Final Fantasy W
After story
〜第三十四話〜『インターミッション』〜
ファブール城、謁見の間前の階段――クリスタルルームでの一件から二時間の間を置いて、
クレセントやミレイユたちはすでに集合場所としたこの場所に集合していた。
……と――
「……みんな、もうついてたのか」
「ラディ〜……遅い」
「ご……ごめんごめん」
ミレイユの言葉に、ラディは申し訳なさそうに謝る。
「……ちょっと、迷っちゃってさ。いや……本当、城の中に町があるっていうだけあってもう込み入ってて……」
「まあ、確かにそうかもしれんな……。何なら今度、私がこの城を案内しようか?」
「ああ、頼むよ」
クレセントの言葉に――ラディは苦笑しつつ、右腕をさする。
「それじゃ……いこうか」
宗教国家ファブール・謁見の間――
他国のものに比べ、質素としたものであることは否めないが――それでも国の顔として、最も壮麗に彩られた間で。
唯一の入場口である、階段の最上――屈強な筋肉に包まれた、二人の僧兵が黙礼し、音も無く左右に割れる。
そして、玉座に静かに座る男が重々しく口を開いた。
「……改めて。私がこの国で17代目の大僧正を務めているヤン・ファン・ライデンだ」
あくまで修練中であった先刻とは違い――きちんと正装した、辮髪の男。
宗教国家の長らしく、優しくも威厳あるその姿は――紛れなく、この国の長であった。
思わずラディは膝を折り、頭を垂れて名乗る。
「じっ……自分は、元バロン王国軍陸兵団所属・第038小隊隊長のラディ・オルティニアです」
「……同じく、元バロン王国竜騎士団一番隊隊長のカイン・ハイウインド」
「ダムシアン所属・モンスター学者ミレイユ・ワイアットです」
「同じく、ダムシアンで科学者をしていたエルナ・セルリードです」
「……クレセントだ。理由があって、旅をしている」
「うむ……」
一見すれば、やたらと黒づくめの珍妙な一行――しかし彼らが信用に足る人物であることをヤンは知っている。
彼は鷹揚に一度、頷くと――階段の脇に立つ、二人のモンク僧を目で促す。
二人は、王の暗に言わんとしていることを理解し――やはり無言で一礼すると、静かに謁見の間を退出した。
後に残ったのは、彼ら当人と、そして――
「……ようこそファブールへ、旅の方々。そして、大僧正の話では……この国の危機を救っていただいたそうですね。
私からも、お礼を言わせてください。……ありがとうございます」
玉座から、ゆっくりと頭を下げる女性――正直、あまり正装の格好が似あっているとは言いがたい女性。
ヤンの妻であり、この国の王妃――ヤン・シャオ・ライデンその人である。
夫を影から日向から支えたことで――五年前の騒動での「愛のフライパン」の一件で有名な女性である彼女。
昔は美人であったそうだが――今は中年女性特有の老いには勝てず、すっかり下町のおばちゃんといった態で、
どちらかといえばこういった着飾った格好より、下町で普通の格好にエプロンをつけていたほうが似合いそうである。
まあ実際、ダムシアンの王侯貴族などと違い、ファブールにはそういった特殊な界隈が存在しないため仕方ないのだが。
ともあれ、とりあえず頭を下げて――ラディがヤンへと再び視線を戻した時、ヤンは一つ咳払いをして、
「人は払った……顔を上げて、楽にしてくれ。そなた達はこの国の危機を察知し、知らせてくれたダムシアンの使者。
国としても、そして私個人としても……賓客として扱わねばならぬからな」
その言葉に――ふっと全身の緊張を抜く一同。それを見てヤンは微笑すると、
「……いろいろとごたごたしていたが……とりあえず、一段落したのだろう? クレセント殿」
「う……うむ」
クレセントにしては珍しく、あまり歯切れの良い答えではなかったのだが――知ってか知らずか、ヤンは一つ頷くと、
「ならばこのあたりで、互いにもう一度、詳しく情報を整理しようと思うのだが……」
その言葉に――クレセントは今度はしっかりと頷いた。
それをラディは確認して――ゆっくりと、話し始めた。
これまで、彼の旅先に起こってきた数々の異変を――
「………………ふむ……」
すべてを聞き終えて――ヤンは顎をしゃくって嘆息する。
「……幻獣の発生に、モンスターの局地的増大……クリスタルの異変……」
「……やはり、信じてもらえないでしょうか?」
ラディの言葉に――しかしヤンははっきりと首を横に振ると、
