No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater

双隻眼のアトリ・イスカ


第四十二話 『鴫』と『蛤』――そして『猟師』



部屋の中を過剰に照らす照明は魔術を利用していたため、暴風の様に吹き荒れた破壊の後もまだ煌々と光を放っていた。
故に無惨な爪跡の存在をかえって強調し、戦場に取り残された廃墟のような痛々しい光景を隠す事も出来なかったが。
「第四位魔術師――モーリス・ヘンリーソン」
鍛え抜かれた筋肉は、さながら鋼の鞭を連想させて力強く。
引き抜いた漆黒の相棒は、虚ろに開いた銃口を剃刀めいて鋭い双眸の合間へと正確に定めて。

「魔術師協会の名の元に、お前をペネトレイトする」

ペネトレイト。
魔術師の最も忌む、最悪の死刑宣告。
罪に関わったもの全てに手渡されるのは、無粋な鉛玉と冥界への片道切符。
仮に死を免れたとしても、残されるのは地に堕ちた『名』――ペネトレイトを宣告され、罪人の烙印と化した家柄。
『人』を殺し『名』を殺す、法の下に照らして下される罪への処罰として最も重い『魔術師の死』。

だが――アトリが相対する相手もまた、尋常な人也の持ち主ではない。
様々な窮地を顔色の一つも変えずに切り抜けて、眠らぬ魔都に君臨してきた交渉術の魔人。
剃刀めいた双眸は目前の銃口に物怖じした様子も見せず、視界を構築するメタルフレームへと軽く指を添える。
交錯する視線に音も無く火花を散らしながら、紡ぐ言葉は淡々と――鯉口を切った刃の様に無駄を削ぎ落として交錯した。

「ペネトレイトか。――その根拠は」
「未申請の戦闘用合成獣の保有、及び研究と開発・製造。加えて合成獣自身の、制定された規格を大きく逸脱した性能。
 これらは協会に対しての不義・反逆行為として判断し、ペネトレイトを宣告するには充分な理由となる」
即座に返答することを、モーリスは避ける。
同時に、内心で微かに感心を覚えながら目の前の巨躯を見上げた。
今まで屋敷を訪れてきた査察官達の根も葉もない難癖と違って、彼の指摘は恐ろしいほど正鵠を得ている。
モーリスは確かに戦闘用合成獣の研究と開発、そして量産を前提とした製造計画を秘密裏に推し進めていた。

だが、その事実が事実として存在する事と――事実を事実として認める事とは全く別の問題となる。

合成獣達の開発施設が存在するのは、魔術による探知さえも機能しない地の底――数百dcを隔てた土砂の下。
加えてこの地下施設には外部からの経路が一切存在せず、立ち入るための唯一の手段は魔術による転移。
だがその際に僅かでも転移先の座標を誤れば、何処とも知れぬ地底に埋葬された体が日の目を拝む事は二度と訪れないだろう。
唯一証拠資料として役立ちそうなのは、開発に伴う研究史の存在だが――これは形として実数領域に保管してあるものではない。

決定的な証拠を掴ませないだけの自信が、モーリスにはあった。
だからこそ。

「疑うのは結構だが……証拠でもあるというのか?」
「証拠も何も、お前の開発した合成獣と銃火を交えてきたばかりだ」

その言葉に対して、咄嗟に反応を返す事がモーリスには出来なかった。

「死骸でも、然るべき場所に提出して鑑定を行なえば立派な証拠として成立すると思うがな」
放り込まれた情報の爆弾と共に――長躯の視線が促すように庭園を指し示す。
瞬時に識り上げた構成に導かれて、瞼の裏側に結ばれた光景は遥か上空の高みへと。
敷地全てを俯瞰に収められる位置から覗き込んだ、今宵の騒々しい演目における主舞台となった場所――
最初に浮かんだのは『困惑』だった。まるで見知らぬ場所を眺め下ろしていたような錯覚に対しての。
続けて行なったのは『確認』だった。空間座標の情報から、紛れなくこの場所が当該区域であることに確証を得るために。
最後に――結びついた二つの情報、変わり果てた敷地内の姿にモーリスは思わず喉の奥から呻きを洩らした。

