人を殺すというのがどういうことかを。決して心から忘れられないほどに、幾つも。

俺は……地球で生まれたのだから。

「それは……判ってるけど……そうじゃなくって……」

何を言おうとしているのか――言葉を捜すセレナだったが――その眼がふと留まり、見開かれる。

「ユーイチ……その手……!?」

手……?

言われて俺は右手を目の前に持ち上げて――そこで気がついた。右手の骨が砕けている。

破壊力を優先するために限界まで握り締めていたからだろう。衝撃を緩和し切れなかったか。

「……問題ない。こんなもの、怪我のうちにも入らな――」

だが――俺の冷静な分析を遮るように、セレナはそっと俺の手を自分の手で包み込む。

「ごめん……ごめんね、ユーイチ……」

「……だから気にするな。これくらいなら、30分もあれば――」

「ごめん……ごめん、ごめん……ごめん……」

「…………セレナ?」

「ごめん……ごめん……ごめんね……本当に、ごめんね……」

セレナは俺の言葉が耳に入っていないように、ただ俺の手をそっと包み、何度も謝っていた。

その頬を、透明な涙が何度も伝って流れ落ちていく。

それを――そのセレナを見て。

妙に、痛んだ。

傷ではなくて――心が。

 

結局――俺はセレナが泣き止むまで動くことも出来ずに、ずっと彼女の泣き顔を見ていた。

心に引き攣れたような痛みを感じていながら。

    

 

    

 

    

 

ユウイチ:……で、何でこのチームブリッドに座談会スペースが存在しているんだ?

セレナ :確か、連載が終了した時にだけ一回、大きなヤツをやるだけだって聞いたけど☆

作者  :ぐ、こ、今回は一言だけ言いたかったんだ! 後はもうやらん!!

ユウイチ:ほう……で、言いたいこととは?

作者  :……では……いくぞ。

     もっと話、書きたかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

セレナ :それって……どういうこと?

作者  :今回の話をみてもらったら判ると思うが……なかなか思わせぶりな言葉があるだろ?

ユウイチ:セレナに対する「いくらでも代わりがいる」……か?

作者  :そうだよ! それに関して、書きたい話がたくさんあるんだよッ!!

     前回の連載から今回の話まで、ストーリーの中では三ヶ月以上が開いているわけだが……。

     本来ならそこで、その言葉に関わる、その言葉を思い知らされる出来事がチームブリッドには

     起こっているはずなんだ。けどそれが書けないせいで、この言葉の重みが伝わらんッ!!

セレナ :解説しようにも、これってかなり重要なネタバレだからリンクも張れないしぃ〜。

ユウイチ:解説自体は、これ以後のストーリーの中ではっきりと書くんだが……な。

作者  :ああ……それ以外にもたくさんこの三ヶ月の中に話があるんだよなぁ。パニッシメントノヴァの

     アームズフレームの登場とか、とある重要な作戦を遂行する話とか……かぁぁぁ〜っ!!

セレナ :この連載って、ダイジェストみたいなものだから書けないんだよね、ぶーぶーぶー。

ユウイチ:……というか、いちいち書いていたらこのほかに連載している某アフターストーリーと

     そう変わらないような大長編になりかねん……。

作者  :うむ。話として魅力を損なうような出来にはしないつもりだが……もっと書き込みたい……。

ユウイチ:……なるほどな。しかし……その前に一つ、聞きたいんだが。

セレナ :あ☆ 私も一つ聞きたかったんだよね〜☆

作者  :……何だ?

ユウイチ:……あの光閣堂の売り子、どこか別の連載に似たようなキャラが出てい――

作者  :ハッ!? そうだ、お絵かきBBSに書き込みが来ているかもしれない! ではッ!!

ユウイチ:なっ……待て!

セレナ :……あーあ、行っちゃった……相変わらず、逃げ足だけは超一流ってトコ? あはは☆

ユウイチ:……仕方ないな……。

セレナ :……で? どうするの?

ユウイチ:本人に直接聞こう。……今日はあらかじめそれを想定して、呼んできている。

??? :………………。

セレナ :……え? 本日はお招きに預かり、ありがとうございます……って、別にイイのイイの☆

     それより、さっきの質問なんだけど、アナタって他の作品に――

スフィー:ユウイチ君……セレナ……整備をさぼって、何をしてるのかしら? うふふふふふふ……。

セレナ :や……やば……。

ユウイチ:逃げるぞ、走れ!!

 

力の限り全速力で去っていく二人――

 

スフィー:うふふふふふ……逃げられると思ってるあたりが、まだまだ若いってことなのね……。

??? :………………。

スフィー:……何で二人を追い払うような真似を? ……うふふふふ。それは……貴女の正体を隠すためよ。

??? :………………。

スフィー:何故って……そんなの、面白いからに決まってるわ、うふふふふ……。

それに個人的に、貴女とはお話してみたかったのよ。黒髪、白い肌……。

私たち……似ているって思うでしょう……?

??? :………………。

スフィー:……お姉さまって呼んでいいですか……? ええ……勿論。

じゃあ、行きましょう……最近、上物の紅茶が手に入ったのよ。

貴女に特別にご馳走してあげるわ……うふふふふふふふふ……。