「いや……先刻、その一端をこの目で見たばかりだ。現実に起こったことを信じないわけにはな……。
それに我が国としても、それに思い当たる状況に出くわしていないわけではないのだ……」
「……え?」
ヤンは一瞬、話すのをためらうかのようにためらいを見せたが――しかし口を開く。
「……今から約、一年と半年ほど前のことなのだが……。このファブールを、『成体』のマザーボム5体が襲撃したのだ」
「――本当なの!?」
ヤンの言葉に即座に反応したのはミレイユだった。思わず立ち上がり、目を瞬かせている。
「ミ、ミレイユ……そんなに凄いことなのか?」
「凄いわよ……っても、まあモンスター専攻もしてないラディにはイマイチ判らないないわよねぇ……」
軍学校ではそれなりに学業成績も優秀だったラディだが――いかんせん、その教材がバロンは古い。
現在ではそれも改善され、きちんとした教材が提供されているが――
改善がされたのは、ラディが軍学校を卒業したしばらく後であったのであった。
ミレイユはやれやれ、とばかりに苦笑すると、指をぴっと立てて『解説モード』に移行する。
「……いい? そもそもボムっていうのは、前に散々戦ったけど……生物としては極めて特異な存在。
殆どゴーレムやアサルトドアーみたいな人工モンスターに近いものがあるわ。
そして何より、その異常なまでの体温ゆえに、彼らには熱に弱い生殖細胞が存在しないの。
だ・か・ら♪ ボムたちが個体数を増やそうと思うんだったら――細胞分裂のように自らの体細胞の一部から、
自らと同じ存在を生み出してぼこぼこっと増えていくってワケ♪」
「……? そうだとすると……事実上、ボムっていくらでも増えていくんじゃ――」
カイポでの戦いが記憶に新しく――ぞっと首の辺りをなでるラディに、しかしミレイユは指を振って――
「ま、そのあたりは生命の淘汰というか、なんというか……上手く出来てるのよねぇ。
分離した部分からボムを生産できる細胞も、生殖細胞とは違うけど……それなりに特殊な細胞なの。
持っているのは、ボムの中でも一万匹に一匹、いるかいないか……っていう極低確率だったりするのよね♪
で――その細胞を持っている特殊なボムを、ボムの母――マザーボムって呼んでるワケ♪ 判った?」
「あ、ああ……けど……そんな希少なボムが五体も一度にっていうことは――」
「……凄いでしょ?」
なるほど、モンスター学者であるミレイユから考えれば十分、驚愕に値することだろう。
「――マザーボムが大量に現れたことが驚愕に値するのは……単に数が希少だからというだけではないぞ」
と――ミレイユの言葉を引き継ぐような形で口を開いたのは、先刻からずっと何かを思案していたクレセントだ。
「……実際の脅威として……マザーボムは通常のボムより遥かに戦闘能力や生命力が高いのだ。
五年前、セシルたちが戦ったマザーボムは死の間際、大爆発を起こし……六体のボムを生み、果てたと記されている。
しかし、あの時戦ったマザーボムは、言うなればそう……『幼体』――
分裂現象を行なった後、自らをまだ維持することの出来ない未熟なものだ。
数百年を生き、この街を襲った『成体』となったマザーボムは……それこそ幻獣に匹敵する戦闘力を持つこととなる」
「なっ……!?」
絶句するラディにかわって――クレセントの言葉に相槌をうったのはヤンだった。
「……その通りだ。死者こそ出なかったものの、わが国は僧兵・一般市民も含め多数の重軽傷者を生むこととなった」
ファブールのモンク僧たちは、日々鍛錬を重ね、修練を積んできた手練ればかりだ。
実力は、そう他国の者と引けを取るとは思わん……だが、それはあくまで対人戦におけるものでしかない。
不要な殺生を避け、組み手と自己鍛錬のみを行なっているのだから当然といえば当然だが……
ゴブリンのような雑魚はともかく、あのマザーボムのような強力なモンスターに対しては……わが国は無力……」
……とても苦い表情でヤンは瞑目する。その瞼の裏に甦るのは、去りし日の光景。
かつて僧兵隊隊長であった五年前、多くの部下を失った時――マザーボムは幼体であったにもかかわらず、
腕利きで知られる自分の部下たちがあまりにも無力にやられていくその様が、今も鮮明にそこには残っている。
「それでもなんとか、二体までは倒したものの……もはやその時には、私の周りに戦いに耐えうるものはいなかった。
