Final Fantasy W 

 After story

 

第四十六話 〜battle #4  ~ Insanity-prelude mix~

「お前が何故、ここにいる……答えろ――ストレイボウ!!」

褪せた血の色に軋んだ、その絶叫のような誰何が――開けた室内に、殷々と木霊する。

それはまるで、過去の悪夢がゆっくりと這い上がってくるかのように。

ゆっくりと、自身が侵されていく――蟻走感にも似た感情を払拭するように――オルステッドは叫んでいた。

「……俺が……ここにいることが……そんなに不思議か? オルステッド」

海のように、深い蒼――顔に垂れかかった豊かな長髪を、指で弄いながら。

嘲笑の波動を、声に秘め――それでも表面上の無礼さは見せないよう、男――ストレイボウは口を開く。

まるで白昼、悪霊にでも遭遇したかのように顔色を失ったオルステッドを嘲笑いながら。

「まあ、お前がそんな顔をするのも、わからない話じゃあ、無い……。

俺がここにいるはずがないことを、一番良く知っているのは――お前なんだからなぁ、オルステッド?

なにせ、俺は八年前のあの日、あの場所で――」

驚かないわけが無かった。

弧月に割れたその唇から、漏れ出す声も。

無意識のうちに、指で前髪の毛先を弄う――その癖も。

端正な顔に貼り付けた、神経質そうな――どこか少し、病んでいるようなその微笑さえも。

何も変わっていなかった。

八年前のあの日から――何も変わって、いなかったのだから――

「――あの場所で、殺されたんだからな……他でもない、オルステッド――お前に」

 

 

重い靴音――重量と、金具の触れ合うかすかな金属音を纏って。

律動的な歩みは、全く崩すことなく歩く、漆黒の重甲冑――クレセント。

進入組で、彼だけが――盗賊達の追撃を受けてはいなかった。

――いや、違う。

静かに響く靴音に、耳を澄ませば――かすかに聞こえるのは断末魔。

クレセントが無詠唱で発動した、ファイガ・ブリザガ・サンダガ――

それらがまるで不可侵の領域のように、盗賊達の侵入を食い止めていた。

一瞬で燃え尽き、凍て付き、微塵に焦げて闇に溶けていく――

兜の奥にある瞳は、まるで五年前のそれに立ち返ったように温かみを失っている。

しかし――五年前と違うのは、その奥底にある意思の苛烈さ。

操られ、曖昧模糊とした中に、この虐殺とも形容できる侵攻を行っているわけではない。

自らで考え、選択し――覚悟を決めてでの末の行動だ。

真一文字に、口を閉じたまま――クレセントは無言で廊下を突き進む。

絶叫、悲鳴、喘ぎ――

廊下に渦巻くのは、この見えない加害者に対する恐怖、恨み――呪詛。

声はととかずともそれは、まるで嵐のように渦巻いて――思わず顔をしかめたくなるほどの濃度で立ち込める。

その中を、微塵の動揺も見せずに歩くクレセントは――何も感じていないのではない。

単に、慣れているだけだ。

吹き荒ぶ冬の嵐のように、心を蝕み――喰らっていく、この感覚。

この感覚の中で、自分の人生の半分以上を失っていった。

ラディ達と旅をして、しばらく――こういったものには触れてこなかったが。

やはり自分には、争いの無い静寂よりも――恐怖と混沌に塗れた、この様な場所こそ似合いなのだろうか――

そんなことを頭の片隅で考えながら――彼の巨躯が、廊下の終焉を潜り抜け――集結点である部屋へと辿り着いたとき。

「……ようやく、ご到着、ってか……」

その声は――自分の目前、部屋の中心から。

自分と拮抗するほどの逞しい巨躯・禿頭に――シニカルな笑み。

『ブラッドバレット』リーダー――ゴルズ・アリトその人である。

――クレセントは一瞬、息を呑んでいた。

気付けなかったのだ――彼がここにいたことを、その視界に直接、納めるまで。

気付いていたのならば、この部屋に立ち入る前に――魔法で仕留めてしまっていただろう。

だが――巨体に似合わず、まるで陽炎の様にその気配を絶ち、気取らせることが無かった――

あの酒場での一軒ではその戦闘能力の程を窺い知ることは出来なかったが、やはりこの男もブラッドバレットなのだ――

手にした機械『オートボウガン』はすでに、クレセントの心臓を確実に狙点している!

――しかし、次の瞬間――爆発音とともに真っ二つに裂けたのは――ほかならぬその『オートボウガン』だった。

「ひゅう……一発でオシャカか。案外アンタ……速ぇんだな」

「迅速さは尊ぶべきことだからな」

手を翳した、クレセント――その掌からは、残滓のようにばちばちと空気を焦がす雷光の迸り。

クレセントが、無詠唱で放った『サンダガ』は――まるで神速の剣の一閃が如く、オートボウガンを叩き斬っていたのだ。

「……お前が、私の魔法の生成過程を『知る』ことが出来るということは、以前に教えられたからな……。

だが、私は通常の魔法ならば詠唱など唱えなくとも行使できる。

……そして空気放電とはいえ、この距離ならば稲妻の到達速度は光速のそれと数ミリ秒程度しか変わらん。

その時点で……お前のこの敗北は決まっていたということだ」

「……こいつぁ驚いた。魔法使いってのはみんな揃って頭の固ぇ馬鹿共だと思ってたが……。

 悪かったな、正直アンタをみくびってたぜ」

「あながちそうとも言い切れんぞ? ……私とて、一人では……逆の結末を迎えていたのかも知れんのだからな」

 

 

