Final Fantasy W After Story



第二十八・二十九話-b すべては再び舞い上がるために(中編)



「――殺すつもりでかかって来い、カイン! さもなくばお前が死ぬだけじゃ!!」
「言われなくとも――そのつもりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
その言葉、言い終わらぬうちに。
瞬然と地を蹴り、一条の光がただ真っ直ぐに音速領域を突破した。
いや――それだけではない。
その光より半瞬遅れ、轟然と地を蹴り砕き闇のあぎとが全てを噛み砕かんと疾走する――
「ラディ! 遅れるなよ!! 一気に畳み掛けるぞ!!」
「はいっ!!」
光と闇――その凄まじい気迫を隠そうともしない二匹の凶獣に、根源たる白き古竜は。
「退かぬよ……来い!!」
光と闇は左右に分裂した。
光は速度のあまり、その実像をぶれさせながら。
闇はその圧倒的な気迫を全て刃に沿わせ。
白妙の左右から、極少の時間をずらした見事なタイミングで全力の一撃を叩き込む!!
凄まじい衝撃に空気は爆ぜ、光と闇が交錯乱舞し、世界を白と黒に染め上げていく中で。
しかし――
「ほう……なかなか。その気迫……賞賛すべきかの?」
白妙はまったく動じることなく、まるで小川がせせらぐような静けささえ感じさせる声で呟いた。
その左右から迫った一撃を、彼女は人差し指と中指の二本を使うだけで受け止め、拮抗していたのだ。
……否。
拮抗ではない――
「くっ……お、押し戻される……ッ!?」
じりじりと、自分の靴裏が地面をこすりながら後退していくその光景に、ラディは苦く呟く。
「じゃが――気迫だけで、わらわは折れんよ――はっ!!」
裂帛の声とともに白妙はその両腕を一気に振り払った。
それに押し出され、ラディとカインは吹き飛ばされる。
しかし、吹き飛ばされながらもラディはテュルフングを地面へと突き刺して捻り、自身にかかるベクトルを相殺する。
カインも自らの体を独楽のように回転させながらホーリーランスを何度も地面に突き込み、ベクトルを緩和して着地した。
自らの一撃をそうあっさりと相殺されたことに、白妙は思わず眉を跳ね上げ感嘆する。
「ほう……流石に覚悟を決めただけあって……しぶといのう?」
「まだ始めたばかりだろう……そう、焦るな!!」
その声を尾にカインは再び突撃していく。
その手に握られたホーリーランスの穂先が「分裂」――あまりに鋭く、速すぎるそれは残像を残しまるで光の壁となって白妙に襲い掛かかる。
文字通り針の穴をも射抜く正確無比な白き閃に続くように迫るのは黒き弧。
圧倒的破壊力を秘めた全力の斬撃――まるで小枝を扱うように軽々と放つのはラディ。
しかしそれを迎え撃つ白妙も尋常ではない。
やはり素手のままで、その突きを、斬撃を。
払い、打ち、受け、流し、弾き、そして返していく!
(くっ……流石に、カインさんが一蹴されるだけあって……尋常な使い手じゃない!)
ラディは斬撃を放ちながらも、そう感じずにはいられなかった。
人の姿をしていながら、この戦いぶりを見れば彼女が人ではなかったということを常々実感させられる。
全てを光の粒へと昇華させるホーリーランス。
全てを黒き粒子へと還してしまうテュルフング。
その二つの武器に自分達の技量を加えても、白妙はそれを、素手で受け止めているのだから。
しかもそれだけではない。
自分達の攻撃の合間、僅かに見える隙を逃さず放たれる白妙の一撃。
それは短剣で受け流せるような代物ではない―― 一発一発が、飛空艇の砲撃のように重く、迅い。
まともに一撃くらえば、五体がばらばらになるだけの致命打になるだけの破壊力を秘めている。
(こんな人を相手に……カインさんは三年間もずっと修行していたのか……!)
しかしラディは同時に、自分の中で高揚感が溢れ、止まりそうにもないことを実感していた。
そう――圧倒的な戦闘能力を持ち、これほど苦渋を味あわせるこの女性と戦い、自分は――
「楽しんでおる……か、なかなか……肝が据わっておるのう!」
「フッ……当然だ、俺の自慢の弟分だからなァッ!!」
カインの一撃がその時、白妙の鉄壁の防御を崩して白妙へと迫った。
顔面を爆砕させかねないその一閃を紙一重掠める程度でかわしてみせたものの、白妙は大きく体制を崩す!
そこへカインとラディはまったく同時に、全身の力を込めて白妙の腹部を水平に蹴り飛ばした。
音速度を叩き出すその尋常ならざる脚――その蹴りを受けて水平に吹き飛ぶ白妙。
しかしその体、まるで宙に縫いとめられた様にがくんと止まり、磔となる!
「その隙を見逃すほど、甘くはないのよ♪」
ミレイユの糸が――ラディたちが時間を稼ぐ間、罠のように張り巡らせたそれが白妙を辛め取ったのだ。
そこへ弾丸のように飛び出していくのはエルナ。
素早く腰のベルトから数本の試験管を取り出すなり繊手を翻す!
「N−502、N−412――ブレンド!!」
まるで彼女自身の生き様のように真直線に空気を裂いた試験管は、白妙の胸に当って一度揺れ――凄まじい紅蓮の炎で白妙の姿をかき消す!
さらに後から続いた試験管が連続で反応し、巻き起こる連鎖爆発。
光と熱が何度も炸裂し、離れていてもなお、発生する熱がひりっと叩いていく中で――

『滅びゆく肉体に暗黒神の名を刻め、始原の炎甦らん!』

クレセントとミレイユ、二人の詠唱はすでに完成まで間もなかった。
「今だ……全てのパワーをフレアに!」
「オッケー♪ ……せぇのっ!!」
自らのうちに流れる魔力を、ミレイユの作成した増幅球体魔方陣へと注ぎ――魔法を発動させる!

『W・フレア!』

音は無い。
全てが無音の内に、それは起こる。
白妙を中心、直径にして3m――現出した、橙色の火球。
まるで線香花火のような美しい火球は、紛れない破壊と死を確約する、禁断の美だ。
二人分の魔力を注がれ、飛躍的に増大したフレアの破壊力は白妙のみに効果を限定されたことによって、
メガフレアに劣らないほどの尋常ならざる破壊力をもって彼女を飲み込んでいた。

