人妖弾幕幻夜 東方永夜抄 〜 Imperishable Night.

Keine Kamishirasawa & Mokou Huziwara

-その“証”を記す、歴史喰い-




3.轍外れ、軛より放たれた者



「その格好……雪降ってるのに、寒くないの?」
「ああ。……少々、ひやりとする程度だ」
「あー、いいなそれ……羨ましい……私、寒いの苦手なのよ」

これだけ防寒具を羽織りながら、なお寒そうに首筋を縮める少女に――私は思わず、笑ってしまいそうになった。

流石に、人を弔うための式場の中で、旧友との再会に花を咲かせるような真似は出来ない。
そこで、少し場所を移し――門柱の下、久に雪がさえぎられる中。
私は改めて、久しぶりに見る旧友の姿に目を細めた。

「だがまあ、相変わらず元気そうで何よりだよ――妹紅」

藤原妹紅。
私と同じく、幻想郷の『外』で生まれた者。
数奇な運命の元、人でありながらも、人と異なる存在に生まれ変わった者。

決して老いることも死ぬこともない、蓬莱人。

そしてこの幻想郷で、ようやく安住の地を見つけた者の一人でもある。


彼女との付き合いは長い。
ざっと考えるだけで、限りなく四桁に近い三桁の年月が過ぎているのではないだろうか。


「半年ぶり、か……今まで何処に行っていた?」
「ん、深山奥深くで、雪見酒を一杯とかね」
「先刻寒いのは嫌だと自分で言っていなかったか……?」
「ほら、今は冬真っ盛りだから――今まで山の奥で過ごしていた氷精達が、満遍なく幻想郷に溢れてるでしょ?
 案外そうなると、山の深くのほうが暖かかったりするのよ。これが不思議な話だけどね」


妹紅は、一つに住む場所を決めていない。
基本的には、永遠亭から少し離れた竹林や、使われていない山小屋を無断で使用してるのだが、
気が向きさえすれば、幻想郷の各地をあてもなく、自らの足で転々と回っている。
幻想郷で異変がないか目を走らせながらも、基本的には人間の集落を長期にわたって離れることはない私とは対照的だろう。
そんな彼女の話は何よりの土産話であり、楽しみの一つである。


……しかし――手持ちの懐中時計を、さっと眺める。
時計の針はそろそろ、式の開催を告げていた。

私は立ち上がり、肩にちらちらと舞い降りた雪を軽く手で払いのける。


「このままぶらぶら喋ってる……ってわけにもいかないわよね、その様子だと。……ここのお葬式に出るの?」
「ああ……まあな」
「ん……そっか。それじゃ、終わるまで待ってるわね」
「済まん。終わり次第、迎えに来るから」
「はいはい」

笑って私を見送る妹紅の姿に、軽く頭を下げて。
私は式に参列するために、再び門を潜っていく。

やはり、彼女は――葬儀には出席しないのだな、と思いながら。

妹紅はそもそも、あまり幻想郷の誰とも関わろうとしないが――こと「葬儀」となると、頑として絶対に出席しない。
こうして、冠婚葬祭の最中に妹紅に出会ったことなら、長い付き合いの中で何度もある。
そしてその主役の中には――ごく稀に、私だけではなく妹紅もまた、決して浅くはない付き合い方をしてきた者もいた。
そういった時、彼女は渋々ながらも式に出席したり、祝辞を述べたこともあるのだが――

それがこと、葬儀になった時は。
てこでも動かないと言わんばかりに――全ての参列を、やんわりと拒否し続けた。
いや、今でも彼女が葬儀に出たという話は聞いたことがない。


何か理由があるのだろうか。


妹紅は、本当に知られたくないことは、絶対に自分から口にしない。
――自分で誓ったことは、絶対に破らない。


幻想郷がどのような地で、どのような人々が住んでいるかを理解しても、なお集落で過ごす事をよしとしないように。




それでも、妹紅の事を考えていたのは式場に入るまでのこと。
席に着き、喪主が一礼して挨拶を述べた頃には――私の意識は、葬儀のほうへと集中していた。








式は滞りなく進んでいった。
葬儀というのは、その家その家によって多様にやり方が分かれているが、この家の場合は仏教を機軸にしたものだった。
喪主による挨拶があった後、僧侶を呼び、読経が始まり――やがて、参列者達の焼香が始まる。
生前の彼女と懇意だった者は、すでに前日に涙を流し、悲しみの別れを済ませている。
死者を悼みながらも、式の進行は淡々と進んでいった。

お香の香りが立ちこめる中、やがて出棺の時となる。

亡くなった女性の親族達が、一人一人、棺の中の遺体を花で飾っていく。
これが終われば、あとは棺の蓋を閉め――釘を打ち、火葬のために出棺される。
生前の姿を目に出来る、これが最期の機会となるわけだ。

