No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater
双隻眼のアトリ・イスカ

第二十四話 Guns N' Blooms

黒の残影と化した彼女が、何の獲物を携えたのか。
彼女の動きのあまりの速さに、像を結ぶこと適わず――ただただ、戦慄する。
素手であれだけの戦果を上げた彼女である。
新たな相棒の正体は、斧か槌か――矛槍か――
「――気になるかしら?」
あまりに不意に、耳元で囁かれた言葉。
愕然と振り返り、拳銃を構えようとするも――その動きが止まってしまったのは。
例えこの拳銃を祖点しても、彼女の一閃の速度の方が速いことは判っている。
判りたくないことだが、彼女の背後に広がる惨状を見れば自ずと判ってしまうのだ。
そうではなく。
目の前の、具現化された『死』を前に――思わずぽかんと言葉を失ってしまったのは
彼女が手にした『ドラッグ・スタァ』が、あまりにも想像の範疇を超えたものであったからだ。
よく乾かされ、手に馴染む程度に削りだされた木製の柄。
草の茎を乾かし、一方向に纏めて束ねてふくらみを持たせた、大きく柔らかい穂先。
それは、いわゆる一つの――
「ほ……箒――!?」
「はい正解♪」
にっこりと笑い、頭上目掛けて振り下ろされた『ドラッグ・スタァ』――彼女ご自慢の愛箒の一撃は。
見事、世界に星さえ瞬かせるほどの衝撃を与え――襲撃者から、その意識を奪い取る。
薄れ行く意識の中――箒で殴られ気絶させられ、彼は最後に何を思っていたのだろう?
だが、それでも彼はまだ幸せな方だった。
何故なら、一番最初に気絶したことによって。
『ペネトレイター達が次々に箒によって沈められていく光景』などという悪夢を見ずに済んだのだから。
ある者は顎を砕かれ
ある者は手首を叩き折られ。
またある者は、鳩尾に受けた強烈な一閃に、零れんばかりに眼を見開いて崩折れる。
銃爪に指をかける暇さえ与えず、薙ぎ払われた木の柄で。
鋼拵えの銃身が、Lの字に曲がってまるで使い物にならなくなる。
剣を砕き弓より早く、斧よりも苛烈な一撃で魔術を撃つ――銃。
世界最強の鋼の相棒が、ただの箒の一撃によって、玩具のように弄ばれる光景は。
――正に、『悪夢』以外の何者でもなかった。
「――これで、おしまいってとこかしら?」
その場で器用にターンしながら、先刻の三倍もの数に膨れ上がった地獄絵図を眺めやる。
箒を肩に担ぎ、ようやくそこで一息つくが――まだ全てが終わったわけではなかった。
この階は完全に制圧したものの、下の階を見下ろせば――まだかなりの数の襲撃者達。
それを如何にして相手取ったものかと、顎に手を当て考えた後――
「そうね――折角、『蟲』も取り返したことだし」
くすりとトトは笑って――とんと、軽く床を蹴る。
それだけで、ふわりと浮かび上がる体――まるで重さを感じさせない、緩やかな放物線は。
「――ここはひとつ、昔取った杵柄の見せ所かしら――っと!」
宙で一転し、綺麗に両足を揃えて叩き込んだ。
瞬間、加えられた力に『粉砕』される階段部。
箒を構え、瓦礫や粉塵と共に自由落下する――その中で。
今までの陽気さと茶目っ気を何処かに置いてきてしまったかのように、トトの瞳が冷たくも鋭い輝きを宿して。
「――“禁忌”解放」
遥か昔――歴史を紡ぐのがまだ人ではなく、神であった頃。
伝承にのみその存在を示す――創世の時、神代の御世。
神は決して、己の名を明かそうとはしなかったという。
様々な自然や概念を司る『力の象徴』たる神にとって――
その存在を的確に指し示す『名』は、それだけで神と全く同等の力を持っていたためだ。
神の『真名』を口ずさむことが出来れば、その力を自在に操り、神を支配することさえ出来たという。
女神イシスが現代において、卓越した魔術の使い手として伝えられているのも――原典はここに起因する。
彼女は絶対神・ラーにその起源を持つ神々――ラー一族、そして他ならぬラー自身の真名を知っていたのである。