「……クレセント。ちょっと……話があるんだけど、いいかしら?」

会議が終わり、襲撃までの僅かな自由時間――何をするでもなく部屋で時間を過ごしていたクレセント。

彼の部屋に、控えめながらも短く、的確な.ノックとともに訪れたのは――亜麻色の髪の利発な少女だった。

「ちょっと話しておきたいことがあるんだけど……いいかしら?」

「構わんが……エルナの方こそ、時間は大丈夫なのか? ……過小評価しているわけではないが、

 やはりその肉体では今から睡眠をとっておかなければ、深夜という時間帯を考えたときに行動に支障を――」

「この体になってから何日徹夜をしてると思っているの? ……私の心配ならいらないわよ」

クレセントの言葉に、くすくすと笑って――しかしエルナはすぐにきりりと表情を改めると、

「昨日の襲撃……私は意識を失ってたから、後で姉さんに聞いた話なんだけど……。

 襲撃者の中で一人、自動的に矢を番えて発射するボウガンを持っていた男がいたって……本当なの?」

「……その通りだ。確か、『オートボウガン』……そう、呼んでいたはずだが」

あの時――ヤンを助けようと、リーウェイルにのみ効果を及ぼすよう効力を改編させ、魔法を詠唱していた中――

秘匿していたはずのそれをあっさりと看破し、自分へと警戒を放ったあの禿頭の男――ゴルズ。

「で……クレセントから見て、その武器はどういう風に見えたの?」

「それは――……」

何かを口にしようとし――それを言い淀むクレセントに。

「オーバーテクノロジー……『バブイル・ウィズダム』が使われていたんでしょう?」

「!?」

「クレセント……忘れてない? 私はこれでも、バブイル・ウィズダムの解析を行っていたの――

 この蒼き星の人間の中では、唯一貴方とまともに文明技術に関して話が出来るって言う自負はあるわ。

 だから……遠慮しないで、話して? 他人ならともかく、私ならきちんと理解できるんだから」

「……そうだったな……」

エルナの言葉に、クレセントはふっとその表情を緩め――

「……原理自体にはそう、難しいことを行おうとしているわけではない。

 このままの文明の発展を見れば、5年後には同じものを製作することも可能だろう。

 ……だが、今は5年後ではない――現状の標準的な機械関連の技術水準であれを作成するのは不可能だ。

 あれだけの破壊力のまま、ああも小型化するには……それこそ初歩とはいえ、月の技術を使わねばなるまい」

「……ふぅん……」

当時の記憶を思い返し、考察するクレセントに――エルナはしばらく聞き入っていたのだが――

「ねえクレセント……それって――これのことじゃないかしら?」

そう言って――エルナは後ろ手に持っていた書類入れから数枚、クレセントに提示して見せた。

言われるがまま、ざっと眼を通して――クレセントは静かに頷くと、

「その、通りだ……外見的特長も、名称も……あの時見た起動状況から推察出来る内部構成も見事に一致している」

その言葉に――エルナは満足げな笑みを浮かべるとぴっと人差し指を立て、

「これ……ドクター・ルゲイエの製作していた武器の、製作までの過程を自身で綴った資料なの」

「……ルゲイエの……?」

ルゲイエ――そう聞いて、クレセントが思い出すのは――かつては自分が従えていた、一人の老人。

まるで松の老木のように細り、乾いた全身――その中で不自然なまでにぎらぎらと輝く、二つの双眸。

だが――科学者としては確かに非常に優秀で、いくら月の技術で建造されていたとは言え――

風雪に晒され、年月から来る老朽化にあちこちに異常の見られていたバブイルの塔の機能を復旧させ、

それどころか月の技術をほぼ完全に理解し、巨大砲の創設や飛空艇の発着ポート、さらに『赤い翼』の改良化……。

ざっと思いつくだけの功績だけで両手が埋まるだけの実力を兼ね備えた『狂人』だった。

「……彼は言ってみれば、この蒼き星に無数残っているオーバーテクノロジー……

今で言う『バブイル・ウィズダム』の解析・研究における第一人者――

もっぱら得意としていたのは兵器関連のものばかりだったけれど、資料は大分役に立ったわ。

バブイルの巨人のデータを参考に、自身を持って汎用人型兵器を完成させた『ルゲイエボーグ』辺りなんかは、

そのまま巨人の内部構造の解析のいい指標になっているし……」

「……そうか」

平和利用を考えて確立された技術が、兵器に転用されて恐怖と破壊の象徴となることは世の常だが、

兵器として確立された技術を今、こうして一般用に組みなおすための指標とする――

本当に、歴史とは翌日には何が起こるかは判らないものである。

「……しかし、何故有名とはいえ……一介の傭兵がルゲイエの開発品を保有しているのだ……?」

「多分だけど……この『オートボウガン』は比較的、初期の頃に製造されたものなの。

 そして製造しても、せいぜい試作品用に一つきり……実践時のデータ採集用だと思うんだけど。

 彼はいくら天才だったとはいえ、結局のところは個人で研究開発を行っていたから資金的にもそれが限界だったと思うわ。

 ……そして兵器や武器でデータを採取するんなら、一番手っ取り早いのが――」

「実際に戦場に赴き、使用させる……か。なるほどな」

エルナは頷き――

「実際、この当時……ドクターは個人的に傭兵を雇っては、

自分の開発した武器を使わせていたみたい……そして報酬は、テストに使った武器自身。

中には失敗作もあったみたいだけれど……基本的に『バブイル・ウィズダム』を転用した兵器だから、

その威力は折り紙つき……傭兵の間ではそれなりに有名だったらしいわ」

「……ふむ」

クレセントは深く頷き――しかしそこでふと顔を上げると、

「で……それは判ったのだが……何故エルナが私の部屋を訪れたのか、その真意が見えんのだが」

「ああ、ごめんなさい……長く話しすぎちゃったわね」

エルナは苦笑して――そして、自分の手にした書類入れを、そのままクレセントへと手渡した。

「……これ、ドクターの生前……特に傭兵に武器のテストを依頼していた頃に開発した武器の資料。

 クレセントなら、ここからそれぞれの武器の特徴や欠点……見えるでしょ?