「……やった……か……?」
手を白妙へと翳したまま、感じた確かな手ごたえにクレセントが呟いた、しかしその時。
「――なるほど。カインが信用を置くわけじゃ……まさか、正直ここまでやってくれるとはのう」
「!?」
火球を崩すこともなく、しかし淡々と呟くその声は紛れなくその火球から聞こえていた。
いや……違う。
淡々となど、していなかった。
涼やかなその声から感じるもの、それは――歓喜。
「なるほどのう……オズマが人界によう干渉する理由……今ならよく判る。
 これほどの楽しみ……感じたことなど、生まれてこの方……初めてのことじゃ」
その声とともに空気が膨れ上がるような感覚を、全員が感じていた。
いや――そうではない。
これは空気ではなく、白妙の気迫。
彼女の全身からみなぎる力の胎動、それが肌で感じられるほどに増大しているのだ。
「じゃから存分に……楽しませてもらう!!」
「――伏せて、みんな!!」
糸の切れた感覚にミレイユが叫んだ、その瞬間!
Wフレアの火球が揺らぎ、次の瞬間それは爆発四散した。
炎は粉々に散り、熱線となってあたり一面へと放射されて降り、ホブス山の堅牢な岩に軽々と穴を開けていく。
その熱線をかわし、もしくはテュルフングで切り裂き、やり過ごしたその時。
ラディの目前に、白妙が迫っていた。
あの超エネルギーの中にいながら、微塵もダメージのない彼女に驚愕している暇もない。
ラディはためらうことなく、テュルフングを振りかぶって一気に振り下ろし――
「――ラディ! 違う、それは――!!」
カインの制止が間に合うことなく、ラディのテュルフングは白妙を二枚に下ろした。
「……!?」
そう――何の手ごたえもなく、ラディのテュルフングは白妙を切り裂いていたのだ。
その白妙は切り裂かれた次の瞬間、まるで幻影のように消え去ってしまっていた。
「――残像じゃよ」
穏やかな、白妙のその声。
それはラディの、背後から――!!
「……くっ!!」
「――反応はよいが、それでは遅い!!」
ラディが振り返ろうとしたその時だった。
まるで隕石が落下したような凄まじい衝撃音。
白妙の掌底がラディの背中を捉えた、その音であった。
まるで投げられた小石のようにほぼ水平な放物線を描き、ラディは成す術もなく吹き飛ばされ岩に激突する。
それが砕け散り、彼を覆い隠し――そのままラディは、ぴくりとも動かなかった。
「ラディ!!」
「――人の心配をしておる場合か、カイン」
いかな歩みで迫ったか?
かなりの距離を隔てていたはずのカインの懐に、ぽんと掌底を押し当てた白妙の姿。
カインがそのことに気付き、だが驚愕する猶予もなく。
凄まじい勢いで白妙は踏み込み、カインへと一撃を貫き込んだ。
実際に、腕が貫いたわけではない――しかしその衝撃は、確かにカインを貫いて。
くの字に折れたままラディとは逆方向に、しかしラディと同様凄まじい勢いでカインは吹っ飛び岩壁へとめり込む。
「――だったらもう一度……捕まえてあげるだけよ!」
ミレイユの腕から放たれた、おびただしい数の糸――それは文字通り全方向から白妙へと迫る。
これは流石に、腕だけでは裁くことは人の姿である以上、難しい――
「なるほどな……じゃが、甘い」
そう言って白妙が不敵に微笑んだ時、彼女の髪が逆立った。
否。
彼女の髪がその一本一本がまるで別の生き物のように蠢き、疾駆して――ミレイユの糸を弾き返す!
「そんなメチャクチャはアリなのっ!?」
「無論、ありじゃ。しかし……遠距離から攻撃されるのはちと厄介じゃのう」
ざわざわと動く白妙の髪――しかし彼女はその中に手を突っ込む。
次の瞬間、そこから取り出したのは一本の竹箒たけぼうき
それは白妙の手を離れると、物理法則を無視したかのように宙でそのまま静止する。
それに当然のように白妙は腰掛け、そのまま彼女を乗せ、竹箒たけぼうきは緩やかに上昇する。
「ちょっと!? 突っ込みどころが多すぎて困るんだけどっ!?」
「ふふ……気にするでない。異世界では、こうやって空を飛ぶものと相場は決まっておる」
空を飛ぶのに流石にそのままの髪では厄介だと思ったらしい――ポニーテールにそれを結い上げ。
白妙は竹箒たけぼうきの先端を、地上のミレイユたちに向け――次の瞬間、そこから炎が槍のように噴出し、襲い掛かる!!
「ほう……すっごいのう」
慌ててそれをかわしていくミレイユたちを眺めやりながら、白妙は自分でそう呟き、軽く驚愕していた。
しかしそれも束の間。
ぽんぽんと竹箒の先端を叩くと、まるでそれは意思があるかのように一つ頷いて下降し――狙うのは、亜麻色の髪の少女――エルナ。
「――もらった」
掌底を構え、上から押しつぶすようにして迫る白妙。
角度的にも速度的にも、彼我の立場的にも、制宙権を持つ白妙の一撃、かわせそうになかった。
……しかし、それならばどうするか?
考えるまでもない。
今のままでかわせないなら――かわせるように立場を変えればすむだけのこと!
白衣の内ポケットから本を――いや、本に偽装した制御デバイスを取り出し、指を沿わせて――鋭く叫ぶ!
「我に従え……百八の魔擲まてきよ!!」
瞬間、白妙の掌底が押しつぶす。
――ホブス山の、堅牢な大地を。
本来の標的であった亜麻色の髪の少女はどこにもいない。
「――N−502、N−100――ブレンドッ!!」
その声は頭上から聞こえた。
同時に竹箒は慌てて空中で方向転換する。
瞬間、彼女のいた空間を貫くように指向性をもった爆発が炸裂していく。
「……まさかそういうことまで出来るとはな」
「この程度で驚いてもらっちゃ困るわね……私の知能はこの程度じゃないわよ……!」
そう啖呵を切ったエルナは、宙に浮いていた。
魔擲――彼女の魔力を動力に動く魔導機器が彼女を包み込むように舞い、彼女を空中に押し上げていたのだ。
もっとも、そう長くはもたない―― 一撃で少なくとも相手の制宙権を奪わねば、僅かな勝ち目も費えてしまう。
「本来空は竜の領域。雲を足場とし、気流に乗って空を駆ける……わらわと空でやりあおうとは、そなた正気かえ?」
「甘く見ないことね。竜であろうと――私の知能にかなうと思っているのかしら!?」
エルナは試験管を引き抜き、それをアヴェウナーで切り裂いた。
中に入っていた薬品が、大鎌の刃にいきわたっていく。
「毒物かえ……? 人でないわらわにそのようなまやかしが通用するとでも……?」
「保険よ、保険……それより貴女、神っていっても案外うかつなのね……」
「……なに?」
含みのある言葉に、白妙が眉を顰める。
エルナは眼鏡のブリッジをくい、と上げると――
「私にだけ意識を向けてると――足を救われるって事よ! クレセント!!」

「――命支える大地よ、我を庇護したまえ……止め置け! ドンムブ!」

その魔法がクレセントの手から放たれた瞬間、効果はすぐに現れた。
突如がくん、と竹箒が一度揺れて――そのまま奇妙なオブジェのように空中で硬直し、動かなくなったのだ。
「む……!?」
「さあ、貴女を宙に縫いとめたわ……後は――」
大鎌を横に矯め、エルナは魔擲を自分の後方へと集中させる。
「これで――終わりよ!!」
瞬間、エルナは思い切りその魔擲を蹴りつけた。
その反動で爆発的なエネルギーをつけ、独楽のように錐揉み回転しながらエルナは白妙へと突撃する。
その勢いや凄まじく、速度、パワー、タイミングの全ての揃った、エルナの最良の一撃。
それは一瞬、刃を陽光に煌かせて空気を、空間を切り裂いて白妙へと猛然と迫り――しかし!!
甲高い、済んだ響き――まるで右腕を盾のように突き出した白妙の腕が、その刃をあっさりと受け止めていた。
「なっ……!?」
「――速度も見切りも、申し分ない。その体でよくこれだけの力を出せるものじゃ……驚いたぞ」
エルナの斬撃のパワーに腕一つで拮抗しながら、白妙は微笑を浮かべる。
しかしそれは、さながら爆発寸前の信管の輝きにも似た途方もない危険性をも感じさせる微笑。
「じゃが……自重が軽い分、どうしても絶対的なパワーが劣るのは否めん……常ならばともかく、
 このわらわを相手取ろうと思うには――まだまだこんなものでは通用せんぞえ!!」
爆発的に繰り出された左腕がエルナのみぞおちを捉えた。
普段の彼女からは考えられないような、か細い少女のような悲鳴を尾に。
その小さな体はゴム鞠のように吹き飛ばされていく――
「く……エルナ!」
彼女の元へと駆け出そうとするクレセント――しかしその目前に、白妙が降り立つ。
「――今度の相手は、そなたかえ?」

「くっ……眩き光彩、我が手の内で収斂し具現せよ神の槌……トール・ハンマー!」

クレセントは右腕を掲げる。
そこに落ちた雷が収斂し、巨大な槌となった雷を旋回させ、構えた。
一方白妙のほうも、いまだ硬直したままの竹箒を逆さに持つと、剣の正眼に構えて不敵に笑む。
「……そなた、あまり武器での戦闘に長けているようには見えんが――やる気かえ?」
「無論だ――どかぬのならば、叩き潰すまで!!」
まるで壁が突進してきたかのような圧倒的な気迫を湛えて、クレセントが地を蹴りトールハンマーを振り下ろす。
その槌自身の重量を生かした最速での一撃を、しかし白妙の竹箒はあっさりと受け止めた。
いかなエネルギーが両者の間でせめぎあっているのか――稲妻が山肌を焦がし、風は荒れ狂って肌を浅く裂く。
「むう……っ!!」
「……ほれほれ、どうした? わらわもそう小さい方ではないが……そなたの方が体格では有利ではないのか?」
苦渋の表情を浮かべるクレセントと対照的に、白妙はまったくもって余裕を崩さない。
事実、白妙がその細い腕を少し上げるだけでクレセントは押し出され、たたらを踏んで重い足音を響かせた。
「いかにそなたが賢きものとはいえ……一朝一夕には、わらわを抜くことなどできはせんよ」
「結論を出すには――まだ早いぞ!」
クレセントはしかし一向にひるむ気配なく、トールハンマーを振り回して猛然と白妙へと迫った。
それを軽く受け流していた白妙だったが、自分でいったとおり、やはり体格差は大きかったのか。
決して技量ではないものの、じりじりとその草履が後退していっていることに白妙は舌打ちして飛び退った。
「ならば……ここは竜らしく、それに見合う力を見せるべきじゃな!」
言いながら、彼女は右腕をクレセントへと突き出す。
そこに明らかに超高圧の稲妻が迸っていく――

「くっ……ならば――現世に在りて盾なりし竜、幽世に在りて其の剣、新たな海王として打ち振るえ!」

クレセントの言葉に、トールハンマーがその収斂を解き放ち、右腕の中で増幅し放電していく――そして!
「稲妻は怒れる竜の姿……真の稲妻というものを見せてくれよう!!」

「サンダーストーム!」

両者、凄まじい放電の束を相手へと叩きつける。
それは互いの目前でぶつかり合い、あたりへとその残滓を散らして互いを主張する――!
「くっ……互角!」
「ほう……異世界の幻獣の力、か。……ならば」
白妙はまたしても自分の髪の中へと腕を入れる。
ややあって引き出したのは、とても大掛かりな機械。
丁度、巨大な音叉を思わせるそれをクレセントへと構えた時――その先端部に収束していくのは――
「重力……だと!?」
「どかんとやっちゃってしまおうかの……相転移動力エンジン準備完了スタンバイ!」
景色が弾き歪んでいく。
その中で着々と異世界の兵器の発車準備を整え――そして!
重力波砲グラビティ・ブラスト――発射!!」
瞬間、凄まじい勢いで発射された高重力の束――
黒色のそれは空気を歪め岩を砕き、ホブス山を抉りながら己を主張し、クレセントを飲み込まんと迫って――しかし!
「む……受け止めたというのか!?」
クレセントの突き出した両腕。
そこで形成された超重力の力場が、その重力を受け止めていた。
あまつさえ、不敵な笑みを浮かべてクレセントは呟く。

