Final Fantasy W After Story



第二十三話 別れと再会の交錯点



「……お前はこの後、どうするのだ?」
朝も早いころ、ダムシアン城。
白いワンピースの少女に向かい、クレセントはそう問う。
「……砂漠の光の製作ラインがそろそろ整ったので、また行商の旅に戻ろうと思います?
 そうか……。奇遇だな。私たちも今日、このダムシアンを発つ予定だ」
いよいよホバー船の調整も終わり、旅を再開できることとなった。
正直、この街にはもう少し滞在してもよかったのだが――あまり先方の好意に甘えるわけにもいかない。
「ならば……この国でお前の顔を見るのも、これが最後というわけか……」
クレセントは膝を折り、少女の高さに目線を合わせる。
重厚な篭手に包まれた大きな手が、少女の頭を軽くなでた。
それは重いくて硬い、金属の感触。
しかし――そこから伝わる暖かい気持ちを、少女は感じていた。
……この少女もまた、商売のために終わりのない旅を続けるのだろう。
世界を巡っていれば、逢えることもある――そんなことが僥倖ぎょうこうでもない限りないというのは、互いに判っていた。
世界は、広い。人の巡り合いは奇跡でしかなく――奇跡はそうそう起きないからこそ、奇跡なのだから。
そして、この旅におけるクレセントの目的が達せられれば――彼女と会うことは、二度とない。
達せられなかったその時にも――やはり二度と会うことはかなわないだろう。
クレセントはどうしても、気休めを言うことは出来なかった。
言えばこの少女を期待させてしまうから。
かなわぬ期待を持たせてしまうことほど、辛いことはないから。
かと言って、何も言わずに去れるほど――自分は、強くなかった。
だから――
「……さらばだ」
きちんと、告げる。
告げて、クレセントはゆったりと身を返し、廊下を歩いていった。
振り向くことは、無い。
その黒い重甲冑に包まれた大きな背が見えなくなるまで、少女はずっと見つめていた――

「――そうか。今日旅立つのか」
「はい。……ゼルビノさんもアルベルトさんも、いろいろとお世話になりました!」
ラディはそう言って、深々と頭を下げる。
「……そこまでかしこまらなくてもいいさ。特にオレなど、殆ど何もしてやれてないのだからな。
 その感謝の気持ちは、ゼルに送ってやってくれ」
「……俺だって大したことはしていない。むしろ俺達のほうがいい経験をさせてもらった」
ゼルビノはそう言って微笑すると、そのまま手を差し出した。
「……また暗黒騎士になったら来い。どれほどの力になったのか、打ち合って確かめたいからな」
「は……はい!!」
差し出された手を握り返し、そのままぺこりと一礼して走り去るラディ。
「……行ったな」
その背中が見えなくなった頃に――アルベルトがポツリと呟いた。
「しかしゼル。本当にラディは暗黒騎士じゃないのか?
 暗黒剣も、暗黒も使える。……普通、暗黒騎士だと判断しても良さそうなんだが」
「あれはラディがイレギュラーなだけだ。……正式な負の試練もなしに、ああまで暗黒剣を使うなど……」
「……確かに。暗黒剣だけなら、たまに盗賊崩れの傭兵なども使っているが……ああまで使いこなしてるのは異常だな」
……犯罪者の中には、ごくまれに暗黒剣を使うものもいる。
彼らもまた、負の試練で力を得たのである。
負の試練には、大きく分けて三つのものがある。
その一つがバロンで執り行われている正式な負の試練であるが、
弱者をよってたかっていたぶることしか出来ない犯罪者に、到底この正式な負の試練が耐えられるはずもない。
彼らが受けたのは恐らく、崩れの暗黒騎士たちが自分の体験を元に作り出した外法の負の試練だろう。
だが――正式な手順を踏まない外法の負の試練など、受けたところで力の足しになるはずはない。
せいぜいなまくらの暗黒剣一本、なんとか使えるといったところだ。
その『なまくら』ですら、名剣に匹敵する切れ味なのが暗黒剣というものなのだが。
しかし。
……本人も言っていた通り、ラディはそのような稚拙な付け焼刃であの暗黒を身に着けたわけではない。
とすれば――彼の受けたイレギュラーな負の試練は、最後の一つ――自らの意思の力で暗黒剣を屈服させるというもの。
こういう手段でも、暗黒剣というのは扱えるようになるのである。
しかもこれならば、正式な負の試練とほぼ変わらない力を手にすることが出来る。
事実上、負の試練とはどこででも受けられ、何の器具も必要ではない――こう言い切ることも出来るだろう。
……だが。
それはあくまで、理屈上の話でしかない。
何故なら何の補助もなく、完全に独力で暗黒剣を使えるようになるなど尋常な精神力では成しえないからである。
それは本人の素質だとか、人格だとかそういった次元を超越した異常なまでの集中力が必要とされる。
――そのあまり、その人間の精神が完全に瓦解してしまうほどの。
そして、人がそこまでの精神力が引き出せる状況というのは――たった一つしかない。
絶望。
自噴、後悔、慙愧――そして力の求道。
ゼルビノも傭兵としての仕事の中で、一度だけそれで暗黒剣を扱えるようになった者を見たことがある。
しかしそれはもはや、人といってよかったのか――完全に人格が瓦解し、狂戦士のように戦いに狂っていた。
この手段で暗黒剣を扱えるようになっても――悲しみが、怒りが、絶望が――自我を奪ってしまうのである。
ならば何故ラディは、今あのように人としての人格を持ちうるのだろうか。
ラディのような人物が、一度精神を崩壊にまで追いやられるような出来事とは一体――
「……そういえばゼル。出会って最初の日に……お前、妙なことを言ってなかったか?」
「……何のことだ?」
「あのラディの暗黒剣だよ……少し、妙だとか。……結局のところ、どうだったんだ?」
「ああ……それならば、俺の思い過ごしだった。……ややこしいことを言って、すまんな」
――ゼルビノはこの時、アルベルトに嘘を付いた。
あのテュルフングという暗黒剣。
恐らく暗黒剣の中でも五本の指に入るであろう、屈指の名剣。
しかし――最初に見た時から、妙な感じを覚えていた。
そしてそれはラディと剣を打ち合ってみて、確信へと変わっていた。
ラディの話では、彼の父であるレオン・オルティニアの遺した剣であるテュルフング。
だが――あの剣からは明らかに、彼以外にももう一つ、なにかの存在を感じていたのだ。
(あの少女は……一体……?)
ひょっとすると、それがラディの負の試練とに何か関係があるのかもしれなかったが――
もはやゼルビノに、これ以上のことは判らなかった。

