No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater

双隻眼のアトリ・イスカ


第四十三話 其は世界を救いし者



『悲しい――私は、悲しく思う』


響き渡る声は荘厳な雅楽の音にも似て、様々な思惑が錯綜する場の流れをただ一つの秩序へと導いていった。
血と死と殺戮の色に染め上げられんとされていた場を捻じ伏せる――圧倒的なまでの力と共に。


『争いを止める事の出来ない人々。我を通して他を認めず、理解しあうことさえ出来ない』


剃刀めいた双眸は大きく見開かれて、深い黒曜は訝しげに顰められていた。
二人は誰よりも理解している――言い表せぬ感覚の内に捉えた構成、それが孕む桁違いの情報量を。

熱を宿さぬ人形の眼が、畏敬と安堵を透かしたように細められた。
彼女は誰より知悉している――耳朶に心地よい響き、骨子の奥底に至るまでに刻まれた我が主の声音を。


『憎しみは絡みあう二重螺旋のように血を求め、私欲のためにそれを煽動する者達も後を絶たない』


そして――互い異なる金銀両眼が、真実を貫くような眼差しで目の前の波紋を見据えた。

彼は誰より知っている。
今も湛えられた目前の波紋は白銀、それを生み出す事の出来る魔術師はこの世にただ一人しかいない事を。


『私はただ、皆が笑う姿を……幸せに暮らせる明日を、与えてやりたいだけなのに』


揺らぐ波紋は臨界を迎え、展開された構成は抱いた意味を事象へ転ずる。
間を置かず放たれた白光の中に漂白された世界で、輪郭を結んだのは一人の男の姿。

それは決して、この場に現れるべき人物ではなく。
されどただ一人、この時に現れる事を許された“魔術師”。


『君も……そう思っているのだろう? 双隻眼のアトリ・イスカ』

「魔術師協会総帥……ヘクター・アーチボルト……!!」








ヘクター・アーチボルト。
彼を形容する言葉は数多く存在し、そのどれもが世に広く雷名を轟かせて語り継がれる。
ある者は彼を『南の賢者』と呼ぶ――年若き頃よりその才覚を遺憾なく発揮し、魔術の発展に努めた賢者として。
ある者は彼を『第一位魔術師』と呼ぶ――五千年に及ぶ長い史上、ただ三人しか至る事の適わなかった至尊の位を讃えて。
そしてある者は、彼を『魔術師協会総帥』と呼ぶ――銃を与え、沢山の人間達と共に戦い、今の世界を作り上げた英雄への尊敬を込めて。
数々の功績を成して世界に貢献し、人間も魔術師も分け隔てなく尊敬と憧憬を以って存在を唇に載せられる希代の大魔術師。

だが今、眩まんばかりの光溢れるこの中で。
御光を背に負いながら、アトリ達の目の前に堂々たる様で地に降り立った男の姿は。
果たして、語り伝えられる偉業を一身で成し遂げた者と同じ存在であるのか首を傾けずにはいられなかった。

締りの無い丸顔の中心、平たく伸びて座した鼻――糸のように細い双眸。
標準的な成人男性より一回り高い上背は、二周り以上伸びた横幅にその印象を打ち消されている。
魔術によって最盛を保つ肉体は、二十台の姿のままで時を止めたようだが――この容姿ではまるで意味を為していない。
よく見れば幅は単に骨子が太いために肥満と間違われやすく、造詣も決して不出来を謗られるほどでは無かった。
だがアトリを筆頭、見目麗しい姿の揃ったこの場においてはその言葉は何の慰めにもならない。
寧ろ、立派な暗灰色の装衣に纏われている・・・・・・彼の姿が見る者へ与える印象は『威厳』ではなく『失笑』のそれだ。

しかし、光を背負いながら現れたその男の姿を見詰めるモーリスの顔は――極度の緊張に強張っている。
それは例え姿形がどのようなものであったとしても、彼が構築した構成の力が紛れなく“ワーヒド”であることを物語っていたから。
魔術師にとっての『階位』の価値、高位者に対する畏怖と畏敬は『精神の遺伝子』に刷り込まれていると表してもおかしくはない。
それも史上三人しか現れた事のないような雲上の存在に対し、心乱さず向き合う事が出来る者の方がおかしいのである。