「重力……か、好都合だ……自由を求めしその姿、自由と奔放をもって母なる腕をその支配下に下せ――闇よりの使者!」

クレセントの指が複雑な印を組んだ瞬間、彼の目前に停滞していた力場が凄まじい勢いで白妙へと迫った。
自らのはなった重力場に、結果として自らが巻き込まれる形となり――黒に白妙は呑み込まれていく。
「……今度こそ……やったか……?」
魔力の檻で包み混んでいるからこそ周囲に影響が出ないものの、自然下で発生すれば星の配置すら歪めかねない超重力だ。
それに呑み込まれればいかに人あらざる存在といえど、ただでは済まない。
魔力の檻で遮断され、エネルギーの供給を失った力場がゆっくりと消滅していく。
その中で粉々に拉げ、原形をとどめぬほどに破壊されていたのは――しかし、件の機械のみ!
「いかに強かろうと……当らなければ意味は無いのう!」
そしてその時にはクレセントの背後、右腕に新たな機械を取り付けた白妙が弾丸の如く踏み込みをかけている!
「くっ――!?」
「遅い――消滅衝撃バニシング・スタンプ・一撃目!!」
圧倒的な踏み込みの早さに、体の向きを変える暇さえ与えられなかった。
衝撃がわき腹を突きぬけ――瞬間、それは爆発を起こし。
重量感溢れる甲冑に身を包んだその巨躯が、砲弾のように吹き飛び大岩へと直撃した。
戦闘を始めて間もなく猛者四人を沈めた白妙は、ゆっくりと最後の一人、ミレイユへと歩み寄る。
「さて……そなたもそろそろ旅立つかえ? ――地獄へ」

竹箒を構えてゆっくりと歩み寄るその姿は、このような状況でなければ思わず失笑してしまうところだろう。
しかし、実際にこの場に立てば。
今までの光景を見て、そしていま、金に揺らめく双眸と対峙すれば。
感じるはずである。
敵う事のない確信を。
そして、絶望を。
しかし――だが、しかし。
相対するミレイユのその瞳からは、いまだに光を奪い取ることは出来ていない――
「おあいにく様だけど……私、まだまだこの世に遣り残してることだらけなのよね……
 だから今回はその片道切符、払い戻しでお願いするわ♪」
「なかなか面白いことを言う……じゃが、そなたの力でわらわに勝てると?」
「……確かに、私はラディやエルナみたいなビックリ人間とは違う、良識の味方だけどね……。
 だからって何も出来ない悲劇のヒロインってワケでもないのよ!」
言うなりミレイユはその場にしゃがみこみ、たんと両手を地面へと押し付けた。
瞬間、地面に現れたのは――巨大で複雑な魔方陣!
「今まで戦闘に参加していなかったのは――まさか、糸でこれを張るために――!?」

「空の下なる我が手に、祝福の風の恵みあらん――ケアルガ!!」

瞬間、糸を通じてクレセントの魔法並みに増幅されたケアルガが発動した。
それは魔方陣の糸と繋がって各々の体へと行き渡り、四箇所の瓦礫の山が、同時に粉塵を上げて爆砕する!
最初に迫ってきたのはエルナ。
地を舐めるようにして疾走するや、ほぼ垂直にそのベクトルを変え、斬り上げる。
白妙はそれでも竹箒を構え防御の体制を取るが、あまりの速度の速さに飛躍的に増したエネルギーを受けきれず、
その姿のままで吹き飛ばされ、草履が地面との摩擦で悲鳴を上げる――

「極微なる生命の生即ち罪なれば、人の罪と共に消えん――バイオガ!」

複雑な設計図を描き、クレセントの詠唱とともに太古の昔から甦った失伝魔法――バイオの上級系魔法。
しかしそれは、白妙に放たれたものではなかった。彼女にはいかに上級とはいえ、この手の魔法が通じるわけもない。
「ほう……!?」
だが白妙がその眼を見開いたのは、決して理由の無いことではなかった。
何故ならバイオガが発動したのは、白妙に対してではない――竹箒に対してのものだったのだ。
異常進化した細菌達は凄まじい勢いで竹箒を侵食し、見る見るうちにその柄が腐食していく!
そしてそこへ現れる、二つの影。
上空から、突き下ろす白。
下段から、切り上げる黒――
「これで――!!」
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
二つの牙は邂逅し、あぎととなって竹箒へと喰らいついた。
その衝撃に白妙は大きく吹き飛び、しかし宙でくるくると回って着地した時。
その手に握られていたのは、竹の柄の一部のみ――
「……ほう。ただの箒とはいえ、一応あの「ラグナロク」とやら並には、強化を施したのじゃがな……」
もはや役に立たない柄を放り捨て、少しがっかりしたように嘆息し、白妙は改めてラディ達と相対する。
距離を置き、獲物を構える彼ら――その甲冑などは損傷が痛ましいが、彼らの肉体的な損傷はすでに無いらしい。
死ぬ一歩手前にまで追い込まれていたというのに、精神的な恐怖もそこには微塵一切存在しない――
「フッ……白妙、随分と攻勢が甘い……それは圧倒的高みからの余裕というヤツか?」
「楽しいのじゃよ。……この、全身から溢れる高揚感……!
 楽しんだもの勝ち、とは誰が言ったものなんじゃろうな……?」
白妙は心底からうれしそうに、にやりと笑みを浮かべる。
そこにあるのは狂気でも妄執でもなく、ただこの状況をうれしいと心から思う獣の笑み。
「フッ……そうか。……お前も楽しんでいるか!」
その表情にカインが返す笑みも、やはり獣。
金の双眸はまるで燃え上がるように輝き、天空の欠片は満点の星を湛えて今にも落ちてきそうである。
互いに命をいつ落とすか判らぬという物騒な状態を、二人は明らかに楽しんでいた。
「ならば――ここらで仕切りなおしといくか……!」
「いいじゃろう――そなたら、六文銭を付けて地獄へと送ってくれよう!!」
一時の静寂は過ぎ―― 一瞬で練り上げられた緊張が、再び爆発する!
一陣の風となり、風より早く駆けた蒼い稲妻が、光の槍を突き出した。
それを見切り、紙一重でかわすや否や古竜はその手首を掴み、刺突の反動を利用し、投げへと移項する。
しかし、それをただ黙って受け入れるほどカインは寛大ではない。
そのまま地を蹴り、掴まれた手首を基点に背筋の力のみで体を逆立ちさせると一気にホーリーランスを突き下ろす!
密着状態からの一撃。
流石にこれをかわすことは出来ず、白妙の右肩にホーリーランスが直撃した。
だがその刃は決して貫くことは無い。
まるで鋼の盾を殴りつけているかのような硬度で刃の進入を防ぐなり、白妙も負けじと掴んだカインの手首を引きちぎらんと全力を込めて圧迫する!!
「く……さあ、賽の河原にいくのはどちらが先か、カイン!」
「根競べか……俺は見た目より、かなりしぶといぞ……!!」
「知っておる……そろそろ、付き合いも長いからのう……!!」
「ああ……そうだな……っ!!」
自らの気迫と精神力で刃の侵入を防ぎながら、そのまま折り、砕き、もぎ取らんと手首を握る白妙。
手首を折られんとそこに闘気を収束させながら、自らの全てをもって串刺しにせんと左腕にも力を込めるカイン。
貫くのが先か、千切れるのが先かという極限状態で――しかし二人とも、軽口を口にして笑っていた。
それは二人、頑固で負けん気の強い性格が現れた結果なのか。
それとも――
しかしその奇妙な均衡は、全てを切り裂かんと迫った短剣によって崩される。
互いにその攻撃を止め、離れたところを短剣は貫き、その持ち主はそのまま黒い残影を纏わせ突撃していく!
全力で放った袈裟懸け――しかしそれが切り裂いたのは、白妙の残像に過ぎない。
「!?」
また、背後に――? 違う!!
「ここじゃよ――ここ」
まるで軽業師のようにテュルフングの上に立っていた白妙は、そのまま音も無くかかとを振り上げ。
「さあ……六道輪廻への旅路、しっかりな―― 一人目!!」
瞬間。
天地が反転したかと錯覚させるほどの凄まじい衝撃が、ラディの頭頂を揺さぶる――
「ラディ!!」
「案ずるな、カイン。全ては流転する……そなたもすぐに送って――」
しかし。
白妙はそこで、言葉を切り、引かなくてはならなかった。
何故ならその次の瞬間、かかと落としの反動を利用したラディが先刻よりさらに鋭い斬撃を叩き込み――彼女の一瞬前にいた空間を裂断したからだ。
頭から血を流しつつ、しかしそれより強い紅の輝きははっきりと白妙を捉えて離さない。
そこにある毅然とした意思は――むしろその攻撃を視点に、さらに力を増して白妙を射抜く!
「この程度……この程度で、オレは倒れないッ!!」
さらに数度、勢いと速さを増した斬撃が白妙を掠めていく――白妙の表情から、余裕の色が消えた。
そしてそのチャンスを、カインたちが見逃すわけもなく――
「ホーリーランスよ! 俺の敵を貫け!!」
ひび割れた箇所から漏れ出た光が聖なる槍と収束し、白妙の退路を阻み――
「N−502、N−339ブレンド!!」
存在エネルギーに反応し、擬似光速で疾駆する結晶体が白妙へと迫る。

「地に封じられし禁忌の炎は、今我の名に応えて破魔の拳とならん……地獄の火炎!」

それを弾く白妙を襲うのは、炎の魔人・イフリートも得意とする超高熱の炎熱地獄――
「ちぃっ……ならば、一端間を開かせてもらおうかの!!」
白妙は髪の中に手を突っ込む。そこから取り出したのは、彼女ほどの大きさのある巨大なブーメラン――
「これと遊んでおれ……飛来骨ひらいこつ!!」
瞬間、凄まじい勢いでその巨大ブーメランがラディへと疾駆するが――
「私に任せろ……この程度ならば!!」
クレセントは一歩前へと踏み出し、次の瞬間には轟然と大地を蹴り旋回する巨大ブーメランへと飛び――その拳を真正面から叩き込む!!
クレセントの一撃に、粉々になって四散するブーメランを尻目に、ラディはそのまま疾走し――
後退する白妙のその金の瞳と、はっきりと眼が合った。
何故だろう?
ラディの意識はそこで縫いとめられた様に留まる。
そう、まるで燃え上がる炎を思わせるようなその金の瞳。
美しい、金の瞳――その瞳が、一瞬怪しげに揺らめく。
「! いかんラディ、白妙の眼を見るな!!」
カインの警告も、しかしその時にはすでに遅かった。
ラディはしっかりと白妙の眼を見てしまっていて――白妙の唇が、悪戯っぽくつりあがった、その時。
瞬間、身を投げ出していたのは理屈ではなかった。
ラディの戦士としての勘が、体を支配し動かしていたのだ。
そしてそれが、次の瞬間における彼の存命に繋がることとなったのである。

