人妖弾幕幻夜 東方永夜抄 〜 Imperishable Night.
Keine Kamishirasawa & Mokou Huziwara
-お前“も紅”色に染まれ-

5.一輪の椿
一直線に飛ぶ紅の弾丸を、私は全力で追いかけた。
どうやらこの結界の中は、空間も相当歪んでいるらしい――
これほどの速度で飛べば、数秒で結界の外に出ているはずだというのに。
彼女を追いかけている間、竹林の先に果てが見えることは無かった。
「何で――追いかけてくるッ!!」
私の先を行く紅の弾丸が、怒りと共に掌を翳す。
再び撃ち出される、大量の炎の弾丸。
それはまるで、彗星が尾を残して飛ぶように美しく。
一つでも当たれば、流れ星のように燃え尽きてしまう凶暴さを備えて。
さらにその火炎の弾幕の隙を埋めるかのように、大量に吐き出される符札。
完全に密集した弾幕は、さながら目の前に壁が生まれたかのようだった。
受け止めることは不可能。
無傷でやり過ごす手段も何処にも無い。
だから、私は。
自分の体に必要不可欠な『部位』だけを守るように、腕を交錯させ―― 一気に加速し、弾幕へと突撃した。
「な――!?」
少女の顔が、この自殺行為的な特攻への驚愕に彩られる。
だがこれが、調べた『歴史』の中で一番まともな選択肢だった。
さらにそこから、ありとあらゆる手段で交錯する弾丸の歴史を『書き換え』る。
結果、かわし損ねた火炎弾の一つが髪を焦がし、背中に袈裟掛けに一閃、焼けるような痛みが走ったが――それだけの被害で。
あの絶望的な弾幕を潜り抜け――私は先行する少女に取り付き、一気に引き倒した。
そのまま二人、錐揉みするようにして地面へと激突する。
少女が放った火炎の弾幕で、竹林は炎の海と化していた。
「……何故だ……?」
少女の上に馬乗りになるようにして――その動きを抑え込む。
「何故お前は、出来ないなどと諦める……生き方が変えられないなどと、簡単に言ってしまうんだ」
私の頬から、知らず涙が溢れていた。
「ここは、外とは違う。例え見果てぬ夢、叶わぬ願いであっても……ここなら、叶う。
なぜならここは、幻想の住まう場所。……幻想が在っても、許される場所だからだ」
この、幻想郷にあっても――まだこの少女は、己の縛った孤独の鎖から抜け出せないのか。
「お前も見ただろう? その目で。その心で。ここがどういう場所なのかを。
私は、お前の憎むその女を知らない。お前達の間に、どれ程深い確執があるのか完全には理解できない。
だが、永劫の時を生きるというのなら……この地に来てまで、その過去に縛られずともいいんだ」
この私でさえも、居場所を見つけられたこの地で――本当に私は、この少女に対して何も出来ないでいるのか――
「それを、お前も――本当は判ってるんじゃ、ないのか――?」
こうしている間にも、竹林の火炎は燃え広がり、私達の姿を紅に染め上げる。
瞳の中に、その炎の輝きと同じ苛烈さと――脆さを秘めていた少女は。
「………………黙れ……」
瞳の奥の炎が――初めて揺らぎ、そして爆発した。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――黙れぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええッ!!」
凄まじい速度で跳ね上がった膝が、私を軽々と跳ね飛ばす。
「お前に……何が判る! お前に私の何が判るッ!!」
瞬間、辺りの炎全てが、彼女の怒りに呼応するように一斉に空へと吹き上がった。
今までのそれとは比べ物にならないほどの力が、少女へと収束していく――
「今更止めて何になる!? 私が、人間と共に暮らして――何になる!!
もう父様はいない――私の事を知る人間は、この世の何処にもいない――誰一人として残っていない!!」
炎を纏う不死の翼が、彼女の力の奔流に応え、さらに成長していく。
周囲の空気が耐えられず、彼女を包み込むようにして炎が巻き起こった。
「この体になるために、私は人を殺した!!
顔も知らない、どんな風に生きてきたかも知らないような人を、その為だけに殺した!!