 そう思って持ってきたの……良かったら使って」

「……そうか、それは助かる……が……」

がさがさとその中から書類を取り出し、眼を通しながら――クレセントは呟く。

「……一概に、こういう書類は部外秘のものだと思うのだが……これはエルナの私物ではないのだろう?」

「へ? え、えっと……それは――」

右隅の方に、白で修正した不自然な跡――光に透かせば見えてくる『部外秘』の赤い文字。

「………………」

「い――いいのよ。地下開発研究所の主任は私なのよ? 誰も文句なんて言わないわよ」

エルナにしては珍しく、無言のクレセントから目を逸らすなり、言い訳のように早口で呟く。

「……それに別に、だったら私の関係者になればいいだけの話なんだし……」

「……? 何か言ったか?」

「べ――別に、何も言ってないわよ」

こほんと、咳払いをして――すっとその琥珀の瞳が、クレセントのそれと向き直る。

「……今回の作戦、カイン・ハイウインドやラディなら……私が心配するだけ無駄なくらい強いんだし、

 姉さんには私がいる……対策を考えることも出来る。でも……クレセントは一人でしょ?」

「……そうだな」

最も抵抗の激しいだろう北に戦力を集中させるのは必須。

ミレイユとエルナは戦闘能力は高いが、別に戦闘訓練を受けたわけではない――個別に投入するには少し危険だ。

戦力的に考えれば、最善とは言えないが、妥当な線――仕方の無い話だ。

「クレセントは確かに魔法にかけては他者の追従を許さないし、頭も私に匹敵するほど冴えている。

 単純な格闘能力だって、そこらの有象無象が束になったって一蹴するくらいの力は備えてる。

 ……正直、万能だと思う。心配なんてしなくても、クレセントなら大丈夫だ……って、そう思うときもある」

言葉を、捜すように――基本的に、自身満面に断言する彼女にしては珍しい様子だった。

それでもクレセントは言葉を挟むことなく――ただ静かに、エルナの言葉を待つ。

「……私は、別にクレセントの力を過小に見てるわけじゃない……けど、聞いた話に、あの酒場の惨状……。

 『ブラッドバレット』は相当の戦闘能力を持ってる……それも、己の肉体を最大限に駆使したタイプの。

 ……クレセントも確かに、『トールハンマー』を使った戦闘力は相当だけど……

でもクレセントの戦闘能力の真価は、後方からの魔法での攻撃……でしょ? 

 ……もしかしたら、私のこの心配は、余計な事……余計なお世話かもしれないけど……。

 それでも、私はクレセントの心配がしたいの。……私だけでも、そうしてあげたいから……」

そのまま――言葉は彼女の奥へと呑まれていく。

耳の先まで赤くして――そのまま言葉も無く、うつむいたエルナに。

「……ありがとう」

クレセントは軽く瞳を閉じて――静かに、少女に感謝の言葉を告げた。

 

 

「……戦場に『もしも』なんて言葉はねぇさ……アンタは手を読み、オレは撃たれた。それだけだ」

クレセントの言葉に――ゴルズはシニカルな笑みを浮かべて――大仰に肩をすくめる。

「ならば……もう抵抗の意思は無いと?」

「あ? ……バカ言ってんじゃねぇよ。アンタはあくまで、武器の一つをオシャカにしただけ――

 現実ここに、オレはまだピンピンしてるだろうが――ッ!!」

瞬間――ゴルズの動きに、クレセントは無詠唱で再び、サンダガを放つ。

無詠唱ゆえに、普通の魔道士が使うものと威力は変わらない――だがそれでも、雷系最大魔法。

人間一人、炭に帰してしまうことなど造作も無い――雷光は、蛇のように顎を開いて。

――だがしかし、ゴルズの動きは、クレセントへの攻撃のための手段などではなく。

そうであるが故に――クレセントよりも、ゴルズの行動が完了する方が一歩早かった。

懐に手を入れ、何かを掴む――瞬間、雷撃はゴルズの目前で大きく口を開けて。

……そして、彼を飲み込むことなく四散した。

「なに……!?」

まるで見えぬ壁でも屹立しているかのように――雷撃は散々に霧散し、空気を焦がして消失する。

だが、自失は一瞬――続き氷柱(つらら)が嵐の如く叩き込まれ、爆炎が視界を席巻する。

詠唱者本人であるクレセントでさえ―― 一瞬、肌の焦げるようなひりつきを覚える至近距離での『ファイガ』。

……だが――

「……残念だったな。がっははははははは!」

大きく笑ってみせるゴルズには――火傷の跡一つとして無い。

今の連撃で、室内の壁や床は焦げ、若干色合いが変わっているが――ゴルズの足元だけが円形に、全く影響を受けていない。

……それが、ゴルズの周りにある不可視の壁の存在を、無言のうちに語っていた。

「……オレだって、一応考えもなしに戦ってるワケじゃねぇんだ……こちとら30年、これで食ってる。

 その間、魔道士を相手にしたことが一度も無いとでも思ってたのか……甘く見てもらっちゃ、困るぜ」

にやりと、ゴルズは笑って――懐からゆっくりと、それを取り出す。

大きさは、丁度掌に乗る程度だろうか――彼の手の中で淡く発光していたのは。

丸く、独特の艶と光沢を持った、一つの巻貝の貝殻――

「……最近じゃ魔道士も知らねぇらしいが……アンタなら、多分判るだろ? これが何なのかをな」

「……螺貝(つめたがい)か……!!」

苦々しく呟いたクレセントの奥歯が、ぎり、と鈍い音を立てた。

螺貝(つめたがい)――それは紛れなく貝、体長8cm程度の貝なのだが――しかしこの貝には、ある特殊な性質がある。

それは、この独特の光沢を持つ貝殻――これが凄まじいまでに魔法に対して耐性を持っているのである。

その力の程は――黒魔法の中でもトップクラスの破壊力で知られる『フレア』さえも無効化すると言えば判るだろうか。

反射ではなく、その威力を減退・もしくは無効化するという点で『リフレク』とは異なり、

似たような効果を持つ『シェル』とは比べ物にならないほどの耐性能力を持っているため――魔道士にとっては致命的な道具だ。

そのため、魔法の権威を失うことを恐れ――ミシディアは国を挙げてこの砑螺貝の情報を秘匿。

さらにはこの貝の存在自体隠蔽してしまおうと、各国にいる魔道士に協力を要請し、この貝の有害性――

非常に獰猛な肉食性で、他の養殖貝をいとも簡単に捕食してしまう情報を世界中に流布した。

かくして、海に面する各国でこの砑螺貝の駆除が行われ――現在では絶滅したとさえ言われる、希少な存在でもある。

「……『ブラッドバレット』には、魔道士ってヤツが一人もいねぇ……全員自分の体で戦ってるからな。

 だから、魔道士を相手にするときがちょいと心配でな……っても真正面からぶつかりゃ、

魔法唱える前にぶっ殺すだけですむからいいんだが……やっぱ、魔法ってのは十分に脅威なんだよ?

