人妖弾幕幻夜 東方永夜抄 〜 Imperishable Night.

Eirin Yagokoro -“永”き罪を、紅に刻んで-




既望 -咎人、二人-



姫様を向かえるために編成された使者団は、地上で姫を渡すまいと地上人に抵抗されることが予想されたため――
私以外の全員が軍人で構成されるという、仰々しいものであった。
穢れた地上人に対して、わざわざ言葉による説得など必要ないという判断からだった。
地上の民が、天から降りてきた我々に畏怖し、無血で姫様を渡すか――それとも、あくまで抵抗するのか。

別に地上の民が血を流そうと、斃れようと。
私には大した感心ごとではなかったが――それでも、彼らがいなければ姫様はここまで育たなかった。
その恩は、感じていたから。

地上人達が抵抗しようとする直前、私は彼らの力を奪う術を広範囲にわたって展開し。
誰一人、血を流させることなく、姫様を迎えることが出来た。


月と地上が結ばれるのは、満月の夜に限られている。
少なくとも、これだけの大人数で月まで向かおうと思うなら―― 一番その『道』が安定する満月でなくては難しいだろう。
そのために一度機会を逃せば、次に満月の昇る一ヶ月間もの間、地上に足止めされてしまうこととなる。
それを考慮して――使者団はかなりの強行軍で、即座に月に戻る予定を立てていたのだけれど。
しかし、数々の厳しい訓練を潜り抜けた精鋭の彼らをもってしても、一夜の間に月と地上を往復するのは不可能の領域だった。
疲れ、それ以上に果てた彼らに、私は一日ぐらいの月の満ち欠けなら術を使うことで満月に戻せる事を伝えると。
――誰も異を唱える事無く、野営を張って今日は休むこととなった。


炎を焚き、野営用の天幕を張っていく彼らを横目に、私は夜空を見上げる。
そこに浮かんでいたのは蒼の円盤ではなく――白銀に輝く、小さな球。

まさか、月を地上から眺めることがあるとは思わなかった。
永き年月を生きる私でもそうなのだ――使者団に借り出された兵の多くが空を見上げ、ため息とも感嘆ともつかない声を洩らしている。

今回の使節団には、私の正体を知らないものも多い――そのため、一看護兵と身分を偽って参加していた。
流石に、何処に行こうとこの銀髪は目立つものの、こうやって白衣の看護服に身を包めば、年頃の娘とそう変わりは無い。
私の本当の正体を知っているのは、使者団の現場責任者を任された、この軍隊の指揮官でもある老将ただ一人だ。
空を見上げる誰一人として、私が永い時間を生き続けた『月の頭脳』であるなどとは想像もしないことだろう。

ちらりと、視線を横へと向ける。
その先にあった、一つの天幕。その中には、姫様がいる。

看護兵を名乗ったのは、正解だった。
ここの兵士達は、姫様がはるか昔に不老不死になった人物であることなど知らないから、仮に私の正体を明かしたところで面会は難しい。
しかし看護兵としての立場ならば、長い時間滞在することは不可能でも、顔を見せるくらいのことは出来る。

今更、どういった表情で顔を出せばいいのか、私には判らなかった。
それでも。


姫様に。
自分に。

自分の犯した――許されぬ罪に。


いい加減に私は、向き直らねばならないから。


私は意を決して――天幕へと足を向けた。








「……永琳?」
映像で、毎日その姿を見ていた。
けれど、こうして顔を合わせるのは、一体幾年ぶりになるのだろう――

姫様の姿は、最後に会ったあの時から何一つ変わっていなかった。

私の顔を見つめるやいなや――姫様は嬉しそうに微笑み、出迎えてくれたのだ。

こんな――私を。

「久しぶりね――相変わらず、綺麗みたいだし……それに、元気そうでなにより」
――本当に、永い永い年月が過ぎたのかと疑うほど、姫様の様子に変わりは無く。
「永琳の事、ずっと待ってたのよ?
 使者団の中に貴女の姿を見つけたときは嬉しかったのに――全然声をかけてくれないんだもの。
 ひょっとしたら私、永琳に忘れられてるんじゃないかってちょっと心配しちゃった」
そういって、にっこりと笑う。

……何故――

「……何故です?」
「……え?」
「何故、姫様は――私に、笑いかけることが出来るのです?」
冷静であろうと、心に誓っていたのに。
「私があの時、姫様を止めていれば。蓬莱の薬を作らなければ、こんなことにはならなかったのに」
姫様の顔を見た途端――言葉が。
「私がもっとしっかりと注意していれば。姫様の事を、きちんと考えていれば」
溢れ出して、止まらなかった。
「……このような、ことには……!!」
後はもう、言葉にならない。
自らの行いへの後悔と罪悪感で、ぎゅっと握った手が僅かに震えていた。
「…………そっか……」
私の言葉に、姫様は胸元で軽く手を組むと――
「そうしたら、私も罪人なんて処刑されることも無くて、皇位を継いで女皇になって……寒くも、苦しくも無い生活を送って……」
何処か、遠いところを見つめながら――姫様はぽつぽつと呟いて。

「――でも、それだと今こうやって、永琳とは会えなかった」

…………え――?

ぽかんと口を開く私に、姫様はくすくすと笑うと、
「私が頼んだのよ? 永琳に蓬莱の薬を作って欲しいって。それで永琳を恨んだら、私はただの人でなしじゃない」
楽しげに呟く姫様の様子は、本当に――その事を気にしていない様子で。

……もし、立場が逆なら。
私はこうして、笑えているだろうか――?

「それはね、牢屋に閉じ込められて、時々思い出されたように処刑されて……殺されて。
 お世辞にも、楽しい日々とは言えなかったけど。でもね。
 これは、私が選択した生き方だから――後悔はしなかったし、永琳を恨んだことも一度もない。
 だから……そんな暗い顔をしないで。折角、またこうして会えたんだから」

――その言葉の一つ一つが、本当に暖かく、優しくて。
私はそのまま、自分自身を許してしまいそうになる。

けれど――そういうわけにはいかない。
まだ私には、聞かなければならないことがあったから。

「姫様……一つだけ、伺ってもよろしいですか?」
「……何?」

――あの時、聞くべきだった言葉。

「姫様は何故――あの時、蓬莱の薬を欲しいと仰ったのですか?」

永劫の時間を囚われ、痛みと苦しみのみが与えられる日々を過ごしてなお。
怒りを感じなかったその『理由』とは、一体なんだというのか。


――永きに渡って、聞けなかったその答えは。



「永琳を―― 一人にしたくなかったからだよ」