No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater
双隻眼のアトリ・イスカ

第四十四話 其の名は優しき『絶対者』

眠らぬ街――メンフィス。
夜尽きるとも眠る事を知らず、活気と喧騒の絶える事を知らぬ街。
だがこの街の中にあって歓楽に興じず、黙々と仕事に没頭する自分は相当な『変わり者』に違いない――
ふと浮かんだ呼称が上司を指し示すものと同じ事に気付き、第六位魔術師ライオネル・パーシーは思わず苦笑を浮かべる。
元々ヘンリーソン家と多少の繋がりがあったとはいえ、下官の一人に過ぎなかった自分をこの街の領主が抜擢してから既に十年。
それまでの上司を部下として扱えるほどの大出世と引き換えに、彼が要求した能力は常に自身の限界との挑戦にあった。
為さねばならない事を把握するまでに三年、それを無難にこなせるようになるまで三年――余裕のようなものが生まれたのはごく最近の事だ。
何故モーリスが自分を抜擢したのかは判らなかったが、自分以外にも突然の出世を経験させられたものが幾人かいると聞いている。
噂では魔術師協会から派遣されていた人材を全て追い返し、代わりに自分達が抜擢されたのだとも。
充足感と疲労を織り込んだ嘆息を洩らしながら、凝り固まった背を微かに伸ばす。
室内を照らす淡い照明の輝きの中、自分の足元にまで長く伸びた影の存在に気付いたのはその時だ。
振り返った先――部屋の入り口の辺りで自分の事を覗いていたのは、薄い夜間着に身を包んだ少女。
「エマ……どうしたんだい、こんな時間に?」
「……めがさめたら、パパ、いなかったから……」
今年で数え5つになるたった一人の愛娘は、大きなうさぎの縫いぐるみに顔を埋めるようにして不安げに呟く。
彼女を寝かしつけてから仕事に取り掛かっていたのだが、どうやら今日は途中で眼が覚めてしまったらしい。
うっすらと無精髭の伸び始めた顔に微笑を浮かべてやると、安心したようにエマはライオネルの元に歩み寄る。
仕事の邪魔をしないよう、声もかけずずっと入り口の傍に立っていた少女を抱え上げた男の顔は、娘を愛する父親のそれだった。
随分と出世したとはいっても、魔術師の中でまだ市民層に属する彼の家に乳母や家政婦といった使用人は一人もいない。
三年前、流行り病で妻が先立ってからずっと――男手一つで、ライオネルは彼女を育ててきていた。
「おしごとの、じゃまだった……?」
「ん……大丈夫、もうお仕事は終わりだよ。パパも流石に眠いや……さあ、一緒に寝ようか」
ぽんぽんと頭を撫でる、少し硬くて大きな手――安心したようにエマは目を細め、縫いぐるみを抱きしめる。
彼女の背丈ほどもあるこの大きなうさぎは、ママがまだ生きていた頃にエマのために作ってくれた宝物。
タオルケットの生地で出来た体は柔らかくて、寝る時はいつもこの縫いぐるみと一緒だった。
それにうさぎと同じくらい暖かくて、大きくて……少しだけ硬いけれど、優しい匂いのするパパも。
こうして頭を撫でられてると、一人ぼっちで眼の覚めた時の怖い気持ちもどこかに飛んで行ったみたいに――
うとうとと眠りかけていたエマの耳に、ごとんと何かが落ちる音が響く。
はっと眼を覚ましたときに、頭を撫でてくれていた手がいつの間にか無くなっていた事に気付いた。
何気なく顔を上げた先、年端も行かぬ少女の瞳が捉えたのは――大好きなパパの手が、本当に無くなっていた姿。
エマが微かに体を動かした反動は大きな父の体を揺すって、微笑みを浮かべていたライオネルの首がごろんと転がり落ちる。