ま、オレはこの貝殻と、生まれつき、魔道士が何の魔法を『作ってる』のか『見える』こいつで切り抜けたってワケだ。

アンタの魔法は相当、強力みてぇだが……詠唱なしだと、そこらの魔道士のそれとあんまりかわらねぇみたいだからな。

オレも手を読んで、封じさせてもらった……ってぇワケよ! がっははははははは!!」

大声で笑い飛ばすゴルズに――クレセントは自分の失策を認めざるをえなかった。

言ってみれば、無詠唱で唱えられる魔法こそ――対ブラッドバレットへの、自分の秘策のようなもの。

しかし、いくら貴重とはいえ、砑螺貝が出てくるとは思わなかった――その判断の甘さこそが、この事態を引き起こしたのだ。

「多分、アンタみたいなのなら……時間をかけりゃ、この貝殻の力を突き破るような魔法も唱えられるんだろうよ。

 だが、詠唱のヒマは与えねぇ……だから本気で――やらせてもらうぜ」

言って――ゴルズは背に負った、例の長大なハードケースを、自分の目の前に叩きつけるようにして。

「こいつを起動させるのは……久しぶりだなぁ――っと!」

ハードケースの上方にある、窪み――かなり奥行きのあるそこに、ゴルズは逞しい二の腕を差し入れ――そして、捻る。

瞬間――ケースを封印していたボルトに内蔵されていた火薬が弾け、激しい音とともにハードケースは二つに割れた。

中から勢いよく飛び出したそれを――左腕で悠然と掴み、構える。

それは、一見すればただのトンファーに見えたかもしれない。武器としての構え方は正に、それだ。

だが、その武器がそんな生易しいものではないことは――どんな素人だろうと、すぐに判るに違いない。

なにしろ、その武器の大きさは軽く1m以上――無論その太さも、長さに合わせ相当に太くなっている。

重量も恐らく半端ではあるまい。

そして何より、目を引くのが――複雑な機械仕掛けで出来た棒状部分の、その形状の異様さだろう。

幾枚ものプレートとホイールを重ね合わせ、殴られれば挽肉にされそうな痛々しい突起が無数にある、それが――

ゴルズが持ち手の部分を強く握った瞬間、凄まじい音を立てて振動・回転を開始したのだ。

エルナから手渡された資料の中から、クレセントが思い出した名称は――ミンチドリル。

その名の通り、超高速で起動する幾枚ものプレートとホイールで、触れた対象を粉々に粉砕する破壊力重視の武器だ。

そして、先刻手を入れたハードケースの上部――それもまた、ゴルズの右腕に新たな武器として残っていた。

こちらは、円錐状の刃に無数の溝がついた標準的なドリル――高速回転しているそれの破壊力は、やはり高い。

「オレの二つ名……『ブラッドドリル』……それは名前の通り、オレの使う武器がこの『ドリル』って事から来てんだ。

 何もかもを木っ端微塵に粉砕する漢の武器……この感覚、判んねぇかもしんねぇがな」

「………………」

ある程度――二つ名から、予測はしていたことだ。

この二つの武器に関しての資料も眼を通し、対策を練ってはいた。

……だが、今『螺貝(つめたがい)』で無詠唱の魔法を封じられてしまっている以上――その対策を取ることができない。

(……やはり、最終的にはこうなるか……)

低く重く唸る、二つのドリルの起動音の中――心の中でひとりごちて。

眩き光彩、我が手の内で収斂し……具現せよ、神の槌」

そしてクレセントは掲げた右腕に――詠唱を完了させ。

「トール・ハンマー」

瞬間――収束した稲妻が巨大な戦鎚となって彼の手の中に顕現する。

それを、目の前に翳すようにして構え――迸る電光が、彼の黒い甲冑を不気味に浮き上がらせていた。

「……結局は力押し、か……だがこれならば、砑螺貝の影響を受ける心配も無い」

「みてぇだな……向き合ってるだけで、ヤバそうな匂いがプンプンしてきやがる」

「何故……詠唱を止めなかった?」

「あぁ? ……まあ、オレを直接狙った攻撃じゃないっていうのは見えてたからな。

 それに……どうせやるんなら、互い全力で徹底的にやった方が……楽しいじゃねぇか」

ゴルズはにやりと笑って――全身の筋肉を緊張させる。

瞬間、今まで抑えていた気迫が爆発するように彼の全身から溢れ出し――手にしたドリルと絡まって、

まるで暴風の気流のようにクレセントを圧迫し、その全身を叩いた。

……相対するだけで、この圧迫感。この存在感。

だが――クレセントの瞳に、心に――敗北の恐怖など存在しない。

「私の詠唱を……魔法の構成を『見て取る』とはな……。訓練次第では、私を超える使い手になっていたかもしれんな」

「ま、そうなったとしても遠慮させてもらうぜ。デカい魔道士は、アンタ一人で十分だからよ」

「そうか……そうかも、知れんな」

クレセントは、苦笑に近い微笑を浮かべ――ゴルズの口端が、シニカルな弧月をそこに描く。

空気を震撼させるような回転音――そして空気を焦がす放電音が、奇妙な静寂を掻き乱して。

戦いの予感に、互いの存在を主張するように。

……そして――

言葉も無く、二人の巨漢は空気を引き裂くようにして互い、武器を振り上げ――猛然と踏み出していた――

 

 

「……今でも、あの時の事は忘れない……忘れられない。

 お前の手にしたその聖剣が、オレの心臓を貫いた異物感……目の前で、剣先が赤く染まって」

すっ……と、ストレイボウは自分の胸の辺りをそっと撫でる。

そのローブには、傷どころか綻び一つ存在していないが――その指が示していた場所が、

かつて『ブライオン』が貫いた場所と全く同じ場所ということを――オルステッドは痛いほどに知っていた。

「あの時、私はお前の最期を……息を引き取ったその姿を確認した。

 だというのに……何故、今……お前は、ここに――」

「――ああ、そうだな……俺は確かにあの時、お前に心臓を刺され……死んだ」

流麗な顔に、神経質な笑みを貼り付けて――ストレイボウの唇は嘲るように言葉を紡いだ。

「……だが、俺は今こうして、ここにいる……この事が判るか? オルステッド」

くつくつと、肩を震わせて――ストレイボウは不気味に笑う。

だが、オルステッドを見るその瞳だけは笑ってはおらず――

深い海の色を称えたその瞳は、冷静を装った中に凄まじいまでの歪みを隠し、ぎらぎらと輝いている。

「俺は! 選ばれたんだよ!! そして手に入れた!!