花を添えながら、生前の彼女との記憶を確かめている遺族達の中に。

あの少年の姿があった。

棺に添える一輪を、その小さな手でぐっと握り締めて。
大好きだった祖母をじっと見つめる、小さな背中。

棺の中で眠る彼女の姿は――清められ、病気で弱っていた頃よりずっと綺麗で。
安らかなその寝顔は、今にも目を開け、少年を優しく抱きしめてしまいそうだというのに。


彼女がその目を開けることは、二度と――無い。



その行動は、唐突だった。

少年が、花を添える番になった時――いきなり彼は顔を上げ、花を握り締めたまま全力で駆け出したのだ。
大人達が慌てて彼を捕まえようとするが、一足遅い。
まるで少年は、一本の黒い矢のように腕の間を掻い潜って、そのまま一気に式場の外へと飛び出していく――

慌てて少年を追いかけようとする母親を。

「――待て!!」

私は鋭く引き止め、代わりに一歩踏み出して自分を指し示す。

「ここは……私に任せてくれないか?」

よくよく考えれば、実の母親を差し置いてこの私が彼を追いかけるなど、おかしい話である。
しかし、少年の母親は一瞬、躊躇うように私の瞳を見て――そこから、私の真剣さを汲み取ってくれたらしい。


「……白沢様……あの子の事、どうかお願いします」
「ああ――任せろ」


ぺこりと頭を下げた母親に、私も頭を軽く下げ――そのままくるりと背を向け、全力で少年を追いかけた。
もう少年の姿は何処にも見当たらない。
しかし、しばらくならその行き先は決まっている。
普段は使わないような速度で、私は廊下を駆け抜け―― 一陣の黒い風となって、一気に正門の前まで辿り着いた。
門柱にもたれかかって空を見上げていた妹紅が、私のこの突然の登場にぎょっとした表情を浮かべる。

「け――慧音!? どうしたの一体!?」
「妹紅――ここを子供が走っていかなかったか!?」

妹紅の疑問ももっともだが、答えている時間が惜しい。
長年の付き合いから、こういった際の私との付き合い方も理解してくれている。
妹紅は自分の疑問を飲み込み、こくりと頷くと、

「それならこっちに走っていったわよ――追いかけるの?」
「ああ!」
「判った――私も付いていくわ」

そう言った時には既に、妹紅も私も人間の限界に近い速さで地面を蹴っている。
こうも雪が降り続ける中では、下手に空を飛ぶよりも陸路を行ったほうが早いからだ。
まだまだ幼いものの、意外に少年の足は早い――遥か先にぽつんと、黒い粒が見える程度まで距離は開いている。
私たちは息をすることさえもどかしい勢いで、その背中を全力で追いかけ続けた――








「……どう、慧音? 手掛かりみたいなものはあった――?」
目の前にあった茂みをがさがさとかき分ける彼女。
私もまた、似たような姿で茂みをかき分けながら首を横に振る。
「いや――駄目だ。……私にもさっぱり判らない」
「……八方手塞がり、ね……とすると……」
がっくりと項垂れた妹紅のため息が、雪の積もる山中に呑まれて消えた。



全力で走った私達と少年とでは、当然ながら私達の方が圧倒的に早い。
後もう少し時間と距離が許したならば、きっとその背中をこの手に捕まえることが出来たのだが――
少年は途中でいきなり進路を変えると、とある山の中へと駆け込み、あっという間に姿を眩ませてしまった。
慌てて私達も少年を追い、山の中へ足を踏み入れたが――時、既に遅し。
それでもここまでは、まだ足跡が残っていたから、追いかけることもさほど苦労しなかったのだが――
かつては山中で過ごし、山の事はそれなりに詳しい私でも。
鬱蒼と茂る木々と、雪の合間に消えた少年の背を捜すのは無理だった。

「ねぇ、慧音……歴史を調べて、なんとかならないの?」
「難しいだろうな……。あの少年の取った行動が周囲の空間に『歴史』として堆積するには、時間の経過があまりに無さすぎる」
「それはどれぐらい時間がたてば、歴史として読み取れるようになるわけ?」
「誤差はあれど……大体、一晩といったところだな」

本当に手塞がりね――と、肩を落とす妹紅。
それだけ待っていれば、ろくな防寒具もつけずに冬の空の下に駆け込んだ少年は確実に凍死してしまう。
こういった唐突のアクシデントに応用が利かないのが、歴史を操る私の能力の数少ない欠点の一つだ。
白沢としての能力を扱えない以上、かくなる上は人としての能力のみで少年を捜索しなければいけないのだが――

「…………ん?」

何か手掛かりが無いかと、周囲を見渡していた時。
私の記憶の中で、この光景にふっとひっかかるものを感じた。


最初は、ただの錯覚かと思った。
記憶の中のその光景と――私の今見ている光景は、明らかに異なっている。
例え同じ場所であったとしても、山がそう簡単に姿を変えるものでは無いとしても。
長い時間の堆積は、移ろいづらい山の光景ですら――がらりと変えてしまう。

だから、私の記憶の中のその光景と、今の光景は全く一致する点が無かったが。
それでも、私の体は勝手に、その記憶を辿るように近くの茂みを掻き分ける。
そして、そこに隠れるようにしてあったものが――私の記憶の場所とここを、ぴたりと符合させる――