地下開発研究所へとラディが着いた時には、すでにクレセントとミレイユが待っていた。
「ラディ、ちょっと遅いわよ?」
「ご……ごめん。いろいろと道具を買い足したりしてた。ホブス山は難所だって聞いたから」
ホブス山は霊峰として名高いが、同時にその険しい山道と寒波もまた有名である。
ファブールの鍛錬を重ねたモンクだからこそ修練の場として適しているのであり、旅人達にとってはこの山もまた難所の一つであるのだ。
「ま、それなら仕方ないわね。……でも、あまり買い込みすぎるのもダメよ? 私みたいに簡潔にまとめないと」
そう言って、ミレイユは自分の袋を開いてみせる。ラディはそれを覗き込んで――
「……ミレイユ……あのさ……」
「ん〜? どうしたのラディ? 何か問題でもあった?」
「大有りだろうがっ!! 何で酒しか入ってないんだよ!?」
そう。
そこに入っていたのは――酒、酒、酒。
東西南北、世界各国の酒が入っている。
ダムシアンは世界のあらゆるものがとり揃うというが、この袋の中は『酒』というものの世界の縮図だった。
「大丈夫♪ それは単にお酒を入れるための袋なんだから。きちんとローブの中には――」
「酒だけなんだろ?」
「ええ」
「肯定してどうする!?」
「何言ってるのよ。ホブス山はこのダムシアンと違って、とっても寒いのよ?
 身も切るような寒さの中、体を温めるのは内側からに決まってるじゃないのよ♪
 見て見て、これなんか呑んだ人間がみんなその強さに吐息さえも火になったっていう
 伝説のお酒『ブレス・オブ・ファイア』だし、これなんかも――」
……この人物は……自分が酒の呑みすぎで倒れたことを忘れてしまっているのだろうか?
あまりのことに、憤激も呆れも通り越し、乾いた笑みさえもこぼしそうになっていたラディだったが――
「……大丈夫よ」
その心を読んだかのように、ミレイユは小さな声で言った。そのままラディの耳元でささやくように、
「もうあんな呑み方はしない。……それは、約束するわ。
 あんなふうに子供みたいに泣きじゃくってたら……流石に私でも、ちょっと恥ずかしいしね♪」
彼だけに聞こえるような、小さな声。
きょとんとなったラディに、ミレイユはウインクを一つ返すと、
「その代わり……ラディもこの前のこと、誰にも話さないでよ?
 ラディはともかく、さすがにあんな醜態、他の人に知れたら……やっぱり恥ずかしいから」
「あ……ああ」
何故『オレならともかく』なのだろうか。
それが疑問だったが――とりあえずラディはこくこくと頷いた。
するとミレイユは、ぱあっと花が咲いた様に明るい笑顔を浮かべて、
「んー♪ ラディは本当、素直だからいいわよねぇ♪ すりすり〜♪」
「だああっ! もっ、抱きつくなって……頬を摺り寄せるなってば!!」
耳の先まで茹で上がったタコのように赤くなって、ミレイユを引き剥がそうとするラディ。と――
「……人の研究所でそういう行為は止めてほしいんだけど?」
かけられる冷ややかな声。そこに目をやれば――半ば呆れたような表情の、白衣を着た少女が一人。
ダムシアン地下開発研究所主任、エルナ・セルリードその人である。
「まったく……貴方も嫌ならイヤとはっきりと示さないと、すぐに姉さんはつけあがるんだから」
「なによー。仲間とのス・キ・ン・シ・ッ・プ♪ をしてるだけでしょ?」
姉の言葉に――最早言い返す気力も失せたのか、エルナは重いため息をつく。
何故かラディとクレセントが同時に頷いたが、ただの偶然だとミレイユは判断した。
「それにエルナ、第一今日はオフなんでしょ? なんでこんなところにいるのよ」
「これを渡すためよ」
そう言って、エルナがラディとクレセントに手渡したのは―― 一枚の証書。
「旅をするに当ってこれを示せば、公的施設においてダムシアン国王ギルバートの名の持つ権限を利用できる。
 銀行なんかに行けば当分旅の資金に困らないほどのお金を受け取れるし、他国の謁見も最優先でまわされるわ」
「ふむ……それは凄い」
「それだけ……オレ達に課せられた使命が大きいってことか……」
手渡された証書を前に、感慨にふける二人であったが――
「ちょっと。何で私だけ、その証書がもらえないわけ!?」
「当然でしょ。姉さんにこんなものを手渡したら最後、お酒代に国庫が傾くまでお金を使い果たすじゃない」
「うっ……」
エルナの情け容赦すらない切り返しに、なまじ本当にそういうことがありそうなだけにミレイユも反論できない。
と、ふとそこでエルナは、声のボリュームを潜めて――
「……それに姉さんなら、こんなものが無くてもよほど強い権限があるじゃない」
「それはまあ、そうだけど……そういうの、あんまり好きじゃないのよ」
小さなミレイユの言葉に、エルナはやれやれと肩をすくめて――さらにもう一枚、証書を出す。
「……そういうと思って、もう一枚貰ってきておいたわ。はい」
「わお♪ さすがは私の妹、気が効くわね♪」
「……単に、姉さんの思考パターンが単純なだけよ」
そういったエルナがそっぽを向いたのを見て、ミレイユはくすくすと笑ってしまう。
「……本来ならばこの証書は、陛下が直接渡すはずなんだけど……今日はいろいろと忙しくて。ついでに頼まれたのよ」
「そっか……だから見送りついでに、持ってきてくれたのね……」
ミレイユはエルナの頭をそっとなでる。
その優しい表情は彼女にしては珍しいくらい、慈愛に満ちたものであったが――
「……何を言ってるの? 見送りなんて一言も言ってないでしょ」
「……え? ちょっとエルナ、それってどういう――」
「だって私も旅に同行するんですもの。自分で自分を見送るなんて器用なことは、私の知能でも無理よ」

