No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater

双隻眼のアトリ・イスカ


第二十話 羽休めし黒朱鷺(後編)



ちらりと、横へと流した視界の先で。
テーブルに向い、トトは一心に何かを書き記していた。
きりりと表情を引き締め、筆記具を走らせるその様子は凛々しいと称しても良いだろう。
もしくは、研究に熱心に打ち込む、希代の若手魔術師といったところだろうか。
ただしそれは、首から下の『ショーツ一枚きり』という、最早薄着を通り越した際どい格好を視界に納めなければ、だが。
暫くアトリは何も言わず、その様子を眺めていたのだが――暫くしてようやく、トトは彼の視線に気がついたらしい。
ふと顔を上げ、書き物の手を止める。
「……どうかしたの? お腹空いたのなら、適当に私の髪の中から好きなもの取っても構わないけど」
「お前と俺の食欲を一緒にされても困るんだが……この短時間で食欲が湧くほど消化器官は活性化していないぞ」
「あら、残念。折角アトリと食べようと思って、焼き菓子買ってきてたのに」
あれだけ暴食の限りを尽くし、まだ彼女は何か食べようというのだろうか。
彼女の最も恐るべきは、魔術ではなく全世界の料理人を恐怖の底に叩き落しかねないその胃袋なのかもしれない。
「となると……ひょっとして、この本のほうかしら?」
テーブルに大きく広げ、先程から熱心に何かを書き込んでいたのは―― 一冊の本だった。
随分と分厚く、ちょっとした辞典と取り違えてしまいそうなその本の表紙には豪華な装丁が施されており、
丁度彼女の黒い三角帽子の様に長い年月を経て、温かみを感じさせるようないい色にくたびれている。
「そうね……あえて言うなら、ちょっとした私の約束と仕事みたいなものかしら。
 ――アトリは『イシェドの葉』って知ってる?」
「いや、知らん」
潔いまでに即答するアトリだったが、これは彼の記憶力の欠如とはあまり関係の無いところだろう。
『イシェドの葉』自体が、さほど有名な存在ではないからだ。
それが判っているためか、それとも普段のやりとりでアトリのこの反応に慣れてしまっているのか。
トトは気分を悪くしたような様子も無く頷き、そのまま『説明モード』へと移行する。
「『イシェドの葉』は――ラーやセクメト、ジェフティ達が登場する『神話』の中で出てくる道具の一つなの。
 人間と神々の歴史を書き記すための、風化しない聖なる葉。これを記述したのが――『神々の書記官』ジェフティだと言われてるわ」
「……ふむ」
そこまで語られれば、何故彼女がそんな神話の道具をいきなり引き合いに出したのかは自ずと知れる。
「その本も、お前にとっての『イシェドの葉』ということか?」
「正解。まあ――実際にやってることは、ちょっとした日記帳代わりみたいなものなんだけどね」
ぱたんと本を閉じ――髪の毛の中へと仕舞い込む。
飛び出すことなく、すぽんと髪の毛の中へと吸い込まれていく本。
彼女と付き合うには、まずこの光景に慣れることから始めなくてはならない。
「アトリも、日記とか始めてみたらどう? 自分の記憶を書き写す癖をつければ、記憶力の問題も大分改善されてくるんじゃないかしら」
「……いや。残念ながらその提案は却下だ」
トトの提案に――アトリは軽く頭を振る。

――記述しようにも、それを習慣付けることを忘れてしまいそうだからな――

アトリの事を知るものなら、きっと次にはこんな言葉を告げるであろうと、その未来が容易に想像できたかもしれない。
だが、その考えは遺憾ながら『慢心』であると言わざるを得ない。
何故ならアトリは腕を組み、いっそ堂々とした様子で――こう告げたからだ。

「記述しようにも、文字の読み書きを忘れてしまっては意味があるまい?」

確かに。
確かにそれは、正論だった。
あまりに正論過ぎて何もかも投げやりに放り出したくなるほど、非常に彼らしい正論であった。




北の魔女の実在を告げる当時の文献は、その殆どが遺失・紛失の憂き目にあってしまっている。
また僅かに残ったものであっても、後に情報規制を施されたためか――あるいは別の理由からか。
その日のことを語ろうとする文字列は、ただの一文も存在しない。
何が彼女を『変化』させたのか。
何が彼女を『狂気』に駆り立てたのか。
何が彼女を『衝動』に突き動かしたのか――
今となっては、その真実を知る術は何処にも無い。
だが、全ての文献に残されている『始まり』はいつも同じところから始まる。
さながら、砂浜に作った小さな城が、波によって攫われていくかの様に。
大都市・ヘルモポリスが―― 一瞬の内に『消滅』したという、その場面から。

