No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater

双隻眼のアトリ・イスカ


第四話 ペネトレイター



眩暈がするほどの人の流れの中を、上手くすり抜けるようにして歩きながら――小さく、ため息を洩らす。
それは、人心地ついた安堵感を、いつもと変わらないこの街並みの中に感じたからかもしれない。
そんな事を胸中で考えながら歩いていたのは、ウェイトレスとして働いていた少女であった。
格好は普段のものに戻っている――店長の計らいで、今日はもう仕事を切り上げていいということになったのだ。
あの騒動の始末に保安官が立ち入るため、今日はもう仕事にならないことと、巻き込まれたことへの配慮もあるだろうが――
(店長、あの人と知り合いっぽかったしなぁ……)
あまり彼の交友関係等には詳しくないが、ともすると積もった話の一つや二つあるのかもしれない。
「友」と呼ぶには少しばかり年齢が開きすぎているような気もするが。
(アトリ・イスカ……『双隻眼』、か……)
つい最近、田舎から来たばかりであるため、あまり世間の事情に詳しくないことは自覚している。
あの男達の驚き振りから察するに、相当有名人なのだろうけれど――残念ながら、彼女には思い当たる覚えが無かった。
(にしても……凄い人だったなぁ……)
あれだけ人の目を惹く見た目でありながら、絶妙のタイミングで現れた所といい、一騎当千の強さといい。
男達と同じ、銀の弾丸シルバーブリットの首飾りも――彼が提げていると驚くほどよく映えていたような気がする。
(王子様って言うには、ちょっとばかし変わった人だったけどね)
冷たい……というわけではないのだが、あの感情の読み取りづらい表情に少ない言葉数。
金の瞳が見えているときと、そうでない時との雰囲気の違い。
あれはそう、例えるなら――

(いろんな角度からの光に鮮やかに色を変える――水晶の欠片みたいな人だったな)

日常という喧騒の中に溶け込みながら――彼女はふと、そんな感想を抱いた。




「通報を受けて参りました。メンフィス保安局二等保安士、階位『ハムサ』のフィリップ・ケードです」
店長の通報に応じてやってきた保安官は――アトリとそう年の変わらないような青年だった。
短く刈った金髪に、謹直な表情。折り目正しい挨拶と共に敬礼するその姿は、若手保安官の鏡のようである。
だが、共に訪れた他の保安官達に鋭く指示を飛ばしている姿を見る限り――引き連れた保安官達の責任者のようである。
現場に出ているという事はノンキャリアなのだろうが、まだ若い身で現場の責任者という事は、相当やり手のようである。
「こちらでペネトレイター達十数名が暴れていたとの通報を受けましたが――」
「半数以上は逃げた。……残っている面子は、それで全部だ」
アトリが指差した先に転がる、縛り上げられた男達。
通報してから今までの間に、抵抗できないように両手足を固く縛り、口には轡をかけていた。
入れ替わるようにして店長が渡した木箱の中に、彼らから取り上げたガンベルトと――彼らが提げていたペンダントを確認して。
「ご協力、感謝します――……と……ひょっとして、貴方も?」
アトリの胸元に輝くのは、彼らと同じ銀のペンダント。
「ああ。……俺も――『ペネトレイター』だ」

『ペネトレイター』。
それは、かつて――まだ魔術師が人間を『劣性種』と蔑み、家畜のように扱っていた時代に産声を上げた存在。
魔術師達による、人間の弾圧と支配――その状態が健全ではないと思っていたのは、蔑まれていた人間達だけではなかった。
他ならぬ、支配者側の魔術師達の中にも、この不当な差別と支配の関係を憂い、打開しようと試みる者達がいたのだ。
だが、その数は決して多数派であるとは言い難く、彼らだけが息巻いただけでは、根本的な解決にならないことも理解していた。
立ち上がるべきなのは、人間だけでも、魔術師だけでもなく――双方が共に手を取り合い、変えていく。
その意思こそが大切なのだと。
だが、理想はそうであっても、現実にそう在るためには様々な問題が横たわっていた。
その際たるものが、魔術師が人間に対し持ちうる一方的な優位性――即ち"魔術"の存在である。
魔術師が人間を弄び、葬る手段は山とあるにも関わらず、人間は対抗する術を何も持ち得なかったのだ。
そこで、魔術師達は――人間が魔術師に立ち向かうための武器を作ることから始めた。
剣も弓も、いとも簡単に防いでしまう魔術師に優位性を持ち、そして『殺す』ことの出来る武器。
研究の末、完成した武器――それこそが“銃”である。
魔術師が障壁を展開する前に、放たれる鋼の弾丸は容易く肉を裂き、骨を穿ち――確実に、屠る。
誰よりも魔術師の事を知っている、他ならぬ魔術師達本人が作り上げただけあって、銃の力は絶大的なものだった。

