Final Fantasy W After Story



第二十話 砂の賢王、鋼の淑女



――あのクリスタルの暴走ともいうべき事態から、一夜が明けた。
事態の収拾と負傷者の手当て、それにクレセントやラディも少なからず痛手を受けていたこともあり、
結果として、謁見は次の日に改めて執り行うこととなったのだが――今、黒い甲冑を着た二人の男が王の間へと通じる大きな廊下を真っ直ぐに歩いている。
無論そんな奇特な格好をしているのは、この国でも彼らだけ――ラディと、クレセントである。
「クレセント……体のほうは大丈夫なのか?」
「うむ。……もう問題は無い。無様な姿を見せてしまったな」
心配そうに聞いてくるラディに、クレセントはそう言って甲冑の小手を手で叩いて見せた。
――昨日のあの光で、クレセントの甲冑は使い物にならないほどに損傷していたはずだが――
「そういえば……ヴァリトラの直撃を受けた時、オレの甲冑もボロボロになってたはずだけど……。
 一体どうやって、クレセントは防具とかを修復しているんだ? もしかして、鍛冶の技術でも持ってるとか?」
だが――ラディの問いに、彼は静かに首を横に振る。
「いや……残念ながら、鍛冶は知識で知っているだけだ。実際に槌を振るったことは無い。
 ……そもそも一昼夜程度で、この甲冑をもう一度槌を振るって作り直せると思うか?」
「あ……」
クレセントの甲冑は、黒く重厚なつくりであると同時に、控えめであるが美しい装飾もされている。
その精緻さ・微細さは、確かに一昼夜で復元できるものでないことは考えてみればすぐに判るだろう。
「……私が甲冑を修復しているのは、鍛冶技術の賜物ではない。どちらかといえば……これは魔道的なものだ」
クレセントはそう言って立ち止まると、指を一つ弾く。
すると、もう一方の掌の上に突如何かが浮かび上がった。
最初は砂塵と思ったが――違う。
……何か強烈な力で粉々に砕かれた、真っ黒な金属の残骸――
「破壊された……オレの小手……?」
「うむ。……見ているがいい」
小手の残骸は、まるで宙に縫いとめられているかのようにクレセントの掌の上で静止していたが――やがて音も無く、ゆっくりとそれが動き出す。
まるで渦を描くようにくるくると廻り始めて――

「其の右腕は原始統べるかいな、其の瞳は繋がり映すまなこ、其の名は一切束ねし長おさの字あざな――」

クレセントの呟きに応えるように、その速度はどんどんと速まっていく。
最早その速度は砂漠の砂嵐を思わせるほどの勢いで高速回転し、そして――

「我は沼矛ぬぼこを携えし者。現世うつしよよ、我が声に応えよ――メタモルフォーゼ」

回転が臨界点に突破し――一瞬、太陽が現出したかのような輝きが一面を満たして――
それが収まった時クレセントの手にあったのは、傷一つ見当たらない黒い金属の小手だった。
「……私の甲冑を復元したのも、これと同じ魔法だ。
物質を分解・再構成して元通りに復元する……。
 どちらかといえばこれは魔法という論理的ロジカルなものよりも、錬金術といった類の神秘的ミステリアスな類に属するものだがな」
クレセントはラディへと小手を渡した。
早速ラディのほうも、止め具を外して小手を装着してみる。
「……うん。ぴったり……オレの小手だ。ありがとう、クレセント」
「気にするな。……ただしこれが出来るのは、私がその構成を完全に熟知しているものに限られる。
 非常にハイレベルな魔道技術によって作成されたようなものや、独特の力を内包している武具――
 例えばそのテュルフングのような特殊なものに対しては、この力では復元は不可能だ」
ラディは一つ頷いて――しかしふと思い出したように腰の鞘へと目を落として、
「……けど、このテュルフングを叩き折るような力なんて……存在するのか?