……私もあのときばかりは、死を覚悟したが……そんな時に現れ、残りのマザーボムを瞬く間に屠ったのが――」
「――……傭兵家業に戻った、当時の私というわけだ」
ヤンの言葉を引き継ぎ、口を開いたその男――ラディ達の後ろから表れたその男は。
「……オルステッドさん……」
聖剣を携えた、元バロン王国軍暗黒騎士団一番隊隊長は――その赤銅の瞳にやはり霜を下ろしたまま続ける。
「まったく……こちらとしては単に、暗黒騎士でも雇ってくれる仕事場を探していただけなんだがな……。
やはり昔どおりにはいかないということか……こうなると、逆に暗黒騎士の肩書きも荷だな」
「……どういうことだ? 傭兵家業に『戻った』ということといい……お前の動向が見えんが、『魔王』」
カインの言葉に――オルステッドは軽く肩をすくめる。しかしその瞳におどけた様子は無く――瞳は冷たい。
「どういうことも何も……私は元々バロンの生まれではない。ガーランドに拾われるまでは傭兵として渡り歩いていた。
もっともそのときの私は、今ほどの実力も無く……『二つ名』も違ったからな。この過去を知るものはそうそういないが」
実際――暗黒騎士に関して『マニア』と言われてもおかしくないほどの知識を持つラディも知らなかったことである。
「暗黒騎士団が解散してしまった以上……私も生きるためには金がいる。そこでまた、傭兵に戻ったが……。
暗黒騎士を雇うような気丈な国はそうそう無いからな。流れ流れて、ようやっとこのファブールについた途端……これだ。
正直、面倒以外の何者でもなかったが――暗黒騎士への偏見の薄いこの国以外で仕事場を見つけるのも骨だ。
仕方なく、始末してやった……無償でな」
言ってのけるオルステッドの声には苦労などは微塵も無く――本当に『面倒』でしかなかったのだろう。
しかし、成体のマザーボム三体を相手にして、苦労も無く勝利するなどということは常識では考えられない事である。
尋常ならざる、その強さ――強すぎるがゆえに、雇い主側としてもこの手をかまれそうな狂犬に関わりたくないに違いない。
「けど……そんな話、聞いたことが無いわね……噂も聞かなかったわよ?」
「まあ、この国の問題であるし……少々知られると厄介なことをしているからな。仕方あるまい」
「厄介な……こと?」
ミレイユの問いに――ヤンはひとつ頷くと、
「……この一件で、私はこの国の対モンスターに関する防衛面での弱さを痛感した。
そして、この一件から……だんだんと、モンスター達がその力を増していることを知った。
しかし、我らの修練の理念から……モンスターを訓練だからとはいえ、むやみに殺傷するわけにもいかぬ。
……ゆえに、私は対モンスター用に……国として大々的に傭兵を雇い入れることに決めたのだ」
「……傭兵を……」
「世界各国を、己の腕一つで渡り歩く傭兵たちならば……モンスターを相手取っても引けを取ることは無い。
実際、オルステッド殿はあっさりとマザーボムを退けてくれたのだしな。
そして……現在ではこのファブールとして雇った傭兵の数は五十人といったところか。
しかし、仮にも一国が国を挙げ、傭兵を雇っているなどと聞けば――」
「……十中八九、戦争かなにか……不穏な準備だと見て取るのが、普通だろうな」
一人二人、数人程度なら国として傭兵を雇う国家は珍しくない。
ダムシアンでも、ゼルビノやアルベルト・ロッドなどといった傭兵をラディ達は見てきた。
……しかし、一部隊を編成可能なほどに傭兵を、しかも一年という短期間に集めたとなれば――そう考えるのが妥当だ。
たとえヤンが、そのような人物ではないということを十分に理解していても。
ありとあらゆる可能性を考え、その可能性をできる限り早急に対処せねばならない――それが国王というものなのだ。
「ゼロムスが消え去り、五年――ようやっと世界に恒久的な安息が訪れたという時に、それを乱すことはしたくはない。
それゆえに、この一件は絶対に他国に漏らすわけにはいかなかったのだ……」
重く、嘆息したヤン――言葉にすることで、しかしその重圧から少し解放されたのだろう。
そしてそんなことを口にして語ってくれたのは――恐らく先刻の一件で、自分達が信用に値すると信じてくれたからだろう。
カイン・ハイウインドの存在も大きかったのかもしれない。
……だが――
(私に知れ渡った以上……どうするのかしら?)
