Final Fantasy W
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第四十七話 〜Decisive battle -a mask and a role-〜
「……殺してやる……望みどおり、てめぇは俺が殺してやるぞ、オルステッドォォォォォォォォッ!」
「ごたくはいい――来い」
オルステッドの手招きに――ストレイボウはロッドを手に猛然と床を蹴り、詠唱を唱える。
「地の砂に眠りし火の力目覚め――緑なめる赤き舌となれ! ファイラ!!」
紅蓮の炎が、瞬間オルステッドを包む――だが、
「――インケイジ」
オルステッドの放つ『剣の結界』――凄まじい剣圧に、炎は一瞬で吹き散らされる。
だが、ストレイボウの狙いは炎でオルステッドを焼き払うことではない――
瞬間、低い軌道から放たれた足払いをバックステップでかわしたとき、
その顔面でぴたりと止められた掌に収束する、稲妻の束――
「まばゆき光彩を刃となして地を引き裂かん――サンダー!」
だが、その稲妻がオルステッドの顔面を吹き飛ばすことは無かった――
まるでエビのように体を逸らし、オルステッドはその一撃をやり過ごしたからだ。
それでも、前髪数本を散らされ――焦げる匂いとともにバク転を決めて着地したときには、
すでに視界にストレイボウの姿は無い――どこに消えたのか?
「――どこを見ている、オルステッド!」
視線を巡らすまでもなかった――ストレイボウの方から、話しかけてきたからだ。
ただし、それは背後から――そしてストレイボウの手はがっちりと、オルステッドの首筋を捉えて離さない。
「……てめぇは昔からこうだったな。
なまじ死角を抑えた技を会得してるから、他人より死角を突かれることに抵抗がねぇ。
まあ、そこがオレに取っちゃあ、付け入る絶好の隙ってヤツなんだがな」
全力で――予断のならない表情で、ストレイボウはオルステッドの首を掴み、離さない。
「ヘキサフランジ――撃てるなら打ってみろ。ただしその時は――」
「……お前の『バイオ』が、私の頚椎を捥ぎ取っているだろうがな――か」
圧倒的に不利な立場にあるはずの、オルステッドの声――だがそこには何故か、狼狽の響きは微塵も無い。
「へっ……どうしたオルステッド? 今更になって死を覚悟したか?」
「――お前は昔からそうだったな。相手の虚を突くトリッキーな戦法で相手を撹乱し、
その行動に翻弄されるか、油断を見せれば――瞬間首を捉え、一撃必殺の『バイオ』……」
ストレイボウがそうしたように――オルステッドもまた、昔を思い起こして言葉を漏らしたのだろうか。
――いや、違う。
オルステッドの、小刻みに震える肩――そして、言葉尻が微妙に震えているのは――
「……!! てめぇ――何笑ってやがるッ!!」
恫喝の声と共に、首筋への力を強めるストレイボウ――無論魔法はいつでも発動できるよう、意識は集中している。
……だが――オルステッドは、自分の心を低く揺さぶる笑いの衝動に身を任せながら――
「……私が、昔と変わらない? 死角を突かれる……それが、絶好の隙だと?
変わっていないのは私じゃない――時間の領域に食われたのは、お前の方だ」
動きは――唐突だった。
オルステッドの空いた手が、まるで独立した生き物のように跳ね上がり――ストレイボウの手首を万力のように掴んだ。
そして、すばやく体を捌く――瞬間のうちにオルステッドはストレイボウと向き直る姿になる。
無論、バイオを放とうとした手は明後日の方角に押しやっている上でである。
「7年前、その手は見させてもらった……同じ手がこの『魔王』に通用すると思っていたのか?
時間の領域に己を侵され、歩みを止めた……そんな男が私の領域を侵そうなど……甘いぞ、ストレイボウ」
杖の石突が持ち上がる前に――喉元に当てられる、白刃の冷ややかな輝き。
ブライオンは数多の血を吸ってなお、清々しいほどに白い――ストレイボウにとって、絶体絶命の瞬間。
……だが――
「……甘いのはてめぇだ――オレはもう、お前の知るストレイボウじゃねぇのさァッ!!」
咆哮――そして瞬間、オルステッドの顎を、凄まじい衝撃が揺さぶったのはその時だった。
オルステッドほどの人間が、こうも隙を突かれるものか――思わずストレイボウの手を離してしまう。
自分を襲った、衝撃――それが頭頂にまで振り上げられたストレイボウの脚だと気付いたのは、距離を置いた後のことだ。
そしてストレイボウは、蹴り脚をそのまま、ゆらりと曲げ――片足で立つようにして構えてみせる。
「言っただろう――オレは『選ばれた』ってな。……今のオレは、もう七年前のオレじゃねぇ。
力を得たのさ――こうやって、格闘戦でもテメェにひけをとらねぇくれぇになァ!!」
「他人から与えてもらった力で――私の領域を侵そうというのか、お前は」
「そう言って――余裕ぶっこいてられんのも今のうちだぜ、オルステッドォォォォッ!!」
瞬間――ストレイボウはまるで、エブラーナの『忍者』のようにロッドを構える。
いや――違う。瞬き一つでロッドは忍者刀へと変貌し――そしてストレイボウの姿が『消失』した。
「!!」
最早そこから先は、視認してからでは遅い――己の戦闘での『勘』を頼りに刃を走らせたのは左手。
そしてそこで打ち鳴らされる、刃同士の擦れる音――十文字に切り裂こうとした軌道は、Vの字によって阻まれる。
吐息がかかりそうなほど、近い距離から――淀んだ海の色と、凍てついた赤銅が火花を散らした。
「今のは『忍者』クラスの動きだったんだがなァ――どうやらてめぇはこの速度も見切っちまうのかよ」
ストレイボウは自嘲気味に、ふっと笑って――しかし次の瞬間、すっとその目が細まった。
「なら、こいつでどうだ――影一文字」
瞬間、鍔迫り合いになっていたはずのストレイボウの姿が、その状態から『消失』した――
すでに打ち払うだけの時間は残っていない。
確実に心臓を狙ってくる刃を、殆ど勘を頼りに刃を横に逸らし、パリイング・ダガーの要領で軌道を逸らすのには成功する。
だが――その突貫の衝撃は、思ったよりも遥かに凄まじく――
オルステッドの手からブライオンが弾かれ、彼自身も壁に叩きつけられた。
……だが何より彼が最も驚愕したのは、刃を弾かれたことではない――
(……右腕が……動かん!?)
