Final Fantasy W
After story
〜第三十五話〜愉快なヤン一家〜
宗教国家・ファブール。
本来が宗教的建築物だったものが、人が多くなるにつれて居住区を増設・
さらに国家としての成長のために建築物自体を城へと改築したという非常に特異な経歴を経たこの城。
その廊下を、数人の護衛をつれて歩くのは――このファブール王妃たるヤン・シャオ・ライデンである。
彼女自身、この国で生活しているため――この国の習慣的に武術を修めており、
そうそう簡単には暴漢相手に引けを取るようなことは無いのだが――
それでもこの国の重要な人物である以上、護衛をつけていた。
無論、腕利きである彼らは常に警戒を怠らず――
一件静かに歩いているようで、あらゆる気配を探り、その元を確認し、状況の把握を怠らなかった。
「………………」
そして、今日もまた――問題は無いようである。
いついかなる時も襲撃に対処できるよう、全身の筋肉は緊張させておきながら――
しかしあくまで静けさを保って、護衛たちは自らの守るべき対象の前後をゆっくりと進んでいった。
(……すごいな……本当に、気付いてないみたいだ……)
(うむ。……しかしあまり過信されても困るがな。さ、進むぞ)
――この、10分ほど前に遡る――
ミレイユの悪魔の誘惑に見事はめられ、彼女の意見に従わざるを得なくなった一同。
しかし――そうなったものの、まだ問題はしっかりと残っていた。
……それは――
「どーやって、シャオ妃の怪しさを追及するか、なのよねぇ……」
腕を組み――ミレイユはそのまま、自分の額の辺りをとんとんと指で叩きながら首を捻る。
「とりあえず、つけてみれば何か判るかもしれないけど……
護衛に護られてる王妃を、正直こういうことには素人の私たちがつけてみても……ねぇ?」
「確かに……」
元々軍人である、ラディやカインならばそういった訓練も一応受けてはいるものの――
それでも護衛を生業としている相手に完全に悟られず、完璧に尾行出来るほど訓練を積んだわけではない。
ましてや魔道士であるクレセント、学者であるエルナやミレイユにいたっては言うまでもあるまい。
「……そうね……体の不可視化でも出来れば、話は早いんでしょうけど……いくら私の知能でも、
不可視化迷彩を可能とする機械を今から開発しろ、と言う話は流石に――」
「……不可能ではないぞ」
と――その時口を開いたのは、クレセントだ。
「……本当なの?」
「うむ。……機械と言うわけではないが……不可視化だけならば、失伝魔法の中にそういったものも存在する。
多少改良を加えれば光学だけでなく、熱源反応や音響反応にも探知されない様にすることも不可能ではないだろう」
この場合、とても頼もしいその言葉に――ミレイユの笑顔がぱぁっと咲いた。
「すっごいじゃない♪ じゃ、早速やってくれるかしら?」
「うむ」
クレセントは一度頷いて――軽く手を掲げて口を開いた。
「今宵紡ぐは隠者の衣、心は澄みてその身無く……心の眼も欺かん――バニシング・ボディー」
朗々と、詠唱が完成した時――クレセントの指先から放たれた光の粒は、
ラディ達の体を瞬く間に包み――そして一瞬、目もくらむほどの眩い光を放った後――
「…………あ……あれ?」
……光のせいで、視界が回復しきっていないのだろうか?
ラディが覆っていた腕を上げたとき――そこにクレセント達の姿は無かった。
数度、目を瞬かせ――ようやく視界が元通りまで戻ったものの、それでもやはり――人影は無い。
「……みんな、どこにいったんだ……?」
「ここにいるぞ、ラディ」
「うわっ!?」
突如聞こえたクレセントの声に――ラディは思わず飛び退って叫ぶ。
……しかし――声はすれども、クレセントの姿はどこにも無い。
「い、一体どういう――」
「私たちはここにいる。……ただ、その姿が見えなくなっているだけでな」
再び響く、クレセントの声に――しかし半信半疑で辺りを見回し――
「……ならばラディ。自分の姿を見てみろ……それで判るはずだ」
言われるままに、ラディは自分の姿を見下ろし――そして愕然となった。
「なっ……!? オ……オレの体が、どこにも無い!?」
本来、そこにあるべきはずのモノ――胴体が、足が、腕が。
それが、気持ちいいほどに綺麗さっぱり存在していない。
見下ろしたラディの視界には、ただこのファブールの城の床が映っているだけだ――
「……これがこの『バニシングボディー』の効果だ。完全な不可視化――つまり体を透明にさせる。
お前には、もう魔法の効果を受けた私達の姿が見えないだろうが……別にいなくなったわけではない。
ただ、見えなくなっただけだ」
「見えなく……」
そう言われて――改めてラディは、自分の体を見下ろし――指などを握りしめてみるが――