心の中でひっそりと呟くミレイユは――身分を隠しているが、これでもダムシアン第二王位継承権所有者。
国王有事の際には、国王に代行して施政権を行使することが出来る――いわば国家としてのダムシアンの代表に近いものだ。
自分がもし、このことをギルバートに告げたなら、それは国交の間に重大な問題点が発生するのだが――
「傭兵を大々的にって……金銭的に、大丈夫なんですか?」
そんな時――質問をヤンへと投げかけたのはラディだ。
「その……オレはあんまり、傭兵には詳しくないんですけど……それでも、
一年二年なんてそんな長期期間の間、50人もの傭兵を雇うなんて――」
ラディの問いに――ヤンは思わず苦笑すると、
「いかにこのファブールが大した産業も無い国家といえど、一応これでも国家なのだ。
いくら傭兵の相場が高いとはいえ――国庫を傾けてくるような金額を要求するような傭兵はおらんさ」
「あ……」
その言葉に――恥ずかしさと、そして失礼であったことに気がついて――ラディは赤面して俯く。
その様子に、思わずそこにいた一同はどっと笑い出した。
「確かに私は安くは無いがな……レオンの息子。それでも十分すぎるほどの金額はもらっているし、国が傾くわけでもない。
生活費や酒代といった個人の出費で国が傾くことは無いのと同様にな」
「……だって、姉さん」
「ぐぅ……」
オルステッドのその言葉は、別に意図して言ったものではないのだろうが――
その言葉に、自らの酒代で国を傾けつつある美貌のモンスター学者は思わず返答に詰まってしまう。
……と――
「……ともあれ、情報の整理はこのあたりでよいか……?
クレセント殿。もうあの風のクリスタルは、あのような事態には陥らないのだろう?」
「うむ。……ただ、ダムシアンのように発生するエネルギーを随時吸収していけるならばいいが……
そうでない以上、永久に、とは断定できんものの……恐らくあのような形で暴発する事態はしばらく無いはずだ」
その言葉に――ヤンは満足したように頷くと、
「そうか……そなた達はこの後……このことをミシディアに告げに行くのであろう?