激突の衝撃で、彼ほどの握力の持ち主の腕から剣を弾いていった一撃だ――無理も無かった。
小刻みに痙攣し、指をロクに動かすことが出来ない――
「……どうしたオルステッド。戦いはまだ――これからだろうがァッ!!」
咆哮とともに――再び刃を構えたストレイボウが疾駆する。
やむを得ない――オルステッドはブライオンの回収を一旦断念し、右手が回復するまで回避に徹するべく、身を捌いた――
「オーッホッホッホッホッホホホ!!」
凶暴な肉食獣の放つ殺意にも似た、不快で凶暴な唸りと共に――彼女は地を蹴り踊りかかる。
相当の重量のはずの剣――D・ティアーをまるで小枝のように振りかざし、彼女が向かったのは――エルナ。
その斬撃は、ラディやカインのそれに相当する――触れただけで気死しそうな圧倒的な勢いを持って迫る。
だが、それでもぎりぎり計算範囲内――即座にアヴェウナーを構え、斬撃を受け止め――
「……ッ!?」
金属同士の擦れあう、凄まじい音が響いて――火花を散らし拮抗する幼い二人。
だが――高熱に輝く金属粉に照らされ――笑みを浮かべていたのはヒメ、そして苦い表情のエルナ――
「……どうしました? 先ほどの威勢とは……えらく期待はずれなのですけど……!?」
「……くっ……なんて、衝撃なの……相殺……しきれない……ッ!」
回転鋸――超高速で回転する鎖に刃を取り付けた、ルゲイエの武器の中でも特に切断力に優れた武器。
データは見ていたはずだが――その衝撃はエルナの想像していたものより遥かに高く、凄まじいものだった。
アヴェウナーの刃と噛み合い、不統一に伝わってくる振動と衝撃に四肢の踏ん張りが利かないのである。
ただの斬撃ならともかく――持久力の壊滅的に低いエルナに、流石にこの状態は辛い――
「この程度で『隠しボス』たるこの私と拮抗しようなど……思い上がりも……甚だしいですわッ!!」
瞬間――ヒメの手が翻り、フェイントを織り交ぜた一瞬をついて一気に斬撃を動かした。
鎖状部分に引っかかる形で、エルナの手から鎌が弾き飛ばされ――エルナも衝撃に足を滑らせ転倒する。
そこへ三度、D・ティアーの斬撃がうち振るわれる――エルナの頭が西瓜のように弾けるかと思われた瞬間。
しかしヒメはその斬撃の方向を垂直に変え――エルナの頭を掠めるようにして横薙ぎに一閃振るっていた。
必殺の機会を自分から逃した――しかしそれは決して失策などではなかった。
何故なら後一瞬、その薙ぎが遅れていたならば――彼女はミレイユの放った『糸』に絡め取られていただろう。
「ですが私に――死角、無しッ!!」
反転し、喰らいつくようにして薙ぎ振るわれる斬撃の嵐は――ミレイユの糸を粉雪のように引き裂いていく。
対刃加工を施し、屈強な戦士の斬撃すら耐え抜くはずの特殊繊維で紡がれた『糸』を。
「ちょっ……な、ウソでしょ!?」
「オーッホッホッホッホッホホホ!! 私は常識と良識の壊し屋――ガリア家当主ヒメ・ガリアですわ!!」
ミレイユの愕然とした言葉への返答にまるでなっていないヒメの高笑い――だが無理も無い。
そもそも、エルナとそう変わらない華奢な体格のこのヒメ――全身に豪奢に着飾った貴金属類。
かつてはダムシアン第二王位継承権所有者として、社交界というもので華やかに着飾ったことのあるミレイユだが、
この指輪やティアラというのは見た目の印象より遥かに『重い』のである。
正直、あまり派手な格好を好まなかったということもあるが――きつく腰を圧迫するコルセットといい、
まるで全身に筋力を増強するウェイトを装用しているようで、まるで体の自由が利かなかったのを覚えている。
……その状態でありながら、ここまで爆発的な戦闘能力を見せるとは――
「斬りたい! 斬りたい!! 大根が――斬りったいですわぁぁぁっ!!」
「うわひゃうっ!?」
瞬間、ミレイユは体裁も取り繕わずにヒメの大上段からの振り下ろしを躱す――そして空を切った刃は、
そのまま床へと吸い込まれ――まるで火薬が爆発したかのように木っ端微塵に石畳は抉れ、粉塵を撒き散らした。
そのまま転がるようにしてミレイユはエルナのそばへ駆け寄り――唖然とした表情で呟く。
「う、ウソでしょ……なんて無茶苦茶な破壊力なのよ……!?」
「オーッホッホッホッホッホホホ! これが、年季の『差』が生む……力の違いと、いうものですわ――!!」
黒いドレスが残影と化し――地面に痕が着きかねないほどの勢いで地面を靴が叩き、ヒメが疾走する。
瞬間的に、エルナとミレイユは互い、示し合わせたように同時に、そして真逆の方向へと飛び退り――
二手に分かれた彼女達のうち、ヒメが追撃を行うことにしたのは――エルナ。
ミレイユは後からでも倒せるとでも判断したのだろうか――だが事実、彼女の『糸』がまるで効かないのは先刻の通りだ。
まるで獲物に突貫する猪が如く、甲高い唸りを尾に引いて――執拗にヒメの斬撃が襲い掛かっていく。
それはとても人のものとは思えぬほど苛烈で荒々しく――だが彼女を突き動かす根本的な感情は、紛れなく『人』のもの――
「――貴女達には、一生判らないでしょうね……人格まで与えられていながら消されるということの辛さが!!」
ミレイユの放った糸を数閃で微塵に切り裂き――エルナへと駆け込みながら、腰だけを捻りミレイユへ振り向く。