だが彼女は、得た真名を息子であるホルンにだけしか伝えなかったために、現代には神の真名は一つも伝わることは無かった。
「イシス」「ホルン」――絶対神「ラー」の名さえ、全ては神がその真名を悟られぬよう名乗っていた偽名に過ぎない。
真名が神々の神秘へと至るものであったのに対し、偽名はそれを秘匿するために名乗っていた――ただの『記号』。
だが、神々の中でただ一人――偽名に対するその認識に異を唱える者がいた。
言霊を識る者。
魔術の始祖にして、全ての言葉を司る神――ジェフティである。
――落下の後にトトが着地したのは、二階層下の床板。
高さも速さも、とても着地できるようなものでは無かった筈だが――
彼女に砕かれた階段の瓦礫が次々に床板へと激突し、突き刺さり――破り、抉っていく中。
まるで猫のように危なげなく、音すらも無く着地する。
突然崩落した階段に、いきなり目の前へと現れた仕留めるべき標的。
驚愕する者、狼狽する者、冷静に銃口を向ける者――反応は多種多様、各々が違っている。
だが。
「空間“閉鎖”――開始」
まるで罅のように、あるいは枝葉を伸ばす木々の様に。
世界を這い回り、迸る『黒』が――急速に伸びた彼女の髪の毛であると気付くよりも早く。
世界を包む罅が広がり、ただ一人の例外も無く――彼らは『黒』に呑み込まれた。
言霊は力。
言の葉は――事の端を操る。
例えその名が『偽り』であったとしても、その名が示すものが神であることに違いは無い。
ならばそこに、本質と繋がる『真名』とは違えど、何かの力が秘められているのではないか――と。
皆が一笑に付し、まともに聞き入れもしない中――彼はただ一人、神としての責務の中でその研究に己が知識を傾けて。
そして、知識神の名に恥じない成果を――予見した通り、『偽名』から力を引き出すことに成功したのである。
偽名が持つ力は、真名を持つ力と同じ事象を引き起こしながらも――本質的な部分においては異なっていた。
真名があくまでも、神の力『そのもの』であるのに対し――偽名は、それを唱える者達の記憶から『再現された』力。
そして、総じてその力は――真名には遠く及ばず。
微笑ましいその力に最初は笑っていたジェフティ――だが、偽名が示す力の『真価』に気づいた時。
その恐ろしさに蒼褪め、言葉を失ったという。
一片の光さえ漏れてこない『黒』――自分自身の姿さえ見て取ることが出来ない『闇』。
その中で唯一つ、灼熱の輝きを放っていたのは――トトの手にした箒。
「蜀に惹かれて舞い集う、夏の胡蝶が如く……忘れ去られた『蟲』の力、その身にしかと受けなさい」
連鎖爆発のように、彼女の体から次々と湧き上がる波紋の揺らぎ。
ペネトレイターとしての自覚と経験は、肉体の主の命を待たずして反射的に相棒を構え、その銃爪を引いていた。
手元さえ見えない闇の中で、反射的な行動だったためだろう――狙いには無駄が無く、一直線に波紋を目指す。
だが全ての弾丸は波紋へと到る手前で全て“蒸発”し、彼女の髪の房一つ揺らすことも適わずに。
両手で構えたドラッグ・スタァ――前へと向けた穂先に輝きが収束し、世界が赤と黒で切り裂かれる――
偽りの名が司る、再現された力――それは神の力に酷似していながら、真名の力そのものとはまるで関係がない。
それはつまり、裏を返せば――人の思い描く偶像の神が、実際の神々『以上』の規模と力を備えていた時。
偽名の力は、オリジナルを上回る可能性さえ秘めているという事に他ならない。
そして、何よりも。
真名に匹敵――あるいはそれすらも凌駕する『偽名』には、それを司る神がいないのである。
強すぎる力に人格を求め、理性を求め――その節度あれと願われ、生まれてきた神々。
彼らがいるからこそ、世界は終焉を招く力を無数に秘めながらも、最悪の事態になる前に抑止の力が働いた。
だが、偽名にはこれが無い。
真の意味での『力』――単なる道具へと成り下がった力は、ただ己の主命を受諾するのみ。
永遠に草木の根さえ張らないような、不毛の地を作ったとしても。
