Final Fantasy W After Story

第二十八・二十九話-a すべては再び舞い上がるために(前編)

ホブス山。
人の住める場所ではない霊峰として名高いこの険しい山の中で、この山で普通に生活している白妙は一人物思いにふけりながら歩いていた。
「……ふむ……今日は何の鍋にしようかのう……?」
ひととおり料理は作れる――というか「創れる」白妙ではあるが、基本的にカインと生活してもっぱら作っているのは鍋ばかりだ。
とはいえその中身はけっして単一ではない。
その時その時の旬の材料を使い、けっして鍋だけで飽きさせぬよう知恵を絞り、工夫が必要とされるのである。
「……昨日は鴨……一昨日は蟹、か。……ここのところ高級食材ばかりを使用しておるな。
いかんいかん、それでは舌が贅沢になってしまう……ならばここは原点に返り、湯豆腐か……?
しかしそれでは腹持ちがいまいちじゃし……むぅ……」
ぶつぶつと呟きながら考え込む白妙。
と――ふと自分のやっていることに気付き、苦笑してしまう。
人ではない白妙にはそもそも食事をする必要性はないのであるし、
カインはたとえ年中同じものを出しても心に不満を抱えこそすれ文句はけっして言わないだろう。
にも拘らず、こうやって日々の行動に一つ一つ思いを巡らせ、趣向を凝らそうとする――
まるで人間のようである。
オズマあたりに見られたら、さぞ皮肉を言われてしまうであろう。
……と――その時。
ふと顔を上げたところで、カインがいることに気が付く。
「おお……丁度よいところに。……カイン。今日の夕餉じゃが――」
「……白妙」
だが、彼女の言葉を静かに、しかし有無を言わさぬ雰囲気で遮るカイン。
そしてその瞳が、白妙の瞳を正面から見返す。
口を、開く。
――告げる。
「……白妙。俺はこの山を降りる」
それは他人から聞けば、表面どおりの意味しか持たない言葉。
しかし二人にとっては、これほどにまで重要な意味を持つ決定的な言葉は無かった。
その、言葉に――沈黙を挟み、白妙は静かに一つ頷くと、
「……判った。山頂で……待っておる」
カインが静かに了解の頷きを返したのを確認して、白妙はくるりときびすを返した。
……なんとなく、そう言うのだと判っていた。
何故なら、自分を見返したあの瞳――それが今までのようなものではもう、無かったから。
まるで満天の星空を砕いてはめ込んだような、精彩に満ち溢れたあの瞳。
五年前に相対したあの瞳へと、戻っていたのだから。
……山頂へと歩んで行きながら、軽く目を閉じる。
カインの中にあるスイッチが入り、彼は蘇った。
眠りの時間は――夢はもう、終わりなのだ。
ここからカインを待ち受けるのは――カインが生きるのは、現実。
ならば自分も、そろそろ目覚めなければいけない。
スイッチを――入れなければ、ならない。
……心の中で何かが身じろぎしたように思えたが、もう気に留めることも無かった。
瞳を、開く。
その時にはもう、彼女は完全に心を切り替えてしまっていた。
この山に住む白妙から――原書の刻より存在するものの一つ、白竜へと――
ホブス山に響く、刃と刃の響きあう音。
宙を舞う短剣を補強した靴裏が蹴り飛ばし、黒き弧を白い弧が弾き返す。
斬り、突き、跳ね、払い、薙ぐ。
競り合いが火花を散らす中――その大立ち回りを演じて見せていたのは――
「くっ……まさか……ここまで防御が硬いなんて……っ!」
がちがちと完全に力が拮抗している中、テュルフングに全体重をかけながらラディが呻く。
「当然よ。貴方の行動はすべて計算済み……私の知能に勝てると思っているのかしら……?」
一方――そのテュルフングの刃を大鎌『アヴェウナー』で受け止めるエルナは涼しい顔をしたままだ。
「私は剣術や格闘術なんて、一つも習ってはいない……けれど、私にはこの知能がある。
相手の動きをすべて予測し……それに対して、自分の力をすべて知覚していれば……はぁっ!!」
瞬間、拮抗は崩れた。
しかもあろうことか、対格差で圧倒的不利なエルナがラディを押し返すという形で。
その勢いを考えれば、数歩たたらを踏むだけで押しとどまったラディも流石だが、それは致命的な時間を与える。
その時にはエルナはアヴェウナーを振りかぶり、完全にラディの肩口をその刃の範囲に捕らえていたからだ。
退く時間も無く、かといって留まっていれば切り裂かれる。
大鎌の独特な刃に、この体勢からテュルフングを翳しても受け止めることは難しい。
なら――どうするか?