顔色を失って立ち尽くす部屋の主に代わり、双眸に剃刀にも劣らぬ鋭さを湛えたのはアトリだ。

「どういう事だ――これは」
切っ先のように差し向けた視線の先、納刀した緋の鉄棒を片手にヘクターに付き従う自動人形。
少女は魔術師を「我が主マスター」と呼び、魔術師は少女が自身の傍らに在る事を許した――それがどういう意味であるのか。
銃口こそ掲げてはいないが、真っ直ぐに貫く異彩の双眸は一切の偽りを唇に乗せる事を許しはしない。
「お前がその人形の『我が主マスター』なのか」
「いかにも。ユキは私が作り上げたものだ」
――銃声が響き渡る事が無かったのは、拳銃を引き抜くより早くヘクターがさらなる言葉を重ねたために過ぎない。
「全ては『見極め』だったのだよ――どうかその事を、君には理解して欲しい」
「……見極め、だと?」
「そう。君の嘘偽りの無い姿……そこに信じるに値するものがあるかどうかを『見極め』させて貰いたかった」
胡乱げに返したアトリへと鷹揚に頷いてみせたヘクターは、そのまま銃撃の様な容赦のない視線と真正面から向かい合う。
浮かべた顔は穏やかで心優しく、どこか拗ねた子供をあやそうと試みる大人の様な寛大な余裕と慈愛に満ち溢れていた。
「あの戦い……『希望期』を経て半世紀、世界は随分と変化した。
 けれどそれは、決して良い方向にだけの変化を齎す事は無く……平和な世で犯罪は増加の一途を辿りはじめた。
 皮肉にも人と魔術師は手を取り合って悪事に勤しむようになり、ペネトレイター達は彼等の切り札として雇われる様になる有様だ」
慈愛の中に、心からの悲しみを湛えて微笑む――本当に世界を憂い、心を痛めているかのように。
だが『無償の善意』という言葉が似合うその微笑を前にしても、アトリの顔からは鋼鉄を鏨で削ったような厳しさは決して消えなかった。
「それが五千年間の抑圧に解放された人々の迷い……自由というものの代償なら、私は彼らを憎みはしない。
 だが彼らをそのままに放置しておけば、心無い行為の中に悲しむ人達が大勢生まれる事になるだろう。
 だから私達は――戦いを率いた私達だからこそ、現状に手を打たなくてはならない。……それは君にも判るかい?」
「その為の保安局であり、法の番人達であり……俺達『貫く者ペネトレイター』――あるいは『殲滅者アニヒレイター』だろう」
殲滅者アニヒレイター――その存在だけが囁かれる、魔術師協会上層部直属の特殊なペネトレイター達の俗称。
通常の手段では手に負えなくなった局面に投下される彼らは協会の懐刀として、あらゆる状況も収めてみせる凄腕だという。
アトリ自身も噂にしか耳にした事は無かったが、示唆した彼等の存在を肯定するようにヘクターは深く頷いて。
「その通りだ……けれど君なら既に判っている筈だ。彼等だけではこの流れが止められないのは。
 昔と違って犯罪組織集団達は極めて高度な組織体制を持つようになり、根絶を図る事は難しくなった。
 彼等を貫くべき筈のペネトレイター達の志は地に堕ちて、今では君の様なごく一部の者達にしか残されていない。
 新たな力が必要なのだよ。強い精神と肉体を持ち、良心の善き所に従い正義を執行することの出来る……強い力が」
世界最高の権力と実力を凡庸な器に収めた非凡の才紳は、静かな決意にそっと夜天を見上げる。
崩落した天井から覗く月光は透徹に澄み渡り、彼の姿を庇護するように深々と降り注いで。
「『見極め』が君に無断であったことは悪いとは思っている――だが私は、偽り無い『本気』が見たかったのだ。
 目の前で悪が為される事に対する義憤の想い……そしてその想いを形にする実力、双方に嘘偽りが無いのかどうかを。
 そうして君は第四位魔術師オズワルド・ウォルターをペネトレイトし、ユキの突然の襲撃から見事に生き延びてみせた。
 彼女が残した手掛かりからこの屋敷へ至り、長い間決定打を掴めずにいたモーリス・ヘンリーソンの計画を暴いてみせた。
 ――合格だよ、双隻眼。君を私達の同胞、魔術師協会総帥である私直属の超法規組織『秩序を築く者ソーシャル・カウンター』へと歓迎する」
広く丸い両手から豊かな拍手の音が響いた時、その視線は天上より地上――立ち尽くしたモーリスの姿へとぴたりと据えられて。
「君はユキの背後にいる『何者か』――つまり、私の存在を懸念してペネトレイトを避けたそうだが。
 全ては語り伝えた通り、最早君を縛る疑問は何も存在しない。ユキもまた『秩序を築く者ソーシャル・カウンター』の一人なのだよ。
 魔術師協会総帥ヘクター・アーチボルトが許可しよう……第四位魔術師モーリス・ヘンリーソンをペネトレイトしたまえ。
 君がその銃爪を引き絞った時をもって、その力を世界の為に使う事の出来る新たな道が切り開かれる事となるのだ」