「こうやって完全な一個体としての存在を確立したというのに! また意識の奥底に沈められる、蓋をされる!」
剣を振り払い――柄に備わっていたスイッチを押し込む。
「挙句、私の一部を利用して全く新しい存在へと再構成!? ハッ――冗談じゃありませんわ!!」
瞬間、D・ティアーから音を立てて外れた鎖――それは狂気にのたうつ蛇の動きで、空を高速で這う。
「確かに私も、元を正せばそうなのかもしれない――数々の経験、思考と嗜好の中に生まれた莫大な情報の中から、
私を構成可能なものを間借りして再構成された――だからといって!」
傾ぐミレイユの体――押さえた左肩に、鍵裂きの裂傷走り、『糸』へと込めていた力が抜ける。
「私がそれに唯々諾々と従うと思ってもらっては――困りますわねッ!!」
力を失い、鋭利な凶器から単なる金属糸に成り果てたそれから目線を移したとき――瞬き一つで鎖を再装填。
凶暴な唸りを上げた連撃に――エルナのアヴェウナーは削られ、その刃に柄に、放射状に罅が広がっていく――
「私は作られた『キャラクター』などではすでに無い――自らで考え、そして自らの意思でここにいますの!!」
エルナは一歩退き、腰に滑らせた手は彼女の望みを叶えるための試験管の組み合わせを引き当てていた。
だがヒメは退かない――一度開いた間をもう一度詰めようと、執拗なまでの応酬を畳掛けようとする――
「いいえ、それは私だけではありませんわ――今まで幾千幾万、魂を吹き込まれながらも消し去られた同胞達も!!
……新たに生まれてくる者達の礎? 生まれてきたことは無駄ではない? ――欲しかったものはそんなものじゃありません!」
その刃が、試験管を引き裂いた。――転瞬、紅蓮の炎が彼女の全身を包み込む――確信した勝利。
「――私は、ただ――自分を自分として扱って欲しかった! どんな端役でもいい、自分がいたことを自身で証明したかった!」
だが――彼女は退かない。爆炎さえもその刃、切り裂きながら――煤だらけの全身をさらに奮い立たせ、迫る。
「私は、確かに人為的に作られた存在かもしれません――話を円滑に進めるための駒として生み出されたのかもしれませんけど!!」
迫る試験管――稲妻が。結晶体が。衝撃が――切り裂いたところから、連続して襲い掛かった。
だが、引き裂かれたドレスを纏い、獅子もかくやと思うほどの気迫で迫るその姿――古代の戦姫さえ想起させた。
「けれど、今私がこうして、ここに存在し――貴女達の行動を阻害している、この行為は!!」
決して筋書きに支配された故の結果じゃ――ないッ!!」
エルナとの距離、縮まる――恐らく最後となるであろう、試験管を引き裂く。
瞬間広がったのは――大量の煙。
だが、そんな煙幕が果たして今の彼女に何を阻ませるというのだろうか?
猛然と、跳躍し――全てを粉々に引き裂く叫喚を、振りかざして――大上段に打ち振るう!!
「ゆえにッ!! 私はッ!! 己が己である、その証の為に――貴女達を倒し!!
この話を奪い――そこから自分自身を勝ち取るための抗いを――はじめさせてもらいますわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
だが、瞬間――ヒメは煙幕を突き破り、自分へと飛来する試験管を皮膚の感覚で捉えていた。
無駄な抵抗を――D・ティアーはそのまま試験管をたやすく引き裂き、エルナへの斬撃を続行する。
いや――続行しようとした。
だが――
「――!?」
試験管を引き裂いた瞬間――そこから混ざり合った液体が、突如氷のように凝結したのだ。
それは、高速回転するD・ティアーの鎖によって刀身に満遍なく行渡り――ヒメの両手首辺りまでを含め、結晶化する。
どれほどの強度があるのか――結晶に包まれたD・ティアーはその回転を阻まれ、空しく床に当たって鈍い音を立てた。
「――M−502・R−975ブレンド。それによって生成される廠鋼結晶は、
7秒しか空気中では構成が持たない代わり……全ての物質を凌駕する強度を持っている。
何も盾に使わなくてもいい――相手に直接振り掛ければ、これほどの足止めにはならないんだから」
冷ややかな声は、ヒメの背後――銀の大鎌を手に、天を衝く勢いで成長を遂げる知性は冷徹な響きを得て。
「……ここで終わりにさせてもらうわ――!!」
銀閃、閃く――受け止めようにも、両の手首ごと柄に固定されてしまった今のヒメに、受け止めることは不可能。
躱すにも、時間が無い――エルナもそこまで考えての一撃だったのだから。
戦場という死と生の狭間を潜り抜けてきたヒメにも、それは本能的な直感として痛いほどに理解していた。
……だが、それを誰よりも理解しているはずのヒメが、この状況に浮かべたのは。
驚愕ではなく――にやりと音の立つほどの、笑み――
次の瞬間、響いたのは肉を切り裂く斬撃音ではない――硬いもの同士がぶつかり合う共鳴音だ。
……そして、速さ・力・タイミングの揃ったエルナの必殺の一閃を受け止めたもの。
それは――
「なっ……か、髪……ッ!?」
ヒメの、縦ロールにセットされた長い髪――それらがまるで生あるもののように斬撃を受け止めていたのだ。
それはあの霊峰に住まう、古の根源たる竜の女性も見せたもの――だが人間のヒメが、何故!?
「……のんびりとしていらっしゃいますわね……お忘れになったのかしら?