一瞬の、間。
それを置いて――

「ええええええええええええええっ!?」
「姉さん……なにもそんなに驚かなくてもいいでしょ」
たっぷり五秒間は絶叫を放ったミレイユだったが――ハッと我に返るなり、ぶんぶんと首を横に振る。
「ダメよ! アンタが来ても足手まといになるだけでしょ! ねぇラディ、クレセント!?」
「え……? いや……そんなことは無いと思うけど」
「私も同感だ……彼女の戦闘能力は時間さえ限定されるものの、総合的に見てもラディと遜色が無い。
 加えて私と比べても引けを取ることの無いこの頭脳……むしろ、彼女が加わってくれれば心強いと思うがな」
「ああもう、なにこの子をつけあがらせるようなこと言ってるのよ二人とも〜……」
「あら、正当な評価をしてもらってるだけのことよ。……私の知能に勝てると思っているのかしら?」
エルナの見せた不敵な笑みは、決して虚言でも自信過剰なものでも無かった。
しかしミレイユは頑なに首を横に振ると、
「ダメよダメダメ!! 絶ッッ対ダメ!! 第一アンタが旅に出たら、この地下開発研究所はどうなるのよ!?」
「問題ないわ。……姉さんがお酒を呑み続けてた間に、もうここで私のすべきことはすべてやったもの。
 あとは他の研究者達が、私の研究データを元にしてさらに発展させるだけ。……問題ないわ」
ここの所、クレセントに手伝ってもらいながらずっと徹夜でやっていたのは、実はこれのことだったのだ。
冷静に姉の反論を崩すエルナだったが――かたくなにミレイユは首を振り、
「エルナ……言っておくけど、物見遊山じゃないのよ? 
 ダムシアンから一歩も出た事の無いエルナが思ってるほど、旅なんていうのは甘くな――」
「……もしかして姉さん、心配してくれてるのかしら?」
「なっ……!?」
「それに……ダムシアンから一歩も出たことの無い私だから、決断したのよ」
思わず言葉に詰まるミレイユが調子を取り戻す前に――エルナはさらに続ける。
「姉さんはいいじゃない。……今まで散々、世界各国を回ってきたんだから。
 でも私はこの街から外に出たことすら無いのよ? ……いつも姉さんの話を聞いて、想像するだけだったのよ?
 確かに、研究所での生活に不満は無いわ。
 ……このままここで一生研究を続けるのも悪くないと思うし、いつかはここにまた帰ってきて研究は続けるつもりよ。
 ……だけど私は欲張りなの。
 この街の外には、私の見たこともないような世界が広がってる。
 私の知らないことも、きっとたくさんある。だったら私はその全てを知りたい。
 知って……知識に加えたい。この世の知識の全てを手に入れたいの。
 だから私もついていくわ。……誰がなんと言おうと、絶対に」
「けど……だけど……!!」
静かな口調――しかし、そこに秘めた揺ぎ無い信念。
それが絶対に折れることが無いことを、ミレイユは知っていた。
けれど。たとえそうだったとしても――ミレイユはそれを認めるわけにはいかないのだ。
姉として――もうエルナにとってたった一人しかいない、最後の肉親として。
その心情を、エルナもまた理解していた。
……だから――
「……そうそう。陛下から、姉さんにって頼まれていたものがもう一つあったわね」
言って、エルナは一通の封書をミレイユに手渡す。
開封し、ミレイユは目を走らせて――その顔がみるみるうちに青ざめる。
思わずその手紙を取り落としたことにも気付いていないらしいほど動揺したミレイユを横目に、
クレセントは手紙を拾って素早く目を通し――納得したように頷き、ラディに手渡した。
「えっと、なになに……ダムシアン地下開発研究所主任エルナ・セルリードの同行を拒否した場合、
 ダムシアン王国所属モンスター学者ミレイユ・ワイアットに対して今まで立て替えてきた飲酒の代金全てを、
 彼女自身の給料から全額負担という形で天引きする……?」
「姉さんがどうしても渋ったら、これを出せって。……向こう70年は無給で働くことになるんじゃないの?」
「くぬっ……!! あ、あの似非天然国王め……!!」
「……どう? これでもまだ、私の旅の同行、反対できるかしら?」
血が出るほど握った拳をぷるぷると震わせ、異母兄への怒りをこらえていたミレイユであったが――
結局、目の前に突きつけられた死刑にも等しい宣告には逆らうことが出来なかった。
「判ったわよ……もー、好きにしなさい……」
「ふふ……姉さんも、いつもこれくらい素直だと楽よね」
ざばざばと滝のよーに涙を流すミレイユと、心底楽しそうなエルナ。
妙に対照的なその二人の様に、思わずラディは吹き出す。
「あ!? 今笑ったわねラディ!? 人の不幸を笑うなんて……そんな子はこうよっ!!」
「うわ、ミレイユちょっ……痛い、痛いって!!」
突如、頭を小突き始めたミレイユから逃れるようにラディは走り出す。
拳を振り回して、それを追うミレイユ。
その光景を半ば楽しそうに、半ば呆れて見ていたクレセントだったが――ふとその視線をエルナに戻して、
「で……本当のところ、旅に同行する目的は何なのだ?」
「えっ……?」
「お前ほどの知能ならば、わざわざ世界各国を渡り歩かなくともその想像だけで知識の補完が可能なはずだろう?
 一体……何がお前をそうやってわざわざ旅に向かわせるほどの決意をさせたというのだ……?」
「……それはまあ、そうだけど……それをよりによって貴方が、私に聞くの……?」
呆れたようにエルナは肩をすくめ、頭の後ろに留めたバレッタに――クレセントから貰ったバレッタに触れる。
しかし、相変わらず何も判っていなさそうなクレセントに――エルナは重い重ぉいため息をひとつつくと、
「まあ……いいわ。知りたかったら、自分で考えてみれば?
 そのうち貴方にも、判るでしょうから。
 ……いいえ。きっと、判らせてあげるから」

