No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater

双隻眼のアトリ・イスカ


第十二話 アヴァリス事件



炎が――店内を席巻する紅の支配者が、戯れるようにその腕へと纏わりつく。
炎を纏わせたまま、至宝アーティファクトの埋め込まれた掌をそっと掲げる――そこから溢れ出す、ヴェールのような波紋の密。
「弟の無念を晴らすため――この身に継いだウォルターの血さえ、焔に捧げたのだ」
障壁を展開していた時とは違う、波紋の集中――集まった波紋達が、手の上へと集約して。
「古代の叡智……至宝アーティファクトの力。存分に、味わい……――死ね」
瞬間――オズワルドは指を弾き、それに押されるようにして、凄まじい勢いで波紋の塊が撃ち出された。
反射的に後方に飛び、その一発を回避するアトリだったが、躱せたのは殆どペネトレイターとしての勘だ。
銃弾に匹敵する速度で撃ち込まれたその波紋が、目視できるはずがなく――付与魔術で強化された床板が、ベニヤ板の様に裂ける。
「どうだ……一点に集中させたこの構成の『弾丸』。貴様には、防ぐことも逸らすことも適うまい!」
オズワルドは連続して指を弾く――叩き出された構成達は、確かにペネトレイターの銃撃さえ想起させた。
だが今度はこちらも、相手の手の内が判っている――素早く相棒を構え、アトリの指が銃爪を引き絞る。

交錯と、それに伴う結末が知れたのは―― 一瞬。

炎の弾丸と鋼の弾丸では、アトリのほうに分があった。
しかし構成の弾丸との交錯では、真正面から激突し――瞬時に蒸発・・したのは鋼の弾丸。

「特性はそのままということか……!」
ぎりぎりで横転しながら、さらに数発を連続して叩き込むが、その結果は変わらない。
こちらの銃弾を一瞬で蒸発させる超高熱はそのまま――それがまるで銃撃のように襲い掛かってくる。
躱しきれず、縫いとめられるように撃ち貫かれた服の端に、縁の黒い小さな穴――
こちらの付与魔術の防御構成など、この弾丸の前では紙にも等しいらしい。
だが、だからといって尻尾を巻いて引き下がる愚をアトリは冒さなかった。
相手側が攻勢に出たと言うことは、裏を返せば先方の守りが手薄になっているということ。
相手側の好機は、裏を返せばこちらの好機でもある――弾丸の雨を、横方向への強烈な揺さぶりで掻い潜っていく。
頬を衝撃波が掠め、一文字に肉を焦がす。
だが、こと「弾丸」であれば――付き合いは圧倒的にアトリのほうが長い。
滑るようにして間を詰めた時、アトリの両手に握られた二丁の飢えた獣達が、目の前の獲物を虚ろな穴で覗き込んでいた。

息もつかせぬ連続射撃。
ありったけの弾丸を瞬時に叩き込まれ、衝撃に全身が揺さぶられる。
オズワルドの腕が裂け、千切れて粉々に弾け飛ぶが――
「今更、多少傷ついたところで……痛みを感じた所で、何を恐れるというのだ」
彼にとって致命傷となりうる、二つ――心臓と脳髄を狙った弾丸だけは。
そこにだけ限定的に展開した小さな障壁によって、届くことなく消滅している――
「最早、私にとって――この世に生きる理由など、貴様を葬り去る以外に持ち合わせてなどいないッ!」
空間に渡る波紋。
失った腕を瞬時に再生すると同時、次々に構成を展開し、数発の炎弾がアトリへと襲い掛かった。
だがこれは構成の弾丸に比べれば、まるで蝿のような鈍重さ――爆発の圏内も瞬時に看取り、再装填を行いながら魔術を躱すアトリ。

その左肩に、鋭い衝撃が突き刺さった。
皮膚を裂き、肉を貫き――内包されていたエネルギーが、肩甲骨を粉々に粉砕する。
完全な不意打ちによる精神的な動揺と痛みを、歯を食いしばって耐え、なんとか踏みとどまったものの――
彼の表情から、驚愕が消えなかったのは。

