Final Fantasy W After Story

第二十六話 白き死神、黒き――

「――そういえば、さ」
ホブス山。白妙のコテージの中で――山を越えるため、荷物を整えている最中に。
ラディはクレセントへと話しかけていた。
「……何だ?」
「昨日、夜中にちょっと眼を覚ましたんだけど……クレセント、いなかっただろ?」
ラディの何気ない問いに――ほんの一瞬だけ、クレセントの手が止まる。
「そういえばカインさんも、全然姿が見えないし……」
「――カインなら、この時間なら早朝の訓練に出ておる」
と――まるで涼やかな小川のせせらぎのような声で、ラディの問いに答えた人物。
エブラーナの巫女装束に身を包んだ、黒髪の美女――しかしてその真の姿は人間などではない存在。
「あ……白妙さん」
「ほれほれ、もう外では連れの二人が苛立ち始めておるぞ?」
「うわ……マズい。――ああはいはい、い、今行くから!」
慌てて荷物を袋にまとめて、テュルフング片手に白妙の脇を通って外へと飛び出すラディ。
……そして、クレセントと白妙――二人の視線が、その時交錯した。
が、その時には何も起こらず――視線はそのまま、外で始まったちょっとした騒動に向けられる。
何のことはない、いつも見慣れている光景。
待っていることに飽きたのか、すでに酒を開けて呑みだし、力づくでラディを巻き込むミレイユ。
それを呆れながらも、注意する気も起こらないのか、額のあたりを押さえるエルナ。
恐らくラディには「遅れたから付き合いなさい」と言っているのだろう。
単純に力だけならば――ラディが彼女に拘束される理由はないのだが、この時は知ってか知らずか
丁度ミレイユの胸がラディに当っており――そのことに意識が集中しすぎて、力が入っていないのだ。
戦闘においては百戦錬磨・どれだけ強大な敵にも怯まず、力の限り敢然と立ち向かうラディではあるが、
女性に対しては――それも戦闘ならば問題はないのだが――こういうことに対しては本当に無力である。
それで赤面して困惑するラディも、仮にも成人した男性にかけるからかいがこれのミレイユも問題ではあるが。
「……難儀じゃのう……」
「……うむ」
妙にいろいろな意味を含めて呟いた白妙に、これもまたいろいろな意味を重ねてクレセントが相槌を打った。
そのまま荷物の口を締め、白妙のそばを通ろうとして――
「そなた……カインに何を期待しておる?」
何気ない素振りで、言葉の爆弾を放り込んだ白妙に――若干の時間を置き、クレセントは応えた。
「……知っておられるのですか、昨晩の事を」
「わらわを何と心得る? ……たとえ肉の器が人を模したものでも、その実は違うからの。
この姿であっても、この星の上で起こっていることの大半は感じることくらい造作もないことじゃ。
……わらわには、クレセント殿……そなたがあの男に何かを求めているようにしか見えんが」
「……失礼を承知で言うならば……その言葉、そのまま貴女に返します」
「ほう……? わらわがカインに求める? わらわのような存在が、人に何を求めていると?」
クレセントは――答えない。かわりにただ、白妙へと向き直った。
クレセントの瞳と、白妙の瞳が再び交錯する。
……そこに、二人は何を見出したのか?
だがそこに言葉は無く――クレセントは静かに目礼すると、そのままテントを出ていった。
その黒い後姿を見やりながら――だがふと白妙は顔を上げて、誰彼と無く呟いた。
「……なるほど。確かにそなたの言葉は、カインの中のくすぶった部分に火を灯したようじゃ……」
白妙はすっと目を細めると、それ以上は口にせず――しかし、と心の中だけでそっと続けた。
(しかし……湿気った火薬は、得てして燃え上がるまでに時間がかかるもの。
そして燃えるまで燻るその煙は……まるで自分の汚れを搾り出すように臭く……汚れておる)
「……さあ、急ぐぞ。出来れば日の沈む前にこの山を越えておきたいものだからな」
先頭を歩きながら――クレセントは後続のラディたちに振り返る。
「この山が霊峰と呼ばれ、修験者達の間で有名ということは……
裏を返せば、それだけこの山が普通のものにとっては厳しいということだ。
厳しい冷え込みのうえ、ゆっくりと体を休めるような場所も無いからな」
「く……詳しいんだな、クレセント……」
いつもガイドブックなどを読んで、あらかじめ行き先の情報を入手しているのは知っていたが――
今回のものはいつものものとは格段に詳しく、まるで昔から知っているかのような口調である。
「そうか、言っていなかったな。……私は昔、この辺りに住んでいたのだよ」
「へぇ……」
「……意外そうな顔をしているな」
「だって……ファブールって言ったら、かなり独特な文化の国じゃないか。
……けどクレセントを見てる限り、あんまりファブールっぽい雰囲気は感じないし……」
もっともである。ファブールはその異彩な文化ゆえ、一般的な刀剣や鎧の類も他の国とは大きく異なる。
しかしクレセントの身に纏う重甲冑は、どう見てもバロンで見慣れているデザインに近い。
「……判らんぞ? 意外にこの兜の下に、辮髪があるやも知れん」
『え……えええっ!?』
クレセントが淡々と放った情報の爆弾に――ラディだけでなくミレイユまでもが驚愕の声をあげる。
その様子をわずかに口元に微笑を浮かべて見やり、再び前を見ようとして――
「……どうした?」
いつの間にか隣に並んでいたエルナが、じっと自分を見つめていることに気がつき、問う。
……しばらくの沈黙の後、彼女はおずおずと――
「……本当に……べ、辮髪なの……?」
………………。
「その……べ、別にファブール文化を馬鹿にするわけじゃないけど……できれば……その……」
「……いや、冗談でそんな真剣に心配されても困るのだが……」
肩でがくっとこけつつ、クレセントは苦笑を浮かべる。
「心配せずとも、別に辮髪ではない……昔といっても、本当に昔……まだ子供の頃のことだからな。
両親はファブールの民でもなかったし……そもそもファブールでも辮髪にするのはモンク僧だけだ」
「でも貴方、見てると意外と何でも拳で解決することが多いし」
「むう……」
返答に窮しつつ、クレセントは険しい道を登り――そして、ふと視界が開けた。
そこは丁度、あの白妙のコテージがあった場所よりも広く開けた場所で――そしてそこに、彼がいたのだった。
「カイン……さん……?」
――……来たか。
ホーリーランスを抱えるように、そばの岩に腰掛けていたカイン。
だが彼は――ラディの存在を確認すると、ゆっくりと立ち上がり――
「……見送り、出来なくて済まなかったな……ラディ」
「いえ……そんな、別にそれは……」
逆に自分の方が済まなそうに目の前で手を振るラディに――カインはフッと笑うと、
「……済まないついでに……ラディ。お前に一つ……頼みたいことがあってな」
バロン竜騎士団に所属していたころからの癖――槍を手の中でくるくると回しながら、彼はそう言った。
「頼みたいこと……ですか?」
「ああ。……難しいことじゃない」
くるくると回る、光の槍へと目を落として――まったく声の調子を変えずに、カインは続けた。
「俺と――戦え」
そう――それはまったく寸前と変わらぬ声、変わらぬ調子で。
――槍を握り、一蹴りでカインは間を詰め、その槍を恐ろしいまでの速度で突き出していた。
近くにいたミレイユを突き飛ばし、それを紙一重寸前でかわせたのは――ひとえにラディだからこそである。
実際、ラディ以外の全員がそのカインの予測できなかった行動に驚愕し、ただ見ているしか出来なかったからだ。
だが――いつもなら反射的に飛び退り、テュルフングを抜き、構えを取る――
そのアクションを起こせないほどに、目の前でカインの見せた容赦のない攻撃に、ラディは驚愕していた。
――そんな……何故?