吹き上がった血飛沫に顔を打たれながら、少女は何が起こったのかを把握できていなかった。
その状況が続いていれば、時の経過はやがて幼すぎる心に致命的なまでの深い傷を負わせていた事だろう。
だが――慈愛に溢れた術者の魔術は、彼女が傷つくことを良しとしなかった。
故に、薄い刃を思わせる菱形の蒼い結晶は一瞬で視界を通り過ぎて。
淡い照明に照らされて床に伸びていた長い影はばらばらに崩れて喪われる。
タオル地のうさぎの体には、溢れ出した持ち主の紅がとてもよく染み込んだ。
「何故――何故だ!? 何故無関係の彼らを殺す!! 何故親族たちにまで全て手をかけるッ!!」
今までの冷静さをかなぐり捨てたモーリスの喉を衝いていたのは、絶望的なまでに血の色に染まった絶叫だった。
無意識に把握してしまった部下達――自身の補佐となり、後を継ぐ者として育ててきた者達が次々に解体されていく光景。
たった一人の娘と共に、ばらばらに切り刻まれた父親がいた。
妻を目の前で解体され、慟哭に叫ぶ間もなくその喉を絶たれた夫がいた。
命の灯火が失われる光景は手に取るように伝わってくるのに、手を伸ばし助けてやる事だけは出来なかった。
「この街で君の手を助け! だからこそ、君はあのようなおぞましい計画に従事する事が出来たのだろう!?
根を絶たねば根本的な解決にならない!! それに彼らが――第二・第三の君にならないと言い切るも出来はしない!!」
叫び返す男の顔は真剣で、その言葉は義憤に満ち溢れて一歩も退くところは無い。
第一位魔術師ヘクター・アーチボルトの六十六片の『花弁』達は、そんな主の決意に従い忠実な刃と化していた。
眠らぬ街に粛清の蒼が飛び交い、彼ら当人達だけではなく――妻や子供、兄弟縁者に至るまでの一切を今も無抵抗に切り裂く。
「親の罪を子に着せると言うかッ!! 年端も行かぬ幼子まで、同じ理由で殺すというのかぁッ!!」
「なら君は――何故合成獣なんて作った! あれが完成してしまえばどれだけの人が傷付いていた!!
君があんなものを作らなければ誰も死なず済んだ! なのに君はまだそうして、自分の我侭を押し付ける!!
そうして君は誰かを犠牲にする! 世界を犠牲にする!! ――私は、誰も悲しませたくはないだけだぁぁぁっ!!」
「――ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
ヘクターの叫びを掻き消して、爆発した感情は構成となって一帯に弾けた。
絶叫は喉の奥で擦れてその肉を裂き、息が尽きて声が枯れ果てるその時まで魔術は続く。
瞬時に構築された構成は単純な破壊の意だけを与えられた故に具現は早く、術者自身もまた力の中に巻き込んだ。
濛々と巻き上がる黒煙に眼を刺され、掌の皮は裂けて痛み溢れ出す中――その痛みにさえ、気がつけぬほど。
折られた両膝、ささくれ立った床板へ叩きつけた血塗れの拳は己の無力さに苛まれていた。
合成獣の開発を決意した頃から、いつかペネトレイターが自分の屋敷の中に乗り込んでくる可能性は考慮していた。
だが計画はあくまでも、実際に開発に携わった者を除けば――モーリス・ヘンリーソン一人しか関与していなかったもの。
『領主』としての自分と切り離した場所で走らせていた計画は、育てていた後継達に決して関わったところはなかった。
故にこの命が貫かれる事となろうと、彼等が罪に問われる謂われは無く――残された責務を預け、メンフィスを任せる事が出来る。
