Final Fantasy W After Story



第二十四話 根源たる白き竜



―― 一連の事が片付いた時、すでに日は西の空から赤い光を投げかけていた。
「……この山は、夜に越すのはちとつらいものがある。
 一晩くらいならば、わらわ達の住まいに泊めてやってもよいぞ?」
「あ……ありがとうございます!」
「よいよい。……カインの旧知ならば、そう無下にするわけにもいかぬからな」
――そして白妙の先導する中、ラディたちはホブス山をさらに登る。
日は落ち、凍れる空気に夜空の星が瞬き始めた時――ようやく白妙は足を止めてラディたちに振り返った。
「……さ、着いたぞ。このあたりが丁度、わらわ達の住んでいる場所じゃ」
白妙がそういった場所は、ホブス山八合目――
この槍の山のようなホブス山から考えれば、奇跡的なまでに平らに開けた場所であった。だが――
「住んでるって……何もないのにですか……?」
ラディが呟くのも無理はない。
その場所は、確かに平らには開けている。
……開けているだけで――生活に必要な道具も、もしくはその痕跡さえも何一つないのだから。
「フッ……まあ、不思議がるのも無理はないな。俺も最初は驚いた口だ」
治療を終え、甲冑はともかく肉体的には完治したカインが、含みのある言葉を漏らす。
それにラディが問いかけようとした時――山の乾いた空気に、小さく弾ける音。
白妙が指を鳴らしたのだ。
――そしてその時には、いつの間にか目の前に『コテージ』が展開され、扉を開けていたのである。
「……どうした? この程度のことで驚いていては、この先身が持たんぞえ?」
絶句するラディたちに、白妙はくすくすと笑っていた。

コテージは基本的に五・六人で使用するものであるが、安全基準の設計上、
かなりゆとりを持たせているので実はその倍ぐらいの人数を収容することが出来る。
そのため八人という大所帯をもってしても、特にコテージの中が狭いとは感じられなかった。
「……さて、と。客人もおることじゃ。今日は少し奮発してみようかのう」
皆でコテージの中心をぐるりと囲む様に座る中、白妙はその白磁の様に白く細い指を鳴らす。
一瞬の間を置き、コテージの中心に、やはり前兆もなく唐突に何かが現れる――
そう。
ラディには「何か」としか形容するほかに無い。
蓋をし、火に掛けられたそれはどことなく鍋のように見えるが、その材質は金属ではなく、陶土――
「……土鍋、だ。エブラーナで主に使われる鍋のことでな」
そんなラディの心中を読んだかのように、カイン。
「この中に野菜や肉といった具を放り込んで、茹で上がった跡にそこから直接取って食べる。なかなか、美味いぞ」
「へぇ……それは変わった食べ方ですね……。でもカインさん、何でそんなことを?」
「フッ……二年もここで暮らしていれば、それくらいのことは判るさ」
言って、そばにあった鍋つかみで蓋を取ろうとしたカインだったが――そこに鋭く、白妙の一撃が叩き込まれる。
ラディの目にもかなり鋭い一撃は、カインをして目に涙を浮かべさせるほどである。
彼の無言の抗議に、白妙はいつの間にやら持っていた湯呑みからずず……と茶を啜りつつ、
はやるでない。まだ鍋は煮えておらんではないか。カインは客の持て成す事も知らんのかえ?」
「お・ま・え・は……いつもは煮えた直前のものを出すくせに……!」
「おや? いかんいかん、寄る年並みには勝てんのう」
「その性格の悪さを年齢のせいにでもす――ごもっ」
「――さささ、済まんがミレイユ殿、エルナ殿。これを皆に配ってはくれぬか?」
何事もなかったかのように――
腹部を押さえて苦悶の表情を浮かべるカインさえも何事もなかったかのように無視して、白妙は二人に手早く指示する。
二人にしては軽口の一つも叩かずてきぱきと動いたところを見る限り、白妙の叩き込んだエルボーの破壊力を悟ってしまっているためであろう。
ラディ達に渡されたもの――それは恐らく、鍋の具を取り、置いておくための器なのだろう。
しかし、この器に注がれているこの黒い液体は――
「……これって……ソース?」
「『ぽん酢』じゃ。……ちょっと舐めてみるといい。違いはすぐに知れよう」
「じゃ、ちょっと失礼して……」
ラディは薬指の先を『ぽん酢』へと浸けて口へと持っていく。