「感触はあるのに……見えない、か……何だか、変な感じだ」
「そーなのよねぇ……普段は私なんか、エルナと違って見下ろしても足元の地面が見えないけど……これならばっちりよね♪」
「私と違ってって……どういう事?」
楽しそうに――やはり、姿が見えないがミレイユが言ったその言葉に、エルナは意味が判らず眉根を寄せる。
そんなエルナの疑問に――ミレイユはふふ、と意地の悪そうな笑い声を漏らして答えを教えた。
「簡単なことよ♪ 私はホラ、この大きい胸があるから、ちょっとかがまないと胸で地面が見えないけど……。
希代珍しいほどに超絶断崖絶壁型胸のエルナだったら、別に何の問題も無く――」
突如、何も無いところから鮮血が吹き上がり――そして何も無かったはずの空間から、突如現れたミレイユとエルナ。
「あ……あら? 不可視化が解除されて……?」
「……あまり激しい運動を起こすと不可視化は解除されるから注意しろ……と、先に言っておくべきだったか……」
二人の、あまりといえばあまりな様子に――クレセントはやれやれと言った感に嘆息し、再び詠唱を開始した。
「そ……それ以前に、私に刺さったこの鎌、抜いて……?」
靴の音も高く響かせ――廊下を歩く男が一人。
おさまりの悪い金髪の下、凍えきるような赤銅の瞳を持つその男こそ――
元暗黒騎士団一番隊隊長にして、現在ではこの国に雇われた傭兵――オルステッドその人である。
つい二時間ほど前――戦闘を行なったと言うのにも関わらず、彼は一人、城内を抜かりない瞳で警備していた。
無論、それを仕事とする僧兵はいるし、恐らく彼らの方が自分よりも遥かにそういった仕事に長けているのは知っている。
だが、それでも――自らの仕事に対して妥協をしたくないという感情からだろうか?
以前、一度だけ見た城内の見取り図を参考に――最も最短で、自分の入る許可のある城内施設全てを回れるようなルートを、
暇さえあれば彼は歩き、抜かりなく細部を確認していく姿をそこに見ることが出来た。
……だが、当然ながら今日も別段、異常は無く――彼がその場を後にしようとした、その時。
向かいの廊下から、こちらへと歩いてきた――ヤン・シャオ・ライデンとその護衛、数人。
あくまでオルステッドが雇われたのはヤンに対してであり、彼女に対して敬意を払う必要はないが――
それでもわざわざそれを表明して面倒なことを引き起こすのは遠慮したい。
廊下の脇で、ただ無言で軽く頭を下げ――護衛がそれに頭を下げていく中、シャオはその場を後にする。
そして、彼が頭を上げ――この場所を後にしようと歩きだした、その時だった。
「…………?」
何かが――自分とすれ違ったような、そんな感覚。
振り返ってみるものの――しかしそこには、すでに小さくなったシャオ一行の背があるのみ。
その後ろには、当然ながら――誰の姿も見受けることは出来なかった。
「……どういう事だ……気のせいか?」
すれ違った感覚を感じたのは一瞬で――しかも今から考えてみれば、気のせいと言う気もしないでもない。
……だが、何なのだろう。
何か釈然としない、もやもやとした変な感じを――オルステッドはそこに感じていた。
「………………」
「これは、シャオ様……お戻りになられますか?」
静かに、ゆっくりと頷くシャオに――塔の門番二人が会釈を返す。
ファブール城、東の塔――この塔の最上階に、ヤンとシャオの住まいがある。
元々ここは、ファブール僧兵隊隊長に支給される部屋であり、本来この国の国主となったのならば
西の塔にある、もう一段豪華な部屋に転居するはずであったのだが――当の本人であるヤンとシャオがこれを拒否。
兼ねてから問題点として掲げられていた、城内の居住スペースの限界に対処するため、思い切って西塔を改築。
酒場を元々王の居住スペースのあった3階に移転させ、1・2階をそのまま寄宿舎に拡張したのである。
ただしこの後、それでも流石に国王が住むには、警備上の問題があるという指摘の下――
東の塔にあった寄宿舎と看護室を移転することとなり、それはそれでまた頭の痛い種が増えてしまったのだが……。
シャオの背後で、気配を立てないようにしてついて回っていたラディたちも――その東の塔を見上げていた。
彼女たちに聞こえぬよう小声で、ラディは隣にいる――恐らくいるであろう、カインと話しかける。
(……しっかしカインさん。何でセシル陛下もヤン大僧正も、こう高い場所に住みたがるんでしょうね……)
(さあな……俺にも判らん。流石に国王になったことはないからな)
ラディも、カインも――実家・寄宿寮共に普通に地面にあったもののため、こういった塔の上に住む人間の感覚は判らない。
それよりも、判っていることは――
(クレセント……あの門……かなり厄介な作りをしてるわね……)
(……そんなことが判るのか?)
