Final Fantasy W 

 After story

 

〜第三十三話〜『魔王』〜

クリスタルから現れ出でた異形――ハジュン。

あれほど清純に澄んだクリスタルから生まれ出でたとは思えぬほど淀んだその瞳。醜悪な外見。

瞬間、不ぞろいに牙の生えたその口を大きく開けて――そこからまるで、地獄の底を震わすような咆哮が迸る。

そして、それを詠唱の代わりとして――クレセント達全員へと「ファイガ」が発動する!

「く……紅石に眠りし瞳、精霊の声に目覚めん……我が聖戦に光を――『ルビーの光』!」

しかし瞬間、クレセントが詠唱した魔法の方が発動は早く――ラディたち全員を包むようにした紅い輝きに跳ね返り、

爆炎がクリスタルルームを席巻し――詠唱したハジュン自身をも巻き込み、視界は紅の輝きを隔てて塞がれた。

「クレセント! あれは……倒してしまっていいのか!?」

「構わん! 恐らくあの「ハジュン」は、クリスタルの余剰エネルギーを利用して現出したものだ……。

 ゆえにあれを消滅させれば、当分の間クリスタルの暴走現象は起こらないと考えていいだろうからな!!」

その言葉に――ラディは即座に自身の心身を、戦闘用のものへと切り替える。

右手に添えていた左手は素早く鞘から短剣を引き抜き、そして右手が引き抜くのは――父の遺した暗黒剣・テュルフング。

その紅鋼玉(ピジョンブラッド)が炎の煽りに精彩を増し、輝き冴え渡る中にただ、状況を見据えて――

炎が消えたその瞬間、地を蹴るなりラディは勢いよく短剣を投擲する!

それは一直線に空気を切り裂き、その先にいるハジュン――あの炎の中、火傷一つ無かった異形の胸へと進み――

そして同時にラディはテュルフングを頭上に構え、袈裟切りの要領で駆け抜けるように両断せんと猛然と踏み込む!

「―― 一気にカタをつけさせてもらうッ!!」

鮮やか、と形容していいほどの速攻。ラディのテュルフングが、この異形の痩身を切り裂く姿を誰もが幻視した。

――そして、テュルフングはハジュンの肩口から、何の抵抗も無く入り込んで――

ラディはそのまま、ハジュンの体をすり抜けていった。

「……!?」

あわてて足でブレーキをかけて――しかし驚愕の表情で、ラディは自分が貫通して言ったハジュンを見やる。

まるで幻か何かのように、まったく何の抵抗も無く――するりとラディを通り抜けさせたハジュンは、

袈裟懸けにされたはずの胴体に微塵の傷跡すら見せてはいない。

気付けば、最初に投げたはずの短剣もまた、足元に転がっていた。当然その刀身には血の曇り一点無い。

「……こいつは……ということは――ならッ!!」

一瞬の考察の後――ラディはテュルフングを構え、鋭く叫ぶ!

「アポカリプス!」

その声に呼応し、刀身が膨れ上がったテュルフング――ラディの『暗黒』アポカリプス。

霊魂といったような、物理的な干渉を受け付けない特殊なモンスターだろうと、この全断の刃の前に断てぬ道理は無い。

絶対の確信を抱いて――それをハジュンめがけて横薙ぎに叩きつけるラディ。

アポカリプスは見事、ハジュンの腰の辺りから上半身と下半身を二つに分け、切り裂いて――

しかしハジュンはそれに、嘲笑にも似た獣の笑みを浮かべるのみだった。

「……なっ!?」

テュルフングを振りぬいたまま――ラディは信じがたいものを見た。

アポカリプスが切り裂いたはずの胴体。

それが―― 一瞬で繋がり、元に戻っていくその様を。

血一つ流すことも無く、幻影を切り裂いたかのように感じられない手ごたえ――

しかしラディが驚愕している隙を逃す道理はハジュンには無い。

その湾曲し、ナイフのように鋭い爪を打ち振るって襲い掛かる。

寸前、バックステップでそれをかわし――そのまま後方へと一転したラディの身軽さは賞賛に値したが――

「アポカリプスで……斬れない!?」

見開いたラディの瞳の下で――爪に浅く切られた頬が血を滲ませた。

 

 

「あああ――う、あああ、あああああああああああああああああああっ!!」

頭をかきむしるように抱え、絶叫迸る喉は血が噴出しかねないほど叫び続けている。

見開いた目は焦点があわず、ともすれば断絶しそうになる意識を保とうと、皮膚に爪が刺さって血を滲ませていた。

そんな、セシルを見て――しかしローザはただ、おろおろとするような女性ではなかった。

こんな時は――こんな時だからこそ、冷静でなくてはいけないのだ。

冷静さを欠いたときこそ――本当に、取り返しの付かないことになってしまうのだから。

だから彼女は落ち着いて――まず国王の座についている呼び鈴を鳴らした。

これで程なく近衛兵達が、この王の間に駆けつけてくるはずだ。

……しかし――それだけで終わらせる気は、ローザには無かった。

この状況を自らの力で打破するために、精神を研ぎ澄ませ、意識を集中させていく。

……セシルに一体、どういうことが起こっているのか――正確なところ、ローザには判らない。

ただ、これはセシルが望んでいるものではないこと――それをどこかから無理やり押し付けられていることは知れていた。

そして、それが外部からの力の干渉の結果なのならば――対処法は、ある!