こちら側で、船を手配した……若干今は、船の整備に数日の時間がかかるものの……それまで街でゆっくりしてくれ」
「船を……いいんですか、大僧正?」
「なに、気にすることはない……事態が事態なのだからな。
それにギルバート殿の親書に、その船代をダムシアンが負担してくれると書いてある……この国の懐は痛まんからな」
ヤンはエルナの言葉にそう答えると――玉座から立ち上がった。
「……ならば、今日のところはこのあたりでいいだろう。……休息を挟んだとはいえ、互いに今日は身心ともに疲労した。
そなたたちにはこちら側で宿を取っておいた。……そこで今日のところはゆっくり休むといい」
そう締めて、妻を引き連れて奥へと下がろうとするが――しかしその時。
「……!! ま、待ってください!!」
慌ててそれを呼び止めたラディに――しかし怒ることも無く、ヤンは振り返る。
「……どうしたのだ? ラディ殿」
「あ、あの……非常に私事で恐縮なんですが……大僧正に、お聞きしたいことがあるんです」
「……ふむ……一体、何を?」
ヤンが聞く体勢になったところで――ラディは一瞬、自分を落ち着かせるために息を吸って、
そしてヤンの目をはっきりと見て告げた。
「大僧正は……大僧正は『負の試練』のことについて……何か知ってらっしゃいませんか?」
「負の……あの、暗黒騎士が暗黒騎士としての力を得るための試練の事か?」
「はい。……オレはそれを受けれる場所を探してるんです。
……それで、ダムシアンのギルバート陛下にも聞いたんですが……。
この国なら――暗黒騎士を許容しているこのファブールの長たる貴方なら、
負の試練の事について、何か知ってらっしゃるのでは、と……」
――それは、ラディにとってはもっとも重要な質問。
無論、ギルバートから頼まれたことを無碍にするわけではないが――それでも、彼がこの国にきた一番の理由はそれだった。
心臓の高鳴りを押さえ、ラディはヤンの返答をじっと待つ。
……しかしヤンは残念そうに首を振ると、
「……いや……私も流石に、それは……。確かにこの国では暗黒騎士を許容し、彼らのために武具を鍛えているが……」
と、ヤンはそこで顔を上げると――
「……そうだ。それならば、実際にバロンで暗黒騎士をやっていたオルステッド殿の方が――」
しかし、話題を振られたオルステッドのほうは――すでに王の間を退出しようとしていたところだった。
「ちょっ、待ってくれオルステッド殿。……そなたなら、負の試練の事を――」
「――教えると、思っているのか?」
ヤンのその言葉をぴしゃりと斬り捨てる。
そして霜の降りた赤銅が、自分の護衛対象から紅鋼玉へと移って告げる。
「『負の試練』のことは……バロンでも最重要機密に値する。そして暗黒騎士は……その詳細を絶対に明かさない。
レオンの息子……それを知らないお前ではないはずだと思ったが?」
赤銅の冷たい瞳に――ラディは黙って俯き、歯を食いしばるようにしていたが、やがて――
「…………判ってます……オレも、それは知ってます。……それでも、オレは……!」
「………………」
オルステッドはしばし無言で、そのラディの紅鋼玉の瞳の真摯なまなざしを受けていたが――
唐突に何もいわず、するっと視線を外し――そのまま階段を下りていった。
その様子に――ヤンは残念そうに首を振ると、
「……すまんな。私では、君の力になれそうもないようだ……」
「いえ……こちらこそ、無理を言って……申し訳ありませんでした」
「……残念だったな」
王の間を、退出して――その階段の下で、クレセントが気遣いながらラディの肩を叩いた。
「いや……オレもまあ、なんとなくそんな気がしたし……それほど落ち込んでないさ。
それにここで負の試練のことが判らなかったとしても、負の力で鍛え上げられた武具に、
暗黒羊羹……デスブリンガー奉納所だって無くなったわけじゃないんだし。楽しみだなぁ〜」
そう言って笑ってみせるラディだったが――その肩ががっくりと垂れているのは仕方のないことだった。
「……カインよ。お前は『負の試練』のことに関して、何か知っていることは無いのか?」
話題を振られ――カインは顎に手を当てて、自分の記憶を探ってみたが――
「……いや……残念ながら判らん。……バロン王国でも、『負の試練』に関することは国家機密級の秘匿情報だったからな」
「そうなのか……?」
「ああ。……パラディンの『聖の試練』や、俺達竜騎士の受ける『竜の試練』は……試練自体が人を選定する。
前者の場合、試練上である試練の山が。……後者の場合は飛竜自体がな。だから試練を受けられた時点で自信がつくし、
その自負がある限り――凶行に出ることはまずない。……だが暗黒騎士の『負の試練』は……それとは逆だ。