――直後、目を見開く。
「これは……酸っぱい……いや、酸っぱ辛い?」
「ふふ……初めてぽん酢を口にしたカインと全く同じ反応じゃの」
微笑する白妙に、ラディは目をぱちくりとさせてカインを見る。
なんとか体勢を立て直したカインがばつの悪そうな表情で頬をかくのを見て、白妙はさらにしばらく笑っていた。
「――ふむ。そろそろ、良いのではないか?」
「おお、そうじゃな」
クレセントの言葉に白妙は頷き、そのまま鍋の蓋を開ける。
もわっと湯気が立ち上り、一瞬すべてを覆うが――それはすぐに、晴れて。
「おおっ……」
――思わずため息を漏らしたのも、無理はなかった。
この「土鍋」というものも、この鍋というエブラーナ料理もラディとしては初めて見るものだ。
しかし海千山千の旬のものが彩りよくぐつぐつと音を立てているその光景は、十分に食欲をそそるものだった。
「……けど……一体この中からどうやって具を取り出せばいいんだ……?」
そう。渡されたのはこの『ぽん酢』の入った器だけで、ここにはフォークもスプーンも存在しない。
流石にラディといえども、素手でこの熱湯の中に手をつっこむのは避けたいところである。無理ではないが。
「むう……わらわとしたことが、うっかりしておった。失敬失敬」
「白妙……お前、本当に老化現象を起こして――がっ」
顔面の真ん中に裏拳を叩き込まれて悶絶するカインを尻目に、白妙が皆に渡したもの。
それは長さ20cmほどの、細く長い二本の棒――
「これって……あの『箸』ってヤツですか……?」
箸。――二本の棒を利き手に持って、挟み、刺し、つまみと多種多様に操って食べ物を口に運ぶ食器である。
この特殊な食器を使用しているのは、世界でもエブラーナとファブールの二国のみ。
五年前より前までは、世界の殆どで知られることはなかったが――五年前の騒動の後。
宗教国家だったファブールや鎖国状態であったエブラーナと他の国との交流が盛んになったことで、この特異な食器の存在も全世界に知れ渡ることとなった。
……もっとも――
「ほう……そなた、この食器を知っておるのか?」
「え、ええ。……ただ……知ってるだけなんですけどね。現物を見たのは、初めてで……」
聞くところによれば、この『箸』とは多様性が聞くかわり非常に扱いの難しいものであるらしい。
確かに実際見てみても、一体どうやって使えばよいものか皆目見当がつかない。
しかし。
他の食器があるのか聞いてみようと、ラディが顔を上げた時。
――ラディを除く全員が、しっかりと『箸』を握っていた。
「って……もしかして、みんな箸が使えるのか……?」
呆然となったラディの視線を受けて、ミレイユはウインクを一つ返すと、
「あら♪ なんならラディ、おねーさんが食べさせてあげましょ〜か? はい、あ〜ん」
「いっ!?」
「……姉さんも私も、エブラーナのものが結構好きなのよ。ダムシアンにはエブラーナ料理店もあるし」
「私は……知識で知っているだけだが、ひととおりは」
「フッ……流石に二年間もここで暮らしていれば、自然とな」
何の問題もなさそうに言ってのける皆に、ラディはがっくりと肩を落とす。と――
「ふむ……ならばフォークやスプーンを出そうかのう?」
白妙の提案を――しかしラディは首を横に振って、
「いえ……折角ですし、これで頂きます。郷に入れば郷に従え、ですから」
「……そうか。ならば頑張るが良い」
白妙は微笑して――改めて一同を見やり、
「では改めて……客人よ、存分に堪能していってくれ」
「いっただっきまーすっ♪」
「お鍋なんて本当、久しぶりね……白ねぎはどこかしら?」
「よっ……はっ、くっ……な、なんとか取ったぞ。いただきますっと……旨いな、これ!」
「ふむ……エブラーナ料理は基本的に淡白なものが多いと聞くが……煮込まれた野菜自体が出しの代わりか。
 食材自体の持ち味に、この味の濃いぽん酢が見事に相まって食欲をそそる。……なかなかのものだ」
客人に舌鼓を打たせ、概ね好評を得たことに、白妙はうれしそうに隣を見やった。
「やはり大人数の時は鍋に限るじゃろ? あったまるしのう」
「お前の場合は大概鍋のような気がするが……まあ、たまにはこういうものも悪くないな」

――食べ始めてから、大体三十分はたっただろうか?