「セシル……今助けるわ!」

世界でも有数の白魔法の使い手たるローザの魔力に呼応して、彼女の髪がさらさらと靡いた。

あたり一体へと、自らの意識を滑り込ませる感覚。

自らの精神で、世界を再構築していく独特の感覚の中――練り上げた設計図に力を注ぎ込む。

彼女が詠唱しようとしているもの、それはディスペルの魔法。ホーリー・アレイズと並ぶ、白魔法の秘伝の一つだ。

魔法には、ファイアやブリザドに代表されるいわゆる「攻撃魔法」、ケアルに代表される「回復魔法」。

そしてそれ以外に――「補助魔法」というものが存在する。対象の敏捷さをあげるヘイストや魔法を跳ね返すリフレク、

自我を喪失させ闘争本能を肥大させるバーサクなど、それこそ千変万化に富んだ効能の魔法がある。が――ディスペルは、

こういった補助魔法の一切の効果を消失させ、断ち切ってしまうというものなのである。

例えばスロウにヘイストを使用するなど、相反する効力を用いて補助魔法を相殺するということは不可能ではない。

しかしこのディスペルは――外部から受けている魔法の供給自体を寸断することによって、半ば強引に効力を打ち消すのだ。

ありとあらゆる補助魔法一切を寸断する必要があるために――非常に難易度は高く、使える白魔道士は少ないが――

この魔法ならば、いかにセシルに加えられている力が強靭なものであろうと、関係なく断ち切ることが出来る!

そして――ローザは今、高らかに詠唱を唱え、魔法を発動させた!

「……ただそこに在る真理の前に、あらゆる言葉は皆虚妄の産物――ディスペル!」

魔力がその存在意義を与えられ、今ここにディスペルは発動する――しかし!

ばちぃっ――!!

「…………な……」

呆然と、呟いたローザの頬から――うっすらと、血が滲んだ。

……それはディスペルが強制的に破られ、暴走した魔力が頬を掠めたせいだ。

しかしそのことよりも――彼女が呆然となったのは、自分のディスペルがこうも簡単に破られたことだった。

史上最高の、白魔法の使い手――その二つ名は流石に誇張だとしても、自分が相当の使い手という自覚はある。

そしてこのディスペルという魔法は、その魔法自体にあらゆる外部からの干渉を撥ね退けるほどの力が備わっている。

そのディスペルに、自分の高い魔力が加われば――これを破ることなどありえるはずが無い。

はずが無い、というのに――今、まぎれなく触れた瞬間にディスペルは破られてしまった。

そんな凄まじいまでに、彼に今かかっている力と自分の力に開きがあるなど――

彼女を驚愕させたのはそれだけではない。

彼女がディスペルを唱え、それが破られた瞬間――見たのだ。

……彼の握り締める、彼だけの光のクリスタル――そしてエクスカリバーUが輝きを増したのを。

そしてそれが――彼女のディスペルをこうも簡単に破り、相殺してしまったのである。

それはまるで、彼を守るかの様に。

……まるで、ディスペルを唱えた自分の方が、彼を脅かす脅威だといわんばかりに――

「……こんな事って……!?」

 

 