エルナの案内で、ラディ達は地下開発研究所をさらに奥に進んでいく。
「ところでラディ、ホバー船を見たことってあるのかしら?」
「あ、オレは一度だけ。……エンタープライズ号にアームを取り付けた後に、陛下が運んできたから」
重い駆動音とともにチョコボに匹敵する速度で地を走るそれは、一度見れば非常に印象に残るものだった。
しかしラディのその反応に、ミレイユはふふっとうれしそうに笑うと、
「なら……きっと驚くわね♪ かなり改造を施して、五年前とはもう造形がぜんっぜん違うもの」
「そうね……。その代わり、性能も向上したわ。五年前のものとは別と考えてもらった方がいいわね」
そして――エルナが足を止めたのは、巨大なシャッターの前だった。
その脇にある操作盤へ指を躍らせながら続ける。
「私の改良したこのホバー船……いえ、開発時のコードネーム『ハイパーゴールドラグジュアリーフルオートマチック
 真ファイナルヴァーチャルロマンシングときめきドラゴンマシーン』は――」
「ナハトズィーガーだ! 夜の勝者ナハトズィーガーッ!! 人のマシンに、そんなダセぇ呼び方はノーセンキューだッ!!」
エルナの解説に、大声でそう割り込んできたのは―― 一人の男だった。
ラディよりも頭ひとつは高いだろうか?
ずばぬけた長身を包む服は丁度腹部の辺りが露出しており、そこからは鍛え上げられた逞しい腹筋が姿を見せている。
燃え盛る炎のような赤の長髪に、つばの広い黒い帽子。
ほりの深い顔に怒りをあらわにしたその男は、足元にいた子犬とともにずかずかとエルナに近づいていく。
「あら、これが貴方のものだと誰が言ったのかしら?」
「ギルバート陛下だ! そういう約束で、オレ様はこのマシンのクリエイトをヘルプしたんだろうが!」
「あ、あの……エルナ、この人は……?」
激しい舌戦を繰り広げる二人に、おずおずとラディが尋ねる。
と――そこで男はようやく彼らの存在に思い当たったように、
「おおっと……オレ様としたことが、自己紹介もないとはとんだミスだぜ。ソーリーソーリー」
なかなか独特な口調で男は謝ると、ラディたちへと向き直り、
「フッ……ある時はさすらいの武器職人! またある時は、天下無敵の剣士!
 そしてまたある時は、世界最速の走り屋……ロッド・オブ・ザ・ブレードスターとはオレ様のことよ!」
親指でぐっと自分を指差し、男――ロッドはにやりと笑う。
「そしてこいつの名がジョニー・ウルフ。オレ様のベストフレンドだ」
ロッドの足元にいた子犬がばう、と吠えた。
「武器職人で……剣士? ということは――」
「おうよ。今はこの国に雇われちゃいるが……元の傭兵家業で使ってる武器は、全部オレ様がクリエイトしたものだ。
 そうやって出会ったグレートなライバルたちとバトルするのが、人生のビッグな楽しみなんでな」
そう言って、ロッドは手を差し出す。
それをラディは握り返して――
「……なるほどな。なかなかお前も、グレイトなソウルを持ってるみたいじゃねぇか」
そう言って、うれしそうな戦士の顔を浮かべるロッドだったが――ラディもまた、同じような気持ちだった。
彼らほどの高みに到達すると、手を握れば大体、相手の技量を推し量れる。
ロッドがラディの実力を知ったように、ラディもまたこの変わった男が相当の手練れであることに気がついていた。
「お前の武器もなかなかよさそうだ……こんな時でなかったら、オレ様の武器とお前の武器、
 どっちのソウルが強いのか比べてみてぇ所なんだが……まあそれは、いつかの楽しみにしておくぜ。
 今日のところはお前たちを、オレ様のマシンでホブス山へ送らないといけねぇからな」
「だから貴方のものじゃないんだけど……まあ、いいわ。
 確かにロッドの意見は改良の際に参考にしたし、彼自身がこの船の操縦も行なうことになってるから」
エルナはそう締めくくって――操作盤から離れた。
しばしの間を置き、ゆっくりとそのシャッターが開いて――現れたのは。
「これは……!?」
「……どうだ? これがオレ様の愛機『スカーレット・タイフーン・エクセレントガンマ』さ」
その姿を現したホバー船『スカーレット・タイフーン・エクセレントガンマ』。
それは五年前にラディが見た船とは、まったくもって『別物』であった。
緋の色に染められ、飽くこと無き『速さ』への追求に鋭く洗練されたボディが照明に輝きを返す。
船体前部にはエンジンと思わしき機械に、埋め込まれた5つの緋色の宝玉。
船体の幅を狭くするため、横に長いシートは排除され、座席は縦に一人一人据わる様になっている。
ホバー部分は船体の4箇所に限定・さらに後方にあった巨大なプロペラは撤去され、代わりに鋭いノズルが突き出ている。
まさに『速く走る』――その一点にだけ極限の追求を求めたような、そんなマシンだった。
「ほう……なかなか興味深い機体だな。動力はやはり、あの機体の前にある機械か?」
「ここにあるファイヤーのクリスタルのエネルギーから作った宝玉『カノンオーブ』。
 こいつを使った魔法機関・ソーサルドライブが、5つのカノンオーブからエネルギーを受けてパワーを出すのさ。
 前のヤツとは違って、こいつなら浅瀬だけじゃなく海だって渡れる。
 カノンオーブをもっと埋め込めば、空だって飛べるって言うスグレモノだ。
 こいつに比べれば、飛空艇なんてスローリーなタートルだぜ」
自身満面に言ってのけるロッド。
「……確かに。これほど速さに特化する事は、現在の飛空艇の技術では不可能だろうな」
「ちょいと気分屋でじゃじゃ馬なのがタマにキズだが……これほどオレ様のソウルに応えるマシンを作って見せるとはな。
 口は悪いが、エルナもなかなかにクールでナイスなソウルをもってやがるぜ」
「当然ね。……私の知能に勝てると思っているのかしら?」
エルナはふっと笑って、眼鏡のブリッジを上げてみせたが――
そこに口を挟んだのは、なついたのかジョニー・ウルフを手に抱えたミレイユだ。
「けど……そのスカーレット……何だっけ? 名前が長いわねぇ……もうちょっと縮められない?」
エルナは若干、黙考して――
「そうね……なら『スカタン号』でいいかしら?」
「あ♪ それならばっちしオッケーよ♪」
「オッケーじゃねぇ! 勝手にオレ様のマシンの名前にセンスのねぇ省略をするな!!」
「それじゃ、あまり時間を無駄にするのも勿体無いし……みんな乗船してくれるかしら?」
「人を無視するなッ!!」
ロッドは何故か叫んでいたが――誰も取り合わずに乗船していくのを見てやがてがっくりと肩を落とす。
あきらめたように彼自身も先頭にある操縦席へと座り、ベルトを固定した。
と――体はそのままに、首だけを後ろに座っていたラディへと向けて、
「そうだ、すっかり忘れてた……ボーイ、お前の名前は何て言うんだ?」
「あ……ラディです。ラディ・オルティニア」
「OK、ラディだな……ならラディ、しっかりベルトを固定しておきな。
 世界に立った一台のグレートマシン……世界最速の走りを、たっぷりと堪能させてやるぜ」
船の前方の隔壁がゆっくりと左右に割れ、そこから地上へと繋がるなだらかな滑走路が見えた。
同時に気体から聞こえてくる、力強くも甲高い音――
「この音は……?」
「カノンオーブからエネルギーを引き出してるのさ。このハーモニー……何度聞いてもソウルが熱くなるぜ!」
その音がやがて臨界へと達して、いよいよゆっくりと船体が持ち上がり――
「カノンオーブ熱量増大! ソーサルドライブ出力上昇! OKだ、いつでも行けるぜ!」
「じゃ、スカタン号を発進させて」
「その呼び方はやめろッ! ……スカーレット・タイフーン・エクセレントガンマ……発進ッ!!」
ロッドが力強くそう宣言した、その瞬間――ラディは全身が押しつぶされそうな圧迫を全身に感じた。
冗談や揶揄ではない、本当に心の底から全身がシートごと圧砕されるように感じたのだ。
信じられないほどの速度。
すでに滑走路など遥か後方、たった数秒でダムシアンの街が地平線に消えていた。
それによる、異常なまでのG――飛空艇での任務があった時のために訓練したラディですら、そうなのだ。
もげることを半ば覚悟して首だけ後ろを向けば、クレセントもまた非常に苦しそうに口元を歪めていた。
彼の巨体で、その後ろにいる二人は見えないが――恐らく、自分と同様かそれ以上の圧迫を感じているに違いない。
「くぅ……ウインドが気持ちいいぜ。やっぱりこれだから、こいつと一緒に走るのはやめられねぇ」
皆が生と死の狭間――やや死に近いそれに一同が必死にしがみついている中、ロッドだけはまったく苦しそうでない。
しかし髪の毛を見る限り同様の圧迫はかかっているようなので、単にこの超速度に慣れているだけだろう。
「スカーレット・タイフーン……緋色の暴風って意味、判るだろ?」
暴風というよりは、暴挙に近いな――クレセントの呟きも、たちまち後方へと置き去りにされていく。
しかしこの強烈なまでのGの中、口がきけるだけでもクレセントは凄いものだ。
ラディは気絶しないようにしながら、唯一まともに見ることの出来る前方を親の敵のようにじっと見つめて――
全力でロッドの座席を後ろから蹴りつける。
「ってて……おいラディ! 一体なにしやがるんだ――あん?」
ラディは答えない。
目を見開いたまま、指を前方へと向けて――そちらに視線を巡らせれば。
遥かな黄金の地平線に蠢く何か。
細長いようにみえたそれは、船体が近づくにつれてだんだんと大きくなる。
いや、大きいなどというレベルのものではない、明らかにこの船より遥かに巨大な、その生物は。
砂漠を本当の海のように我が物顔でうねりつつ、こちらへと向かってくるそれは――
「ありゃあ……サンドウォームか」
ロッドの声には、おおよそ緊張感の欠片もない。
このまま走れば、間違いなくぶつかってしまうというのに。
だがしかし、今気づいたのならこの船のポテンシャルなら、回避することも出来る。
ほっと息をついたラディだったが――しかし、ロッドは。
「フッ……面白ぇ。このオレ様を呑み込もうなんて、スウィートな考えだぜ!!」
不敵に言い放った、次の瞬間――スカタン号は今まで以上の速度で加速した。
ロッドの異様にうれしそうな様子と、この状況――彼が行なおうとしていることに思い当たり、ラディは首を振る。
しかしラディのそんな様子など、ロッドには見えるはずもなく――サンドウォームとの距離はみるみる狭まっていく。
「カノンオーブ、熱量最大ッ! ……ハデにやらせてもらうぜっ!!」
船体の前方が、発生した膨大な熱量に真紅に染まる。
何者をも溶かす凶悪な唾液を撒き散らしながら、ぬらりと輝くその牙を剥く砂漠の悪魔――
風を切り裂き砂塵を貫き、空間さえも列断せんと加速する緋色の暴風――
今、この海を制すべく生まれた二つの凶獣は相対し――そして!!
「いくぜ!! クリムゾン・トルネェェェド!!」
その声とともに、船体が思い切り跳ね上がり――そのままサンドウォームへと突撃する!!
前方に展開した超高熱のフィールドは、牙を折り砕き顎を爆砕し、その巨躯に巨大な風穴を開けて着地した。
「くぅ〜……最高だぜ!」
あまりにも滅茶苦茶すぎるその行為に、ラディは心底生きた心地がしなかった。
「ちょっとエルナ!? 確かこの船、武器を積んで立って話じゃなかったの!?」
ミレイユは殆ど絶叫に近い形で後ろにいるセレナへと問いかける。
彼女は企画段階におけるこの船の改造図案を一度、見させてもらっていたのだ。
確かその時には砲台である『ナーデルカノネ』『ヒッツェカノネ』を筆頭、対モンスター用に船体のあちこちに武装が隠されていたはずである。
こんな無茶苦茶なことをしなくても――
「仕方ないでしょ!? 武装のすべてが没になったんだからっ!!」
「何でそんな重大なモノ、ボツにするのよアンタはぁぁぁっ!!」
「私だって本来は搭載する予定だったわよ!! けどどこかの誰かが国庫を傾けるほどお酒を呑みまくったせいで、
 ウチの開発部の予算が大幅に削られて、この機体の武装の計画をすべておじゃんにするしかなかったのよっ!!」
「な……なんですってぇぇぇっ!?」
と――その時。
この船をつけるように、前後左右の砂漠が隆起し、無数のサンドウォームが姿を現す。
「血の臭いを嗅ぎ付けやがったか……フッ、このオレ様のソウルをスウィートに見るんじゃねぇ!!」
囲まれたというのに、いや囲まれたからこそなのか、最悪なことにがぜんテンションの上がるロッド。
「…………まあ、自業自得だと思って諦めるしかないわね……」
「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