そのころにはすでに各々、食事における自分のペースを確立しつつあった。
「あ、姉さん。そこのお玉取ってくれるかしら? お豆腐を取りたいんだけど」
「エルナ……アンタ、まだ食べる気なの……?」
流石に箸を止めているミレイユは、すっかり膨れたお腹の辺りをさすりながら呻く。
「そういう姉さんだって、お酒の時は無尽蔵に呑むじゃないの」
「お酒は別でしょ〜……っていうか、食べてもどうせ一向に還元されないんだし――痛ッ!?」
胸の辺りに目線を向けていた姉に、かなり無慈悲に肘鉄を叩き込みつつ、淡々と食べ続けるエルナ。
―― 一方、カインとラディは鍋をつつきつつ、談話に興じている。
このころになるとラディの箸裁きも大分とさまになっていた。
椎茸を租借しつつ、カイン。
「……そういえば……竜騎士団の今の団長は誰なんだ?」
「フラットレイさんが団長を。フライヤさんが、丁度カインさんの後を継ぐ形で一番隊隊長になってます」
「『鉄の尾』か……成る程。あいつは俺よりも人がよく出来ているからな。
 ……しかし、恋仲揃って要職につくとは流石だな」
「いえ。……昨年結婚されたので、恋仲じゃなくて夫婦ですよ」
喋る二人の間には、あまり見知らぬ中にあるような硬さは微塵も無い。
ラディはあくまで丁寧な言葉遣いだが、それはこの歴史的な英雄であるカイン・ハイウインドに対するというより、
昔お世話になった先輩に対する尊敬のような――柔らかいものだ。
「……しっかし驚いたわねぇ。ラディがあのカイン・ハイウインドとこうも親しいなんて。
 一体、どういった関係なのかしらねぇ?」
「フッ……決まっている。恋仲だ」
「ブッ!?」
カインのしれっとした一言に、ラディは思わず食べ物を吹き出していた。
そしてミレイユは――その表情からいつもの享楽的な余裕が消え去り、驚愕に目を見開いている。
「……冗談だ。真に受けるな。
 こいつとは、俺が寮生活をしていた半年間ほどの間、同室だったんでな。
 その時から色々と面倒を見てきてる。まあ、年の離れた弟分みたいなものだ」
「…………………………そ、そそ、そうよね♪ あ、あはははははは……」
自然にしては長すぎる沈黙をはさみ、復調するミレイユ。
と――カインはラディの耳元にそっと寄ると、
(……なかなか、お前も隅に置けないものだな)
(え? ……っていうか、なんなんですか先刻の発言は!)
(いいだろう別に。……まさか真に受けると思わなかったんでな。
 それよりラディ、いつの間にこんな美人の彼女を拾ったんだ?)
(……え?)
(え、じゃないだろう。……この女性は、お前の彼女じゃないのか?)