「くっ……はあああああああああああああああッ!!」

猛然と踏み込み、カインの手が閃いて瞬間、穂先の壁が出現する。

それは的確に「ハジュン」の急所を貫いていくが――僅かにその実像がぼやけるだけ。

霧か霞か、ハジュン自身にはまったくダメージというものが見受けられない――

「命脈は無常にして惜しむるべからず――葬る! 不動無明剣!!」

ヤンの連れてきたパラディン・シユウの聖剣技が、魂の剣となってハジュンを足元から貫く。

しかし、それもまた――串刺しにされてもなお、そこにダメージは無く、何事も無いようにすり抜けて迫る。

「むぅっ……どういうことなのだ……!?」

ヤンはそう呟きながら、ハジュンの爪を軽くかわして――そのまま横合いから手刀を突き入れる。

文字通り、「刀」――肉を裂き、骨を断つには十分すぎるほどに破壊力を秘めたその一撃すらも、

一瞬ケムリが腫れるように腕を散らせるが――血も無く、何事も無かったかのように元に戻っていくだけである。

「……俺のホーリーランス、ヤンの拳……聖剣技に、ラディの「アポカリプス」。何故こいつには効果が現れないんだ!?」

カインは舌打ちして、大きく跳び退る。瞬間そこをえぐるようにして、ハジュンの爪が通り過ぎていった。

いかに斬鉄剣を断ち切る全断の刃でも、音速を上回る神速の一閃も、山すら砕く極みの一撃も――

それがまるで何一つ、こうも相手に対して意味を成さないとなると深刻である。

それでありながら、このハジュン自体の攻撃はきっちりとこちらに届いてくるのだから始末に終えない。

ただ、唯一救いなのはこのハジュン自体の戦闘能力は決して高くは無いということだが――

このままでは「やられる事」は無くとも、「勝つこと」もまた決して出来ないのである。

「あれ、どういうことなの……エルナ?」

自身も糸を放射し、取り囲み――やはり何事も無かったかのようにすり抜けられて舌打ちしつつ、ミレイユは尋ねる。

「そうね……考えられるとするなら――N−502、N−100……ブレンド!」

エルナの投げた試験管――高い志向性を持つ爆発が、炎の槍となってハジュンを射抜くが――やはり効果は無い。

その様子に若干、眉根をひそめて――エルナは改めて続ける。

「考えられるとするなら……そうね。最悪なのは、相手が虚数領域から自分の都合よく干渉している場合ね。

 この場合は、相手を実数領域に固着させないとこちらからの干渉は出来ない……けれど、

正直な話あのハジュンとかいう相手がそんな高度な存在だとは思えないわ。……それで考えられるとするなら、

あの体が……そう、恐ろしく反応を起こしにくい気体か何かで構成されているか――」

「じゃ、確かめてみましょっか♪」

そんな軽い言葉に――エルナは思わずミレイユを見上げる。

しかし、その姉の表情から――彼女が何をしようとしているのかを悟ったエルナは――

「……そうね。じゃ……頼むわ、姉さん」

「おっけー♪ じゃ……み〜ちゃんさんの、ダムシアン・テレホ〜ン・ショッピ〜ングッ♪」

ミレイユはウインクを一つ返して――次の瞬間、大振りに両手を振る。

瞬間放たれた、おびただしい量の『糸』――それはまるで生あるものの如く複雑に絡み、クリスタルルームを席巻する。

そして同時にエルナは白衣から一冊の本を取り出し、手を滑らせる。

瞬間そこから現れたのは、仄かに輝く108の礫――

「百八の魔擲よ……力を、我に――」

「折角大切にとっておいたお気に入りの食べ物が、ちょっと目を離した隙にすぐ腐っちゃう――

そんな湿った風土に住む方に、このダムシアンショッピングセンターがオ・ス・ス・メ♪ するのが――これっ♪」

糸と、光の礫――それがハジュンを包囲するようにして乱舞し、複雑な紋様――球形立体魔方陣を宙に描いていく――

『我らが真言(ことば)は神の息吹! “堕ちたる種子”を開花させ――秘めたる力を紡ぎだす!』

「……これは……一体!?」

二人を中心に、明らかに尋常ならざる魔力の集結を感じ――ヤンは思わず呟く。

しかし、その答えは――不敵な笑みを浮かべた姉妹の、現実の光景という形によって明らかにされる!

『美しき 滅びの母の力を! (いざな)いて(まわ)れ――漆翠(しつりょく)停滞(ていたい)!!』

二人の言葉を引き金に――瞬間、ハジュンを中心に、5m四方の空間が、立方体状に『凍結』した。

「……なんと……!!」

ヤンの、感嘆しきった呟きに――姉妹はふふっと笑みを浮かべた。

漆翠の停滞――それは一定範囲の空間の一切を『凍結』してしまう。

時間や空間のあり方さえも凍結させうる究極の絶対零度――ハジュンがいかにあらゆる干渉を無効化しようと、

気体であるのであれば、この絶対零度の中でエネルギーを失って凝結し、粉砕されて――

しかし勝利への確信に笑んでいたミレイユの表情が驚愕に変わったのはその時だ。

「って……ちょっとちょっとちょっと!?」

ミレイユが指差す中で――ハジュンはゆっくりと、凍結されたはずの空間を歩み――力強く跳躍する!

「……冗談じゃないわね……これは」

「こういうインチキって私、あんまり好きじゃ……ないかもっ!!」

言って、ぱっと左右に散った姉妹―― 一瞬の後に、そこへ湾曲した爪の一閃が空気を切り裂いていった。

その、光景を眺めやりながらも――クレセントは冷静に、あのハジュンが何なのかをただ一人、理解していた。

あれは霊魂のような存在でも幻獣でもなければ、エルナが指摘したような気体生物などでもない。

いや――そもそもあれは、生物ですらないのである。

あの瞬間――ハジュンがこの世界に現れた瞬間、クレセントはあれこそが暴走したクリスタルの力を具現した本体と判断した。

……しかし、実態は――どうやら違うようである。

(……あれはただの……幻)

クリスタルの輝きの生む、光の幻影。

だから攻撃も干渉も出来ないし――倒すという概念すら、適当ではないだろう。

幻は、幻でしかない。

仮にあれを『倒そう』とするならば――クリスタルを利用しあの幻影を生んだ「本体」を倒さねばならない。

……しかし――

(……いくらゼロムスとはいえ、想念体の状態でこの幻影を生み出すことは……不可能。

ならばあの幻影を生み出している『意思』は……すでにこの世界に、別の形で実体化している……?)