衝撃が襲い掛かって来た方向は、彼の左肩の背後・・――

「確かに、この至宝アーティファクトの力は銃に似ているかも知れん……だが、これは銃弾などではない――魔術・・だ」
力を失くし、銃を取り落とす渇いた音。
だらりと垂れた左腕を抑え、見上げるアトリの姿に――投げかけたのは嘲笑にも似た冷たい笑み――
「その軌道を途中で変えることなど、造作も無い」
満足げにオズワルドは呟き――その両手を、羽ばたく鳥のように開く。
瞬間、彼の周囲に次々と識り込まれ、凝縮された構成。
おおよそ三桁に匹敵する数になる後世の弾丸達に、アトリが思わず言葉を失った瞬間――
「お前が、弟にした様に――その頭、西瓜のように弾け散らせ!!」
指を弾く渇いた音と共に、弾丸全てがアトリ目掛けて疾駆した。
時に愚直に直線に、時に狡猾に歪曲し――そして時に、側にある同志達と交錯し、螺旋を描きながら。
アトリを蜂の巣に変えんと、竜巻さえ思わせる獰猛さで一斉に牙を剥く。
最早、銃を拾い上げてる余裕さえない――瞬時に着弾の瞬間を見極め、ぎりぎりで肩先から転がるように横転。
殆どの弾丸が、彼の動きに軌道を変えられず、床を次々に打ち砕いてそのまま地面を貫いていくのを横目に眺める。
全てを躱しきることは流石に適わず、二の腕と腹部に焦げるような痛み。
それを無理やり心に押し込め、無事なもう片方の腕を跳ね上げ――今度こそオズワルドの頭部を散らさんと標準を定めた時。

地面から突き上げた構成の弾丸が、アトリの左大腿部を的確に撃ち貫いた。

苦鳴の呻きが口端から零れ、力を失った足では体を支えきれず――がくりと片膝が床に付く。
先刻、躱したと思った弾丸達は地面を貫き、そのまま纏った超高熱で砂を溶かしながら掘り進み、このタイミングで奇襲したのだ。
「所詮は、劣性種か――その程度の傷で力を失うとは、随分と脆い存在だな」
まるで愛しいわが子のように、手元に戻ってきた構成の弾丸達に愛でるような視線を走らせ。
微笑をその口元に湛え――拳銃を構えるように、人差し指をアトリへと向けて。
「これで、最後フィナーレだ!」
アトリの銀の瞳に映る、死を纏う波紋の弾丸達。
そのどれもが、数瞬後にはアトリを撃ち貫き、焼き払って、一握の灰へと還してくれることだろう。
だが、彼の色違いの瞳にあるのは諦念ではなく、極限に置かれても冷静さを失わない――生死の境を渡り歩き続けた不屈の輝き。
神業のような素早さで、残る右手に握った大型拳銃を榴弾投擲砲へと入れ替える。
ホルスターを揺らした反動で弾き飛ばした弾頭を――中空で装填・同時、足元に砲口を押し付けて。

躊躇う事無く、銃爪を引いた。
発生した凄まじい爆発と炎熱が――アトリの居た場所を根こそぎ包み、その一切を滅茶苦茶に薙ぎ払う。
「自爆だと……!?」
爆風から目元を抑えながら――その突拍子も無い行動に、オズワルドは呆然と呟く。
だが、アトリ自身の姿も熱も、巻き込むようにして発生した爆発の前に知覚出来ないことに気が付いたのはその直後だ。
先刻のように奇襲をかけてくるつもりか――全ての感覚を総動員し、研ぎ澄ますように意識を空間に走らせる。
だが。

「……しまった……それこそが狙いか!」

うっすらと煙が晴れた時――アトリの姿は何処にも無かった。


あの弾丸達が――構成であること。
そしてペネトレイター達は構成を波紋として捉え、物理的に干渉することが出来ること。
それがアトリにとって、あの状況を打開するために付け入ることの出来る部分だった。
あの弾丸を形成する波紋は、あまりに微細すぎて――銃で撃ち貫くことは出来ない。
そしてあの波紋によって発生している超高熱の前には、銃弾は一瞬で蒸発し、物理的な干渉も行なえない。
だが榴弾の爆発による衝撃波であれば――届くのはあくまで形の無い衝撃のみであり、熱によってそれを阻むことは出来ない。
あの構成の銃弾を破壊することは出来ないだろうが、吹き飛ばし、あらぬ方へと吹き飛ばすにはそれで十分だった。
仮にあの銃弾達が鋼の弾丸であれば――爆発の衝撃を撃ち貫き、アトリを襲うことも可能だったのであろうが、
本来物質的な概念ではない『構成』に物質的な側面を与えた『波紋』は――金属に比べ、圧倒的に『軽』すぎた。

