人妖弾幕幻夜 東方永夜抄 〜 Imperishable Night.

Eirin Yagokoro -“永”き罪を、紅に刻んで-




二十三夜 -輝く夜へと-



笑顔と共に、告げられた答えに。
私は言葉を失う。

「……蓬莱の薬を欲しいって言った、あの日の少し前――大きな棚から、永琳が私を庇ってくれた時。
 私は、凄く怖かった……優しかった永琳が、あんなに傷だらけになって。
 ……あんなに、傷だらけだったのに――ほんの数秒で、元の姿に戻った永琳が、まるで別の生き物に見えて……怖かった」

私も感じていた。
姫様は、私を恐れて――忌んで。
もう二度と、昔のような関係には戻れないだろうと思っていた。

でも、と姫様は顔を上げる。

「あの後、部屋に戻って……ずっと、考えてたのは永琳のことだった。
 あの時、凄い悲しい顔をしてた……永琳のことだった。
 ……変だよね。怖いって思ってるはずなのに、心が震えてるはずなのに……それでも。
 永琳のことが大事だって感じる気持ちのほうが――ずっと強かったの」

昔を懐かしむように、目を細める――そこに称えられていたのは、優しく――そして少し寂しい、光。

「私はずっと……ずっと考えた。
 きっと、永琳が悲しい顔をしてたのは――昔にも、似たようなことがあったからなんじゃないかって。
 ずっと一緒にいた誰かに、ある日突然……否定されて、拒絶されて。
 それに慣れてるから、あんなに悲しい顔をするんじゃないか……って」

少し恥ずかしそうに笑って、頬をかく。

「そう考えたら、永琳の事を怖いって思う気持ちが――凄く、恥ずかしくなったの。
 永琳は、別の生き物なんかじゃない……例え体が傷つかなくても。心は……傷つくんだから。
 なのに私は、あの時永琳を『怖い』って感じて……永琳の心を、傷つけた」

そっと、瞳を伏せて。

「最初はただ、謝ろうって思った。
 本当に心から謝れば、永琳なら許してくれると思った。
 ……でも、ね。もしそれで仲が治って、今までのように過ごしていけるとしても。
 私は、もっと残酷に――必ず永琳の心を傷つけることに気がついた」

言いにくそうに、言葉を躊躇った後で。
……姫様は、やがて顔を上げて――唇を開いた。

「いくら、一緒にいても。心を通わせても。……私は必ず――永琳を置いて、逝ってしまうから」

天幕の外の、兵士達の喧騒も――暖を取る為に焚かれた炎の爆ぜる音も。
いつしか、何も聞こえなくなっていた。

「永琳は、私のお母さんみたいな人だから。……だったら、自分の子供が自分より先に死ぬなんて。
 それが、これから先の人生も、ずっと……ずっと続いていくなんて、悲しすぎるから」

私の耳にはただ、姫様の声だけが届いていた。

「この蒼い地上にだって、回りを廻るようにして――月がいつも、傍にいるのに。
 永琳だけが、ずっと一人で傷を抱えて生き続けないといけないなんて――私は嫌だったから」

姫様の瞳は――真っ直ぐに私を映して。

「だから私は、永琳の『月』になろうって思ったの」

本当に、嬉しそうに――そう、告げる。

「今までずっと、永琳が私の事を支えてくれていたから。だから今度は、私が永琳を支えようって。
 永琳が嬉しい時は、傍で一緒に喜んで。永琳が悲しい時は……一緒に泣いて、慰めてあげようって。
 ……まあ、永琳はあんまり弱いところを見せたりすることは無いし、私が永琳と離れたく無かったって言うのもあるけどね」