それを皮切りにして、『北の魔女』の手による破壊と殺戮が幕を開ける。

男を殺し。
女を殺し。
子供を殺し。
乳飲み子を殺し。
牛も羊も駱駝も驢馬も――殺し、殺し。
殺し尽くす。

唯一つの例外も無く、唯一つの救いも無く。
等しく彼女は一切を殺し、一切を破壊した。

無論、当時の魔術師達はそれを傍観していたわけではない。
ヘルモポリスが消滅したその八時間後には、各都市の主だった魔術師全てに彼女の暴挙が伝わり――
全ての魔術師達の意見が一致し、彼女の処刑処分が承認されるに至った。
当時のジェフティの階位は“サラーサ”。
生半可な腕の魔術師では返り討ちになるのは目に見えており、決して油断は許されぬ相手であったが。
彼女以上の階位の魔術師が、存在しないわけでは無かったのだ。
結果、彼女を処刑するために送り込まれた、階位“イスナーン”の魔術師――これで全ては解決したものだと、魔術師達は確信していた。

だが。
彼女を処刑しようとしたその魔術師が逆に縊り殺されるのに、僅か数秒。
そして、そのたった数秒――垣間見せた彼女の『真の力』は。
全ての魔術師が等しくその存在に気付き、戦慄と畏怖を抱くほどに彼らを『圧倒』した。

様々な伝承が生まれた。
彼女はあらゆる場所に現れ、あらゆる破壊を齎した。
或る地では夜を覆し、空を白く染め上げるほどの光で呑み込み、街を『蒸発』させた。
或る地では大地が裂け、街一つを呑み干すほどの底無き顎にて何もかもを噛み砕いた。
また或る地では、一人一人を逃すことなく、その心臓を丁寧に貫き、見下ろす月を返り血で紅に染め上げたとも言われている。
どの地にも彼女は存在し、そして一度として同じ手段を用いての殺戮はしなかった。
それが『死を招く黒』『夜明けと終焉を告げる者』『夜に輝く絶対神』等といった、様々な名を生むと共に。
人々の心に、その二つ名を致命的なまでの恐怖の象徴として植えつける。

『北の魔女』――階位“スィフル”、魔術師ジェフティ。

誰の協力を得ることも無く。
誰の理解も必要とはせず。
その真意さえ判らぬまま。
たった一人の魔術師によって、歴史は全ての破滅へと向って転がり落ちていった。




「でも、今日は特に書くことが多いわね――久々に、強い『知識メジャト』を取り戻すことが出来たわけだし」
トトは呟き、滝のように流れる黒髪をそっと手で払った。
そうして露になったのは、保養を通り越して目の毒となってしまいそうなほど、白く綺麗な左肩。
だが、その左肩が淡い輝きに包まれた次の瞬間――うっすらと現れたのは、オズワルドから手に入れた至宝だ。
「……そういえばあの時も、その至宝が強力なものだと言っていたな」
「そうよ? 私の『知識』の内でも、『六属式』の一角を司る『むし』の集積だったみたいだから」
くすりと笑って、彼女はそっと左肩を撫でる。
そんな彼女の体をよく見れば、左肩以外にも所々がうっすらと輝きを放っていた。
「封印された時、力を奪うために分解された私の『知識メジャト』――物質化した私の魔術の記憶。
 少なくとも五十は下らないと思うけれど、その中でもやっぱり、それぞれの『知識』には力の強弱や重要度があるわ。
 『至宝アーティファクト』って呼ばれてる私の『知識』――その中でも特に力の強い、十一個が――」
「『五元素』と『六属式』に応対するもの……ということなのだろう?」
言葉の先を奪うような、アトリの呟き。
完全に予想外だったらしく、トトも眼を見開いて驚いている。
「……アトリ、知ってるの?」
「俺はこれでもペネトレイターだ。本職の魔術師には遠いが、多少は他の者より魔術に関して知識はある」
一つ頷き――軽く瞑目する。
自身の記憶の底へと触れるように、顎に手を当て――アトリは深く考え込むと、
「魔術は俺達からすれば、理解の外に存在する『神秘』の力だ。
 だが魔術師にとっては、一定の法則に基づいた上に存在する、非常に論理的な力だと聞く。
 ならばその魔術を発展させるために必要なのは、神秘性を保つための敬遠な心ではなく。
 万人と共有ができるような、明確な『物差し』だった……という事なのだろうな。
 そして魔術の特性から、先ず大きな区分として二つに魔術を分類し。
 さらにそれぞれを、五つと六つに分けたのが『五元素』『六属性』……だったか」
すらすらと淀み無く、長文を口にしていくアトリ。
その凛々しいまでの様子に呆然と見返すトトを尻目、彼の記憶は次々と情報を引き出し、舌を円滑なものへと変えていく。

