No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater
双隻眼のアトリ・イスカ

第十話 彼は『焔』と名乗った

アトリたちの上空で集約した、炎。
それを内側から弾けさせ――現れたのは、一人の男だった。
「忘れもしない……六年前の『ウォルター家の惨劇』」
小さな破砕音。
靴裏が、砕けた食器の破片に重ねて――ゆっくりと、店内に降り立つ。
「私はあの日を、永遠に忘れはしないだろう」
紅に包まれた世界の中でも、纏ったローブの緋色は印象に残る――そんな姿の男だった。
照り返しに鮮やかに輝く豪奢な金髪と、切れ長の翠瞳。
自身と不遜に満ち溢れた表情を浮かべ、そのまま視線でアトリを射貫く。
「我が、半身……私の可愛い弟の脳髄を撃ち貫いた、貴様に――今日こそその罪を贖わせてくれる」
芝居がかった動きで、閉じた拳を目の前に翳し――オズワルドはそのまま、ぱちんと指を弾いた。
「この、オズワルド・ウォルターが――階位“4”『焔』のオズワルドがな!」
紅の『波紋』が空間を震わせ、掌の上で炎が踊る。
照り返しを受けた翠瞳の奥に――何処か『歪んだ』輝きが揺らいだ。
階位。
それは魔術師達にとって、絶対的な意味を持つ『地位』。
最下位“9”から最上位“1”までの九つの数字で表され、数字が若くなるほど、魔術師としての地位は高いとされている。
家柄や家名というものを尊ぶ魔術師の社会だが、この階位は時にその『繋がり』さえ覆すほどの力と意味を持つ。
何故、この制度はそれほどの効力を持っているのか――それは階位の振り分けの基準が、残酷なまでに公正なものだからだ。
高い階位に求められる要素はたった一つ、魔術の『実力』。
それも、誰かが強さを比較して定めていくわけではない――魔術師には、この階位というものが自ずと『判って』しまうのだ。
恐らく、構成と同じように――魔術師だけに『知覚』することの出来る何かが存在しているのかもしれない。
「さあ……役者は今、此処に揃った。待ちに待った舞台の幕が今上がるのだ」
炎の揺らめく中、前髪をさらりと掻き揚げ――悩ましげに、そっと自身を抱きしめるオズワルド。
伏せた睫毛がふるふると振るえ、唇から紡がれる言葉は狂いそうなほどの歓喜を隠し切れていない。
彼の興奮を表すかのように、店内の炎が段々と勢いを増し、彼の周りを取り巻くように紅の腕を伸ばす――
「さあ――断罪の時は今。勿論、貴様が抵抗してくれて構わんよ?
貴様が罪を購うべく頭を垂れ、無抵抗になったところをいたぶるのもまた一興だが……。
無様に抵抗し、私を殺さんと牙を剥く貴様を――真正面から否定し、叩き、潰し、完膚なきまでに滅する。
貴様という存在を――我が焔で、微塵残さず焼き尽くす!」
オズワルドの背後で、一際強く吹き上がった炎の柱。
彼の内なる憎悪を露にしたような、ぎらついた輝きに照らされ、炯炯と輝く翠の双眸。
底知れぬ血の池のように赤い色をした、捲れ上がった口元――
内なる想いを解き放つように、全ての炎が目もくらむ勢いで燃え上がる。
「それこそが、我らの因縁に決着に相応しい――そうは思わないか、双隻眼!!」
やがてゆっくりと、炎が元の姿を取り戻していく。
結界によって隔離された奇妙な静寂の中、耳に残るのは、炎の爆ぜる小さな響き。
歓喜と狂気と憎悪を纏うようにして、全身を奮い立たせたオズワルドに対して。
銀髪の瞳と髪を持つ男は、ゆっくりと顎を上げて――
「……誰だ?」
「は?」
今、目の前の男は一体何と言ったのだろう。
全く持ってその意味が、真意が理解できず――オズワルドは鵜呑みに聞き返してしまっていた。
しかし現実は更に無慈悲に、探し続けた因縁の相手に首を傾げさせ、心底不思議そうに言葉を紡がせたのだ。
「だから、誰だと聞いているんだが」
冗談を言っているような雰囲気は、感じられなかった。
「……貴様、この私を――ウォルター家の名を覚えていないというのか!?」
「ああ」
即答である。
そこには微塵の躊躇さえ、存在していなかった。
