No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater
双隻眼のアトリ・イスカ

第十七話 人の姿をした『絶望』

論理的な思考の構築と、蓄積によって重ねた知識の層で己を成り立たせている者達。
いわゆる――識者・賢者と呼ばれる類の者達にとって、この世でもっとも恐ろしいものは、一体何なのであろう?
それは恐ろしい牙を持った怪物でもなければ、知略を蜘蛛の巣のように張り巡らせ、追い立ててくる同じ識者でもない。
それらが決して、彼らにとって脅威足りえないとは言わないが――それに抗うための武器を、彼らは持っているのだ。
『知恵』と『経験』と言う名の、最大の武器を。
だから、彼らが最も恐れるのは――その二つが全く通用しない存在。
『自身の想定の範疇を、大きく逸脱した存在』。
今まで、自らが会得してきた経験と知識を組み合わせて立てた堅牢な基盤を、彼らはその根本から簡単に覆してしまう。
今まで鋭利な刃であり、強力な盾であった己の中の知識が、今度は枷となって――その四肢を縛るのだ。
物事に精通すればするほど、数々の知識を会得すればするほど――その枷は想像以上に主を縛り、重たい荷へと成り下がってしまう。
階位“4”――魔術師として相当の位置に存在するこの男、オズワルド・ウォルターも。
決してその例外ではなかった。
「……あ……ああ、あ……」
鼻腔をつんと刺激する、濃密な血臭。
恐怖に体が震え、思考の奥がじんわりと痺れていく。
目の前に立つ、女性。
類稀な美貌、ぞっとするほど深い瞳。
様々な色が混沌と混ざり合ったような、不思議な輝きに濡れる――長い黒髪。
常識外れの力を持った『化け物』――『北の魔女』ジェフティ。
抗おうと牙を剥けば、その牙は呑まれて彼女のための力となり。
退こうと退路を目指せば、世界の理を捻じ曲げることで退路を絶ち切り――背を向けることも適わない。
最早、彼に。
彼女から逃れるための手札は、何一つとして残って無かった。
「まずは――『下準備』から」
死人の色を顔に浮かべた、オズワルドの眼前へ――『北の魔女』は、そっと手を翳す。
瞬間、彼を弾き飛ばす勢いで噴出した“0”の構成達。
いっそ質量さえ伴っているのではないかと思えるほどの圧倒的な情報量を誇る『意味』に『力』が注がれ、『事象』として具現化される。
「――!? が……あ、アアア――ッ!?」
オズワルドの全身が、火に炙られたかの様な激痛を放ったのはその時だった。
思わず身を捩り、喉の奥から苦悶の呻きが漏れたが――彼が顔をしかめた訳は、決して体を蝕む痛みだけではなかった。
彼の肉体は『精密化』――肉体の情報を一から再構成することによって、基礎的な生命力や体力を根本から底上げしている。
魔術を扱うために必要とされる心臓と、思考を行うための脳髄以外を一切を失っても死なないほどに。
そしてそれに伴う形で、全身に張り巡らされた様々な神経細胞に対しても、やはりかなりの手が加えてられていた。
神経から伝わる情報の中でも、外部刺激による体組織の破壊を避けるために現れる信号――『痛覚』。
しかし、瞬時に肉体を再生可能な魔術師である彼にとって。
心臓か脳髄を破壊されない限り死なない精密化である彼にとって、痛覚が存在する意味は殆ど無い。
むしろ下手に痛覚が残ってしまっていることで、ショック死のような形で肉体のポテンシャルに反し、死を迎える可能性さえあった。
そのため、痛覚はよほどのことが無い限り、完全に除去――あるいは極力、微弱にしてしまうのが常である。
無論、オズワルドの体もそれに倣い、痛覚を殆ど取り除いてしまっていた。
ならば何故、彼の肉体をこんなにも『痛み』が蝕んでいるのか。
オズワルドは、悲鳴を上げ続ける己の体を見下ろして――そして、愕然となった。
全身を覆うように、皮膚の下を這い回る『蔦』。
そう錯覚させるほど、皮膚の下で肥大し、枝分かれを起こして全身を這い回っていたのは――
「痛覚に関わる箇所の神経を、少しばかり太くしたのよ」
「……な……ッ!?」