そしてアトリ自身も――爆発の反動を利用し、後退を計っていた。
爆発に伴う炎熱と衝撃を、服に備わった付与構成を頼りにして後退の一助とした、一つ間違えれば命を失う無謀な手――
事実、相殺し切れなかった衝撃が彼の全身を滅多打ちに叩き、炎は傷痕を抉るように痛覚を炙っていた。
それでも、三箇所を撃ち貫かれたとは思えないほど機敏な動きで爆風に乗り、
オープンキッチンの開けたところへ身を投げ出して転がり込む。
後退する直前の記憶からオズワルドとの位置関係を把握し、簡単には魔術で狙えない場所に素早く身を潜めて。
ホルスターから拳銃を引き抜き、まだ数発弾丸が残っていた弾倉を引き抜き、片手で器用に再装填して――

頭上へと、目線を向ける。

「ん? どうしたの、アトリ?」
「……何をしている」
「何って……見ての通りだけど?」
「……俺の頭の上に乗って、サンドイッチを食っているということか?」
「その通り。はい、よく出来ました♪」

アトリの頭の上にぽふんと座り込み、もぐもぐと口を動かしていたのはトト。
手にしたサンドイッチを頬張ることは続けながら――その割にはやけに明瞭に言葉を紡ぐ。

「ちなみに、エビチリサンドね」
「いや……俺が言いたいのは、そういうことではなくてだな――」
「ん……アトリも、食べたい?」
「先刻食べたばかりだろう」
「じゃあ、バスケットに追加しておくわね」
「……まだ料理が残っているのか?」
「ええ。ほら、そこのお皿――多分オーダーの品だったんでしょうね。アトリもエビチリでいいかしら?」
「いや、特に要望は無い」
「はいはい……まあ、アトリの好みは大体把握してるから、安心して任せなさい♪」
まるでピクニックの準備でもするような様子で、サンドイッチをバスケットへとひょいひょい詰めていくトト。
しかしここは家の台所ではなく、炎上し今にも倒壊しそうなキッチン――それも自分の命を狙う者に襲撃されている最中である。
いかにアトリとはいえ、流石にこの状況に置かれれば、的確な突っ込みの一つも――
「ん……ひょっとして、無断で座ったこと怒ってる?」
「それに関しては別に構わん……女性の尻に敷かれているくらいが、男女間の健康的な姿だと聞く」
「あー、確かにそんな話は聞いたことがあるかも」
「『漢なら幼女の尻に圧迫されて窒息死してこそ本懐』とも聞く」
「そうなの?」
「らしい。昔、同じ依頼を受けて組んだ同業者ペネトレイターの一人が語っていた」
「そうなんだ……そっちは私、初耳ね。困ったわ……趣味嗜好が多様化していくこの現代社会に取り残されてしまいそう」
「む……挫けるな。俺も世俗には疎いが、諦めたことは無いぞ」
「……本当に私、きちんと着いていけるかしら?」
「無論だ。古きを訪ね、新しきを知る――温故知新の心をその胸に抱き続けろ」
「そっか……うん、頑張ってみる」
小さいガッツポーズと共に意気を高めたトトに、アトリが力強く頷く。
果てしなき状況の無視と話題の脱線に、死の使いでさえ「勘弁してください」と裸足で逃げ出しかねない丸投げっぷりであったが――
その瞬間、厨房内に叩き込まれた炎弾が、立てかけてあった大きな鍋底に激突して――耳障りな異音を奏でた。
「そこにいたか――双隻眼。真実の領主オシリスの目の前で紡ぐ言い訳でも考えていたか?」
叩き込んだのは無論、幸か不幸か二人の会話がまるで聞こえていないでいたオズワルドその人である。
状況を動かしたことに、この時ばかりは運命の神々も、彼に惜しみなきスタンディングオベーションを送っていたに違いあるまい。
「わ……向こう側、やる気まんまんよ?」
「まあ、白昼堂々奇襲を仕掛けてくる相手だからな」
ゆっくりと近づく靴音に、まるで他人事のような様子の二人。
その表情に、オズワルドへの恐怖は微塵も感じられない。
彼がその気になれば、厨房の壁など一瞬で融解させ、そのまま彼らを消し炭に変えることも容易なはずである。
にもかかわらず、決して揺らぐことの無いこの二人の「余裕」は、一体何処から起因するものなのだろうか――