『五元素』と『六属式』――合わせ、十一の要素。
『五元素』を構成する五つの要素――『地』『水』『火』『風』、そして四元素を統括する『雷』。
これらは『炎を呼び出す』『水を意のままの形に変える』『雷を落とす』といった、物理事象に則した力に強い関わりを持っている。
魔術師のそれぞれが必ず一つ以上は『得意な元素』を持っているが、それを決定するのは先天的な素質だ。
本人の感覚やセンスによってその力の発展が定まり、魔術師によっては自分独自の構成のアレンジに手を出しているものも存在する。

それに対し『六属式』は、精神への干渉や配列変化・ベクトルの強化といった、
魔術以外では見ることの出来ない事象に関わりを持っている。
本人のセンスというよりは後天的な知識の問題であり、引き起こされた各事象のうち、
似たような事象を導く構成達に共通した特徴――その意味を成すために不可欠な構成の構造。
通称『式』を理解すれば、誰でも簡単に行使することが出来る。
実際、この『式』の概念を非常に簡略・普遍化したものが、転移と治癒の構成であり――
転移は、六属式『月』の、治癒は六属式『むくろ』の、それぞれ最も初歩的な『式』を用いて構成された魔術である。
『式』は大きく分類して六種存在し、故に六属の式――『六属式』と名付けられている。
だが、万人に扱えるというのはあくまで理屈の上でしかない。
現実には、一つの『式』を把握することさえ難解を極めるとされ――ましてや応用など、夢のまた夢。
転移や治癒の式は簡略化に成功したものの、そこから応用して別の力を誘うために必要な『手がかり』まで削ぎ落としてある。
その結果、六属式の魔術は――長い年月の間に少しづつ失伝し、現在存在が確認されている式は四つ。

光の明暗が移ろう様に、揺れ動く心――精神に干渉する力を司る『光』。
どれほど追い求めようと、浮かぶ月に近づくことが適わぬが如く――不動の位置、空間や時間の『軸』を操る『月』。
形あるものはいずれ崩れ去り、骸へと転じその姿を変える様に――モノの構成、情報に干渉する力『骸』。

だが、明確に存在とその力の仔細が伝わっているのは――この三つしかない。
六つ存在する式のうち、存在が示唆されている『闇』は、長い年月の間にその力の詳細が失伝し――
残り二つに至っては、積み重ねられた歴史の中で、既に『式』そのものを遺失してしまっている。

長きに渡る、アトリの説明が終わった時――知らずのうち、トトは拍手を送っていた。
彼の記憶力を考えれば、これだけ長い言葉をはっきりと記憶しているというのは奇跡にも等しい。
「すごいじゃない、アトリ――魔術師でも、そこまではっきりと覚えてる子は少ないわよ?」
「任せろ。主に俺の記憶容量はこの項目のために、大部分を消費してしまっているようなものだからな」
腕を組み胸を張り、余裕を感じさせる微笑を口元に描いたまま――アトリは泰然とした様子で応える。
「なるほどね……それじゃアトリ――私の名前は?」
腕を組み胸を張り、余裕を感じさせる微笑を口元に描いたまま――アトリの顔が明後日の方向を向いた。




ジェフティという、ただ一人の魔術師の存在によって。
世界は一度、本当に破滅の危機を迎えた。
世界に存在する大都市のうち、十二は痕跡さえ残さずに消失――
人間・魔術師を問わず、全世界の人口の六割が死滅・地表の半分が不毛の大地と化した。
力のある魔術師達は、最初に“イスナーン”の魔術師が打ち倒されてより――彼女と直接に戦うことを避けていたため、
まだ相当な数が残っていたものの、階位“スィフル”たる彼女との実力差はどう見ても歴然としている。
例え力をあわせたところで、真正面から戦いを挑み、打ち勝つことの可能な魔術師など何処にも存在しなかった。