月の光が、優しく差し込む天幕の中。

「永遠を生きるって言うことが、どれだけ辛い生き方になるのか……判らないけど、さ。
 それでも、私は幸せになれるって信じてたよ?」

満月を思わせる、柔らかい微笑みと共に――

「だって私には――永琳がいるんだから」




――私は。




この命を差し出して、あの時の罪を償うことが出来るのなら、いくらでも差し出したかった。
姫様が、こう考えていた時に――私が感じていた、あの感情を消すことが出来るのなら。

ただ、ひたすら――自分が情けなく、申し訳なかった。

顔を上げることも、憚られた。
今すぐここから――走り出してしまいたかった。

姫様の、真っ直ぐで素直で――暖かい気持ちに。
私は、応える資格などないのに――

それでも姫様は、惜しみなく私に温かい心をくれるから。

「……いつか、いつかね? 罪人や重臣なんていう関係じゃなくて。
 また、昔みたいに……ゆっくりお茶でも飲みながら、永琳と一緒に過ごせるようになるのが、今の私の私の夢なの」

あの頃に戻ったように、話してくれる姫様に。

「今はまだ、駄目でも……いつか。いつか、そういう日が来たら……永琳、付き合ってくれない?」


――私も精一杯、あの頃のように笑顔を浮かべて――



「――ええ。その時は、こちらこそよろしくお願いします」











私が天幕を離れたのは、穏やかな表情で眠る姫様を見届けてからのことだった。
思ったよりも長い間、天幕に入り浸ることとなったが、幸いにそのことに気付いたものは誰もいない。

天幕の外へ踏み出したと同時――私は表情を引き締める。

肌寒い空気に、心さえ研ぎ澄ますように。

仮に、このまま月に帰ったとしても。
姫様が本当に身柄の自由を約束される保障は何処にも無い。
もし、私が現在の皇と同じ立場なら、永い間隔離されてきたことによる外部社会との情報の齟齬を問題にして。
絶対に外に出られないよう――皇宮の奥に、隔離するだろう。

あの時の皇も同じ事を言ったが――皇族にとって。
姫様が生きているということは、厄介な頭痛の種以外の何者でもない。
ふとした拍子に、自分が不老不死であることや、かつて皇族だったこと。
冤罪で投獄され、以後ずっと非人道的な扱いを受け続けてきたことを洩らされでもすれば、皇の権力そのものを揺るがしてしまいかねない。
そんなリスクを犯すよりかは、生きることに不自由しない裕福な生活を皇宮の中でずっと送り続けてもらっているほうがずっと楽で済む。

今までとは違い、食事も出れば不当に体を傷つけられることも無い。
しかし、それは――どれ程飾り立てしたとしても。

永遠に外に出られぬ、牢獄でしかない。




いつか、叶えたいと言った、姫様の夢。
かつての姫様の立場と、力を考えれば――あまりにもささやかな、その夢を。

今――私は、叶えようと思った。


……例え、このままの状態で姫を連れ、逃げたとしても。
この使者団にいる面々は、言わばそういった分野のエキスパートである――逃げ切れるはずがない。
そういった私の『暴走』を抑える目的も兼ねて、この人選となったのであろうが。


追いかけられて逃げられないのなら、追いかけられないようにすればいいだけのことだと判らなかったのだろうか。


ここにいる者達を、全員殺してしまえば――誰も私達を追ってくることなど、出来ないのだから。


元々この使者団をまともに月に返すつもりは毛頭無かった。
ただ、先刻までは私に覚悟が足りなかっただけのこと。

孤独に慣れていた私は、誰かを想って動くのが――極端に、下手だったから。

母親が、自分の子供の幸せを願い――そのために命さえ投げ出すのなら。
命を投げ出せない私は、その代わりに全ての罪を重ねよう。

私の事を慕ってくれる、一人の少女のために。
私に、共に在ることの暖かさを思い出させてくれた、たった一人の姫君のために。


どれほどの血を流そうと。
どれほどの罪を重ねようと。


もう――私には、恐れも迷いも無かった。




人を狂わせるといわれている、満月の夜。
その下で、一人、また一人と。

動くものの姿が減っていった。