「……どうやら、行ったみたいだね……」
天蓋つきの、豪奢なベッドに身を沈めながら――ギルバートは呟いた。
目が覚めたのは、一時間くらい前だろうか。
半身を起こして、窓の外の景色を眺めやった彼は、その視線を下に落とす。
ベッドのそばで疲れて眠ったユナの頭をそっと撫でるが――やがてユナがうっすらと目を開ける。
焦点の合わなかったぼんやりとした目が、ギルバートの目と合って――
「……おはよう、ユナ」
くすくすと笑うギルバートに、ユナは申し訳なさそうに、
「……! あ、私……ごめんなさい、ついふっと寝てしまって……」
「仕方ないさ。……またずっと、夜通しで回復魔法をかけてくれてたんだろう?」
――国政のさなか、自分が意識不明の重態に突然倒れてから、一日を経て。
昔トロイアの神官であった杵柄で、高位の回復魔法を使える彼女がずっと自分を看病していてくれたのだ。
そうでなければ、これほど早く意識が回復するはずもない――
「……にしてもあなた、ちょっと笑いすぎですよ」
すねたような態度のユナに、ギルバートは笑いをなんとか沈静化させて――
「いや……ちょっと昔を思い出してね。五年前にも確か、似たようなことがあっただろう?」
――五年前。
ダークエルフとの戦いの中、絶対安静の体で竪琴を引き、意識を失ったあの時も、
当時は現役の神官であったユナがベッドのそばで眠っていたのだ。
そして奇しくもそれが、二人が初めてお互いを認識した初めての出会いだったのである。
「そういえば……あの時からもう、五年になるのか……」
「……五年たっても、相変わらずあなたは無茶ばっかりしてますけど」
「そ……そうかな? 僕的には、別にこれくらいは――」
と――喉に痺れを感じ、ギルバートは軽く咳き込んだ。
しかしそれは――発端にしか過ぎなかった。
胸の中を競り上がってくる異物感。
体をくの字に折り、発作のように咳き込む。
そして――口元に当てた手の隙間から漏れ出た飛沫が、白いシーツに紅く飛び散っていた。
「あなた!?」
慌てて回復魔法の詠唱を開始したユナを横目に――ギルバートは冷静に、自分の体の状態を悟った。
「……どうやら、あの時に増大した火のクリスタルのエネルギーが……思ったより体に障ったみたいだね。
 これは早く、あの現象の原因がわからないと……かなり辛いことになりそうだ」
「喋らないで。……落ち着いたら、医者を呼びますから。それからしばらくの間、国政はキャンセル――」
「……それはだめだ」
ギルバートは、小さい声で――しかしはっきりと、ユナの提案を切り捨てた。
「……今は丁度、取引先との駆け引きでも一番に大事な時期なんだ。
 これを逃せば、こんな大きなチャンスは一体いつ訪れるか――」
「そんな! ……そんな無茶をしてもし、あなたの身に万一のことがあったら――」
「僕は死なない。……まだ僕は、こんなところでは死ねない。絶対にね」
その言葉に――言葉に秘めた強い意志に、ユナは口をつぐむ。
「……僕は国王だ。国王はただ、国にいる民に豊かな生活を送ってもらうためだけに存在する。
 そうでなければ、一体何のために僕はみんなから頭を下げられているんだ? 本来、民に国などいらないのに。
 民にとって国王が必要なんじゃない。……国王にとってこそ、民が必要なんだ。
 ……なのに僕は、それを五年前に一度放棄してしまった。国の頂点にあるべき人間が、民を見捨ててしまったんだ。
 だから僕には……もっとこの国を繁栄させる義務がある。そうでなければ、国民に会わせる顔がない……」
ギルバートはそう言って苦笑すると、
「元々、五年前に僕の命は一年ともたなかったはずなんだ。
 それを騙し騙しして、綱渡りをするように生きて……五年も生きれた。まだしばらくはもってくれるさ。
 ……それにこの世界に、代わりの聞かない人間なんていない。
 もし僕が倒れても、それで世界が終わることなんてない。
 僕の跡に誰かが立って――きちんと世界は動き続ける」
「そんな……そんな言い方……しないで……」
泣き出しそうになるユナのその肩を、そっと抱く。
そのまま寄り添うように呟く。
「……大丈夫。これは建前だから。僕はまだまだ死ぬ気はない。
 死んで、後に残される悲しさを……君には味わせたくはないから。
 けれど……国の采配を止めることも出来ない。
 これは僕にしか出来ないことだから。……判ってほしい」
ユナの返答はなかった。ただギルバートの胸に顔を埋め、体を震えさせて――それでも、頷いたのは判った。
その頭をそっと手を回して――長い髪をなでるようにしながら、ギルバートは静かにうつむいた。
「……ごめん。こんな……不器用な僕で」