「……かわしたか。なるほど、剣一本で旅に出ようとするだけの実力は備えていたということか……」
やはり淡々と――感情を毛スジほどにも見せることなくカインは呟き、槍を構えなおす。
「そんな……どうして、こんな事を!?」
カインは答えず――言葉の代わりに繰り出されたのは、凄まじいまでの突きの嵐だ。
その穂先、まるで光の壁が屹立したかのよう――しかし触れれば、人の体など簡単に爆砕させてしまうほどの破壊力。
しかもその全てが、針の穴をも通す正確さでラディへと突きこまれていく――
その閃撃を時に身を逸らし、時に身を屈めてなんとかやり過ごしながら――ラディは必死に叫ぶ。
「カインさん! 何で……何でオレ達が戦わなくちゃ――」
「……カイン……? 今の俺は……お前の知っている俺……カイン・ハイウインドじゃない」
光を尾に残影を残すホーリーランスに照らされて――端正な顔に隈を作ったその男は僅かな凶笑を浮かべ、告げる。
「今の俺はただのカイン――戦いの、死神だ」
――そう。今の俺は……ラディの知っている俺じゃない。
――そんな俺であっていい局面ではない。
「そんな……何を言ってるんです、カインさん!?」
開けた場所であったことが幸いし、何とかカインの執拗な閃撃から逃れながら――ラディは叫び続けた。
だがカインは笑みを収めると、相変わらず攻撃の手を休めることは無く――
「さあ……剣を抜け、ラディ。その暗黒剣を抜いて……俺に抗ってみせろ!」
「イヤですよ! 何で……何でカインさんとオレが――」
頭を下げたその上を光は過ぎ去り――頭髪を数本散らしていく。
「――争わなくちゃいけないんですか!」
「俺には剣を抜く必要すらないということか……? あまり調子に――乗るな!」
潔い槍の一突きを思わせる一喝とともに――カインはラディよりさらにしゃがみ込む。
上に警戒を払っていたラディにとって―― 一瞬とはいえ、そこには隙があった。
そしてそれを見逃すカインでは――絶対に無かった。
「しまっ――!?」
鋭くコンパクトに放たれたカインの足払いが決まり、ラディは背から倒れこむ。
起き上がろうとするが――すかさず開いた腹部へとカインは靴裏を叩き込み、押さえつける。
「……お前があくまで剣を取らないのは勝手だ。だが……ならお前は――死ぬだけの事だ」
――死ぬ?
聖なる伝説の槍・ホーリーランスを逆手に――カインはかつての後輩を見下し、告げた。
「こう言っている俺も勝手だがな……だが、お前にやる気が無いなら――死ね」
そして何一つためらいも無く――カインはそのまま、槍を振り下ろした――
――死ぬ……死ぬ?
――オレが……死ぬ?
――……嫌だ。
――嫌だ!!
振り下ろした槍が、ラディの眉間を打ち砕く――まさに寸前。
カインはラディの上から跳び退っていた。
何故なら瞬間――ラディの抜き放った短剣が、カインの眉間へと真っ直ぐに飛来していたからだ。
短剣はカインの頭が一瞬前に存在していた空間を寸分たがわず貫いて――そしてその時には、
ラディは背筋の力だけで素早く起き上がり、右手は鞘走りの音高く――テュルフングを引き抜いていた。
――オレはまだ死ねない。
――死んでいいはずが無い!
飛来した短剣を手に、いつものように構えを取る。
――もう、こうなっては後戻りなど出来はしなかった。
「カインさんが何を思って槍を向けるのか……何がしたいのか、オレには判りません。
けれど……それでオレを殺すというなら。……本気なのなら……ッ!!」
「……どうする? 俺を……殺すか?」
じり……と、靴が砂を噛んだ。紅と蒼――剣呑な二つの視線が交錯する。
「……オレはまだ、死ぬわけにはいかない……死ぬなんていう選択肢をオレは選ぶわけにいかないんです!
オレは……生きなきゃいけない……何があっても、今のオレは生き続けなければいけない!!」
右腕が――右腕が、骨の内から焼けるように痛みを発していた。
それから気を逸らすのに、知らずの内にラディは唇を噛み裂き――
そして血を吐くように、迷いを振り切るようにして叫んだ時には――その全身には迷い無き闘志がみなぎっていた。
「だから……立ちふさがるのなら、カインさん……貴方でも、容赦はしない!!」
黒き闇が、轟然と地面を踏み込み――
「容赦してもらわなくても結構だがな。――行くぞ!!」
白き光が、俊敏に地を叩いた――
黒き弧が清涼なる山の空気を薙ぎ、蒼の残影を切り裂いて喰らいつく。
白き閃が泰然たる山の空気を貫き、疾駆する黒を追い求めて打ち貫く――
まさに一瞬の連続といわんばかりの剣戟に、結果としてミレイユたちは完全に蚊帳の外となってしまっていた。
「……こんな切迫した戦いを、ただ指を咥えて眺めてないといけないなんて……っ!!」
ミレイユは糸を手に握りながら――それでも一歩も動けずにいた。
あまりにめまぐるしく入れ替わり立ち代り、ついては離れを繰り返す二人の戦いに、一体どこで助け舟を差し出せばいいのかも判らない。
――目で追うことすらもやっとなのだから。
そして――動きこそはっきりと捉えられているものの、リーチ的な部分で問題のあるエルナ、
そしてなまじ一撃の破壊力が高く、間違えれば取り返しのつかないクレセントもまた、歯がゆい想いを抱いていた。
「……カイン……!!」
―― 一方、ラディとカインもまた――互いに決定的な瞬間を見出せずにいた。
触れるもの全てを黒き微粒子に消滅させ、その攻撃力は随一のラディの暗黒剣・テュルフング。
一方、触れたものみな光へと分解してしまう、月に封印されていた伝説の聖槍・ホーリーランス。
互いに――持っている武器の格としては、申し分の無い逸品である。
となれば、それを操るものの技量の差が――明確な力の差となり、はっきりと現れるのだ。
圧倒的な天賦の才と実力・実戦によって洗練されきったカインの技ではあるが――
ラディもまた、レオン仕込の剣の腕――そして今までの旅の中での経験を生かし、なんとかそれに拮抗していた。
すでに互い、言葉は無い。
しかし、テュルフングとホーリーランスがぶつかり合ったその時に。
光と闇――互いの存在意義の主張に、白黒の粉が飛び散り、互いの甲冑を細かく傷つけていく中に――
武器に想いは宿り、互いを狙うその瞳は雄弁に言葉を語る――
――こんなことに、一体何の意味があるんですか!?