 今度こそ、オルステッド――お前を乗り越えるだけの『力』を!!」

「選ばれた……だと!?」

「ああ、そうさ……俺は今、強大な力を持つ……言ってみりゃ『大いなる存在』に仕えている。

死んで、どこかを彷徨っていた俺に力を貸し与えてくれた……もっともそれは無償ではないがな。

 今の俺には、するべき事が出来た……お前も見たのだろう? ファブールのクリスタルの……あれを」

「……!? 何故それを……まさか!」

「あぁ――そうさ。あれをやったのは……この俺。

 だが残念だったな、オルステッド……あの『ハジュン』は所詮、影でしかないのさ。

 あの時戦った『魔王』が――ただの影武者でしかなかったみたいにな!!」

「何だと……!?」

哄笑する、ストレイボウ――彼はその長い前髪をかきあげるようにして嘲笑を形作ると、

「あの一件はな……終わってなんかいないんだよ。お前が消したのは、所詮影……幻影。

 本体であるこの俺が生きている限りはいくらでも作り出せる哀れな虚像さ!!

 お前は所詮、俺の掌の上で踊ってただけなんだよ……この、俺の、掌の上でな!!」

 

 

星の瞬き、月の輝きだけがほのかに闇を照らす、清閑なファブールの夜――

しかし今、遥かな地平の果てに群れる紅の輝きを見て取ることが出来るだろうか。

静寂を引き裂かんとばかりに、禍々しい輝きを放つその光点は、まるで地形そのものがうねり、迫るかのように――

「な……何なんです、あれ!?」

ファブール城、城外――迎撃の命令を受け、集結していた傭兵達の一人――金髪の女性が上ずった声を上げる。

「……ドモボーイ。ゴブリンの亜種……というより、上位種と言ったほうが正しい。

 後肢で立っているだけあって、この類のモンスターにしては知能レベルは高い……言語こそ使えないが、

 道具を使い、衣服を纏い、集団を作って襲い掛かるだけの組織的な行動を取ることができる……。

 ただ、ここまでの大群となって組織行動を取ったと言う前例は……見受けられないな」

「なるほど。今の状況は、なかなかに異常事態に陥っているってことだ、と」

「って、先輩達! 私が聞いてるのは、そんなことじゃありません!!」

淡々と、深いモンスターへの知識を開陳した禿頭の巨漢――それに同意した赤毛の男を、先刻の女性は睨みつける。

「今回の相手って、確か盗賊団なんでしょう!? なのに何でモンスターが――」

「――甘えるんじゃない、イリーナ」

と――声を裏返してまくしたてていた金髪の女性に、冷ややかな声を返す赤毛の男。

どこか皮肉げな双眸をすっと細めると、彼は視線を女性から、異常発生したドモボーイ達へと向けて――

「オレ達の受けた仕事は、この城に襲い掛かってくる襲撃者の迎撃……。

 なら、人にしろモンスターにしろ、襲撃者は迎撃するだけのことだ、と」

「……ですけど――」

「オレ達はプロフェッショナル――仕事中に弱音を吐くのは厳禁だぞ、と」

そこまで言った時――すでに赤毛の男は完全に女性から意識を前へと移行していた。

腰元から取り出した棒――それは、なれた手つきで一振りするなり、適度な長さの硬質なロッドへと変化する。

一方、禿頭の巨漢もまた――言葉こそ無かったものの、サングラスの奥の瞳はすでに女性へと向けられていない。

不ぞろいに生えた牙から唾液を撒き散らし――鬼気迫る様子で迫るドモボーイの群れを静かに見据え、

手にはめたレザーグラブの締め具合を調節する――完全に臨戦態勢に入った様子だ。

「……わ、私だって別に、弱音なんて吐いてません――ちょっと面食らっただけです!」

頬を羞恥にかっと染めて、金髪の女性は怒鳴る。

だが――そこにはすでに、先刻声を上ずらせていた弱く揺れる感情はどこにも無い。

プロフェッショナルとしての意地――そしてプライドに、きっと遥か先のドモボーイたちを鋭く睨みつける。

「……その負けん気があるなら……大丈夫だな、と」

誰にも気付かれぬ程度に、赤毛の男は微笑し――

そしてドモボーイ達と傭兵達は、血で血を洗う戦闘に突入した。

 

 

「――だがな、オルステッド。俺にとってはもう、その『しなければならない事』も……どうでもいいんだよ」

「どういう……意味だ?」

オルステッドの言葉に――ストレイボウは笑顔を浮かべる。

「……相手の正体も判らない。しかも、俺を利用しようとしている雰囲気は明白……。

 得体の知れなかった相手との取引……しかも、相手がそれを守るなんて判りもしない。

 そんな眉唾な取引を、それでも俺が行ったのはな……お前を今度こそ、この手でくびり殺したかったからだよ」

ストレイボウの流麗な顔は、何者をも許す天使の微笑で――彼は業炎の妄執に彩られた言葉を紡いだ。

「……もう一度、こうやって舞い戻ってきてからずっと……俺はお前に復讐することだけを考えてきた!

判るか? お前に……どれだけ血反吐を吐くような努力を重ねても、絶対に超えられないことの屈辱が!

