人妖弾幕幻夜 東方永夜抄 〜 Imperishable Night.

Eirin Yagokoro -“永”き罪を、紅に刻んで-




晦 -銀盤の孤独-



考えれば、すぐに判ることだった。
不老不死になった姫様から、その事実を押し隠したまま、その皇族としての地位だけを剥奪する形になれば。
皇以外の全員が黙ってはいなかっただろう。
事情を知らなければ、私だって猛然と抗議しているはずだからだ。

抜きん出た才覚と、息を呑むような美貌――姫様の民衆に対する人気は凄まじいものがあった。
それこそ、強硬手段に出ようものなら国を割った内乱に発展しかねないほどに。

当然この月を統べる皇として、そんな判りきった未来を選択するわけにはいかない。

結局、姫様から皇の継承権を奪い、同時に民衆達も納得させるためには。
百の弁明よりも、一つの事実を突きつけること――罪人として『殺す』ことが一番有効な手段だったというわけだ。
勿論、蓬莱の薬を服用した姫様は死ぬことはない。
要は、そこから歴史の表舞台に二度と出なければ――社会的に『死んだ』と認知されれば充分だった。

しかし、いざ罪を着せると言っても、そこで問題が生じる。
幼い頃から、姫様を将来の皇として見込み、後援してきた貴族達である。
彼らは、いずれ姫様が女皇として台頭し、その恩恵に預かれる事を見込んで惜しみない支援をし続けてきた。
そんな彼らが、金の卵を産むであろう鶏を殺されるとわかっていて、黙って言う事を聞くだろうか?
例え、普通の者なら即座に処刑を言い渡されるような罪状であっても――彼らは暗躍を繰り返し、黒を白に変えようとするだろう。
元々が白かったものを黒と言い張っているのだから、それこそ彼らのやっていることの方が本来は正しいのである。

そんな彼らを黙らせるほどの、大罪。
どれほど証拠を積み上げようとそれを打ち崩し、問答無用で処刑にすることが出来る唯一の罪。
それが『大逆』――皇を狙って危害を加えたり、加えようと企むことでのみ訴えられる罪状。
例え親族であろうと、自分の娘であろうとも、無関係に死刑を言い渡すことの出来る、最も重い罪――




そして、姫様は処刑された。




あれから。
私はまるで、腑抜けてしまったかのように何も出来なくなっていた。

姫様は――来ない。
『死んだ』とされ、皇宮の奥深くに幽閉されている現在、会いにこれるはずがなかった。

たった一人の部屋。
僅かに、視線を横に向ければ。
そこには、大きな壷が一つあるだけ。

あの時、作った――蓬莱の薬。

何故私は、あんなにも軽率にこれを作ってしまったのだろう。
何故私は、あの瞬間――ああも残酷な事を、考えてしまったのだろう――

例え、どれほど忌まれようと。
嫌われようと。

私が、姫様の事を大事に思うその気持ちが変わるわけではなかったのに。

どうして私は、それに気がつけなかったのだろう。

あの子の『母親』などと、分不相応な事を考えていた自分が情けなかった。
私が裏切ったのは、姫様を思う私自身だ。
それに気づいた時、自分を八つ裂きにしたいほどに呪った。

罪悪感と後悔で、気が狂ってしまいそうだった。


姫様は、私の事を恨んでいるだろうか?
永く永く、続くであろう――罪人としての生き方を強いられたことに。


幽閉された場所に立ちいるだけの権限が私にはあったが、とても足を踏み入れるだけの勇気が無かった。



たった一人の部屋。
空を見上げれば、蒼い星――美しく輝く地上。


本当は、様々な混沌と穢れに支配され、決して「美しい」とは言いがたい星というのに。
ここから見る限りでは、まるで計算されたような美しい輝きを放ち、見るものを虜にする。