 あのヴァリトラの直撃の中でも刃こぼれ一つしてなかったし……」
「そうだな……無用な心配かも知れんな」
クレセントは苦笑し――真っ直ぐ歩いていく。
二人とも特に会話もなく、しばらく歩いていっていたのだが――
王の間まで、あと10mといったところまで歩いたところで――突如クレセントが口を開いた。
「……心配といえば、先刻から気になっていたのだが……ラディ、お前のほうは大丈夫なのか?」
「えっ?」
「見たところ、あまり顔色が良くないように見える。一応あの時の怪我は、魔法で治癒したはずだが……?」
「いや、怪我に関しては別にもう全然大丈夫なんだけど……はは、やっぱり誤魔化しきれないか……」
クレセントの、若干の労わりを含んだ言葉に――ラディは苦笑を浮かべると、辛そうに額を押さえた。
「……重症そうだな。病気か?」
「いや、そうでもなくて……昨日、少し――」
「ラ・ディ〜〜〜〜〜♪」
その時。閑静な城内の空気をぶち壊しにするほど底抜けに明るい声で、誰かがラディの名を呼んだ。
その大声に、ラディが顔をしかめてよろけたのをクレセントは見逃さない。
そしてその大声を発した人物――ミレイユは、思わず片膝をついたラディの後ろから飛び掛るように抱きつく。
「もう♪ 私を置いて二人だけで謁見にいくなんて……随分とひどい扱いなんじゃない?」
「と、言われても……別にミレイユが、謁見をするわけじゃないだろ……」
丁度今の体勢では、ミレイユの胸がラディの頭の上に乗せられている形なのだが――
よほど調子が悪いのか、ラディはそのことにもまったく気がついていない風で、非常に疲れた声で呻いた。
「それより……出来れば、もう少し小さな声で喋ってくれ……頭が……」
そしてその様子で、クレセントはようやく、ラディが何に苦しんでいるのかを理解した。
「……? どしたのラディ? なんだか顔色が悪いみたいだけど……もしかして、二日酔い?」
「……もしかしなくても……二日酔いだ……」
――昨夜、ラディはミレイユのお誘いを受けて(強制連行とも言う)、彼女と酒を呑むこととなった。
そしてラディは結果として、生まれて初めて「二日酔い」という症状を味わう結果となったのである。
ラディは自分からはそうたくさん酒を呑むわけでも無く、またその容姿からあまり想像が出来ないのだが、
国にいたころはバロン陸兵団飲酒倶楽部の会長を経て、バロン特殊飲酒団『赤い徳利』一番隊の隊長に就任していた。
バロン王国の中でもトップクラスの酒飲みしか入団を許されない、バロンの酒飲みにとって憧れの的『赤い徳利』。
その隊長に就任できるというのは、バロンでも最高の酒飲みが揃っている竜騎士団でも、特に酒豪の者に付けられる
酒飲みにとって最高の栄誉たる二つ名『天駆ける酒瓶』と肩を並べるとされているほどだ。
『赤い徳利』の初代隊長であった、現バロン国王のセシル・ハーヴィもまた非常に酒に強かったが、
ラディはそのセシル以来の大物とされ、その酒の呑みっぷりは国でもほぼトップクラスの実力者なのである
「ちょっとちょっと? 確かバロンの人って二日酔いはしないんでしょ?」
「それは他の国の人より酒に強いたとえだっ!! ……ううっ、頭が痛い……」
……したがって、ラディが呻いているのは彼が酒に弱いのではなく、ミレイユが異常に強すぎるというだけなのだが――
自分の出した大声で鈍痛に苦しむラディとは対象的にミレイユは血色もよく、いつもよりも元気そうである。
「……というか、ミレイユは……大丈夫なのか……?」
「当然よ♪ 酒は百薬の長って昔っから言うじゃない♪」
「百薬の長って……いくらなんでも、あれだけ呑めばそういう次元の問題じゃない気が……」
「なに弱気なこと言ってるのよ? あれくらいのことでダウンするなんて、ラディもまだまだ――痛っ!?」
その時、ミレイユの後頭部に気持ちいいくらいの角度でチョップが叩き込まれて――彼女の言葉が中断させられる。
「痛つつつ……誰よ、このみ〜ちゃんさんに、いきなりこんなひどい仕打ちをするのは〜……」
「色々と突っ込むところは残ってるけど……とりあえず、何が『あれくらい』なのよ……いい加減にしなさい」
冷ややかな調子で、肩をすくめた人物――それはとにかく、人の目を引かずに入られないようなものだった。
その身長は、大きくない――というか、かなり小さい。