――カインさん……貴方は一体、何がしたいんですか!?
裂帛の掛け声鋭く放たれたラディの一撃――それをホーリーランスを斜に構え、流す。
そのまま跳ね上げた槍の柄の先端が、ラディのこめかみを的確に直撃する――
――俺は、何をやっているんだろうな。
――それが判っていれば、俺は今考えてなどいないはずだ。
皮膚が裂け、血を噴出してよろめくラディのそこへと畳み掛けるようにハイキックを叩き込む。
だがそれは短剣の腹を盾代わりに受け、そこから一気に押し出し体勢を崩させようと試みる――
――カインさんは、何を考えているんだ?
――今のカインさんは……明らかにオレを見ていない。
――なら、オレを通して……一体、何を見ているんだ!?
しかし崩した体制はそのまま――いやむしろその反動を利用してカインは跳躍する。
大きく間を取った――しかしそれは、竜騎士にとって見ればゼロにも等しい距離。
――俺は、ラディが憎いのか?
――違う。別にラディが憎くてやっているわけじゃない。
――ラディは例えどんなことがあろうとも、俺の大事な弟分だ。
――セシルが例えどうなろうと、俺の親友であるのと同じように。
ラディもそれは承知していた。この間合いは――見せかけに過ぎないと。
そして防御を考えていては、この間合いからの一撃を見極めるのは不可能であると。
――カインさんが、一体何を考えているのかは知らない。
――けれどどうしても、このことではオレはカインさんを恨めそうに無い。
――だってカインさんは、オレにとっては本当にお世話になった人だから。
――セシルさんと同じ……かけがえの無い、大事な先輩なのだから。
だが――と、カインは全身の筋肉を緊張させ、貫くイメージを自らに徹底する。
けれど――と、ラディは短剣を仕舞い、自らの意識全てをテュルフングに注ぐように構えなおす。
――だが。
――それでも今、俺はこいつを倒さなくてはいけない。
――認めるわけにはいかない。
――俺の譲れないものを確かめるために。
――あの男の言葉を、俺は決して認めるわけにはいかない!
カインは咆哮し――光の一閃となり、地を蹴り迫った。
――けれど。
――オレは今、ここで倒されるわけには行かない。
――オレは死ねないんだから。
――オレは約束したんだから。
――生きて……暗黒騎士になると!!
ラディは轟然と声を上げ――闇に全てをかけ、それを迎え撃つ。
――目の前にいるのは。
――目の前で自分に抗おうとしているのは壁だ。
――避けることも、目を背けることも出来ない壁だ。
――なら、どうする?
――決まっている!
――目の前にある壁を――
「突き崩す!!」
「切り開く!!」
――この行動は――
――この想いは――
凝縮された時間に、白と黒が交錯して――そして!!
――この感情は、理屈じゃない!!
全てを貫かんと、槍を突き出した姿のカイン。
全てを切り裂かんと、剣を振り下ろした姿のラディ。
――幾許かの永劫は過ぎ去り。
「……うっ……っ!!」
先に顔をしかめたのはラディであった。
あの瞬間――必殺の一閃を逸らすため、叩きつけた左腕――それがだらんと垂れて動かない。
完全に感覚を失い、血が流れて――しかしそれでも、ラディは確かに感じていた。
右腕の方に残った――確かな、手ごたえを。
竜騎士の特徴である、竜の首を模した兜。
それが今、乾いた音を立てて放射線状にひびが入り――砕け散った。
ぱさりと長い金の髪が広がって――しかし、額から流れて――地面に落ちている、この雫はなんだ?
これは……血?
「……馬鹿な……」
――確かに、今の交錯で与えた深手は俺の方が激しかっただろう。
――だが、それは俺が放った一撃が、本気でラディを仕留める必殺の一閃だったからだ。
――しかし。……ラディはどうだった?
――あの攻撃に……俺への殺意は感じられなかった。
そう――肉体的な傷で言えば、決して深いものではなかったはずだ。
得てして頭には血管が集中しているために、僅かなかすり傷でも流血してしまう。
……だが。これは怪我の大小の問題ではない。
一撃受けたこと――それこそが問題なのだ。
――あの瞬間なら、たとえラディが本気で一撃を放とうとも俺には当らないはずだった。
――少なくとも、俺にはそう見えた。
――見えた、はずだが。
――見えなかったのか? ラディの放った斬撃が。
――ラディの放った斬撃が俺に捉えられなかったというのか!?
「今のお前などより――ラディの方がよほど強い」
そう――傷ついたのは、体だけではなかった。
砕けたのは、兜だけではなかった――
――単なる、確認のつもりだった。
――皮一枚で命を繋ぎとめれば、あの男なら癒すことも出来るだろう。
――そして俺は、自分のやってきたことが無駄でなかったと確認する。
――そう。とても簡単で、確実な確認。
「翼を失い、爪は折れて牙も無い。
天を駆けれず、それを見上げて地を這い回る……それがお前だ。
似合いの姿だ」
「カインさん……オレは……カインさんが迷っているように見えます……。
一体……カインさんは……何に迷っているんですか……?」
目の前が暗い。ぽたりぽたりと血が垂れていく。
聞こえない――何も。
ゆっくりとこちらに歩いてくる、赤い瞳の男の言葉も。
何も聞こえてはこない――
――ならばこの血は何だ!?
――これは夢か? ……違う!
――この赤は、妄想か!? ……違う!!
――ならば俺は、本当に。
――本当に、ラディよりも弱く……!?