……恐らく、人の姿を借りて。

誰かが、このクリスタルを操り――そして幻を生み。

その幻に苦戦しているこの状態を、ほくそ笑んでいる『誰か』が――どこかにいるのである。

そう――このファブールの国の中に。

(……目的は何だ? ……私たちをあざ笑うためだけに、こんなことをしているのか……?)

否。

それはありえない。

例えそれが理由の一つではあっても、一番の理由ではあるまい。

しかしいくら倒せない幻とはいえ、それで自分達を仕留めることが可能と思うほど増長しているとも考えがたい。

……と、すれば――

(……稼いでいるのか? 時間を……)

しかし――何のために時間稼ぎをする必要があるのだろうか。

自分達を――自分を、ここに足止めしておくその真意は何なのだろうか。

(……一体、何をしようと――していると、いうのだ……?)

 

 

「ぐううっ……は、あ、ああああああああああああああああああああっ!!」

自らの内を苛むその声に――セシルの耐えようとする意思は、何とかまだ保っていた。

……だが――

 

―――なお、抗うか……しかしお前も気付いているはずだろう―――

―――己の内で。この意思は、決して抗うべきものに在らずという、その事実が―――

 

自らの内に響く、その声――しかし。

……残念ながら、その言葉のいうことは――本当だった。

セシルは最初、この声が力づくで自分を屈服させようとするものかと思っていたのだ。

それならば、まだ――何故自分を屈服させようとするかは判らないにせよ――耐えることが出来た。

しかし。

(何で……なん、で、この声は……こんなにも……心地が……よく……っ!!)

まるで、眠りへといざなう子守唄のように――穏やかに心に響いていく。

それこそ、抗うことが馬鹿馬鹿しくなるほどに。

だから、頭をかきむしるようにして――無理矢理、自分の内を乱すようにして。

それで何とか抗ってみせてはいるものの――

 

―――抗うな。疑うな……己の体は、すでにその真理を解している―――

 

そう――この声の前に、何故か疲れも痛みもなかった。

手足の先から、まるで包み込むような安堵感と暖かさに包まれていくような感覚。

激しく頭痛がするのは――この声に身を委ねまいとする、自分の意思のせいだと気付いたのはつい前だ。

……まるでそれは、抗おうとする自分の意思こそが間違いだと、体が訴えかけてくるかのように。

苦痛ではなく、至福に抗おうとすることはその何倍もの忍耐力を必要とする。

正直、ここまでの長い間――この言葉、この『意思』に抗っていられたのはセシルであればこそだった。

しかし、その意識も――ゆっくりと、流砂に沈み込んでいくかのように。

だんだんと、抗う力が失われていき――抗う意思が、弱まっていく――

 

―――何を躊躇う? お前はただ……『本来の役割』を果たすだけだというのに―――

 

(本来の……役、割、だ……と……!?)

 

―――然り―――

―――この星のために、邪魔な要素を……不確定要素を『排除』する『修正者』―――

 

(不確定……要素だって……こ、この……星の……どういう、意味だ――)

 

―――簡単なこと―――

―――我に逆らう存在を『消去』し、秩序と安寧を構築する、言わばこの星の『抗体』―――

―――逆らう者を、その手で排除する―――

 

(排除……それは、まさか――)

 

―――無論、その息の根を止め……魂を……滅する―――

―――何者であろうと……逆らうのであれば……殺し尽くす―――

―――……男も……―――

―――……女も……―――

―――……年寄りも……―――

―――……子供も……―――

―――……木々も……―――

―――……動物も……―――

―――……この星に在る、あらゆる存在を……―――

―――……邪魔なものは……全て『排除』する……―――

 

(何だって…………!? そんな、事が……許されるって言うのか……!?)

 

―――……然り……―――

―――……然り……―――

 

(そんなはずが無い……! 

精一杯生きているものから……何もかも……命さえ、奪うなんて事は……、

この世に存在する誰にも許されない……許しては、いけないッ……!!)

 

―――……何を、錯覚している……―――

―――……我は進言しているに非ず……―――

 

―――……これは『命令』であり……お前の『義務』である……―――

 

瞬間。

さらなる至福の波に――セシルは意識を保つために、自らの爪を額に突き立てるしかなかった。

血で滲む指先に――しかし、セシルは気付いた。

この、暖かい感覚――声と、根源を同じにするもの。

それは――

(そんな……!? エクスカリバーUに……僕の、クリスタルが……!?)

 

―――……それらは既に、己の為すべき事を理解している……故に……―――

―――……間違っているのは……唯一つ、お前の意思……それだけだ……―――

 

(そんな……そんな、事は……ッ!!)

最早、突きたて血の滲むはずの額の痛みすらも、至福の中に消え去りながらも。

セシルは、ともすれば瓦解してしまいかねない意識の中で――まだ、抗おうとしていた。

(……僕は……絶対に……屈しない……屈すことなんて……出来ないッ……!