 だから今度は……お前にそれを味わせてやる。この『選ばれた』俺が手に入れた、与えられた『力』で……。

 お前の全てをねじ伏せて、この屈辱をゆっくり味わせてから……殺してやる!」

瞬間――ストレイボウの全身から噴出す魔力――そして、気迫。

まるで地獄の火焔を思わせる執拗なそれの中で、彼はにやりと、笑みを浮かべる。

濁った汚泥を連想させる――端正な中に、どこか顔を背けたくなるほどの腐臭を漂わせるような笑みで。

「……まずは昔の再現といこうじゃないか――なあ?」

そう言うなり――ストレイボウはロッドの石突で、床を軽く叩いた。

瞬間――現れたのは、先刻オルステッドが葬り去った盗賊達の亡骸だ。

……いや、違う。

すでに、命を失ったはずの盗賊達――しかしそれがオルステッドの前で今、ゆっくりとその体を起こし始めている。

失った手足は、全く別の存在を取り込み、新たな肉体器官として――それは石や水などといった無機質なものから、

果ては亡骸同士さえもが滅茶苦茶に融合し、体を全くの異形へと再生して――

やがて、十数名いた盗賊達の遺骸は――最終的には3体の存在となって、オルステッドの前に向き直った。

一体は、辺りにあった石像や床を吸収したのだろう――その両腕は、ひじから先を巨大な石へと変化させている。

その隣にいる一体は、どういう変遷を経たのか不明だが――暗黒の不定形な球体から、上半身がせり出していた。

……そして最後の一体は――その輪郭像がやや、ぼやけている――まるで液体で出来た人間のように。

事実、腕の一部や髪――肢体にまとわりつくようにして、肉体が形状を保てずどろりとした液体のまま残っていた。

彼らはどこか、虚ろな表情で――しかし敵意と殺意を隠そうともせず、オルステッドを睨みつけていた。

その三体のどれもが、人間の貌をしていて――だがその眼窩にあるのは、人間では決してありえぬ輝き――

「『恐怖(フォビア)』――覚えてるか? 俺があの時お前に差し向けた、俺お手製の合成人間さ。

 あの時は一体作るのにも苦労したが……今の俺なら、この程度のことは造作も無い。

 勿論あの時差し向けたような失敗作と違って――今のこいつらの戦闘能力は段違いだがな」

自分の研究を発表する科学者の表情で――ストレイボウはオルステッドに笑いかけて。

「そうそう簡単に、死んでくれるなよ――?」

その長い指を弾いた瞬間――三体は示し合わせたように同時、オルステッドへと襲い掛かっていった――

 

『ブラッドニードル』と『蒼い稲妻』――

紅と蒼、黒と白、傭兵と騎士――そして互いに強さの頂点を垣間見る実力を備えた者。

二人の戦いは、やはり余人の入り込む余地の無い――壮絶なものだった。

黒人の美丈夫・リーウェイルの放つ『針』は、一見無作為に全方向に――ただ闇雲に飛ばしているだけに見える。

だが勿論、事実はそうではない――

「…………どうした……『蒼い稲妻』……私へ攻撃を仕掛けてこないのか……?」

「……クッ!」

薄く微笑したリーウェイルに――応える苦いカインの声は、四方八方から――

そう。リーウェイルの攻撃は一見、無作為に見えるが――それらは全て、部屋中を移動するカインを的確に狙っている。

カインの移動速度があまりに速く――そして部屋中を全て使用しているために、まるで全体に放射しているように見えるのである。

「…………速度……角度……回避パターン……全て私の捕捉圏内だ。……私からは…………逃れられない」

逃げる――カインにとってある意味、屈辱とも言えるその言葉――しかしカインはそれを認めざるを得なかった。

実際、戦闘を開始してから――カインは一撃を加えることもなく、ただ部屋中を飛び移っているに過ぎないのだから。

リーウェイルの射撃はそれほどまでに正確で鋭く、そして――止まらない。

彼の言ったとおり、カインがその影を縫いとめられているかのように寸前壁に突き刺さっていく針も、

次の瞬間には消失し――リーウェイルの甲冑に再装填され、そして発射される。

そのプロセスを止める手段は無い――もし、甲冑に再装填される針を曲げてしまえば、

転送した際に砲塔が使用不可能になるのでは――そう思い、針を捻じ曲げてみようとしてみたのだが、

このリーウェイルの針を形成している金属は恐ろしいまでの弾力性を兼ね備えており、

どれほど強く弾こうが曲げようが、絶対に『折れない』のである。

かといってこの針の嵐の中――的確に心臓や頚椎・頭部を狙って撃ち込まれている以上、

全力で回避しない限り確実に命を落とす――そのために攻撃の機会をなかなか見出せないでいた。

……だが、何より一番厄介なのは――

(こう狭くては……音速以上での滑空が出来ん……!)

そうなのである。

竜騎士にとって、最もの得意分野であり、最大の攻撃手段でもある『ジャンプ』――

音速度以上での滑空による、全方位同時攻撃が――この限られた空間では狭く、使うことが出来ない。

それは竜騎士にとって、牙と爪――そして翼さえも捥がれてしまったようなものだった。

リーウェイルは、これをあらかじめ予見して戦闘の場所にここを選んだのか――間違いなくそうだろう。

カインの戦闘における射程の範囲は他者の追従を許さないほど広範囲に及ぶが――

それはあくまでも、音速を超えた彼の速度では『間合い』という概念がほぼ消失してしまうからだ。

それがこうやって、音速を超えることが出来ないでいる以上――彼の射程は普通に槍を使ったものとそう変わらない

剣よりは無論。広いだろうが――それでも部屋の全てをカバーできる訳ではないのだ。

しかし、対してリーウェイルのこの投擲具『針』ならば――部屋の隅々まで無論、射程圏内だ。

しかも間を詰めようにも、これだけ密度の高い執拗な攻撃では、なかなかその機会を見つけられない――

(なんとかして……この間合いを、俺の攻撃が届くまでは……ならば――!!)

瞬間、カインは床――いや、床代わりに利用していた壁を軽く蹴る。

その直後、彼の一瞬後にいた空間に降り注ぐ針が、壁に深々と突き刺さるのを肌で感じて。

槍を番え――その体、まるで一本の長大な槍のように。

鋭く身を伸ばすなり――リーウェイル目掛け、ホーリーランスとともに突貫する!