『緑の宝庫』に醜く刻まれた激戦の爪痕。
木々達を薙ぎ倒し、累々と転がる『虐殺者ジェノサイダー』達の白い巨頭。
だが――それらも目に映らぬほど、鮮烈な勢いで彼の視界に飛び込んできた光景は。
10dc以上の幅と深みを以って、地面を真一文字に深く抉りぬいた巨大な『溝』の跡。
そして『溝』の伸びる先、どっしりと構えた屋敷の半分が『消滅』して――冗談の様に、見晴らしが良くなっている。

果たしてどのような力が働けば、この光景を生み出す事が可能だというのか。

「あ・と♪ これも一緒に添えたりしたら、証拠としてはバッチリなんじゃないかしら?」
呆然と惚けたモーリスの意識は、軽快な口調と共に弾けた指の響きによって現実へと引き戻された。
何故ならばその音が爆ぜた瞬間、鉛へと変質した大気が圧倒的な重量でモーリスの全身に圧し掛かっている――
そんな錯覚・・を覚えるほどの、理解する事さえ不可能な桁外れの密度と情報量を兼ね備えた構成が形成されていたからだ。

果たして、その構成が何の意味を含んでいるのか。
その構成が何を表し――その中に、何が収められているのか。

直感的に理解する。
最初から、交渉が行なえるような盤面自体が存在していなかった事を。
合成獣の現物を目の前へと引きずり出し、個人で持ち出せる情報量ではない研究史も全て確保する――
確かに実現すれば、馬鹿馬鹿しいほど直接的だが、故に反論を試みる余地も説得を試す場所も無い。

「……なるほど。これが『ペネトレイター』か」

反駁の形さえ取れなかった言葉が――吐息のように、淡く室内に溶けた。








「どうした……双隻眼。何故、私を撃ち殺さない?」
自分がまな板の上の鯉であることを理解した男が――訝しげに眉根を寄せたのは暫くの後。
宙に固定された銃口の狙いは正確に眉間を捉えていながら、一向に銃爪を引かないアトリを不思議に思っての事だ。
だが彼の不可解な言動は、それだけには留まらない――見下ろす金銀双眸、微かに唇を開いたかと思うと。
「……今からのお前の行動次第では、宣言したペネトレイトを撤回してやらん事も無い」
「何……?」
「罪を見逃すわけじゃない――お前の身柄は保安局に引渡し、罪は法廷によって裁かれる。
 ペネトレイトが宣告されるような罪を犯している以上、極刑はまず免れないとは思うがな。
 だが少なくとも……『魔術師』であるお前にとって、そう悪い話ではないと思うが」
アトリの言葉に、ゆっくりと思案するように顎の辺りを軽くなぞる。
その時には挙動の数千倍の速度で思考を回転させていたが、確かにその提案はモーリスにとって有益なものだった。
どちらの道を選んでも、彼の命が損なわれる事には違いはないだろう――だが両者に違いが生じるのは、主に殺された『後』の事だ。
同じ罪を裁かれる行為であっても、『ペネトレイト』を受けて殺される事は魔術師達にとってこれ以上無いほどの不名誉に繋がる。
伴って失墜する家柄の社会的信用と立場は、親族達が誇りと見栄で構築された魔術師社会を生きる上で死を宣告されるにも等しい。
それを思えば、法廷で極刑を言い渡される事の方が遥かに痛手は少なく――ヘンリーソン家の名が地に堕ちる事態だけは、免れる事が出来る。
「……それで、その見返りに私に求める事は何だ?」
「情報提供だ。お前が知っている事のうちの幾つかを、今この場で話してもらう」
「たったそれだけの事で、私に宣告したペネトレイトを撤回すると?」
「別にお前個人に対して私怨があるわけではないのでな。だがこの場で俺に殺されたいなら、それを止めるつもりも無い。
 どちらの選択を選ぶのか、選ぶのはお前の自由意思――さあ、好きなほうを選ぶがいい」
要求された事柄に対し、その見返りがあまりにも大きすぎる。
その事を不審に思ったモーリスだったが――例え不審に思ったところで、この場の先導権が己に存在しない事を思い直す。