どう見ても10代前半――少女といって当てはまる顔立ち。
にも拘らず――眼鏡をかけた奥の瞳はきりっと鋭く、妙に歳とかけ離れて大人びていている感じがあった。
大きな白衣の下には濃紺のニットワンピース、眼鏡と――まるでミレイユの色違いかと思うような格好。
後ろで軽く留めた亜麻色の長い髪とブラウンの瞳で無かったなら、本当に『ぷちミレイユ』といったところだろう。
本人がきっとそれを聞けば、その綺麗な顔を思いっきり嫌そうに歪めたに違いないだろうが。
エルナ・セルリード。
信じがたいことに、ミレイユの実の妹であり――この容姿で18歳の少女である。
「出会い頭になにするのよ〜……実のお姉さんに向かって」
「だったら少しでも姉らしい姿を見せてから言ってくれるかしら……まったく。
 ちょっと報告書を提出しようと思って上がってきたら……滅茶苦茶なことを言わないで」
心底呆れたようにエルナは肩をすくめた。
その手には確かに、バインダーで留められた書類の束がある。
『上がってきた』――そう言ったとおり、勤務中に彼女が『上』に来ることはあまり無い。
彼女はこう見えてもこの国の科学の最先端・ダムシアン地下開発研究所の主任――実質上の最高権力者でもある。
「エルナ……だったか? 滅茶苦茶とは……どういうことだ?」
クレセントの問いに――エルナは疲れたように書類を持った手で額を押さえた。
「……言ったとおりの意味よ。昨日、ダムシアン中の酒場から苦情があって……。
 二人組みの若い男女が、店中にあったお酒を片っ端から全て呑んでいったらしいわ。
 その量を合計すると……ダムシアンに存在するお酒の十分の一が、昨日一晩で無くなっているわね」
「……それはなかなか、壮絶な話だな……」
クレセントの言葉も、どこか疲れている雰囲気さえ漂っていた。
だが確かに、それほどまでに呑まなければラディが二日酔いに苦しむなどという症状を起こすはずが無い。
「ラディ……だったかしら? 貴方も大変ね……本当に。
 私ももう、18年ずっと面倒見てるから……よく判るわ」
「………………」
「ちょっと!? なに無言でしみじみと頷いてるのよ!」
明らかに理不尽に憤慨したミレイユの抗議が、彼女自身の大きな胸を揺らして――そこでようやく、ラディは自分の頭の上の状況を理解した。
そのまま全身の血液が顔に集中した様に真っ赤になるやいなや不思議な節足動物かと思うような奇怪な動きで手と足を動かし、慌ててミレイユの下から離れる。
「……でも、ないか。……なんで男って、こんなのがいいのかしらね……謎だわ」
「……実の姉に向かって『こんなの』は無いんじゃないのかしらね……?」
「だって実際そうじゃない。……別に見た目っていう意味なら、判らなくも無いけど……」
客観的に見て、ミレイユが美人――それも、絶世の美女という言葉が当てはまるほどの美人であること。
それはエルナも否定するつもりは全く無い。
……だが、しかし――
「姉さんの場合、外はともかく……中身はただの飲んだくれじゃない」
「くっ……」
ミレイユがそのことへの直接の反論を控えたのは、彼女の言い分が正しかったからではない。
あくまでこのまま直接反論しても結局は水掛け論にしかならないという愚かさを知った、姉としての譲りである。
エルナの言葉に何故かラディが噛み締める様に頷いていたが――あれもきっと、自分の考えを慮ってのことのはずだ。
……ともあれ、ミレイユが口を開いたのは、その事への直接の反論ではなかった。
「そう言うエルナだって、中身には大いに問題があるでしょうが」
「あら、変な言いがかりは止してほしいわね。私のどこに、問題があるって言うのかしら?」
そう言って、瑞々しい亜麻の髪をさっと掻き揚げるエルナ。
確かにミレイユと違い、彼女の人格面は遥かにまともだ。
若干自信家な所も見受けられるが、それ以上に実力がその自信を裏打ちし、決してそれは『過信』にはならない。
しかし――余裕の笑みすら浮かべるエルナに、ミレイユの反論は非常に簡潔だった。
「胸」
その一言で――彼女の笑みに、ひびがびしぃっと入る。
どうやらこの一点に関して、よほど気にしているらしい。
隠すようにして両手で胸を押さえるなり、余裕と証するには少々ひきつった笑みを浮かべつつ――
それでも声だけは整えてみせたのは、彼女の意地だろうか。