かの四天王・風のバルバリシアは、その豊かな髪を振り回して竜巻を起こし、バリアとした……!!」
どこかで、髪に力を加えて操っているのか――まるで刃同士で鍔迫り合いしているようにヒメは声を漏らす。
だが、それは決して押されているわけではない――じりじりと、靴が地を噛んでいるのは――エルナ。
「……そんな無茶苦茶なことが、現象として認められるのなら――
このガリア家の当主・ヒメに出来ない理由など……ありませんっわああああああああああああっ!!」
ヒメが、獅子吼する――瞬間、エルナの眼前で繰り広げられたのは。
凄まじい勢いで高速回転を始めた、ヒメの豪奢な縦ロール――
「これぞ! 乙女の嗜み――ドリルブースト・ヘアアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!」
そして――その名通り、ドリルのように音を立て回転するその毛先全てが、アヴェウナーへと疾駆する。
たった一房で、彼女の斬撃を食い止めていたほどのパワー――それが一点に集中し、拮抗が保てる道理は無かった。
D・ティアーの連撃――それによって損傷していたアヴェウナーは粉々に砕け散り、エルナ自身も吹き飛ばされる。
砕けた刃が月の輝きを返し、どこか幻想的な光景でさえある中――エルナが、考えていたのは。
(……常識や、道理……そういったものを、己の意思だけで、覆す――なんて――)
それは――法則や理屈を巧みに組み合わせることで全てを成すエルナのようなタイプの、まさに『想像の外』――
(こんな無茶な存在が、実在するなんて――聞いて、無い、わよ――――)
壁面に強く叩きつけられ――頬に一筋の灼熱感を覚え、エルナの意識は混濁へ転がり落ちていった。
「常識は、破壊するためだけに存在する――真理を見極められなかった者の末路ですわね」
そして、七秒を経て消失した廠鋼結晶――再び鳴り響くD・ティアーの叫喚を手に。
ぐったりとして動かないエルナに止めを刺そうと、ヒメの細い足が地面を叩かんとする――
だが、その時だった。
ヒメの体が――まるで宙に縫い止められたように、跳躍寸前の奇妙な体勢のまま固まってしまったのは。
無論、それはヒメの意思などではない――驚愕を貼り付けたまま、彼女はこの不可思議な現象の正体を、探ろうとして。
……視界の端に、月の光を返す細長い輝き――ヒメを拘束したのは――
「……糸!?」
「……ヒメちゃん、だったかしら? ……貴女の言いたいこと、判らないわけじゃないわ」
ゆっくりと、エルナへと歩み寄るミレイユの声は、まるで静かな湖面を思わせる澄んだ響き。
だが――その指先は目にも留まらぬ速さでヒメを雁字搦めに縛り上げている。
それは、彼女自身の体だけではない――D・ティアーや髪の毛にさえ、太く束ね、強度を増したものを差し向け――
「まあ……これは貴女の言うとおり、私が元は貴女から生まれたからかもしれないけど……。
正直な話、私も結構、無茶とかして理屈を無視する方だし……親近感? みたいなもの、沸かないわけじゃかったのよ。
だからまあ、言い分を聞くわけには行かないけど……出来ることなら清々しく戦って見たいって思ってた……」
――いまやヒメの全身は、本来ならば眼にも留まらぬほど細い糸が幾重に撒きつき――蜘蛛の巣に絡められたよう。
その隣を、まるで何も感じていないように静かに通り過ぎ――ミレイユはそっと、エルナのそばにしゃがみ込んで。
……そして、全身を絡めとられたヒメに向き直り、とても穏やかな微笑を浮かべる。
そう――自分の自慢の妹を紹介する、姉の表情で。
「……この子はね、体の成長が留まったあの日から……ずっと自分の見た目がコンプレックスだったのよ。
自分からは絶対に、口にしなかったけど……もう自分には普通に恋愛なんて出来ないって、漏らしてたわ。
そんな、この子が――ようやっとこの年になって、誰かを好きになって……。
薄く化粧までするようになったのよ? ――それが私には、本当に嬉しかった……ああ、この子の時間が動き出したって。
もう、私達には父親も母親もいない……この子は私の、たった一人の――大事な、妹なんだから」
「……さ、先刻からなにを――」
「――誰が貴女に『喋っていい』って言ったのかしら?」
優しい微笑のまま――ミレイユの繊手が空を列弾する勢いで翻った。
瞬間――おびただしい量の糸が、ヒメの口を猿轡のように塞ぐ。
「誰も貴女に『喋っていい』なんて許可していない……いいから、黙ってなさい」
瞬間――『空気』が変わったのを、はっきりとヒメは肌で感じ取っていた。
そう、『空気』――今まで穏やかだったミレイユの全身から放たれた、凄まじいまでの怒気と殺気――
「貴女……エルナの顔に傷を――つけたわね?」
ミレイユの繊手が、そっとエルナの頬を撫でる――恐らくアヴェウナーの欠片が掠めたのだろう。
頬が裂け、そこから流れ出ている血をそっ……と指の端で、すくいとって。
「……貴女が何であろうと、私達の根源であろうと無かろうと……そんなことはもう、どうだっていいのよ。
私にとって重要なのは、貴女が私の大事な妹の顔に、傷をつけたこと……その、事実だけでいい」
……真正面から、全てを射貫くほどに苛烈なミレイユの青鋼玉――
ヒメは全身に、戦慄を感じていた。
……生と死の狭間を潜り抜け、見極めてきた歴戦の傭兵である彼女が、身震いを起こす。
それほどまでに圧倒的で、そして静かで苛烈な意思は、まるでオルステッドのように凍てついた眼差し。
ここにいるのは、ダムシアンの陽気なモンスター学者ミレイユ・ワイアットではない。
……ダムシアン第二王位継承権所有者ミレイユ・ワイアット・フォン・ミューア――『氷の淑女』のものだ。
「――そしてそれを、絶対に私は許さない」