「……提供を要求する情報が何なのか、教えてもらおう」

慎重に言葉を選びながら、一聞には提案に乗ったような形をモーリスは取った。
だが冷淡な鉄面皮の下では、今までに無いほどの集中力を発揮しながらアトリとトトの一挙一投足に注意を払う。
彼らから提供を要求される情報の内容によっては、即座にこの場で自身の口を・・・・・封じる必要があったから。
決して口外する事の出来ないものが、彼にはある――それを問われれば、モーリスは即座に構成を識って自爆するつもりだった。
時代錯誤もいい手段だと我ながら思うが、この二人を相手取って勝てると思うほどの楽観主義は生憎と持ち合わせていない。
そして生きている限り、口を割らせる手段はいくらでもあるが――死人には昔から口が無いのだ。

だが、無愛想な表情の下のそんな決意とは裏腹に、アトリが彼へと要求した情報の対象は。

「俺がペネトレイトした――第四位魔術師オズワルド・ウォルター。
 奴とお前の間にある関係、そしてあの襲撃に関してお前が知っている事の全てだ」
「全て……か」
ちらりと、意識の片隅に思い浮かべる。
整った顔を病的な狂気に歪ませ、哄笑する今は亡き魔術師の姿。
「……概ね予想の付いている事だろうが、オズワルド・ウォルターと私の間には確かに繋がりがある。
 研究史を確保したのならすぐに判る事だが――彼は地下施設における、合成獣開発の主任だったのでな。
 彼がいなければ、研究が形になるのに十年は遅れていた事だろう――その結晶も、全て君に容易く打倒されてしまったようだが」
「気にするな。相手が悪かっただけだ」
「その態度で言われても皮肉にしか聞こえんな……ともかく、そういう事だ
 ペネトレイト宣告を受けていた彼を匿う代わり、私はウォルター家の合成獣に関する知識と技術を提供して貰っていた」
彼程度・・・の情報でこの交渉が成立するなら、まこと懐の痛まない買い物である。
「その様子なら、昼間の一件にも一枚噛んでいたようだな」
「……要請されては、応じざるを得まい」
「本意では無かったようだな?」
「当然だ。あの一件が無ければ――君がこうして目の前にいる事態は回避できたかも知れんのだからな」
『鉄面皮』にしては珍しく、その口元にはっきりと刻んだ呆れと嫌悪。
合成獣の研究者としての手腕は高く評価していたが、彼の性格の歪みに関してはモーリスも手を焼いていたらしい。
「正論だ。――そこまで判っているのなら、止めさせておくべきだったな」
「止められるなら止めていた……だが彼は『精密化』の被術者であった上に『至宝』の所有者でもある。
 同じ“アルバァ”であっても、彼と私の間には歴然たる実力の差がある――それに加えて彼は檄しやい傾向にあったからな。
 下手に抑えれば、さらに暴走する危険性もあった……この街に君が向っていると知った時、彼が発案した『計画』のように」
「計画?」
「君がメンフィスに到達したところで、街全てを結界で閉ざし――その中で君を蒸し焼きするというものだよ」
淡々と呟く様子はまるで絵空事でも口にしているかのようだが、現実はそんなに生易しいものではない。
正気の沙汰と思えないその計画も、『至宝』の所有者であったオズワルドなら決して不可能な所業では無かったからだ。
実行されていれば、ただ一人への私怨のためだけに――何十万もの人々が、人間や魔術師の隔たり無く犠牲にされていた事だろう。
「血気に流行る彼をなんとか説得し、馬鹿げた『計画』を棄却させる事は何とか出来た。
 だが、見境の無くなった彼を宥めるためには――代案を提出し、そちらに意識を向けさせる必要があった。
 その代案の候補地となったのが、君達が宿泊する予定だったあの宿だ」
「……ほう」
その時――微かにアトリの眉が跳ねた事に、モーリスは気付かない。
「君達も知っての通り、宿の従業員達は予め全員を彼の手駒達と摩り替えていた。
 その上で、君達が一息ついた頃合を狙って襲撃をかけるという予定で計画を組んでいたのだが……」
「実際はそうはならなかった――かしら?」
「まさか、一般の客が食事を摂っているところに奇襲を仕掛けるとは思ってもみなかった。
 恐らくは即金でペネトレイターや暗殺者崩れの者達を募ったのだろうが……ああも自分を抑えられんとはな」
自らを律する事を幼い頃から徹底してきたモーリスにとって、オズワルドの在り方は非難の対象にすらならない。
ただ彼の胸の内にあるのは、何故それが出来ないのかという――純然な疑問だけだ。
「つまり……『ネフェル=テム』とあのホテル。二段構えの襲撃は、お前にも想定外の事態だったという事か」
「その通りだ。彼自身の暴走じみた独断専行もそうだが――
 主人を失ったにも拘らず、宿の者達が君達に襲いかかった事にも驚かされた。
 私には見えぬ場所で、自分の手駒達にそこまでの忠誠を誓われるほどの器だったのか……。
 あるいは主の破滅に自らを重ね合わせて自棄になった挙句、主人に倣って暴走したのかは判らないがな」
無駄を削ぎ落とした口調が、それ自体で白刃のような強烈な皮肉となって今は亡き者達の在り方を切り刻む。
そして――そこまで彼の話を聞いたアトリは軽く頷き、それまで掲げていた銃口をゆっくりと下ろした。