試練で力を得ること自体は誰にでも出来る。……自我が保てるかどうかは別としてな。そして、その選定を行なうのは、
あくまで人間の主観でしかなく……よほど強固な自制の精神が無い限り、力に溺れて自滅する可能性が常に付きまとう。
自分が本当に暗黒騎士に適しているのか……それとも、今はたまたま力に呑まれなかっただけなのか。
その不安に打ち勝つだけの強固な精神力を持てるものなど……限られてくるからな」
僕は負の試練に、打ち勝つことが出来なかったから――
酒を飲み交わすたび、自分の無二の親友が自嘲気味に漏らしていたその一言が、カインの心に痛く残っていた。
「……ただ……暗黒剣は別に、バロン創設後に作られた剣技ではない以上……太古の昔の暗黒騎士たちが、
どこか別の場所で『負の試練』を受けていたのは確かなはずだ。……ラディもそれに賭けたんだろう?」
「ええ……。……そう思って、バロンを飛び出したんですけど……」
苦笑するラディだったが――内心、まさかここまで情報が少ないとは思わなかったのも事実であった。
暗黒騎士を廃した、セシルの真意を知るために。父との、約束のために。
――罪を重ねないために。
暗黒騎士に、ならなくてはいけない――
焦ってはいけないというのは重々承知していた。
しかし、こうも情報が無くては――
「…………怪しい……」
と――その時。今までファブールで起こったモンスターの異常発生のリストに目を通していたミレイユが、
そこから顔を上げて呟いたのが――今の一言。
「怪しいとは……どういうことだ?」
「まさか、そのモンスターの発生に関する――」
「あ、ああ……そういうことじゃないのよ。ゴメンゴメン、ややこしい言い方して♪」
表情を厳しくしたカインとクレセントに――手を振ってミレイユは否定する。
「そうじゃなくって……私が怪しいっていったのは……シャオ王妃のことよ」
「シャオ王妃って……」
「ヤンの……奥さんのことか?」
そう言われて――きょとんとなった一同に、ミレイユは頷く。
「……別に怪しいところなどないだろう。……確かに五年前は、もう少しほっそりしていたが……」
首を振って、その言葉を否定したのは――この中で唯一、五年前の騒動の時から彼女の顔を知っているカインだ。
「見たところ、別人というわけでもなかったし……誰かが化けているなどという風には見えなかったが?」
「そこなのよ」
カインの言葉にびしっとミレイユは指を突きつける。
「……あまりにも、歳相応に歳を取りすぎている……これってちょっとおかしいのよ」
「……なに?」
「普通、女性って言うのはどんな人でも……自分を綺麗にしたい、年に抗いたいっていう意識があるのよ?
なのにあの人……あんまりにも型にはまりすぎてる。……わざとらしいくらいに」
あんまりといえば、あんまりな言葉に――ラディは半ば呆れながら、
「ミレイユ……そんな、根拠の無い理由で――」
「……調べてみる必要があるわね」
「姉さん!?」
本気の表情で、ぽつりと呟いたミレイユに――エルナは愕然となる。
「ちょっ……そんな、いくらなんでもそんな理由で勝手に他国の国主を探るって言う気なの!?
しかも他国の人間がそんなことをしたら……良くて重罪人、悪くて国際問題に――」
「あら♪ ……だったらバレないようにすればOKでしょ?」
「そういう問題じゃなくて――」
「いいじゃないの。……何も問題が無ければそれに越したことはないし、何か問題があったら……それこそ問題よ?」
あくまで言い張るミレイユに――エルナははぁ……とため息を一つつく。
「姉さんがこうなったら……もう口で言っても止まらないわね……」
「よく判ってるじゃない♪ さっすがは私の妹ね♪」
「そうね……だから、私が責任を持って事態を収拾する必要があるわね」
しかし次の瞬間――彼女が手にしていたのは、照明に鋭利な輝きを返す、白銀色の巨大な大鎌。
「……どういうつもりなのかしら? エルナ」
「決まってるわ……口で言って、聞かないのなら――」
軽やかに――しかし力強く、エルナは床を蹴って――
「姉さんの馬鹿を――力づくで無理やり止めるだけのことよ」
大鎌が旋回し――その鋭利な刃が、雷光の如き速さでミレイユに落ちかかる――
しかし。
その刃は、ミレイユを捉える寸前に――まるで見えぬ壁でもあるかのように、ぴったりと止まっていた。
「……そう来ると思ってたから……対抗策を用意してない私だとでも思ったの?」
ふっと笑う、ミレイユ――その彼女が、自分の頭上に掲げ。
エルナの刃の数センチ手前でぴたりと掲げられたのは―― 一冊の、本。
「その本は……!?」
