人妖弾幕幻夜 東方永夜抄 〜 Imperishable Night.
Keine Kamishirasawa & Mokou Huziwara
-その“証”を記す、歴史喰い-

2.歩み止め、安らかに眠る者
少年の祖母が患った病気自体は、それほど大したことではないものだったらしい。
しかし、元気そうに見えた彼女も――寄る年波には抗えなかった。
医者を呼び、闘病を続けていたが、その病気に跳ね返すだけの体力を奪われていてはどうしようもなく。
命の灯火は、彼女の天命の蝋燭をじりじりと焼き焦がしていき。
とうとう――医者も、さじを投げた。
消沈する少年と別れた翌日、私は彼の家へと足を運んでいた。
手にした籠には、見舞いの果物。
集落にいる人間達の住所は、全て頭の中に叩き込んであった。
あの少年は、集落の他の子供達に混ざって、毎日毎日真っ黒になるまで遊んでいたが――
彼の家自身は、集落の中でも有数の大きさを誇る、純和風の大屋敷だった。
人が横に並んで、十人は余裕で通り抜けられそうなほどに大きな木の門――そして、来客時の案内人を兼ねた門番。
私は彼らに軽く会釈し、見舞いに来た事を説明する。
程無く、門番の一人が私を屋敷の中に案内してくれ――磨きこまれた廊下の上を、彼の先導の元に進んでいった。
医者が、これ以上の延命を断念したときから――彼女は、屋敷の離れに、最低限の使用人だけを置いて暮らすようになったという。
その使用人さえも、夜半を過ぎた頃には本亭へと返してしまう――これは、誰が何を言っても頑として聞かなかったそうだ。
こちらです――と、離れへ続く廊下の一本を前にしたところで、案内人はぺこりと一礼し、その場を去っていく。
その様子では、彼もまた、離れへの出入りを禁じられているのだろう。私の見舞いも、恐らく私が白沢である故の、特別な措置。
背を向けしずしずと去っていく彼に軽く頭を下げ、私は真っ直ぐに廊下を進んでいく。
随分と長い廊下だった。
左右の壁を取り払ったそこからは、雪景色に彩られた屋敷の庭が良く見える。
これが春になれば、さぞ美しく緑が芽吹くのだろうな――などと考えながら、木の軋む僅かな音だけが響いて。
ようやく辿り着いた離れの障子に、私がそっと手をかけた時。
部屋の中に、複数の気配を感じた。
私は、失礼だとは承知しつつも――そっと聞き耳を立てる。
聞こえてきたのは――すすり泣く、まだ幼い子供の声だった。
「おばあちゃん……死んじゃうの……?」
喉の奥で震え、洟を啜る音としゃくりあげる呼吸に、たどたどしく言葉が遮られる。
それは、あの少年のもの。
そんな少年をあやす様に、やんわりとかけられた声。
穏やかで、おおらかで――暖かい、声。
「そうだね……今年の桜は、どうも白玉楼で観ることに……なりそうだねぇ……」
体を蝕む、病に――随分とその声には、張りが失われてしまっていたが。
間違いない――少年の祖母の。
『おばあちゃん』の――ものだ。
「ほら……なんて顔、してるんだい……いい男が、台無しじゃないか……ん……?」
「いやだよ……死んじゃ、やだよ……」
すがりつく少年の背中を、ゆっくりとさすり、あやす声。
やがて言葉が消え――すすり泣く声が、静かな寝息に変わっていく。
少年が、完全に寝入ったのを確認した時――
「……お待ちしてましたよ。どうぞ、上がってくださいな」
障子一枚を隔て、私の存在に気付いていたらしい。
私は軽く息を吸い――深呼吸すると。
「……失礼する――」
そっと、障子を開け――命尽きようとする老女と、相対した――
その日の後。
外で遊ぶ子供達の中に、少年の姿を見出すことが出来ない日が数日続いた。
少年の祖母が亡くなったという話を聞いたのは、それからさらに数日後の事だった。
少年の家が、大きな家であったこと。
そして彼女が、米寿も越える長寿であったことも一因だったのか、告別式の参列者は思ったよりも多かった。
かく言う私も、今日は一参列者として参加するため、普段のドレスも装飾を落とした黒色のものに変えている。
ただ、唯一この銀色の髪が装飾のように輝いてしまうため、格好に合わせて黒いヴェールを軽く被せておいた。
雪が降っていた。
幻想郷中を包み込むように降り注ぐ白の中、喪服の黒が妙に映えて。
雪に、全ての音を呑み込まれた幻想郷は――とても静かなものだった。
受付で記帳を済ませ、亡くなった彼女の親族に会釈する。
そんな中、母親の陰に隠れるようにした少年の姿を見つけたが――私が声をかける前、少年はふっと奥へ去っていってしまった。
俯いた少年の表情さえ、前髪に隠れて見る事が出来なかった。彼を追うべきか、それともそっとしておくべきなのか。
どちらにするか、判断を迷った――その時だった。
「……慧音?」
門の外から、私の名を呼ぶ声。
振り返ったその先に立っていたのは、一人の少女。
色素の薄い肌と、日の光に青く輝く髪。
少し力を入れれば折れてしまいそうなほど華奢な体には――大きなシャツと袴を、サスペンダーで重ね。
その上から、分厚い綿入りの半纏とマフラーを着ているせいで、まるで防寒具に体が埋もれているようにさえ見える。
まるでリボンかなにかのお洒落のように髪に結っているのは、複雑な文様の描かれた符札――
それは、椿色をした大きな袴にもあしらわれていた。
特異な格好、印象的な雰囲気。
そして――その瞳の中に宿る、夕焼けのような紅の輝き。
この声と姿を、私が間違えることなどない。
「半年、か……久方ぶりだな、妹紅」
長い長い付き合いとなる『友』の姿に――思わずふっと、笑みが浮かんだ。