「……モーリス・ヘンリーソン。お前へ宣告したペネトレイトを撤回する」

漆黒の巨大な銃身をホルスターへと収めて立ち尽くす。
様子を見る限り、本当にこの場でペネトレイトを行なうつもりは無いらしい。
だが、事態と直面して――改めてモーリスの心に去来したのは、命を奪われない事へ安堵よりも。

「私をこの場で殺さぬことに、お前は何の利得を得る? あの言葉から何を見出すに至った」

真意を探るように鋭く閃いた、剃刀色の輝きに。

「利得など、何も得てはいないさ。ただ、鼻を明かしてやるぐらいにはなるのでな」
「鼻を、明かす……?」
シギハマグリの様に扱われるのも――そろそろ飽きたという事だ」

アトリの言葉の真意を掴めず――眉根を寄せたモーリスの目の前。
梅干の種を吐き出すように、長い黒髪から放り出された大きな椰子の実が卓上で重く湿った音を立てる。

否、よくよく見ればそれは椰子の実などではなかった。

虚ろに開いたままの瞳孔、まるで硝子のように鋭利に切断された頸部。
重厚な書斎机の上でモーリスを見上げていたのは――痩せた壮年の男性の、椰子の実大の生首だった。








「……どういう事だ、これは」
「俺が見たときには、同じように解体された人の部品・・・・が付近の民家に鮨詰めにされていた。
 それでも、俺達は確かにあのホテルでお前の・・・襲撃を受けた。お前の屋敷の自動人形・・・・・・・・・・の一体にな」

奇妙なオブジェのように鎮座する生首を目の前にしてなお、モーリスの声音に揺らぎはなかった。
細められた双眸はこれ以上無いほどに鋭さを秘め、アトリ達の姿へと真っ直ぐに突き刺さる。

「お前が用意した舞台を乗っ取り、お前の名を騙って自分達の演目を開幕した者がいたという事だ」

呟く銀髪の長躯の姿に嘘をついている様子は無く、この局面で彼が嘘を口にせねばならない意味は無い。
――彼の口から唐突に飛び出した二匹の動物の名に、記憶の片隅から一つの諺を思い出したのはその時の事。