『希望期』を築き、ペネトレイター達を生み出した魔術師が示した新たなる道。
その言葉を黙って聞いていたアトリは軽く顎を引き、真っ直ぐにヘクターの双眸を見つめて――


「――断る」








アトリとヘクター、両者の距離は5dcも開いてはいない。
故に彼の返答は即座にヘクターの耳へと届いた筈だったが、すぐには言葉の意味が理解できないでいたらしい。
呆然と眼を見開き、やがて眉根の合間に疑問符を浮かべ――その疑問を溶かす事も出来ぬままアトリへと向かい合う。
「……それは……一体どういう意味だ?」
「『ペネトレイトに際し、魔術師をペネトレイトする際の判断はペネトレイター本人のものを最も優先される』。
 ――協会で定められた所に則り、俺は第四位魔術師モーリス・ヘンリーソンのペネトレイトを拒否すると言っている」
今度こそはっきり伝えられた言葉は、それでもヘクターには難解を極めるものであったらしい。
一向に要領を得ない様子の彼に対して、アトリは表情を緩める事も無くその理由を言及する。
「お前の申し出を断った理由は幾つかあるが、まだモーリスに問い質さねばならない事が残っているのがその一つだ。
 俺はまだ、この男が何故地下施設で戦闘用合成獣の開発を行なっていたのかの理由さえ聞いていないんでな。
 ……まさか一連の計画全て、個人的な趣味の延長線上というわけでもあるまい」
「それは……だが彼の身柄を拘束したところで、真実を口にするとは――!」
反駁するヘクターの言も、『鉄面皮』とさえ称されるモーリスの人也を慮れば決して無視できないものがあった。
拷問や尋問、肉体的苦痛で口を割るような男ではないだろう――かといって、どのような交渉を持ちかけるべきか。
無為に生き永らえる事に興味を示すとは思えず、かといってどれだけ減刑出来たとしても公の場に再び姿を現わす事は出来ない。
それを思えばいっそこの場で殺し、記憶野を魔術で強引に暴いて蓄積された記憶を吸い出してしまう方が遥かに効率的だ。
「確かに、生きていても死んでいても一長一短なのは確かだな」
「なら何故、君はここでペネトレイトをしない――彼を生かす選択を選ぶ。……人道的な立場を考慮しての事か?」
「あまり俺を笑わせるな。そんな事を気にかけるようなら俺はペネトレイターを廃業している。
 生きている相手には『非人道的』と非難轟々の記憶吸引が、死者に対してなら許される事には多少の疑問も残るがな」