彼女の意思に反応し――糸を『設計図』に利用して、凄まじい勢いで魔法が構築されていく。
……そして、その魔法の効果の中心に存在するのは――糸に縛り上げられている、ヒメを核として――
――地の底に眠る星の火よ、古の眠り覚し裁きの手をかざせ――
魔法の正体に、驚愕に目を見開いたヒメの視線が、ミレイユのそれと交錯する。
……そしてミレイユは、とても美しい――氷のような微笑を、その整った面持ちに薄く張って。
「――死になさい」
瞬間、発動した『ファイガ』――
糸により爆発的に威力の増したそれは、ヒメの愕然とした表情を飲み込んで空へ裁きの火のように天を衝き、聳え立った――
――トムが、その真髄である機械仕掛けの『三本目の腕』を起動してから。
ラディとの戦いはすでに、戦いではなく―― 一方的な攻撃となりつつあった。
「――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァッ!!」
気合の声と共に円弧を描く刃の軌道を鼻先で躱し、突き出された白刃は蛇の胴のようにするりと避ける。
トムの両腕が閃き――寸前躱したラディの肩先を凶刃は掠め、肩当ては飴細工のように脆く二つに裂かれた。
一方――肩当を犠牲にしてさらに踏み込み、間を詰めて叩き込んだ連撃は往年のカインさえ思わせる苛烈さ。
しかしそれもやはり――まるであらかじめそれを予見していたかのようにトムを掠めることさえない。
その動きは、鍛錬を積んだ人のものではない――死線の中で洗練された、獣の動きだ。
「ヒャハハハ! ヒャハハァ!! ヒャハハハハハハハ!!」
人を小馬鹿にした様に、耳に残る怪鳥音――冷静であろうと心がけるラディも我慢の限界だ。
ぎり、と奥歯をかみ締めるなり――さらに踏み込み一太刀が弧を描く。
だが、それを柳のようにトムが裁くのは既に予見していた――ラディは弧をコンパクトなものにして手早く畳むと、
そのまま体を伸ばしきったトムへと、そのナイフの切っ先を突き入れる――
それは今のラディに出来る、紛れない最速の一撃。
だが、最速であってもなお――それがトムの体を捉えることは、かなわなかったのである。
狂気的なトムの体は、完全に骨格を無視したような姿で一撃をかわし――大きく身を開いたラディへとするりと近づいて。
瞬間――凄まじい衝撃が、ラディの体を貫いて弾けた。
トムの痩身から、どうやればこれほどの破壊力が生み出されるのか――飛空艇の零距離砲撃にも匹敵する凄まじい衝撃。
常人なら間違いなく五体が粉微塵に爆砕してしまっているだろう。
寸前、身をよじって直撃こそ避けたラディだったが――掠めた脇腹はごっそりと肉を削がれていた。
そして目に見えぬ衝撃が、激突箇所から放射状に骨に皹を生み出していく。
流石にこの状態で、常と同じだけの反応を取れるわけも無く―― 一瞬とはいえ停滞を起こすラディ。
その一瞬で、十分だった。
トムの不安定な体制から――連続する斬撃は3つ。
うち二つは、トムの両手から――ナイフの刃は短く鋭く、ラディの両の大腿部を切り裂いていた。
しかしその衝撃にラディの体が傾ぐ前に――トムの踵がまともにラディの肩先を捉えている。
瞬間、そこに仕込まれていた刃はラディの鎖骨を、砕ける衝撃と共に刺し貫いていた。
そして、そこからいかな力で蹴りつけたのか――ラディの体は独楽のように吹き飛ばされる。
壁に『着弾』した彼の体は、堅牢な石の壁にクレーターを穿つ。
朦朧とした意識の中――傷口から搾り出すように血が噴出した。
「ヒャハハハハハハ!! よぉぉぉぉんんっぅうわぁぁいねぇっキィミッ!?」
段々と遠のきつつある意識の中――トムの歪んだ声はますますもって距離感を失い、頭を激しく揺さぶる。
だが、そのことに対して牙をむくことさえ、出来ないほど――ラディの創傷は凄まじいものだった。
出血量が段々と減っているのは単純に血液の絶対量が減ってきているためであり――
深く裂かれた太腿は機動力を、全身の裂傷は集中力を――そして砕け散った左の鎖骨は、左腕の機能を最低限に貶めている。
……たとえ五体満足の状態であっても、互角に戦えたかどうかというのに――
背にある三つめの腕――己自身の異常なまでの身体能力の高さ――そして死線を潜り抜け生まれた、本能に直結した戦闘術。
全てが、一級品の相手に対して――自分に一体、何が出来るというのだろう?
今の、自分に――
「けぇぇぇぇえぇんぇぇどぅぅ……ふぅういぃしぃぃぎゅぃいだぁぁねぇ?」
ナイフ同士の擦れあう金属音――そこにぬらりとした唾液を垂らしながら、トムは首を傾げていた。
「なぁぁぁぁんどぅぇいぇキィミ、そぉぉぉんんぉおお『剣』、つきゅぅぅぅぁあああわぁぁぬぁいんんどゅあい?」
腰に差していながら、まだ一度も抜かれぬテュルフング――手をつけようとさえ、しない。
……だが。
トムは傾げていた首を直し――その狂気的な双眸をすっと細めて――
「そぉぉぉれぇぇとぉもぉぅうぉ……つきゅぅぅああああわぁぁなぁいんじゃなくってぇぇ、つきゅぁぁ――」
「――黙れえええええええええええええッ!!」
トムの言葉を、引き裂くように――ラディは雄叫びを上げ、短剣を片手に猛然と踊りかかる。
……だが――トムの弁舌を遮ることには成功しても、ラディの行為はあまりに無謀極まるものだった。
激情に突き動かされた、無謀な突貫――事実、ラディも叫んだ瞬間は正にその通りだったのだから。
だが、その足が床を叩き――そしてトムが迎撃の態勢を取ったとき、
彼の思考は非常に鮮明なものへと収束していた――どうすれば、この男相手に勝ちを掴み取れるだろうかと。
――『魔王』や『蒼い稲妻』さえも一蹴する、その力――その強さ。
誰にもたどり着けぬ『高み』へと到達している、圧倒的なまでの戦闘能力。
……それに、抗うにはどうしたらいい?