パラディンとして……父の、そして兄さんの託した……『蒼き星を護る者』として……!

そして僕が……僕であるために……ここでお前に……お前の甘言に屈するなんて……出来ない!!)

 

―――……愚かなり……―――

―――……『パラディン』であるからこそ……―――

―――……『蒼き星を護る者』であるからこそ……―――

―――……お前が、お前であるからこそ……―――

―――……抗うことこそが、間違いでしかない……―――

―――……その思いは……見当違いでしかない……―――

 

(……ど……どういう、意味だ……?)

 

―――……忌々しき、赤き月の……あの『無恥者』どもの血を引くものよ……―――

―――……我は、お前の上位に立つ唯一の……絶対の、存在……―――

 

―――……我が意思は―――

 

 

(――だが!)

クレセントは、その疑問を――迷いを断ち切ると、ハジュンを見据え。

……この醜悪な、ゼロムスの意思の具現した幻に対して――鋭い眼差しで射抜く!

(例え浅はかな策を巡らせているとしても……それに粛々と従う道理など、私には無い!)

懐から取り出した、自分だけの闇のクリスタル――それを左腕の甲冑にあった窪みへとはめ込む。

まるで本来、そうあったかのようにぴったりと収まったその左腕を、ハジュンへと向け――

「……封印解除(システム・リリーヴ)起動手順作業(セットアップ・プログラム)――開始(スタート)!」

瞬間――ラディ達は思わずクレセントの方を向いていた。

そこに凝縮していく、尋常ならざる気迫――何かの『力』の存在に。

あたり一体の空気すら変えてしまうほどの――肌を刺すような、圧倒的な力の存在に――

「な……一体、何を……!?」

「……この魔力……そんな……単純に考えても、異界召喚以上……!?」

……そして、その視線の集中する中心で――クレセントはただ冷静に、詠唱を続ける――

「砲身固定完了。第一から第五までの封印凍結を解除。照合(パス)確認作業――音声入力『闇を統べし者』。

……解除確認。対衝撃障壁(ショックバリア)展開。――全行程(タスク)凍結。余剰(リソース)全てを起動作業(セットアップ)へと投入。

クリスタルからの供給(サプライ)、最終チェック開始。装填率、70%までの行程を確認――目標固定完了!」

風が――彼の左腕に集約した力に、気流は荒れ狂い豪風が発生する。

もはやラディですら、まともに目も開けられぬほどの烈風吹き荒れる中で――変わらずにあるのは。

あらゆる外的干渉を受け付けぬハジュン。

展開された障壁の中、朗々と詠唱するクレセント。

そして――クリスタルの輝きのみ――

「砲身を完全固定。対衝撃障壁(ショックバリア)……出力最大。第六から最終までの封印解除。発射準備――完了!

 

クレセントの蒼氷色(アイスブルー)の輝きが――この状態にあってなお、自らの脅威たりえないといった態のハジュンを捉えて。

……そして、臨界に達した左腕に――クレセントは最後の指示を下すべく、鋭く――叫んだ!

「我が真理貫く静謐な闇よ――偽なる闇を喰らい、光を喰らい――儀なる輝きを飲み込め!!

 『波動砲』――発射(デッド・エンド・シュート)!!」

――そして。

クレセントの左腕から、『闇』が。

そうとしか形容の出来ない、黒い何かが――収束し、巨大な束となって。

ハジュンへと迫り猛り――そしてそのまま、ハジュンをその中へと飲み込んだ――

「……あれは……セシルが翳した、光のクリスタルと……同じ……!?」

――かつてゼロムスとの戦いの際。

その隣にあって、彼のクリスタルの輝きを見たカインは――その闇に、同じものを見ていた。

あの時、セシルの翳したクリスタル――そのクリスタルの放つ、惜しみない光の輝きと同じものを。

そう――同じだった。

クレセントの放った『波動砲』は、彼だけが扱える力。

闇に愛され、闇の同胞たるクレセント――ゴルベーザであるからこそ、使いこなせるものだ。

(……たとえ幻であろうと関係はない。これならば……あらゆる偽は、その力を失い消滅する。

 偽なる存在を喰らい尽くす闇の中でならば――この幻影も、跡形もなく消え去るはずだ)

波動砲を放った姿のまま――クレセントはただ、心の中でそう呟いていた。

そこに喜びはない。自慢もない。

ただ淡々と、事実を確認するためだけの言葉。

そして――これで終わりではない。

所詮、これは幻――ゼロムスの想念の、その欠片の生み出した幻でしかないのだから。

ここで気を緩めるわけには行かない。

……先は、遠――

 

―――……このようなものは……通じぬな……―――

 

「…………な、に……!?」

決して鼓膜を震わせずに伝わる声。

その、声が聞こえたことに――クレセントの唇から罅割れた声が漏れ出た。

……そして――ゆっくりと消え去った闇。

クリスタルルームには傷一つつけず、ただ偽なる一切を根滅させる闇が消え去った中に――

ハジュンが、立っていた。

「何故だ……何故だ!?」

これほど驚愕したクレセントを――ラディは今まで見たことがなかった。

完全な確信が、破られた瞬間。

(何故――この闇の中にあって、何の影響も受けない!?)