「……ならば……ならば、俺の五年は……何だったというんだ……?」
「カインさん……?」
自ら顔を押さえ――握りつぶしてしまいかねないほど強く握り、立ち尽くすカイン。
震えるカインの言葉。小刻みに震える体は、まるで泣いているかのよう――
ラディは感覚を失った左腕を押さえ、ゆっくりと近づいていく。
だが――やがて、カインのその震えはゆっくりと収まっていった。
代わって――そのカインの体を満たしていった感情は。
わなわなと震える手を――握り締めて、ラディを睨んだカインの双眸に宿っていたのは。
――その全てが、自らの渇望を否定したいがための、ただの言い訳でしかないのだから
「ラディ……ラディ・オルティニアァァァアアァァァァアアァァァァアァァァアァァアァァァアァアァァアアァ!!」
ひび割れた絶叫とともに――カインの姿が「掻き消える」。
―― 一瞬、ラディには何が起こったのかを理解することは出来なかった。
まるで砲弾の直撃を受けたかのように甲冑が弾け――自分の体が宙に投げ出されていたから。
次いでやってくる、臓物を破壊しかねないほどの激痛は――しかし次の瞬間、背後から逆のベクトルで襲い掛かる。
いや、それは前後だけではない。
上下左右、四方八方、その全てから――同時にして一瞬、一瞬にして永遠に襲い掛かる連撃。
竜騎士が竜と相対する時のみに見せるという、音速を上回る全方位一斉連続攻撃。
カインの残影が――見えない――
「嫌! 離して……離しなさい、エルナァァッ!!」
目の前の、その光景を目にして――エルナはミレイユの腕を封じることで精一杯だった。
ミレイユは全力でエルナを振りほどこうとするが――
人体について知り尽くすエルナの極めは完全に入っていて、その手を動かすことが――糸を放つことが、出来ない。
「何で邪魔するの!? アンタには……今のこれが見えないの!?」
目の前で、繰り広げられる光景は――それはもう、直視に耐えないものであった。
カインの怒涛の攻撃に――ラディは反撃の手立てどころかろくに防御することすらもできず、地面に足を付くことすらも出来ない。
まるで糸の切れた操り人形が奇妙な姿で宙に縫いとめられているようだ。
叩かれ、弾かれ、貫かれ――あまりに全方向からの連続攻撃に、逆に微動だにすることも出来ないラディ。
だがしかし――その音速以上で動くことで発生するソニックブームが。
針の穴をも通す攻撃が。
何も出来ぬラディの全身を削り、甲冑を砕き、肉を削り、骨を砕き――
「あのままじゃラディが……ラディが!!」
「判ってるけど! ……でも今の姉さんには何も……何も出来ないのよっ!!」
血を吐くような切迫したミレイユの叫びに――だがしかしそれ以上にエルナは叫んでいた。
「あんな音速で動いているものが取り囲んでいるところに糸なんか打ち込んだらどうなるか――
判らないわけじゃないでしょ!?あれに巻き込まれて――音速以上で振り回されて叩きつけられる!!
それが判らない……姉さんじゃ……ないでしょ!?」
エルナもまた――その決断に、身を切られる思いで。
自分がやっているのは――究極的に言えば、ラディを見捨てることなのだから。
まだ日が浅いとはいえ、目の前で自分の知っている人が殺されるのをただ見ていることが辛くないわけがない。
自分でさえ、この身を切られるような痛みがあるのに――姉のそれは、とても耐えられないものなのだろう。
骨まで達した傷口に、焼きごてを当てられるような――痛みに思わず、体を動かさずにはいられないような。
――だがそれでも、姉を拘束するこの手を――この手だけは離すわけにはいかなかった。
たとえ後で、死ぬほど怨まれるようなことになったとしても。
それでも――目の前で姉がむざむざ死地に飛び込むような真似を許容することなど、出来はしなかった。
誰かにこの感情を理解してほしいとは想わない。理解できるとも――思えない。
けれど――それでも。
目の前にいるこの人は、自分にとってたった一人の肉親なのだから――
「ラディ……ラディィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」
その悲しげな叫びに――血の影すら幻視したような気がした。
「……カイン……ッ!!」
搾り出したような、クレセントの声は――今まで感じたことのないほどの怒気をはらんでいた。
――まさか、ここまで愚かだったとは思わなかった。
――まさか、ここまでしてまで矮小な男だとは思っていなかった。
きつくきつく、岩のように握り締めたその手から――血が流れ出す。
「カイン……貴様は……貴様はそこまで……私を失望させるのか……カイン!!」
締めていた手を即座に翳し、クレセントは詠唱を開始する。
もう――こうなっては、止める手立ては一つしかない。
こうなった以上――二人が同時にこの世界に存在することなど、許されはしない。
ならば――どちらを助ける?
決まっている!!
クレセントが詠唱するのは、たった一つの魔法。
たとえ相手が音速であろうと光速であろうと、どれだけ離れていようと――関係ない。
対象に対してのみ意味を成し、距離を隔ててその効力を発揮し――その最中に何があろうと、妨げることの出来ない魔法。
死の魔法――デス。
躊躇はなかった。
している暇もなかった。
ただあの男に――どこまでも自分を失望させるあの男を、完全に特定し消去するために。
意識を練り上げ――心を澄ませて――詠唱を開始する。
時間は――殆ど無い。
もう、全身の感覚が失われて久しい。
この攻撃が始まって――実際の時間では、殆ど経過していないはずだが。
全身の感覚を失い、感じるのが脳の思考だけとなった今、逆に時間を感じる感覚は鋭敏化して――
擬似的に時間が「引き延ばされる」ような不思議な感覚の中を――ラディは呆然と泳いでいた。
――死ぬのか? オレは。
全身から痛みを感じなくとも――いや、それを感じすぎるあまりもう判らなくなった今でも。
ぶつかるような鈍い感触とともに、自分の中から何かが失われていくのが判る。
はっきりと――決して欠いてはならない何かが、ぶつかるたびに流れ出していくのが。
――カインさんは本気だ。
――今のカインさんは完全にスイッチが入ってしまっている。
――相手を葬るまで止まらない、戦士としてのスイッチが。
――だから、この攻撃は確実にオレを殺すまで止まらないはずだ。
自分の体がぼろきれになったようだ。自分の意思ではぴくりとも動かない。
見えない攻撃に――ただ身を任せているだけの自分。
テュルフングを握った右手も――もう握っているというより、ただ握った形で動かせなくなったのかもしれない。
甲冑は砕け、下に着ている対刃素材の黒のアンダーシャツ――それも一撃一撃に裂け、紅い花を咲かす。
――このまま、何もしないだけでオレは死ぬだろう。
――自分の許容量を超えた痛みは、もう感じない。
――このまま死んだら、きっと眠るように死ねるかもしれない。
――死の苦しみを味わうことも無く、眠るように。
――何もしなければいい。
――全てを任せれば、眠るように――死ねる。
――死ねない。
――このまま、ただ力をちょっと抜けば死ねる。
――死ぬわけには、いかない。
もう、ラディの意識は現実の光景を感じていなかった。
朦朧とした狭間の最中で――音も無く、彼は彼自身に問うていた。
度重なるダメージで、分裂症に近い現象を起こしていた自意識に。
ただただ――問いただしていた。
――何を意地を張っているんだ?
