No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater

双隻眼のアトリ・イスカ


第九話 波紋



――気がついた時、炎熱と衝撃波に背中を押され、大通りへと吹き飛ばされていた。
ネフェル=テムの位置口付近に立っていたドアボーイは爆発から一番遠い場所に居たため、被害がその程度で済んだのである。
あまりに唐突な事態に、一瞬我を忘れて愕然と宙を舞っていたが、反射的に構成を識って体を一転させる。
足元から綺麗に着地し、衝撃は魔術で和らげ―― 一瞬たたらを踏んだが、外傷も無く済んだのは彼の魔術師としての実力であろう。
しかし、その実力ある彼をもってしても、今回のこの襲撃に対し何も出来なかったのである。
構成の気配を感じてはいたのだが、それが爆発を結ぶまでがあまりに早すぎ、対応する事ができなかった。
魔術師が識られた構成に対処できない――こんな事は、滅多に起こるものではない。
何故ならば、魔術師が『構成』を知覚する感覚は、視覚や聴覚といった他の感覚より遥かに鋭敏に出来ているからだ。
例え攻撃用の構成を練り上げられたとしても、それに対処して防御なり、転移なりといった行動を起こすことが容易に出来る。
大概の魔術は、攻撃用のそれよりも、防御や転移といった対処側の構成のほうが構造も単純で展開速度も速いためである。

対応さえ取れないという事態が意味するのは、ただ一つ。
襲撃者と、ドアボーイの彼――彼我の実力には、圧倒的なまでの開きがあるということである。

その事に戦慄するドアボーイ。
血の気を失った唇を噛み締め、燃え上がるネフェル=テムを見上げていたが――唐突に気付く。
いつの間にか、着地した自分の周りに沢山の人が倒れている。
何人かを抱え起こして声をかけてみたが、反応は帰ってこない。
死んだものかと心が冷えたが、呼吸と脈拍はしっかりしている――単に気絶しているだけのようだ。
そして職業柄、人の顔を見れば忘れない記憶力は、倒れた人々の顔から名前を次々に引き出していく――
「お客様……それに、他のスタッフ……?」
皆一様に、爆発の際の衝撃で意識を失ってしまっているようだったが――幸い、大きな怪我人は出ていないようだ。
だが。
一体、これはどういうことなのだろう?
自分のように、爆発の衝撃で店外に吹き飛ばされた訳ではない。
もしそうだとするなら、ここに倒れ伏した人々は、あの瞬間に壁をすり抜けてしまったことになる。
妥当なところで考えられるのは、爆発の瞬間に誰か、店内に居た全員を一度に転移させたということだが――
距離はさほどないとは言え、これほどの大人数をあの一瞬で運ぶとなると大規模な構成を必要とするはずである。
にも拘らず、爆発に吹き飛ばされてから今までの間、構成が識られた様子はただの一度も――
だが客の一人が呻くような息を漏らした時、今は考え込んでいる状況ではない事にはっと気付く。
急ぎ思念の回線チャンネルを開き、保安局へとすぐさま通報すると同時――自分に出来る事を行う。
自身の記憶力の高さを活かし、今日あの時間に店にいた客とスタッフがどれだけここに倒れているのか確かめていく。
殆ど直感のようなものだったが、全員が例外なくここに転移してきたのではないかという予感がしていた。
その最中で、ふと顔を上げる。
倒れた人々の中に、あの二人組――『双隻眼』とその連れの魔術師の女性の姿が無い事に気付いたのだ。
もっとも、女性のほうはともかく、一人はあの『双隻眼』――そうそう簡単に死ぬような人物では無い筈であるが。

そこまで考えて。
一つの考えが、頭を過ぎった。
何故唐突に、こんな事を考えてのかは判らない。
根拠も何も無い、ただの思いつき。
再び、確認作業に戻るドアボーイだったが――