完全暗黒物質の想念体である、ゼロムス。

その意識が混在しているこの幻影に――この闇のクリスタルの力が効かない道理はない。

しかし、今――ハジュンは消え去りも傷つきもせず、ただゆっくりとクレセントに歩み寄ってくる。

(闇のクリスタルが……偽なる存在と認識していないと……そういうのか!?)

クレセントの動揺に――まるで応えるかのように、ハジュンの醜悪な顔が嘲笑に歪んだ。

そして、その光景は―― 一つの、有り得ない答えをクレセントの頭の中で導き出したのだった。

(この、意思は……ゼロムスでは……無い。……そうだというのか?)

ならば。

あの黒竜から。

大量発生したダイブイーグルから。

ボムから。

オクトクラーケンから。

……そして今もなお、このハジュンから。

クリスタルから感じる、このゼロムスと同じ意識は――同じ『匂い』はなんだというのだ?

――しかし現に、闇のクリスタルはこのハジュンを『敵』と認識しなかった。

……その事実が、導き出す答え。

それは――

「――クレセント!」

ハジュンが跳躍する。跳躍し――クレセントめがけ、爪を振り下ろさんと迫るその瞬間も。

その爪が、クレセントの頭部を西瓜のように砕かんと疾駆した――その瞬間にも。

……その答えが、クレセントの頭の中で何度も、何度も。

――響き続けていた。

 

(……この意識は――!!)

 

 