自分が亡き後を引き継いでくれる彼等の存在があったからこそ、モーリスは自分に淡白でいられたのだ。
ふと、頬を伝い落ちる一筋の流れの存在に気付く。
その時まで自分でも気が付いていなかったが、彼は決して血も涙も無い男では無かった。
メンフィスを取り仕切ってきた男の鉄面皮の下にあったのは、何でもない――メンフィスという街に抱く愛情。
それがあったからこそ、彼は日々の激務さえ苦痛に感じる事は無く、在り方を変えられた街をここまでの繁栄に導いてこれた。
例えその在り方が変わっても、誰よりも愛した街に違いなかったからこそ――人間と魔術師が共に在る事の出来る街を。
自身の根底に存在する『人間嫌い』さえも捻じ伏せ、新しい世界の先駆けとしてのメンフィスを作り上げてみせたのだ。
だが、それも。
――全て、終わりだ。
「……お前は、自分が一体……何をしたのか……判っているのか……。
この街を支えていく者達が全て殺された今、この街はこれから……迷走の一途を辿る事になる……」
判っていた。
この程度の魔術で、“1”に一矢報いる事など出来ない事は。
術者本人さえも傷つけて吹き荒れた破壊の嵐は、薄れゆく黒煙の中に変わらず在り続ける人影を映す。
歪み一つ生み出す事も出来なかった障壁を解いて歩み寄ったその男は、座り込んだモーリスの傍へと歩み寄ると。
「心配しなくてもいい――新しい領主に任せられるようになるまで、この街は私が直接に責任を以って治めよう」
果たして、彼が何を言っているのかがモーリスには理解できなかった。
「果たせなかった責任に苛まれる事は無いんだ……君が護ろうとしたものは、私が護り続けるから」
ただ、この『虐殺者』が浮かべた笑顔が。
あまりにも無垢で、思いやりに溢れた――罪の意識などまるで無いものだったから。
目の奥で火花が散り、世界が激情に赤く染まった。
喉を震わせた叫びは人の形を取れず、ただ目の前のものを破壊するためだけに識り込んだ構成――
「私は悲しい……君がそんなにも、憎しみの感情に捕らわれてしまっていることが」
だが、それが魔術へと昇華されるより早く。
ヘクターの左腕から放たれた朱い輝きが、モーリスの左胸の辺りへと音も無く吸い込まれた。
「人は誰しも、判り合える存在なのに……私達はどこで、交錯する道を誤ったのだろう?」
瞬間、胸の奥を万力で締め上げられたような圧迫感。
迸る激痛に苦悶の表情を浮かべ、喉を掻き毟る様にして喘ぐ中。
胸板の一点が内側から隆起し、異音と共に裂けた皮膚の合間からずるりと肉片が這い出す。
「私は君の事が好きだった、第四位魔術師モーリス・ヘンリーソン」
それは――脈打つ、モーリスの心臓だった。
吸い込まれた朱の輝きを纏った肉片は、外気に晒されながらも脈々と鼓動を打ち続ける。
そして、気が狂うほどの痛みを伴いながらも――モーリスにはまだ息があった。
後を継ぐ者たちを目の前で殺され。
無力に苛まれた姿に、哀れみを覚えられ。
生きながら肉体を引き裂かれ、命を弄ばれた魔術師が――果たして何を思ったのか。
「君と分かり合う事が出来なくて……残念だったよ」
翻った左手に呼応して、風船のように爆ぜた生命の肉塊。
糸が切れた人形のようにゆっくりと崩れ落ちた男の剃刀の双眸には、今はうっすらと膜が降りて。
そして――悲しげに目を伏せたヘクターの姿に、真っ直ぐに突きつけられた二つの銃口。
銀髪のペネトレイターが持つ異彩の双眸は、真に貫くべき相手の姿をその内に納めていた。
「アトリ・イスカ……一体、何を? 何故その銃を私へ向ける?」
構えた大型拳銃の先にいるヘクターは、純然たる驚きに細い眼を精一杯見開いてみせた。