これまでに数々の修羅場をくぐったラディにとっては簡単な問いであった。
ラディはそのまま、逆に自分の方からエルナへと突撃していったのである。
「!?」
大鎌はその独特な形状ゆえに間合いは非常に広いが、あまりに接近されると攻撃方法を失ってしまう。
それに気付いたエルナは慌てて大鎌を振り下ろし、その進入を阻もうとするが――すでに遅い。
この密着状態ではラディもテュルフングが使えなかったが――代わりに手元に戻ってきた短剣を手にさらに踏み込み、迅雷の速度で突き入れる!
が――寸前、片足を軸に体を逸らし、まさに紙一重という所で刃は胸元を避け、そのままラディは走り抜ける。
ラディが再びテュルフングと短剣を構えた時には、再びエルナは大鎌を構えなおしていた。
数種の、硬直。
それが破られたのは、二人がともに地面にがくりと膝をついた時であった。
「ハァ、ハァ、ハァ……しっかし、本当、すごいな……まさか、ここまで強いなんて……」
彼にしては珍しく、息を切らせながら感嘆する。
「と、当然……私の知能には……誰だって……勝てないんだから……」
一方のエルナも、胸元を手が白くなるほど握り締めながら息を切らしていた。
「……アンタ達も、ただの稽古の延長なんだから本気でやらなくてもいいでしょ……普通」
そんな二人の様子に、ミレイユは呆れて肩をすくめていた。
――ラディが意識を取り戻してから一日。
肉体的には完全に治癒は完了したものの、やはり相当に体をなまらせてしまっていて――
それを引き締めるために、ラディはエルナに頼み込んで相手になってもらっていたのである。
彼女の戦いぶりは以前ダムシアン城で見たことがあるが、実際に打ち合ってみて改めてその強さに気付かされる。
「今日はまだ斬撃だけだったからよかったようなものの……これにブレンドまで加わったら、正直ヤバかったかもしれないな……」
ぞっとしたように首の辺りをさするラディに、ブレンドで体力を回復させたエルナはしかし、
「あら……貴方だって全力を出し切っていたって訳でもないでしょう?
あの『暗黒』も使ってなかったんだし。……それに、先刻の突きは正直、ちょっと危なかったわ」
「そうねぇ。あれはきっと私だったら決まってたと思うけど……あれをかわせたのはエルナだからだと思うわね♪」
「姉さん……」
ミレイユはうんうんと頷くと、エルナへとにっこり笑って、
「なにせエルナは、世界でも有数・希代稀に見る『真・貧乳』だから、半身になれば刺さる胸も――」
ミレイユの言葉は、しかしその時凄まじい勢いで回転して飛来した大鎌で強制的に停止させられた。
大鎌の柄でしたたかに打ち据えられ、明らかに危険な鈍い音とともにそのまま吹っ飛んでいくミレイユ。
「……少しでも姉さんにまともな返答を期待した私がバカだったわね……。
まあ、ともかく……これでラディ、貴方の身体的なポテンシャルの低下は復調したと思うわ」
「ああ。……ありがとう」
「いいわよ。……私も自分の戦闘データが採取できるんだし。また機会があればやりましょう」
「その頃には、エルナの『88ギル洗濯板胸』もちょっとは成長して――」
起き上がったミレイユのその一言に、今度はエルナ自身が飛来している。
凄まじい勢いで鉄骨補強の靴から繰り出される飛び蹴りを叩き込まれ、きりもみして吹っ飛んでいくミレイユ。
「……ホント、二人とも相変わらずだなぁ……」
一人ぽつねんと置いていかれた形となるラディは苦笑し、ぽりぽりと頬をかいた。
……と、その時。
「……ラディ」
突如かけられた、声。
知らぬ声ではない。振り返ったそこにいたのは――
「……カインさん!?」
「フッ……俺以外の誰に見えるというんだ?」
ぽんぽんとラディの頭を叩き、カインはラディのそばに腰を下ろした。
しばし二人に言葉は無く、吹き抜ける風が火照ったラディには心地よかった。
……が、その沈黙を十分に堪能した頃、カインが口を開く。
「……済まなかったな」
「え?」
「あの時はいきなり、お前に襲い掛かるようなことをした挙句、致命傷ぎりぎりまで痛めつけて……。
この程度で済むようなことではないと思うが……本当に、すまん」
素直に頭を下げるカインにラディの方が逆に慌て、面食らってしまっていた。
「べ、別にいいですよそんな!? もう、体も大丈夫ですし……だからそんな、頭を上げてくださいって!!