店内の客が外に弾き出されたこの現象は――構成が存在しなかったのではなく。
認識する事さえ出来ないほど、圧倒的な速度と緻密さで組み上げられたものだったとしたら。

――そんな、愚にもつかない考えが。

頭の中から離れなかった。




「で……どうしよっか」
夕食にどの店屋物を頼むか問うような軽い様子のトト。
燃え盛る店内に取り残されているという事も、思わず忘れてしまいそうになるほどの気楽さである。
「どうしたものだろう」
返すアトリの言葉にも、深刻さはまるで感じられない。
「襲撃を受けた側としては、姿が見えない以上はこちらから切り出せん」
「そういうところに、根本的な配慮の足りなさが伺えるわね」
「まったく粗忽な事だ」
真昼間から爆破テロを仕掛けてくるような手合いである時点で、粗忽も何もあったものではないのだが。
「その上――」
軽く肩でもすくめそうな様子で、銃口を上げて銃爪を引く。
空気が爆砕したような衝撃と共に叩き出された弾丸は、勢いを緩めず、炎に包まれた壁へと喰らい付き――
だがアトリの目に映ったのは、抉り取られるように陥没する壁面でも、吹き蹴散らされる炎でもない。
まるで鏡に跳ね返る光のように大型拳銃の弾丸が『弾き返され』、アトリの足元に深く孔を穿つ。
当たれば厚い鋼鉄の板でも穴が開くこの拳銃の弾丸が跳ね返るなど、まず真っ当な現象では無い。
「恐らくは結界か」
「かな? 炎……いえ、熱を媒介にして中から外への出入りを締め出してるみたいね」
 でもアトリ、よくこれが結界だって判ったわね」
「この勢いで炎が燃えていれば、とうに店内の酸素が消費され尽くしているはずだからな。
 だが……未だに呼吸に支障を感じない。なら、この炎の燃焼は既に物理現象ではない」
アトリの指摘した通り――自然に燃えているにしては、この炎は明らかにおかしな点だらけだった。
この建物は魔術を利用しているため、見た目に反して強度は非常に高い――少々燃えたところで、倒壊の危険はないだろう。
テーブルの残骸に灯った火や、先刻の襲撃者の放った炎の残滓などはどうやら本物の炎のようだ。
しかしこの店を包むようにして燃え盛るこの炎全てが本物の炎ならば、もっと店内は煙などが充満しているはずである。
「……ひょっとして、逃げられた?」
「それなら、単にこの結界を無理矢理破って終わりにするんだがな」
手の中に納まった相棒――その重さと存在感を、確かめて。

「――第二幕、開幕か」

瞬間、アトリの周囲を取り囲むようにして中空から次々に出現する炎――
螺旋を描くように錐揉みながら、銃弾にも匹敵する速度でアトリへ向かって猛り狂う。
しかしその時には、既に横手へとアトリは身を投げ出しており、その残像を追う事で手一杯だ。
跳躍したまま器用に身を捻るなり、こちらを追いかけるように方向転換した炎へ向かって、鋭く弾丸を叩き込む。
象さえ仕留めるこの銃は、弾道の衝撃波だけでも人一人を昏倒させる威力を秘めている。
大気ごと食い散らかされた炎が次々に消えて――だが、後一歩という所で火線が止まった。
弾切れだということを、炎が理解できたのかは不明だが――新たに生まれた炎達も含め、隙を狙うように八方から襲い掛かる。

そこからは、コマ落としのような一瞬の連続だった。

その長躯から考えられないほどの柔軟性で、一転するアトリ。
次々に中空より精製され、重なり合うように螺旋を描く炎。
腕を振るった瞬間――乾いた音と共に、銃把から抜ける弾倉。
迸り、空気を焦がして迫る火炎。
咄嗟に腰元へ、空いたもう片方の手を伸ばし――引き抜いたのは、黒光りするもう一丁の“銃”。

それはアトリが手にしていた銃と、鏡合わせに反転したような同じデザインと、対照的な色。
同時に左袖の奥から、弾けた音が響き――手首に仕込んでいたギミックで、白銀の銃に弾倉が再装填される。