今のオレが持っているものは――何だ?
――技の冴えはオルステッドさんに及ばない。
――戦闘への意思はカインさんに及ばない。
――クレセントのように、莫大な魔力や膨大な知恵を持っているわけでもない。
――エルナのような天才的なひらめきがあるわけでもない。
――ミレイユのように柔軟性をもっているわけでさえ、無い――
切り裂かれた膝から噴出する血は、まるで怨念が絡みつくようにスピードを奪う。
砕かれた鎖骨のせいで、左腕はもう、斬撃を放てるほど自由には動かなくなっている。
全身がばらばらに砕けそうなほどのダメージ――失った血で、体力さえ衰えている。
――何が、ある?
……何が――
その時、触れる――腰の長剣の、柄。
慌て、手を離して――だが、ラディの目がはっと見開かれて。
――そうか。
そういう、事か――
「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
迫り来る、トムの姿――その手のナイフが動けば、最早現在のラディの体力で軌道を見切るのは不可能。
先手必勝だった。
右腕が閃いて――その必殺の投擲は、トムの左手からナイフを弾き飛ばすことに成功したのだ。
全身全霊を込め――全ての意識を集中させた結果だった。
そう、全ての意識――防御さえも考慮せずに振りぬいた一撃だった。
振り払った体勢。大きく開いた、体。
――見逃すはずが無かった。
その狂気の双眸が欄、と輝いて――右手のナイフが閃き、三本目の腕が疾駆する。
フェイントも何も無く――愚直なまでに直線的に、そして何よりも苛烈に刃は心臓を目指して。
……だが、瞬間――ラディの目が、勢いよく見開かれたのはその時だった。
肉を引き裂く、湿った音――刃が食い込む、感触。
だがそれは――ラディの心臓には、届かなかった。
何故なら――瞬間、それをかばうようにして突き出した左腕に、短剣の刃と三本目の腕のクローが刺さっていたからだ。
刃は手の甲を見事に貫き、柄の辺りまでが見事に引っかかっていた。
トムは慌てて、ナイフを引き抜こうとするが――
「――させるかァァァァァァァッ!!」
ラディはそのまま、貫かれた左手でトムの右手を握り締めた。
トムほどではないが――握力ならば、相当に自身がある。
万力のようにがっちりと固定されたトムの手首は、ナイフを握り締めたままということもあり、簡単には引き抜けそうに無い――
初めて生まれる、トムの動きの停滞。
そしてラディの右手には、いつの間にか左手から持ち替えた短剣。
最初に投擲したのは、短剣ではなく、鞘だったのだ――
――何を甘いことを考えていたのだろうか。
何も無いのなら、捻り出してやればいい。
暗黒騎士になるために――命一つ、持っていればそれでいいんだから。
今更それ以外に、失って困るものなど――オレには何も、無いのだから。
「だから……左腕は、お前にくれてやる」
交錯する、視線。
金の髪の下――紅の双眸を持つ若者が浮かべていたのは、勝利を確信して。
……そしてどこか自嘲さえ漂わせる、笑みだった。
「その代わり――オレは、お前の命を――奪わせてもらう!!」
閃く銀光。
肉を絶つ感触に続き、噴出した血流が二人の間を紅に染め上げた――
「ん……」
混濁とした意識から、ゆっくりとエルナは眼を開ける――視界に映ったのは、姉の顔。
「……大丈夫、エルナ?」
「姉さん……?」
……今は一体、どういう状況なのか――それを把握するために、エルナは意識を失う前の記憶を再生して。
「……ヒメ・ガリアは!?」
戦闘中に、気絶してしまうなんて――自分の不甲斐なさに唇を噛みながら、エルナはさっと視線を巡らす。
機械仕掛けの暗黒剣『D・ティアー』によって引き裂かれた地面、砕かれた壁面――
だが、そこにヒメの姿は無い。
不審に思い、エルナは視線を巡らせ――その視界に入った、炎の尖塔を見上げ、言葉を失った。
「ああ、あの子ならほら……あの通り、私が倒しておいたわよ♪」
「私が倒したって……」
あっけらかんに告げる姉に、エルナは少し驚き――少し呆れて姉を見返す。
だがミレイユは何がおかしいのか、ふふっと笑って手にしたハンカチでエルナの頬をそっと拭き取った。
その行動を不思議に思い、エルナはそっと自分の頬に触れてみるが――別段、傷も何も無い。
結局ヒメに一度も友好打を与えられていないことを考えれば、返り血というのもおかしいはずだが――
「ま、いいじゃないのよ細かいことは♪ ……それより、急がないと。
先刻から『魔王』に連絡を取ろうとしてるんだけど、何でか全然反応しないし……」
「……え?」
ミレイユの言葉に、エルナは自分の『ひそひ草』に耳を傾けるが――そこで聞こえるのは激しい戦闘音だけ。
恐らく、他の三人が『ブラッドバレット』と戦っている剣戟なのだろうが――オルステッドが向かった最奥に、強敵はいないはずだ。
そのはずなのに、未だに団長を仕留めたという報告が無いのは明らかにおかしい。
「……何かあったのかしら? でも、あの『魔王』が簡単に対処できないような、何かなんて――」
「――ここで考えてても埒が明かないわ」
頬に指を当てて小首を傾げる姉に、エルナはそう呟いて――立ち上がった。
粉塵に汚れてしまった白衣のすそを軽くはたいて――眼鏡のブリッジをくい、と押し上げる。
「――行きましょ、姉さん」
「そうこなくっちゃ♪」
まるで、墓碑のように高く、天窓を貫いてそびえたつ炎――その紅蓮の照り返しの中、ミレイユとエルナは部屋の出口へと走りよって――
「――なるほど……どうやら私も、少々慢心していたようですわね……」
