Final Fantasy W After Story



第二十五話 天空の欠片砕ける時



「お前が……お前が何故、こんなところにいる。答えろ――ゴルベーザ!!」
光槍ホーリーランス――それを向けられてなお、クレセントには微塵の同様すらなかった。
いや――三日月クレセントより、闇を統べし者ゴルベーザと呼ぶべきなのかもしれない、その男は。
「……私がこの星にいるのが、そんなに不審か?」
「当たり前だ! ……お前は、自分が一体何をしたのか――覚えていないとでも言うつもりか!?
 セシルは確かに、お前を認めたかもしれん……お前の存在を。だが……俺は違う。
 俺は忘れんぞ……お前が、この世界に――俺に行なったことを! 他でもない、この俺がな!!」
鏨を一撃一撃打ち付けるようにして、カインは言葉を目の前の男へとぶつける。
「……どうあっても、私は信用できん。……そういうことか?」
「当然だ。罪は裁かれなければ罪ではない。忘れること、無かったことになど出来るはずもない!
 ……望みなら、今ここで貴様の罪……俺のこの手で断罪してやっても構わないがな……!!」
全身から放つ闘気と怒気――そして殺気を隠そうともしないカイン。
その青金石ラピスラズリの双眸が、押さえきれぬ激情に沸するように危険な輝きを放っていた。
「……別に私はカイン。お前と事を構えても構わんが……あえて危地に飛び込む必要もあるまい。
 いいだろう。……ならば、お前には話そう。私が何故……ここにいるのか。その訳を」
ゴルベーザの静謐な言葉に――しかしカインは、まったく槍を降ろそうとはしない。
「……お前の語る言葉が虚言ではないという証拠がどこにある」
「……そこまで、私を認められんか」
「当然だ。そうやって甲冑を変え、名前を偽り……あまつさえ、俺の大事な弟分に取り入っている。
 貴様のどこをどうやって認めろと? ……どうやって認めろというんだ!! ゴルベーザ!!」
その言葉に――ゴルベーザは瞑目したようだった。顔を覆う兜で見えなかったが、確かに瞑目していた。
瞑目したまま――カインの放った言葉を噛み締めるようにして考証し――
「……判った。ならば……私も外そう。この甲冑を」
ゴルベーザの、その言葉が終わらない内に――彼の姿が分解・・する。
そう――その光景はまさに「分解」というべきだろう。 彼の全身を覆っていた、漆黒の甲冑。
それが一瞬、形を崩したと思った瞬間――白の奔流となって彼の姿を覆い隠したからだ。
それは布だった。幾重に重なり、幾千もの布がその甲冑の内側から爆発するように現れた様な――そんな、布。
カインがただ、言葉を失ってそれを見やっている中――やがてその布の奔流の中、ついと右腕が天を貫く。
そこに収斂していく、布――やがてそれは幾千ではなく、一つの長大な布であったことが知れた。
そこにはもう、あの漆黒の重たげな甲冑の面影は無い。 軽く柔らかな――染み一つ無い白い布。
ばさりと音を立て、それを右腕にたたんで掛けて――立っていたのは、一人の男だった。
……カインですら、初めて見たゴルベーザの甲冑の下の姿。
セシルと兄弟というだけあって、確かに彼は――自分のよく知るセシルに似通っていた。 透けるような、長い銀の髪。
しかし、その下にある顔は――セシルと確かに似ていながらも、まったく別の印象すら見るものに与えていた。
その違いは何なのだろう? 開いた年齢差? ――否。 それは――恐らく、自分を見つめる瞳だろう。
セシルのような優しさ、柔らかさは無く、己に対する圧倒的な厳しさと、事象に対する鋭さを湛えた蒼氷色アイス・ブルー
しかし何故だろう? そんな冷たそうな瞳だというのに――決して、それだけではない気がするのは。
そう。
初めて見た時――思ったのだ。
あの魔導船から眺めた、この蒼き星――この瞳はそれに似ていると。
そして、上に立つものとしての圧倒的な覇気と風格を先天的に備えたその長身を包んでいるのは、
黒地に金の縫い取り鮮やかな――しかし決して、そのバランスが清楚さを失うことの無いような、そんな服。
それらが合わさった結果――目の前にいるその男は、まるでこの世のものではないような錯覚を覚える。
まるで自分がいかに矮小であるかを思い知らされるように。
圧倒的な格の違いを見せ付けられるように。
それが――闇を統べし者――ゴルベーザの真の姿であった。
「……お前に――いや、弟にでさえ見せた事の無いこの姿だ。
 ……私はこの姿に誓い、そして月の名に誓って……一切の偽りを口にすることは無い」
「あ、ああ……」
すっかり目前で展開された光景に呑まれ、カインは槍を降ろしていた。
「……確かにお前が疑問に思うのも無理は無い。
 当の私とて、まさかもう一度この星の土を踏むとは思わなかったからな……」
ゴルベーザは空を見上げる。
