人妖弾幕幻夜 東方永夜抄 〜 Imperishable Night.
Keine Kamishirasawa & Mokou Huziwara
-不器用な手で紡がれた、優しい“歴史”に想いを馳せて-

4.変わりゆくもの、変わらぬもの
「多分、今日明日の事では無い……とは思うが、正直言えばその確証も無い。
知らないんだ、私は。この身の寿命が、果たしてどれほどのものなのか」
私は両親の顔を知らない。
両親が存在したのかどうかさえ知らない。
どの様にしてこの身が生れ落ちたのかを知らない。
我が身の根源が、果たして何処に在るのかを知らない私は。
同じように、我が身の終焉がいつの事になるのかを知らない。
あと百年、千年を重ねられる身なのか――あるいは、明日にも潰えるのか。
『人間と白沢の半獣』の寿命など、調べようにも手段が無かった。
――私以外に前例が無いのに、想像するための指針、検討するための材料をどこから得るというのか。
「もっとも、畳の上で死ねるとは限らない……。
事故か何かで命を絶たれる可能性もあるのだし――
『いつ死ぬか』など、考えても仕方の無いことだというのは判っている。
だが……先の事と楽観するには、この身は齢を重ねすぎた」
人間は無論のこと――純粋な妖怪達と比べてさえ、私が重ねた年月は長い。
肉体に衰えを感じたことは無いが、死を前に何らかの予兆が現れると決っているわけでもない。
この身が、不老などではないこと。
最初からそんなことは、判りきっているというのに。
いざ――こうして向き合った時、心を占めた一番の想いは。
「……悔しいな」
――この身が、悔しい。
「人間達が、精一杯に生きた“証”に……もう、なってやれない事が」
産声を上げてから、終焉を迎えるその時まで。
精一杯に生き、思い、悩み――時に幸せに笑い、時に悲しみに心痛めて。
そんな人間達一人一人との記憶……それは生きた事の“証”となって、消えず私の胸に残っている。
だが……それも、この身が失われることで。
「彼らに、二度目の『死』を与えてしまうこととなるのが……悔しい」
沢山の『死』を看取る中――『死』は二度訪れるものだと知った。
一度目の死は、人生の幕引きに訪れる。
等しく誰にも訪れる、逃れることの叶わぬ『肉体の死』。
どれほど抗おうと、受け入れるしかない……一つの終焉。
二度目の死が訪れるのは、肉体が死を迎えた後の事。
誰からも思い出されることが無くなった時に迎える『存在の死』。
想いを託すことが出来ず、何も残すことが出来ず……かつてこの世に生きたことさえ、その『死』の前に否定される。
それはあまりにも――辛く、悲しい事。
私は人間達に、そんな悲しみを感じさせたくはなかった。
「だが……如何に悔しくとも、私も死からは逃れられない」
一つだけ、方法がないわけではない。
すぐ傍にいる親友は、正にその『死』から逃れた存在だけれど。
私は『永遠』は望めない。
――望むわけには、いかない。
長く生きていたいと願っていても、『不死』になってしまった瞬間。
今まで死を看取ってきた人間達全てに――会わせる顔を無くすから。
「――今日、妹紅をここに連れて来たのは」
呆気に取られたように、眼を見開いた今の妹紅に。
私の抱えるこの想いを、どうやって伝えればいいのだろう。
明日のことかも知れず、あるいは遥か遠い未来の事。
まだ話すには早すぎたのかもしれないし、最早手遅れなのかもしれない。
それでも、この選択に。
彼女をここに連れてきたことに。
「お前に見て欲しかったから」
――衝動に似たこの想いに、迷いは不思議と感じない。
「私に代わってここの事を任せたいとも、彼らに想いを馳せてくれと言うつもりはない。
妹紅にとっては、顔も名前も知らない相手だ……いくらなんでも、その頼みは度が過ぎている。
ただ、お前には見て欲しかった――私の築いたこの場所を」
私なりに考え、形として残す……彼らが生きたことの“証”。
「ただの自己満足の産物かもしれない。全く無意味なものだったのかもしれない。
もしそうなのだとすれば、また新しく……私が失われる前に、何かの形を世界に成そう。
ただ……妹紅に見て欲しかった。知っていて欲しかった。
人間達の事を想い、彼らの為に悩みながら……手探りで為した様々なことを」
きっと、知って欲しかったのは。
私にとっての――
「――私が世界に生きた“証”を。妹紅に知って貰いたかった」
伝えるべきこと。
伝えたいこと。
全て伝えた。
言葉は、無い。
今の私の心の中に、言葉は何も浮かばない。
妹紅は私を見つめ返して、そのまま口を開こうとしない。
二人を包み込む様に、すすきの原がざわめく。
その音はかえって、私達の合間に漂う静寂を強めている。
そうして、長い。
長い沈黙の後に――
「……馬鹿」
肩の力を抜くように。
妹紅は、ふわりと笑っていた。
「忘れないわよ、誰一人。――二度目の『死』なんてやってこない。
慧音の心の中にある、色んな人間達との記憶は……慧音にとっても欠かせないでしょ?
なら、慧音との記憶を通じて。慧音を通して――人間達の心の中に、その“証”はしっかり残る。
慧音がくれる優しさを、人間達が忘れない限り――慧音と関わった全てのものは、二度目の死なんて迎えない」
黄金の輝きの中、優しい笑顔を浮かべながら。
「それに……もし、人間達が恩知らずにも――慧音の事を忘れたって。
私はずっと覚えてる――死ぬことの無いこの私が、慧音の事を覚えてる」
私が一番、欲しかった言葉を。
「私がここにいる事が――慧音の生きた“証”になる」
まっすぐ、届けてくれる――
「……妹紅」
彼女をここに連れてきて。
「私はやっぱり、卑怯だよ」
彼女がここにいてくれて――よかった。
「その言葉が聞きたくて――お前をここに呼んだのだから」
笑顔を浮かべたその瞳から、大粒の雫が零れ落ちる。
今の私の気持ちみたいに、透明な涙の粒は。
秋空の黄昏、風にさらわれ――どこまでも高く、輝いて溶けた――