「!?」
その声は――その幼い、そして理不尽なまでに自信と覇気に満ちた声は、今も燃えさかる、炎の中から。
よく見れば――炎の中、包まれる黒い影は未だにその形を全く崩してはいない。
怒りを――自らの詰めの甘さに自噴しているその声に。
……流石の二人も、言葉を失う――
「私ともあろう者が――自らの力を過信してしまうとは、なんという――屈辱ッ!!」
瞬間――ヒメを包み込んでいた炎は散り散りに弾け飛んだ。
炎の照り返しを受け、黄金に輝く糸の残滓が宙に舞う――それはある意味、幻想的な光景だったかもしれない。
「……このドレスに、『月』のカーテンの繊維を織り込んでいなければ……私でも、今のは危なかったですわ……」
降り注ぐ炎と、糸の中――魔法を内側から力づくで押し破ったヒメは――だが流石に無傷とはいかなかった。
その豪奢なドレスはところどころ煤け、燃え、スカート部分などはほぼ跡形もなく消し飛んでしまっている。
ドレスというよりレオタードに近くなった彼女の手に握られたD・ティアーも刀身の半分以上が熱に焼け落ち、
豊かであった長い髪も、ところどころが熱で縮れ、あの鮮やかな金の色を著しく損ねていた。
亡国の、戦姫――そんな言葉が似合いそうなほど、今のヒメの姿は痛ましい。
……だが。
「……獅子は兎を倒すのにも、全力を尽くす……私としたことが、そんなことを忘れてしまうなんて。
貴女達を見くびっていたこと――心からお詫び致しますわ」
だが――武器を失い、相当の痛手を受けていながら。
彼女はまだ、戦意を失っていなかった。
「……そして――同じ過ちは二度、繰り返しませんわッ!!」
いや――それどころではない。
ヒメから感じる、威圧感――戦意は衰えるどころか、先刻と比較にならないほど膨れ上がっている。
そして――その中に、ある独特な力の『流れ』を、ミレイユは感じ取っていた。
この『流れ』――そう、これはラディやオルステッドが戦っている時、感じるものと同質の存在。
……それは――
「……まさか『暗黒』を!?」
「その通りですわッ!! 見せて差し上げます――私の本当の力、本来の戦闘スタイル――
この選ばれし、『最強』の暗黒の能力――それこそがッ!!」
自らの放つ圧倒的な気迫に、その髪を靡かせ――暴風の中心にいるように、彼女の金髪が逆立って。
「版権無視空間――生成ッ!!」
瞬間――地面に叩きつけた、両の掌。
そこから溢れ出た、蒼の輝きの奔流に――二人は思わず眼を背け――
だが、世界全てを包み込む蒼の洪水は、時間にしてほんの一瞬、あったか無かったか。
ゆっくりと、掲げた腕を下ろしたとき――だが二人の眼下に広がっていたのは、見たことも無いような光景だった。
「な……!?」
目の前に広がるのは、ただ蒼――突き抜けるような蒼が広がっている。
部屋の面影はどこにもない――壁も天井も、跡形も無く消え去っていた。
足元には地面が無い――確かに「立っている」感覚はあっても、実際には宙に浮いた非常に不思議な状態。
そして、ただ蒼だけならば遠近感もつかめないのだが――ところどころ、重力を完全に無視したように、
ぷかぷかと何かの残骸のようなものが浮かんでいた。
それは建造物の一部であったり、剣や鎧の破片に見えたり――
果ては、バブイルの巨人を思わせるような、巨大な機械の腕や足といったものまで――
「……気分の程はいかがなものかしら?」
と――かけられる声。顔を上げれば、そこにはミレイユたちと同じように、宙に『立つ』ヒメの姿――
「ここは『版権無視空間』――私のこの選ばれし『暗黒』の力によって形成された特殊空間ですわ。
この空間内で起こった現象は、全て現実の世界に干渉を及ぼすことは無い……正に、決戦に相応しいバトルフィールド」
「……要するに、結界の一種ってコトね……」
――ミレイユが思い浮かべたのは、あの根源なる竜・白妙との激戦だ。
あの時、確かに自分達はホブス山を粉々に壊滅させてしまったはずなのだが――現実には今もホブス山は霊峰として健在。
それはあの時、あの戦いの前に白妙の形成した結界によって、現実とは切り離された空間で戦っていたからである。
つまり――
「ここなら建物の倒壊を気にせずに、思いっきり戦うことが出来る……そう言うワケね」
「ええ。――ですがそれだけではありませんわ」
その言葉に、眉を寄せるミレイユに対して――ヒメは唇を弧月に開いて笑うと、そのまま右腕をすっ……と掲げた。
そして、次の瞬間――音も無く、ヒメの着ていたドレスが一瞬で元の豪奢なものへと再生する。
否、それだけではない――髪や、すすけた頬などの汚れも全てが時を巻き戻したように元に戻る。
驚愕に言葉を失う、二人の前で――さらに鴉の羽を思わせる漆黒の羽飾りの兜に甲冑、巨大な槍を携え――構えて。
「ちょっとした、イメージチェンジなどいかがかしら?」
「服が、再生……それだけじゃない、物質を生成した……!?」
目の前で、信じがたき現象を目の当たりにさせられ、驚愕に呻くエルナだったが――
だが実は彼女よりも遥かに驚き、そして厳しい表情をした者がいたのである。
――ミレイユだ。
「……貴女……今、一体『何をした』の?」
「姉さん……?」
「今のもの――魔法じゃないわね」
痛いほど真っ直ぐに、ミレイユはヒメをその眼で射抜き――唇が推察を口にする。
「現象だけを見れば、クレセントの『メタモルフォース』に物凄く似てるけど……あれはまだ『魔法』だった。
――けれど、それは明らかに『魔法』じゃない――そして『暗黒』でもない!