――死にたいと感じたことくらいあるはずだ。
――そう。死ねば解放される。
――もう重いものを背負わなくて済むはずだ。
――自分の、罪を。
――オレはそんなに弱いのか?
――弱いだろう。
――弱かったから、背負うことになったのだろう。
――力が足りなかったから、罪を作ってしまったのだから。
――ならばなおさら、死ねると思っているのか?
――オレは生きると決断したのではなかったのか?
――生きて、どうする?
――暗黒騎士になる。
――何故?
――約束したから。
――自分のためじゃないと?
――勿論、それもある。
――だが、オレは背負っているはずだ。
――決して踏みにじってはいけない想いを。
――なら……暗黒騎士になって……どうする?
――そんなことは問題じゃない。
――オレは暗黒騎士にならなくてはいけない。
――それ以外の選択肢など、無い。
――死ぬことすらも……選択する権利は、許されていない!
分離しかけた意識が――再び、寄り添っていく。
寄り添い――『ラディ』という一個の人格が再生され、その鎌首をもたげる――
――そうか。そうだったか。
――そうだ。だから国を飛び出した。
――選択肢が一つしかないなら……やるしかないか。
――ああ。やるしかない。
――けれど、どうすればいい?
――肉体は動かず、体力は残っていない。時間も無い。今のオレには――何も無い。
――そうだ。それで……どうやってオレは進めばいい?
――ある。
――ある?
――ある。たった一つ、この状況を打開する方法が。
――なるほど。だがそれを選べばどういうことか……オレは判っているか?
「終わりだ……ラディィィィィィィィッ!」
いよいよとどめとばかりに叫び――カインはホーリーランスを持ち、突撃した。
迷いは無い――迷うことは許されない。
このまま――ラディの体を――刺し貫く!!
――判っている。
――本当に?
――本当に判っている。それでも……選択肢は、無い。
――なら、やるしかない。
――ああ、やるしかない。
――たとえ。
――たとえそれが――
一瞬の、連続。
光の一条となり、無力な若者の体を貫かんと突撃する蒼い甲冑。
黒い重甲冑はその瞬間が間に合うか――まだ完成していない魔法を、それでも放とうと意識を向けた。
信じがたい膂力を発した姉に、妹は弾き飛ばされ。
姉は若者を救わんと、持ちうる全ての糸を放ち――
そしてそれは起こった。
――たとえそれが、今ある全てを失うこととなろうとも。
―― 一瞬の過ぎ去った、その後に。
「……な……!?」
ミレイユはそれを口にするのが精一杯だった。
魔法を放とうとしたクレセントも、完全に言葉を失っている。
エルナもその目をぎりぎりまで見開いて、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。
信じられない、光景。
それはラディが死んだものではなかった。
ラディが槍に刺し貫かれたものではなかった。
信じがたいほどの凄まじい力に、弾き飛ばされて。
地面へと叩きつけられたのは――そう。
カイン・ハイウインド――
「な……に……!?」
叩きつけられたカイン自体、それを完全に理解していたわけではなかった。
ホーリーランスが手から落ちた乾いた響きに、ようやく自分がラディに弾き飛ばされたことに気付いたからだ。
自分の攻撃から解放されて――着地する、ラディ。
甲冑は砕け、背を伸ばしてたつことも出来ないのか、だらんと垂れた首。
全身を切り刻まれ、流れ出た血が黒のアンダーシャツに染み込んで体に張り付いている。
力無い腕は、かろうじて右腕だけが血まみれになったテュルフングを握っていた。
――判らなかった。
どうやってあの瞬間、ラディがあんな凄まじい力で自分を弾き飛ばしたのかが。
(死に瀕して……俺の攻撃を見定めたというのか……?)
叩きつけられたことで、カインの頭からは先刻ほどの煮え立つような怒りは消失していた。
だがしかし、それが逆にいつものカインの研ぎ澄まされる戦いの力を引き出すこととなってしまう。
(まあ……構わん。――次で仕留めるだけだ)
首から跳ね起きるようにして立ち、素早くホーリーランスを握って――その姿が、掻き消える。
視認できる速度を超えたその速さの中、異常なまでの集中力が引き伸ばしたカインの体内時間。
自分の攻撃に対して、ラディはやはり何も出来そうに無かった。
自分だけが普通に動いていられる中、ラディはようやくこちらが攻撃に入ったことに気付いたのか、首を上げて。
……前髪に隠れ、その表情は見えなかった。
だが、金のそれに隠れた血のように紅いその双眸が、カインを捉えて。
――嘲ったように、細められた。
「!?」
ホーリーランスを突き出したその時、ラディの姿がどこにも無かった。
槍の穂はただ、何も無い――その残影すら残っていない空虚な空間をただ貫いているだけだ。
「な……ラディは、どこに――!?」
それは殆ど、勘に近いものだったに違いない。
戦士としての勘が、カインに気付かせてくれたのだ。
――ラディが背後にいたことに。
だが、振り向くその前に凄まじいまでの衝撃がカインを襲い、弾丸のように彼を水平に叩き飛ばした。
そのまま岩壁に叩きつけられ、岩壁は脆くも崩れ去る。
その瓦礫に飲まれながら、カインの驚愕は別にあった。
(ラディが……俺並みに速く動いただと!?)
迫る瓦礫をホーリーランスで微塵に砕き、カインは大きく跳躍して着地した。
そして、見た――ラディの、姿を。
だが、それは本当にラディといっていいのだろうか?
基本的には先刻と何も変わらない。
全身が疲れきったかのような、なんとか立っているといった様。
しかしそれと相対すれば、それが決して疲れてなどいないことが痛いほどに伝わってくる。
何なのだ、この気迫は、存在感は?