天変地異を巻き起こし、取り返しの付かない虐殺を繰り返すのだとしても――誰にも、止められない。
「効果限定――範囲特定」
故に彼は、偽名の力を封じた。
道理に対する無理。
合理に対する非合理。
魔術に生まれながら、魔術の『外』へと辿り着いてしまった異端の力。
「降り注ぐ“慈悲”――」
その力の名を――禁忌という。
「『イテン』」
その瞬間。
ドラッグ・スタァの穂先から、無数に放たれた紅の光糸。
それはどこか、天から注ぐ光の雨のように思えた。
様々な場所で反射し、軌道を変えて交錯し――世界が紅に染まっていく。
思わず言葉を失うほどの、幻想的な光景。
その幻想に触れようと、一人が腕を伸ばそうとする――だが。
いつの間にか、彼の肩には腕が無く。
自身を見下ろすことも出来ない黒の中で、体が酷く小さくなっていることに気が付く。
それが何を意味するのか、思案を巡らせようとして――だが、その時には。
音を立てることも無く、彼の体は崩壊していた。
六属式・『蟲』。
『収縮』と『分散』を司る、歴史の中に失われた二式のうちの一つ。
彼女はこれと、『火』の力を合わせて力を『収縮』――ただの炎を、空気をプラズマ化させる程の高熱へと『収束』し。
ドラッグ・スタァを媒介にして『分散』――温度はそのまま、幾千もの光の糸として解き放ったのである。
幾千に拡散したものの、それ以上に圧縮された光糸はあらゆる障害を容易く貫く。
世界が紅に染まるにつれ、痛みも恐怖も、感じる間もなく――次々に灰燼に帰していく襲撃者達。
それは正に、太陽の輝きを示す古代神の名を冠するに相応しい力と――ぞっとするほどの『慈悲』に満ちていた。
「……さてと」
夥しく伸びたトトの黒髪が収縮し、席巻する紅も灰燼も、何もかもを呑み込んで元に戻る。
代わりに色を与えられ、元に戻った世界に――佇んでいるのはトト一人。
硝煙の香りも薬莢も消え去り――先刻までの騒動が嘘のように、穏やかな廊下を振り返って。
「カーテン・コールは……まだ早いかしら?」
箒を肩に担ぎ、息遣いさえ辺りに溶けるほどの静寂の中。
トトが浮かべた微笑みは――普段と何ら変わりがなかった。
この状況を前にしても、『双隻眼』が膝を折るとは思えない。
重甲冑に身を包んだ男の一人は、未だ届かぬマスターキーの存在に苛立ちながらも――思う。
例え僅かな可能性しか与えられていなくとも、あらゆる手を駆使し、可能性の幅を広げて撃ち貫く。
同じ時代・同じ時間を生きながらも、同じペネトレイター達の間でさえ、半ば伝説のように扱われている男。
それが『双隻眼』――アトリ・イスカの名が持つ力。
ハイ・ダマスカス製の鎧に身を包みながら、なお心の奥から恐怖を払拭することは適わなかった。
だがそれ以上に――その伝説を『伝説』として、ここで終止符を打つことが出来るという昂揚感。
実際に彼と相対し、実感を伴ったその感覚は、興奮剤の様に彼の気を奮い立たせ、体を突き動かしていた。
ようやくフロントから運ばれてきたマスターキーを、奪うようにして引ったくり、差し込む。
銃撃さえ弾き返す堅牢な扉も、刻まれた条件と情報に従い――付与魔術らしい素直さで、小さく錠の開く音が響く。
瞬間、扉を引き千切らん勢いで開け放ち、部屋の中へと踏み込んでいく。
その瞬間、双隻眼による先制攻撃をある程度は覚悟していたのだが――意外にも、騒然たる来訪者に対しての挨拶は無く。
彼がそこで見たものは、人の気配が微塵も感じられない、宿としてはごく当たり前の整えられた室内。
だが双隻眼は間違いなく、この部屋の何処かにいる――無造作に踏み込み、彼らはアトリの『捜索』を開始した。
戸棚を開けベッドを跳ね上げ、必要以上に荒く部屋の中を引っ掻き回し、部屋はみるみる、暴風に弄ばれたように散らかっていく。
甲冑達に続き、他の襲撃者達が次々に部屋へと足を踏み入れるが、それでもまだ空間の余裕を残す室内。
いざ取っ組み合いになっても――これなら充分に暴れることが出来ると判断したその時。
隣の部屋から、僅かに漏れた物音。
言葉を躱さず、素早く目で意見を交換しあった後に――奇妙な静寂を一泊置いてから。