「……じゃ、オレ様はそろそろ帰らせてもらう。
 なかなか、グレートなドライブだったぜ。気が向いたらまた一緒に乗せてやるよ、じゃあな!」
ちゃっと指を振って、スカタン号があっという間に見えなくなっていく。
――飛空艇の速度すらをも「スローリーなタートル」というだけあって、
チョコボを使っても一昼夜を要するダムシアン砂漠の横断にかかった時間は、わずか五分というところか。
しかもこの時期、大量発生するサンドウォームの危険に晒されることなく横断が出来たことには感謝するべきだろう。
……だが――
「とても……感謝する気には……なれそうにないな……」
「………………うむ」
ぐったりと呟くラディに相槌を打つクレセントも、どこか疲れを感じさせていた。
エスナ、ケアルガ――それらを使って現在も体力を回復させようとしているはずだというのに、
一向にこの全身に感じる言葉にしがたい疲労は取れそうにもなかった。
「あの船に長時間乗ることは……メテオを喰らうことよりもきついな……」
妙に説得力のあるような響きの、クレセントの言葉である。と――
「今後の課題点は、乗船する人間の事を考慮しておくということね……」
「考慮しておく、じゃないわよ〜……殺す気? 胸がつぶれるかと思ったわ」
「姉さんはそんな余計なものをつけてるからそんな目にあうのよ」
「……あ〜ら、そうよねぇ。エルナには、無いものねぇ、この『ボリューム』が」
「くっ……!」
「あああ、私もエルナみたいな稀に見る貧乳の遺伝子でももってればこんな目にあわなくてすんだのよねぇ。
 その洗濯板みたいな胸をもつエルナだからまあ、あの船に乗る女性の苦労がわからなかったのも無理もないし。
 はぁぁ、そんなに胸の無い体になって見たいわねぇ」
「ふぬぅぅ……っ、む、むかつく……っ!!」
すでに立ち直ったらしく、いつものやりとりを繰り返しているミレイユとエルナ。
「……元気だなぁ、二人とも……」
「ラディ、頼むからそういう年を感じさせるような言葉を使わないでくれ。
 一体私がどういう言葉を繋げてよいのやら、判らなくなってしまう……」
「そっか……そうだな」
至極疲れたため息をひとつ――それをけじめにしたのか、ラディは両膝を叩いて立ち上がった。
クレセントもまたゆっくりと立ち上がり、肩に残った砂塵を払って――
「……さて。どうする? これ……」
「ふむ……」
二人が見上げたもの。
それは天をも貫かんとする高さを持った、分厚い氷の壁だった。
それがこのホブス山への道を大きく塞ぎ、まるで山に人が登ることを拒絶しているかのようだ。
「……けど本当、凄いなぁ……この氷の壁。話には聞いてたけど」
ホブス山。
切り立った岩が屹立し、まるで剣をも思わせるこの鋭い山は、東にある宗教国家ファブールのモンク僧達の修練の場として古くから霊峰の名を関してきた。
またこの山は蒼き星でも最も寒冷とされていて、その入り口には冷え切った風が吹き溜まり周囲の水分を凝結させて巨大な氷壁が生まれることもあるという。
現に今、目の前にあるような。
ホブス山は周囲を流れる複数の寒流、そしてこの山の複雑な地形が生み出す猛烈な風のせいで丁度この入り口付近にこうやって氷の壁が生まれるのだ。
それを溶かすため、当時のリディア妃が炎の恐怖を乗り越えて『ファイア』を唱えたという逸話は、世界中で文書化・戯曲化されている有名な話である。
「……ふむ……だがしかし、それを考慮してもこの壁は異常だな」
「……そうなのか?」
「まさか天然の氷壁が厚さ10m以上にはなるまい」
クレセントは壁に近寄り、軽く拳で表面を叩く。
次いで思い切りそこへ拳を叩き込むが――それも、わずかにひびを入れた程度に留まった。
「……これほどのものならばファイアどころか、ファイガを叩き込んでも消すのは難しいだろうな」
「そうか。……なら……仕方ないな」
ラディは納得した様に頷き――ラディは鞘走りの音高く、テュルフングを抜き放っていた。
「……力押しで、無理やり砕いてしまうしかないか……!!」
「うむ」
クレセントもまた、目前で複雑な印を結ぶ。
そう、この詠唱方法で彼が唱えるのは、異界召喚――
「ちょっとスト〜〜〜〜ップ!」
だが――二人を押しやるように、ミレイユ。
「ここは私達に任せてもらえないかしら?」
「う……うむ」
自信に満ちたエルナの言葉に、クレセントは異界召喚の詠唱を中断した。
そのまま一歩退くと、入れ替わるように彼女達姉妹が氷の壁と相対する形となる。
……しかし――
(任せろというが……大丈夫なのか?)
確かにミレイユはあの糸のおかげで、他の蒼き星の魔道士よりも遥かにその魔法は強大だ。
エルナは魔法こそ使えないものの、あの『ブレンド』の威力は魔法とそう引けをとるものではない。
……だが、この氷の壁はその二人の力を考えても尋常な分厚さではないのだ。
どう考えても、二人の能力でこの壁を瓦解もしくは消滅させることが出来るようには思えない。
しかし、あのエルナが自分に出来ないようなことをわざわざ買って出るような性格だったろうか――?
「で……姉さん、どうするの? 何か案があっての事なんでしょ?」
「もっちろん♪ ……『アレ』よ。アレなら、これくらいの氷なんて一瞬でしょ?」
「……ああ、なるほど。そうね……これから当分一緒にいるんだし、軽く練習も兼ねてやってみましょうか」
二人は言って、改めて氷の絶壁へと向き直る。
呼吸を合わせるように、同時に深く息を吸って――
『空気』が変わったのを、クレセントとラディは肌で感じていた。
まるで異界召喚を行なう時のように風が吹き、二人の髪を、服をなびかせていく――
先に動いたのは、エルナ。取り出したのは、一冊の本だ。中ほどで開き、そこに手を滑らせて――

「我に従え、百八の礫つぶて……汝らが名は魔擲まてきなり!」

瞬間――本から勢いよく飛び出したのは文字――否。
小さな粒のように見えるそれは、総数108。
それらは仄かに発光しながら宙を舞い飛び、そのそれぞれが光を残しながら複雑な軌道を描いていく――
「はいはいは〜い♪ み〜ちゃんさんの、いっつ☆ ショ〜タ〜イム♪
 今日はこの氷の壁を消してご覧に入れま〜す♪ 出来ましたら皆さん、拍手喝采でヨロシクね♪」
次いでミレイユの両の手から勢いよく放射された糸が、宙で複雑に組み合わさっていく。
それに時に寄り添い、時に離れながら魔擲がその周囲を舞い、複雑な光の軌道を組み合わせていく――
「これって……ミスト山の時の!?」
「球形立体魔方陣……しかしあの時よりも早く、精緻なものだ……!」
美しき姉妹達の繊手が宙で、本の上で切るように動いていくたび、点と線。
二つの光が交錯し、その残滓に煌いていく。
「……そろそろ、いいかしら?」
「ええ。私はいつでも構わないわ」
ミレイユが糸をカットし――魔擲の動きも止まる。
その時には二人の頭上高くに出来ていた、直径2mほどの巨大な球。
びっしりと複雑精緻に組み合わさり、魔力に仄かに発光するその元で――二人は同時に口を開く。

『我らが真言ことばは神の息吹!』

まるで心拍音すらも共鳴したかのようなまでの二人。内に秘めた力に、いよいよ風は一層強さを増していく――

「“堕ちたる種子”を開花させ――」

金の髪は翻り、青鋼玉サファイアの双眸は恐れを知らぬかのように不敵に煌き。

「――秘めたる力を紡ぎだす!」

亜麻の髪の下にある琥珀アンバーは、透徹な輝きの中に全てを貫く鋼の意志をもって目前を射抜く。
力は臨界に達し。目も開けられぬほどの暴風の中――今、この世界を支配する二人は――そして!!