「そ……そんなバカな!?」

もがき、悶え、苦しむセシル――彼が声を露に叫んだのは、その時だった。

その声に、自失からハッと我に返ったローザの前で――セシルは。

「それじゃあ……僕は……僕達、兄弟は……何の……ため、に……っ、……!!」

海老が反り返ったように――天を仰ぐようにして――

「うっ……あああああああああああああああああああああああああああああ!!」

セシルは絶望的な叫びを上げて――やがてがっくりと、その場に肩を落として崩れた。

と――同時に、彼を包み混んでいた何かの意思――光の輝きも消失する。

「セシル! ……セシル、しっかりして!!」

慌てて駆け寄ったローザ――抱きかかえられ、セシルはゆっくりと目を開く。

「ん……」

「セシル!! ……大丈夫なの……!?」

今にも、落涙しそうなローザの表情に――セシルはびっしりとかいた珠の汗を拭い、弱弱しく笑うと、

「……ああ……何とか、だけど……ね。……ごめん。心配をかけて」

一度目を閉じ――再び開いて。

ローザの腕の中から立ち上がったセシルは――思ったよりしっかりとした足取りで立っていた。

その様子に――ローザは心から、安堵の息を漏らして――

「……セシル……一体、今のはなんだったの……?」

「さあ……詳しいことは、僕にもわからないけど……ただ――」

ただ――なんだったのだろう。

倒れた時に落としてしまったクリスタルとエクスカリバーUを拾い上げ――

クリスタルを懐に入れると、セシルが切り出したのはまったく別の話だった。

「……謁見まではまだ、時間があるか……ローザ」

夫に名を呼ばれ、なに? と聞き返そうとして――しかし。

ローザはその瞬間、足をふらつかせ、思わず地面にしりもちをついていた。

セシルがああなったことに対する不安や、ディスペルを強制解除されたことによる心労だったのだろう。

それにしても――情けないことである。

思わず、苦笑してしまいそうになって――しかし。

次の瞬間、ローザは完全に凍り付いてしまっていた。

……何故ならば。

寸前、彼女の頭があった空間。

そこを薙ぐ――真珠を思わせる、鮮やかな軌道。

……エクスカリバーUを振りぬいた、セシルの姿――

「………………え…………?」

その光景に――ローザが発した言葉は、それだけだった。

何故ならそれは、あまりにも想像の範疇の外にありすぎた光景だったから。

あまりにも現実とかけ離れた――想像もしたことのない、光景だったから。

「……あちゃあ……外したか。僕もまだまだだな……最高のパラディンっていう二つ名も、これじゃ泣くかな」

しかし。

頭をかいて、ちょっと照れた様に『自分の失敗』に苦笑するセシルを見て。

いつもと変わらない――セシルを見て。

ローザはようやくそこで、それが現実だと――理解した。

理解させられた。

「…………嘘…………でしょ……!?」

「嘘って……なにが?」

きょとんと聞いてくるセシルに――ローザはこれ以上ないというほどに、目を見開いて――

「そんな……セシルが、私を……斬ろうと――」

「ああ、そのことか」

仕方ないなぁ、といった感じで微笑むセシル。

そして、彼はそのまま――普通に、口を開いた。

「ほら、試し切りだよ。……せっかくククロさんが鍛えてくれた剣なんだし……やっぱり使い心地? みたいなのを、

 せめてククロさんがいる間に教えてあげたいし……それに、ローザは一番、僕にとって大切な人だからさ……」

ローザが失敗した時に、セシルはこういう表情で軽くたしなめるのだ。

セシルの数ある表情の中でも、この笑顔は好きだったが――だが。

……こんな、状況で。

こんな状況の中で――見たくはなかった。

「だから―― 一番最初に、僕の手で斬ってあげるよ」

……ローザには、逃げることがいくらでも出来た。

こうやって長々と話している間に、十分にその機会はあった。

しかし。

実際には、彼女は――まるで石になったかのように指一本、動かせなくて。

ただただ、自分を見下ろすセシルの瞳を――食い入るように、見つめていただけだった。

何かに意識を奪われて、虚ろな輝きでも返していれば。

ローザも、下がるなり、彼を助け出すため戦うなり――出来たかもしれない。

しかし。

ああ――しかし。

そのセシルの瞳には、いつもと変わらない(・・・・・・・・・)優しい光が称えられていて。

そのセシルの表情は、いつもと変わらない(・・・・・・・・・)慈愛に満ちた穏やかな笑みを浮かべていて。

そして懐にある光は、いつもと変わらない(・・・・・・・・・)澄んだ輝きを、ただ静かに称えていたから。

だからローザは――動けなかった。

そのあまりにちぐはぐした、行動と彼自身に。

完全にそこに、現実感を感じられていなかったのだ。

だから。

セシルはそのまま、エクスカリバーUを振り上げて。

 

 

硬い物同士が、がっきと激しく打ち合う音。

擦れ合い、散る火花――

その刹那の輝きを見て、クレセントの意識はようやっと現実の淵に浮かび上がってきた。

そして――その状況に愕然となる。

ハジュンの、振り下ろした爪に。

正に切り裂かれ、打ち砕かれて――弾けるかと思われた、その直前で。

……ハジュンと自分の間に入り込み――誰かがその一撃を、食い止めているのだった。

エルナではない――エルナの瞬発力と体なら二人の間に入り込むのも容易だが、彼女はここより離れている。

カインではない――カインの脚なら、距離など問題ではないが――爪を受け止めているのは槍ではなく、剣だ。

そして、ラディではない――何故ならその剣は、あの黒い刀身の暗黒剣ではなく―― 一振りの、聖剣だったからだ。

その聖剣は――そして、シユウの持っていた聖剣とも違っていた。

……それは、圧倒的なまでの力を放つ聖剣だったからだ。

クレセントと、ハジュン――二人の間に入り込み、聖剣を片手にその爪を防いだその男は――

「……セシル!?」

クレセントの、その言葉――しかしラディも、そしてカインもまた、同じ考えに至っていた。

この状況下、バロンにいるはずのセシルがここに現れるはずが無いが――しかし。

……それでも何故か、クレセントを助けたこの男には――セシルを想起させるような何かがあった。

と――ハジュンの膂力に、片腕で拮抗していた男は――いとも簡単といわんばかりに、そのままハジュンを押し返し。

そしてそこから――流れるように放たれた斬撃の嵐が、ハジュンを後へ後へと追い詰めていく――

「攻撃を……こちらに干渉してくるその一瞬を狙って、爪を剣で弾いて押し返す……なんて奴だ……!」

感嘆する、カイン。彼ほどの腕前のものを持ってして、その男の剣の腕はため息をつかせるほどに洗練されたものだった。

徹底的に体に覚えさせた正式剣術に、圧倒的な実戦経験を加味し、そこに加えるのは生まれ持った天賦の際。

そして、その技量を完全に具現化するだけの武器――それは正に、セシルを想起させるには十分すぎる符合。

……だが。

その剣戟の中に――カインは、この男とセシルとの違いを見出していた。

確かにこの男の太刀筋は、セシルのものとよく似ている。

しかし――セシルの剣には、太刀には――相手への気遣いが存在している。

たとえどれほど憎い相手でも。相手の命を絶たねばならない――そんな時でも。

相手が苦しまぬような太刀を選ぶ癖が――無意識のレベルで存在する。

そのために、最良の一太刀をあえて外す時さえもあるのである。

……だが、この男の剣にはそれが無い。

ただ、相手をいかに手早く仕留めるか――その事に特化され、洗練された太刀。

全くもって容赦の欠片も無い、冬の嵐のような連撃――

「……あの太刀筋……どこかで――」

と――後退していたハジュンの背に、軽い衝撃。

とうとうこの異形は――クリスタルルームの際へと追いやられたのだ。

逃げ場を失ったハジュンに対して――やはり男は容赦なく、聖剣を振り上げ――

終わりだ……(ヴィー)・シャイン」

鮮やかなまでに袈裟懸けに刃が振り下ろされ、そこから手首の反動だけで逆袈裟に切り上げる――

その軌道は正にVの字。恐ろしいまでに鋭い、斬撃だったが――その刃はハジュンを切り裂いたのではなかった。

ただ刃は空しく、ハジュンを通り抜けたに過ぎず――返しとばかりに、ハジュンの爪が横薙ぎに迫る!