(あら……私の知能は伊達じゃないのよ。これくらいは常識の範疇ね)
自分の研究テーマ以外にも、片手間にいろいろな文献やそういった研究を並行して行なってきたエルナ――
しかし今度ばかりは、自分の知能に対する自負よりも、門の厄介さに唸る。
(流石にダムシアンのように、門自体に警備システムを兼ねさせているわけじゃないけど……。
門自体がかなりの重量なうえ、あの複雑な模様をした表面自体が、施錠を兼ねた細工になっているわ)
実際、セレナがそれを指摘した直後――門番二人は扉へと向き直り、表面にある細工を操作し始めた。
一見、複雑なただの紋様に思っていたそれが――しかし、ただの飾りでないのは見ての通りだ。
(そんな門にわざわざ門番を二人も用意しているのは……僅かにも進入可能な可能性を秘めている、
ヤン大僧正とシャオ王妃の入出の際の開閉時間を最低限に抑えるため……。
となれば、今までみたいに距離を置いて追跡しているだけじゃ、私たちが塔内に侵入する前に門が閉まる方が早いわ。
強引に突破するだけなら――あの仕掛けの解除方法を私が覚えて、門番を手早く仕留めればいいだけの事だけど――)
(いや……その必要は、無い)
クレセントは首を振った――のだろう。見えないので、判らないが。
ともかく、しっかりとしたクレセントの言葉を、エルナが聞いた時――がちゃりという音が響く。
屈強な門番二人によって、ゆっくりと押し開けられていった扉に――シャオは二人に一度、
そして今まで護衛をしていたモンク僧たちに一度、礼をして――そのまま、塔の中へと入っていく。
その背に、礼を返して護衛たちはその場を後にして――そして二人の門番は、再び力を入れて門を閉め――
(天空の意志に従い、真実の時を刻み天命とならん――スロウジャ)
クレセントの詠唱と共に――二人の動きがぴたりと止まったのは、丁度そのときだった。
(これは……!?)
(スロウの機能を改良し、殆どストップに近いほどに目標の時間を停滞させる魔法――スロウジャだ。
今のうちに行くぞ――あまりこの魔法は効力は長くない)
クレセントの言葉に――ラディは小走りに門へと走った。
全力で走らないのは、あまり激しい動きをしてバニシング・ボディーの効力が切れるのを防ぐためだ。
塔の中に入り、一応門の裏側――分厚い扉越しに、気配を読まれぬようにそこへと潜り込んで程なく、
クレセントの「スロウジャ」は効力を失い――門番二人は何事も無かったように、力を入れて門を閉めた。
細工を操作する音が小さく響き――やがてそれが消えたころにようやく、ラディは口を開く。
(みんな……いるか?)
バニシング・ボディーのせいで、他人どころかラディたち自身にも、互いの姿が見えない――
きちんとあの瞬間、塔内に侵入できたか視覚的に確認する手段がないのである。
そのため――個々の確認にはどうしても、音声による確認方法しかないのであった。
(……問題ない。私はここにいる)
(俺もここにいるぞ)
(私も侵入に成功したわ)
それぞれ、ラディの前方、左、右後方からそれぞれクレセント、カイン、エルナの声を確認し――
(じゃ、私も含めて……全員問題無く進入できたってコトね♪)
ミレイユの言葉に――だがその時、ラディはとても違和感を感じていた。
その声は、ラディの周りのどこからも聞こえたものではない。
この声が、聞こえてきたのは……ラディのすぐ側、背中から――
(ってミレイユ!? い……いつの間にオレの背におぶさってるんだよ!?)
(いつの間にって……体が消えてからすぐよ? って言うかラディ、今まで気づいてなかったの?)
その突っ込みに――ラディは言葉に詰まる。
確かに言われたとおり――今の今までミレイユが殆ど喋っていなかったこともあり、まるで気付いていなかったのである。
(……本当か?)
(あ、ああ……確かに少し、重さを感じてはいたけど……クレセントの魔法で体が消えて、変な錯覚したのかって……)
非常にばつが悪そうに、それだけ呟くラディだったが――
(そっ……それよりもミレイユ、もう降りてくれよ)
(え〜? 今までは何の文句も無く運んでくれたのに?)
(それは気付かなかったからだッ!!)
そういうラディだが――今でこそバニシングボディーで姿が見えないものの、実は顔面を真っ赤にしてしまっていた。
陸兵団の中でも、暗黒騎士を目指してひたすら訓練や剣技の上達、任務遂行ばかりに真面目に取り組んでいたラディは、
同年代の兵士――いや、同年代の男性に比べて女性への免疫が非常に薄い。
一般的な「常識」なら、同僚との会話で何度か耳にし、ある程度は知っているものの――
それも相手は、それなりに女性との付き合い方にも精通したカインから見てもかなりの美人であるミレイユである。
ラディにとって見れば、平常心を保つこと自体が難しいと言うほどに刺激が強すぎるのである。
それが判っていて、ちょっかいをかけてからかって遊ぶミレイユなのであるが――
(ん〜……それがちょっと、私も運んで欲しい理由があるのよね、今回は)
(運んで欲しいって……どういう事だよ?)
ラディの問いに――ミレイユは、
(いや、ちょっとね……先刻、エルナに大鎌でぶっ刺されたじゃない?
ちょ〜っと血液、流れすぎたみたいで……。貧血状態で、まともに歩けそうにないのよね)
(血液って……いつもは3秒くらいでいつの間にか直ってるじゃないか)
(あのねぇ……ラディ、もしかして私のこと、ギャグキャラか何かと勘違いしてない?)
(……違うのか?)