そして恐らく、口にした言葉の通り――本当に銃口を向けられた理由が、判ってはいないのだろう。
「ペネトレイターが銃を向ける意味など一つしかない。お前は今回の一件とまるで関係の無い魔術師を多数殺害した。
加えて、第四位魔術師モーリス・ヘンリーソンを殺害……その極めて残虐な行為に対し、汲むべき所は一片も無い」
「君は……私が君の代わりに為した事を『残虐』と口にするのか?」
糸の様に細い双眸の奥に深い悲しみを湛え、ヘクターは心痛めた様子で数歩退く。
「私が彼らを殺す事に喜びを見出していたように見えたか? 私が彼等の事を、殺したくて殺したと――」
「そんな事は俺の知った事ではない。加えて言えば、お前が何を考えていようが俺にとっては『どうでもいい』」
紡がれる言葉を一刀に斬り捨てたアトリの言葉は、極めて容赦無い鋭さと冷ややかさによって形作られていた。
『博士』や『若者』と相対した時に見せた感情とは全く逆のベクトルを含み、声は低く。
「魔術師の魔術師殺しはペネトレイトの対象となる――例え相手が、お前であろうと」
「……そうか。君はそうして、いつまでも誰の言葉にも耳を傾けず……我侭を通そうとするのだね」
アトリとヘクターの交錯は、今や一秒ごとに噛み合わぬ不協和音を奏でていた。
銃をこの世に生み出した男は、今やその銃を突きつけられ――聞き分けの無い子供に手を焼く親のような表情を浮かべながら。
「私は君の事が嫌いではなかった、アトリ・イスカ。いや、今も君の事を嫌いにはなれずにいる。
君だけではなく、私はこの世界に生きる全ての『人』……魔術師も人間も隔てなく心から愛しているよ。
例えそれが罪を犯したものであっても。何故なら私は、人が過ちを正せる生き物だという事を知っているから。
けれどその過ちを認められず、他者を拒絶し……自分の『我侭』のためだけに誰かを、世界を犠牲にする者がいる事も事実だ」
その瞳に映された悲しみが拭い取られた時、ヘクターの表情にあったのは揺ぎ無い勇猛心と決意の力。
「だから私は、全力を賭して――世界を傷つける者とそれに加担するもの、全てを討ち滅ぼすとこの胸に誓う」
「『世界』とやらは、お前ほど慈悲深くも無ければ狭量でも無いと思うがな。――まあいい、お前と口をきくのもいい加減うんざりだ」
『独善』の決意の前に最早怒りさえ呼び起こせず、吐き棄てるように呟きを落すと。
「第一位魔術師ヘクター・アーチボルト――お前をペネトレイトする」
吐き出された銃声は一つに繋がりながら、長く響いて一直線にヘクターへと餓顎を剥いた。
だが左右合わせて十八発の衝撃は全て、一瞬で展開された障壁の存在に明後日の方向へと弾き飛ばされている。
障壁を強引に裂いて魔術師を仕留める目的に特化した魔女狩りの牙達も、最高階位の障壁の前にはまるで蟷螂の斧だ。
「君が例え伝説のペネトレイターであるとしても、私にはその牙が届く事は決して無い……知っておきたまえ」
「――だったら、伝説の女魔術師の一撃は届いたりするのかしら?」
ヘクターの忠告を受ける形となった甘く豊かな声は、彼の背面から心地よく耳朶を刺激した。
だが次の瞬間、強化硝子に皹が入ったような耳障りな破砕音が響いた事に愕然と振り返っている。
そこに居た黒髪の美貌は銀の魔杖を剣のように両手で握り締め、罅割れた『障壁』の向こう側でにっこりと笑いながら。
「近所の子供相手に鍛えた草野球・首位打者の腕前――見せてあげるわ♪」
瞬間、鋭い踏み込みと共に振われた一閃は戦槌の破壊力さえ発揮して障壁を粉々に打ち砕いていた。
