人妖弾幕幻夜 東方永夜抄 〜 Imperishable Night.
Keine Kamishirasawa & Mokou Huziwara
-お前“も紅”色に染まれ--

6.お前“も紅”色に染まれ
ざあざあと、雨の振る音が耳についた。
私はゆっくりと目を開ける。
そこは何処かの山小屋のようだった。
古いが、堅牢な作りの屋根が――叩きつけるような雨を、しっかりと防いでいる。
そして、そんな私を見下ろしていたのは――
「……やっと…………やっと、目を覚ました……」
私を見下ろす、少女の顔は――泣いていた。
「もう、目を覚まさないかと……思った、から…………」
「……言っただろう……私の体は、頑丈だとな」
白い頬を伝う、二筋の涙をそっと拭ってやる。
私の傷は、まだ塞がってはいなかったが――清潔に消毒され、応急処置的ながらも治療が施されていた。
「……これはお前が?」
「死んじゃったら、意味が無いと思ったけど……それでも、何もしないよりましだと思って……」
「月が出ていれば、癒えていてもおかしくないんだがな……済まなかった」
「……もう、いいわよ」
目の周りを、赤く腫らしながらも。
少女は、呆れたように笑顔を浮かべる。
「貴女が生きてたんだから」
その表情は、先刻のそれとも、普段の彼女とも違う――見た目の通りの、少女の笑みで。
今までの、どの笑顔よりも――可愛らしく輝いていた。
「……それより、何で半獣って一言も言わなかったのよ……」
「あの頭に血が上った状態で何を言っても無駄だったと思うがな……。
それにお前だって、自分が蓬莱人であるなどと一言も言わなかったろうに」
「それは……その、言う機会がなかったし、別に言う必要も無いと思ったから――」
「そうだ。……お前も私も、そんなことは関係ない。要は中身ということだ」
「中身……肝?」
「待てどうしてそうなる」
「知ってる? 蓬莱人の生き胆を食べると、食べた相手も不老不死になるのよ」
「人間は好きだが、食料として摂取する趣味はないぞ」
「そんなに歴史って美味しいのかしら?」
「拳固で殴るか?」
こういったやりとりは、つい数刻前にもやっていたはずなのに――
もう随分と長く、この空気を感じていなかった気がする。
死を誘う狂熱とは違う――ほんのりと暖かい空気を、存分に味わった。
「私達って……まだまだ互いのこと、知らないことばかりなのね」
「そうだな。……そして、互いに知らなければならないこと……知られたくないこと。まだまだ、沢山ある」
「……それはこれから、時間をかけて知っていけば……いいのかしら?」
「ああ。……互いに、時間ならまだまだ余裕が在りそうだからな」
ふぅ、と息を吐いて――私は少女の顔を見つめた。
「差し当たっては、だ」
「?」
「そろそろ、お前の名前が知りたいのだが?」
……少女は、きょとんとした様子で私を見返して――
「……そういえば、私の貴女の名前を知らなかったわね」
今頃になって、改まってするというのも変だが。
私達は、互いに咳払いをひとつ払い、姿勢を正して。
「妹紅。今は妹紅と名乗ってるわ――藤原妹紅」
「私は慧音だ。上白沢慧音という」
数拍、合間を置いてから。
『――変な名前!!』
私達は、それこそ年頃の少女のように、大きな声を上げて笑った。
……あれから、何百年という時間が過ぎて。
私はいつも通り、地平の果てに沈む夕日を眺めていた。
「また――眺めてるの、夕日を?」
その声に振り返ると、あの日の少女――妹紅が私の隣に並ぶ。
「慧音も好きよねぇ……こう毎日毎日眺めてて、飽きないかしら普通?」
「そうか? 空の模様や、空気の違い……それに、その日一日をどう過ごしたか。
そんなことでも、夕日は表情を変える……一日だって同じ夕焼けは見られないのだぞ?」
「駄目だわ――これは筋金入りね。もう随分前から判ってたことだけど」
大仰に肩をすくめ、呆れたように首を振る。
彼女と顔を合わせるのは、数日振り――案外、早く帰ってきたものだ。
「そういえば、久々に昔の事を思い出していてな」
「えーと、昔のことは色々と勘弁して欲しいんですけど慧音さん」
「お前に殺されかかったあの夜の時のこととかな?」
「あーあーあー!!」
耳を塞ぎながら絶叫する妹紅。
……今の彼女は、あの達観した雰囲気と――少女らしさ。
その二つを兼ね備えたような感じになっている。
「もう、若気の至りってことで色々と許してよ……」
「まあ、あの頃のお前は随分と青かったな」
「慧音……いつもいつも思うんだけど、私にだけ随分と意地が悪くない?」
「腹を割った仲だからな」
「いい加減にしないと拳固で殴るわよ?」
「それは遠慮しておこうか」
幸いにして、私の寿命は果てしなく長く、妹紅に至ってはそもそも寿命が存在しない。
そのため、私達の関係は、もう長いこと続いていたが――妹紅とは常に一緒にいるわけではなかった。
日に何度も顔を合わせることもあれば、それこそ数十年間一度も顔を見かけなかったこともある。
それは彼女が、未だに人の集落に住む事をよしとしないという一面から来ている。
「気持ちは嬉しいけど――そんなに、馴れ合いって好きになれないのよ。好意を裏切るようで、ごめんね?」
私はもう、彼女を意地でも集落に住ませようとは思わなかった。
何故なら、あの日から彼女の瞳に脆さを感じなくなったから。
なかなか心の内を見せず、柳のように飄々と振舞うのは相変わらずだが――それでも。
もう、孤独の悲しみに、心を痛めることは無いようだから。
私が、彼女の居場所に――なってやれたようだから。
「……お前は相変わらず、夕焼けは嫌いか?」
「よく覚えてたわね、そんなの……」
「当たり前だ。私は知識と歴史に通暁する白沢だぞ? 記憶力には自信がある」
「そういう時は普通『妹紅との初めての出会いだからな。忘れるはずが無い』って言うのがセオリーじゃないの?」
「互いにわかりきっている事を口に出さなくてもいいだろう。お前だって覚えてるじゃないか」
「ま、そうだけどね」
ぺろりと舌の先を出して――妹紅は、その瞳と同じ輝きを放つ空を見つめる。
「そうね……まあ、昔ほどじゃないけど、あまり好きじゃないわ」
「そうか……」
「……でも、ね?」
細めた瞳を、私へと向けて――
「夕日を見つめる慧音の姿が――紅に染まった慧音のその髪が、炎みたいに輝く姿が見れるから……それは、とても好きよ」
そんな事を口にする妹紅もまた、夕日の輝きに紅に染まって。
この時が一番、美しく輝いていると――私は思う。
「それじゃ、またそろそろ出かけるわ」
「ああ。……次は何処に行くつもりだ?」
「ん、紅魔館の近くの湖まで。まあ、二・三日で戻ってこれると思うわよ」
夕日の、最後の残滓が沈む頃。
私達は、互いに軽く手を上げて、その姿を見送り。
そして、互いに背を向け――振り返る事無く、歩き始めた――
妹紅は、定まって住む場所を持たずに、幻想郷のあちこちをその足で巡り。
私は集落の人間を守るために、彼らの中で過ごしていく。
私達の歴史が交錯するのは、風の向くまま気の向くまま。
それでも――私達は。
いつ果てるやも知れぬ、長い長い人生の旅路を――今日も共に歩んでいる。
――此処の名は幻想郷。
妖怪と人間――少女達の飛び交う、幻想と弾幕の世界。
そんな所に、居場所を見つけ――私達は今日も生きている。