こつん、という音がラディの頭の上で響いた。
(……いつもは斬られたり叩かれたりした直後に回復魔法で回復してるからすぐ治ってるのよ。
ただ――この魔法のせいで、私も今自分の「糸」が見えなくなってて……そうなると使える魔法、減るのよねぇ。
せいぜい使えてケアルラくらい――これじゃさすがに傷は塞げても、無くなった血まで補充はムリっぽいのよね)
……そもそも怪我をするような事態を起こした時点で、自業自得と言えばそうなのだが。
ミレイユも流石にそれは自覚しているのか、弱弱しく笑うと控えめに告げる。
(まあ、やっぱりダメって言うならここに置いていって。ちょっと……ついて行くのは無理みたいだから。
言い出した張本人が、一番最初に脱落って言うのもちょっとアレだけど……ま、仕方な――)
(……仕方ないなぁ)
ミレイユの言葉を切ったラディの言葉も、同じ言葉だったのだが――意味はまるきり逆であった。
一端背中を丸めて――体勢を整えると、軽く身を起こしてしっかりと背中のミレイユを手で支える。
(……ラディ?)
(ここにほうって置けるわけが無いだろ……昔、200kgの荷物背負ってマラソンした訓練に比べたら楽なほうだし)
(……ありがと)
ラディの言葉に――ミレイユは、本当に小さな声で――ラディにしか聞こえないほど小さな声で礼をいい、首にしがみついた。
(……本当に大丈夫、ラディ? 姉さんぐらいの重さなら、別に私が担いでいっても――)
(いや、本当に大丈夫だから。……それに、今の透明な状態で受け渡しするのもちょっと難しそうだし……先を急ごう)
そして一同は、塔の長い階段へと足をかけて――見えない自分の足に注意しながら、一歩一歩それを昇っていった。
(ふふ……らくちんらくち〜ん♪)
自分の背で、ミレイユが何か言っているが――それに対して突っ込みを入れる余裕を、ラディは持っていなかった。
やはり、どうしても――自分の背に負った彼女を意識してしまうのである。
自分の首にかけられた、細い腕の感触。
金属製の鎧に、感触は伝わらないだろうが――存在感だけは感じる豊かな胸。
よりかかる彼女の髪から香る、甘い香り――
見えないというのに――いや、見えないからこそ余計に意識してしまう。
本当に、自分の姿が見えなくてよかったと感じる彼である。耳の先まで赤い。
正直、ラディ自身長時間はもたないかもしれないと、思っていたのだが――
(……そういえば、誰かをおぶって歩くなんて……久々だな……)
言葉にせず――心の内だけで呟いた言葉。
人をおぶって救助する訓練は、それこそ軍に入隊した最初のころにやらされただけであり――
それ以外で、誰かをおぶって歩いたのは、そう――五年前の、あの日以来のことだ。
――お兄ちゃんは、きっと暗黒騎士になってね――
――……約束だよ――
呼び覚まされた記憶に、右腕が痛んだ。
あれから――もう、五年にもなる。
暗黒騎士に、なる――自分はならなくてはいけない。
せめて、約束だけは果たさなければ、自分は――だが。
この五年で――自分は暗黒騎士に、どれほど近づいているのだろう?
暗黒騎士になると、バロンを飛び出しこの国まで――『聖騎士の歌』、地上で言えばそろそろ折り返しだ。
だが、いまだ『負の試練』の正確な情報一つ、ろくに掴んではいないではないか。
焦るな――自分の中に聞こえるその声を、無視しているわけではない。
決して、足踏みをしているだけではないと言うのも事実だ。
その証拠に――『暗黒』は、自分のものにした。
テュルフングも、日に日にだんだんと自分の手に馴染んできているのは実感している。
だがそれは、まだ仮初めの力――絶大な力を持とうとも、それは未だに不完全でしかない。
そんな、微々たる歩みで――本当に、いいのだろうか?
そして、もし――考えたくも無いことだが――もしも。
……この世界に、もう『負の試練』が受けられる場所が――どこにも無いのならば。
本当に自分は、ここにいていていいのだろうか?
生きていて――許されるのであろうか――?
(……ラディ?)
と――ミレイユの声に、ラディははっと思考の淵から現実へと帰還する。
(足、止まってるけど……どうかしたの?)