一瞬前にラディの走っていた空、そこを何かが滅多刺しに貫いていく。
無論体を投げ出さねば即死だった――しかしそのことをラディは安堵することすらできなかった。
何故ならば。
貫いていった、その人物。
音以上の速度で駆け抜けていった、ホーリーランスを携えたその人物は――
「カインさん!?」
慌ててラディは後方を振り返る。そこには、紛れなくカイン・ハイウインドがきちんといた。
ならば先刻、自分を貫かんとしたのは一体――!?
「ラディ、まだ終わっていないぞ! 気を抜くな!!」
カインの叱咤に、ラディは考えることを後回しにした。
その次の瞬間にも光の槍の刺突が迫っていたからだ。
ラディはバク転を繰り返してそれをかわし続け――
最後にテュルフングを地面に突き刺し、棒高跳びを逆に行なう要領で自身を持ち上げ大きく跳び退り、カイン達のいる場所まで後退した。
しかし、後退して改めてみた光景は、ラディの常識と良識を上回る非常識きわまる光景だった。
「カ、カインさん……カインさんが5人!?」
白妙の前に、彼女を庇うようにして槍を構える5人の蒼い甲冑の男。
それは見間違うはずも無い――どれもが同じ、カイン・ハイウインド。
しかもその手に握るのはホーリーランスと来ており、先刻の閃撃を放ってきたのはそのカインたちに間違いなかった。
「うわ!? もしかして、6つ子なの!?」
「馬鹿を言え! あれは――」
「これは紛れなくカインじゃ」
地獄の火炎に焼かれたらしく、赤の長袴がスリットの入ったミニスカートになってしまった白妙。
すっかりすすけた膝の辺りをパンパンと払いながら、まるで今日の天気でも語るかのようなさりげなさで続ける。
「……ただしそれを生み出したのは、ラディ殿の心じゃがのう」
「な……!? それって――」
「……邪眼……!!」
クレセントが苦々しげに告げた単語は聞きなれぬものだった。
「邪眼……その眼を覗き込んだ相手に、一定時間の強烈な幻覚を見せるという特殊な力のことだ。
 ……しかし――瞳を見ていない私達にも、カインの姿が増えて見えるとは……?」
「簡単なことだ――あれはそんな、生易しいものとは違う!」
クレセントの疑問に答えたのは、他ならぬカインその人であった。
自分とまったく同じ顔をした五人へとホーリーランスを向け、鋭く叫ぶ。
「あいつの瞳が見せるのは幻覚じゃない――現実だ!」
「『真諦』……わらわなりにアレンジを加えたものじゃ。カインには一度、見せたことがあったのう……?」
「確か……相手のもっとも恐れるものの幻覚を作り出した後――それを現実化させる、だったな」
「然り、然り。……まああの短時間では、真に恐れるものを見出すことは出来なんだが……。
 どうやらよほど、カインと手合わせした際の記憶が鮮明だったのでな。使わせてもらった」
言われてみれば、確かにラディの隣にいるカインと五人のカインは違っていた。
五人のカインの方が甲冑の損傷も少なく、彼の特徴でもある竜の兜もきちんと被っている。
そして何より――その手にしたホーリーランスには、ひび一つ入っていない――
「五体、五。……三途の川への道案内、一人に一人づつじゃ。なかなか、趣き深いであろ?」
白妙の嫣然たる笑みに、五人のカインは無言で槍を構え、腰を落とした。
音速を突破する時の――すなわち臨戦体勢に入った時の、カインの癖である。
ラディは思わず戦慄した。
この五人は白妙の言うとおり、決してまやかしなどではない。
事実あの突き込みの素早さは、前にカインと手合わせした時とまったく遜色のない鋭さを誇っていた。
それが五人、しかも実力的に拮抗しているはずのこちらのカインは、装備の損傷を考えれば決して楽観視できない。
果たして――勝つことが、できるのか――?
しかし。
その時、ラディを制し、一歩前に踏み出した男。
槍を構え、腰を落としたその男は――カイン・ハイウインド――
「この俺を増やすとは……白妙、お前も趣味が高尚だな。――だがなァッ!!」
カインの姿が「消滅」する。
同時に五人のカインもその姿を「消滅」させ――
瞬間の、交錯。
眼にも留まらぬ――ラディの動体視力ですら、捉えることすらかなわなかった交錯を経て――
甲高い音が響き渡り、砕け散ったホーリーランス。
粉々に散る甲冑。
血の尾を引いて、宙を舞ったカイン・ハイウインドのその数は――五人!
「最早通じん――かつての俺などッ!!」
ひびの入ったホーリーランスを片手にそう叫んだ瞬間、五人のカインは光と消滅する。
そしてそのまま、カインは地面を蹴って白妙へと踊りかかっていく。
「ふむ……まさかここまで強うなったとは……カインよ、お前に一体何があった?」
「知りたければ――この瞬間の俺の槍に聞くがいい!!」
そして再び屹立する、穂先の壁――それを左右に体を振って交わす白妙であるが――
その穂先がしかし、先刻と違って明らかに白妙の動きを捉えつつあった。
まだ有効打を叩き込まれたわけではないが、しかし一閃一閃が確実に巫女装束の端を捉えてその下にある白妙の素肌を外気に晒しつつあることに白妙は驚愕する。
さらにそこへ加勢する、黒い斬撃。
白い閃撃を決して妨げることなく叩き込まれる力強い斬撃は、だがそこに同時に閃撃にはない円弧の動きをもってして容赦なく迫っていた。
白き線、黒き弧――二つは互いに競いさえしながら、ますますその勢いを増して白妙へと牙を剥く。
ちら、と目をやれば、銀の大鎌を構えた少女はこちらの隙をうかがい、いつでも必殺の斬撃を繰り出せる準備を整え、
紅いローブの学者と黒い重甲冑の男もまた、詠唱を開始しながらこちらの動向をうかがっている――
「これは……ちとまずいのう」
「どうした? もう……敗北宣言か!?」
カインの閃撃が白妙の頬を紙一重かすめ、産毛をちりちりと焼く。
しかし――白妙は、笑っていたのだ。
「冗談。――本腰を据えてみようとな……思ったのじゃよ」
両腕で二つの攻撃を裁きながら、そして次の瞬間、白妙の口から零れたのは。
「……歌!?」
そう、それは歌だった。
それもまるで、天の琴線が奏でるような美しい歌声。
このような状況でなければきっと感動に我を忘れ、聞きほれ、涙したに違いない――そんな歌声。
「……お前にそんな才能があったとはな……知らなかった……ぞ!」
『当然じゃ。今まで歌ったことなど一度としてあったかえ?』
カインに話しかける白妙の声は空気を媒介にしたものではない。
空気を震わすのは、あくまで歌。
彼女は自身の強固なる思念を媒介に、カインの脳裏へと直接言葉を送り込んでいるのである。
首から上と下、流れ出る歌声と繰り出される連撃の酷い不協和音は――しかし永遠には続かなかった。
そう、変化はあまりに唐突だったのだ。
必殺の一閃を放たんと、背筋を捻り体そのものを一つの槍に見立て左腕を突き出したカイン。
短剣でのフェイントからの斬撃のコンビネーションに、獲物を握りなおしたラディ。
その双方が、突如こめかみから血を噴出したのである。

「!?」
いや、被害はそれだけではなかった。
耳朶や鼻腔、その他主だった箇所の毛細血管が突如爆砕し、糸の切れた人形のように崩折れて倒れる二人を驚く間もなく――
ミレイユは脳を震わせるような凄まじい衝撃に耳を押さえた。
「な……何なの、これ……!?」
見ればエルナも、全身を駆け巡る衝撃に膝を折り、両耳を抑えていた。
地面に膝をついたクレセントが苦しげに呟く。
「これは……超、音波……か……!!」
『左様。……一定以上の波長を越える音になると、人の耳にはそれを聞き取ることは出来ん。
 じゃがしかし、確実にそこに音は存在しておる……それは見えぬ衝撃となり、内部からそなたらを蝕む。
 わらわは歌にこのような付加音をつけることが出来ての……名付けて『歌姫の絶叫セイレーン・シャウト』じゃ』
そう白妙はおどけてみせるが、実際彼女の言っていることに間違いがあるわけではなかった。
まるで天の楽園から零れてきたようなその歌は、脳を揺らし骨を震わせ、五臓六腑を絶叫させる。
血がすべて逆流しているような激しい激痛と嘔吐感で、魔法の詠唱すらもままなりそうになかった。
『さあ……渡る渡し場は浅水瀬か、橋渡しか――それとも強深瀬かのう?』
その歌の中で白妙はただ一人、微笑を浮かべていた。
そしてその間にも歌はラディたちを蝕み、立つことすらままならぬままに全身から命が流れ出ていく――
(く……このままでは……皆が確実に……死ぬ……!)
しかし、その激痛に飛びそうになる意識の中で、クレセントは何とかその状況を把握しようとしていた。
自分もミレイユも、この激痛の中では魔法を唱えるどころか、ろくに立ち上がることすら出来ない。
詠唱を必要とせず、魔法と同じことが出来るエルナは――やはり少女の体であるためか、自分達よりもさらに状況は酷い。
至近距離でこの歌声に晒されているラディとカインはそれだけに留まらず、既に全身の損傷が激しくなりつつある。
この状況を打破せねば、白妙に勝つことなど不可能。
しかし状況を打破するための肝心の一手は――
(……一手は……ある……しかし――)
それは、たった一度きりの手段。
使えば永久に失われ、そして二度とこの手に戻ってくることはない。
たった一度きりの、やり直しの聞かない決断。
――しかし。
(ここでラディ達の命が失われれば――それこそ二度とやり直しはなく――取り返しはつかん!)
決断をすれば、そこにはもうためらいも迷いも存在しなかった。
懐から取り出した懐紙――それに包まれた一房の金の毛を掴むや否や、クレセントはそれを地に押し付けて――叫ぶ!!