それよりも……カインさん、オレの方こそすみませんでした……。
あの時は、その……カインさんのほうこそ、怪我は大丈夫なんですか?」
「……俺か? ああ、俺も怪我に関しては問題ない。白妙に治療してもらったからな。……ただ――」
カインは左手を頭上に翳す。
一瞬の間を置いて、何も無かったそこに光が現れ――槍となって手ごたえを返す。
「ただ、こいつの破損は流石に修復できなかったがな……」
光を放つホーリーランス――光を放つがゆえに、いやがおうにもその身に刻まれたひびは一層醜く映っていた。
「形あるものはやがて壊れる。……判ってはいるが……惜しいことをしてしまったな」
と、慌ててカインはラディに向き直ると、
「あ――勘違いするなよ? 別に俺はこのことに関してお前を責めようと思っているわけじゃないからな。
この槍がこうなったのは……そもそも俺の責任だ」
「……カインさん、それは違――」
ラディの言葉を、カインは手で制すると、
「いや。……こればかりは譲れん。
だが……だからこそ、オレはもう自分の弱さでこいつを傷つけたりはしない。そう誓った。
いずれこの槍は砕けるだろうが……その時は、俺の全てをかけた一撃を放った時――その時だ。
けっして敗北して――自分のふがいなさ、それでこいつを逝かせる事はしない」
「カインさん……」
「フッ……済まなかったな、ずっと腑抜けた俺を見せていて。だがもう、俺は二度とああはならない。
……弟分の前で、あまりみっともない真似を見せるわけにいかんからな」
カインはおどけて笑ってみせる。
それにつられて、ラディもついつい笑ってしまっていた。
そのまま二人、しばらく笑っていたものの――やがてそれを収めると、
「けど……カインさん、少し変わりましたよね。なんというか、吹っ切れたというか……」
「……そんなにいじけていたか、俺は……?」
「いじけてた……か……どうかは判りませんけど……。なんというか、燻ってた様には見えました。
初めてあった時からですけど……あの時は特に。打ち筋も酷く荒れていましたし」
「そうか……」
「ええ。……ですけど――」
甲高い音が、ホブスの霊峰に響き渡る。
ラディの叩きつけてきたテュルフングを間一髪、カインはホーリーランスで受け止めていた。
「ですけど……今は、全然迷いも無くて……不意打ちでも、隙が……狙えませんし……っ……!」
「そうか……それは……良かったよ!」
カインは背筋の力だけでラディを押し返す。
ごろごろと横転するラディに、カインは槍を構えたまま、
「まったく……いきなり前触れも無く斬りかかってくるヤツがあるか」
「カインさんだってそうだったじゃないですか」
「あれは……一言、先に言っただろう」
「殆ど言ったと同時じゃないですか。第一あの時でも突きの速さは音速超えてましたよ」
「そうだったか?」
「自慢じゃないですけど、オレじゃなかったらあれで死んでましたよ……」
ラディの言葉に、カインは苦笑しつつ――思う。
……どうやらラディも、気付いていたらしい。
俺の中にある、矛盾――歪み――虚偽を。
案外セシルもローザも、いや、ともすれば俺以外の全てがそのことに気付いていたのかもしれない。
気付いて――それでも、俺のことを――
「……結局……見えていなかったのは、俺一人だったか……」
「……カインさん?」
覗き込んでくるラディに、カインは慌てて顔を上げると、
「ああ、いや……何でもない。それよりラディ」
一つ咳払いをして、何気なさを装ってカインは尋ねた。
「そういえば……お前たちはいつごろこの山を降りるつもりなんだ?」
唐突に今までの話とまるで関係ないことを言われ、しかしラディは顎をしゃくって答える。
「そうですね……オレも体調が回復しましたし、出来ることなら今すぐにでも」
「それはまた、性急だな……そんなに、急ぎの旅なのか?」
「……いえ、そもそもオレは暗黒騎士の情報を探して旅をしてるだけですし……ですけど他の理由で、少し」
彼が思い出していたのは、砂漠の大国・ダムシアンでのことだった。
クリスタルを見た時に起こったクリスタルの暴走現象。
ダムシアン国王ギルバート七世は、ラディ達の旅に便宜を計らってくれる代わりに、
クリスタルを保有するほかの国家へと、そのことを知らせる使者としての役目があるのである。
あの後、クレセントの話では「そうそう短期間に起こるものではない」らしいのだが――
「……そうか。なら――仕方ないな」
「えっ?」
なにが仕方ないのか――ラディはそう問おうとするが、それより早くカインの手がラディの頭に乗せられていた。
「……頑張って、暗黒騎士になれ。……お前なら、きっとなれるはずだ。