振り抜かれた長杖は凝った意匠を施された見た目とは裏腹、彼女の暴威によく耐えて傷一つ負った様子も無い。
身を護る術を失ったヘクターへと旋回した杖先は兜割に降り下ろされ、背面から心臓を狙うのは獰猛な牙を備えた鋼の顎。
逃げ場の無い前後からの挟撃は――しかし結論から言えば、両方とも彼の命を奪い取るには至らなかったのである。
「――我が主の身柄の安全は、あらゆる状況下に於いて確保すべき最優先事項に該当する」
額へと触れる寸前、中空で縫い止められたように静止した破壊の魔杖・カドゥケウス。
彼女の意に反して一撃を食い止めたのは、紺色のエプロンドレスに身を包んだ少女が掲げた鉄棒――
「行動規則に則り、障害と為り得る一切の存在を排除する――戦闘開始」
熱の無い呟きが響いた瞬間、交叉した鞘から抜き放たれた緋色の刃は鮮やかに翻ってトトを襲った。
しかしその鋭い切っ先が白磁の肌に触れる寸前、手の内で旋回した銀杖は主を護るように一閃を迎え撃って捌いている。
そのまま完全に拮抗した両者の競り合いは、互い退く事が無い故にヘクターへと手を回すだけの余裕を失い――そして。
「言ったはずだな、双隻眼」
背面から銃撃を受けてなお、世界最高の魔術師の言葉に致死の苦痛は存在せず。
「君の牙は決して私の元には届かない。私を死に至らしめる脅威とはなりえないと」
ヘクターが纏う暗灰色の装衣によって食い止められた弾丸が、蓄えた力の全てを失って地面へと転がり落ちる。
銃撃を受けた場所にあったのは微かな皴と、くすんだ灰から鮮やかな蒼へその色合いを変えた布地――
「形態変化――『永遠の自由を誓う蒼き外装』」
瞬間、灰色を帯びていた装衣の隅々に至るまでを純白と蒼が染め上げていった。
袖先に至るまで色鮮やかに変わった装衣は、背面から広がった飾り帯の一部が巨大な六翼の翼さえ想起させる。
「この『永遠の自由を誓う蒼き外装』はあらゆる外部干渉を遮断して装者を保護する。
結果は見ての通り――どれだけ足掻いてみせようと、君の振りかざす暴力が私を貫く事は絶対に無い」
余裕を示すようにゆっくりとアトリに向き直ってみせながら、ヘクターは自分を抱くように両腕をそっと閉じた。
瞬間、波紋の前に揺らぐ魔術師の姿に――彼が何をするつもりなのかを悟ったアトリは、舌打ちと共に猛然と駆け出している。
「不浄の悪、何故の貪りか……其の境界、妄りに貪心を生ずるも祖は愚者なりけれん」
邪念を思う故に無明に縛せられる、欲楽の貪りに大患あり――恐るべし」
殆どの魔術が詠唱を必要としないこの時代において、構成の構築にそれを必要とする――
為そうとする魔術が厄介である事は容易に想像がつく中、トトはさらに一歩踏み込んで構築される構成の意味を把握する。
そこに込められていたのは炎熱による破壊、その規模はヘンリーソン家の所有する敷地全てを呑み込んでなお釣りが生じた。
如何にアトリが対魔術の装備を保有しているとはいえ、この力の前では薄紙一枚程度の役にも立つことはないだろう。
巻き込まれれば死は免れないだろう、が――それでも『アルフェイル』が損傷を負うことだけはない。
「真性悪に在し、その体性を観察すればただ仮初めの姿にて真種ある事無く夢幻の如し。
我今、かくの如き相を明らかに観れる事当に幸いであり、喜びである」
邪魔者は消え去り、目的のものを得る事は叶う。
ある意味では『最適化された魔術』と言えなくもないが、こんな無粋なものを自分の掲げるものと同列に並べられるのは御免だった。