驚愕に声を漏らしたエルナは――本の正体を、知っていた。
何故なら、その本が傷つくことを恐れて――エルナは大鎌を振り下ろすことが出来なかったのであるのだから。
「『英知の結晶・バブイル』――バブイル・ウィズダムの第一人者ルゲイエ博士が、その生涯においての自らの研究を、
自費出版で一冊の本に纏め上げたっていうこの本……世界に数冊しかないこの本のこと、やっぱり知ってたわね♪」
「そっ……それを、何で姉さんが……!?」
「あら♪ 私だって、別にただ世界各地を巡ってたわけじゃないのよ? ……アガルタの古書市で見かけたのよね。
ちょっと値は張ったけど……こうやって、役に立ったんだから……十分、元はとれたわよね♪」
「くっ……!!」
姉を斬り飛ばしたいという感情と、研究者として喉から手が出るほど欲しい稀覯本を傷つけたくないという感情。
その二つが今、エルナの中で最終戦争を繰り広げていた。
人として、せねばならないことを為すか――研究者としての自分を優先するか。
究極の二択に、小さい少女が悩み果てていたところに――人を堕落させる悪魔の笑みで、ミレイユが甘言を注ぎ込む。
「この本……あげてもいいわよ?」
「本当!?」
ぱあっと光明の差したエルナへと――そして悪魔の取引を、ミレイユは持ちかけてきた。
「ええ――ただし、私の行動を黙認してくれるって言うならだけど」
「なっ……!?」
その選択に――エルナの心はさらに揺らいだ。
しかも、先刻より状況は好転している。
この場で姉を斬らなければ――何とこの本が手に入るというのだから。
しかしこの場で姉を斬らなければ――取り返しの付かない事態になるのは目に見えている。
自らの知性が、あらゆるシュミレート――あらゆる可能性の中で錯綜し。
究極の天秤に、二つをかけて――やがて、エルナが選択したのは。
「……くっ……私も、まだまだってことなのかしらね……」
とても悔しげに、そう漏らして――ミレイユの手から、本を受け取る。
かくして契約が成立してしまった。
「エルナ!?」
「クレセント……もう、私は自らの知性から引き返せないの……ごめんなさい……」
エルナの残念そうな言葉に――そして本をひたすらめくるその態度に、クレセントは歯噛みすると、
「くっ……ならば、この私が――」
「クレセント! オレも援護するッ!!」
トール・ハンマーとテュルフング――二人はそれぞれに武器を携え、諸悪の根源断たんと地を蹴ったが――
「はいはい♪ ……アンタ達二人に対しての対策もばっちりよ♪」
ミレイユが袖の下から迅雷の速度で引き出した二冊の本――やはりそれが万能の盾の如く、二人の動きを寸前で止めた。
「ぐぅっ……『モンスターの咆哮詠唱体系論』……!?」
「こ、これは……『忘れられし地・ファルガバード』の初版本……魔剣士フィギュア同梱版!?」
「案外、二人とも本好きだし……どう? 私の作成したこの星のモンスターの詠唱の体系論に、
ラディの好きな暗黒騎士小説の激レア本のコンビネーションは?」
ミレイユの笑顔に――二人の額から、一筋の汗が流れた。
「ぐぅぅっ……こ、これは……しかし……ッ!!」
「ここでミレイユを止めないと……けど……けど……ッ!!」
二人の中で、二つの想いが激しくぶつかり合うが――その勝者が決まるのに、そう時間はかからなかった。
「くぅ……この私が、こうも簡単に……」
「オレは……また、罪を作ってしまったのか……ッ!!」
無念に涙しつつ――しっかりと本を受け取る二人に、カインはあきれ果てて思う。
(なるほど……この女は『こういう』奴なのか……確かにラディでは、荷が重いわけだ)
後輩の前途多難な女性運に同情するカインに――ミレイユは向き直る。
「……さ、後はカイン・ハイウインド……貴方だけね。……抗う? それとも――」
「こうなっては仕方あるまい。……ついていってやろう」
「あ、あれ?」
懐から、彼用の『切り札』を出そうとしていたミレイユは――あまりの呆気無さにかくんと肩をすかす。
「……俺が何か言ったところで、どうせ意思を曲げるようなことはしないのだろうしな……。
それに俺がいれば、一応ヤンと友人である以上……ある程度、つぶしが利くだろうしな」
「……案外、無抵抗なのね……」
「フッ……どうも俺の周りには、人の話を聞かない奴が集まるようでな……もう、慣れた」
自分の今までの人生を省みて――何故か諦念漂うカインも納得したところで、ミレイユはぐっと腕を突き出し、
「じゃ……みんな納得したところで、早速行ってみましょっか♪」
釈然としていない一同を引き連れて、ミレイユは早速、ヤン達の住んでいる左の塔へと、足を進めていった。
ミレイユ :今回も、連載が遅れたわね?