「互い食い合うシギハマグリ……『漁夫の利』か」
「ああ。襲撃で俺の命を取れなかったとしても、その後に銃口が向う先はお前の眉間に絞られる事となる。
 お前をペネトレイトする最中で俺が死んだとしても、あるいは辿り着いた俺がお前を弾丸で撃ち貫いたとしても。
 どちらにせよ利を得る事が出来る『漁師』が――今回の一件の裏で暗躍している」
「私が死んでも……お前が死んでもか。かけ離れていて、どちらでも利を得られる者がいるとは思えんが……」

モーリスの言葉にもっともとばかり頷き――さりげなく滑らせた背面、相棒の感触を確かめながら。

「俺達の死に何を見出すのかは流石に判らん……俺もそこまで、悪趣味になった覚えは無いからな。
 だが少なくともそいつは、お前の用意した替え玉を惨殺して――」

瞬間、空気が『変質』することに気付く事が出来たのは。
『双隻眼』として培ってきた経験に研鑽された――氷刃めいた第六感。


「――目標を有効射程内に補足」

熱を欠落させた少女の声が耳朶を叩いた時、体当たりする勢いでモーリスを確保したアトリの姿が宙を舞って。


攻撃アタック


定規を引いたように、縦に緋を描く刃の軌道が。
天井を紙のように裂き、銀の流影の残滓を斬り捨て――床を両断して炸裂した。
着撃に伴う衝撃が粉塵を天高く舞い上がらせ、煙のように充満して視界を遮る中で。
攻撃失敗ミス。誤差修正、目標再補足。目標の傍にペネトレイター『双隻眼』の存在を確認」
斜陽の輝きにも似た緋光を纏わせた長刀を携え、蒼ざめた月の双眸が無機質に輝く。
新調した紺色の装衣に木片と砂礫を付着させながら現れたのは、一切の表情を欠落させた小柄な自動人形・ユキ。
重厚な書斎机を真っ二つに両断して相対した姿には、最後に見た時の痛ましい様子は微塵も残されていない。
「――少なくとも、その『漁師』が。ここに一人存在するのは事実だ」
「そういう事♪ これだけ早く復活してくるなんて、なかなかガッツのある子じゃない?」
床に伏せた姿から背筋の力だけで跳ね起きた時には、手の内には吸い付くような感触と共に白黒の凶獣が鎮座していた。
段々と晴れゆく視界の中、銀の魔杖を隙無く構えたトトも好戦的な輝きを瞳に湛えて一歩踏み出している。
状況に思考が追いついていないモーリスを尻目、アトリの金燭が危険な輝きを孕んで。

「任務遂行に際し、障害と成りうる複数の要素を確認。
 一部の優先順位を変更、魔術師『トト』及びペネトレイター『双隻眼』を敵性体へと再認識。
 方式システム通常仕様ノーマルモードから戦闘仕様コンバットモードへと移行シフト長刀に於ける戦術思考及び行動の最適化ブレイド・オブ・オプティマイゼーション完了クリア――戦闘開始」
「それは俺の台詞だと言った。今度は逃げられると思うな――人形!!」

猛然と咆哮を放った時には、既に迸る銀流は地を叩いて一直線に人形へと駆け出していた。
だが、銃と刀――極限まで己を突き詰めた相棒を携え、火花を散らし今正に激突せんと迫った時。

忽然と現れた巨大な波紋の存在が、互いの喉笛を噛み裂こうと猛った牙達を寸前で止めさせていた。


「何……!?」


ペネトレイターの双眸だけが映す、水面のように空間を揺らす波紋。
帯びた色は、呆然と地面に座り込んだモーリスが構築出来る“アルバァ”の紅ではなく。
また、トトの構築する事が出来る“スィフル”の黒でもない。

「……我が主マスター……」

感情を持たぬ自動人形――ユキの瞳が見開かれ、その声が驚愕を帯びた様に微かに震えた時。




『――悲しいな――』




天から殷々と木霊する、福音の如き声と共に。

白銀の輝きを帯びた波紋が、厳かに揺れていた。