銃撃を防がれるアトリに代わって魔術の無効化を試みようとしたトトだったが、目の前の緋色の輝きはその行動を許さない。
針の穴をも通す精密な連撃で彼女の『欠損』を的確に突き、決して機先を制する事を良しとはしない――
「邪魔しないでくれるかしら――女の子がちょっかいをかけていいのは好きな男の子にだけよ?」
「否。私の体は我が主の『剣』――作戦が次段階に移行するまでの間、交戦中の敵性体の行動全てを封鎖する」
「我、勇猛を以って善き事を成し、救い無き人々の救護とならん。寄り辺無き人々の帰依者たらん。
家無きものの家とならん――我久しからず、この志を全うせん」
朗々たる詠唱を響かせるその姿は、両腕の中に抱え込むように生じさせた白銀の波紋に歪む。
ヘクターの元へ走り寄りながら旋回させた銃口――跳弾を利用して死角を狙った射撃も全て装衣に阻まれ、波紋へは至らず。
やがて臨界へ達した揺らぎが小さな光球へ具現化した時、同時に展開された障壁に今度こそアトリは全ての抵抗手段を失った。
「電熱雷火、集え。我今火の矢携えて、蔓延る悪の根を断たんと欲す――!!」
まるで塗り潰したように一点の翳りも無い白色――臍を噛む合間さえ与えず、瞬く間に部屋中を満たしていく。
それでも屈せず弾丸を見舞うが決してヘクターに届く事は無く、最後の薬莢の転がる音は万策尽きた事をアトリへと告げた。
否。
まだ、一つだけ手段は残されている。
腰元に帯びた『アルフェイル』――柄頭で輝く蒼は、この状況を打破できる唯一の可能性。
席巻する破壊を目前に控えて荒れ狂う大気の中、響いた舌打ちは鋭かった。
乱暴に収めた漆黒の相棒に代わり、逞しい掌が蒼を咥え込んだ柄へと滑り落ちた時。
「どうやら君以外にも、『協力者』がいるらしいな」
「何……?」
ヘクターの口にした予想外の言葉に、アトリは思わず眉根を寄せた。
だがその疑問への答えを得られぬまま、突如ヘクターは半壊した壁の向こう――闇の奥を見据え、嘆かわしげに眼を伏せると。
「何故、君達は傷つけあうことしか出来ない……私は争いを望んだ事など、ただの一度も無いというのに!!」
悲痛な叫びと共に、目前に展開された障壁。
ヘクターの言うところの『協力者』はどうやら、この闇夜の中から彼へ向けて何か為そうとしているらしい。
だが幾多の魔術師を引き裂いてきたアトリの銃撃さえ阻むこの不可視の壁は、魔術的な干渉に対しても相当の強度を保っているだろう。
加えて展開した破壊の魔術から自身を保護するための障壁、そして暗灰色から蒼へと鮮やかに転じた弾丸も食い止める装衣。
三重の防壁を前に、果たして如何なる力が彼の行動を阻むに値するというのか――
果たして。
響き渡ったのは“咆哮”だった。
重ね合わされた闇夜を貫き。
音を噛み砕いて瞬く間に迫り。
阻む二重の障壁を容易く引き裂き。
蒼の外装をその牙に捉え、木っ端微塵に右肘を吹き飛ばす。
突き進むその先、目の前を塞ぐ一切を無へ回帰させた一発の弾丸。
この場へと届けられた“ゼロへの咆哮”が――状況に変化を生じさせる。
右腕の肘から先を失い、壁に叩き付けられた魔術師の体から臨界寸前の光球が零れる。
少女はその剣を捧げて護り通す事を誓った主の危機にすぐさま跳躍し、携えた緋色の刃を旋回させた。
連続する銃声を刀身が阻んだ刹那の合間、構成を展開した黒髪の女性が目の前へ伸ばした白磁の繊手。
求められたその手を――生き残る為の唯一の可能性を、跳躍した銀の長躯がしっかりと掴み返した時。
地面へ触れた光は衝撃に制御を失い、与えられた意味の元――破滅の白を解き放った。