――鳩が豆鉄砲を喰らった、という表現が適切なラディの態に、カインは呆れたように肩を落とす。
(お前は……そうか、確かにお前は昔から奥手だったからな……無理も無い話か)
(いえ、オレとミレイユはそういう間柄じゃ――)
(いいか? お前が五年前からどれほど女性経験を積んだかは知らないが、あれはどうみても絶世の美人だろう。
 ここまでの美人は俺もそうそう見たことはない。……しかもあの様子だと、お前にそう悪い感情は抱いていないだろう)
(いえ、ですから――)
(物事に必要なのはタイミングだ。じっくりとその期を見定めるための忍耐力が必要となる。
 その点に関して言えばお前にも十分その素質はある。だがお前の性格上、問題はその後に訪れるだろうな。
 タイミングを見つけたら、躊躇はするな。疾風迅雷の踏み込みを忘れるな。リスクに恐れては駄目だ。
 ……お前だって、彼女が嫌いなわけではないんだろう?)
カインに言われて――ラディはこの時初めて、ミレイユを恋愛対象の一つとして考えてみたのだった。
もっともそれは、わずか一秒と持たずに『想像もできない』という結論を迎えてしまったのだが。
(……まあ、俺のように立ち回れとは言わん。ゆっくりやっていくといいさ)
セシルと違い、風格や規律を損なうほどではないものの、それなりにその手の経験に長けた年長者は、
どこか自体を楽しげにするような、そして後輩の成長を喜ぶような微笑でその肩を叩いた。
……と――
「……そろそろ、互いの情報を整理すべきだと思うのだが」
すでに食事を終え、やや離れたところでコテージの壁にもたれるように座っていたクレセントがそう口を開いた。
その視線はカインへと向けられ――同時にカインの目もまた、クレセントのそれへと向けられる。
自然と称するには長すぎる沈黙と硬直の後に――二人とも示したように視線を背ける。
……絡み合う視線に添えて。
――二人は一体、何の想いを交錯させていたのだろうか?
いや――そもそも二人は、知人だったのか?
少なくとも――その間に蟠っていた空気は、決して暖かなものではないことは確かだった。
訪れた沈黙――それを破るように口を開いたのは、白妙だ。
「……確かに……そちらの事情は伺ったが、こちらのことについては何も語ってはおらぬしな。
 しかし……一体、どの辺りから説明すれば良いのやら……困ったのう」
「あの……まず、カインさんが何でこの山にいるのかを教えていただきたいんですけど。
 俺が聞いた話だと、カインさんは確か試練の山で一人、自らを鍛えていると聞いたんですが……」
――あの騒動の後、カインの消息は五年間に渡って不明とされていた。
そのため諸説が入り混じり、ラディが耳にしていたのも実は証拠も何も無い憶測の一つでしかなかったのだが――
偶然とは恐ろしく、実は彼の耳にしたその情報は、限りなく事実を貫いていたものであった。
「……そうだ。確かに俺はあの後……試練の山で、己を磨き……技を極め……父を越える竜騎士になるために。
 そうすれば、俺は……心の弱さを克服できる……友を裏切るような、この弱さを克服できると思ったからな」
「カインさん……」
「そんな顔をするな。……いくら言葉を重ねたところで、俺がセシルを裏切ったことは消えはしないのだからな」
――あの騒動の中。
カインは最後こそ、セシル達とともに刃を手に戦ったものの――それまでの間に何度もセシル達を裏切っている。
それは聖騎士の歌の中でも明記されていることだ。
この手の歌なら、本来ならば削除されてもおかしくないとしたものを――しかしギルバートは、そのまま公表した。
たとえ事実を捻じ曲げて伝えても――この戦いで心に得たものを失ってしまうだけだ、という彼の言葉は有名である。
カインは目の前で踊る炎をその瞳に映し、何かを掴むように――静かに手を握る。