「な……何よ、仕方ないでしょ? こういう体なんだから胸が大きいはずが無いじゃない。
 それに第一、微乳のどこがいけないの? 胸はただ単に大きければいいというものでもないでしょ?」
かなり言ってることが錯乱しつつあるが――それに突っ込みを入れるというような愚は、ミレイユはしない。
にっこりと、聖母のように優しい笑みを浮かべて――指を振る。
「ちっちっちっ。……エルナ、言葉は正しく使わなくちゃいけないの♪ ……判る?」
……止めを刺す時は、じらして相手を苦しめるのではなく――
「そういうのは微乳とかいうんじゃなくて――単純にこう表現するの」
一撃で、決める。
「『えぐれ胸』って♪」
瞬間――変化は、起こった。
二人とも笑っている。これ以上ないくらい、優しい笑みを浮かべている。
しかしその体勢は――大きく異なっていた。
エルナはどこから取り出したのか、自分ほどもある大きさの巨大な白銀の大鎌を横薙ぎに振るっていた。
しかしその刃はミレイユの手前、彼女が差し出すようにした両手の間の何も無い空間で何故か止まっている。
否、何もないように見えるが――そこにはミレイユの『糸』がかなりの密度で張られていた。
それが刃を止めたのだ。
「エルナ……あんた今、何のためらいも無くぶった斬ろうとしたやんな?」
「……さあ? 私は鎌を振っただけや。その先に何があっても、私の知ったことやない」
二人とも、笑みの奥で笑っていない凍土の瞳を激しく散らせ、ついダムシアン訛りが口を突く。
あくまで笑みを崩していない辺りがさすがというか、怖い。
一体どのような力が二人の間に働いているのか――完全に拮抗した状態で、しばらくそのままあったが――
「……やっぱり私達は、最初から相容れない存在だったってことみたいね……!!」
「そうね。なら……ここで『姉さんの妹』という私にとっての最大の誤算、修正させてもわうわ……!!」
エルナは足の踏み込みに力を注いだ。
すると信じがたいことに、体格的に有利なはずのミレイユがじりじりと押されていく――
「くっ……地の砂に眠りし火の力目覚め、緑舐める赤き舌となれ――ファイラ!」
瞬間、発動したミレイユの魔法が爆発を生み――二人を飲み込み、紅が一面に広がった。
その衝撃に城は揺れ――爆炎を突き破って転がり出た二人は、離れるように着地する。
「ふむ……魔法を炸裂させることで距離を開き、仕切りなおしということか」
「確かにあの均衡じゃ、どうしようもなさそうだったしな……」
と――そのまま、再度間を詰めようとしたエルナは何故かその場で踏みとどまるなり、宙で大鎌を振り回した。
一瞬気が触れたかとも思わせたが――しかしよく聞けば、鎌を振るそれに、何かが弾かれる小さな音。
そしてエルナの周りにある壁や柱が細かい裂傷をその表面に刻んでいく――
「姉さん……口だけじゃなくて……確かに腕も上がったみたいね?」
「それはそれは、光栄の至り……ってトコかしら?」
不敵に微笑むミレイユは、丁度自分の胸を押し上げるように腕を組んでいる――様に見える。
しかし実際には、その指先が非常に細かく――精緻に動き、入り込む陽の光にわずかに煌く、細い輝き――
「ふむ……糸か。しかし常日頃よりも大分動きが小さいな」
「でも……いつもよりもその分、精度が段違いに高いみたいだ。糸の動きも圧倒的に速い……」
しかしエルナは――そんな劣勢の中でも、決してその表情を強張らせることは無かった。
姉同様、不敵に笑んで――
「……けど、これは私の計算上での範囲内だわ。私の知能……甘く見ないで欲しいわね」
まるで飛空艇の回転翼のように片手で大鎌を高速回転させ、糸を弾くと――エルナはもう片方の手を一閃させた。
その繊手から放たれ、ミレイユへと一直線に飛来するのは――二本の細い試験管。
だがそれは、ミレイユへと届く前に糸により切り裂かれて――
エルナの笑みが、一層深まったのを彼女は見逃さなかった。
「N−502、N−412――ブレンド!」
宙で霧散した、試験管の中の薬品が混ざり――
反射的にミレイユが飛び退れたのは奇跡に近い。
薬品が混ざったその瞬間、凄まじい爆発が二人の間を埋め尽くしたからだ。
ファイラ――いや、ともするとファイガに匹敵する凄まじい爆発が、ミレイユを吹き飛ばして糸を焼き切り――
そこに地を蹴り、旋風のように炎を切り裂きエルナの一閃が唸りを上げて飛来する!!