――これは。
あの少年の居場所の、最も重要な『手掛かり』――


「……慧音」
しかし、そんな私を先制するようにして口を開いたのは、妹紅の方だった。
今も、少年の行き先の手掛かりが無いかどうか、辺りを見渡しながら――こちら見ずに、口を開く。

「こんな時に聞くことじゃないと思うんだけど……慧音って結構、人間の集落での葬儀に出席してたわよね」
「ん……ああ、まあな」

随分と唐突な話題である。
一体どうしたのだろうかと――私が顔を上げた時。

「『死』を知らない者が――『死』を悼んでいいと思う?」

どう考えても、軽く受け止めてはいけないような事を。
ことさら、どうでもいいことのような淡々とした口調で――妹紅は続ける。

「……私は、誰かと喜びを共有することは出来る。悲しみを分かち合うことは……出来る。
 だって私も、それを知ってるもの――その想いを、誰かと共有できるから」

空から舞い降りる雪は、妹紅の青い髪に舞い散り、まるで吸い込まれるように消えていく。
純白の世界にただ一人、紅に身を包んだ少女は――ふわりと、微笑んで。

「でも、私は『死』を知らない――『死』の恐怖を、誰とも共有してあげられない」

彼女の背から、音も無く生まれる炎の翼――不死の証である、燃え盛る一対の翼。
彼女の周りに生まれた熱は、その姿が純白に包まれる事を拒絶しているかのようで。
そっと翳した掌から――炎が生まれる。
掌の上で踊る炎は、白銀の世界を紅に染め――彼女の白い肌に陰影を描く。

「あの子が、私の前を通り過ぎていった時……凄い、悲しい顔をしてた。
 この薄ぼんやりした白の世界で、鮮やかなぐらいくっきりとした悲しい気持ちを顔に浮かべてたわ。
 でも、私はその悲しい気持ちを――そこまで強く、抱くことができるのかしら……って」

燃す物も無く、音さえ無く。
ただ、紅く揺らめく炎を――じっと見つめる妹紅。

「『死』を悲しむ気持ちは……人として、大事な感情だと思う」
「………………」
「でも私は、不死の力と引き換えに――その大事な感情を、理解できなくなってしまった」

炎は――彼女自身の瞳のように、ゆらゆらと揺らめいていた。

「そんな私が、誰かの『死』を悲しんだり――その人のために、祈ることは。……『冒涜』と――呼べないかしら?」


互いの息遣いさえ、降り注ぐ雪の中に消される中。
世界から、雪は音を奪っていた。


向かい合うのは、ただ私達の瞳のみ。

白一色の世界の中で――私は。
私を真正面から見つめる紅に向き直り、口を開いた。

「お前が死を悼むのは自分の満足のためか? それとも、死んだ相手を偲ぶ気持ちからか?」

私の、露骨なほどに直接的な言葉に――妹紅が思わず、言葉に詰まる。
私は軽く笑って――

「はっきり断言できないだろう? それは――私だって、同じだ」

自分の今の、この黒い姿をじっと眺める。

「こうやって黒い服に身を包み、故人を偲んでも。
 ……本当にそれが、故人のためになるのか。
 葬儀とは、その人物が、もういないという事を受け止めるためのけじめなのか。
 ……それとも、故人を偲んでいるという自分の姿に、軽い自己満足を感じているのか。
 それを、はっきりと断言できるような者は――そうはいない」

この、葛藤は。
きっと、私達にしか判らない。

幻想郷の『外』を知る、私達にしか。

飢饉。
疫病。
戦乱――

人の命が軽くなる瞬間が、外にはある。
『死』というものを解釈するために、あまりにも沢山の手段がありすぎる。


そんな『外』から来た私達は――あまりにも、心にしがらみを持ちすぎているから。



……それでも。
私達が今いる場所が『幻想郷』であるのなら――


「なら、そういう時は下手に理屈で考えず――自分のやりたいようにやれば、いいのではないか?」

私の、いたって気楽なその答えに。
しばらくの間、妹紅はぽかんと呆気に取られていたが――

「……随分と、気楽な答えね……慧音にしては」
「郷に入れば、郷に従え……これが幻想郷流というものさ」

それこそ、幻想郷の住民たちのように――私は笑って、妹紅を見返す。

「それに、妹紅はそこまで真剣に『死』と向き合い、悩み……本当に、相手の事を想いやっているだろう?
 そんなお前の姿を見て――お前に弔われることを嫌に感じる恩知らずなど、どの冥界にだっていないさ」


――その、私の言葉に。


「……ありがとう。慧音」

すっ――と、空を見上げて。

「そうよね――私は『生きて』いるの……よね?」

ちらりと、首を向け――微笑する妹紅に。
私は大きく頷き、近くにあった茂みを押し開く。

「さあ、そろそろあの子を迎えにいこうか」

その茂みの奥、僅かに踏み均された獣道のような――長い長い、一本の道。


「……その道は――」
「ああ。少年は間違いなく――この先にいる」