「判るか? 双隻眼……私がこの日を、どれほど待ちわびていたのかを。
 朽ち果てた我が屋敷、皆殺しにされた同胞達……そして、最愛の弟の亡骸を前にした、あの時より。
 この胸に刻んだ、後悔と、憤怒……貴様がウォルター家にした残虐な仕打ちを、私は赦さんと誓ったのだ!!」
食器の欠片が踏み砕かれる小さな音と共に、再び厨房に叩き込まれる火炎弾。
至宝アーティファクトを使えば壁越しに彼を撃ち殺すことも可能だというにも拘わらず、彼がこのような行動に出るのは。
「貴様も、存分に味わえ――弟の感じた死の恐怖を! アヴァリスで起こした『ウォルター家の惨劇』の罪の意識をなァッ!!」
再三、叩き込まれた炎に――乾燥した肌が、ちりつく痛みを発した。
しかし、それまで他人事のような表情をしていたアトリが――オズワルドのその言葉に、軽く眉根を寄せる。
「アヴァリス……ウォルター……お前が言う『ウォルター家の惨劇』というのは、ひょっとして『アヴァリス事件』の事か?」
アトリのその言葉に――オズワルドの靴音が、ぴたりと止まった。
「フン……そういえば、世俗では確か、そのような呼び方もされていたな」
「……なるほど、アヴァリスの……お前はあの一家の生き残りだったのか」
互いに何かを納得しあったように、呟きを洩らすアトリとオズワルド――
「はい、ちょっと二人に質問。……その『アヴァリス事件』って……何?」
一人、完全に取り残された形となったトトの言葉に――場が一瞬、固まる。
「固まらないでくれないかしら? 知らないものは、知らないんだし。
 私達を葬るつもりなのなら――『冥土の土産』に教えてくれても、損はないと思うけど?」
「……面白い事を吐く魔術師だな」
対して面白がる様子も無く、オズワルドは呟く。
「……今から、五年前のことだ」
そして、口を開いたアトリに――何かを吐き捨てるような嫌悪の感情が走ったことを、トトは見逃さなかった。

アヴァリスは、メンフィスより南西に下った所に位置する都市の一つである。
僻地であるためにメンフィスほど流通が盛んな街ではないが、大都市に名を連ねておかしくない、南の主要都市の一つ。
そしてウォルター家といえば、領主ほどの権力は持ち合わせていなかったものの、この街有数の魔術師の大家の一つであった。

「……五年前、アヴァリスで女性が次々に失踪する事件が起こった。
 観光客・地元住民を問わず――主に二十代を中心とした人間の女性だけが、次々に。
 最初は人間の犯罪組織の仕業かと思われていたが、失踪時に現場に『魔術』を使用した痕跡が残されていたことから……。
 保安局から、オレ達ペネトレイターへと――事件の解決を任されることとなった」
アトリの説明に、トトは黙って耳を傾ける。
オズワルドにも、アトリの言葉を遮る様子はないらしく、言葉が続くのを黙って待ち続けている。
「……言ってみれば『よくある』依頼だった。まともな手段では説明のつかない、人間の集団失踪。
 そして、昔から力を持った、人間嫌いの魔術師の大家――少し揺すれば、ウォルター家からは埃がすぐに出てきた。
 確証は事前に掴めなかったが、俺はそのまま直接踏み込み、現場を押さえる形で――ウォルター家に居た魔術師全員をペネトレイトした」
確かに――ここまでは、新聞などで取り上げられるペネトレイターの典型的な大立ち回りだ。
「だが……この依頼が、普通のそれと違っていたのは」
しかしアトリは、その顔に感情を――それも珍しく嫌悪の色を露に、言葉を吐き捨てる。
「俺がこの一件を覚えていたのは――ウォルター家が人間を使って行った研究内容が、途方もなく悪趣味だったからだ」
「『合理的』と言ってもらおう――事実を捻じ曲げるのは止めてもらおうか、双隻眼」
そこで初めて口を挟むオズワルド。
互い、抱いた感想が全く逆方向を向いていることから、トトはその研究内容の方向に大体の予想をつける。
「……ひょっとして……合成獣キメラ関連の研究?」
アトリが押し黙っていたのが、その肯定だった。