だが――瞬間、ミレイユは糸を放射して宙の一転にそれを集中させ即席の『盾』を作り上げる。
エルナの視界が一瞬遮られ――それを切り裂く一瞬のタイムラグに、ミレイユはさらに大きく跳び退り間を空けていた。
「まだまだ甘い――って言えたら爽快だろうけど……今のは何なのかしら? 初めて見るわね」
「『ブレンド』――その糸に対抗するために、ちょっと前に考えたのよ。人間は日々、進歩するの。
 いくらその糸が大きな間合いを持っていても、魔法を使えても……これでそうそう、引けは取らないでしょう?」
白衣の下――ちょうどエルナの腰の当りに、少し幅の広いベルト。
そこには数十本の試験管がセットされていた。
恐らく先刻の試験管も、そこから取ったのであろう――慣れた手つきでさらに数本を抜き、構える。
「クレセント、あれって……魔法なのか?」
「……いや、違う。あの試験管の中にある薬品の化学反応を利用したものだろう。
 ブレンド……聞くところでは、薬剤師達はその場で既存の薬品から全く効果の異なる薬を作り出す
 『調合』なる一子相伝の秘伝があるそうだが……それを極端に進化させれば、ああなるのかも知れん」
……二人とも、動こうとはしない。
お互いに、先刻までのやりとりで手の内は全て見せていた。
そして今は、互いの頭の中でその情報から構築した未来で、一体どのように戦うかを予測しているのだ。
――そしてその嵐の前の静けさは、始まった時と同じく唐突に――終わる。
「研究所で考えただけのエルナと、場数を踏んだ私……今なら、一つ謝れば許すわよ?」
「場数? ……そんなもので、私の知能に勝てるとおもっているのかしら?」
瞬間、二人の女は地を蹴って――光と熱、線と弧が乱舞する。
「……しかし、エルナって……凄いなあ。あんな細い腕なのに……斬撃に使ってる膂力はオレと変わらないぞ?」
「……人間というのは、筋肉の疲労を抑えるために、無意識でその力をセーブしてしまっている。
 大概のものは、戦闘訓練などを受けることによってその力をより引き出せるようにすることも出来るが……
 それでも生物として、自らで自らを破壊しかねんレベルの力は引き出せん。
 だが……あのエルナは恐らく、その知能で自らの体の全ての器官を意識化で操り、その真の限界までの力を引き出しているのだろうな」
「けど……それにしては、全然体が痛めつけられてる風には見えないし……それにあの斬撃には無駄が無くないか?」
「うむ。……恐らく、肉体への衝撃の緩和も考慮した動きを取ることで整合を取っているのだろう。
 それをも自らの知能によって確立したものならば……『知能で戦う』ということも……あながち誇張ではあるまい」
「って、お二人とも一体何をくつろいで観察しておられるのだッ!?」
ラディ達に突っ込みを入れたのは――この騒ぎで駆けつけてきたのだろう、城の警備兵と思わしき人物。
しかも二人は、その人物の顔に見覚えがあった。
長い銀の髪に、夕陽色の瞳。
あの巨大な剣は、さすがに城の中にまでは持ち込んでいないが――
この2mを上回る引き締まった肉体は、それ自体が強力な武器となるであろう。
ゼルビノ・チェンバース。『銀鬼神』の異名を持つ、ダムシアンでも双璧をなす剣士――
しかし戦場で剣を携えた時には獰猛な凶獣すら震え上がらせるその男は、ただ呆然とこの光景を見やって――
まるで見なかったことの様にくるりとラディ達のほうへと向き直ると、こめかみを押さえ鎮痛に口を開く。
「……とりあえず、詳しい説明は後々うかがうとして……これ・・は一体?」
ゼルビノがそう言って、示したものは――
「これは……テーブルとティーセットですけど……あ、それともオレ達の座ってるイスの事ですか?」
「……名前を聞いているわけではないのだが……」
「あ、これはクレセントが出したんですよ。確か……チョコボの笛、だったっけ?」
「うむ。……デブチョコボの腹部は一種の超空間となっているからな。
 時間の概念が存在しないあそこは、丁度よい塩梅になった茶葉を補完するには理想的だ」
「あ、ゼルビノさんも、一つどうです? クレセント、紅茶を煎れるのも上手いんですよ」
「……そうなのか。ならば一つ……って違うッ!!」
だんだんと地団太を踏んで――でも、テーブルの上の紅茶が揺れない程度に――、ゼルビノはさらに続ける。
「俺が言っているのはッ!! 何故あの姉妹の激闘を前にそうやってのほほんと茶を啜っているのかということだッ!!」