「風よ……集え!!」

瞬間、クレセントを中心として突発的に発生した金色の風。
それはトルネドの数十倍の力をもって瞬く間に成長し、ホブス山を――ラディたちを飲み込んでいく。
しかしホブス山を削り、白妙を後方へと弾き飛ばしたそれも、ラディたちを弾くことはなかった。
金色の風はまるで母の腕のように優しくラディを受け入れ、そしてその竜巻の内側は奇妙なほどの静寂。
風は歌声をかき消し、壁となってラディたちを護っているのだ。
――そしてその金色の風に、カインは見覚えがあった。
いまだ動かぬ体のまま、しかし僅かに動く口元からかすかに声を漏らす。
「この風は……まさか――」
「ほう――なかなか、やりおるではないか」
しかしその竜巻をかき消して、感心したように白妙は呟く。
「人身でありながら、よほど風を操る術に長けていたか……その遺髪に込められた力がこれほどとはな。
 ぜひ一度、生きていた時に手合わせ願いたかったものじゃが――」
「その相手は私が務めよう……それが……私に出来るせめてもの償いだ……!」
クレセントはよろよろと立ち上がり、白妙へと構えを取る。
「その体で……わらわと打ち合うつもりかえ?」
「私の体は特別製でな……しぶとさだけは誰にも負けん!!」
拳を握り締め、クレセントは勢いよく踏み込み、その拳を突き出す。
だがその拳空しく空を切り、すでに背後に回りこんだ白妙はクレセントの肩にぽん、と手を置き。
「終わりじゃな……『衝撃ショック』」
瞬間、クレセントの口から血の色をした絶叫が、本当に血を伴って迸った。
重甲冑の隙間から爆発するように血が噴出し、黒い甲冑を紅く染め上げていく。
しかしクレセントは腕を押さえるようにして数歩、よろけるように後退しながらも倒れることなかった。
白妙の柳眉が、軽い驚愕に跳ね上がり――しかし。
「……なるほど、『特別製』か」
その金の双眸に広がっていったのは、納得。
「成る程、常人より丈夫というのはそういう事か。まさかわらわも、その体が――」
「だから……どうだと……言うのだ……!」
全身を引き裂いた衝撃に満身創痍のクレセントだったが、兜の奥から覗く蒼氷色の輝きは一向に衰えることはなかった。
そこに決して譲れぬ輝きを湛え、白妙の金を真正面から見据えて言葉を紡ぐ。
「私の体など問題ではない……私が、私であるか……それこそが重要であり……真実だ!」
「……そうか。気に触ったならば詫びよう。その言葉……偽りは見えぬからな」
白妙は一度瞑目して心情を慮り、しかし眼を再び見開いた時には!
「じゃがその言葉――行動が伴っていなければ、やはり虚言に過ぎんぞえ!!」
白妙は雷光の速さで踏み込み、爆発した。
凄まじいまでの、連撃。
拳が。
抜き手が。
掌底が。
裏拳が――
凄まじい勢いで、そして全く間断なく滑らかな動きでクレセントへと吸い込まれる。
否――吸い込まれなどしていない証拠にクレセントの体は何度も揺れ、血を噴出し、その凄まじい衝撃に耐え切れず重厚な甲冑にヒビが広がっていく。
しかし止まらない、その攻撃の流れは止まらない――止まらずクレセントの体を滅多打ちにしていく――
すでに全身のダメージが限界を超えていたクレセントに、それを耐え切るだけの力は残っていなかった。
ただなすがままなされるがままに全身を打ち据えられ。
しかも打撃の衝撃は完全に計算されており、倒れることすらもままならない。
ある意味、ひとつの芸術とまでに極められたその連撃も、最後に白妙は草履の裏を地面に擦らせ。
まるで舞うかのように体を回転させ、両腕をあわせた掌底が腹部に、一度、二度。
そして――
「――十王の裁きを受けてくるがよい!」
三度目の掌底は深く、そしてインパクトの瞬間に捻りこまれて放たれた。
発勁――全身の筋肉から紡ぎだされる圧倒的なエネルギーを、体裁きで一箇所に集中させる格闘術の一つの奥義。
白妙が最後に打ち込んだのは、まさにその発勁を利用した一撃だった。
凄まじい衝撃が体内で爆発し、まるで子供の玩具のように軽々とクレセントの巨体は吹き飛び、岩を砕く。
そしてそのまま――もたれかかるように倒れたまま、指一本動かさないクレセント。
「太山王への申し開きは考えたかえ?」
白妙はクレセントへと最期の一撃を見舞おうと、ゆっくりと虫の息の彼へと歩み寄っていき――
しかしその時、落ちかかってきた大鎌の斬撃を受け止めて、立ち塞がった白衣の少女を見据えた。
「ほう……もう回復したというのか?」
「お生憎様ね……しぶとさは……姉さん譲りなのよ……!!」
腕一本で自分の斬撃が止められていることに対する動揺はすでに無い。
むしろエルナはそんな状況にありながらも、余裕と自信に満ちた笑みを、そこに浮かべていた。
「愛するものを守らんと、死を覚悟して飛び出した……か。健気よのう」
「死を覚悟? ……私を甘く見すぎているわね。私の知能に――勝てると思っているのかしら!?」
瞬間、エルナの斬撃が白妙を押し戻した・・・・・
絶対的なパワーにおいてかなわなかったはずのエルナが、白妙を押し戻したのである。
「いかに神といっても……この世界にいる以上、制約はある。
 人の姿ならその動きにはパターンがある。筋肉の動き、眼の運び方、心拍数……
 それら全てを計算に入れて、こちらが上回るよう動けば……勝てない理由はどこにも無いわ!」
「ほう……この瑣末な時間、知恵によってわらわを捉えたというか……面白い」
「いい女は義理堅いのよ……先刻のお礼、チップを弾んでしっかり返してあげるわ!!」
女二人、まったく同時に地を蹴り、激突した――

そしてその時には、クレセントは冷静に自身の状態を把握にかかっていた。
エルナが時間稼ぎを始めてから、また数秒と経過していない。
しかし彼の肉体はそれだけの時間で「一歩手前」からそこまでに持ち直していたのである。
しぶとさなら誰にも負けない――自分で言った言葉の妙に、いつもの彼なら思わず苦笑しているが――しかし。
……思ったよりも遥かに、その状況は酷かったのである。
(……全身……損傷が激しい……指一本、動かん……)
実のところ思考は回復していたものの、視界までは回復していなかった。
かろうじて音声は拾えているので状況を把握しきれないというわけではないが、これでは戦闘参加など無理である。
もっともすでに自己修復がかかっているし、この程度で「死ぬことはない」。
「死ぬことはない」が――
(再起動までに……どれほど時間をかけても……五十秒。……駄目だ、間に合わん――)
エルナは現在、白妙と真正面からまったく互角の立ち回りを演じている。
このままならば五十秒程度は簡単に稼いでしまえそうだが――だが、しかし。
エルナの戦闘時間には、体力からくる限界が存在するのである。
かつて砂漠の町でそれを目撃し、彼女の推定体力と現在の状況を照らしあわせば、32秒後に彼女の体力は切れる。
無論そのことを彼女自身が知らないわけもない――それで何故、このような行為に出たのかも判らない。
ただ判っているのは、体力の切れた瞬間、このままでは彼女は紛れなく一撃で殺されてしまうということであり、
残りの18秒間、自分を放置しておくほど白妙は決して甘くは無いということである。
(何かないのか……何か、手立ては……!)
自分の思考をフル回転させあらゆるシュミレートを行なっていくが、その全てが不可能と告げてくる。
自分の冷静などこかが、自分の人生は後40秒足らずで確実に終焉を迎えると告げている。
不可能と告げるのが自分の知能であり、冷静に告げるのが自分の理性であるということは判っていた。
常ならばそれに従うのが彼であり、パーティの中での良識たる自分の役目であるはずだ。
――しかし。
彼はこの時、これを真正面から否定していた。
(あきらめたくはない……あきらめられるか……あきらめん!!)
決して可能性を捨てず、果敢に立ち向かっていく。
自身の前で大鎌を振るう少女の思考が乗り移ったのか?
クレセントは無駄だと判っていても、とにかく可能性を探していた。
見つけ出す、ないならば作る、無理でも探し出す――
「……クレセント」
そんな時だった――自分の耳元で囁かれた声に気がついたのは。
このような自身の状態でなければ、その声がかけられる前にその人物の正体に気付いていたであろう。
しかしクレセントはこの声を聞いて、それで相手が誰なのかを理解し返答した。
「……ミレイユか……?」
「意識はあるのね――良かったわ。……立てる?」
「……いや……」
ぽそぽそとかすれるような声しか出ないが、首すら振れない現状では仕方がない。
ミレイユはしかし、その聞き取りづらいであろう自分の声に黙って意識を傾け、聞き取り――
「なら――そのままで。……私の今から言うとおりに行動してほしいの。聞いて……――」
ミレイユはそのままクレセントの耳元でさらに二言三言、囁いた。
クレセントの耳は、それを拾えなかったわけではない。
しかし――
「……どう、出来る?」
「出来ないことはない……が……それに、何の意味がある……?」
彼女が自分にしろといったことは、確かに自分でもシュミレートしたことのないことではあった。
しかしそれは、この状況を好転させることと何の関係性もない行動にしか思えないものだったためである。
そんなことをしても状況がよくなることはなく、悪くすらもならない。
要するにまったく無意味としか思えない行動なのである。
クレセントが異を唱えるのも無理はない――しかし。
「いいから言うとおりにして。――時間がないの。必ず、それで状況は好転するわ。
 だからお願い。私を――信じて」
ミレイユの、言葉。
彼女を信じていないわけではないが、この場面においては何の意味も成さない。
そのはずであるというのに、口はすでに詠唱を始めていたのである。
ミレイユのその言葉に――従うことに迷いがないということを、自分のどこかが冷静に分析する。
(……成る程。指示に迷いを抱かせないカリスマ性……上にたつものとしての素質は、十分か)
我ながら状況となんら関係のない思考に苦笑しながら、しかし現実のクレセントは詠唱を続けていた。