誇れるものかは判らんが……お前は俺の、自慢の大事な弟分なんだからな」
くしゃっとラディの頭をなでてカインは立ち上がり、その場を後にしていった。
その後姿を――何かを言うのをためらったカインの後姿を、ラディはずっと見つめ続けていた。
「……何故、言おうとしたことを躊躇った……?」
横合いからかけられた声に、はた、と足を止め、カインは瞳だけを動かす。
そこにいたのは、重厚な重甲冑の男――今はクレセントと名乗る男・ゴルベーザ。
「……何のことだ?」
「惚けるな。……お前がこれから何をしようとしているのか……判らぬ私ではない。
お前はその助力を頼みに、ここへと着たのではないのか……?」
その言葉に、カインは即答をしなかった。
だが、やがて観念したように軽く息を吐くと、
「……俺は山を降りる。山を降りた、その後は……ラディの旅に付き合おうと思っていた。
久々に会った後輩がどれだけ成長したか……もう少し、見てみたいと思ったからな」
視線を山の外へと向ける。
広大な森林と山岳、風光明媚なファブールの俯瞰を目に移して続ける。
「……だが、俺にはまだ、やり残したことがある。……そしてそれは、少し危険だ。
確かに一人では厄介だが……場合によっては命に関わることもある。
いくらラディの先輩だからといって、そんなことに付き合わせる訳にもいくまい」
カインはそのまま、クレセントの横を通り過ぎようとして――しかし再び、足を止めた。
「……いや、違う。そんな理由じゃないな。これは……また、言い訳でしかない。
自分を傷つけないようにするための……また、自分を護ろうとする言い訳でしかない」
振り返らない、カイン。
長い金髪が風に靡いた。
「……本当はただ、怖いのかもしれんな……。拒絶されることが。
ラディに頼んで……それを断られてしまうことが。
ラディなら断るはずが無い。ラディならきっと、この俺のわがままを聞いてくれる……。
そう思うからこそ……逆に、それが俺の思い込みかもしれないと思うと……たまらなく、怖い」
そこで笑ったのが、クレセントには判った。
決して自嘲の笑みではない。
さりとて、健全的なものからは程遠い笑い――
「……俺がセシルに適わないわけだ。あいつはこれほどの不安を抱えて……ああやっていられるんだからな。
いや……セシルだけじゃない。誰もがこの不安をいつも抱えて……それでも、普通に振舞って生きている。
自分を偽っていた俺は……そんなことすらも見えていなかったとは……。これで気高い竜騎士とは笑わせる」
顔は見せずに笑いを納めて、カインは再び歩き出した。
その背に向かって、クレセントは相変わらず冷静に言葉をかける。
「……お前は……死ぬつもりなのか?」
三度カインは、足を止める。
今度の沈黙は、今までのものよりも長かったが――
「……みすみす命を投げ捨てはしない。俺が死ぬことで悲しむ人間が……少なくとも一人はいるからな。
それがいる限り、俺はもう自暴自棄で命を賭けはしない。だが――」
カインはゆっくりとクレセントへと向き直る。
そこにあったのは恐怖? 蛮勇? それとも――狂気?
否。
そこにあったのは。
その天空の欠片に湛えられていたのは、最早揺らぐことの無い、信念――
「――たとえ死ぬとしても……ただでは死なんさ」
そして長い金の髪を翻し、彼は山頂へと向かって歩き出す。
クレセントは何も言うことなく、その背を――その決意を見届け。
カインとは反対の方向へと――自らの歩むべき道へと、歩き出した。
霊峰ホブス山、山頂――
有名なのは五年前の騒動において、当時はモンク僧であったヤン・ファン・ライデン現ファブール大僧正が、
セシル達の手を借り、この山に古代から存在していたというボム種の珍種・マザーボムと戦ったとされる場所。
しかし、それ以外にももう一つ、この山の山頂には開けた部分が存在した。
過冷却水の流れ落ちるホブス山の「氷の滝」のように、それは人の与り知らぬ秘所。
普通に山を越える時にはまず、足を踏み入れることの無いその場所で――
一人、吹く風に向かうようにして立つ、巫女服の女性。
つややかな黒髪を靡かせ、山外の光景に金の瞳を細めるのは白妙である。
言葉は無い。
まるで心さえその風に晒しているような、そんな無防備さでただ、空を見つめていた。
全体的に気候の温暖な蒼き星で、唯一気温が氷点下を下回る時もあるこのホブス山。
そんな凍れる空気だからこそ、この山では唯一、空の色が少し違っていた。
とても薄い青に刷毛で薄くはいたような雲がかかって、灰色のような、不思議な色合い。
その空を見上げている白妙の胸に去来していたものは、一体なんだったのだろうか――?