咄嗟、後方に身を投げ、かわし――さらに反転したまま、片手だけで体を支え、さらに跳躍して――

男はハジュンの追撃をやり過ごし、距離を置いて着地する。

「……力を抑えていては、やはり一筋縄にはいかないか……」

落胆も何も無く、ただ淡々と呟いたその男は――よく見れば、セシルとは全く違う男だった。

金色の髪に、宵闇迫る暮れの紅を思わせる、深く昏い色の甲冑。

手にした聖剣もまた、かなりの名剣ではあるものの――エクスカリバーほどの力があるとも思えない。

……しかし、そんなことは瑣末な違いでしかなかった。

これらのことが、瑣末に思えるほどに――セシルとは決定的に違う点が一つ、あったのだ。

それは彼の端正な面持ちに存在した、赤銅を思わせるブラウンの瞳に湛えられた輝き。

まるでそれは、永久凍土のように凍てついた――凍てつききった、冷たい輝き――

射すくめられただけで、心の芯まで凍りつかせてしまいそうなほど冷たい光が、そこにあった。

……そして男は、そんな冷たい瞳でハジュンを改めて見据えて――

「……まあ、いい。……なら……久々に『やる』だけのことだ」

手にした聖剣を、まるで頭上に翳すかのように独特に構えて。

……そして、次の瞬間。

不思議な光景を――クレセントは見た。

頭上から、まるで演舞か何かのようにして構えられた聖剣。

……その、聖剣からあふれ出た力は――

「……暗黒剣の、力だと……!?」

そう――まるでその聖剣をコーティングするようにして。

聖剣から放たれた、先刻以上の圧倒的な力は――暗黒剣の、力強い胎動。

そしてそのことが――カインの記憶をぼやけさせていた霞を取り払い、ラディの脳裏にある人物を浮かばせた。

「……あの剣の技……あの技術……太刀筋……もしかして、あの人は――!」

「お前の領域――侵させてもらう」

その言葉を置き去りにして――一気に床を蹴り、男は異形へと疾駆する――

「……実力者揃いの暗黒騎士団……。百戦錬磨の達人達が揃うその中にあって、

 並み居る強豪を差し置き、若干二十歳にして一番隊隊長の座に上り詰めた男……!

 そのあまりに他者の追随を許さない強さと、容赦の一切無い剣の冴えから……ついた二つ名が――!」

距離が零になるのは一瞬。

男の聖剣が、暗黒の力に鼓動して。

赤銅の双眸が、冷たく一度輝いて――

「――デストレイル」

炸裂音――腹腔に響く、重い音がクリスタルルームに響き――

生まれでた『黒』が、ハジュンの姿を呑み込んだ――

オディオ(魔王)……『魔王』オルステッド!!」

 

 

散った鮮血が、ローザの顔を紅く染めた。

しかし、その白い肌にかかった血は――彼女自身のものではない。

振り下ろされた、エクスカリバーU――その刃が突きたてられたのは――

「……ぐ……っ……!!」

「……セシル!?」

剣を握る、セシル自身の太腿へ――淡く輝く刀身は、持ち主自身の足に深々と突き立てられ、血に染まっていた。

「セシル……そんな、どうして……?」

「……こ、こう……しないと……もう、僕は……僕を……保てそうに、無いから……」

ばけつを返したように、あふれ出る血が絨毯を染めて――大量の失血に、顔を青ざめながらも。

セシルは真剣な表情で、自分の最も愛する人を見つめて――掠れそうな声で、告げた。

「……僕を……今すぐ、バロン城西塔……地下三階の地下室に……入れるんだ。

……そしてその間の、国政は……為政の全ての権限は、君に一任する」

「!?」

剣を引き抜き――さらに出血が増し、その痛みでなんとか自我を繋ぎながら。

セシルは、いうべき言葉を紡ぐために――残された全ての力を、その一瞬に込めて。

「これは……国王としての、勅命だ……。だから……きっと、頼んだよ、ロー……ザ…………」

そして――セシルはそのまま意識を失い、昏倒した。

……その時ようやく、近衛兵が門を押し開け王の間へと駆けつける。

と――目の前にある光景に、言葉を失い立ち尽くすが――

「……大丈夫。陛下は死んではいません」

ゆっくりと立ち上がり、近衛兵達にそう告げるローザの表情は――先刻までの、驚愕に揺れるものとは全く違っていた。

上に立つものとしての、毅然な口調――自分の夫が重傷だということがまるで他人事のように毅然とした態度で続ける。

「ただ、命に別状は無くとも重傷には違いありません……陛下をここから、別の場所へ移します」

「……かっ、畏まりました! 今すぐ、白魔道士団へとこのことを通達して――」

「必要ありません」

ぴしゃりとその提案を切り捨てるローザの言葉は――反論を許さぬものだった。

しかしそれでも、近衛兵達の表情に不審感が募るのを止めることは出来なかった。

それはいわば、当然で――どういうわけか、重傷を負った今の国王は今すぐ