見上げた月は見事な三日月クレセントであったが――しかしそれはこの星のもの。
あの、自らのいるべき星――新しい同胞を得るための冷たき眠りに包まれた、赤き月では無い――
「……あの後に私は、師父――フースーヤ師父より、月に眠る叡智の全てを授かった。
 それは私が、師父に代わって月の民の眠りを守る長となるための行程……。
 そして――私もまた、新たなる同胞をこの宇宙で見つけるため……そのための永い眠りにつくはずだった。
 お前も、弟も、この星も……全ては永劫の時の彼方、記憶の残滓としてのみの存在となるはずであった……」
蒼き星をその瞳に宿した男は、一体何に思いを巡らせていたのだろう?
「――だが現実はそうではなかった。……私は心のざわつきに、眠りにつくことは出来なかった」
――しかしその瞳、再びカインへと戻した時には――そこにはただ、真っ直ぐな輝きが湛えられていた。
「それは最初、冷凍冬眠という未知なる体験への動揺……そう思っていたが……それは違った。
 ……感じたのだ。この蒼き星に――心穏やかならざる何かが起こっていることを」
「なに……?」
「……幾億の距離を隔て、何故それを感じたかは判らん。  私の半分を構成する蒼き星の因子のなせる業か、父に与えられた『蒼き星を護る者』としての役割が未だに終わっていなかったのか……。
 無論、単なる気のせいということも十分にあった。だが――そう思いたくは無い自分がいたのも事実だ。
 私の中にある何かが、このざわつきが事実によって為されたものだと――確信させていた。
 だから私は師父に頼み、一度は譲り受けた『月を統べし者』としての役割を師父へと返し……私はこの星に戻ってきた。  戻ってきて――確信した。それが事実であるという確証を得た」
そこで言葉を切り―― 一拍置いて、続ける。
「……ミストの洞窟における野良幻獣の発生、通常の自然摂理では有り得ぬほどのモンスターの異常群発。
 さらに通常の進化系譜では有り得ぬモンスターの異常進化……これらの現象全てがこの短期間に起こっている。
 しかし……後ろの二つに関しては、予測だが確信に近い原因の回答が得られている」
「それは……?」
「クリスタルの――暴走だ」
放り込まれた言葉の爆弾に、声も出ないカイン。
「……この星にあるクリスタルは、月のオリジナルをコピーして作られた模造品……そして進化を促進させる力がある。
 遥か昔……赤き月が、この星が自らと同胞たりえる文化レベルにまで一刻も早く到達するように設置したものだ。
 この力が増大すれば、この蒼き星に存在する全ての存在の進化が飛躍的に促進される。
 無論全ての存在の――モンスターの進化も含めてな」
「クリスタルが……そんなことが、本当にあるのか……?」
「有り得ぬ話ではない。……クリスタルの力は偉大だが、完璧であるわけではないからな。
 特にこの五年間は、闇を統べる私が去り、セシルが暗黒剣を廃止してしまった。――闇の剣である暗黒剣を。
 今のこの世界は光へと傾倒しはじめ……光のクリスタルはそのエネルギーを過剰に増大しつつある」
しかしゴルベーザはそこで頭を振ると、
「だが……この程度ならまだ、誤差修正の範囲内だ。
 暗黒剣が廃れようとしだした中、ラディのような人物が現れ、そして私が帰ってきた……これで調和が取れていくはずだ。
 ……だからこれだけなら、私は暴走とは定義付けなかった」
「どういう……意味だ?」
「ダムシアンにある火のクリスタルに、私は明確な意思の存在を確認した。
 ……だが、この星にあるクリスタルは所詮コピー。
 月のオリジナルが近くに存在しなければ、オリジナルの十分の一程度のエネルギーしか持たず……意思など持ちうることは無い。
 にも拘らず……クリスタルは意思を放ち……その意思は、私を拒絶し、消滅せんと力を向けてきた。
 そしてその意思は……私が異常な進化を遂げたモンスターと相対した時、感じたものと同質のものだった」
「……つまり……モンスター達が、クリスタルを操っていると……いうのか!?」
カインの言葉は――真ならば、信じがたいほど恐ろしいことである。
だがクレセントは首を振り――そして真実は、もっと残酷で酷薄で――最悪だったのである。
「違う。……モンスターもまた、その意思に呑まれているに過ぎん。
 第一それでは、邪念の集合体である野良の黒竜の現出との整合性が取れんからな……。
 つまりはクリスタルもモンスターも――それを統括的に意思で縛り上げる上格の存在の手駒の一つに過ぎん。
 恐らくその瘴気にも似た執拗な意思が、偶然にミスト付近に吹き溜まり……副産物的に黒竜を作り上げたのだ」
「バカな、そんな強固な意志が――」
「一つだけ―― 一つだけあるだろう。
 ……私も、そしてカイン。お前も知っている、ある強固なる意志……。