絶句する。
既に技術を確立してから随分な年月の経つ精密化技術であるが、その技術は数百年前に確立された頃から殆ど変化していない。
それは、全く研究が行われなかったからではない――何処にもこれ以上改良を行う余地が無いほど、完成された技術だったからだ。
だが、その『完成された』レベルであっても、精密化技術の複雑さ・難解さは他の技術と一線を画していた。
精密化を施すためには、専門の器材と場所を必要とし、最低でも五人以上の助手――
それも、術を施す者と同程度の知識を持った助手が五人はいなければ、まず成功することは無い。
様々な魔術の最高峰の技術を融合させた、一つの結晶――それが精密化技術なのである。
だが、目の前の彼女は。
それと同じことを一瞬で、全く苦労を感じさせずに自身の体に施したと言うのである。
「折角、立派な体があるんだから……その力を実感できるような姿でないと、ねぇ?」
『北の魔女』はそのまま、オズワルドの左手首を掴んで軽く捻った。
それだけで完全に体を固定され、地面に押し倒された所を――背に膝を乗せられ、完全に拘束される。
信じられない膂力、そして僅かに揺れ動く空気さえ――触れただけで耐え難い激痛に変わる体では抵抗することも適わなかった。
「それじゃ――始めていきましょうか」
ぱちんと、軽く指を弾く。
それだけで、オズワルドの体にぱりっとしびれるような痛みが走ったが――全身を圧迫するような構成の存在が、それを忘れさせる。
宙に織り込まれ、展開されたその構成から、魔術の正体を推し量ることは相変わらず出来ない。
だが、その魔術によって引き起こされた事象――それに伴う変化は、今度もまたはっきりと目視できるようなものだった。
倒れ伏した彼の体――その肌に張り付くようにして現れた、正方形の形をした十二枚の紅の光。
「これは……!?」
非常に遅々とした速度で体の上をゆったりと這い始める光に、思わずオズワルドは問い質す。
それに対して、北の魔女は『直に判る』と言外に伝えるような微笑を口元に浮かべるのみだ。
抵抗することも出来ない彼には、結果としてその輝きが体を這い回るのをただ眺めやることしか出来ないでいた。
しかし彼は、輝きを眺めているうち――その紅が、段々と色鮮やかなものへ変化していくことに気がつく。
そして十二枚のうちの一枚が、臨界点と思えるほど色鮮やかな紅に変わり一際強い輝きを放った次の瞬間。
渇いた音と共に、彼の意識全てを焼き潰した痛覚。
喉から迸った絶叫が、果て無きこの世界に陰々と響き渡った。
「この輝きはね……貴方の魔力の蒸散分を吸い取って蓄え、限界に達するとその魔力を衝撃波として解き放つようになってるの。
とはいえ、蒸散分なんて普通は微々たるもの。蓄えた魔力では、せいぜい皮膚を弾け散らすぐらいの力しかない」
叫び続けるオズワルドの耳元、不気味なほど穏やか声で――『北の魔女』が囁く。
果てしてオズワルドに、彼女の言葉は聞こえていたのだろうか。
それは判らなかったが。
「でも、ね」
最後に――彼女が薄く微笑を浮かべたことだけは、顔を見なくても何故か判った。
「痛覚を司る神経は、その大半が――皮膚に集約してるのよ」
続けざまに爆発が連続し、彼にとっての地獄が幕を上げる。
空気の動きさえ激痛に変わる今のオズワルドにとって、この魔術から受ける刺激は既に『痛み』という言葉で済むものではなかった。
爆発が起こるたび、彼の中からあらゆる『思考』が弾け飛び、まるで意識を失ったかのような『空白』が生じる。
だが、それで本当に意識を失えるのならば、まだ幸せだったろう――実際には、全ての感覚を『痛み』に蹂躙された結果だったのだから。
彼が彼たるその自我さえも、爆発の中に弾け散ってしまったかのように、言葉の破片さえも脳裏には思い浮かばない。
容赦なく爆発が続き、連続する痛みの中――断片のようなイメージをつなぎ、ただ彼が望んだのは――
「……もう『死にたい』の? 初めてたった三十秒しか過ぎていないのに」
冷笑をもって応じる『北の魔女』だったが、最早それに異を挟むだけの余裕も彼には無かった。