「……来たか」
だが、白妙はその眼を空から自分の背後へと向けた。
聞こえていたのは、小さな足音。
靴裏が砂をかむ、すこしざらついた音。
隠しもせず、しかし誇張もせず、自然体の歩き方でその音を鳴らす男は近づいてくる。
兜こそ失ったものの、それでも竜を象ったような蒼い甲冑。
長い金髪。
そして双眸は、天空を砕いた欠片の色――
「……待ったか? 白妙」
「ほどほどにの」
「……そうか」
男――カイン・ハイウインドはただそれだけを呟き、足を止めた。
二人の距離、長さにして5m。
……互いに、つめようと思えば一瞬にして0へと変えることの出来る、その距離を保ち。
金と青の双眸が、互いを互いの瞳に映し出した。
「……カイン。そなたは言った。この山にとどまることを決意した、その時に。……覚えておるか?」
「『この山を降りる時は、お前を越えたその時だ』。……自分で言ったことだ。勿論、覚えている」
淀み無い返答に、白妙は満足したようにひとつ頷く。
「ならば……判っておるな?」
「ああ……そのつもりで――そのためだけに、俺はここに来たのだからな」
左腕を天へと掲げる。
光はそこに収束し、次の瞬間には、それはしっかりとした質量と感触をもって応えた。
光の槍・ホーリーランス――いつものくせでくるくると回して――カインは構える。
一方白妙のほうも姿勢は同じ自然体のままで、しかしそこから寒波にも似た気迫が揺らめいている。
ここまでならば、いつもの手合わせとそう代わりはしない――しかしいつもとは違っていた。
今日はすべての決着をつけるために戦うのだ。
白黒をはっきりと、明確にさせるために。
いつものじゃれあいとは訳が違った。
腕一本、足一本では済まされることは無い。
完全な決着をつける――それは、互いが完全に心からの敗北を認めたその瞬間。
しかし二人は、たとえいくら打ちのめされようとくじけるような心は持ち合わせていない。
ならば敗北を決めるのはそう、互いが完全に戦闘することを放棄するまで。
そしてそれは恐らく――死ぬまで。
「……何故、一人で来た? わらわはてっきり、ラディ殿たちを引き連れてくると思っていたが」
「フッ……これは二人の問題だ。他人が踏み込んでいい問題ではない。
……そう言いたかったところだが――生憎それほど俺は格好よく無くてな」
肩をすくめて、しかしそれでも怯えは見せずにホーリーランスを握りしめる。
「まあ、いいさ……どちらにしろ、俺には案外、一人の方が性にあってるかもしれん」
「それで一人、か……。ならばお前は、まだ自分の力がわらわに遠く及ばぬことを承知しているのかえ……?」
白妙の言うことは真実だった。
自分でも、どこか冷静な部分がそう感じていたからだ。
今の自分が戦っても、白竜にならぬままの白妙にすらかなわないであろう事が。
……だが。
だが――
「それでも……俺はここで退くわけにはいかん。……俺は単に、決着をつけるためにここに来たのではない。
俺は、確かめるためにここに来た。俺のすべてを……もう一度、確かめるために」
そうだ――あの時も。
五年前の騒動の後、俺が試練の山に籠ったのも最初はそのためだったはずだった。
だが俺は、道を見失い、すべてを失いそうになり――ようやっと、出発点にまで戻ってこれたのだ
「俺の中にあったもののすべてを、一つ一つ確かめるため……そのために、ここで俺が退くわけにはいかない!
俺は逃げず……全てと向かい合うことを決めた! だから――勝ち目があろうと無かろうと、そんな事は関係ない!
俺はもう、自分可愛さの偽りで自分を欺く真似をしない。自分を偽る言葉――自分を守る独善の盾など必要ない!
それに護られる弱い自分でありたくない! だから戦う――戦って、俺は今までの俺を乗り越えていく!!
ただそれだけだ!!」
それは、嘘偽りの無い言葉だった。
自分に正直な言葉だった。
格好よくは無い。洗練されてもいない。
だがこの時、カインは初めて自分の言葉を口にしたのだ。
自分の心に偽りを見せず、屈することもしない勇気を自分に示したのだ。
……だから。
白妙はその言葉を瞑目し、噛み締めて――
「……やはり殺すには……惜しいのう」
「どうした? ……まさか今更、怖気がついたなどとは言わないのだろう?」
「つまらん冗談を言うな。……ただ、そういう決意を人で無いわらわに話しても、あまり意味は無いぞ?