そして、銃という名の“抗う力”を手にして。魔術師達と戦った者達が。
『ペネトレイター』――『貫く者』と呼ばれた者達なのでである。

例え、個々の力、銃一丁の力には限界があろうとも。
魔術師に抗うための『力』を手に入れた――その事実は、人間達の心に『強さ』と『意地』を生んだ。
ただやられるだけの人間達が剥いた、鋭い牙の存在に――魔術師達は動揺し、揺さぶられた。
そして、長い長い戦いの後――ついに魔術師達は人間に破れ、彼らは自らの手で、人としての尊厳を取り返したのだ。
その先頭に立ったのは、やはりペネトレイター。
彼らは、人間達の戦いの中での最大の功労者であり、人間と魔術師との共存を望む両者の間の架け橋でもあった。
腰に帯びた銃と、首から提げた銀の弾丸――それは自由と開放の象徴として、人々の強い憧れとなり。
ペネトレイター達は世界中の人間全てにとって、誇るべき英雄として、称えられた――

はずだったのだが。

「幸い、今回の場合は怪我人や死人が出ることは無かったようですし……巻き込まれた女性の方は災難でしたが。
 それもこれも、貴方がこの場で彼らを諌めてくれたおかげです。重ねて逮捕へのご協力、感謝いたします」
フィリップが頭を軽く下げるその後ろで、彼の部下の保安官達は、手馴れた動きで彼らへとそっと腕を翳す。
二言三言、そっと言葉を紡いだ瞬間――保安官達の掌から、突如として現れた水の塊。
それらは細い縄のように撓ると、まるで意思あるかのように男達を雁字搦めに縛り上げていく。
「我々魔術師では、ペネトレイター犯罪に対してどうしても後手に回らざるを得ませんから」


時代は変わった。
人間と魔術師の確執は、流れた数十年という年月の重みに埋もれ――
かつては魔術師達の聖地と呼ばれたメンフィスも、今では人間も魔術師も共に並び、街を楽しんでいる時代である。
ここに来た保安官達も、フィリップを含めて全員が魔術師で構成されている。
確かに、人間のそれよりも――こういった局面において、強大な力を持つ魔術師が治安に当たるのは適任といえるが、
魔術師が人間の平和を守るというこの構図は、かつての時代からはとても考えられないものであったに違いない。
魔術師は、特殊な力を持った『人間』である――それが世界共通の見解となっている現代。
今の世代の魔術師にとって、外見的な差異の殆どない人間を劣性種と叫び、迫害する事は理解に苦しむものだった。

そして、魔術師がそうある以上――ペネトレイター達もまた、社会的なその存在位置を変えざるを得ない状況になった。
確かに今でも、面従しているだけで、人間に対しての強い差別意識を持つ魔術師もいる。
特に血筋の長い魔術師にはその傾向が強く、今でも秘密裏に迫害行為が行われている地も残っているのだ。
そういった局面においてはペネトレイター達の出番があるものの、近頃ではそれも随分と稀なことになっている。
抗う意味を失った今、抗う力として戦い続けたペネトレイター達は――その存亡の危機に晒されたのだ。
歴史の功労者達が、このままでは日々の食事さえ危うくなる。
――その危惧に、魔術師達が取った苦肉の策。
それは、人間達の解放運動後――中心となってその活動を進めてきた魔術師達を核として、
新たに設けられた統治機関『魔術師協会』に直属する特殊な派遣構成員として全てのペネトレイターを接収。
そして、協会が用意した様々な『依頼』――要人護衛や商隊の護送、人間の犯罪者の討伐などといった依頼を請け負わせ、
依頼内容の難度と成功に応じ、見合っただけの報酬を払うという、言ってみれば傭兵業の真似事のようなものだった。
だが、元々魔術師達さえ圧倒する"銃"という戦闘能力を持ち、幾度とない困難な任務を潜り抜けた彼らは、
そういった護衛や傭兵として力を振るっても、非常に優秀な存在であった。
最初は魔術師協会主催の任務ばかりだったものが、次第に有力な魔術師や豪商へと移り、世間へ依頼者は浸透していき――
瞬く間にペネトレイター達は、様々な場面で引く手あまたの存在となった。
そういう点で、この試みは成功を見たとも言っていい。