(……いや、何でもない。ちょっと階段の長さに辟易しただけだよ)
ラディは微苦笑して――再び階段を上り始めた。
「……これはオルステッド様」
東の塔の門番二人の挨拶に―― 一応軽く礼だけを返し、オルステッドはその冷えた瞳をあたりに走らせた。
「どうかなされましたか? ……いつもの巡回では、もう少し後にこられるかと思ったのですが……」
「……ああ。少し……な」
――あの後。
一旦は巡回に戻ったものの――やはりあの変な感じが気になって仕方がなかったのだ。
気のせいであれば、それで構わない。
だが、気のせいで無いとすれば――
「…………?」
と、その時――オルステッドは東の塔の門の隙間に、きらりと輝く何かを見つけた。
つまんで拾い上げたそれは――まるで太陽の光を紡いだかのような、煌びやかな金髪。
一瞬、自分の髪かと思ったが――自分のものはここまで煌びやかではなく、第一長さが長すぎる。
……と、なると――
「……今日、ここを入退場した人物を挙げてみてくれないか?」
「は……と、言われましても……本日はまだ、ヤン大僧正様とシャオ様以外は誰も――」
――オルステッドの頭の中で、霞がかっていた断片が今――繋がった。
まるでばね仕掛けのように彼は顔を上げると、鋭い声で一喝する。
「早く扉を開けろ!!」
「な――!?」
「急げ! 事情は後で説明するが、恐らく『例の一件』の可能性が高い――シャオ王妃が危険だ!!」
「は……はっ!!」
オルステッドの『例の一件』の言葉に――モンク僧たちは背に氷柱でも生まれたかのように青ざめた。
そして慌てて、扉の表にある仕掛けを作動させ――日々、繰り返してきたためか10秒とたたず扉は音をたて、開いた。
「どちらか片方――大僧正を呼んで来い! 私はとりあえず――先行する!」
この東の塔への入場許可を持つ、数少ない人物――その一人であるオルステッドはそう言葉を残し、
段差を飛ばして一気に階段を駆け上がっていった――
(……まずいな……どうも気付かれたらしい)
東の塔、二階――あと階段を上れば、いよいよシャオ王妃のところまで到達できるというところで。
カインの押し殺した声が――しかし全員の緊張感を一気に高めた。
(気付かれた……って――)
(……聞こえるだろう? 耳を澄ませば――足音が。
普通に世話をするメイドなら、あんな慌てた、力強い足取りで階段を駆け上がらんさ)
確かに――最上部の居住空間以外何も無いこの塔の空気を響かせ、靴音が階段を駆け上がってくる。
しかもそれはかなりの速度で近づいてきているようで――このままでは――
(……俺が残ろう)
(!?)
カインのその発言に――その声のした方をラディは愕然と見やった。
見えずとも、その態度に気付いたのか――カインはほろ苦く笑うと、
(心配するな。……荒事を起こそうというわけじゃない。
少なくとも俺は、この塔に普通に出入りできる権利を持っているからな――そこに説得の余地もあるさ)
(カインさん……)
「それよりも時間が無い――早く行け!」
鋭い叱咤に――カインの姿がゆっくりと実像化されていく。
背を向けたカインの行動に――しかし、ラディは一瞬迷ってしまったが――
(……行くぞ、ラディ)
(あ、ああ……)
クレセントの言葉に促され――後ろ髪を惹かれる思いを残し、彼らは階段をさらに上っていった。
その様子を――実際に、目で見えるわけではないが――カインは見やって、苦笑する。
……と――再び視線を前方へと戻した時。
階段を駆け上り、現れたのは――絶対零度の赤銅をその双眸に宿した男だ。
だが彼も、まさかここにカインがいるとは思わなかったのか――その瞳が一瞬、動転して――しかし。
「……何故、お前がここにいる? 『蒼い稲妻』」
「……俺が久方ぶりに、旧知の仲と親交を交わそうとするのがそんなに不審か? 『魔王』」
まるで氷刃を思わせる鋭い弾劾のまなざしを――しかし真正面から受け止めたカイン。
その堂々とした態度に、オルステッドも流石に警戒を少し緩めざるを得なかった。
「親交……?」
「ああ。……ヤンにはいろいろと世話になったからな。
山も降りてきて久方だ……一杯交わして、積もる話もある……それがそんなにおかしい事か?
なんなら、ヤンに聞いてみるといい――俺は別にこの塔に入っても構わんと、そう言われているはずだ」
「…………そうか……それならば、無理も無い話か」
オルステッドも――冷たさは拭えぬものの、その瞳から弾劾の意思を引かざるを得なかった。
手にしていた剣の柄から、そっと手を離し――
「……? ちょっと待て」
離しかけた所で――オルステッドは事態の不自然な点に気がつく。
「……お前がこの塔の入場を許可されている……それは別に構わん。
だが――そうなのならば何故、お前は門番に気付かれぬようこそこそとこの塔内に侵入した?