「……だが……結局俺は、試練の山で何も掴むことは出来なかった。
 確かにあの戦いの後、目指すべきだった道の先が……見えなくなった。
 俺は失意の中、山を降りて……宛もなく、彷徨っていた。いや……違うな。
 ホブス山……試練の山に匹敵する、自己覚醒の霊峰……俺の足は自然とこの山へと向かっていた。
 だが……なんとか山を登り始めたところで……連日歩き続けた強行軍がたたって……」
「……そこをわらわが助けた、という話じゃ。そうじゃな……確か、今から二年ほど前のことじゃ。
 わらわも驚いた。何せこの山について間もないというのに、いきなり襤褸雑巾の様になった男が倒れているのじゃから」
瞳を伏せ、当時の光景を思い出すかのように白妙が呟く。
そのまま、反芻する様に深く息を吐く。
彼女が思い出していたのは……一体、何だったのだろう。
幾重にも折り重なった感情は、かえって本人にすらも判らないものなのかもしれない。
しかし顔を上げた時には、まるで静まり返った森閑の湖のように静かな瞳を戻している。
「しかしまあ、放っておくのも夢見が悪い。心身の疲れを癒し、甲冑を修復してやったのじゃよ」
「……後は、俺がここに住み着いて、白妙相手に修行を重ねている……そういうことだ」
「……正直、あまり人と関わる気は無いのじゃがのう」
「その割には俺と手合わせする時のあの容赦のなさはなんなんだ?」
「ふふ。……わらわは基本的に、弱いものをなぶるのは嫌いではないのじゃ」
「クッ……! 言ってくれるな……!!」
「悔しかったら一度でもわらわから一本とってみよ。
 わらわはどちらかといえば、強きものと打ち合うほうが好きなのじゃからな」
悔しそうにするカインを横目に、ころころと笑う白妙。
こんなことを思えば失礼かもしれないが――まるで長年連れ添い、気心の知れた仲のようにラディには見えた。
「……けど……シロタエさん、だったっけ? 貴女一体何者なの?
 カインって言えば、史上最高の竜騎士って呼ぶ声も高いのよ? それをああもあっさりと」
「白妙、じゃ。決してカタカナで呼んではいかん」
音声にしては意味不明の台詞を口にしてミレイユをたしなめ、白妙は湯呑みを両手で包むように膝に置いた。
「……言ったとおり、わらわは白竜……確か『聖騎士の歌』とやらで見知っておるのではないか?
 聖騎士たちが月の奥へと赴く中、邪を滅する魔剣を守る忌むべき三頭の邪竜、とな」
言われて――ラディも思い出す。
タイダリアサン。ダークバハムート。そして――白竜。月の地下渓谷にいたとされる三頭の竜たち。
この三頭の竜との死闘は、舞台などでもクライマックスの一つに使われることも多い有名な一節だ。
しかし――
「むう……ま、まさか……この御方に対して、そのような扱いをしているというのか……?」
クレセントが、心の底から驚き――そして呆れ、同時にこめかみが痛くなったように呻く。
「おや……クレセント殿は、わらわのことをご存知かえ?」
「……ええ。恐縮ですが……お気に触られているのなら、代わって私が謝罪を」
「ふふ……よいよい。万人に我らの存在が理解できるとは思えぬしな。
 ……ただまあ、我らを題材にしているというのにいっかな収益の一部もいただけぬというのはいただけぬがのう」
口元に手を当て、涼やかに笑う白妙に――クレセントはただただ恐縮し、頭を垂れるだけだ。
今まで一度も見たことのないクレセントの様子に――ラディは呆然とそのやりとりを見ていたが――
「要するに……白妙さんは竜、ということですか……?」
「……ラディ。この御方は――」
「そう堅っ苦しくせずともよいよ、クレセント殿。ただの白妙で十分じゃ」
「……済みません。ラディ、この方は確かに白竜としての一面も持っている。
 だが……基本的に、この方はこの次元で憶測できるレベルの存在ではない。
 肉の器ではなく、心の器を元としてこの次元に逆説的に存在しているのだ」