最早、魔術師としての――“4”としての尊厳も、ウォルター家としての誇りも。
アトリに復讐を誓った鬼としての姿も、今のオズワルドの姿には見られない。
終わること無き蹂躙にひくひくと痙攣し、すすり泣きとも呻きともつかない唸りのようなものをただ垂れ流すだけの肉人形。
「そう――それじゃ、残念だけど仕方ないわね」
そんな彼の、左胸を。
背中から繊手が貫いたのはあまりに唐突で――呆気無ささえ感じさせた。
まるで箸より重いものなど持ったことの無いような白魚の繊手が、緋色のローブを貫き、大輪の血華を咲かせる。
神経の隅々までもを焼き尽くすような激痛の中、断末魔の叫びの代わりに血の塊が口から零れた。
『死』。
それは、人がもっとも恐れる終焉。
オズワルドにとって、死は自分が与えるものであり、決して誰かから与えられるわけには行かないものだった。
だが――それを受け入れなくてはならないオズワルドの表情は、どこか救われたような喜びがあった。
今の彼にとって、これ以上の『生』を続けるよりは、『死』で全てを終わらせることの方が安楽だったのかもしれない。
そう思えば、頭を大鎚で叩かれるような衝撃も、呼吸さえ出来ないほどの激痛も――至福への代償と思うことが出来た。
だが。
「……なんて、簡単に死ねるとでも思っていたの?」
だが――彼の意識は心臓を貫かれてなお、消えることがなかったのである――
「そん……な…………ッ……!?」
「私は『消す』とは言った。けれど、それをただ――何の苦痛も与えず、安楽に死を与えるとは一言も言ってない」
信じられないと、己の体を見下ろすオズワルドの様子を――面白がるように、トトはうっすらと微笑を浮かべて。
「私は今、凄く機嫌が悪いのよ」
まるで、蛇口の栓が壊れたように――貫いた所から噴出す彼の血で、半身を染めて。
「だから楽しめるよう……下準備の時に、あちこち弄ったの。もう、貴方は心臓を潰されても死ねない。
その頭を吹き飛ばさない限り、永遠に死ねない……狂うことも出来ないし、させるつもりもない」
『化け物』は、この状況の中――くすりと、楽しそうに笑った。
「死にそうになったら、何度でも癒してあげる。
狂いそうになったら、何度でも正気に立ち返らせてあげる。
その体を作った技術も、貴方が追い求めていた技術と元は同じものでしょう?
散々に弄んだ屍の上に築いた知識で、自身を改造してまで復讐を――『生』を誓ったのなら。
その弄んだ人間の数だけ、その体が『生きていること』の恩恵を、たっぷりと味わっていきなさい?」
人のものとは思えないほど美しく、残酷な声音。
そこには一切の容赦も、万に一つの希望も――残されてはいない。
その事に、オズワルドの心が無力と絶望に浸されていく中、北の魔女は軽やかに指を弾く。
次の瞬間、這い蹲るオズワルドの目の前に、重く湿った音と共に次々に転移してきたのは、うずたかく積もった死体の小山。
山を築いていたのは、彼が最初の襲撃用に雇った者達と、彼女によってつい先刻葬られた合成獣達の遺体――
「な……何を……!?」
「貴方は少しばかり、他人の気持ちを推し量れるようにならないと駄目だと思うのよ」
オズワルドの問いを綺麗に無視するように、言葉を紡ぎながら。
彼女は無造作な挙動で一人の死体の手を掴み、強引に引きずり出した。
アトリの拳銃によって、胸部に大きく開けられた風穴が――その乱暴な扱いに嫌な音を立てて裂ける。
しかし、それを特に気に留めることも無く、掴んだ死体の手をオズワルドの背中に押し当て、しっかりと固定する。
その様子に、オズワルドの脳裏に過ぎった―― 一つの、予感。
それは恐怖のあまり、殆ど焦点の合っていなかった彼の瞳が、思わず光を取り戻すほどの『最悪の予感』――
「まさか……この死体と――私を、融合する気か――!?」
肉体の構成情報を書き換える魔術の中でも、合成獣のように複数の異なる種の情報を掛け合わせる場合において。
元々は、自然状況下で絶対に結びつくことの無い種同士を、魔術で強引に一つにしている以上――