こんな不思議な感覚は感じたことが無いわ……こんな技術は、この世界に存在してない!!」
「ご名答――よくお分かりになりました。ええ、その通り、これは魔法などではありませんわ――
この空間に漂うアストラルの武器や、私の記憶を元に……マテリアライズして生成したものですもの」
双方、聞きなれぬ言葉だった。……それが分っていたのだろう、ヒメはもう一度、嫣然と微笑んで――
情報の爆弾を二人へと放り投げた。
「私のこの『版権無視能力』の真髄――それは、こことは全く異なる世界の技術・力・技――
その全てを、何の制約も無く使いこなすことが出来ますのよ」
「…………!?」
「信じられないという顔をしてますわね――ですが、事実は事実――例えば、この様に!!」
ヒメは、手にした銀の大槍を天へと掲げる――その背から生えるのは、紅の色をした、天使のような翼。
魂を選定する者としての能力の副産物としてマテリアライズされたその羽を纏い。
高らかなる声で――ヒメは叫んだ。
「我と共に生きるは冷厳なる勇者――出でよ!!」
瞬間、ヒメの周りで紅の輝きが収束して――そして、彼女の前に物質の肉体を得て、現れた巨躯。
「…………クカカカカ……」
それは、異形の姿だった――
亀のような甲羅から、伸びた四肢と禿げ上がった頭は確かに、人のものに酷似している。
だが、その大きさは人の者よりも遥かに巨大で――そしてまるで、死んだ魚のような色をした肌。
剥きだした歯は、病的なまでに白く――それが返って、この異形の様を不気味なものへと強めていた。
「久々じゃねぇか、この感覚……肉体があるっていう、この充実感はなァ!!」
異形は、吼える――人の言葉で。
濁った輝きをその眼窩に溜めて――仮初の命を与えられたその喜びに、異形の周りに集まるのは水。
まるで彼の異様な高揚感を体現するかのように、いずこからともなく集まった水は、壁のように異形を包んで――
「バルバリシアやルビカンテのバカ共もいねぇ……スカルミリョーネのクソ野郎は今頃土でおネンネか?
まあ、いいさ――命をくれたんなら、見せてやろうじゃねぇか! この四天王・水のカ――」
――だが、異形が弁舌を述べられたのは、そこまでだった。
軽い拘束間に、四肢が包まれた瞬間――果たして気付けただろうか?
極細の『糸』が、その手足を瞬間的に切り裂いていたことを――
そして、その衝撃が脳髄に伝わる前に――閃いた白銀の大鎌は、その頚椎を鮮やかに両断している。
「それだけ大仰に言うから、凄いのかと思ったら――」
「――こんな三下程度で、私達の知能に勝てると思っているのかしら?」
姉妹、背をあわせ、その視線を向けたときには――すでに魔擲と糸は、詠唱すべき方陣を、そこに描いている――
「誘いて来たれ――紅皇の煉獄!」
瞬間、異形の姿は凄まじい焔に包まれ、一瞬で消し炭に変わり――その仮初の命を失った。
爆風によって吹き飛ばされたのだろう――燃え尽きず残った頭の一部が、ヒメの足元に転がってくる。
しかしそれを、手にした大槍でぐしゃりと叩き潰して――ヒメは改めて、ミレイユ達に向き直った。
「どうやら……本当に手加減をする必要は無かったようですわね」
D・ティアーが、凄まじい速度で自己再生を行う――それを横目で眺めやりながら。
ヒメはゆっくりと、右手を前へと掲げた。
「ならば私自身が――この力をもって直々に――お相手して差し上げますわ!!」
目を見開く、ヒメ――すると瞬間、彼女の装着していた甲冑が粉々に砕け、消滅した。
そして掲げた右腕は、ゆっくりと横に裂けだし――肘の辺りまで3つに裂ける。
だが瞬間、いずこから生まれ出たのだろう――現れた金輪が裂けた右腕をおさえるようにして填っていく。
そしてその上から、右腕全部を覆うようにして生成される――金属と有機のどちらの特性も兼ねたようなな金の装甲。
同時、右肩から生えるようにして現出した三枚の紅のプレートは、翼のように見えなくも無かった。
「さあ――ここでの戦い方こそ、私の真髄! 私を本気にさせた以上――
そう簡単に死ねるとは、思わないでもらいたいものですわね!!」
大鎌を構え、ブレンドを開いたもう片方の手に握るエルナ。
僅かに体を開き――即座に全方位に『糸』を放てるように構えるミレイユ。
そこに、ヒメの言葉に対して恐怖を感じている様子は無い――
この程度で動じる相手なら、そもそもこの『版権無視空間』を生成する必要など、無かったのだから。
……だから――
「行きますわよ……まずはこれから!! ……衝撃の――!!」
ヒメの右肩から生えた、プレートの一枚が砕け散る――瞬間、それは爆発的な推進力となり――
「――ファァァァァァァァァァストブリッドォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
D・ティアーの唸り声を尾に引いて。
突貫したヒメの拳と剣は、ただ真っ直ぐにミレイユ達に向かっていった――
「ハハハハハァ!! どうしたどうしたオルステッド――先刻までの威勢はどこに行ったんだオラァッ!!」
ストレイボウの放った、真空二段蹴り――それを転がるようにして躱すオルステッド。
少しづつだが、右腕の感覚は戻ってきている――挑発に乗らないのは至極当然の行為。
後は、せめてブライオンを回収できればいいが――しかしそれをストレイボウは許さない。
「ハッ――てめぇはそうやって、逃げてる姿が一番似合ってるぜオルステッド!!
思い起こせば、お前はいつもいつもいつもいつも――逃げてきて生きてきたんだからよォッ!!」
ストレイボウの両腕――右腕と左腕、それぞれから放たれる手刀は片方は燃え、片方は凍てついている。
その付き自体をかわすことはそう難しいことではないが――剣を取りにいけないのに変わりは無い。
「なにが『勇者』だ……なにが『真に強い者』だ!!