それと似た存在について、ラディはクレセントの口から一度聞いたことがあった。
素直に口にしてみる。
「……要するに……幻獣、ってことか?」
「いや……確かに存在の手段としては同じだ。しかしこの方は――幻獣よりも遥かに高次の存在。
 この方と幻獣を比べるのは……幻獣と人を比べることと同意義だ。
 上手くこの方の存在を伝える言葉が無いが……言うなれば……そう、『神』と同意義だろうな」
「かっ……神!?」
クレセントの言葉に――驚いたのはラディだけではない。
ミレイユ、エルナ――そしてカインまでもが雷に打たれたようにして白妙を見やる。
当の白妙といえば、どこ吹く風といった態で瞳を閉じ、いつの間にか並々と湯飲みに湛えられた茶を啜っていた。
「……これはあくまで、伝承の一つでしかないことだが……。
 そもそもこの世界、宇宙の創生というのは、混沌の中から、想像の範疇すらも上回る信じがたいほどの規模の超爆発によって誕生したといわれている。
 そしてこの時、この際限無き程の規模を誇る宇宙と同時に誕生した3つの『概念』を司る『存在』……。
 創造、破壊、そして――調停。……そこにいるお方は……そのうちの『創造』を司っている『存在』だ」
そこまで言って――立ち上がって異を唱えたのはエルナだった。
「ちょっと待って――それが仮に真実だとすれば、その『存在』は宇宙と同格の存在だということになるわ。
 それほど巨大な存在を内包できるほど、幻獣達の本体が存在する場所は広いはずが――」
「……だから幻獣より遥かに高度の存在といっているのだ。
 この方達は、自分が存在するためだけに自分だけの世界を保持している。
 それでありながらこの世界に分体を存在させ、この世界に干渉することも出来る……。
 ああ、言わずともお前の言わんとすることはわかる。それによる宇宙維持における根本的矛盾の事であろう?
 無論この方達にもそれは存在する。……だがそれすらも、存在自体の巨大さの前では些末に過ぎん。
 些末に過ぎんほど……圧倒的に強大だということに他ならん……」
「そんな……そんなことって……」
エルナが――これもまた珍しいことだが――呆然と呟いたきり、言葉を失ってしまっていた。
クレセントとの会話の内容は理解できなかったが、とにかく常識では考えられないほどすごいというのは伝わってくる。
「……ということは……俺たちが五年前に戦って、今一緒にいるこいつは……神様だとでもいうのか?」
かれこれ二年間、寝食をともにしたカインですら、彼女を初めて見たかのような表情を貼り付けていた。
それを見た白妙の反応は――
「さて、どうなんじゃろうな」
「……何でそこで人事なんだお前は」
カインの愛の欠片も無い冷たい突っ込みに、しかし白妙は憤慨したように、
「仕方なかろう? 確かにこの世界が誕生したと同時に存在していたわらわ達と、
 この世界が安定してから誕生した幻獣とでは、力も存在の強大さも比べるだけ無駄じゃろう。
 そういったことを専門的に研究する輩から見れば、わらわたちは神と呼ばれるような存在かも知れぬ。
 じゃが――わらわ達からすれば、自分達が何か、と問われても自分じゃ、としか答えられぬでは無いか。
 わらわ達のような存在が前に存在しておればともかく、それもあるわけではない。
 ……第一、昔の事などそれほど詳しく覚えているわけではないぞ? 冗談ではなく、本当にな。
 判っておるのは、オズマ、タイダリアサン、そしてわらわ……そろいもそろった爺婆集団ということじゃな」
そう言って、気楽に笑ってみせるその様は、確かに年月の重みを感じさせるが――
外見も声も非常に『婆』とはかけ離れているために、違和感があることこの上ない。
「……? だが……五年前に戦った時は、それほどまでに力があった様には思えなかったが?