「速さを優先させれば力は落ちる……そなたの場合総合的に見て取ればその総力は変わらんが、
 力主体のわらわなどでは力の減少は総力の現象へと繋がる……ふむ、なかなか考えておるのう」
「私は頭一つで生きてきてるのよ、使わなかったら意味がないでしょう?」
まるで茶でも飲みながらのような、他愛のない会話――しかし。
実際には眼にも留まらぬ斬撃と打撃の応酬の中、乾いた音と湿った音で埋め尽くされた中での会話なのである。
その中で、白妙とエルナ。
二人はまったくの互角に打ち合い続け――
(互角? ……そんなものじゃないわ)
どこかで事実を客観的に思考しているエルナが、そっと今の自分に語りかけてくる。
(本当は辛いでしょう? ……全身が悲鳴を上げているわ)
正解である。
13歳という肉体年齢、それを考慮しても同世代の間でも低いこの身長、小さい体格。
本当のエルナの体力は、他人と同じ程度にしか筋肉を使わなかったとするなら――
彼女はそもそも自分の愛鎌「アヴェウナー」を頭の上に持ち上げることですら一苦労なほどに体力も筋力もないのである。
それを常人以上に筋肉を使うことによって補い、白妙と真正面から打ち合うという、
ラディでもカインでもなしえなかった偉業を果たしているものの――その反動は尋常ではなかった。
ただでさえ、超音波のダメージが抜け切っていないのである。
全身がぎしぎしと悲鳴をあげ、すでに視界は朦朧と狭まり真正面くらいしか見えていない。
白妙の攻撃も見てから反応しているのではなく、彼女の思考パターンから逆算した計算上の予測点に
あらかじめ斬撃を繰り出すことでなんとか凌いでいるものの、「限界」と言う言葉はとうに過ぎ去っている。
(辛いでしょう――あきらめたいでしょう――楽になりたいでしょう?)
とても甘美な囁きで、心がエルナに語りかけてくる。
そう思っている自分がいるのも紛れなく真実であった。
このまま斬撃の手を止めれば、次の瞬間、白妙の一撃は致命傷となって自分を葬り去るだろう。
致命傷、といえば恐ろしい響きだが、白妙は凄まじい手練れである。
痛みすら感じさせず、文字通りの「即死」で殺してくれるはずだ。
少なくとも、こうやって全身に拷問のように悲鳴を上げさせている今より――それはとても、楽だ――
(……けど……っ――!!)
その思考に異を唱えたのは、またしても自分自身の心であった。
自分は今、自分自身のためだけに大鎌を振り回しているわけではない。
自分の背後で倒れる男のため、彼を生かすために今全力をもって大鎌を振るっているのである。
そんな中で。
想像を絶するであろう苦しみの中で――それでも諦めることのないであろう、彼の目の前で――
自分から値を上げるなどという格好悪い真似が――出来るはずもない!!
(姉さん曰く!! ……いい女は、愛情・度胸と――)
「――どっ根性こんじょぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
凄い叫びとともに、腕も千切れよとエルナは大鎌を振り上げた。
その斬撃は瞬間、白妙の速度すらも上回り、彼女を弾き、たたらを踏ませる。
絶好のチャンスだった。
エルナも――白妙ですらも、この後の光景をはっきりと確信に近い想像で補完した。
大鎌を振り上げ、構えて。
一瞬の後それを振り下ろし、袈裟懸けに斬りかかる――
しかし。
……振り上げられた大鎌は振り下ろされることなく。
乾いた音を立てて地面へと落ち、転がったのである。
(こんな――時に――!)
肉体の限界であった。
腕を振り上げた奇妙な姿のままで硬直する、エルナ――白妙は一瞬で状況を理解した。
「疲れたかえ? ――賽の河原で、一息入れてくるがいい!!」
すでに連戦で巫女装束はぼろぼろになっていながらも、白妙はなお美しかった。
長い黒髪が空中に墨を刷いたように尾を描き――風を切って白妙はエルナへと踏み込む!
その姿を、はっきりと眼に捉えながら。
全身の血流が逆流したような中で。
思考を圧迫する心拍音の中で。
震える手をそれでも動かし、エルナは試験管を引き抜いて――投げたのと、白妙の掌底が放たれたのは同時!
だが、エルナは倒れなかった。
掌底が届くことはなかったのだ。
エルナと白妙、二人の間に突如現れその攻撃を妨げたのは――
「透明な……盾?」
白妙は掌底を突き出したまま、呆然とそれを見やった。
それはどうやらなにかの結晶体のようらしい――硬い手ごたえが、自分の掌に伝わってくる。
だがしかし、自分の攻撃を受け止めるなどという物質が、果たしてこの世界に――
「M−502とR−975のブレンドよ……それは人工的に、超々硬度の結晶体――『廠鋼結晶』の盾を作るの。
 七秒間しかもたないけれど……それより硬い物質は存在しないわ……!」
「切り札、ということか……じゃが」
エルナの言うとおり7秒が過ぎ、盾の手ごたえはすうっと消失する。
「じゃがその切り札も――地獄への旅路を僅かに遅らせるにとどまったのう」
白妙は改めて一歩退き掌底を構え、必殺のための踏み込みの間合いを取る。
しかし今のエルナには、その間合いから退くことすらも出来はしない――
しないというのに。
何故彼女の瞳は、まったくその輝きを失ってはいないのか――
「安心せい。そなただけが地獄に旅立つわけではない――」
「甘く見ないで――そう言ったでしょう。私の知能に――」
気迫だけで気圧されるほどの、凄まじい踏み込みの中で――
「皆をまとめて送迎してやるからのう!!」
「勝てると思っているのかしら!!」
交錯する、二人の女の言葉――そして!
「…………」
片方は無言でにやりと、笑みを浮かべる。
そしてもう片方は後ろへと思わず数歩退き、驚愕の表情を貼り付けていた。
「……な……?」
そして声を漏らして退いたのは、白妙のほうであったのだ。
踏み込み、必殺の一撃を叩き込もうとした白妙。
しかし踏み込み、突き出した腕は届かなかった。
間合いを読み違えたわけではない。
エルナが、かをしたわけではない。
……白妙の腕が――両腕が突如ひとりでに砕け散り、消滅したのである。
血も、痛みもない――まるで石像が砕けたように、両肘から先を失った腕を見やって。
白妙の疑問に答えたのは、笑みを浮かべたエルナ。
「S−502と……R−384のブレンド……言ってみれば毒ね。ただし肉体ではなく――精神の。
 心あっての肉体である貴女になら、これも効くはず……バハムート数千匹が狂い死にするほどの量ならば……ね……!」
しかしあの瞬間、エルナがブレンドを行なった様子はなかった。
が、白妙は苦い表情で舌打ちして――あるやりとりを思い出す。




「毒物かえ……? 人でないわらわにそのようなまやかしが通用するとでも……?」
「保険よ、保険」




「……あの時の!」
エルナは直接は答えずに――勝利を確信した笑みを見せ、そして――
「今よ姉さん、クレセント!!」
ミレイユは、これを知っていたのだ。
もっともあの戦いの中で、エルナが直接に教えたわけではない。
あのめまぐるしい戦闘の中――誰が何をしていたのかを完全に把握し、状況を分析。
そして勝つためへの行動を、完全に組み立てていたのである。
そして妹にも劣らぬ頭の冴えを見せた姉が指示したとおり、クレセントは詠唱を完成させる。