『美しき 滅びの母の力を 誘いて来たれ 紅皇こうおう煉獄れんごく

瞬間。
発動した『紅皇の煉獄』――宇宙創生をも思わせる凄まじい超爆発に、すべてが呑まれて――
膨大な光と熱の乱舞が収まっていった時。
……氷の絶壁は、影も形も残らず消滅していた。
「ふふ♪ ……すっごいでしょ?」
「私と姉さんの連携に勝てると思っているのかしらね?」
自慢げにそう言ってくる二人に、ラディはただ頷くしかなかった。

「……しかしあの魔法は……一体なんなのだ?」
ホブス山の、山道と呼ばれるのもはばかられるほどに切り立った道。
をれを踏みしめながら、クレセントはエルナに問わざるを得なかった。
「あのような魔法……私ですら見たこともないぞ」
紅皇の煉獄――その名もさることながら、威力もまたその名前にまったく劣らぬものであった。
あれならば、バハムートのメガフレア――いや、ともすれば異界召喚にも匹敵するのではないだろうか。
「まあ、当然ね。……だってあれは、私と姉さんの二人で考えた特殊な魔法だもの」
「それは……二人掛け、ということか?」
「ええ。……基本的にはね」
二人掛け――それは文字通り、術者二人が同時に詠唱を行なうことによって発動させる極めて特殊な魔法だ。
発動には術者の技量やセンスもさることながら、二人の精神集中が完全に同調していなければならない。
「しかし……エルナ。お前は確か、魔法が使えないのではなかったのか?」
魔法を行使するためには、その力を具現するための『設計図』が『見え』なくてはならない。
この設計図が見えるという感覚は非常に先天的な要因が強く、後天的な努力によって習得できるものではないのだ。
そして――エルナは自分の口で魔法が使えないと明確に語っている。
実際、腰に装着した無数の試験管――ブレンドはそもそも、魔法が使えないからこそ考えたというもののはずだ。
「ええ。……確かに私には魔法を使うことは出来ない。でも二人掛けなら出来るの」
言うなりエルナは、二人掛けの時に使った本を取り出す。
中をなでるようにしてそっと手を滑らせれば、ゆっくりとそこにあった文字――いや、108の礫がふわりと浮かび、仄かに輝く――
「この『魔擲』――詠唱補助システムは、私の魔力をエネルギーにして動く機械なのよ。
 この本の形をした端末デバイスからの手動操作で、私の自在に動く108の魔擲……。
 あくまでこれは『機械』だから、たとえ私に設計図が見れなくても関係ない。
 ……魔力を、単なるエネルギーの一種として使っているだけだから。
 こういう方法で引き出し、形にした魔力……これを私は仮に『魔導』と定義しているわ」
「魔導……」
「ええ。……そして貴方も見たでしょう? 姉さんと私の作った、あの球形魔方陣……。
 たっぷりと魔力を込めたあれは、魔道士たちが魔法を使う時に概念的に浮かべる『設計図』と変わりはない。
 ああやって視覚化の状況においやった『設計図』なら、目が見えない限り誰にだって見ることが出来る。
 つまり……これを使えば、万人がその素質に関係なく魔法を行使することが可能というわけなのよ
 今はまだ試作段階だから、姉さんと一緒に詠唱する二人掛けでしかその効果を発揮できないけど……ね」
事も無げに呟くエルナだが――彼女が口にしているほど、その行為は簡単なものではない。
あくまで『設計図』は概念の一種にしか過ぎない。
人それぞれに、その形は微妙に異なる。
さらに周りの状況や本人の体調、ひどい時には気分によってもその姿は簡単に姿を変えてしまうのだ。
先天的に『設計図』の見える人間ならば、その変化を無意識のうちに理解し、変形させることが可能である。
しかしそれを、意識の元で行なうなどと――並の人間には、いや術者当人ですら不可能なことだ。
(……しかし、それすらも自らの知能で補ってしまうというのか……)
人二人分の魔力――いくら姉妹でその形が近いとはいえ、それが拒否反応を起こさぬように練成し、
それだけではなくその二つが互いに活性化し、それ以上の力と変えてしまうミレイユ。
可視可能となった設計図――常識の定義では形に納められぬはずのそれを知能によって支配下に置き、
まったく既存の概念とは異なる魔法の設計図をその場で作り出してしまうエルナ。
……まさにこの二人、そして二人が姉妹だからこその魔法であるといえよう。
(蒼き星は……ここまで進化を遂げてしまうというのか……?)
と――そこで突然、まるで針の山を歩くようだった細く切り立った道が開ける。
確か地図によれば、このあたりは一端、休息が取れるほどの開けた場所となっているはずだ。
……はず……だったのだが――
「なっ……こ、これって……!?」
ラディが愕然となったのも、無理はなかった。
なぜならば開けた辺り一面にびっしりと何かで殴りつけられた様に穴が開き、瓦解していたためだ。
それは丁度、凶暴な大型の魔物が酔ってがむしゃらに暴れていったような惨状。
平らな部分が見当たらなかった。
「……まさかモンスターが意味もなくこんなことをするはずがないわ。……だとすれば、必要にかられた?
 なにかの戦闘を行った跡と考えるべきかしら。けれど、ここまであたり一面の地形が変わるほど戦うなんて――」
顎をしゃくって、ミレイユがモンスター学者としての見地から状況を分析していた――その時だった。
ミレイユの隣にあった3mほどの大岩が、爆弾でも炸裂したかのように粉々に吹き飛んだのは。
「――!?」
それだけではない。遥か前方にあった崖が崩れ、かとおもえば前方数mといったところの地面が大きく陥没する。
まるで山が、イタズラ半分に自分の体を崩しているような――そんなでたらめな破壊。
「な……一体、何がどうなってるの!?」
「……戦ってる」
ぽつりと呟くラディへと目を向ければ――ラディの目は宙をせわしなく動き、何かを追っていた。
「戦ってるって、何が!?」
「判らない。……オレも影を、目で追うのがやっとだ」
「……それほど大きいわけではないようだな。我々と同じか、それより小さいか……」
「……たまに音速を上回ってるわね……。私の知能でも、目で追うのがやっとなんて……」
「っていうか、なんで音速で戦ってるようなのを目で追えるのよ、アンタらは……」
一様に宙へと視線を走らせる三人の尋常ならざる動体視力に呆れるミレイユ。
だが――幸運なことに、その超高速戦闘を繰り広げていた者はやがて数十mほどの間を取り、互いに着地した。
それでようやっと、ミレイユの目でもそれを見ることが出来る様になり――見たものに、唖然となった。
凄まじい速度で戦闘し、この地形を恐らく変形させたのは――たった二人の、人間だったからだ。
少なくともミレイユには、その姿は人間に見えた。