あの蒼の星の実際の姿は、ここからでは見えない。

ただ美しい星としか、見て取ることは出来ない。


そして、夜空には沢山の星々があるというのに。
決して彼らとは調和することは出来ず、美しく輝きながらも、孤独に浮かぶあの星が。


――まるで私のようだった。



本当に大切なものを失ったのは、棚の倒れたあの時ではなかった。

私が、大切なものを失ってしまったのは。

自分の手で、全てを失う過ちをしてしまったのは――




悔やんでも、悔やみきれないほどの後悔が――私の心を蝕んでいた。




それでも、年月だけは無慈悲に流れた。
人々の記憶から、姫様の存在が過去の遺物と消えてしまうほどの長い年月が――過ぎていった。

私も、ずっと無気力になっているわけにもいかず――気が付けば、薬の開発と研究に忙殺される日々に戻っていた。
てきぱきと指示を出し、資料に目を通して次々に新薬を調合し、月の医薬技術は類を見ない向上を見せた。

仕事に忙殺されている間だけは。
自分の罪と、罪悪の記憶から――目をそらすことが出来た。

そうしている内に、姫様の置かれた状況に――少々、変化が訪れた。
一切の食物を絶ち、どれほどの責め苦を与えようと死なない姫様に、罪を償わせるための次なる案として。
あの蒼い星に転生し――賤しき地上の民とともに暮らすという罰が与えられることになった。

言ってみれば、流刑のようなもの。
蓬莱の薬を服用している以上、転生したとしても姫様が死ぬことは未来永劫無い――
それでも、想像を絶するような苦しい生き方を強いられることになるのは目に見えていた。


……姫様が、地上に落とされてから、数日が経過していた。

姫様が地上に落とされるその日さえ顔も出さなかった私に、姫様を心配する権利などない。
姫様の姿を観ることさえ、許されるようなことではなかっただろう。

それでも。
それでも――私は。

地上の様子を観察するために、術を組み上げる事を止められないでいた。

水鏡を思わせるような、半透明の薄い膜が目の前に生まれる。
僅かな時間差を置いて、そこに映像が結ばれていく。

距離の問題、月の満ち欠け――月と地上の関係は、そういったもので驚くほど左右される。
私の力をもってしても、映像に時々砂嵐が走るのを防ぐことは出来なかった。

それでも。

映像の中、特に取り立てて特徴があるでもない地上人の一人の手に、赤子が抱かれている。
私は、赤子の頃の姿を知らなかったが――それでも。
嬉しそうにきゃっきゃと笑みを浮かべるその赤子は、紛れなく姫様で。

変わりの無い――その、愛らしい笑顔に。


頬を伝うものを感じた。






その日から、私は暇さえあれば、地上の様子を眺めて過ごした。
姫様を拾った地上人が、姫様に対して与えられた名は――輝夜。


それは奇しくも、かつて私が姫様に提案した名と同じものだった。


やがて姫様はすくすくと成長し、私の知っていた頃の姿に近づいていった。
姫様を拾った地上人は、不幸にもあまり裕福な層の民ではなく――姫様に食べさせてやるだけでも一苦労しているようだった。
だからこっそり、術を組み―― 一年もする頃には、一財産を持つ立派な暮らしを出来るようにしてやった。
成金となったことで、地上人の性格が歪むことだけを懸念したけれど、少々臆病な気性が幸いし、あくまで謙虚さを貫いたのには感心した。
姫様はすくすくと成長され――地上の民と転生したにも関わらず、その姿も才覚も月にいた頃と変わっていなかった。
途中、幾人もの男達に求婚を迫られた時――機転を利かせ、上手く彼らを撒いた時は本当に感心したものだった。

やがて、時は流れ――蓬莱の薬を嘗めたあの日と同じ姿にまで成長した時。
これ以上、姫様の体が成長しないことに疑問を持たれると厄介なため、
永きに渡って罪人といて扱われ続けてきた姫様の処罰が、ようやく許されることとなった。

ついては、地上まで姫様を迎えに行く――そのための使者団を編成することとなり。


……今まで、散々避けていた――姫様との邂逅。
それにようやく、決心がついた。


使者団の一員に、私は立候補した。