なら、何故――と言外に問うた、ヘクターの顔に向けて。
アトリはもっと直截的で、かつ簡潔極まる理由をその唇に乗せて答えた。

「簡単な事だ。――俺はお前が気に喰わん」
「な……!?」
「飾られた理屈や言い訳など、いくら並べ立てたところで俺にとってはどうでもいい――お前は俺の事を『試した』。
 手前勝手な定規を使って俺の事を測ろうとする相手を、俺は屑以下の手合いと判断する事にしている」
唖然と言葉を失った丸顔に対し、投げ掛けられた視線は冷ややかささえ帯びていた。
その様子を眺めていたトトは軽く眼を見開いたが、驚きはアトリの示した冷淡な態度に対してのものではない。
尋常ならざる許容力を持つアトリに、ここまでの表情を引き出させる愚か者が実在したという事に対しての驚愕。
「お前が何を意図しているのかは知らんが、ここでモーリスのペネトレイトを行なう事は無い。
 この男身柄はメンフィスの保安局へ一端預け、そこからヘリオポリスに移送――後は当局の判断に任せる」
立ち尽くすヘクターの傍らを過ぎ、アトリはモーリスを連れながら扉へと足を向ける。
既に覚悟を定めていたモーリスは抵抗する様子も無く、閉ざされたままの門扉へと落ち着いた足取りで近づいていった。
部屋が原形を留めていないにも拘らず、大した損傷も無い重厚な扉――施錠を解除すべく構成を識る傍ら、アトリは体ごと振り返る。
「それと――もう一つ。お前には今ここで、この問いに答えてもらう」
背面を滑り腰元へと落ちる手の存在に、機敏に反応を示したユキを視界の端に捉えながら。

「ヘクター・アーチボルト。お前は何故“これ”の存在を知っている?」

相棒の大型拳銃ではなく――鞘に納められた『アルフェイル』の柄頭、銜え込んだ青い宝玉へと触れた時。
感情を宿さぬ自動人形の体が微かに震え、ヘクターの表情に緊張が走ったのをアトリは決して見逃さなかった。

「宿の襲撃が俺を試すための芝居だとお前は言ったが、その自動人形が口にした『目的』は“これ”の回収だったな。
 ただ単に襲撃を仕掛けてくるだけなら、もっと自然な理由は幾らでもあったにも拘らずだ」
「それは……君の偽り無い、本気の姿が見たかったからこそ――」
「なら何故、俺が“これ”に関して本気にならざるを得ない事を知っている。“これ”の存在を何処で知った」
ヘクターからの答えは無く、ただ彼は俯いた顔の唇を噛みながら沈黙を保ったに過ぎなかった。
暗灰色の装衣の裾を白くなるまで握り締めた手は、謂れなき罪の糾弾に打ちひしがれるようにも見えたが。
そんな事で追及の手を緩めるほど、この一件に関して――アトリは、甘くない。
「答えろ、ヘクター・アーチボルト。“これ”の存在をお前に伝えたのは誰だ」
「っ……そんな事は、君がそれを個人で保有している事に比べれば些細な事に過ぎない!」
「話を逸らすな。俺にとっては大事な事だ」
「私はそれの事に気付いた――気付く事が出来た! だから私には、その力を暴走させない義務がある!!」
「……ほう?」
軽く眉を跳ね上げたアトリに対し、ヘクターは真摯な表情で切実に訴えかける。
「君は理解していない……その力は個人が所有して良いものでも、決して個人で扱えるような代物でもない。
 だから私は君を救うため、その力が暴走せぬよう……正しき方向へ導かれるよう、『秩序を築く者ソーシャル・カウンター』の一員として――」
「“これ”ごと俺を子飼いにして、自分の好きなように操ってみせるか」
「邪推だ! 私はただ君の事を思い、君を救い出そうと――!」
「ふざけるなよ、ヘクター・アーチボルト――俺がお前に救われなければならない必然など何処にも無い。
 お前はただ自分の『独善』を押し付け、“これ”を自分の手の内に納めようとしているだけに過ぎん」
銃撃の様に容赦を見せないアトリの言葉に、ヘクターは泣き出しそうな様子で丸顔を歪めて悲痛に呟く。
「どうして……どうしてそのような言い方しか出来ない。その様にしか、私の言葉を捉えてくれない?
 私はただ、判って欲しいだけだというのに。君に理解を、求めているだけだというのに」
「無理だな。他人のものを欲するような相手の正当化など――俺には理解することは出来ん」
アトリの双眸は怒りも呆れも超え、氷さえ砕くほどにその温度を落しきってしまっていた。
既に彼の心の内、ヘクター・アーチボルトという存在への評価は先刻とは別のものへと摩り替わっている。