 身を焦がすほどの憤怒と憎悪に、死してなおその意思消えることなく……むしろ遥かに増大し、具現化したもの。
 全てを憎み……全てを消滅させる『完全暗黒物質』……」
「…………!!」
カインの驚愕――それは、思い当たるものがあったからだった。
しかし認識と許容は決して同一ではない。精神的衝撃は目を見開き、思わず後じさりするほどのものだった。
「……そうだ。モンスター……そしてクリスタルから感じたのは……ゼロムスの意思だ」
――それは、重々確信をもって承知していたゴルベーザでさえも――苦渋を表さずにはいられない事実だった。
ゼロムス――それはゼムスという男がその最後の妄執をもって、高位の精神体へと昇華した存在。
ゼムスであって、ゼムスではない存在。
――この世界とは共存の出来ない、明らかに異質なる存在――
「バカな!? 俺達は確かにゼロムスを倒したはずだ!! 確かにヤツは……自らを不滅といっていたが……」
生在るものに邪悪な心ある限り、我が存在は不滅――ゼロムスの最期に残した言葉は、今も耳について離れない。
「……確かに。だがゼロムスの暗に示していたことは、あくまで邪悪な心がある限り、
 自らと同じ道を歩み、世界を破壊しようと試みるものは必ず現れる……そういう意味だ。
 ゼロムスそのもの自体が永遠に存在しているというわけではない。
 いかにその存在が物理的概念とはかけ離れた存在とはいえ、完全暗黒物質とは『闇』とは異質の存在。
 対等で真逆の存在が存在せぬからこそ――この世界をああもためらいも無く破壊できるのだから。
 だから……ゼロムス自体は消滅させることは可能だ。……だが今、それが残っているということは――」
「オレ達が……あの時、倒し損ねていた……そう、言いたいのか?」
カインは知ってか知らずか――その声はこれ以上無いくらいに掠れていた。
その心情はゴルベーザにも痛いほど判る――しかし、事実を捻じ曲げることは出来ない。
「……そうだ。そして何故消滅させることが適わなかったのか。それは……はっきりと判っている」
ゴルベーザは呟き、右手に掛けた白い布へと手を突っ込む。
……やがて、そこから取り出したものに――カインは眼を見開いた。
「セシルの……クリスタル!? いや、だが、色が……」
夜闇の中、はっきりと視認できたわけではないが、月の光を受けてなお、切り取ったように黒くあるその結晶。
「これは……私のクリスタルだ」
「お前の……!?」
「そうだ。セシルの持つものが闇を照らし出し、偽なる光を消し去る『光』のクリスタルだとすれば……。
 私の持つこれは、光を呑み込み、偽なる闇を喰らい尽くす『闇』のクリスタル。
 私とセシルは闇と光……互いに相反し、しかし決して互いを欠いてはならない存在……。
 そして闇と光、二人の存在が調和して初めて『蒼き星を護る者』として機能する。
 ……その機能は本能的な部分で、私達の中に組み込まれている。
 実際五年前の騒動の最中、闇を統べし者としての私を欠いたことにより、セシルは光と闇の調和をその一身で行なうこととなった。
 あれが暗黒騎士に――闇の剣を手にすることで、自らの光と拮抗させるためにな」
「……それであいつは……あんなに暗黒騎士に……」
ゴルベーザは静かに頷く。
「……そして、『蒼き星を護る者』……父が私達兄弟に授けた役割は、その力を同時に伴っていた。
 いずれはその邪念から完全暗黒物質に昇華するであろう、『蒼き星への脅威』に対する手段を。
 それがこの二つのクリスタル……この世界の根源を成す純然たる闇と光の力だった。
 父が月へ赴くための魔導船への伝承に『闇と光を掲げ』というのは……。
 この二つのクリスタルの力によってのみ、完全暗黒物質を消滅させることが可能だという意味に他ならない。だが、実際は――」
「光のクリスタルだけによる、未完全なものに過ぎなかった……?」
「ゼムスにつかまった時、私は光と闇のクリスタルの双方を持っていたが……私の闇のものはゼムスに奪われていた。
 その闇のクリスタルのエネルギーの一部を使って、完全暗黒物質への昇華の足がかりとしたのだからな。
 そして私はこの闇のクリスタルの存在に関する記憶の部分を抹消され……皮肉なものでな。
 これを思い出したのは……赤き月が、この星を離れた後だったのだ。
 あの場合……あの状況ではどうあっても、誰にもゼロムスを完全に消滅させることは出来なかった……」
自らの『闇』のクリスタルを仕舞い込むクレセント。 一陣の風が、彼らの心を冷たく撫でていった。
「……それで、お前は……どうするつもりなんだ? ゼロムスに対抗する手立てはあるのか……?」
「……クリスタルに自意識を投影しているのならば、それが破壊されれば確実にダメージを与えることが可能だ。