そこにはどうしても、掛け合わせてはいけない『禁忌』というものが存在する。
掛け合わせた後の合成獣に、深刻な悪影響を及ぼす掛け合わせ――あるいは、掛け合わせそのものが不可能とされているもの。
『禁忌』の中でも属し、その中でも最も危険度の高いものとされている行為――それが『死者との融合』である。
それによって、融合した対象にどんな影響が及ぶのか――合成獣の研究を行っていたウォルター家の人間である彼が知らないはずも無い。
そして、この『北の魔女』は――たとえ自分の身にどのような悪影響がでても、欠片も心が痛むような手合いではないという事も。
今まで茫然自失だった様子が嘘のように、オズワルドは全身を使って、拘束を振りほどこうともがき、暴れまわった。
だがその必死の抵抗を、片手と片膝であっさりと裁いて――死体の手首を掴むもう片方の手に、彼女はそっと力をこめると。
「今まで、散々相手の都合を無視して――他の生き物と混ぜ合わせて遊んできたのだから。
今度は自分がその立場になって――彼らの思いを、理解してきなさい」
魔術が発動し――オズワルドの体に、襲撃者の死体がずぶりとのめり込んだ。
通常、異なる種族を合成獣として掛け合わせる際――
その大元となる二つ以上の種族には、予め魔術を施し、一時的にその意識を奪ってしまう。
それは肉体の情報を組み合わせて、新しい一個の個体を生み出す際、肉体に引きずられる形で精神面も『統一』されるためである。
その際に、互いの種族に意識が存在すると、融合の際――自分以外の意識と強引に混ぜられる感覚に、双方の自我が耐えられないのだ。
そのため、術を施す前に互いの意識を空白の状態にしておくことによって、
結合される脳と記憶から導かれる『新しい意識』を、一つになった自我にスムーズに受け入れさせるのである。
だが、死者にはこの方法を適用することが出来ない。
既に死んでしまっている彼らには、その意識を失わせることが出来ないためだ。
死んだ生物に『意識』など無いと思うかもしれない。
事実、生命活動を終えた彼らには、確かに恒久的な意識というものは存在しない。
だが、死の直前に抱いた強烈な残留思念――生への渇望や後悔、死への恐れや恐怖といった『最期の意識』は、消える事無くその遺体に残る。
それが死者との結合の際、生者側の意識の中へと怒涛の勢いで流れ込んでくるのである。
死して尚、肉体に残るほどの強念――そんなものが雪崩れ込んでくれば、まず生者側の自我は耐え切れずに崩壊してしまう。
仮にそれを受け止められたとしても、非常に衰弱した生者側の意識に対し――「生き返った」死者の意識が、どういう念を抱くか。
生を強く渇望して適わず、その無念を遺して死んだ彼等に渡された二度目のチャンス。
しかしただ融合を受け入れてしまえば、彼らの意識の半分が全く見ず知らずの相手に飲み込まれてしまう。
そこで死者が導き出す結論は――何時も一つ。
より長く――より濃く、自身が『生き永らえる』ため、生者側の意識を『侵食』するのである――
オズワルドの精神を、自我を襲ったのは。
正にその『浸食』そのものであった。
自分以外の意識――記憶――思念が、情報の暴風となって自分の中へと雪崩れ込んでくる。
苦痛・怨嗟・羨望・恐怖――死に瀕した際の強烈な負の感情。
瞬く間に頭の中をかき乱し、体を喰い破るように暴れまわる『死』のイメージ。
内側から食い荒らされ、浸食されて――段々と自身が『薄れていく』感覚。
それは例え、魔術師であっても――魔術師として確かな実力を持っているはずの彼であっても。
とても耐えられるものではなかった。
肉体は、融合が進むにつれ、合成獣特有の――奇形化の一途を辿っていく。
背中から新しく生えた、胎児ほどの大きさの腕と足。
それががばたばたともがき、暴れまわる様は、悪意に満ちた芸術作品のように不気味で、滑稽なものだった。
精神が歪み、引き千切られて破綻し――最早彼には『オズワルド』だったころの自我は殆ど残っていない。
それでも、彼は自分自身を認識する『意識』を喪失することが出来なかった。