そういった目的がきちんとあるならば――それをきちんと説明して、それで正式に入場すれば済むことだろう」
ばれたか――と心の中で一人悪態をつき、カインは再び鋭利さを増したオルステッドの瞳と向き合う。
だが――カイン自身、あまり話術が得意でもない自分で相手を丸め込めるとは、最初から思ってはいなかった。
……ならばせめて――
「答えろ――『蒼い稲妻』。何故お前は……ここにいる?」
「……掴んだことを、確かめに来た――それだけだ」
「掴んだ……だと?」
不審に眉を顰めるオルステッドに――カインは含みのある笑みを浮かべると、
「シャオ妃について――これはだが、お前たちの方が詳しいのかもしれんな?」
「なっ――! 『蒼い稲妻』、お前はどこまで知って――!?」
音を立てて表情を崩し――そこまでオルステッドは口にして。
……自らの犯してしまった愚に、気がついた。
「……嘘か……!」
「ほう……正直俺は、全然信じてなかったんだが……どうやら本当に何か、あるようだな……シャオ妃には」
「……お前には関係の無いことだ」
にやりと笑みを深くしたカインに――しかしオルステッドはすでに、その表情に冷徹の仮面を付け直している。
そこからはもう、いかな手段を用いようとも――これ以上有益な情報を得られそうには無かった。
「一度だけ、警告する……『蒼い稲妻』。そこをどけ――素直に従えば、攻撃は加えん」
「それは出来ん相談だ……ここを通りたいなら、お前にある選択はただ一つ――俺を倒していくことだけだ」
言って、カインは左腕を掲げる――一瞬の後、そこに固着した光は一振りの槍となり、隙無くカインはそれを構える。
そして、オルステッドも――腰の聖剣を引き抜き、頭頂に構えた。瞬間噴出す暗黒が――カインの光と火花を散らした。
「私とやるのか? 『蒼い稲妻』」
「お前に俺とやる覚悟があるのならな――『魔王』」
瞬間、噴出す圧倒的な気迫――それは質量さえ伴い、二人の間で激しくぶつかり気流を乱す。
窓が無いこの部屋で――吹き荒れる風に、互いその髪を弄ばれながら――浮かべる笑みは、凶笑。
力あるものが己を誇示するための、遥かな高み目指す一匹の獣の笑み――
「……御前試合で、時間切れの引き分けなどという半端な結果を迎えて以来……お前とは一度、決着をつけておきたかった」
「奇遇だな――俺もお前と同じことを考えていた」
緊張が、幾重にも張り巡らされ――僅かな変化で、全てが始まる――そんな、直前の静けさ。
心の中に湧き踊る、戦いの渇望をその静けさのヴェールで包み――互い、互いを見つめた。
……そして――
「お前の領域――侵させてもらう」
「ならば俺は――お前の領域ごと貫いていく――それだけだッ!」
――史上最高峰の戟戦が、始まる。
ラディたちは、そしてとうとう――その扉の前まで到達した。
ファブール城、東の塔――3階。
ヤン大僧正、そしてシャオ妃の――プライベートエリアである。
(……行くぞ)
気配すら、封殺する勢いで――クレセントは言葉と共に、扉を静かに押し開く。
その扉は鍵すらかかってはおらず――まあ、塔の入り口があれほど強固な扉なら当然だが――
そのため、傍目にはただ、風が吹いてひとりでに戸が開いた様にしか見えなかったに違いない。
そして、その扉の先にあった光景、それは――
(………………普通、ね……)
使い込まれ、古いが――きちんと日々まめに手入れされている家具。
外に干されている洗濯物は、この高い塔に吹く風と陽の光に白さを返している。
本棚には、いくつかの本――恐らくヤンが、大僧正となってから購入したのであろう。
政治学や経済学の本がいくつかそこに納められ――かなり読み込んだのか、ページの端が折れていた。
そう、それはあまりにも普通すぎる光景――確かに、国を治める立場の人間の住まいにしては簡素過ぎる気もするが、
このファブールの国の性質を考えれば、何も不審がることもない――生活臭のある、普通の住まいだ。
(……ミレイユ……どこも不審な点なんてないじゃないか)
(あれ……? おかしいわね……私のカンって、結構当たるはずだったんだけど――)
やや、気まずい雰囲気をミレイユが感じた――その時だった。
「はあぁぁぁ……ほんっとに肩が凝るよ、まったく」
中年女性特有の、野太い声――それはシャオ妃のものだった。
公共の場ではないためか――その言葉遣いはまさに下町のそれだ。
しかし、声はすれども姿は見えず――
(……あっちの奥の部屋から……?)
ラディたちは、足音を立てずそこへと歩み寄っていく。
そっと部屋をのぞきこむと――そこにいたのは、こちらにその広い背中を向けたシャオ妃だ。
通常の儀礼服より、横に1.5倍は広いであろうそれを着たまま――ぶつぶつと、続ける。
「なんでこう、国っていうのはどこもかたっ苦しいのが好きなのかねぇ……あたしには理解しがたいよ。
折角家を飛び出して、この国で普通の生活が出来ると思ったのに……ま、あの人が大僧正になるのは、
この国の事情を聞けばなんとなくは予想してたけどねぇ……」
誰に言っているのでもなく、単に言葉にすることで疲れを追い出そうとしているのだろう――
シャオ妃は后らしからぬことを呟きながら――
「いい加減……この変装も疲れるってもんさね」
変装――?