合成獣キメラ――二種類以上の動物を、魔術を使って強引に「掛け合わせ」た人造生命。
動物であれば、どれほど種が異なろうとも、体躯が違おうとも掛け合わせが行えるこの技術は。
無論、その材料として人間を――全く異種の生物と人間との掛け合わせを行うことも、不可能ではなかった。
材料としての人間は、他の動物に比べて身体能力こそ脆弱であるが、こと頭脳の発達においてはどの生物も足元にも及ばない。
故に、高度な知性や判断力を合成獣キメラに備えさせるためには、人間を材料に組み込むのが一番手っ取り早い。
今でこそ魔術師協会が禁止している行為であるが、それまでは誰も規制する事無く、人間を組み込んだ合成獣キメラが製造されていた。
その時代が忘れられず、より高性能の合成獣キメラを作りたいという研究者の欲から人間を攫うという話は――よく聞く話だ。

だが、口元に微笑を貼り付けたオズワルドの語った内容は――その予想を遥かに上回るものだった。
「そこの女――貴様も魔術師なら、知っているだろう? 合成獣キメラには生殖能力が無いことを」
普通の動物よりも遥かに強靭で生命力が高く、時に高い知能を示す合成獣キメラ達には――何故か生殖能力だけが備わっていない。
どれほど似た種を掛け合わせようとも、同じ掛け合わせを行った合成獣キメラ同士を交尾させても――生殖細胞が生まれないのである。
正常な進化の系譜では決して生まれない異常生物達の種子を後世には残すまいと、神が与えた唯一の良心などと言われている。
「我がウォルター家は代々、襲撃ないし警備用の合成獣キメラの製造と研究・販売を行ってきていたが……。
 ここ近年の自動人形オートマトンの性能の向上や、量産性の拡張……そういったものに圧され、市場に翳りが生じてきた。
 合成獣キメラの利点は、自動人形オートマトンとは比較にならないその性能の高さだが……やはり量産が効かない以上、何処かで頭打ちになる」
姿は、見えない。
しかし――壁の向こうで、オズワルドの口元がにたり、と笑う様子が見えるようだった。
「しかし、我が弟――出奔した私の代わりに家を継いだ我が弟は、画期的な案を用いてこの問題を解決しようとした。
 掛け合わせた合成獣キメラ達が生殖細胞を持たないのならば、最初から合成獣キメラを量産するための合成獣キメラを作ればいい、とな」