だが。
だからといって、これ以上――彼女を放っておくわけにもいかなくなった。
これ以上の死滅と世界の崩壊は、根本的な社会体制の崩壊へと繋がりかねない。
そうすれば、例え今後、この虐殺を止めたとしても――今まで築き上げられてきた文明と叡智そのものの崩壊を止められない。
彼らは最早、一刻の猶予も許されぬ場所にまで追い詰められていたのだ。
故に、彼らは。
今まで築き上げてきた『魔術』という名の叡智を護るため、自身を犠牲にする選択を――選んだ。

現在のメンフィスが存在する座標より、北東。
魔術師達が足を踏み入れられぬ境界線より南に、『メディネート=ハブ』と呼ばれる町があった。
その地は元々、神話上において、世界創世を司った神の集団が、新たな世界再生の時まで眠りに着いたとされる場所。
そこを決戦の地と選んだのは、果たして必然か偶然だったのか。
この町に住んでいた人間と、彼女を止めるべく集結した魔術師達全て。
否――この町ひとつをまるまる、罠として利用し――彼女を誘い出し、その動きを封じ込んだ。
そして町一つの消滅という犠牲を払って、彼女の中から、力の源泉たる魔術の記憶と力を引き剥がしたのである。
その殆どの力を失った彼女は、しかしそれでも、唯々諾々と自身の消滅を受け入れるような女性ではなかった。
力の殆どを失っている無力な状態でありながらも、魔術師達には彼女を消滅させることがどうしても出来ず。
結果、魔術師達は彼女の肉体を凍結し、魔術師の踏み込めぬ北の地へと厳重に封印して。
そして――人々の記憶から『北の魔女』という存在を曖昧にすることで、社会的に抹殺してしまうことを選んだ。
彼女を葬れぬ存在であり、噂や伝承が完全に消し去れぬのであれば――それを逆手に利用し、空想の存在へと昇華してしまえばいい。
彼女が実在し、それを利用せんと封印を解き放つような手合いを生まないような社会を築けば――それで構わないと。
それほどまでに、疲弊していた。
魔術師達も――世界も。

そして彼女の存在は、二百年の間におとぎ話の中の存在へと隠蔽されることとなり。
一方、分割された彼女の『知識』は――後に盗難を受け、世界へと四散。
秘められた彼女の『記憶』――強力な魔術を行使するための道具として扱われ、『至宝』と呼ばれることとなる。
そして本来の意味を忘れ去られた『至宝』は、その強力な力故に魔術師を、人を翻弄し、至宝を巡って様々な争いが生まれた。
皮肉にも彼女の消えた後の世界、その意思を受け継いだが如く、欲と諍いを世界へと振りまく『種』へと変わっていったのである。




「……でも――案外滑稽よね、魔術師って」
ぽつりと呟き、指を弾くのは鋭く一度。
現れた波紋は、まるでトトのその仕草に答えたかのように――鋭く、素早かった。
構成に応じ、彼女の目の前に展開された二つの陣――それぞれが描くのは、五芒星と六芒星。
五芒星ペンタグラム。己の内に求める答え……循環する、人の力。
 六芒星ヘキサグラム。己の外へ求める答え……融和する、宇宙の力」
うっすらと光を放つ二つの陣に照らされ、トトの肌に浮かぶ紋様が呼応するようにしている。
その中で、黒髪を靡かせ――まるで歌を歌うように呟くトトの姿。
「求める道は違えど……その先にあるのは『根源』……そして、唯一つの『真理』」
陣を見つめる黒曜石の瞳の奥に、普段の彼女が滅多に見せない、幾星霜を経た深い年月。
その姿は、非の打ち所が無いほど美しいものだったが――同時に。
どこか俗世を超越してしまっているような、近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
「でも、これって過程と目的が逆転してると思わない?」
だが、そんな様子も次の瞬間にはいつもの様子に戻ってしまっている。
何がおかしいのか、彼女はくすくすと微笑を零し、目の前にあった陣を指でかき消して。
「過程と目的が逆転してしまっているの。根源に至るのはあくまでも、目的のための過程に過ぎない。
 なのに、魔術を追い求めれば追い求めるほど――根源に近づくほど、魔術師はその過程と目的が入れ替わっていく。
 結局、人の欲を満たすには、魔術は万能すぎたっていうことなのかしら。魔術も単なる力の延長に過ぎないのに」
彼女の零したその笑みは、単に頭の固い魔術師を面白おかしく茶化しているようにも見えた。
しかし。