怒りでもない――悲しみでもない――憎しみですらない。
純粋で何も無い、ただ圧倒的に『重い』気迫。
『重い』存在感。
血で張り付いたアンダーシャツが、まるで黒い皮膚だといっても過言ではないほどの禍々しい気迫。
僅かに上げた首は、それのせいで彼の表情をよく看取ることは出来なかった。
だがそれこそ、その姿こそ、カインの知っているラディとはもっとも違う部分だったに違いない。
そこに、あのちょっと頼りなさげな、しかし優しそうなあのラディの顔はなかった。
あるのは金の前髪に隠れた、二つの紅い双眸。
そしてそれには、まるで『人の情』というものが無い。
いや、それが本当に人の目なのかも怪しく思えるほどだった。
あの煌くような『鳩の血の色』の輝きはどこにもない。
ただ丸く炯炯と輝くそれは、死んだ人間の血の色のよう。
まるで血の霧がかかったかのように少し霞んで、かつてラディと呼ばれていた何かはカインを見据えていた。
そして、唐突に『それ』は動いた。
まるで滑空している鳥の様に手を体に沿わせ、爬虫類を思わせるような地面すれすれを疾走する姿。
人の骨格から考えればどう考えても無駄な動きでしかない『それ』は、しかし信じがたい速度でカインに迫っていた。
「……クッ!」
戸惑っている暇も無い。
カインはホーリーランスを跳ね上げて構え、そのまま『それ』へめがけて突き降ろす。
まるで爆薬が炸裂したかのように地面は陥没し粉塵が吹き上がるが、そこに血が加わることは無い。
突きこまれた瞬間、物理法則を超越したかのような急制動で進行方向を変えた『それ』は、そのまま滑るようにカインの背後へと回っていたのだ。
だが、それはすでに、あらかじめカインの予測していたものであった。
「そんな単調な動きで――オレを出し抜けると思うなァッ!!」
振り向くその腰の捻りを利用して、最速の一閃が放たれる。
『それ』のその異様なまでの迅速さが仇となり、それはかわすことも出来ずにラディを貫――
「な……何ッ!?」
だが――光の槍の一閃を、『それ』はまるで骨格を無視したかのような動きでするりと避けてみせた。
そしてその軟体動物のような不自然な体制からテュルフングを振り、逆袈裟に斬り上げる。
カインは慌てて槍を引き戻し、体軸に沿わせて刃の進攻を防ぐ。
二つの武器がぶつかり合い、光と闇の粒子が散乱する中、確かに刃がカインに喰らいつくことは無かった。
だがその斬撃の衝撃を相殺できたわけではない。
あの体制からどの筋肉を使ったのか、信じられないほどの膂力がカインを横に薙ぎ、吹き飛ばす。
肋骨に激痛を感じながらも何とか槍を地面に突き刺すようにして、カインは水平のベクトルを殺して着地した。
しかしその時にはテュルフングを重そうにして、だが信じがたい速度で『それ』は疾駆している。
おおよそ、その動きには人というものが感じられない。
まるでそれは、化け物の動きだ。
それでありながら、あの不安定な体制からの膂力――もし、正面からぶつかれば――
だが考えるより先に、カインは再びその体を、音の壁を打ち砕く速度で動かしている。
やはり『それ』には、今の自分の動きが見えているらしい。
ただ丸い赤の輝きをこちらへと向けると、明らかにオーバーアクションな動きで剣を振りかぶり――しかし信じがたい速度でその刃が落ちかかってくる。
ぶつかれば、勿論それは簡単に自分の体を両断するであろう威力を秘めて。
――だが!
「――退かんッ!!」
カインはそこからさらに加速し、一気に『それ』の懐へと入り込んだ。
オーバーアクションに振りぬいた動きが仇となり、間を狭めればその斬撃の圏内には入らなかったのだ。
入る瞬間、一瞬だけ肩に刃が触れ、ごっそりと肉を持っていかれるような凄まじい衝撃に足が止まりそうになったが、
それでも何とか速度を落とさず――『それ』の右肩へと組み付いて――
「右肩……もらった!!」
その速度のまま叩き付けた膝の突起が、明らかに骨の砕けた感触を伝えていた。
いかにその動きが奇怪なものでも、人としての体である以上、要所が潰されれば動きは封じられる。
すでに左腕はこの状態になってもまったく動かしていなかったのだ。
両腕を封じれば、いかにこの状態でももう斬撃を放つことは――
しかしその時。
底冷えしてなお絶対零度にもにた異様な予感に、カインは思わず『それ』を見返した。
相変わらず、うつむいた髪に隠れてよくは判らないその顔。
だが今、その口が弧月に薄く開いていた。
死んだ魚の口の色のような、そんな底冷えする赤が広がって――
「ぐ……ああ……ああああああっ!?」
カインは全力で『それ』を蹴りつけ、間を置いて着地した。
だが、その時にはもう遅かった。
カインの、右手の甲――そこにあった皮膚が無い。
一方『それ』が口から吐き出したものは、食い破ったような紅い肉片。
そう――あの瞬間に。
『それ』はカインの右手甲に噛み付き、文字通りカインを『喰った』のだ。
怪我はそれほど酷いものではない。
だが噛み付かれ、食いちぎられたというその行為が及ぼしたショックはとても大きいものだった。
『それ』が、カインを見る。
心の見えない瞳で。
薄く開いた口から、唾液と血が混ざったものが滴り落ちた。
そんな『それ』の姿を、瞬きも忘れてただミレイユは食い入るように見つめていた。
これが――これが、かつて本当にラディと言われていたものなのだろうか?
少し頼りなくて、それでも肝心要ではきっちりと決める、あのラディだったのだろうか?
『それ』には、ミレイユの知っているラディの姿は何一つ無かった。
つい少し前に見せていた、あの優しい顔立ちはどこにも無かった。
――怖い。
ミレイユは『それ』を見て、はっきりとそう感じていた。
今まで見たどのモンスターよりも、格段に恐怖を覚えていた。
獲物を見つけ、ただそれを喰らうことに悦びを見出す――今の『それ』は人ではない。
……獣。
人の姿をした、凶獣。
だがまさか、これこそがラディの本来の姿なのだろうか?
あのいつもの姿はまやかしで――これこそが、ラディの本質なのだろうか――!?
「……違う……」
ミレイユは呟く。
そこに、全ての想いをぶつけるかのように。
「こんなのがラディの本質だなんて……私は……私は絶対認めない……っ!」
カインの心が、震える。
『それ』に感じた、ある感情。
その、名は――
(恐怖……!? 俺が……俺が恐怖を抱いているだと!?)
そんなことを――そんなことを認めていいはずが無い!!
「……かあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
迷いを吹き消すかのように。
恐怖を吹き飛ばすかのように。
カインは自分の戦意を叱咤して、全力で地面を蹴りつけた。
「認めん……認めるか、ラディ・オルティニアァァァァァァァァッ!!」
正面から、技も何も無い――ただ全てを貫く、最高の一閃を!!
だが、そのカインの全てをかけた一閃に『それ』は微塵の恐怖すらも抱きはしなかった。
砕けた右腕に、テュルフングを構えて。
無言で、しかし全力で振り下ろす!!
光と闇、白と黒、蒼と紅――互いがその全力で、自分の全てを託した武器を正面からぶつけあった。
凄まじい気迫の激突に大気は渦巻き突風吹き荒れ、それに乗って光と闇の乱舞が全てを染め上げる。
完全に正面からぶつかり合った剣と槍は互いに一歩も退かず、その存在意義を二者の間で激しく主張する。
まったくの、互角――
……いや!