甲冑のうち一人が、その部屋の扉を開けると同時に猛然と踏み込み、暗闇の中で微かに動く人影を力任せに押し倒す。
抵抗できないよう、肩の骨が砕けんばかりに押さえつけ――顔面に一撃入れようと、拳を振り上げたところで。
抑え付けた相手が、2dcを超える相手にしては妙に小柄なことに気付く。
部屋の中に照明は無く、先刻開け放った扉から漏れる光だけ。
殆どが他ならぬ重甲冑自身の背に遮られる中、微かに差し込んだ光が、組み敷いた相手の姿を映し出す。
今の流行を一回りして、さらに半周りほどしたような古い髪型。
小柄な体を包むのは、給仕用のドレス――丁寧に洗濯されているものの、相当な年月を経ているのが判る。
砕けんばかりに右肩を握り締められながら、顔をしかめもしないのは――
彼女には元々、苦痛を示す表情パターンが存在していなかったから。
それは小柄な、自動人形。
相当な年季物であるという点を除けば、取り立てて驚くような事でもない相手。
ただ、今の彼女には。
着ている服の隙間という隙間に、白銀色の円柱が詰め込まれ。
口の中にも、咥え込むように一つ――同じ円柱が。
――榴弾の弾頭が、捻り込まれていた。
容易に想像できる、後の光景の恐怖に――素直に絶叫を上げていれば。
ペネトレイターとしての鋼の自覚に、冷静になって判断すれば。
そのどちらか、即座に選択出来ていれば――あるいは違う未来への道が、彼には開けたのかもしれない。
だが、彼は結局――どちらに転がることも出来ずに、ただ眼を見開いて凍りつくばかり。
そんな彼をよそに、自動人形は僅かに首をもたげ――入り口から漏れた輝きを頼りに、上に跨った重甲冑の姿を認識する。
今まで、灯りの無い部屋に押し込められていた挙句、目隠しをされていたせいで、相手を認識する事ができなかったが。
目の前に人の姿を確認したことによって――与えられた行動パターンに従い、言葉を紡ごうとして。
その口を――閉じた。
部屋の窓という窓を突き破り、剣のように水平に噴出する炎――こんな光景は、中々目にすることはない。
自分のすぐ足元で噴出す炎を眺め、アトリはひとまずの成功に軽く安堵の息を漏らした。
彼が今いる場所は、宿の外壁。
五階の窓枠に指をかけ、片腕だけでしっかりと――自重を支えている状態である。
榴弾なら、銃弾以上の破壊力を期待することが出来る上に、複数を一度に巻き込むことが出来る。
だがそれでも、ハイ・ダマスカスの硬度は尋常ではない――不意を突かねば致命傷には至らなかっただろう。
そこで、あの自動人形の習性を利用してトラップを仕掛け、爆発に巻き込まれないように外へと避難していた。
魔術を利用した建築様式で建てられている部屋は、この威力の爆発であっても崩壊することは無い。
限定された空間で炸裂した衝撃は、通常の何倍もの破壊力となって部屋中の一切を薙ぎ倒し、甲冑全員を仕留める事に成功していた。
「……済まんな」
ようやく炎が治まってきた足元を見下ろし、小さく呟く。
その言葉は、大切に使ってきた自動人形を犠牲にしたことを、持ち主に詫びるものだったのか。
それとも、犠牲にしてしまった『彼女』自身に対してのものだったのかは判らなかったが。
祈るように微かに俯き、瞑目した後――再び顔を上げた時には。
『次』に対応するために――意識を引き締め直す。
窓枠から手を離し、二階層下の窓枠へと指を引っ掛け直す。
その際、落下の勢いを横の動きへと変え――揃えた靴裏で窓を突き破り、再び屋内へと戻るアトリ。
先刻吹き飛ばした部屋の真下に位置する部屋だが、全体的にあの部屋より狭く、調度品の質も落ちている。
この宿は階が下になればなるほど、部屋のランクが落ちていく作りになっているらしい。
それでも、普通の宿に比べれば遥かに高級な作りはしているのだが。
だが、室内の状況を把握していたアトリは――扉の向こう、廊下から聞こえてくる靴音の存在に気付いた。
靴音はこの部屋の前まで差し掛かかったところで、ぴたりと止まる。