その、唐突に出てきた妙な言葉に――いぶかしんだ、その時だった。
フェイ妃が、その太い指をぱちんと鳴らして――そして。
彼女の姿が分解する。
衣服が、髪が、皮膚が――指を弾いた瞬間、紙のこすれるような音と共に――部屋中に散乱したのだ。
……否、違う。
今まで、衣服と――髪や皮膚と思っていたもの。
それは、幾重にも幾重にも重ね合わさった――呪符だった。
まるで、張子の虎を作るかのように――幾重にも重ね合わせ、あのフェイ妃の姿を形作っていた呪符。
やがて、その散乱が止んで――シャオ妃が立っていたところに立っていたのは。
「あ〜もう、だんだんと年取るに重ねて呪符の量も馬鹿にならないし……お后さまっていうのは本当、面倒だねぇ」
先刻の野太い声とは一変し――若々しく、活気に満ちたその声。
すらっとした体を、この国で普通の女性が来ている服に包み――腰まで届く長い髪は、深い紫。
ミレイユのものと比較しても、そう変わらないほどに美しい白い肌をして――しかしその細い指を肩に当て、
肩こりがひどいと言わんばかりにぐりぐりとまわして――ふっとその女性は、こちらへと向き直った。
「もういい加減、本当のことをすぱっと言うべきだとあたしゃ思、う…………」
紫の髪の下、金の双眸。
どことなく神秘的なイメージがありながらも、ある意味爽快なまでの気のよさを表情に持った、若い女性。
しかし今、その表情に映っていたのは――純粋なる驚愕だった。
一方、ラディたちも――バニシング・ボディーの効力がすでに切れているラディたちも、
そんなことに気付かぬほどに驚愕の表情にぽかんと口をあけ、女性の顔を見つめていた。
「………………」
「………………」
沈黙は、一瞬などではなく――たっぷりと、時間をかけて。
「……ええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
驚愕の、叫びが――清閑なファブールの空気を、やかましいまでに強く強く揺さぶった――
「……特異体質……?」
クレセントの言葉に――苦い表情で、ヤンは静かに頷いた。
……あの後――出入りを殆ど禁止されている東の塔から響き渡った絶叫に、モンク僧たちはパニックになったが――
なんとか駆けつけたヤンによってなんとかそれを誤魔化し、強権で押し切り――そして1時間を置いて。
ようやっと、驚愕から立ち直ったラディたちに――改めてヤンが、事態の説明を始めたのだった。
「……私がシャオと暮らすようになってから、もう15年になる……しかし、
最初に会った時からずっと、シャオは全く見た目が変わっていないのだ……」
「それでも、五年くらい前までは髪と瞳の色をちょいと変えて、
化粧で誤魔化せば『若作りしてるおばさん』っていうのでなんとか押し切れたんだけどねぇ」
からからと、ヤンの隣で陽気に笑う女性――シャオ。
確かに実際、この見た目で42歳だと言われても絶対に誰も信用してくれないだろう。
その肌はまだまだ張りがあり、見た目は美人の部類をストレートに突き進む美貌っぷり。
神秘的な紫の瞳に、どこか――あのホブス山の白妙を思わせるような、珍しい金の双眸。
この性格の底抜けな明るさと大雑把さが無かったならば、どこか高貴な家の出かと聞いても過言ではないのだ。
言われた通り――その見た目はミレイユと同い年か、少し上かぐらいにしか見えない。
「……しかし、仮にも国の長……大僧正となった以上、シャオを表に出さないわけにもいかん。
だが……いつまでも歳を取らんなどという体質のシャオを、国民が受け入れるかどうか……」
「……確かに……」
ファブールと言う国は、その成り立ち上の問題からか――妖怪、妖魔といった、
いわゆる『妖』という、モンスターとも亡霊とも異なる異種の怪物の存在を信じている国でもある。
今でこそファブールはミシディアと国交が深く、互い定期船を出しているほどの仲であるが――その創立当時は、
ミシディアの魔法使いを「怪しげな妖術」と言い、忌み嫌っていたほどなのである。
「私とて、別に問題は無い……そう思いたいが……当時はこの国も『マザーボム』や『赤い翼』の襲撃のために、
生え抜きの僧兵たちを失い……国としての磐石が揺らいでいた時だ。
そんな中、このようなことを公言し……不安に揺らぐ民たちが、本当に是認できるのかと思い、つい……。
……結果とはいえ、騙すような真似となり……申し訳ない」
「いえ、そんな――」
「大僧正が誤る必要はどこにも無い――非はこいつらにあるんだからな」
冷たく言い放ったのは――聖剣に手を携えていたオルステッドである。
カインとの剣戟が、絶叫のせいでうやむやになったことに不満があるのか――彼らしからぬ不快さを声に顰め、続ける。
「このややこしい時に、強盗まがいの無断侵入をしようとしたのはこいつらだろう?