「…………甘い」

当然、その突貫へと襲い掛かるのは針の洗礼。

空間を射抜きカインへと襲い掛かるそれは、非情な程に正確な狙いで――

カインの命、あわや数瞬と思われた――その時だった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

咆哮、カインの口より漏れ――瞬間、ホーリーランスから吹き出た光は傘のように噴出し、彼の全身を覆う。

交錯する一瞬――カインの突貫は止まらない。針は全て、光の中に消えている!

「…………!!」

「もらったァァァァァァッ!!」

針の間合いから、内側に入られた――迫り来るのは槍の間合いを知り尽くしたその一閃!

驚愕を端正な顔に貼り付けたリーウェイルに――カインはそのまま一閃を浴びせようとする。

瞬間的に身を逸らし、回避を試みるが――かわしきれず、彼の頬に薄紅の一文字が浅く花咲いた。

カインはそのまま槍を手放し――強烈な背筋と踏み込みの力で突貫を停止。

回転の力へと移行するや、もういちど猛然床を蹴り――槍の間合いからさらに内側へと入り込む!

「これで――終わりだァァァッ!!」

投擲具を操っている人間の、唯一の弱点――自分の武装の不得手であり、こちらの武装の十八番である間合いに入られること。

針を扱うには、あまりに近すぎる槍の間合い――さらにそこから接近した超近距離戦(インファイト)

相手のもっとも不得意な間合いへと侵入して――そしてカインの拳は、リーウェイルの顔面へと吸い込ま――

だがその拳が寸前――彼の手首を掴むリーウェイルの行動で停止したのはその時だった。

「なっ……!?」

「………………」

一体、どれほどの力が働いているのか――彼の鍛え上げられた瞬発力を完全に手首一つで封じ込んでいる。

そして、カインの驚愕に――リーウェイルが浮かべたのは、薄い微笑――

「…………私が、近距離での戦いに不得手だと…………一度でも言ったか? ――蒼い稲妻」

笑みはそのまま、残像として尾に――リーウェイルは自分から間合いを詰めていく――早い!

振りほどこうにも、その手は万力のように固定されて――そしてリーウェイルの掌底が、まともに彼の顎を捉えた。

響く、衝撃。

脳髄が直接揺さぶられるような、凄まじい衝撃――突き抜ける一撃に、完全にカインの体は上へと伸びている。

しかしカインも、ただやられていたわけではなかった――霧散しかけた意識の中、その行動は脊椎反射の賜物か。

インパクトの一瞬――意識を攻撃に集中した一瞬を利用し、拘束を振り払うや否や、

上方へのその一撃の反動を利用し、高く跳躍――追撃の、刃物のような鋭いハイキックをやりすごし、間を取って着地する。

そんなカインに――リーウェイルはそのまま、獲物を捕らえ損ねた蟷螂の斧のようにゆっくり蹴り足を戻すと――

「…………残念だったな……『蒼い稲妻』。私は……どちらかといえば素手での戦いのほうが……得意だ」

「ク……!!」

感覚を失ったかと錯覚するほどの衝撃に揺れ、視界さえも揺れるような錯覚の中――カインは呻く。

だがそれは、完全に失意だけで構成されていたのか――否だ。

……確かに超近距離での戦いは、自分よりも遥かにリーウェイルの方が上手――

喰らったのは一撃、一瞬のことだったが――恐らくヤンと真正面から打ち合っても、互角に渡り合えるのではないのだろうか。

だが、そうだったとしても――今の交錯の全てが無駄だったわけではない。

何故なら――カインの最初の一閃は、近距離の戦いを得意としているリーウェイルにさえ、完全には見切れていない。

『拳の間合い』ならば得意でも――『槍の間合い』においては、まだ自分に一日の長がある――そこに、活路がある!

間を置いたことで、再び叩き込まれてくる針の嵐。

カインは手早くホーリーランスを手元へと戻すなり、再び床を蹴り、乾坤一擲のその瞬間を見定めるべく、回避に専念した――

 

 

「オーッホッホッホッホッホホホ――!!」

腰に手を当て、そこで自分の体を支えるようにして高く笑う――どうやら相当、笑い慣れているのか。

妙に高笑いのさまになる、この幼い乱入者ヒメ・ガリアを目の前にして。

「な……なんなの、あれ……?」

姉と同じ『匂い』を感じて――がっくりと音が立つほど脱力しているエルナ、

「ああいうコルセットタイプのドレスって、結構腰に来るのよね……よく着てられるわ、関心関心」

昔は『姫様』と呼ばれていたこともあり、上流階級としての経験持ちのミレイユは妙なところでうんうんと頷いていた。

二人とも、二人らしい――はっきりと意見が分かれているように見えて。

だが、二人に共通していたのは――最早完全に、緊張感はぶち壊しにされているという、その一点――

「あら、そんな風にどこか蚊帳の外といった様子でいられるのは今のうちですわよ?」

と――下品にならないところで笑いを収めて、ヒメは改めてミレイユたちと向かい合う。

見るからに、あまりに『お姫様』な格好をしているその少女に――口を開いたのはミレイユからだ。

「で……何かしら? アル作品最高最凶のヒロイン? そういう世界観を破壊する発言は、控えて欲しいんだけど……?」

「あら、その点に関しては問題ありませんわ」

その言葉に――眉根を寄せたミレイユに、ヒメはふっと自信に彩られた笑みを浮かべて。

「最近のRPGでは最早お馴染み――隠しダンジョンや隠しボス、というものをご存知でして?

