No.03-EX02 Alfail story Episode Penetrater
双隻眼のアトリ・イスカ

第一話 観光都市メンフィス

『燦々』などという言葉では生易しすぎる輝きで、太陽は青の天蓋にもたれかかり、地表を見下ろしている。
灼熱に陽炎立ち上るその様は、まるで地上を這い回る人間を嘲笑うかのようだっだが――
彼の眼下に広がる街は、そんな熱気を弾き返してしまうほどの活気に満ち溢れていた。
大きな道の両脇にびっしりと露天商が並び、布で作った日陰の下、世界各地の珍しい品が顔を見せる。
まるで祭りのような活気に当てられ、すっかり舞い上がった子供を優しくたしなめる母親。
その横で色鮮やかな布地を幾重にも重ね、大胆に胸元を開いた妙齢の女性が露天の品を物色している。
カップルで訪れている若い男女連れもいれば、ガイドを片手に純粋に観光を楽しんでいる中年の観光客。
たまの休日の気晴らしに、財布の紐を緩める少女――各々が各々なりのやり方で、この街を満喫していた。
大都市メンフィス。
人と物がまるで大河のように流れ着く――『湖』と呼ばれる、この街。
夜も昼も眠る事を知らない大観光都市は、元々世界有数の長い歴史を持っている古都でもある。
灼熱の日差しに乾燥、雨もほとんど降らない――そんな気候を生かした日干し煉瓦の堅牢な街造りから、それは伺えるだろう。
都市計画に基づき建てられたそれらの家々に、此処最近で急増した木造の建築。
こちらは、近年になって街の外から移住してきた商売人達がこぞって建てたもので、並ぶと少し変わった景観が広がっている。
何故そのような不思議な町並みをしているのかといえば、数十年前までこの街は『閉じられた』街だったからだ。
この街が観光都市として開かれたのはつい数十年前のことであり、それまでこの街は外部からの不特定多数の干渉を拒んでいた。
街の増改築や住民の移住も、その全てが計画され、厳重な体制の中に管理されていた。
だがそれも無理もあるまい。
この街は、かつて閉じられていた頃『世界の中枢』だったのだ。
すなわち――魔術師達による、支配体制の中枢として。
『魔術師』――それは『魔術』と呼ばれる不思議な力を操る者達の総称である。
何も無い所から炎を生み出し、地平の果てに針が落ちる音さえ聞き分け、一瞬でその身を遠所へと転ずる――
そんな夢物語も、現実へと変えてしまう『力』は、しかし万人に与えられたものではなく。
血筋、資質、素養――何が分つのかは判らないが、限られた一部の者だけにしか扱うことが許されぬ力だった。
そんな力であったからこそ、魔術を扱う者達が次第にその力に酔いしれ、
自身さえもが『選ばれた存在』だと思うに至ったのは仕方の無いことだったのかもしれない。
やがて始まる、魔術を扱える者達による、そうでない者への蔑みと差別。
魔術師達は自身の事を『優性種』と名乗り、魔術を持たぬ者達を『劣性種』と蔑み――まるで家畜のように扱い続けた。
長い長い、暗黒の時代――魔術と文明は日々進歩を続けたが、その裏でどれほどの命が犠牲にされ、悲しい運命が綴られたか――
今のこの活気に満ちたメンフィスの街並みから、想像することは難しいかもしれない。
人が集まるという事は、即ち娯楽の需要が高まるという事。
流石に表の大通りに、歓楽街紛いの施設は置かれていないが――酒場などであれば別だ。
見れば何軒かは、昼間から開いている店もある。
これだけの人の流れと需要があれば、皆多少の良識には目を瞑ることが暗黙の了解だった。
大通りの一角。
街道に面した位置に建つ、木造の一軒。
ここもそんな需要に応えるため、観光都市化の波に乗じ店舗を開いた酒場の一つだった。
まだ昼間であるというのに、狭い酒場は人で賑わい――街行く人を横目に、上機嫌にアルコール交じりの息を吐く。
備え付けの灰皿が小山になるほど吸われた煙草の煙は、まるで薄く霧が発ち込めているかのよう。
薄暗くなった店内で、あまり品のいいとは言えない類の男達が脂まみれの歯を剥いて笑う有様は、世辞にも上品とは言いがたかった。
健全な精神の持ち主なら、まず関わりあおうとしないだろう厄介者達――だがそれでも、客には違いない。
カウンターの中で一部の隙無く制服を着こなし、グラスを磨く老バーテンダー――この店の店長。
その姿は、どちらかといえばこんな場末の安酒場といった雰囲気の店よりも、もっと静かな呑み屋の方が似合うはずだが、
『お客』ならばそのモラルはさほど問わないのか――自分のペースを崩さず、黙々とグラスを点検していた。
「――っ!?」
店内で働いていた、小柄なウェイトレス――この粗野な客達を目の前に、それでも営業スマイルで給仕をしていた彼女の顔が引きつる。
テーブルの合間を通り過ぎようとした時、そこに座っていた男の一人が彼女のお尻を露骨に撫でたのだ。
まるで悪びれた様子も無くへらへらとした笑みを浮かべる男を、射抜くように睨む。
意志の強そうな瞳は、大概の男なら目を合わせた瞬間、軽く後ずさりそうな眼光を秘めていた。
しかし男の方は、彼女の視線に怯んだ様子も無く――にやついた笑みをその顔に浮かべ、視線で他の男たちに指示する。
彼に促されるように、テーブルを立つ数人。
その様子に、彼女は反射的に彼らの行動を予測し、逃げようとしたが―― 一足遅かった。
男たちは彼女を挟む壁のように取り囲むなり、その細い腕と肩をがっちりと掴み、拘束する。
「連れないなぁ、お譲ちゃん。オレ達は客だぜ? 金払ってる『お客サマ』のために、一肌脱いでくれてもバチは当たらねぇぞ」
「嫌っ……止めてください!」
嫌悪感を露にして叫ぶウェイトレスだったが、それをあざ笑うかのように、男たちの手がブラウスやスカートへと伸びる。
行き過ぎたその行為に、言葉だけではなく、体を使って全力で抵抗する彼女だったが――
「――逆らうんじゃねぇよ」
男は声の温度をぐんと下げて。
「判ってんのかお前。オレ達が一体“何”なのか」
その言葉と共に、男は首から提げた小さなペンダントを示す。
細い銀鎖に繋がれた、一粒の銀の弾丸。
傍目にも彼には似合わないアクセサリーだったが、見れば彼女を包囲する男たち全員が同じものを提げている。
そしてペンダントを見た途端――彼女の抵抗がぴたりと止んだ。
「そうそう。……オレ達は『ペネトレイター』様々なんだ。
判ったら、そうやって最初からおとなしくしてればいいんだよ」
ぺちぺちと頬の辺りを叩きながら、男は下卑た笑みを浮かべる。
そこで一転して、店長を鋭く睨むなり――凄みを利かせた声で。
「保安官を呼んでも無駄だぞ――判ってんだろうな、そこのオッサン」
先制して釘を刺され、非常用の呼び鈴に手を伸ばしていた店長の動きも止められてしまった。
……そして、青い顔で唇を噛み締めたウェイトレスにゆっくりと向き直る。
「恨むんなら、そんな扇情的な身体で生まれてきた自分を恨みな」
ブラウスの胸元を、両手で掴む。
顔を背け、歯を食いしばったウェイトレスの瞳から――羞恥と嫌悪に涙がそっと零れ落ちた。
だが、男が手に力を込め――そのまま一気にボタンを引き千切らんとした、正に寸前。
軋んだ音を響かせて、スイングドアがゆっくり開いた。