 この星のクリスタルは所詮コピー……破壊されたとしても世界の気象バランスに影響を与えるものではない。
 それに、そのクリスタルの欠片から逆にゼムロスの意識の中心部を探ることも出来る……」
「ということは……お前はダムシアンの火のクリスタルを砕いたのか……?」
「…………いや……」
クレセントの脳裏にその時よぎったのは―― 一人の少女。
技術レベル的に圧倒的に未発達なこの星にあって、クリスタルをエネルギーに転換してみせたブラウンの瞳。
……だが、クリスタルを破壊すれば――彼女の、その研究は――
わずかにカインの眼から視線を逸らし――しかしややあって、それを戻した時にはその揺らぎは消えていた。
「……クリスタルを破壊するのには多大なエネルギーを要する。それに失敗した場合の隙も大きい。
 今の私には失敗は許されないからな。……だから時間はかかるが、この星を巡りしらみつぶしに奴の中心を探す。
 クリスタルに自意識を投影できるというならば、必ずこの星の近隣には存在しているはずだからな……。
「……そうか」
「……あの状況で、どうやって蒼き星へと移ったのか。何故クリスタルを掌握しているのか。一体、何をしたいのか――
 判らんことは多い。だが……やらねばならない。今度は……私が。私が……戦う番だ」
カインはしばし瞳を閉じ――その言葉を反芻して、静かに頷くと――
次の瞬間、ホーリーランスをクレセントの喉元へと突きつけていた。
しかし、微塵も動揺した様子は無く――残念そうにゴルベーザは呟く。
「……やはり私は信用ならないか、カイン」
「……お前の言っていることがたとえ真実だったとしても、それとこれとは別の問題だ。見逃していい問題じゃない……!
 お前が俺に、五年前に……何をしたと思っている……!? 俺の心を捻じ曲げ……踏みにじった!!
 その落とし前だけは……この場できっちりとつけさせてもらう!!」
「……捻じ曲げ、踏みにじった……だと……?」
まるで虚を突かれたようなゴルベーザの態度に――カインの怒りはさらに増した。
「ああそうだ! 俺の心……俺のローザへの想いを捻じ曲げ、歪め……セシルを憎むようにしたのはお前だろう!
 お前は俺のもっとも大事な部分を汚し、踏みにじった……それを俺は……断じて許さん!!」
その言葉――その態度――そのカインの様子を見て。
ゴルベーザのその蒼き星にも似た瞳に、現れていた感情は一体何だったのだろうか?
驚愕――諦念――そして最後に見せたのは――
「……何がおかしい、ゴルベーザ!!」
瞳を伏せ、肩を震わせるゴルベーザへ――カインは語気をも荒げ問いただす。
「何が、だと……? これが可笑しいと言えずして何というのだ? 逆に聞きたいくらいだ……」
まさに、冷笑――顔を上げたゴルベーザのその瞳は、しかしまったく笑っていない。
「……とんだ私の見込み違いか、カイン。まさか貴様がここまで愚かだったとはな。
 いやはや、私も私だ。……こんな紙屑のような男に、期待していたというのなら……私も愚かだということか」
「な……!?」
あまりに酷い罵倒の言葉に――手にした槍を突き出すことも忘れ、呆然とゴルベーザを見上げるカイン。
これが先刻まで、静謐に語っていた男と同一の存在なのだろうか? その全身から放たれた圧倒的な存在感。
五年前より遥かに洗練され――容赦の無いそれがカインを圧迫し、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。
「一つ教えておいてやろう。……魔法には確かに、他人を意思をある程度操作し、操るようなものが存在する。
 だがな……それはあくまで、その人間にそういう凶行に出ようとする因子が存在するからこそ効き目がある。
 1を100にすることは出来ても、0を100にすることは出来ない……魔法は奇跡の力ではないのだ」
「だから……貴様は俺のローザを想う心を増大させて――」
「違うな。――断じて、違う。お前が言うそのローザとやらへの思慕などに、私は手を加えた覚えは無い。
 いや――そもそも、お前にそんな感情があったはずもない・・・・・・・・
「何……!?」
予想だにもしなかった、ゴルベーザの返答。
「お前は気付いていないのか……? お前の心にあるものはたった一つの強い衝動。
 何者もそれを阻むことの出来ないそれは……力への渇望だ」
「力への……渇望……?」
「そうだ。……私に知識への限りの無い欲望があるように。ラディに暗黒剣を追い求める情があるように。
 人間には誰しも力を求める感情がある。自らを貫きたい。他人より強くなりたい。高みへと昇りたい。
 そういう飽くことなき力への渇望が多かれ少なかれ、存在する。それが力であるか、知識であるかの違いはあれど。
 そして――お前の場合、その渇望の心が常人よりも遥かに強い」