「目的が存在するからこそ、過程は意味を成すっていうのに。
 過程と目的を履き違えると、辿り着いた時――何も、残らないわよ?」

世界で唯一人――己の意思で根源へと至った魔術師。
ただ一人、全ての魔術をその身に収めた『書庫到達者』。
彼女がそのとき浮かべていた笑顔には、何所か――

理解を拒絶する、感情の残滓のようなものが垣間見えた。

「……そういうお前は、どうなんだ」
唐突に話しかけられたことに虚を突かれ、きょとんと目を丸くするトト。
その様子を笑うでもなく、怒るでもなく――アトリは言葉を重ねる。
「至宝は、まだ集めるつもりなんだろう?」
「え……ええ。それはまあ、そうだけど――」
「至宝を全て揃えて、力を取り戻した後。それが『過程』に過ぎんのなら、お前の『目的』は何処にある?」
ただ真っ直ぐに向かい合う、白銀の瞳。
そこに、『理解』や『共感』などといった、無粋な感情は微塵も無い。
在るのはただ――彼女を『見極め』ようとする眼差しのみ。

故に、彼女は――無邪気に笑って。

「そうね――もう一度、世界を滅ぼしてみるって言うのも、悪くないかも知れないわね?」




――様々な偶然と数奇が重なり、トトとアトリが邂逅したのは、もう随分と昔のこととなる。
彼女の封印が解け、失ってしまった『知識』を収集する目的の元、自分と道を同じくしてから三年。
世界各地に伝わる『北の魔女』の伝承と彼女を見比べて、アトリは思う。
トトは、恐らく。
自分のやったことに、後悔を抱いたことはないのだろうと。

彼女が世界を滅ぼしかけたのは、狂ったわけでも、衝動に突き動かされたわけでもない。
そういった一時の感情の揺らぎで自らの選択をふいにしてしまうほど、彼女は『弱く』ない。
故に、彼女は冷静な思考で、一片の迷いも無く――世界を、一切を滅すに値するだけの理由と目的の元、それを『選択』した。
慮るしかないものの、アトリはその事をほぼ確信している。

彼女は『理解』出来る存在ではない。
魔術師でありながら魔術師を超え。
人を楽しみながら人を滅ぼし。
世界の中に生まれていながら、世界を必要とはしていない。
探求し、解き明かすことを命題とする魔術師からすれば、その存在は異端。
限りなく人と同じ姿をしていながら、限りなく人からかけ離れた内面を持つその存在は異端。
世界の内に従いながらも、容易にそれを覆すことの出来るその存在は――真なる意味での、異端。

故に、彼女は『理解』するものではなく。




「……アトリ、驚かないのね」
「驚くも何も――そんな事は今更だろう」
トトの言葉に応えるのは、やはり即答。
「滅ぼしたければ滅ぼせばいい。いちいち言って止まるような奴なら止めるが……結局、決めるのはお前の自由意志だ。
 そこに目的を見出したのなら、それを咎めはしない。ただ、お前の目的が俺の妨げになるのなら遠慮はしない」
「……そっか」
「そうだ」
揺ぎ無い意思を瞳に湛え、自身より遥かに深い黒の双眸を銃弾の様に貫く。
彼のその潔さを、心のどこかで期待していたのは――他ならぬ自分自身なのだから。
だからいっそ、彼のこの答えは心地が良い。
そう思って、彼女がふっとその表情を緩めようとした――その時。
「だが、お前は――そういったことを、二度はやりそうに無くも見えるがな」
「……その根拠は?」
「勘だ」
まるで迷いの無い、その返答。
それでいて完全に予想の斜め上を行ったその回答に、完全に毒気を抜かれた態のトト。
滅多なことでは、自分のペースを崩した表情をみせない彼女のその様子に――アトリはふっと、表情を緩めて。
「俺の勘はよく当たる。そろそろ、お前との付き合いも長い――いい加減『俺』を察して口を開け」
呆れた様に呟き、ぽんぽんと頭の辺りを軽く撫でる。
トトは、何も言わず――ただ彼の為すがまま、頭を撫でられ続けていたが。


体当たりするように抱きついて――そのままベッドへ、アトリと共に転がり込んだ。




――結局のところ、彼女は彼女である。
それ以上でも、それ以下でもない。


故に彼女は『理解』するものではなく。

――『感じる』べきものなのだろう。



かつて、ただ一人で歴史の幕引きを行なおうとした『北の魔女』。

二百年の時を隔て、彼女はもう一度。
彼と共に、歴史の表舞台へ上がる。