 私は、言ってみればこの作品の『隠しボス』――強さもさることながら、私にもっとも似合いの名ですわ。

 そしてそういうボスとは、大概本編とは全く関係の無い内輪話を口にするものです。

 したがって、私の発言は何の問題も無い――元からそういう仕様なのですから!」

「なるほど……正論ね」

「そんなところで納得しないでよ姉さんも……」

ただ一人、良識を残したエルナだけがその発言に嘆息し――そして予断のならない様子でヒメを睨みつける。

「で……貴女、一体何なのかしら? 何故ここにいるのか……『ブラッドバレット』とどういう関係なのか。

 その辺りのところが全然見えてこないんだけど……現状では」

「簡単なことです――私も『深淵』に雇われた傭兵ということですわ。

 ブラッドバレットとは何度か同じ依頼を受けたことも、敵対したこともある……けれど今は同じ依頼を受けている仲間。

 貴女達の襲撃による混乱を鎮圧するため、私はこの方面を荒らしている貴女達を手早く葬りに現れた……そういう事の顛末ですわ」

「……そう」

エルナは相槌を打ち――そして『ひそひ草』に意識を集中する。

誰かが――特に、傭兵の事情に詳しいオルステッド辺りがこの話を聞き、反応をしてくれればよかったのだが――

あいにく、誰一人として反応を送り返せるような状況ではなかった。

彼女が本当に、自分の口で話すほどに強いものか――ブラッドバレットと比べ、どれほどのものなのか。

そこだけでも、エルナとしては把握しておきたかったのだが――

「……ですが。そんなことは所詮、私にとっては瑣末なことでしかありませんわね。

 例え私が傭兵として雇われていなくても――この場所に本来登場すべき傭兵を始末してでも、私は出演していましたわ。

 何故なら、貴女達二人――私は貴女達に用があったのですから。私より派生したキャラクターの――貴女達に!」

「な……!?」

派生――聞きなれぬ言葉、そしてキャラクターとしては聞き捨てのならないその言葉。

ヒメはその小さな腰に両手を当てるようにしてきっとミレイユたちを見据えると、

「本来、私はこのアフターストーリーに出演の予定があったはずなのです――にも拘らず、

この原作者は私のキャラクターがあまりに『濃い』ということで出演を断念。

私のキャラクター性のみを分離し、固着させることで、

当時はまだキャラの固まっていなかったラディに合ったレベルでのキャラクターの濃さの登場人物として再構成。

 つまりは貴女達を作り上げた、ということですわ! その証拠に――私を御覧なさい!

 貴女達を構成する要素――私はそれを全て保有してますわ!」

「姫、金髪、その場のノリを全て破壊するようなテンションの高さにCV……た、確かに……!」

思わず愕然となり、数歩よろめくミレイユに対し――猛然と食って掛かったのはエルナだ。

「ちょっと待ちなさい!? 私のキャラクター出生は確か、

 全く別の作品で描いていた主人公を、出演に合わせて女性化して登場させたはずじゃ――」

「――貴女、私の実年齢が幾つかご存知かしら?」

「……え?」

相手の真意が見えず――思わず聞き返すエルナに。

ヒメは豊かなその縦ロールの髪をさらりとかきあげるようにして嫣然と微笑むと、

「私、今年で数えて25になりますのよ」

『嘘ッ!?』

二人の愕然とした声は見事に上下でハモる。

どこからどう見ても、ヒメの姿はエルナと同じ程度の幼い外見年齢――ミレイユより年上とは考えられない。

かつてはエルナが幼い見た目に反し、ラディと一歳しか変わらないということに頂いた反響は相当なものであったが、

ヒメのこの発言はそれすら軽々と凌駕する――最早情報による爆破テロにも近い犯罪すれすれの内容である。

「……と、このように……確かに過去、作者が口にしたように――貴女の元キャラは男性でした。

 けれど女性化するに当たって、性格や設定の一部にアラが見えた作者は、私のキャラとしての成分のうち、

 ミレイユ・ワイアットに裂かなかった設定を付与することで足りないところを補い、貴女を作り出したのですわ!」

「そんな……そんなことって……!?」

自らのルーツを、こんな形で知らされることとなり――呆然自失の態でそれだけを口にするエルナ。

しかし、そんな二人をさらに追撃しようと――ヒメの言葉はさらに激しさを増し、熱を帯びていく――

「私はずっと、ずっと待っておりましたわ……この日を! 連続するザッピング形式により各キャラの色がセパレートされ、

 そして貴女達二人が単独で行動することの可能なこのファブール編の到来を!

 こういう形式で話を書けば、各場所で起こっていることは全く切り離されて考えられる。

私が介入しても、そのシリアスの度合いが崩れるのはこの場所だけ――そんな唯一の登場のチャンスを!」

びしりと、音が立つほどきびきびした動きで――ヒメは二人を指差す。

『最恐姉妹』と恐れられる、人気の姉妹に――真っ向から挑み、敢然と立ちはだかる――

「今こそ私の下克上! ここで会ったが百年目ですわ! この場で貴女達を倒し――主役交代・私がヒロインに!

 原作者も、連載当初と違って、PC上での執筆も大分様になってきた――今なら私を扱うことも不可能ではありません!

 さあ! 今こそ私の力で! 私自身の手で!! 主役の座を奪い返して見せますわ!! オーッホッホッホッホッホホホ!!」

とんでもないことを口走り――高笑いで締めくくったヒメに。

「……そんな事は……」

「させる訳には、いかないわね……!!」

裏事情を知り――完全に自失していた二人が、ゆっくりと顔を上げる。

「……例え、事実がどうあろうと……私は私!

……私のこの知能は――誰にも模倣など出来ない――出来るはずなんてない!」

「元キャラがいた……それが何だっていうの? この世界、見渡せばステレオタイプのキャラなんてどこにでもいる。

 問題は、そんなところじゃない……その中でいかに『自ら』を出すことができるか――それが大事なのよ!!」

すでにそこにあったのは、事実に打ちのめされ、自らに疑問を抱いていたキャラクターの顔ではない。

「ゆえに――!」

「だから――!」

『ミレイユ・ワイアット』――そして『エルナ・セルリード』という一個人としての自我と誇りを持つ『人間』としての怒り。

『貴女は、貴女だけは倒す――私達自身の存在、全てをかけてでも! 貴女だけはここで倒していくわ!!』

目の前の女にだけは、負けられない――自らの歩み全てを覆そうとするそれを許すわけには行かないという、純然たる怒り――

今まで見せてきた彼女達のそれとは比べ物にならないほどの圧倒的な意思、気迫を真正面か