「時を知る精霊よ、因果司る神の手から我を隠したまえ……ストップ」

その魔法は白妙へ直接放たれたわけではない。
腕の動かない今のクレセントに、そんな真似は到底出来そうになかった。
だから彼はただ、自分から流れ出た血の溜まる地面へと魔法を唱えただけに過ぎない。
しかし、その地面には糸があった。
糸が――糸が描いていた魔方陣がまだ、残っていたのである。
魔法は糸へと行き渡り、そして白妙を見事に捉えたのであった。
常ならば、この手の類の魔法にひっかかるような白妙ではなかった。
しかし両腕を維持できないほどに精神毒の損傷が激しい今、抵抗力を欠いていた白妙をストップは直撃する。
白妙の動揺、その一瞬が数瞬に伸びた瞬間。
彼女を挟むように左右から猛然と近づいてくる、光と闇――カインとラディ!!
ミレイユが糸を使って届けたエリクサーを服用し、瞬く間に傷の癒えた二人――それは絶妙のタイミング。
数瞬を経て白妙の時間は戻ってくるが、ここからでは最早間合いに入り込んだ二人の攻撃をかわすことは不可能。
しかし両腕を失った今、彼らの一撃を受け止めることもまた不可能。
「おおおおおおおおああああああああっ!!」
「これでお前も――終わりだぁぁぁぁっ!!」
猛然と疾駆する黒。
瞬然と疾走する白。
――だが白妙は、まだ諦めてなどいなかった!
彼女の髪が再び生有るもののように動き出し、それが彼女の左右の中空に五芒星を描く。
それを取り囲むように八枚の護符が宙に貼り付けられ鳴子の音がからからと響く中、彼女は鋭く叫ぶ!
「――来たれ!!」
瞬間、凄まじいエネルギーが五芒星から噴出し、次の瞬間それは実像を伴って現世に固着する!
カインの目前に現れたそれは巨大なる竜。
それは大きく咆哮し、カインを呑み込まんと顎を開く。
しかしその肉体は骨だけで――だがその瞳のあるはずの穴には、明確で確固たる意思の輝き!
「くっ――おおおおおおおおおっ!!」
今更引けるはずもなく、カインはそのまま巨大な骨竜と真正面から激突した。
カインと竜、全身にまとうその気迫はまったくの互角、弾けたそれは光の輝きとなって宙を乱舞する――
「あれは……ルナザウルス!? いや……違う、その始祖というのか!?」
ようやく視界の回復したクレセントは、カインと激突したその巨竜の姿を見て愕然と呟いた。
ルナザウルス――名前の通り、月にのみ生息するこの竜は、その生態系も外見も他の生物とは一線を隔する存在である。
無呼吸でも生息できるように徹底的に生態を変化させたその外見はまるで骨そのものであり、
また苛酷な環境で繁殖するために彼らは生殖行為を行なわず、その骨のような体の一部を切り離すことで、
単細胞生物のようにそこから同類を生長させ、個体数を増やすという極めて稀な特性を持っている。
そして、全てのルナザウルスの原点とも言うべき始祖なる竜。
決して死なぬ伝説の不死竜――ジャジャラ。
今その伝説は、彼女の召喚を介して現実となり、カインを砕かんとその牙を剥いていたのであった。
一方、ラディの目の前に召喚されたのは巨大な一つ目を持つ、極彩色をした醜悪なモンスター。
ラディは知る由もなかったが、プレイグというフローダイボール達の始祖に値する存在で、
この見た目でありながら種族的には竜に数えられるという極めて稀な存在であった。
しかし――
「こんな一つ目お化けで――止められると思うなぁぁぁぁぁぁぁッ!」
そのまま一刀両断にせんと、ラディはさらに加速し、一気に差を詰めていく――だが、その時だった。
プレイグのその姿が歪んでいく。
その姿が明らかに、刻一刻と――別の姿へと、転生していく――!
「……一つ目の竜、その力極めし時姿転じて人となる……鋼すら切り裂く刃携え――まさか!?」
昔、研究で見た文献の一説――それを思い出したミレイユだったが、時すでに遅く。
最早そこに、一つ目の醜悪な姿であったプレイグの面影は、どこにもなかった。
黒く輝く甲冑に身を包み。
六本足の愛馬・スレイプニルに跨ったその騎士。
常軌を逸するほどの長大な大剣を片手に構え、いななき一つで横薙ぎに叩きつけるその騎士は――
(全ての暗黒騎士の神――暗黒の戦鬼・オーディン――!?)
ラディの驚愕はいかほどのものだったであろう?
一刀両断の必殺剣とされ、オーディンの代名詞とも言うべき必殺の太刀・斬鉄剣――
しかしもう、ラディにはそれをかわすことは出来ない。
出来ることはたった一つ――このオーディンを断ち切るしかない!
「あああ――はあああああああああああああああああっ!!」
全力で打ち込んだテュルフングが斬鉄剣と激しくぶつかり、黒い粒子を撒き散らした――

「く……まさか、これほど毒がきついものだとはな……」
左右で繰り広げられる光と闇の攻防を横目で眺めやりながら、白妙は一人ごち、両腕を見やった。
バハムート数千を葬り去るだけのことがあり、そうそう簡単には治癒が始まらない。
それどころか、崩壊こそしていないものの体を維持するには限界がきているらしく――足が動かないのだ。
本当ならば月の地下渓谷で同僚だった二人にこの場を任せ、退いて治癒に専念したいがそうもいかない。
(……仕方ない。この場で治癒を開始するしかないか……)
瞳を閉じ、自分の現状を把握する。
……この世界に持ってきていない精神体の大部分に比べれば、毛筋ほどの部分とて毒には侵されていなかった。
これならば数分間の時間をもてば完全に解毒することが出来るだろう。
問題はその数分間を稼ぐ時間だが、それも問題はない。
白衣の少女は行きも絶え絶え、黒い甲冑の男は自分よりさらに酷い肉体の損傷にそれどころではない。
赤いローブの学者が厄介だが、数分間程度なら髪の毛でしばらくは応戦することも出来る。
……あとは左右で拮抗する、ラディという若者とカインだが――
「く――ぐっ、あああああああああああああっ!!」
「うおおおおおおおあああああああああああああああっ!!」
ジャジャラ老もプレイグも。存在こそ自分より格下であるもののこの世界の存在としては最高に近い強さを持っている。
いかに二人が卓越した強さを持っていたとしても、たった一人だけの力で勝つことなど不可能。
時間稼ぎのつもりで二人に助っ人を頼んだが――うまくすれば、二人をしとめた後に残りの三人も――
「!?」
しかしその思考を、白妙は途中で止めざるを得なかった。
彼女の集中を妨げるほどの圧倒的な気迫を、感じ取ったからだ。
そしてそれは、新たに現れたものなどでは――無かった。
そう。彼女を脅かすほどの、凄まじいまでの気迫を――意志を、放っていたのは。
彼女の左右にいる、二人の男――

「ぐっ……はああああああああああああああああああああああああっ!!」
自らが折れないように――そう言い聞かせながら、テュルフングを握るラディだったが。
実のところ、拮抗など出来そうにも無かった。
流石に斬鉄剣で一刀両断、とまではいかずとも、斬鉄剣のその刃はじりじりとテュルフングを圧迫する。
限界を過ぎた肉体が信号の混乱を起こし、乳酸の溜まった膝ががくがくと笑い、背からぷちぷちと異音さえ響いていた。
暗黒騎士の神・オーディンの斬鉄剣。ここまで持っただけでも、彼は力ある騎士として名を残せたに違いない。
――だが。
「……それが……どうした……!!」
じゃり、と靴の裏が滑る。
後退しながらも、しかしラディの双眸から――その紅から意思は消えていない!
「それが――それがどうしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
喉が裂け、血も吹き出すのではないかという絶叫の中で――信じがたいことが起こっていた。
ラディの後退が、ぴたりと止まったのだ。
その右腕、オーディンの膂力にすでに限界寸前、感覚も無いはずの右腕にラディは全神経を注ぎこむ。
「斬鉄剣がどうした……ここで……ここで、オレが……オレが……死んだらぁっ!!」
オーディンに勝つためにはただ一つ。
斬鉄剣が放たれる前に仕留めるしかない。
それはすなわち、一度放たれた斬鉄剣に打ち勝つことは絶対に出来はしないからだ。
幻獣図書館にある本の一節。
歴史的事実によって書き連ねられたその真理が、今覆されようとしていた。
目の前にある――目の前でラディの見せる、新たなる事実によって。
「死んだら……守れない……守ることが、出来なくなる……っ……!!」
ラディの脳裏に、全ての光景がフラッシュバックしていく。
勝手知ったる自分の生まれ故郷・バロン。
――今は亡き、父。
全ての慙愧と絶望の交錯した場所。
――ぬいぐるみを抱く、少女。
霧深い山中の中、最初の出会い・ミストの洞窟。
――甲冑を着込んだ、寡黙なる賢人。
幻獣の力で生まれた切り立った山・ミスト山。
――まるで太陽のような女性。
最先端の科学と人の賑わいの交錯する国・ダムシアン。
――自信と知性を小さな体に詰め込んだ少女。
別れと出会いの交錯点・ホブス山。
――久方ぶりに出会った、恩師でもある先輩。
……そして――




「お兄ちゃんは、きっと暗黒騎士になってね。……約束だよ――」


「私は今、生きてる。私とラディはこれだけ近くにいるけど、私は生きてる。
 ……別にラディに殺されてなんかいない――でしょ?
 いつ殺す殺さないなんていう、くだらない仮定にやきもきするより……今を感じなさいよ。
 案外、それだけで……結構歩けたりするものなんだから」




「死んでしまったら――オレは守れなくなるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
全ての意識を、右腕へ。
右腕を通してテュルフングへと注ぎ込む。
「お前が……立ちふさがるのなら! 鋼さえ切り裂く刃が、オレの前に立ち塞がるというのなら――」
自らを――自らの根源そのものを、テュルフングへと反映させるイメージ――それを今、爆発させる!
「オレの剣は立ち塞がるもの全てを――そう、全てを断つ刃――全断ぜんだんしていくだけだぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
全てを切り裂くイメージに、テュルフングが今鼓動を返す!
黒が拡大し、膨れ上がる刀身が斬鉄剣に切り込みを入れる。
そのまま――全てを断つ全断ぜんだんの刃の名を、ラディは言葉にし――現実へと固着させた!
「斬り裂け、オレの――アポカリプスッ!!」
瞬間、ラディの暗黒『アポカリプス』は完全に発動した。
その刃は一瞬で鋼を断つ斬鉄剣を、オーディンを一刀両断し。
そのままラディは駆け抜け、地を蹴り、猛然とその刃を振りかぶる――