対照的な――どこまでも対照的な二人。
男と、女だった。
こちらに背を向けた男の方は肩で息も荒いというのに、女の方は息ひとつ乱れていない。
女は遠くて顔がよく判らないが、長い黒髪――そして白と赤という、なんとも奇抜な組み合わせの色の衣服。
形も独特なそれは――確か本で読んだことがある。
エブラーナ――あの独特の文化をもつ国で、『かんなぎの装束』と呼ばれる格好――神に仕える女性『巫女』が身にまとうという特殊な衣服だ。
その格好で、腰の当りに軽く手を添えて――まったく平常の態で、男を見返していた。
一方、背を向けた男のほうは息も荒く、体のあちこちがボロボロになっている。
長い金色の髪はすすけ、右肩は抜けたのか折れたのか、だらりと垂れてピクリとも動かない。
激しい運動の妨げにならぬよう徹底的に計算され、体に張り付いたような全身鎧はあちこちにひびが入り、
手にした光り輝く長槍の光に照らされて、より一層その惨状を示すように蒼く輝いていた。
「もう終わりかえ? ……わらわもそろそろ疲れたことじゃ。ここらで止めにしてもよいがのう」
まるで涼やかな清水流れる川のせせらぎのような、女の声。
古めかしいその声は、大きいものではなかったもののミレイユの耳にもはっきりと聞こえていた。
「……黙れ! まだだ……まだ、俺は折れん!!」
対し、荒い息を噛み砕くかのように搾り出した男の声。
しかしその声を聞いたラディとクレセントが、まったく同時に顔を上げたのはその時だった。
「……!? あの声……まさか!?」
「もしや……あの男は――」
一体、何に思い当たったのだろう? だが二人が、その続きを口にする前に。
「……おおおおおおおおおおおおッ!!」
砕けかけた戦意を、今再び燃え上がらせるかのような激しい叫びとともに、男が地を蹴った。
たっぷり数mは砕け散った地面の欠片を尾に引くように、数十mをたった一蹴りで跳躍する。
その様子に、女の方は肩をひとつすくめて――やはり地を蹴って、それを迎え撃った。
そこから先は―― 一瞬の、連続。
あまりの速さに、切れ切れにしかそれが見えなかったのだ。
弾丸のように飛び出した、金と黒。
二つの長い髪。
動く左腕に携えた光の槍を前に、まるでその体全てがひとつの槍となったような烈しい勢いで迫る、男。
その突きはあの満身創痍から繰り出されたものとは思えぬほどの一撃。
その速さも相まって、かすめただけでも女の細首など簡単に爆砕させたに違いなかっただろう。
しかし。金と黒がぶつかった、その瞬間。
――その速さを持った一撃は、女の残像を貫いただけに留まった。
愕然となった、男。
女は眉ひとつ、動かしはしなかった。
女自身は頭ひとつ下げてそれを追いやり、男の腹へとそっと右の手を押し当てる。
一瞬が――永遠に引き伸ばされた瞬間だ。
全てが凍りついた中、女性がぼそりと呟いた。
「残念じゃたな。……せいぜい、悔やむがよい!」
くの字に折れた、男。光の槍ホーリーランスを取り落として――音を立て、時間が動き出す。
その音は、女の掌底が叩き込まれた音と、肋骨の砕ける音に掻き消されたが。
そして次の瞬間には、数十mを冗談のように吹き飛ばされた男が、ミレイユ達の前方5mというところに激突した。
2m四方に影響するほど、たっぷりとクレーターを開けて――男は、仰向けに倒れていた。
慌てて駆け寄る、ラディとクレセント。
あとに続いて、ようやく男の顔がはっきりと判った。

血と砂で汚れているものの、端正なその面持ち。
すっと通った鼻、とがった顎。
しかし――何より目を引くのは、その瞳だろう。
まるで天空を砕いたかのような青金石ラピスラズリ
その非常に特殊な色合いの瞳は、バロンでもごくまれにしか発露しないという不思議な色合い――
しかし今、そこには燃えるような自分の体たらくへの自噴をたたえ、何とか起き上がろうとする、男。
だが先刻の一撃が、勝負を分かつ致命打となり――男の体はわずかに身じろぐだけだった。
霧散しそうになる意識を、唇を噛み裂いて保っているのだろう。
凄惨なその男へと――ラディが、駆け寄って。
「……カインさん……やっぱり、カインさんだ!!」
ラディによって半身を抱え起こされた男――カインは、最初誰が自分を呼んでいるのかも判らなかったようだ。
だがようやっと、自分を覗き込む紅の瞳に、焦点が合わさり――
「……お前は……ラディ、か……?」
大きく頷くラディ。
何故ここに、と目で問うカインのそれには応えず、そのままクレセントのほうへと向き直る。
「クレセント、早く回復を!」
「う……うむ」
クレセントは何故か若干、躊躇って――しかし結局カインのそばへと歩み寄ると、回復魔法の詠唱を唱える。
その様子を、少しはなれたところで見やっていたミレイユも――だがその名に、軽い驚愕を覚えていた。
「ねぇエルナ……カインって、まさか――」
「……恐らくね。カイン・ハイウインド。
 元バロン王国軍竜騎士団一番隊隊長にして、五年前の騒動の時、あのセシル王とともに戦ったとされる竜騎士……。
 彼の使っていたあのホーリーランスと、あの不思議な色合いの瞳……彼に間違いないわね」
だが――何故そんな人物が、こんなところにいるのだろうか。
その疑問へと考えをめぐらそうとした二人だったが――

「そなたら……ただの登山客、というわけではないようじゃな……」

反射的に、振り返る。
いつの間にいたのか? 巫女服の女が、いつの間にか背後に忍び寄っていた。
「……ま……待て! こいつらは……」
「慌てるでない。……このやりとりを見れば、そこの若者がそなたの知人であることくらいは判る。
 それを無下にあつかうほど、わらわは器を狭うした覚えはないぞえ?」
そう言って、口元に手を添えてころころと笑う女。
改めて近くから、その姿を見る。
歳は、ミレイユより少し上といったところだろうか。
頭から、まるで角のような飾りの突き出した女性。
その顔は――ミレイユですら、見てはっと息が詰まるほどの美人であった。
しかしミレイユの持つ雰囲気がまるで太陽のような陽気なものであるのに対し、この女性はまるで鏡のように澄み切った湖の湖面を思わせる静けさと落ち着き。
さらに言えば――この世あらざるものの美しさとでも言えばよいのだろうか?
黄金の瞳という非常に珍しい色と、その奥から感じる見た目に不釣合いなほどの年月を感じさせる理性の光がそう思わせたのかもしれない。


「わらわは白妙しろたえ。義によって、今はこの山を護ることを生業としておる。
 じゃが、おぬしら人間から見れば……この名より『白竜』と名乗った方がよかったかの?」


一同が、唖然とする中――人に在らざる黒髪の女性は意地の悪い微笑を浮かべて笑っていた。




【座談会】