「俺が……俺がこんな所で、退けるかァァァァァァァァッ!!」
凄まじい光の奔流が落ちかかる闇をじりじりと後退させ、カインは一歩づつ前へと踏み出していく。
……だが。
押されているというのに、『それ』の瞳は相変わらず感情を何も映さない。
いや――違った。
今、真正面からカインはその目と相対して、ようやくそれに気がついた。
その目には、最初から感情が備わっていたのだ。
空虚なように見えたその最奥に、見えた感情。
嘲笑と――愉悦。
そう。
カインがそのことに気がついた瞬間であった。
ラディの全身から放たれていた気迫が『膨れ上がった』のは。
力の関係が、見事に逆転する。
「ぐ……ッ!?」
いや、膨れ上がったのは気迫だけではない。
ラディの持つ暗黒剣テュルフング――その刀身が今、膨れ上がっている。
まるで闇が、その領域を侵し続けた無謀な光に牙を剥いたように。
凄まじい力で、カインが押し戻されていく――
「馬鹿な……何故……ラディが……『暗黒』をっ……!?」
じりじりと押され、槍を突き出した体制のままで後退するカインは、だがその時、信じがたい音を聞いた。
何かが砕けるような乾いた音。
それはカインの左手に握る、ホーリーランスから響いて――
「ホーリーランスに……ひびが――!!」
穂先から成長を続け、槍を侵食していくそのひび――しかしそれが成長しきることは無かった。
とうとう完全に力関係を覆した『それ』の暗黒が、その体制のままカインを思い切り吹き飛ばしたからだ。
その反動に吹き飛ばされたために刀身はカインを両断こそしなかったが、見事に甲冑ごと胴を袈裟切りに、カインは赤の尾を引いてそのまま大岩へと激突する。
今度は流石に落ちかかる瓦礫を打ち払う力も無く、そのままぴくりとも動けぬカインへと。
『それ』は引きずるような足音を残してずるずると近づき、カインを見下した。
もう。恐怖すらも感じることが出来なかった。
『暗黒』の一撃が切り裂いたところが、無数の牙の生えた口に食い破られるような凄まじい激痛を訴えている。
急激に朦朧とする意識の中、二つの赤に貫かれて思ったことは――納得。
(……やはり……五年前のあれは……ラディのやったことなのか……)
振り上げた刀身。
それが降ろされれば見事に自分の顔面は断ち割られ、永久に覚めない眠りへ。
だがそれも――いいかもしれない。
結局何一つ掴むことの出来なかった半端者の自分の末路に、相応しいなら――
落ちかかる闇へと素直に全てをゆだねて、カインは瞳を閉じた。
そして――刃は突き下ろされた。
……だが。
いくら待っても、自分の意識が消滅することは無かった。
いや、ひょっとしてもうすでに自分は死んでしまっているのだろうか?
死んでしまった自分が、まだ自分に命があり、かろうじて生きていると錯覚しているのだろうか?
……違う。
この胸の傷の食い破られるような痛みは、決して錯覚などではない!
カインは目を開けた。
そして――見た。
自分の顔面のそのすぐ脇に、血まみれになったテュルフングが墓標のように突き立っているのを。
「……これ……で……満足ですか、カインさん……?」
かけられた声に、はっと顔を上げる。
そこに立っていたのは『ラディ』だった。
全身の惨状に、激痛に耐えながら。
それでもその紅い双眸に真摯な光を湛えて、震える声を絞り出すように。
「カインさんは……何で……こんなことを望んだのか……オレには、判りません……。
でも……打ち合っているカインさんの……突きには……何か、焦りを感じ……した」
ともすればいつ倒れてもおかしくない、そんな体を気力だけで支えて。
……自分の大事な後輩は、惨めに倒れている自分へと声をかけ続けていた。
「……誰だって……見たくない、もの……醜いところは……あります。オレだって……そうです。
時にはそれを……直視するコトだって……ある……折り合いをつける……時だって…………あります……。
でも……それだけじゃ、ないはず……です」
ラディは涙していた。
それは全身から流れる血に混じって、紅い涙だった。
「カインさん……カイン……さんは……自分を……見失……っ……――」
だがその時、ラディはくの字に折れて、気管に詰まった血を咳き込み、吐き出す。
そのまま数歩、よろよろとよろけて――糸が切れたように倒れ伏した。
「――ラディ!!」
意識を失ったラディへと、まずクレセントが、そしてエルナが何のためらいも無く駆け寄る。
同じように駆け出そうとして、その足が張り付いた様に止まったミレイユだったが、
何かを振り切るかのように強く目を閉じ、頭を振って――
すべての糸を放出してラディを包むと、全力で駆け寄りながら回復魔法をありったけ注ぎ込む。
ややあって、非常に高度に精製されたクレセントの魔法がそれに続き、みるみる彼の傷口をふさいでいった。
全身の損傷を確認して自分の医学知識をフルに動員しはじめたエルナだったが、その時ふと気がついた。
……先刻まで倒れていたはずのカインの姿が、どこにも無かったことに。
コテージの壁にもたれかかり、瞑目していた白妙は、聞こえた激突音に目を開ける。
しかしそこに驚愕は無い。
むしろ予測していたかのような様子で、コテージを出た。
そして音のしたほうへと、迷うことなく歩み寄っていく。
……ろくに着地体制も取れず、凄まじい速度で地面に激突するようにして、そこにいた男。
一体どれほどの激戦をやらかしたのか、満身創痍の膝をついたその姿で。
カインは俯き――そして、涙していた。
「……畜生……ッ!」
搾り出すように呟いて、その左の拳を地面へと叩きつける。
「畜生……畜生……畜生ォォォォッ……ッ!!」
それは一体、何の涙だったのだろうか――?
ラディに勝てなかったことに対する悔しさ。
我を忘れ、後輩へと八つ当たりを起こした自分への不甲斐なさ。
クレセントの――ゴルベーザの言葉を認めなければならないという自噴。
それとも――?
「畜生ッ! 畜生ォォォォォォッ!!」
その真意は、本人以外の誰にも判らなかった。
判るのはただ、カインがひたすらに地面に叩きつける拳から血が流れていたこと。
激痛に失っていく左手の感覚――しかしそれでも、カインは打ち付けざるを得なかった。
そして白妙は、ただそんなカインを、一歩離れて見ているだけだった。
決して近づこうとはしない。
決して声をかけようとは、しない――
その一歩が、永遠に埋まらぬ距離であるかのように。
だが白妙は、自分がとても辛い表情を浮かべていたことに気付いていたのだろうか?
何も判らない。
何も見えない。
ただ己の中にある、やり場のない感情があふれ出す。
それをただ、左手に込めて。
血と絶望の色をした絶叫を、カインは放っていた――
「畜生ォォォォォォォォォォォォォォォォァァァァァァァァァァッッ!!」

【座談会】
作者 :さぁ〜てさてさて始まりましたっ☆ 今日の座談会テレホンショッピング――
エルナ:待ちなさい。
ざっく。
作者 :あの……エルナさん。素に痛いんですけど。
エルナ:いいでしょ別に。どうせ素粒子レベルで分解されても死なないんだから。
作者 :ううっ、人権擁護団体に訴えてやる……。
エルナ:人じゃないものに人権があるわけ無いでしょうが。……それよりも。
作者 :いま、な〜んかさらっととんでもないことを言われた気が……。
エルナ:しつこいわね……あんまりこの話題を引っ張るなら、もう一度斬るわよ。
作者 :ごめんなさいすいませんでした許してくださいオレが悪うございました。
エルナ:判ればいいわ。……で……聞きたいんだけど。
作者 :?