ならば、私はその人に今更どんな顔をしてやればいい!? どのように――責任を取ってやればいい!?」
彼女の、力の根幹を成す感情。
――憎悪の炎が。
今、私を真正面から捉えていた。
「消し去ってやる!! お前ごと――あの女も、私さえも!! 何もかもこの炎で消し去ってやる!!」
今の彼女から感じる力は。
彼女の体を引き裂かんばかりに溢れ出す、その力は。
この障壁を消し飛ばし、幻想郷を丸ごと灰燼に帰してもなお、お釣りがくるほどの破壊力を秘めていた。
例えこれが炸裂しても――蓬莱人であるこの少女に、死が訪れることは無い。
幻想郷の常識外れの力を持つ妖怪達も、多少被害は蒙るだろうが、おおむねは生き残るだろう。
私も、この力を完全に防御に回せば、致命傷を避けることぐらいは出来る。
だが。
これが炸裂すれば、集落の人間達は間違いなく消滅するだろう。
その死を、感じることさえなく。
明日もまた、平穏な一日が訪れると信じている彼らに。
――明日は、来ない。
それを許すわけには、いかなかったから。
今まで、一度だってこれほどまでに自らの力を開放し、集中させたことは無かった。
自分自身のことながら、私が今まで使っていた力は、白沢としての能力の一端に過ぎなかった事を理解する。
――もう、止めるしかない。
彼女を。
人を、護ると――誓った私の。
この手で。
「お前には、永久に判らない――妖怪の、お前にはッ!!」
紅の軌道が、空へと跳ね上がり――大きく蜻蛉を描いて、私の元へと向かってくる。
「人でなくなった、私の気持ちがッ!!」
自らで認めることの出来ない全てを――消し去ってしまうために。
「妖怪でもない、人間でさえもない!!」
世界が、紅に染まる。
「こんな私に、居場所なんて無い――!!」
少女も、紅に――染まっていた。
「――何処にだってあるものかァァァァァァァァァッ!!」
その、言葉に。
私は応える事無く――ただ、全ての力を込めて地面を蹴り、迎え撃つ。
閉じられた、竹林の中。
月は満ち、炎が燃え盛るこの世界で。
銀と紅が交錯して。
椿が一輪、弾けた。
二人とも、交錯は無我夢中だった。
自分達が一体、どういう状況なのか――把握するのには、互いに時間がかかった。
私の目の前で、少女は焦点の合わない瞳のまま――ただ体全体で、激しい呼吸を繰り返していた。
それがやがて落ち着き、焦点の合わなかった瞳に光が差して。
意思の光を、取り戻して――そして。
「………………な…………そん……な……!?」
驚愕に見開いた瞳は、目の前の光景が信じられない取った様子だった。
幻想郷はまだ残っている。
足元ではまだ、炎の海が広がっている。
ただ、少女の体に傷はなく。
私の力は、少女の収束していた力だけを狙い、見事にその存在を消し去り。
私の脇腹に――深々と、少女の指が突き刺さった姿で。
夜空を覆うような、雲に。
月が――翳っていた。
「人間でも、妖怪でもない……居場所など、何処にもない。
その気持ちは、私にはよく判る……。私も、それに打ちのめされたことがある」
月の光を失い、人の姿に戻った私は――溢れ出す痛みに堪えながら。
それでも少女に、微笑を浮かべて。
「私は――半獣だからな」
「…………!!」
少女の顔に、驚愕が広がっていく。
慌てて、私の腹部から指を引き抜こうとして。
しかし、引き抜いた衝撃に血が噴出す可能性に――結局どうすることも出来ず、不安げに視線が宙を泳いだ。
それでも私は、私を貫いたその細い手に、そっと私の手を重ねて。
「妖怪でもない……人間でもない、狭間の存在。
月が満ちるときだけ、ああやって妖怪の姿となる……半端な存在。
……でも……そんな、私でも……ここにいる者達は、な……。
私の事を、誰一人……『半獣だから』とは否定しなかった……。
この私に、居場所を、くれた……」
一言一言を紡ぐたびに、私の命の熱が消えていくような錯覚を覚える。
既に意識の半分以上が、白くぼやけだしていた。
しかし、私はまだ伝えなければならなかった。
この少女に。
かつての私と、同じ悲しみを抱えた――この少女に。
「……それでも、まだ怖いのなら。共にはいられないと、一人で震えるのなら……」
――もう、一人ではない事を。
「私がお前の……傍に、いてやる……」
あの日、老翁がくれたもの。
あの日、少年がくれたもの。
人の心の『温かさ』――
半端な存在の私に、伝えることが出来るだろうか?
「一人が平気だと、あくまで言い張るなら……私のほうから、お前に会いにいってやる。
心に溜めているものがあるなら、今のように私にぶつけてしまえばいい……。
お前が、過去以外に……己の居場所を、見つけられないなら……私がお前の、『今』の居場所になって……やる……」
溢れ出した血が器官を逆流し、激しく咳き込む。
半身の感覚が薄れつつあった。
「判った――判ったから!! これ以上、喋ったら……貴女が……!!」
私は最後まで、人間のために生きたい。
「…………だから……もう……そんな、悲しい事を叫ぶな」
私に、共にあることの暖かさと強さを教えてくれたのは、人間だから。
「その綺麗な目に、そんな悲しい光を見せるな」
この、脆く崩れてしまいそうな――心を持った。
「お前の歴史は、もう一人で紡がなくてもいい」
『人』である少女の為に、何かしてやりたいと願って――
「……私が、ここに……いるのだから……」
私の冷たい血に染まりながら――少女の手は、暖かく。
私は、微笑を浮かべ――
その、まま――
「……ねえ……? しっかりしてよ……目を、開けてよ」
「目を開けてよ――ねえ、ねえってば!?」