だが――代わりに、看過できぬ『歪み』も抱えてしまうこととなる。
それが、他ならぬペネトレイター達による犯罪行為の増加である。

ペネトレイターへの依頼は、基本的に魔術師協会の審査を通し、その上で行われるのが通例だが――
当然ながら、それを介さない依頼――非合法の依頼というのは、需要として存在する。
合法的なものよりも当然ながら危険度は上がり、代わりに通常の依頼よりも遥かに高い報酬が確約されたものが殆どだ。
そして、そういった需要が存在するならば――それに応じようという者がいるのが世の常である。
金銭さえ積めば、たとえ非合法な犯罪組織の依頼であろうと引き受けるペネトレイター達は少なくないのだ。
ペネトレイター達が、その特殊な立場上――様々な特権と恩恵を受けているという事も、それに拍車を掛けていた。
例えば任務中の寝食代の免除といった実用的なものから――程度にもよるものの、例え人を殺しても罪にはならないといった超法規措置。
これらはペネトレイターの存在が在り続けるためには不可欠の要素であるため、どうしても彼らから奪うことが出来ない部分でもある。
優位性がもたらす、気の緩みと精神の腐敗――かつて魔術師が陥ったその病に、今度はペネトレイターが虜にされてしまったのだ。
しかも、彼らは魔術に対し"銃"という圧倒的なアドバンテージを持っているのだ。
例え、治安部門に多くの費用と優秀な人材を派遣していたとしても、まるで抑止力にはならなかった。
現在、魔術師協会はペネトレイターの認知試験を狭き門にすることによってモラルの低下を防ぎ、
犯罪者予備軍がペネトレイターとしての資格を易々と取得できないように手を回しているものの、
その前に大量に世に送り出されてしまったペネトレイター達――先刻の男達のような厄介者を、随分と世に放ってしまった。

犯罪行為を犯すペネトレイターを始末するため、ペネトレイターが雇われる――そんな皮肉な構図さえ、現在では珍しくないのだ。


だが。
全てのペネトレイター達が、そんな風に身を崩してしまっているわけではない――


「このことは保安庁を通じて、協会へと報告しておきます。……宜しければ、名前の方を伺えませんか?」
「アトリ。アトリ・イスカだ」
アトリ・イスカ――その名前を聞いた途端、フィリップの目が軽く見開かれる。
「アトリ・イスカ――まさか『双隻眼』の!?」
『双隻眼』――それは男達を、恐怖の谷底へと突き落とした異名。
だが、彼が次に浮かべた表情は恐怖などではなく――憧れの人に出会えたような、尊敬を含んだ眼差しだ。
「『双隻眼』――その雷名は、兼ねてから伺っておりましたが――貴方がそうなのですか!?」
「雷名かどうかは知らんが……一応、その名で呼ばれているのは俺だけだったはずだ」
控えめに呟くアトリに――フィリップの方は、まるで童心に返ったように瞳をきらきらと輝かせていた。
「双隻眼……最年少・12歳という若さでペネトレイターとして銃を握り、様々な困難な任務を全て成功に導いた最高のペネトレイター。
貴方が銃を握るようになって、十年以上の年月が流れた今でも――貴方を越えるペネトレイターはいないと思ってます!
ああ――私、貴方に憧れて警備隊に志願したんですよ! 貴方のように、人を守る力となりたいと思って――すみません、握手宜しいですか?」
息巻くフィリップに、あくまで淡々と接するアトリ。
こんなものに何の価値が、と言いたげにひょいと差し出された手を――まるで宝物のように、フィリップは強く強く握り締めていた。

全てのペネトレイターが、あの男たちのような馬鹿というわけではない。
かつての時代を思い出させるような、圧倒的な強さを持つペネトレイターも存在する――
そういった者達には、『二つ名』と呼ばれる異名が送られるのである。
それは何らかの特殊な階級や特権というものではなく、人々の口から自然と名付けられ、定着するもので――
言い換えれば、二つ名を持っているペネトレイターはそれだけ有名な存在であるということだ。

アトリの『双隻眼』も二つ名であった。
金と銀、互いに色の違うその異様な双眸――気付けば誰彼と無く、『隻眼を双つ備えた者』双隻眼と呼ぶようになった。
基本的には、どんな依頼でも受けるのだが、彼を伝説的な存在に押し上げたのが――圧倒的に多くこなしてきた『犯罪者の『始末ペネトレイト』』。
魔術師・人間・ペネトレイター―― 一切を問わず、桁違いの数の犯罪者を貫いてきたのだ。
双隻眼の名に犯罪者達は例外なく震え上がるという噂も、先刻の情景が示したように、決して誇張などではなかった。




「……俺はそんなに高尚なものか?」
フィリップ二等保安士達が引き上げた後――舞い上がった様子を思い出しながら、アトリはぽつりと呟く。
「働かないと食い扶持に困る……邪魔をする相手を蹴散らす。……それぐらいしかやっていない気がするんだが」
「何を仰いますやら……貴方が仕留めてきた犯罪者達がいなくなったおかげで、どれほどの人が救われたことか」
「そんなものか……」
店長の言葉に――アトリは手元のグラスを傾け、感慨深げに目を細めた。
「まあ、それで社会の役に立っているなら……悪い気はしないさ」


様々な問題を抱えるペネトレイター達だが――
それでも、彼らがいるからこそ――護られている平穏もある。

そして、彼のようなペネトレイターがまだ残っているからこそ、未だ子供達にとって“銃”は憧れの存在であり――


ペネトレイターを志す者は後を絶たないのだ。