ゆえにもし、言うのなら――お前の背後にいるものたちに言うべきと思ったのじゃよ」
白妙の、その言葉に。
カインはようやく気がついた。
自分の後ろに、四人の人物が立っていたことに。
無理は無い。
白妙の挙動に全神経を注ぐあまり、彼らのことに気がつけなかったことは。
振り返る必要も無かった。
こんなところにこれるのは――思い当たるのは、たった四人しかいないのだから。
「……カインさん。オレも……オレも一緒に、戦わせてください!」
ピジョンブラッドの瞳をした後輩が、暗黒剣を携えて自分へと叫ぶ。
「……大体の事情は判ります。この戦いに……オレみたいな蚊帳の外の人間が関わるのはいけないかもしれません。
でも……それでも勝ち目の無い戦いに、カインさんがそのまま挑むのを見ていられるほどオレは無神経じゃない!
セシル陛下だって……きっとこの場にいたらオレと同じ事を言ってるはずです!
……けど、セシル陛下はここにいない。だから――オレを一緒に戦わせてください!
オレが、陛下の代わりに……あなたの新しいパートナーになって見せますから!!」
その言葉もまた、決して洗練されているとは言い難かった。
だからこそ、素直で真っ直ぐなその言葉に。
思わず笑いを零しながら――
「……セシルの代わり、か。ならば自分で言ったことの重さ……どう応えるか、きっちりと見せてもらうぞ!」
「は……はいっ!」
溢れんばかりの喜びに頭を下げる後輩から、今度は視線を黒い重甲冑の男へと向ける。
「……ラディに話したのは、お前だな?」
「口止めはされていなかったからな」
そう嘯いてみせる男の面の皮の厚さに、流石に少し呆れてしまう。
「……だが、迷惑ではなかっただろう? 実際、私達がここにこなければお前の負けは必至……。
しかし私達がお前に手を貸せば……その確定事項を揺らがせることは不可能ではない」
「大した自身だな」
「正当な評価を下したと言ってもらおう」
どこまで行っても自分の自身を失わないこの男は、今もあまり気にくわない。
だが――それは自分も同じなのだと思うと、思わず笑いだしてしまいそうになる。
「……お前が俺に協力する理由が見えんのだが」
「簡単なことだ。……ラディがお前に加勢すると決めた。だから私もお前を助ける。
それに……またお前という存在に、私は興味が湧いたのでな。ここでみすみす失いたくは無い」
「身勝手な奴め」
「それはお互い様だろう?」
「フッ……確かにな」
カインはふっと肩をすくめて、その男の名を呼んだ
「……ならば、協力を頼む――クレセント!」
「任せろ。この私の力……存分に使うがいい!」
カインはさらに、残りの二人へと眼を向ける。
「私は貴方に協力する義理も理由も無い。……だからこれはあくまで私自身の望んだことよ。
私の知能が、たとえ神であろうとそれを凌駕していることを立証するための貴重な機会……逃すには惜しいもの」
「まったく……そろいもそろって、血の気の多い集団よねぇ……。良識派の私が一人、浮いちゃうじゃない。
でも、私もそろそろここらで思い切り暴れたかったのよね……丁度いいから、便乗させてもらうわ♪」
「……すまないな。協力に感謝する」
カインは二人に礼を返して、改めて白妙へと向き直った。
「と、言うことだ……こいつらの加勢を、認めてくれるか?」
「認めるも何も……最初に言うたであろう。誰を連れてきても構わぬと」
白妙は穏やかに微笑して、最後の警告を投げかける。
「……そなたたちにも、一応言うておく。……今日のわらわは、死ぬ一歩前で手加減してやれるほど力を抑えられん。
それでもカインたちに、助力する……それだけの価値を、そこに見出してはおるな?」
返答は、無い。
最初から言葉での返答など、期待していなかった。
そんなことをせずとも、眼を見れば判る。
ここで自分を美しく見せようとしているようなら、白妙の眼を見返して逃げ出さずにはいられないはずだ。
しかし彼らは――彼らの瞳は、白妙の金の双眸を真正面から受け止めても物怖じもしなかった。
そこに共通するのは、決して偽りではない輝き。
――五年前に自分と戦った、あのパラディンたちと同じ、輝き――
最後に白妙は視線をカインに戻した。
そこにある青の輝きもまた、強い意志に美しく瞬いていた。
「……ここで揺らぐようならば……そもそもここにこれはしないか。
結局、そろいも揃ってここにおるのは阿呆ばかりということじゃな」
――そしてそれは、無論自分も含めて。
白妙はすっと右手を掲げて、指を弾いた。
瞬間、彼女の胸元の辺りに現れたのは細長い半透明の円柱。
それは見る間に拡大し、円柱の壁がラディたちへと一気に迫る!