エルナ:なんで今日の座談会、私しかいないのよ?
作者 :なんでって……そりゃラディは額面どおり『瀕死』だし……ミレイユもクレセントも治療で――
エルナ:作品の時間軸とここは関係ないって言ってなかったかしら?
作者 :うっ……。
エルナ:まさか本編があまりに長くなりすぎたから、この座談会を短縮させることで帳尻を――
作者 :エ、エエエルナの出番が今回、す、少なかったからだ!!
エルナ:え……?
作者 :ほら、今回……エルナって、立場的にまだ仲間になって日も浅いし、
ラディとはそれほどかかわりが無いって立場上、蚊帳の外っぽい雰囲気だっただろう?
だからこの座談会で精一杯語ってもらおうと思って――
エルナ:……なるほど。そういうことだったのなら……仕方ないわね。
作者 :(……良かった……オレの書くキャラってオレよりもわかりやすい性格していて)
ざしゅっ。
エルナ:……斬るわよ?
作者 :もう斬ってます。っていうか、人の心を読んで斬り付けるのは反則だと思います。
エルナ:書く自分が悪いのよ。文字になった以上、読んで当然。
作者 :ううっ……作者愛のないキャラめぇぇぇぇ……。
エルナ:……まあ、馬鹿話はこれくらいで……と。また今回も長くなったわねー……。
作者 :あー……でも、今回の執筆は実質七時間くらいだったけどな。対カイン戦・前半は『ビッグブリッヂの死闘』、
後半で滅多打ちのところは『四魔貴族バトル』、そしてラディの変貌が『FF4 ラストバトル』で短期集中!
エルナ:なるほど……道理で妙に気合が入っていたわけね。というか……今回の話は少しやりすぎている気がするけれど。
作者 :やりすぎって……ラディがカインの手を『喰った』描写とか?
エルナ:そうね。あれはやりすぎているって引かれるんじゃないの?
作者 :妥協はしたくないんだよなー……自分の文には。感じたことは、嘘偽りなく。
絶対に自分の文章に妥協を見出さないのが持論でっす!
エルナ:妙なところで頑固ね……。まあ別にいいけど。
作者 :うむ。判ればよろしい。
エルナ:――ただ、その口上を盾にするような真似は感心できないわね。
作者 :なっ……ななな、何のことだ!?
エルナ:>「ミレイユさんの胸のサイズは何カップくらいを想定していましたか?」
作者 :うぎゃーっ! それは……そのことをばらすのかお前は!?
エルナ:これも台本に書いてあるもの。……さ、二人しかいないんだからさっさと進行しなさい。
作者 :ううう……アヴェウナーを首筋に当てられて脅迫はひどいと思います……。
これは以前とある場所で、スリーサイズはあの3つの表記だけでは実際のスタイルのよさが判らないと聞いてな。
エルナ:ま、そうね。……実際にはアンダーバストの表記があってこそ大体の体のバランスが判るもの。
アンダーバストっていうのは、胸の膨らみの下の……胸と胴の境界線の部分の事ね。
というか……そんなことも知らなかったのかしら?
作者 :仕方ないだろ! 男なんだからッ!! ……第一、このアンダーバストとかいうモノって、
ゲームキャラとかのプロフィールには全然書かれてないじゃないか……。
エルナ:二次元のキャラは、そのイラストレーターの采配で大体そういうところは決まるから……で?
作者 :そう。……だからオレも、ミレイユを描いてくれたとある人にメールでそう質問したんだよ。
エルナ:とある人って……姉さんを描いてくれた人なんて一人しかいないじゃない。
作者 :まあそれは言わぬが花、というヤツだ。
エルナ:具体的に名前を書くと、思いっきり質問内容がセクハラと同じって事が露見するからかしら。
作者 :ぐはっ。
エルナ:しかも上の口上を楯代わりにして。
作者 :はぁあうっ。
エルナ:……まあそれは後でじっくりと問い詰めることとして……で、結局姉さんの胸は何を想定して描いたのかしら?
作者 :『D』だそうだ。Dはアンダーとトップの差が約17.5〜20未満……ってことになる。
……ところが、この後ネットを徘徊していたら……面白いものを発見してな。
エルナ:面白い……もの?
作者 :ああ。身長とウエストのサイズが判れば、そこからアンダーバストの数値を概算できる計算式だ。
エルナ:へぇ……具体的な式は?
作者 :(身長/2.20)−(身長/ウエスト)。……大体160cm前後の人間の場合、この式は当てはまるらしい。
エルナ:姉さんの身長が162……ウエストが56……なら……この計算式では概算で70.5ってところね。
作者 :計算速いな……というか、暗算で出したのか?
エルナ:当然よ。私の知能に勝てると思っているのかしら? ……で、姉さんの胸のサイズが……
作者 :89。……つまり、差は18.5……Dの圏内に入っているって事だ。
エルナ:……イラストを描いてくれた稀志乃さんの眼が確かだってことを証明できたわけね。
作者 :うむ。……で、面白いんでちょっと他のキャラにも試してみた。
ただ、この計算式、身長170以上の相手にはあまり正確な価が出ないそうでな。
……式を使える該当者を探したところ、某箇所で連載中のコスプレエースパイロット少女が――
少女 :あはは☆ 身長167、B82、W58だよ?
エルナ:……推定UB73……ってことは……
少女 :あはは……って……ぎ、ぎりぎりでAってコト……?
作者 :こういう結果になるとは……Bくらいを想定していたんだが。
少女 :……ユーイチ、ちょっと煙草くれない?
少年 :セレナ……未成年の喫煙は禁じられているが……。
少女 :いーから持ってきて! こんな……こんなのって、あんまりだよ〜……。
作者 :う〜む……新たな発見だ……。
エルナ:彼女もどちらかといえば170寄りだから、実際はもう少しあるんじゃないかしら……?
作者 :……あ、そうそう。どうやらこの計算式、身長が低い場合には別に問題ないようだな。
エルナ:……どういう……事かしら?
作者 :いや、実践したから。……エルナの身長が145、B70W52――
エルナ:N−502、N−412――ブレンドッ!!
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!
エルナ:……しっかし、本当ここって本編と関係ないわね……。
作者 :エルナのサイズ……やっぱり、最初に思っていた通り、AA――
ぐしゃり。