「逃げない……引かない……退かない!! 俺にはそんな――時間は無い!!」
ジャジャラの圧倒的な気迫の前に、完全に拮抗したカイン――ホーリーランスの、ひびが広がる。
しかしそんな自分の槍に、カインは叱咤の言葉を掛けた。
「ホーリーランス! お前も俺の槍というなら――信念を見せろ!!
 お前を携えている男は……誰にも負けぬ、槍のような生き様の男――全てを貫く!!」
ホーリーランスへと自らの命さえ注ぐように。
この体すべて一つの槍となり、貫くイメージを全身へと送る。
その持ち主の覚悟にホーリーランスは今、その傷ついた体で全力をもってそれに応える!!
「こんな骨如きが――俺を止められると思うな!! 俺の名は……全てを貫く、この俺は――!!」
ジャジャラの全身に、亀裂が走っていた。
最早それは拮抗ではない。
全てが白へと回帰する中で――カインは今、その男の名を口にする!!
「俺は――カイン・ハイウインドだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
凄まじい光を放つホーリーランス――ジャジャラの全身が今、粉々に砕け散る。
それにすら構わず、カインはそのままの姿で。
光となって、その左腕を突き出していく――

全てを貫く光の一閃。
全てを切り裂く闇の一太刀。
何者をも、その力を止めることなど出来はしない。
彼らはただ猛く――猛く、前を向きその力を示すだけなのだから。
最早言葉にすらならぬ、魂の咆哮を叫んで。
最早感情ですらない、原初からその身に刻まれた意志を携えて。
その一閃が、古の竜の体を貫く。
その一太刀が、古の竜の体を切り裂く。
そして――二つの力は邂逅する。
二つの力は共鳴する。
二つの力は――ぶつかり合う。

――全てが。
白と黒、ただそれだけが世界を染めて――

凄まじい爆発。
光と闇――二つの究極的な、そしてまったく逆のベクトルをもつ力は、
互いにぶつかり合いその焦点である白妙の体内で、凄まじいエネルギーを生んだ。
そのあまりの力は次元に歪みを作り出し、瞬間、こちら側へと干渉した次元の狭間。
しかし自然下において次元の狭間が長時間干渉することなどは出来うるはずも無く――
強制的に元に戻ろうとする力と、次元の狭間が存在しているという矛盾が生み出すエネルギーがぶつかり合って――瞬間。
その空間は崩壊し、崩壊した空間は連続して辺りへと伝染・連鎖爆発が立て続けに発生していく。
空間にエネルギーは飽和し、周囲の空間が破壊されたことによってそのエネルギーは行き場を失い――そして、超爆発。
結果として――全ての爆発が収まった頃には、ホブス山の約三分の二が完全に消滅してしまっていた。
「むう……大丈夫か、二人とも?」
「さんきゅ、クレセント♪」
「助かったわ……というか、助けられちゃったわね……結局」
爆発の起こる寸前、クレセントの張った絶対障壁――合成魔法『ウォール』が発動し、
エルナとミレイユはその爆発に巻き込まれずにすんでいた。クレセントも未だ本調子とはいかぬものの、
すでに肉体の損傷は気にとめずともよいレベルにまで復調している。無論、体が動かぬなどということは無い。
……しかし――
「クレセント……ラディと、カインは――?」
「……判らん。あの爆発を巻き起こしたその中心に居たのだ。私の魔法で干渉するのは、不可能だった……」
障壁の外では粉塵が未だ濛々と舞い上がり、気配を探ろうにも歪んだ移相のせいでまったく掴むことが出来ない。
と――やがてクレセントたちはゆっくりと、クレーター状になりすっかり標高の落ちたホブス山へと着地する。
凄まじい熱量で、岩は溶けて光沢をきらりと返していた。
……そして、粉塵が晴れて。
景色の殆どを消し飛ばし、なぎ倒した爆発の先には――何も無い。
巫女装束を着た女性も、青い甲冑の竜騎士も――黒い甲冑を着た、あの押しに弱そうな男の姿も――何一つ無かった。
「……そんな!? ラディ……ラディ!?」
呆然と、掠れた声でミレイユが呟いた時。
――耳をつんざくような音が、彼女の言葉をかき消して――
「――上か!?」
クレセントが頭を跳ね上げた時、上空はるか先から。
白と黒――二つの落体が地表へと激突し、土砂と粉塵を爆発的に撒き散らした。
それがやがてゆっくりと晴れて、そこに立っていたのは。
甲冑は砕け、最早肩当て程度しか残っておらず、下に来たインナーを晒した半身。
手にした黒い剣、白い槍が重たいといわんばかりに背を曲げ、何とか立っているという状態。
しかしその、男達は。
決して死んでなどいない、その男達は――
「……ラディ!!」
「カインも――無事のようだな」
ラディの瞳がカインを映す。
カインの瞳も、またそこにいるラディを映し出していた。
互いに、互いの姿を見ながら――すっかり乾いた唇を動かし、呟く。
「……ぼろぼろだな、ラディ……」
「カインさんだって……結構、無残な姿ですよ……」
「無茶を……したからな……かなり」
「そうです……ね、あれはちょっと……頑張りすぎたかも……しれません」
ともすれば風に消えてしまうような小さな声で、しかし二人には、それで十分だった。
それは最初、すきま風がひゅうひゅうと鳴るような掠れたものだった。
しかしやがて明瞭となり、しだいに大きくなるそれは笑い声。
二人は、互いにどちらとも無く笑っていた。
ただ、こみ上げてくるその衝動に身を任せ。
体裁も外聞もそこになく、男達は笑う。
笑って――そして笑いを収め、噛み締めて。
「……まだだな」
カインはゆっくりと背を伸ばし、さらにひびが広がったホーリーランスをそっと左腕に構える。
「……ええ、まだですね」
ラディもまた折れた背をしゃんとのばすと、テュルフングを構え――そっと短剣を添えて。
二人、示し合わすこともなく宙を見やってまったく同時に口を開く。
『まだ終わらない――ここで終われる、はずがない!!』
「――そうじゃな。まだ……まだこんな程度で、終わってよいものではあるまい」
その声は二人の視線の交錯する場所、中空からもたらされたものだった。
まるで小川のせせらぎのような涼やかな声――その持ち主、白妙は。
宙に浮かんだ彼女は、下半身が無かった。
上半身も肩先から腕は無く、消し飛んだ衣服の換わりに、長い髪がその白い肌を隠している。
そのような姿でありながら彼女はなお美しく、彼女の表情は相変わらず生き生きとしていた。
あの超爆発を体内で喰らっていて、しかしまだ生きていたのである。
「まったく……よってたかって人をぼこ殴りにしよって。しかも裸にひん剥くとはのう。
 カインよ……お前はそういう趣味の持ち主じゃったのかえ?」
「時と場合によるな――それよりも」
ホーリーランスの穂先をびっと突き出す。
「やるんだろう? ――続きを」
「まったく……お前は盛りの付いた畜生か?」
凶悪なまでの笑みを浮かべたカインに、白妙は肩をすくめるようにして。
「――じゃが、そうじゃな……まだこの程度で終わるなど、ありえんの」
「そういうことだ……やるなら、徹底的にやるぞ。徹底的に――俺も、お前も!!」
カインの瞳が音が立つほどに精彩を増し、輝きが溢れる――それを見やって。
白妙もまた笑みを浮かべる。
戦いを愉しむ、獣の笑みを。
「――ならばそろそろ、わらわも見せよう。
 人身の殻を抜け出て――真の姿を。
 そなたらを地獄へと導く――西海白竜王、その竜身の姿を!!」

瞬間、白妙の体から凄まじい輝きが放たれて。
眼もくらむほどの光の中で――逆行の中、白妙の金の瞳が燃え上がる様に輝きを増す。
金の輝きを残して彼女のシルエットが崩れ、消失していく。
……そして。
そして――大気が爆発したかと思えるほどの、凄まじい気流の嵐が吹き荒れる!
その中で、彼らは。
ラディは――見た。
真珠の滝が天へと昇っていくその様を。
否、それは真珠の滝などではなく――眩いばかりに輝く、鱗。
圧倒的なまでの存在感を、その巨躯に包んで。
宙で何度もとぐろを巻いて――その体同士が擦れて、数百万の真珠が瞬いたような輝きを放つ。
格の違い、それを魂の根源から感じさせる中で。
その顔が――その金の双眸が、ラディたちを見据えた。
その輝きは確かに、かつては白妙と呼ばれていた女性と同じものだったかもしれない。
しかしそこに感じられる力は、あの白妙ですら子供騙しと思えるほどの覇気。
荒れ狂う暴風の中、それに翻弄されるあまりに矮小な存在を、それは笑っただろうか?
否。
笑いも蔑みもせず、ただその中で静寂を保っているその姿は、正に王と呼ぶべき存在。
決して誰かに膝を折ることは無く、その前では誰しもが圧倒され、平伏してしまうほどの存在感。
根源なる存在――太古の昔から存在した、白き竜。
それは王だと、誰もが確信した。
そして王は天を見据え、咆哮を上げる。
長い戦いの始まりを告げる――力強い、咆哮を。

――四海を統べる四竜王が一人、西海白竜王。姓をごう、名をじゅんあざな叔卿しゅくけい
その王の降臨である。

戦いはまだ、終わらない。




【中書き】