思わずラディは目を閉じてしまったが、しかしいつまでたっても壁のぶつかる感触は無かった。
やがておそるおそる目を開けてみれば、そんな彼をあざ笑うように円柱の壁は彼を通り抜け、さらにどんどんと円柱自体は拡大を続けていく――
「これは……!?」
「結界じゃよ。……この内側に存在するものは、本来の時間軸・空間軸とは切り離される。
ゆえにここでどれほどの破壊が起ころうとも……それが現実に影響することは決して起こらん。
……その結界に閉じ込められた、わらわたちを除いてな」
白妙はラディの様子にころころと笑う。
「……一応、半径10km四方はこの結界によって隔離した。これで――」
「どれだけ地形を破壊するような戦闘行為も、躊躇うことなく行なえる……そういうことか」
カインの言葉に頷いた時、ようやく円柱は、その拡大を止める。
円柱の外の世界はまるで緑のフィルターをかけられたような状態で――その内側だけが、色を持っていた。
「やるからには徹底的に……そうじゃろう?」
「フッ……それも、悪くない」
風が吹く。
風が吹き、カインと白妙の髪を横に靡かせていく。
しかしこの結界の中で、自然に風が吹くことなどは決してない。
その風は、白妙の闘気の余波に巻き起こったものであった。
彼女の全身に納まらず、あふれ出た力の余波が生み出す副産物――
「……思い出すのう、五年前のあの時を……。あの時も確か、五対一……このような状況であったか……」
――そして、初めて邂逅したのも、あの時。
白妙は風に長い裾をはためかせながら、ゆっくりと自然体から構えをとっていく。
「……すべて五年前と同じなら、こう苦労はしない。……やはり五年前とは……違う」
――お前も、そして、俺も。
カインはホーリーランスに体を沿わせるようにして、全身の筋肉を撓める。
「……今まで数々の世界、数々の人間がわらわを定義づけていきおった。
神と呼ぶもの、竜と呼ぶもの……逆に悪魔、化け物とののしられたこともある。
中には……わらわを勝手に、世界を統べる四竜王の一体と封じた者もおったな。
わらわに勝手に身分を与え、自分の配下とするとは……随分と自分をわきまえておらぬ輩よ。
じゃが……それに正直、悪い気分もしなかったのもまた、事実……。
それからじゃ。……わらわが自らを白竜と呼び、干渉する時のその姿を竜の姿と固定したのは……」
吹き荒れる、風。
その中で静かに空気は練り上げられて緊張し、その時を待つ。
「世界を――四海を統べし四竜王が一人、西海の白竜王。姓を敖、名を閏……字を叔卿。
神に挑もうとする、ともすれば蛮勇とも見れる無謀なその闘志……それに今、全力を持って応えようぞ!」
緊張は限界に達し、二人の意識が極限にまで高められる。
交錯する金と青。
筋の動き一つ見逃さぬその集中の中――そして!
「――殺すつもりでかかって来い、カイン! さもなくばお前が死ぬだけじゃ!!」
「言われなくとも――そのつもりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
瞬間。
全身の筋肉、気迫、精神――すべてを爆発させて。
白い一条の閃光が、神へと襲い掛かっていった――
憎いから戦うわけではない。
偽るから戦うわけでもない。
ただ不器用な、自分だから。
絶対に譲れぬ、ものがあるから。
――すべては前へと進むために。
――すべては再び舞い上がるために。
全てをかけた死闘が――始まる。

【座談会】
ミレイユ :……なんて思わせぶりな伏線を張りつつ、ここで終わりっと♪
ラディ :えええええ!? こ、こんなところで終わるのか!?
作者 :おあずけをくらったようだろう。あっはっは――
ざっしゅっ!!
エルナ :……早く続きを教えなさいよ。
作者 :はっははっ……って、何か最近、座談会のたびに切り裂かれている気がするが……。
ミレイユ :キャラのイメージ、悪くなっちゃうわよ?
エルナ :もう十分悪いわよ……みんなそろって、あること無いこと喋るんだから。
食欲魔人だの、最恐姉妹だの、胸が無いだの……。
ミレイユ :いや最後のそれは真実――
ざむざむざむざしゅううううっ!
クレセント:……これが一つの「お約束」というやつか?
ラディ :クレセント……その台詞は激しく似あっていないと思う……。
エルナ :はぁ……茶番はこれくらいにして――
ミレイユ :茶番でこれは無いでしょ。……本編だったら死んでたわよ? 今のは。
エルナ :あーもう余計な発言が多いからいつまでたっても座談会が進行しないんでしょう?
なんだったら姉さん、進行やってみる?