地面を踏みしめる音と、空の弾倉が落ちた小さい音が重なって。


轟音が連続した。


倍に増えた弾幕に、一瞬で蹴散らされる炎達。
だがその銃口は、彼に牙を剥く炎へと、直接向けられたものではない。
その為に完全に相殺する事が出来ず、砕け散った螺旋の欠片が容赦なく喰らい付く。
服に刻まれた付与魔術の力でそれほど重傷には至らないものの、次々と刻まれる火傷の裂傷。
痛みに顔色一つ変えず、アトリが弾丸を叩き込んでいるのは――しかし、何も存在しない空中。
『双隻眼』にあるまじき、まるで気がふれてしまったような行動。
だが、よく目を凝らせば。
彼の銃口は、決して弾丸を無駄にばら撒いているわけではないことに気付いたはずだ。
彼の銀瞳は確かに何かを『見据え』、狙いを定めて銃爪を引き絞っていた。
やがて根負けしたのか、最後に残った炎の欠片が頬を掠めて消滅する。
『最後』――そう、あれほど次々に精製されていたはずの炎が、何時の間にか消え去っていた
最早残っているのは、鳴り止まぬ銃声だけ。
真摯に何かを見据え銃爪を引き続ける彼の様子は、まるで弾幕によって、生まれようとする炎を先んじて仕留めているかのよう――


トトには、判っていた。
未だ魔術は発動され続けている――それを遮り、打ち消しているのは、紛れもなくアトリの銃撃。
彼の射線の、その先で――撃ち抜かれた構成・・が次々に霧散する様を、知覚していた。


アトリは、見据えていた。
構成を知覚する事ができるのは、この世でただ魔術師のみ――だが彼は魔術師ではない。
彼がその銃で撃ち貫いていたのは『構成』ではなく――水面のように空間を揺らす波紋・・――


――ペネトレイター達が、歴史の表舞台へと現れる少し手前。
人と魔術師の共存という、理想の為の力――『銃』の開発には成功したが、まだ魔術師と戦う事への不安要素は残っていた。
確かに銃は、魔術よりも圧倒的な速さで必殺の一撃を叩き込むことが可能であるし、ある程度の障壁なら力押しに破る事もできる。
しかし、もし彼らが『攻める』側でなく『受ける』側に回った時――
つまり魔術師側から攻勢に打って出てきた場合、元は人間であるペネトレイター達には致命的な弱点があった。
構成を知覚出来ない――魔術師がいつ攻撃を仕掛けてくるのか、全く予測が立てられなかったのである。
魔術師が詠唱を唱えたり陣を描いたりするのは、あくまで構成を識るための補助であって『必然』ではない。
事実、魔術の中には、全く何の予備動作も必要とせずに構成を識ることが可能なものも存在する。
いつ攻撃してくるのか判らない――それは言ってみれば、目を隠し、耳を塞いだ状態で立ち向かうことも同じ。
あまりにも、無謀すぎる。
識った構成が展開され『事象』となった時に知覚しても、既に遅いのである。
魔術に対処しようと思うのならば、なんとしても構成を識る最初の動作の時点で気付けなければいけない。

そこで考え出されたのが――構成を捉える感覚を、別の感覚によって代行するという手段。

槍玉に上げられたのは、『視覚』――すなわち『眼』であった。
手術によって眼球に付与魔術を与え、構成の情報を光に置き換える事で視覚野に存在を訴えかける。
かなり強引な手段であったが、少なくともこれで知覚する事は出来るようになった。
発動のタイミングさえ掴めれば、後は幾らでも回避のための対処の手段はある――
結論から言えば、その試みは大成功だった。
視覚によって捉えられた構成は、丁度水面を揺すった時に現れる波紋に非常によく似ていた。
空間を揺らし、歪められた景色――そんな現象は、自然環境化では起こらない。
そのため、どれほど鈍感な人物であっても、構成が識られている事に即座に気付くことが出来るようになった。
もっとも、本来ならば全く別の感覚で捉えるべき構成を無理矢理視覚化させたのである。
様々な弊害が報告されたが――何よりそうして知覚した構成は、魔術師の知覚する構成に比べ、取得できる情報に限度があった。
魔術師であれば、よほど難解な構成で無い限り、相手が行使しようとしている魔術がどういう事象を引き起こすか即座に判る。
しかしペネトレイターには、そこまで正確に構成の状態を把握する事が出来ない。
生じた波紋の『大きさ』と『強さ』から、どの程度の範囲に影響が出るのかという事がかろうじて分かる程度だ。