エルナ :と、いうことで――頼むわ、クレセント。
クレセント:うむ――汝が名は知恵なり。汝が魂は誇りなり。
その咆哮は愚昧を吹き消す力となり、その豪爪は愚鈍を切り裂く剣とならん。
今ここに在りしは汝が領を犯せし咎をも畏れぬ愚者なれば、今こそその力を示し再び空を統べよ。
――異界の空統べし、六竜の神よ! 咆哮せよ――異界神竜『ヴァリトラ』!
ズバァァァァァァァァァァァッ!!
ミレイユ :……よし♪ 消滅したわね♪
カイン :しかし……今回ばかりは許してやってもいいんじゃないのか?
作者も熱で寝込むほどだったんだしな。
エルナ :そんなの、連載直前まで執筆を続けるって言う今の生活スタイルの方に問題があるのよ。
ただでさえ、この小説以外にもう一本連載しているオリジナル小説は更新が滞っているんだし。
ミレイユ :ま、作者への責任追及は後に回すこととして……とりあえず座談会を始めましょ♪
ラディ :とりあえず、今回の事で気になる点といえば……オレ的には、オルステッドさんの過去かな?
カイン :ここだけに適応される資料によると……元々オルステッドは、世界を渡り歩く傭兵だったらしいな。
たった一人の相棒とコンビを組んで、それなりに名も馳せていたらしいが……。
とある仕事の依頼を受けた後からその消息がぷっつりと切れているようだ。……その後、8年前に
暗黒騎士団団長のガーランドに、半ば殺戮鬼となっているところを倒されてバロンに収容されたらしい。
その相棒の生死も、依頼で一体何があったのかも……よく判ってはいないということらしいな。
エルナ :もっとも、そのあたりは……SFCの「ライブ・ア・ライブ」をプレイすれば判るんじゃないかしら?
大筋は大体、「あの展開」の通りっていうことらしいわ。
ミレイユ :ま、そのあたりはこっちでもいずれ書くことだし……先を知っている人だけ「ニヤリ」としてってことね♪
クレセント:しかし……負の試練……本当に、残念な結果だったな。
ラディ :……だから、もう気にしてないって。いつか必ず、オレは暗黒騎士になって見せるさ……!
カイン :……オルステッドは何か知っているようだったが……あの様子ではそうそう口を割りそうに無いな。
ミレイユ :どうでもいいけど、オルステッドとラディって……似てないかしら?
ラディ :オレとオルステッドさんが……一体、どのあたりが?
ミレイユ :髪型。
ラディ :グサッ!!(何かの刺さる音)
ミレイユ :前々から――オルステッドを出すって決めたときからずっと気になってたのよねぇ。
あのトップに飾られてたラディのイラスト……あの髪の流れ方はそのまんまって気がしない?
クレセント:しかし、以前お絵かきBBSに書かれていたラディは……また違う印象を受けたが?
ラディ :実は……オレ自身、自分の髪型の詳細知らないんだよなぁ……。
そもそもオレ、主役なのにイラストにされたことって殆ど無いし……。
カイン :確かに……エルナやミレイユは、それぞれに数点のイラストが存在しているし――
クレセント:私やカインは……それこそFF二次創作イラストレーターに無数にイラストにされているしな。
ラディ :みんな! オレの髪型ってどんななんだ!?
ミレイユ :もしかして……このラディの髪型の謎も、「エルナがどこから大鎌を取り出しているか」
「私の袖の中」と同じく……「FF4アフター七不思議」の一つに――
ラディ :ミレイユ……それはマジでカンベンしてくれ……。