このあまりな対応に、オズワルドは完全に毒気を抜かれ、ぽかんとした表情で間抜けに立ち尽くしてしまう。
「覚えてないのか、元から知らないのかは判らないが……世辞にもあまり、俺の記憶力は優れているとは言いがたい」
「時々、依頼人の名前も忘れちゃうものね……ところでアトリ、私の名前は何か覚えてる?」
「……むぅ……」
「あら、乗ってきた? 案外、ノリがいいのね」
「ノリならば良かったんだろうがな」
「――は? ア……アトリ?」
「気にするな」
「何で目を合わせてくれないの――ねぇ、ちょっと?」
冗談なのか本気なのか、心底わからない無表情ぶりを発揮したアトリに、僅かに狼狽の気配を漂わせて問いただすトト。
そこには先刻までの緊迫しきっていた空気は微塵も無く、ただ言い知れぬ疲労感と脱力感が募るのみの応酬だけだ。
呆けていたオズワルドも我に返るにつれ、そのことがゆっくりと浸透し、理解へと変わっていく。
頬にさっと差した赫怒の朱が、ゆっくりとどす黒いものへと変じていくのに、そう時間は必要としなかった――
「この私を……侮辱しているのか……ッ!!」
恐らくは、無意識なのだろう――小さなものだが、彼の怒りに応じるように複数の構成が識りあがっていく。
「伊達や酔狂で“4”を――『焔』の異名をとる私ではないのだぞぉぉぉッ!!」
怒髪、天を衝く。
店内の炎全てが、彼の叫びに応じ――炎が、立て続けに爆発した。
それはさながら、全ての終末を導く神の火さえ思わせるような――破滅的な幻想の光景――
オズワルドは、自身の階位を“4”と名乗った。
魔術師として産声をあげた初心者を“9”、一人前として認められるだけの実力を持つ魔術師達を“7”と定めているこの世界で、
“4”に属する魔術師といえば――魔術を『修める』側から『教える』側へ回ってもおかしくないだけの実力を備えているという事だ。
そして、この階位以上の魔術師によく見受けられる『二つ名』の存在は――ペネトレイターのそれと同じ、力の証。
『焔』を名乗るだけの力は、店を包み込む炎の結界の完成度一つを取っても、決して傲慢などでは無いだろう。
『魔術』という力のルーツとされている、根源的な何処か――九つの数字は、その地と自身の距離を表しているとされている。
階位に一つ差があるだけで、魔術師としての力は格段に差を開かれ――識ることの出来る構成の種類も精度も、まるで別物だ。
階位の差が二つ以上あれば、下位側は上位側にどう足掻いても勝つことは不可能と言われているほど――その差は、圧倒的。
魔術師が血筋を重んじていながらも、信じられないほど徹底的な実力主義なのは――この階位の存在に拠るところが大きい。
だが。
「“4”程度の実力が――俺にとって脅しになると思っていたのか?」
構成を波紋として捉えられるペネトレイター達にとって、階位の違いは波紋の『色』の違いで知覚することが出来る。
第四位の波紋は、彼の二つ名に呼応するかのような見事な紅の波。
それを銀の瞳に透かしつつ――手にした大型拳銃の遊底に手をかける。
「何だと……!?」
「それに、だ」
重たい作動音と共に、薬室に弾丸が装填され――そのままゆっくりと、オズワルドの眼前へと突きつけて。
「俺にどういった恨みがあるかは知らんが……白昼堂々の奇襲行為を選択をした以上、今更積もる話もあるまい」
「……確かに、貴様の言うとおりだな」
対しオズワルドも、自分の眼前で開いた掌に構成を識り上げていく。
それを見せ付けるかの様にアトリへと指し示して――視線が、交錯する。
「最早、亡き弟の心を慰めるため……貴様に対し求めるのは、最期に上げる断末魔の叫びのみだ」
復讐を誓い、その身を焦がさんばかりの、妄執の炎。
「好きにしろ――どの選択を選ぼうと、お前の逝き先は一つしかない」
物言わぬ、冷たい輝きをそっと湛えた、白銀の顎。
「魔術師協会の名と、『貫く者』アトリ・イスカの判断において。第四位魔術師オズワルド・ウォルター――」
双つの、破壊の力が。
今――その牙を剥き、解き放たれた。
「――お前を『始末』する」