「カイン……父である私でさえ、お前を見ていると時々恐くなる。
 何故お前はそうも純粋に、力を求められるのだ……?」




「!?」
頭の中で――声が蘇る。
それは今まで聞いたことも無い――いや、違う。
これは……聞いたことがある。
この、暖かい声。
そう、これはあの時……まだ幼い自分に、父のかけた言葉――
「そう――お前には、異常なまでの力への渇望がある。まるで全てを呑まんほどに。
 たとえ誰を裏切ろうと、自らを傷つけようと――力に対する、欲する欲望に極めて忠実な……そういう心が」




「……お前は、力を求めるためならば何でもするだろう。例えそれが、全てを傷つけようとも。
 その純粋さが戦士として羨ましく……そして……人として……恐い」




それは――まだ父が生きていたころ、一度だけ真剣な面持ちで自分へとかけた言葉。
そうだというのに、今まで一度も思い出すことが無かった言葉。
……何故だ?
何故今まで、思い出せなかった……?
「お前の行動は、全てがその渇望によってのみ突き動かされている。
 ……いつの間にか、お前はそれを否定する様になったが。私はそれを解放したに過ぎない。
 そう……増幅すらしてはいない。お前自身、気がついていたはずだ。あれが洗脳や強制ではないことを」




「……初めまして。僕はセシル。セシル・ハーヴィ」
「俺はカイン――カイン・ハイウインドだ」

――こいつが、セシル。
家柄も無く、純粋に技量だけで誰よりも早くここに到達した男。

……この男なら、なってくれるだろうか。
俺の高みへと昇るための、踏み台に――




「止めろ……」
……思い出した。
何故忘れていたのか――思い出した。
思い出したくなかったからだ。
自分の抱いた、この浅ましい考えを。
自分の全てを否定してしまうようなこの考えを――思い出したくなかったからだ。
「……過去を否定するか? それでは何も変わらない。それだけで変わるなら誰も苦労はしない。
 お前は想ったはずだ。何かをする時、何をするにしても――それが自らを強さの高みへ連れて行くものかと」




「……噂には聞いていたけど……やっぱり、カインの強さは段違いだ……」
「そうでもないさ。……正直、まさかこの短期間でここまで追い上げてくるとは思わなかった」
「いつか……僕もカインみたいに、強くなれるかな……?」
「ああ。……お前は俺の認めた、たった一人のライバルなんだからな」