言われ、ラディ達はそこで顎に手を当てて黙考して――
「…………なんと言うか、その……」
「慣れてしまった……のだろうな」
「な……慣れ?」
予想だにしなかった返答に、ゼルビノは面食らう。
「どうもこの国に着てから、驚くことが連続してしまって……。
 なんというか、そういう感覚が麻痺した、みたいな……そんな感じです」
「私達を驚愕させたいのなら、もう少し趣向を凝らさなければもう大概のことには驚くことは出来んな」
「しゅ……趣向……」
「――ん? ゼル、そこで何をやっているんだ」
言い知れぬ脱力感に苛まれるゼルビノに語りかけてきた青年――真っ蒼な甲冑に身を包んだ金髪碧眼の青年の名は、アルベルト・エンタープライズ。
『蒼天駆ける稲妻』の異名を持つ、ダムシアンのもう一つの双璧である。
戦友でもあり、親友でもあるアルベルトの声に、ぐったりとゼルビノは振り返り、目前の光景を指で示した。

「無念の響き、嘆きの風を凍らせて忘却の真実を語れ……ブリザガ!」

「甘いわ……N−502、N−308――ブレンド!」

「なら……とっておきを……っ! 滅びゆく肉体に暗黒神の名を刻め、始原の炎……蘇らん!」

「N−502、N−412――」

「フレア!!」

「ブレンドッ!!」
その光景を、自らの目でしっかりと見やって――
アルベルトはゆっくりと振り返り、とりあえずラディの隣に開いていた椅子を引いて静かに座った。
「――済まんがオレにも一杯、紅茶をくれないか?」
「ッて、アルベルト!?」
「所詮は姉妹喧嘩。犬も食わぬうちにいずれ終結することだ。……お、ありがとう」
ティーカップに注がれたそれを、じんわりと堪能して――そしてアルベルトはゆっくりとゼルビノを見上げて、言った。
「それに……あの姉妹の戦いにオレ達が関わったところで、どうにかなると――思っているのか?」
その時、ようやくゼルビノは気付いた。
親友の閉じた両目から、ざばざばと滝のような涙が流れているのを。
そして思い出す。半年前にこの事態に遭遇した自分達が下手に介入して――どれほどの痛手を受けたのかを。
長い長い、沈黙が落ちて――実際はそう、長い時間ではなかったが――ゼルビノが取った行動は。
「……熱い緑茶を一杯、頂けないか? 故国を思い出すような……熱いものを」
……人としてはダメでも、この場合に限ってはアリな選択であった。
「ふむ……緑茶、ということはエブラーナ出身か……うむ、上物があるぞ」
「……感謝する」

謁見にはその当人以外にも、申請者一人に対してその身元を証明する人間が一人、
さらにその申請者が陛下に万一のことを起こすことの無いようにという名目で護衛が一人の、計三人が必要となる。
だがこれはあくまで形式的なものであり、王の間に入って謁見の際にはこの二人の退出は認められていた。
ラディ達の場合――謁見をするラディとクレセントに対し、身元証明にミレイユとエルナ、
護衛にゼルビノとアルベルトがつくという形でこの頭数を揃えた。
一応形式上のものとはいえさすがに武器を携帯するわけにもいかず、ゼルビノにテュルフングと短剣を預けて――
ダムシアン城、王の間――そこへと通じる大きな扉が、ゆっくりと押し開けられていく。
ラディたちが入っていくと――その前に謁見をしていたのだろう人物と入れ違いに対峙した。
白いワンピースに、逆に病気か何かと思わせるようなほどに真っ白な肌と長い黒い髪を持つ少女――
「む……」
ほんのわずかに――クレセントがその少女を見て、声を漏らしたような気がした。
少女もまた、あまり焦点があっているようには見えない顔でクレセントを見上げていたが――やがてほんの少しだけ、頭を下げる。
ラディたちもそれに応えて頭を下げて――そのままするりと少女は脇を通って退出していった。
(何で……あんな小さな女の子が……?)
「……彼女に関しては、私のほうから来てもらうように頼んだのでね」
よほどラディが不思議そうな表情をしていたのか――その疑問への返答は、彼より少し高い位置から届いた。
それは別に、彼より身長が高いということではない。
この部屋の構造上、その声の持ち主の居場所が少しだけ高いのだ。
「銘菓・砂漠の光……。百戦錬磨の商人たちがひしめき合うこの国で、何かが爆発的に売れるというのは珍しい。
 時と場合によってはそれを利用することで、この国の流通をさらに活発化させることも不可能ではないだろう?