『苛立ちを覚えさせる相手』から――『話の通じない相手』へと。

「……アトリ・イスカ。君がそんなに『我侭』な人だったとは思わなかったよ」

だが、相手に対する評価が変じたのはアトリだけのものではなかった。
悲しげに顔を俯かせていた先刻までとは一転、締りの無い丸顔を支配していた感情は――決意。

「目の前で起きた悪事を目の当たりにしておきながら、ペネトレイトを行なおうとしない。
 私の再三の忠告にまるで耳を貸さず、子供じみた自尊心から悪戯に力を振り回そうとする。
 君がこんなにも『我侭』だとは、自分の都合ばかりを優先しようとする人物だったとは思いも寄らなかった」
言って、歪めた顔面――それは恐らく、本人にとっては苦笑を表現するものだったのだろう。
まるで潰れた饅頭のようだと醒めた眼で眺めやるトトの心中に気付くことも無く、芝居がかった様子で胸元に手を添えると。
「それで、どうした。勝手に抱いた妄想から勝手に幻滅した先に、お前は俺を憎みでもするか?」
「いや、私は君を憎まないさ……ただ、君の『堕落』を見てしまった以上、私はそれを見過ごせない。
 私は責任ある大人として、君の為すべき事を導く義務がある……だがそれも、君はきっと拒絶する事だろう」
あくまでも怒りではなく、言い知れぬ悲しみに耐えるような表情を浮かべて。
目の前にいるアトリを勝手に・・・悲しんでいる滑稽な男は、やがて悲しみを振り切るように表情を改めると。

「だから私は君の代わりに――為すべき事を行なおう」

決意の意思が滲んだ言葉と共に、白銀の波紋が重なり合った。
ヘクターの意図する所に瞬時に思い至ったアトリは、既に掴み取った漆黒の相棒の銃爪を躊躇い無く引き絞っている。
しかし放たれた鋼の顎達が空間の揺らぎを引き裂く寸前、宙に描かれた緋色の残影が迫る弾丸の全てを叩き落していた。
舌打ちを響かせながらもう一丁の相棒を閃かせるよりも早く、臨界を迎えた波紋は事象へと昇華されて――

「『花弁ペタル』よ――舞え。そして己の為すべきを為せ」

展開された構成によって生じた菱形の蒼い結晶は、一つ一つが短剣の刃ほどの長さと鋭さを秘めていた。
だが結晶達はアトリ達の存在など失念しているかのように、次々に部屋を飛び出して夜の闇へ溶け込んでいく。
予想された事態――魔術によるモーリスの殺害からかけ離れたその行為に、アトリは警戒しながらも微かにその眉根を寄せる。
「……何をするつもりだ」
「アトリ・イスカ……君は庭の草引きをした事はあるか? 雑草は見た目に反して随分としぶといものだ。
 地表に出た部分を毟り取るだけではまた生え揃う。根絶するためには言葉の通り、草を支える根を絶たねばならない」
ヘクターの答えが示す事柄に瞬時に思い当たったのは、この場でただ一人だけだった。
モーリス・ヘンリーソン――滅多な事で動揺を見せることの無い彼の横顔が、血の気を失って紙のように白い。

「まさか……まさか、私の後続達を……!?」

震える声に対しての答えは、何一つ与えられなかった。
ただ唇を引き結び、決意と共に隠し切れぬ痛みを堪えるようなヘクターの表情は。

百万遍の言葉より、明確な答えとなってモーリスに届いた。


駆け出すモーリスの背に伸ばされたアトリの手は、しかし一瞬遅れて空しく宙を掠めていった。
鉄面皮の名も脱ぎ捨ててヘクターへ向っていく彼に対し、ユキはその刃を閃かせようともしない。
彼が主にとっての脅威となる事が決して無い事を、彼我の能力差から『事実』として把握していたためだ。

「――止めろ! 彼等は計画に無関係だ! ペネトレイトされるべき対象ではない!!」


伸ばされた手はヘクターの手前、展開された不可視の障壁に阻まれ届く事は無く。

階位“アルバア”、魔術師の中でも上層に位置する彼の力は。


無意識のうちに思い描いた、自ら育てた後続達の――『根絶』の始まりを知覚していた。


「止めろ……止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」