――それで、人間の女性ばかりが攫われた、という事は――

「……何がウォルター家の惨劇だ。魔術師協会上層部全員が、あの事件の決着に関して誰も異を唱えていない。
 魔術師協会創設以来――最悪の事件と言われた『アヴァリス事件』を、まさか逆恨みする奴がいたとはな」
「な――逆恨み!? ……逆恨みだと!?」
「それ以外の何だと言うんだ」
アトリの銀の瞳に、不快げな感情が露になる。
「貴様が弟を殺されて激昂するのならば――貴様の弟達に弄ばれた女性の親族達はどうなる」
「……黙れ……!!」
「貴様の弟やウォルター家の魔術師が、どれだけの人の命を弄び、殺したかは不問だとでも言うつもりか?」
「黙れええええええェェェェッ!!」
瞬間――壁を融解させ、アトリの目の前を熱線が貫く。
先刻までの見せかけの穏やかさは、荒げた声の何処にも見出せなかった。
「我が弟の命と、豚にも劣る劣性種共の命を、よくも……よくも一緒にしてくれたな!」
吹き上がる憤怒と赫怒は、さながら溶岩のように煮え滾り。
一瞬即発の信管にも似た危険な光が――その双眸の奥で明滅する。
「あんな屑ども! 精神の練成も出来んような家畜以下の塵屑のような女達などと!
 我がウォルター家の四百余年の重み――それを背負った弟の命などと比べられるものであってたまるか!!
 牛や馬でも――家畜でも死ぬまで精を尽して働き、その皮や肉の一破片までもを主に捧げるのだぞ!?
 ならば人間共が魔術師に奉仕出来ることといえば、魔術の発展のため身を捧げる以外に何が存在する!!」
感情の爆発に、こめかみには血管が浮き出て――唾を飛び散らせる。
彼は、本気で憤っていた。
「何が尊厳だ、何が権利だ――豚共が!! 貴様らの勝手極まる理屈――吐き気がする!
 弟の、人一人の尊き命は――貴様達の様な豚共のために奪われたのだ!!
 にも拘わらず、魔術師達はあろうことか貴様を英雄と祭り上げ、誰一人弟の死を悼もうとはしない!
 あまつさえ『人間と魔術師が同じ存在』だと!? こんな歪んだ、狂った世界の理屈で――弟が裁かれてたまるか!
 故に! 例え、どれほどこの身を冥府魔道に落しても――双隻眼! 貴様だけはこの手で裁くと誓ったのだ!!」
感情を抑えきれず――怒りとも笑みともつかない唸りを上げるオズワルドと対照的に。
完全に表情を消したアトリの手の中で――白銀の大型拳銃が、重量感と共に冷たい輝きを放つ。

だがその様子が見えないオズワルドは、痙攣したように引きつった声を紡ぐ。
「そうだ……ああ、そうだ。力も知性も劣った存在が、自らの尊厳を主張するなど……馬鹿げているにも、程がある。
 貴様は知っているか、双隻眼? 人間が狂い死ぬ様というものを。
 絶叫し、顔面を掻き毟り、涎と涙と血で顔面を汚して喉が潰れるまで絶叫するんだ……醜くて、滑稽だろう?」
奇妙に穏やかな様子で――オズワルドは自身の体を抱きしめて。
「中でも、一番面白かったのが……たまたま確保してきた人間が、既に子を孕んでいてな。
 自分はどうなっても構わない、だが子供だけは産ませて、男の元へと届けて欲しい――そう言うものだから。
 その通りにしてやった――ただし、豚共の子供らしく、胎児に半分豚の情報を混ぜてやったがな」

炎の陰影は――彼の中の『歪み』を映し出すかのように、不吉な黒を投げかけていた。

「あれは傑作だったぞ――最愛の自分の子だというのに、母親は発狂して生まれたばかりの子供を絞め殺そうとする。
 だがその程度じゃ合成獣キメラは死なない、それどころか自衛本能で、あべこべに生んだ母親を殺さんと暴れまわるんだ。
 知能のない馬鹿な人間共には、似合いの姿だろう? 同じ種同士で争いあう豚共の社会の、縮図という、わけだな――!!」

体を折り曲げ、裏返った声で、狂ったように笑い続ける緋色の魔術師。
アトリはそこに、一切の感情を表すことも無く――不気味なほど事務的に、相棒を構える。


だが、その異様な空気が。


一瞬で『断ち割られ』たのはその時だった。


全ての音が消え去り、孔という孔が開くような圧倒的な威圧感。
全身の毛がぞっと立ち上がったような感覚に――アトリは思わず、上を見上げる。

長い時を経て、随分とくたびれた黒の三角帽子ウィッチ・ハット
可愛らしい歯型を残したままの、半分になったエビチリサンド。

だが、彼の上に座っていた女性の姿だけが無い。

振り返る。
背を預けていた壁は、何時の間にか完全に崩壊し。

頬桁を貫く衝撃のベクトルに――捻れるような姿で吹き飛ぶ、オズワルドと。


拳を振り抜いた姿で立ち尽くす――トトが、そこにいた。