 そこで私自身の舌をもって、カイポで一夜にして築き上げられた『最強』の味……確かめたというわけさ」
聞くものを癒す声というものがあるのなら、まさにこの声を表すためだけに生まれた表現ではないだろうか?
肘掛けに腕を乗せ、軽く頬杖をつきながら――その表情には怠惰は無い。
もう片方の手に、鮮やかな装飾の杖を握って。
――この世界で最も美しい国王陛下は、微笑を浮かべて挨拶した。
「名乗るのは初めてだったな。……私がこのダムシアン王国を統べているギルバート・クリス・フォン・ミューア。
 ……まあ、ギルバートというのは歴代国王の世襲する名前……。簡単に、ギルバート7世と呼んでくれても結構だ」
ギルバートといえば、聖騎士の歌の中では線の細い薄幸の青年として謡われている。
その美貌はさることながら、あの騒動中に彼の身に降りかかった不幸は尋常なものではないからだ。
彼の生来の気の優しさと相まってそれは彼の線の細さに拍車をかけ、まるでひ弱な青二才だと思われがちだが――
それが所詮根も葉もない誤解だと、初めて彼と相対するものは誰もが思い知るという。
陽の光を紡いだような金の髪の下――切れ長の碧眼は優しい光を湛えているが凛々しく、そして深い。
端整、という言葉が乱暴なほどに整いきった顔には一切の甘さや青臭さは残っていなく、そこには相応な風格があった。
五年間の国王としての経験が、彼というダイヤの原石を研磨し、輝かせた――そう表現するものもいる。
とかく――歴代ギルバートの中でも最も賢く美しいと評されるその男の前で、ラディが緊張するなという方が無理だった。
「あ、ああ、あのっ! じじ、自分は、元バロン王国軍陸兵団所属、第038小隊で隊長を務めていた――」
「……まあまあ、そう畏まらないでくれ。君の事は、すでにミレイユ博士からだいたい耳にしている」
「……え……?」
「ミスト山でミレイユ博士が襲われているところを助けてくれたそうだが……
 彼女をこのダムシアンまで送ってくれたことに、感謝する。彼女はこの国にとってかけてはならない人材なのでな。
 そして昨日のことといい……一個人としても、君に感謝する」
「い、いえ! オ、オレは別に……そんな、特別なことは……」
「いや――聞けば先日のカイポへのボム襲撃や、ダムシアン〜カイポ間のゲートの不調なども君が解決したそうだな。
 ……もし君がいなかったなら、軽く見積もっても両方の問題にそれぞれ少なくない犠牲を払うこととなっただろう。
 本来ならば、国を挙げて君の功績に報いてやりたいが……残念ながら、現在少々、財政が厳しくてな……。
 このダムシアンに逗留中の間、この城の施設を自由に使ってくれても構わないとぐらいしか言えん……」
「えっ……ええっ!?」
そう言って、頭を下げたギルバートに対して――ラディはさらに慌てふためく。だが――
「……陛下は基本的にこういう人なんだから、いちいち慌ててちゃ謁見なんて出来ないわよ♪」
言われ、ミレイユのほうを見やれば――口元に手を添え、笑い出すのをこらえていた。
それを見て――何故だか急に、自分が緊張していたのがこっ恥ずかくなる。
「……それより、陛下? そろそろ私達、ここから退出してもいいですよね?」
「ん? ……ああ、構わないが――その前に」
『構わない』の時点ですでに背を向けようとしていたミレイユとエルナは――その声に縫いとめられた様に硬直する。
「な……何ですか、陛下……?」
「いや、大したことじゃないんだが……二人は何でそんなボロボロになっているのか、少し疑問でね」
確かに――二人とも、目も当てられないというほどではなかったが、その格好はボロボロになり、所々焦げている。
いきなりそんな姿を見れば、確かに疑問に思うことには違いない。
……その過程を見れば、逆に何であれほどのことをしてこの程度のダメージで済んでいるかの方が疑問なのだが――
「まるでちょっとした戦場か何かを潜り抜けてきたように見えるが……どうしたんだ?」
「そ、そそ、それはその、ちょっと……あ、そうそう事故! 研究中のちょっとした事故だったのよ、ねえエルナ!?」
「え!? え、ええそうね姉さん。私としたことが、ちょっとミスを起こして……」
「…………そうか。判った、これ以後は気をつけてくれ」
どこから聞いても、かなり無理のある言葉だったが――ギルバートはそれ以上の追及をしようとしなかった。
(……て、天然で……良かった……)