 少なくとも今の方がよっぽど強いように思える」
カインの言葉に――白妙はばつの悪そうに頬をぽりぽりとかくと、
「ああ……あれは……ちょっと午睡をしておったところをあのゼムスとかいうヤツにつかまってな。
 よりによってわらわ達の『核』を肉体に閉じ込めて本体との接続を立った挙句、武器の門番にしおった。
 じゃから幻獣並みの力しか出せんかったというわけじゃよ。
 まあ実際のところちょっと面白かったし、オズマなどは案外ああいう生き方も悪くないと口にしておったがの」
「……先刻から言っているその『オズマ』とは何だ?」
「お主達の言うところの『ダークバハムート』じゃ。
 あやつは結構ひねくれた性格をしておってな。わざわざあのバハムートとやらの姿を真似ておるのじゃよ。
 ……じゃがまあ、わらわ達は本来どおりにオズマと呼んでおる」
ずず……と音を立てて茶を啜る白妙。
今まで何故お茶や湯呑み、鍋や果てはこのコテージまでもが瞬間的に現れていたのか判らなかったが――今ならば何となく判る気がした。
これが彼女の『創造』の力なのだ。
……もっとも、かなり小さい規模である気がするのだが。
「……そういえば、たしか貴女は『核』を閉じ込められていたといっていたが……まさか――」
「言いたいことは何となく判るが……その通りじゃ。カイン達が容赦をしてくれんかったからのう。
 核を破損させられて、今のわらわ達は存在としてはやや劣化しておる。今のわらわのこの姿も、その影響じゃ。
 昔はそもそも人の姿などなろうと思わなかったからの……確認はしておらんが、人格にも若干の影響がある。
 わらわがこうやってこの世界のエブラーナとやらの格好や服装を好むのも……恐らくあの時の影響じゃろうな。
 まあ、わらわに関してはそう酷いものではなかったが……タイダリアサンなど、複数の人格に分裂したそうじゃ。
 一体で戦うわらわたちに、複数で囲んでよってたかってぼこ殴り……まったくもって敬老精神というものを知らぬ奴らよ」
「だったら敬老精神を呼び起こすような歳相応の格好を――ごふっ」
「まったく……カイン、お前はわらわのこの硝子ガラス乙女心オトメゴコロさえも察してやることが出来んのかえ?」
そそ……と袖で涙をそっと拭うふりをする白妙に、カインは脂汗を浮かべてみぞおちを押さえながら、
「お前……俺をおちょくっているだろう……!!」
「おや、ばれてしもうたか。これはうっかり」
しれっと白妙は言ってのける。
そのやりとりに、思わずラディは小さく吹き出していた。
「白妙おねーさま? ちょっとみ〜ちゃんさん、お聞きしたいことがあるんですけど♪」
「なんじゃ? 『すりぃさいず』なら上から86・58・86じゃ」
「……なんで私の周りには、揃いも揃って胸の大きい人ばっかり……っ」
「……ん? 何か言ったかえ、エルナ殿?」
「え!? い、いえ、別に……」
「それよりも白妙おねーさまっ♪ 前々から気になってたんですけど、その頭の角飾りってもしかして……本物?」
「そうじゃが。……ほれ」
白妙は言うなり、その艶やかな黒髪をそっと手で分ける。
現れた角の生え際は、確かに頭と直結していた。
「なんというか……別にわざわざ出さなくてもかまわんのじゃがな」
「うわ♪ 本当に生えてる……頭蓋骨とか脳髄との関係はあるのかしら♪ それとも――」
「姉さん……もしかしてこの人を、モンスターと同列に考えてないかしら?」
「な、ななな何を言ってるのかしらねこの子ってば。そんなわけ……無いじゃない。半分くらいは」
「半分はあるのね?」
「ぐっ……!」
「よく判らんが……そなたら、面白い姉妹じゃのう」
と――そこから女三人、和気藹々ととりとめもない会話に移っていく――
そしてカインは人知れずそっと立ち上がり、クレセントの近くで二言三言何かをささやくとそのまま出て行った。
「……? クレセント、カインさんは何だって?」
「……そのいかす鎧はどこで手に入れた、とな。自分で作ったといったら驚いていた」
クレセントは軽く笑ってみせた。