そしてそれきり、全く扉の前から動く気配を見せない。
アトリはそっと――ガンベルトに収めた、白銀の相棒に手をかけて。
張り詰めた空気を引き裂いたのは――全く同じタイミング。
相手が室内へ飛び込もうとした瞬間、拳銃を跳ね上げ蝶番を吹き飛ばす。
加えた力を回転へ変える支えを失い、ただの重りと化した扉――相手の体勢が僅かに崩れる。
その一瞬にアトリは駆け寄り、扉越しに肩口から仕掛けた強烈なタックル。
平均的な男性よりも頭二つは飛びぬけた、長躯を活かした彼の突撃――だが、相手はその突進に殆ど体制を崩さず。
圧し掛かる様に押さえ込むアトリを逆に下から押し返し、そのまま壁へと叩き付けたのだ。
衝撃に思わず息詰まる中、巨大な盾を思わせる扉の向こうで――膨れ上がった、相手の気迫。
正に『鬼気』と呼んで差し支えないほどの苛烈さの前に、最早思考での動きはあまりに遅すぎた。
反射的にもう片方の銃を引き抜き、間髪置かずに扉へ発砲。
扉は銃弾を受け止めたものの、至近距離からの衝撃に流石に追撃の手が鈍る。
銃爪を引いたアトリ自身も、不安定な体制から撃ち込んだ一発に大きく体を傾けながら――
そのまま反動に抗わず、扉を蹴り飛ばして半身を捻り、後方に跳んで間を開く。
それで状況は振り出しに戻る筈だったが――それだけで終わりにする道理は何処にも無い。
相手が握る、扉の向こう、宙に放り出された榴弾の弾頭。
後方に飛ぶ直前、置き去りにした一つに――
銃爪を、引いた。
爆発。
熱波と衝撃を自動的に感知し、和らげようとするアトリの服の付与魔術だったが――完全に相殺は出来ない。
爆風に乗る形で後方へとさらに跳んだものの、全身を殴打されたような衝撃に膝をつきそうになる。
だが。
唇を噛み締め踏み留まり――彼は猛然と、爆発の中心地へ向け床を蹴った。
その一瞬後――爆発から飛び出すようにして間を詰める、残影一つ。
殆ど爆心地にいながら、扉だけを犠牲にして――相手はまだ戦う力を失っていない。
守った瞬間が『死』だという確信が、彼の背中を突き動かした。
真正面からぶつかり合う、銀の奔流――黒い颶風。
激突と同時、互いの獲物が交錯して。
そこでようやく――互いの姿を、認識しあう。
「……アトリ……?」
「……お前か」
アトリと真正面から向き合う黒曜石が、少し驚いた様にぱちぱちと瞬く。
互い、かける言葉が見つからず――相手の命を一撃で奪える場所に、武器を押し付けあったまま。
「ええっと……」
「……む」
どんよりと漂い始めるのは、気まずい、雰囲気。
「とりあえず……武器、下ろさない?」
「……だな」
言いたいことは色々あるが、言った瞬間に相手から何を言われるか判らない。
予測される未来と選択の応酬の後、そこに落ち着く形でひとまずは決着することとなった。
示し合わせてもいないのに、全く同じタイミングで武器を下げて――
その場にしゃがみ込む。
無論、そんなことは打ち合わせていない。
アトリもトトも、全く同じタイミングで座り込んだ理由は――ただ一つ。
さながら閃光のような速さで感じた危機感に対し、どちらも素直に従った結果だ。
そしてその次の瞬間、銀と黒の髪を弄ぶように――頭上を烈風が通り過ぎていった。
アトリとトトは思わず顔を見合わせ、鏡合わせに小首を傾げる。
明らかに、今の風はおかしい。
いかに窓が蹴破られているからといって、屋内でこれほど強い風が吹きぬけることはありえない。
一体何が起こったのか、しゃがみ込んだままアトリは考え――次の瞬間。
彼の目の前で、壁が滑った。
完全に、呆気に取られる。
アトリと向かい合っているはずのトトも全く同じ表情をしていることから、反対側でも同じ現象が起こっているのだろう。
よく見れば壁だけではなく、天井や床も。
二人の目の前で、建物自体が――ずるりと、斜めに滑る。
自重に引かれるようにして少しづつ、宿の上半分が斜めに滑り落ちていく。
やがて訪れる、凄まじい轟音と振動。
常識外れの光景が、メンフィスの夜を激しく揺るがす。
まだ幕引きには早すぎると――告げられたかのようだった。



