人妖弾幕幻夜 東方永夜抄 〜 Imperishable Night.
Keine Kamishirasawa & Mokou Huziwara
-その“証”を記す、歴史喰い-

5.その“証”を、己に記す者
泣き疲れて、すっかり眠ってしまった子供を背負い、妹紅と共に山を降りた時。
空はすっかり晴れ、雪は止んでしまっていた。
麓で待っていた母親に、子供を預け――私と妹紅は、そのままの足で帰路につく。
燃えるような夕日を、雪が弾いて――辺り一面、紅の夜空のようにきらきらと輝いていた。
「……すっかり、汚れちゃったわね……その服」
「……ん、そうだな」
自分の格好を見下ろし、心の底から私は頷く。
ただでさえ、山の奥にドレス姿で踏み入ったのである。
頭に被せていたヴェールは、走っているうちに落としてしまった。
裾はすっかりぼろぼろに裂けていたし、一切遠慮なく大泣きに泣いた少年の涙と洟で胸元はどろどろだ。
ハンカチで一応、拭き取っていたものの―― 一時間以上に渡って泣き続けたその跡は、拭った程度では誤魔化せない。
……しかし――
「これくらいなら、洗って繕えば済むことだろう? 大した問題じゃないさ」
私の言葉に、妹紅は何故か苦笑を浮かべた。
「……にしても、凄かったわね……あれ」
「……何のことだ?」
「あの子を説得した時のあれよ。……よくあんなのがすらすら出てくるわね、貴女って」
「……凄い……のか?」
「慧音……貴女本当、自覚無いの……?」
別にすらすらと出てきたわけではない。
少年がどんな想いで、あの場所に駆けたのか。
一体、何が悲しく――何が辛いのか。
心に感じ取った事を、そのまま口にしただけなんだが……。
「あれよりよっぽど上手く言葉を纏められる者はごまんといると思うぞ?」
「何言ってるのよ。ああいう感じだから、心に響くんじゃない」
……そういうものなのだろうか。
白沢としての知識の中にも、そういったものは一切含まれていない。
「それに。……忘れたとは言わせないわよ?
あの子がいなくなった場所のあんな道、どうやって見つけたのよ?」
……まあ、確かにあれは、私でなければ出来なかったわけだが。
それも恐らく、彼女が考えているものとは違う――
「あれば別に、特別なことでも何でもないぞ? 単にあの場所を私が知っていただけだ」
「……そうなの?」
「ああ。親は子に、子は孫に似るというやつさ……彼女と初めてあった場所が、あそこだったからな」
――私のその言葉を聞いた時。
妹紅がぴたりと、その足を止めた。
驚愕に軽く目を見開き、私を見つめ返す――
「……彼……女……?」
「……む……お前には、言ってなかったか――?」
――見舞いに向かった、あの日の会話を。
私は、そっと目を細めて思い返す――
―――……随分、落ち着いているのだな―――
―――ふふ……私ももう、米寿を迎えました。それに……あの子がいますからね。心細さはありませんよ―――
―――そう、か……―――
―――……ただ、一つだけ……心残りなのは―――
―――判っている。……お前が亡くなった後も、私はあの子を……お前のいた“証”を護り続けてやる―――
―――……ありがとうございます―――
―――…………本当に…………ありがとう―――
―――慧音――お姉ちゃん―――
「亡くなった彼女とは――彼女がまだ、あの少年と同じぐらいの年の頃、何かと面倒を見ていたものだからな」
――妹紅はただ立ち尽くして、何も言い出せないようだった。
ただ、気まずそうに言葉を捜し――それでも言葉が見つからず、悲しげな表情で私を見つめる。
妹紅が何を思っているのか。
何を言いたいのか、判らないわけではない。
その誕生を喜び、慈しみ――後を追うように、眼を輝かせていた子供達が。
私よりも――ずっと早く老い、私を置いて亡くなっていく。
その事が痛くないと言えば、嘘になる。
だが。
「……そう、不安そうな表情をするな――私は、大丈夫だ」
――この胸に、痛みが残るとしても。
離別の悲しみが――これからも、続いていくとしても――
「――それだけ、私は人間が好きだということさ」
それでも私は、人間を護りたい。
離別と同じ数だけ存在する、出会いに。
思い出を共に抱く、あの暖かさを――嬉しく、思うから。
「……そう、ね」
私の言葉に、やがて妹紅は――微笑を浮かべて。
「慧音は、そういう生き方が―― 一番、活き活きしてるものね」
何処か、呆れ果てたような――ふっと、苦笑するような。
それでいて、暖かな微笑みが。
夕日の紅に、暖かく照らされていた。
「……ねえ、慧音」
「ん?」
「あの子にショール、かけたままだったじゃない? 首元、寒そうよね――」
口早に言うなり――妹紅は自分のマフラーを解き、私の首へとかける。
たっぷりとした長さを持っていたマフラーは、私の首にゆったりとかけて、まだ余裕があった。
その余分を、妹紅はそのまま自分の首へと手早く巻きつけてしまう。
「ふふ――これで、お揃いでしょ?」
悪戯っぽく笑って――私の腕に絡むように、ぎゅっと抱きついてきた。
「ど、どうした妹紅――いきなり?」
「んー……まあ、いいじゃない。そういうときもあるのよ♪」
悪戯好きな少女のような表情で、ぺろりと舌の先を出す妹紅。
唐突な行動に、戸惑いながらも。
……こんな、彼女の優しさに――私は心の中で、静かに感謝していた。
幻想郷の人間達の間で、阻害や迫害を受けたことは無い。
むしろ、彼らの心の温かさは――私自身でも自覚していなかった『外』での心の傷を癒してくれた。
彼らと共にいて、苦痛を覚えたことは一度だって無い――
それでも。
時折、どうしようもなく――孤独な感傷に、揺れることがある。
特に、今日のような日には。
「慧音……今日は久々に、呑まない?
半年ぶりに会ったっていうのもあるし……今日はとことん、付き合うわよ?」
「そうだな……」
……彼女には叶わないなと、思う。
夕日に照らされた表情は、悪戯げな様子よりも――暖かくて。
その瞳にある光は――その夕日よりも、優しく私を見つめている。
そんな妹紅の、優しさのおかげで。
「……たまには、いいかもな」
「うわ珍しい。慧音が私の誘いに乗ってくれるなんて」
「……まあ、いいだろう? そういう時も――あるんだよ」
……私も、こうして――『笑顔』を浮かべることが出来る。
雪は闇、一面銀と紅に染まった世界を――同じマフラーに包まれ、私達は歩いていく。
しばらく会えなかった間、互いにあった色々な事を話しながら。
共に、常に傍らに居続けているわけではない。
常に、その存在を確認しあえる間柄じゃない。
それでも。
心に寂寥を感じそうな時は、傍でこうやって、温もりをくれる。
掛け替えの無い――私の『友』と。
今日はゆっくり、歴史を紡ごうと思う。
――此処の名は幻想郷。
妖怪と人間――少女達の飛び交う、幻想と弾幕の世界。
繰り返される、邂逅と離別の螺旋に――私達は今日も生きている。