……限りなく空間すらも静謐なその中で――クレセントはそっと目を開けた。
あの後しばらくはいろいろと話していたが、やはり体力的に一番辛かっただろうエルナが寝てしまい、
そのあとは誰示すとなく皆それぞれに眠りに入っていってしまっていたのだ。
コテージの天窓を見上げれば、丑三つ時の空にはただ静かに三日月が昇り、光を注いでくれている。
いくら6人用といっても、コテージは宿ではない。
魔道技術によって圧縮されたこの簡易宿泊施設は基本的にざこ寝だ。
それでも、室内の中央を区切って住み分けは自然と行なわれていたが。
女性三名――ミレイユにエルナ、白妙は毛布を被り、丁度川の字のようになって眠っている。
その態はいかに強いとはいえ、男が同質ということを考慮すればあまりに無防備なものかもしれない。
しかし――月の光に目を凝らせば、やがてその室内の半分にびっしりと張り巡らされた『糸』に気付くだろう。
不用意に近づこうとすれば全身なます切りだ。
糸を切断しようにも、あの糸の強度は普通の刃物よりよほど強靭だ。
それこそラディのテュルフングあたりならなんとかなるかもしれないが、自分のそばで眠るこの若者にそんなことをする度胸はまず無いと見て間違いないだろう。
……穏やかに眠る、彼ら。
白妙も本来ならば眠りを必要とはしないはずだが――これも人格の影響だろうか?
とかく眠るその顔は穏やかで――到底、幾千年――いや、幾億年をその身で過ごしてきたとは思えないものだ。
……自分もまた、そのような穏やかな表情を、眠っている時にはしているのだろうか?
そんなとりとめのないことを考えながら――クレセントはゆっくりと睡眠状態にあった各部を再起動する。
全身にゆっくりと感覚がいきわたったのを確認すること、三十秒弱ほどだったであろうか?
その重厚そうな甲冑に似合わず、音をまったく立てることなく部屋を横切り、コテージを出た。
雲が月を隠してしまい、暗黒の支配するそれを――そのまま山の上へと向かう道を歩きながら、考える。
……小さなころ、確かこのファブール山は天をも突こうという山だったはずだ。
決して人が侵してはならない、聖域――そんな憧れさえ、抱いていた。
小さかった、あの頃――昼は武器屋で親方の手伝いをして、夜は弟の世話に明け暮れて。
弟がようやく眠りに付いたのを確認して――それからまた働きに行くまでの短い間に、
この山を見渡せる窓から注ぐ月の光を照明に本を読んでいたあの頃。
気付けばうとうととしていて、あまり読めはしなかったのだが――
と――急勾配の道はそこで終わり、目の前に広がったのは再び開けた――何も無い場所。
……否。
違う。何も無いわけではない。
そこに溜まる空気の、なんと敵意に満ちたものか。

「……ようやく、来たか」

轟、と風が吹く。
それは単なる地形の影響から来る突風であるはずだが、声の持ち主の敵意や怒りが巻き起こしたものだといわれても何一つ疑問には感じなかっただろう。
身を切るように冷たいというのに、じりじりと焼けるようなその風。
しかしそれを退きも躱しもせず、ただ真正面からクレセントは受け止めた。受け止めていた。

「……呼び出したのは、お前だろう。逢引の約束を反故にするほど、私も無粋ではないからな」
「軽口を……叩くな!」

そしてゆっくりと雲は晴れ――三日月の素、闇に溶けていたその人物の姿がはっきりと浮かび上がる。
蒼翠の鎧に身を包み、長い金の髪を光の中に翻して。その両の瞳にあった青金石ラピスラズリの輝きが槍のようにクレセントを貫く。


「……久しぶり、とでも言えばよいのか? カインよ」


クレセントの言葉に――しかしカインは答えようとはしなかった。
言葉の代わりに、その手には光り輝く槍がある。
月の技術の粋をもって作られ、清められ――光を凝結させたような、その聖なる槍ホーリーランス。
その槍に認められた男は、それを断罪の杭のようにクレセントへと向けて――


「お前が……お前が何故、こんなところにいる。答えろ――ゴルベーザ!!」




【座談会】