そして肉体も精密化の影響で、どれほど生命力が低下しても――死を迎えることが出来ない。
抗うことも、防ぐことも適わず。
ただ、自身が侵されていくその感覚に叫び、怯え、苦しむ――
それだけが、今の彼に赦された唯一つの行動。
そして、足元で異常な進化を続けるオズワルドを見下ろす『北の魔女』。
伏せた顔には前髪が垂れて、その顔にどのような表情を浮かべているのか見当もつかない。
ただ、まるで冥界の底から響き渡るような――低い。
低い笑い声が、彼女の口から漏れだしていた。
「……久々だ」
ざわりと――声に呼応するように、髪の毛がぬらりとした輝きを放つ。
「……これほどまでに心地よい『叫び』を耳にしたのは、本当に久方ぶりだ。
その、心……貴様が抱く『真理』こそ、美酒よりもなお甘く……強く。この胸を、満たしていく」
恍惚に、震える声で。
オズワルドの体に、次々に死体を繋げていきながら――『北の魔女』は呟く。
「もっと……もっとだ。もっとその甘美なる『真理』を……我に寄越せ」
ざわりと、彼女の髪が震え――今までのそれを更に圧倒する密度の構成が、宙に織り込まれた。
瞬間、オズワルドだった肉塊の全身から生える腕達が、次々に周囲の死体を掴み取り、貪るように自分達の中へと取り込んでいく。
「もっとだ……もっと……もっともっともっともっともっともっともっともっと――!!」
刻一刻と奇形化し、風船の様に膨張していく彼の体。
既に緋色のローブは裂け、桜色をした肉の塊から幾本もの腕と足が突き出ては、弱弱しく蠢きながら床を引っ掻いていた。
オズワルドの面影を、まるで冗談のように残した首から上の端整な顔は――白目を剥き、泡を吹いて痙攣している。
人と――それ以外のモノの意識を無理矢理に混ぜ込まれ、完全に崩壊した自我。
それでもなお、侵食に喰らわれていく苦痛を感じる意識が消失することは無かった。
異様な進化を遂げていく肉の塊の上で、絶頂を迎えるように黒髪が輝きを放ち――嗤い続けていたのは、果たして誰の声だったか――
――全ての状況を一変させたのは、轟かんばかりに響き渡った一発の銃声。
それと共に吐き出された大口径の拳銃弾が――オズワルドの頭へ、瞬く間に吸い込まれ。
弾頭に蓄えられたエネルギーが、首の付け根から彼の頭部を容易く粉砕し――破片が扇状に床へと飛び散って。
そして――中核を失ったことにより、蠕動を続けていた肉塊も力を失い、ゆっくりと崩壊を始める。
「……お前が組み敷いたそいつは、人間や魔術師という枠を超えたところで――屑のように卑劣な手合いだ」
硝煙を吐き出す銃口を向けたまま――アトリは色の違う双眸で、崩壊していく肉塊を睨む。
「だが、この男が穢れているからといって――お前が手を穢していい理由にはならん」
相変わらず俯いたまま、自らの足元で崩壊を続ける肉塊をただ見つめ続ける『北の魔女』。
そんな彼女へ視線を移し、相変わらず感情の起伏が見えない銀の瞳で――真っ直ぐに見据えて。
「違うか」
アトリの、その問いかけに。
俯いたままの、彼女の姿が――僅か一瞬の間に『消失』した。
そして次の瞬間、横合いから彼を貫く衝撃の重さに――弾丸のようにその長躯が弾き飛ばされる。
拳銃を持っていた腕の骨が粉微塵に砕け、地面に水平に吹き飛び、床に擦り付けられて残骸の塊に肩口から激突する。
その衝撃に、先刻貫かれた左肩から血が噴出し――激痛が、彼の意識から著しく集中力を削ぎ落とした。
それが――彼の行動に、僅かばかりの遅延を生む。
そして、その隙を見逃す『北の魔女』ではなかった。
まるで人の体格を無視したような動きで跳躍し、天井で一度跳ねて――アトリの鳩尾に正確に膝を叩き込む。
内臓を貫く衝撃に、アトリの呼吸が詰まったその瞬間を狙い、伸びた腕が正確に喉笛を掴み取り、床へと押し付ける。
その戦闘能力を奪い、抵抗の出来ない位置を確保し。
彼女はゆっくりと、その腕を頭の上へと掲げていく。
そして、その指先が。
アトリの左胸を示して―― 一息に、振り下ろされた。