それも、相手はこの国でも最重要に護衛すべき対象に対して――これは終身刑か極刑でも、文句は言えな――」
「まあいいじゃないか。……あたしは別にこの子達に危害を加えられたワケじゃないんだし」
「……しかしだな――」
「あら――オルステッド。あたしがいいって言ってるのに、それを捻じ曲げることがあんたに出来るのかい?」
「……それは、そうだが――」
「二人とも止めろ。……両方の言い分は、どちらも正しい」
オルステッドと、シャオの不毛な言い争いを中断させ――ヤンは改めてラディたちに向き直る。
「……私がきちんと説明していなかったのが、そもそもの発端だ……そなたたちを罪に問う理を、私は持っていない。
ただ――無断でこの塔に入ったことも関心は出来ない……今後はこういったことは、謹んでもらいたい……よろしいか?」
「は……はい」
「……よし、ならばこの話はもういいだろう。……二人とも、依存は無いか?」
「あたしゃ最初から別に依存も何も無いさね」
「……依頼主がそういうなら、仕方あるまい」
そのやりとりに――どうやら、罪に問われることは本当に無いようで――ラディはほっと胸をなでおろした。
「……ところで、あんた達……お腹は空いてないかい?」
「そういえば……」
シャオの、その言葉に――ラディは今日、朝に軽く食事を取ってからずっと今まで、食事を取っていないことに気がついた。
すでに日は落ち、夜空に星が瞬き始めている時間だと気付いた途端――ぐうと、音が響く。
「どうやら、体は正直みたいだね」
「うっ……」
あまりにタイミングの適したその反応に――ラディは耳まで赤くなって俯き、シャオはにっこりと笑うと、
「……よし、なら久々に腕によりをかけて、ファブール料理をごちそうしてあげようかね」
「えっ……いいんですか!?」
「気にすることないよ。……あんた達が必死こいて来てくれたおかげで、この国のクリスタルは救われたんだからね」
「うむ。……それに、自分で言うのもなんだが……妻の料理の腕はこの国でも随一だ。
恐らく、城下の料理店で今から夕食を摂りに行くよりもここで食べた方が美味い……遠慮することはない」
「おや、珍しいね……あんたがあたしの料理をほめるなんてさ」
「いつも褒めているだろう。……ただ、調理器具で私の頭を殴るなと言っているだけだ」
「大丈夫さね。……あんたの頭を殴る器具は、きちんとそれ用に買ったやつだからね」
「なっ……こら!」
ヤンが流石に怒って腕を振り上げた時――ひょいとシャオは身をかわして、台所に入っていく。
その様子に、一同が笑う中――ミレイユは隣のラディの肘をつついた。
「……ね? やっぱり私のカン、当ってたでしょ?」
「そうだな……確かにあの時は驚いた……」
「……? その割には案外、今話を聞いたところでは冷静に見えるけど……?」
歳を取らない、特異体質など――普通聞けば、こんな素直に受け入れられるものだろうか。
しかし、それに対してラディは微笑すると、
「ああ……それはまあ……バロンに似たような体質の人がいたから……ですよね? オルステッドさん」
「……レディパールとアセルスの事か」
ラディに話を振られたオルステッドは、やはり熱の無い声でではあるが――それでも案外あっさりとラディに答えた。
暗黒騎士団九番隊隊長レディパール。そして、暗黒騎士団十番隊隊長アセルス。
女性ながらも一隊の長を任されるこの女傑達は、実はガーランドが団長に就任する前から暗黒騎士団に所属している。
十二番隊隊長のガフ・ガフガリオンに次ぐ古株――その年齢はアセルスが32、レディパールにいたっては45を超えている。
しかし、二人の見た目は若々しく――実際の年齢から10ないし20引いたとしても十分に通じるものがあるであろう。
元々、バロンでも有名な戦士の家系に生まれたレディパールは、その家系に代々伝わる黒真珠のエネルギーを受けることで
肉体が活性化し、結果として肉体の最盛期の状態を永く保つことが出来ると言う理由から、
そしてアセルスは――その『暗黒』である『幻魔相破』によって相手の精気を吸引し、若さを保っている。
『千年石の騎士』、そして『半妖』の二つ名は伊達ではない――というところか。
「……だからまあ、別にこういう人がいても……驚かないと言うか」
「……びっくり人間って、ラディだけじゃなかったのね……」
何故かうんざりとするミレイユに――バロンのびっくり人間たちは、互いに顔を見合わせて首をかしげた。
そして、談笑の中――兜の中で一人、口を閉ざした男――クレセント。
彼は、この中でただ一人――まったく別のことを考えていた。
(……あの、クリスタルの魔物……影は、確かにあの『暗黒』――デストレイルで消え去った。
だが……だからといって、本体が消え去ったわけではない――)
そう――影あるところ、実像が必ず存在する。
ミレイユが、シャオが怪しいと言った時――表立って逆らわなかったのは。
もしかすれば、彼女こそがその『実像』なのではないか――その可能性があったからだ。
しかし――実際に会って、どうやらその危惧は外れてくれたらしい。
彼女からは、確かに少し――人とは違う、不思議な何かを感じるものの――決してクリスタルと関わりのあるものではない。
自分の闇のクリスタルは、彼女には特に反応を示さず――相変わらず微弱な反応が続くだけだ。
そう――それが示すのは。
まだ、この国のどこかに。
どこかに――あの『ハジュン』の実像とも言うべき存在がいるのである。
(……ならば、それはどこにいるのだ? ……ゼロムスの意思を継ぎ、実像化したとも言うべき存在は)
だが――その反応は、逆に探知をかけられるほどには強くない。
だからこそ――その実像たる存在も、わざわざ微弱な波動を漏らしているのだろう。
狡猾なそれは、おそらく人の姿を借りて。
何食わぬ顔で。
……こうやっている今の自分を、あざ笑っている――その嘲笑が波動となり、クリスタルに響いているのだ――
(ゼロムスの意思を継ぐ者は――何処にいる?)
クレセントの心の問いが、静まった闇夜のファブールに木霊した――