ミレイユ :あー……遠慮しとくわ……。
作者 :しかし、このまったりした雰囲気……久しぶりだなぁ……。
エルナ :そこも感傷に浸らないで。……それより、今回のこれは一体何?
作者 :これとは……?
エルナ :『第二十八・二十九話−a』……これのことよ。
作者 :それは……実は、つい先刻気がついたんだが……実は構成を間違えてしまっていてな。
このままだと一話足りなくなるんだよ。だから……すみません、これはマジで謝ります。
エルナ :そう謝られると……責めるわけにも行かないわね……。
ミレイユ :ということで、今回に限り……眼をつぶってあげてね♪
ラディ :しかし……まさか、戦闘直前で話を止めるなんてなぁ……。
ミレイユ :丁度戦闘のイントロと、エンカウントに画面が歪んだくらいのところで止まったわね♪
クレセント:しかし、この戦闘にはカインが共に戦うようだが……あいつは五人目の仲間ということか?
ラディ :でも、登場人物の欄はまだ作成されていないし……。座談会にも出席してないし……何で?
ミレイユ :戦闘が終わった後で作成するんじゃない?
作者 :いやいや、判らんぞ? ひょっとすると、カインはこの場限りのゲストキャラなのかもしれんしな。
エルナ :ストーリー展開的にはこの後仲間になる様にしか見えないけれど。
作者 :甘い。……この戦闘の後、カインが仲間になれる状態ではないという可能性だってあるだろう?
例えばこの戦闘で、カインが死亡するとかな。
ラディ :……えええええええっ!?
クレセント:……凄まじい二次創作だな。まさか本編で人気のあるキャラクターを殺してしまうとは。
作者 :まあ、可能性としてはあるし、必要なら遠慮なく。妥協はしたくないので。
……というより、この戦闘は……冗談抜きで、ラディたち自体生き残れる可能性は低いぞ?
エルナ :まあ、見るからに尋常な強さではないでしょうし……。
ミレイユ :具体的に、どれくらい強いのかしら? ちょっと予習してもいいんじゃないの?
作者 :そうだな……まず根底にある設定として、あのつきの地下渓谷にいた時の白竜は、
言ってみれば残りかすだけで構成されたようなもの……今の人方の白妙のほうがケタ違いに強い。
クレセント:バハムートと白妙が、普通のヴァン神族とイセリア・クイーンほどの実力差があると言っていたな。
作者 :それから、実際の戦闘方法だが……まず基本的に、格闘のセンスは超一流かつ免許皆伝クラスだ。
ラディ :いくら自分を見失うといってても、あのカインさんを掌底一撃で沈めたっけ……。
作者 :……だが、ここまでなら普通の人間にも出来る。
ラディ :できる……か?
作者 :できるだろう。カインだって人間のクセに音速超えてるし。
エルナ :強引な理屈ね……。
作者 :仕方ないだろ。……昔書いてた話なんか、今の白妙を小指の先でなぎ倒すような人間がいたぞ。
ラディ :ああ、それはもういい……何度か聞いたし。
作者 :なら、話を戻して……無論白妙は身体能力だけじゃない。白竜である以上、天変地異を自在に引き起こせる。
エルナ :あの西海白竜王っていうものはオリジナルなのかしら?
作者 :いや。中国に実際存在する立派な神様。西遊記とかにも出てるぞ。
もっともあれは弱かったが……『創竜伝』なんかだとやたら高位の神として扱われているしな。
とはいえ、この名前は人間が勝手に彼女に当てはめたから……実際の実力は最高神並みじゃないか?
クレセント:本当に……勝てるのか、我々は……?
作者 :そして――もっとも凄いのが……彼女はたまに、著作権を無視する。
一同 :……はい?
作者 :要するに別世界の技を使用してくるというわけだ。しかも、声優つながりで。
ラディ :せ、声優って……。
ミレイユ :白妙の声優さんって、確か『桑島 法子』さんだったっけ?
作者 :うむ。……だから白妙がいつ髪の毛を短くして、
『ヴァリアント、スレッジハマー装填! ローエングリュン……てぇぇぇぇぇぇッ!』
とか叫んで陽電子砲をぶっぱなしても彼女なら仕方ないということだ。
エルナ :そんなばかげた設定を――
クレセント:大真面目に書くのが、この男……アルと言う男なのだ。
作者 :だろうなぁ……次回の話は、相当凄い戦闘シーン一色になりそうだ。
ミレイユ :後編を心して待て! ……ってところかしら?
ラディ :……まあ、仕方ない……こうなった以上、腰をすえて戦う……それだけだ!
クレセント:うむ。心してかかるか。