――そうだ。そうでないと困る。

こいつが強くなれば、なるほど。
強くなったこいつを、俺が倒したその時に。
――俺は誰も到達できないほどの高みへと、足を踏み入れることが出来る――




「止めろ……止めてくれ……!!」
粉々に砕けんばかりの頭痛。
胸を焼く様にこみ上げてくる嘔吐感。
全身が――細胞の一片すらもが、その記憶の再生を拒絶しているというのに。
脳は――過去は無慈悲に、淡々と情景を――想いを再生していく。
記憶の底に封じたはずの忌まわしき想いを、呼び覚ましていく――
「自らを知らず、いや……知っていてそれを隠し、知られた相手を拒絶する……。
 そうやってお前は自らを保ってきたのか? とんだ自分の貫き方だな……笑わせる」




「カイン……それは?」
「暗黒騎士団入団の記念さ。今日は呑み明かそうと思ってな。ちょっとした奮発さ」
「カイン……」
「礼ならいらん。……俺とお前の仲だろう?」

――俺と、セシルとの仲。
浅くは無いだろう――誰の眼から見ようとも。

信頼、関係――心を繋ぐもの。
それが強ければ強いほど――それが裂かれた時の痛みは強い。
そして痛みは例外なく――人を、強くしていく。


……ならば、これを引き裂けば。
こいつはどこまで強くなるのだろう?




……止めろ、これ以上――
これ以上、俺の――
俺の、中に――!
「お前の心に、友を思う気持ちなど無い。人を信ずる気持ちなど無い。人を愛する気持ちすら無い。
 何故なら、今のお前の心の中にある全てが。今のお前が思い違いをしているそのすべてが――」




「カイン……その……あの後、ローザに告白したら……」
「……そうか。……良かったな」

セシルとローザ――やはり、愛し合っていたか。
この心の結びつきもまた――何よりも強いのだろう。

……ならば。
俺がローザを愛せばどうなるだろう。


ローザを愛し、セシルからローザを――




――これ以上、俺の中に入ってくるな――!!
「――その全てが、自らの渇望を否定したいがための、ただの言い訳でしかないのだから」




セシルからローザを奪えば、こいつはどこまで強くなるのだろう――?




「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


喉から血が吹き出すかと思うほどの、絶叫。
突き出された光槍。
だが――その刃は、ゴルベーザが寸前、傾けた首の残影を裂くに留まり。
激しい激突音を立てて、その後ろにあった大岩に深く突き刺さる。
交差する、蒼き星と、天空の欠片。
時間が凍りついたとさえ思えた、一瞬の中。
だがゴルベーザの眼は、一部もの感情の動きさえ見せなかった。
動揺していたのは――カインの方だった。
吐く息荒く、眼を見開いたまま、自分が槍を突き出したことに驚愕し――顔を手で押さえながら、思わず後ずさる。
その様を――ただ冷ややかに見つめていたゴルベーザが口を開く。
「……ようやく、判った。お前が何故、この二年の間、ここで一度も勝つことが出来なかったのか。
 簡単な話だ。……お前は弱くなっている。五年前に比べ――比べようも無いほどに」
「っ――!?」
ゴルベーザを見返し――だが。反論の言葉が……出ない。
出来たのは――ただ何も言わず、首を垂れることだけ――
「お前のその惨めな様は何だ? そうやってただ頭を垂れているだけのお前は何者にも劣る愚の極みだ。
 今のお前などより――ラディの方がよほど強い。自らをの本質を否定し、知らぬふりをして言い訳として……
 その過去すら認められんような矮小な男の意志など、ラディのひたすらに強いそれの前では紙屑にも劣る」
そのまま、コテージへと戻る下りへと向かい――ゴルベーザは右手を翻した。
宙で一瞬、花開くようにふわりと広がった布は瞬く間に彼の全身を覆い隠し――漆黒の甲冑に再構築される。

「翼を失い、爪は折れて牙も無い。天を駆けれず、それを見上げて地を這い回る……それがお前だ。似合いの姿だ。
 私は愚者に興味は無い。だからずっとここにいるがいい。そして二度とラディに……私達に関わるな」

もう瞳も見えないその兜の下で、絶対零度の鋼の呟きを吐き捨てて――重い足音は遠ざかっていく。

「…………俺は、俺、は……っ……」

全てを否定され――自らの根底を成していたはずの全てを、否定され。
心さえ、粉々になったように打ちのめされた中で――声が漏れ出た。


しかし力なきその呟きは、風に呑まれて誰の耳にも届くことは無かった。