それでも、人間が魔術の発動に気づく事ができるようになったという点は非常に大きかった。
魔術師が認識する構成とその性質が大きく異なる、視覚によって把握された構成。
後に『波紋』と名付けられ、同一の存在でありながらも、認識によって使い分けがされるようになったのだが――
それから暫くして、ペネトレイター達の間で、当初は全く予期していなかった現象が報告されるようになったのだ。

それが『波紋崩し』と呼ばれる――構成の『破壊』である。

構成は、基本的に識った本人以外が干渉する事は出来ない。
対魔術用の魔術――いわゆるカウンター・マジックという類の魔術も、
干渉を起こすのは展開された構成に引き起こされた『事象』に対してであり、構成自身に対するものではない。
予め、構成を識る行為を助長・あるいは阻害するような魔術というものも存在しているが、
やはりこれも干渉しているのは構成を『識る』という『作業』に対してであり――構成そのものへの干渉ではない。
リアルタイムに織り上げている構成に直接干渉し、意味の書き換えや破壊を行うなどということは絶対に不可能である。
ところが。
ペネトレイター達は――この構成そのものに、物理的な行為による直接的な干渉が可能だったのだ。
何故そんなことが可能になったのかは、今もってしても明確な答えが出ていない。
一説によれば、視覚によって置き換えられた事で『ペネトレイター達にとって』の構成の在り方・意味が変質し、
その認識の差が構成への物理的干渉を可能としたとも言われているが――これもまた一説に過ぎない。
判っているのはただ、ペネトレイター達が認識した構成の姿――『波紋』は、
相当なエネルギーを必要とはするものの、物理的な衝撃によって、直接的な干渉を行う事ができるという事。
波紋はオリジナルの構成に比べ、その知覚の度合いはかなり劣化しているため、
与えられた意味の書き換えを行うような事は無理であるが――
衝撃を叩き付けることで意味を『破壊』し、無効化することならそう難しくはないという事。
そして、銃から発射された弾丸の持つエネルギーは、構成を破壊するに充分な力を持っていたという事だけである。




最後の銃声の残響音に――空薬莢が転がる乾いた音が重なる。
硝煙の香りが立ち込めるほどの弾幕の果てに、弾倉が外れ落ちる。
澄み渡った、静寂の中で。
一帯に広がっていた波紋は完全に消滅し――魔術は与えられた意味を完全に失い、霧散していた。
「――そろそろ、姿を見せたらどうだ」
弾をすべて撃ちつくしたままの姿で――アトリが、口を開く。
「力を小出しにしたところで、無駄だとまだ判らないか?」
新たに弾倉を再装填する、鋭い装着音。


「それとも――ただの『臆病者』か?」


――周囲を取り囲む炎が、勢い良く燃え上がった。
それはまるで、アトリのその台詞に激昂したかのような、猛々しい勢い。
『火の海』という表現が体現されたような、激しい炎の乱舞が――やがて空中の一点で、集約していく。

「声正しき者に守護を」
炎の中から響く、硬質な男の声。
「罪深き者に永劫の罰を」
集約した炎の中に佇む、長身の影。
「罪に正しき罰を与えるため、魂を喰らう獣アメミットに代わり」

その声は、滴り落ちる毒を隠そうともしない――計り知れぬ憎悪に満ちていた。

「貴様を断罪する――双隻眼のアトリ・イスカ」