二人とも――その瞬間全く同じことを考えながら、そそくさと退出していく。
ややあって、アルベルトとゼルビノも一礼して静かにその場を去っていった。
――本来ならば、これ以外にも護衛の兵士がギルバートの左右を固めているのだが、今日はそれもいない。
彼なりに、二人への敬意を払っているのだろう。
広い広い、王の間に――今この三人以外、誰もいなかった。
――静寂を破るかのように口を開いたのは、ギルバートからだ。
「……ミレイユ博士から、話は聞いた。……ラディ、君は……暗黒騎士になりたい、そう聞いているが――?」
「…………はい。そうです」
たゆたう静けさが、逆にラディの心にあった緊張感を解きほぐしていった。
自分でも意外なほど真っ直ぐに、自分を見つめるギルバートの視線を受け止めて――言葉を紡ぐ。
「オレは……暗黒騎士に……バロンにいた、あの暗黒騎士団の皆みたいに……強くなりたかった。
 父さんのように……いや、父さんの遺志を継いでも恥ずかしくないような、本当の意味で強い暗黒騎士に……。
 オレはそれだけのために、必死に陸兵団で頑張ってきました。
 ですが……陛下もご存知の通り、バロンでは先日、暗黒騎士団を廃止してしまって……。
 オレはそれが納得できなくて、旅に出たんです。
 この世界のどこかに、暗黒騎士のための『負の試練』の手がかりをさがすこともありましたが……。
 セシル陛下が一体どうして暗黒騎士団を廃止したのか……陛下と同じように世界を巡って、確かめたかったんです」
ギルバートの瞳をじっとみるラディの瞳は、真っ直ぐで素直で――偽りの無い真摯なものだった。
「ギルバート陛下は、暗黒騎士だったセシル陛下と道中を共にした、と聞きました。
 ……だから、聞きたかったんです。ギルバート陛下から見て、当時のセシル陛下の暗黒騎士のころの話を。
 ……一体、何があったのかを」
「………………なるほど……そういう事か」
瞳を閉じ、その言葉を呟いて――ギルバートはゆっくりと、ラディの言葉を吟味した。
若干の間を置いて――再び目を開いた時には、その目はラディを向きながら――過去を、見つめていた。
「……私がセシルと旅をしていた時間は、そう長くは無い。それにあまり役に立ったとも言えないかったしな」
苦笑したように、かるく指で頬を掻いて――さらに、続ける。
「だから彼が何を考えていたのか――その全てを知っているなんて自惚れたことは言えないな。
 ただ……あくまで、私の主観から見た、セシルの姿はそう――迷っているように見えた」
「迷う……?」
「……心の弱い自分が、このような強い力を簡単に掴める……彼はよく呟いていたよ」
「心が弱い……? そんなこと――」
「あるわけない。……私も、そう思う。
 なんと言っても彼は、自らの心の陰部に打ち勝ち、パラディンとなったのだから。
 だが――あくまで彼自身の言葉でしかないが……彼は暗黒騎士になった際、負の試練に打ち勝てなかったらしい」
「!?」
負の試練――暗黒騎士にとって唯一の形としての試練である試練。
打ち勝てなければ、その強大な力を手にして正気を保てず自滅するという凄惨な未来の待つ、過酷な試練――
「だが私の見る限り、彼はどう見ても正気を保っていたし、暗黒を使うことも出来た。
 ……それでも彼は、ことあるごとに口にしていた。
 『僕は本当の意味で、暗黒騎士となったわけじゃない』――と。
 それが一体どういう意味なのか、暗黒剣について無知な私には今でもよくは判らない。
 ……もっとも彼も、パラディンになれたのは暗黒騎士としての自分があったおかげだ――とも言っていたが」
そこで言葉を切って――頭を一つ振る。まるでその話題そのものを打ち切るかのようにして、
「……ろくに剣も扱えない私が、暗黒剣や聖剣について語るのもおかしいものだが……。
 セシルがなんで暗黒剣を廃止しようとしたのか……それだけならば、私も判る気はするな」
「それは……何故です?」
「それは恐らく――暗黒騎士と、パラディンの性質の違いにある――私には、そう思える」
「性質……?」
ギルバートは一つ頷き、
「……パラディンも暗黒騎士も、どちらが優れているとは言えないほどの力を持っている。
 そのどちらかが正しく、どちらかが間違っていると――そんな戯言を言うほど、私も馬鹿ではない。
 セシルもそれはわかっているのだろう。ただ……どちらも、強い力を手に出来るという点において共通している。
 そう――自らの器に納められる人間が限られるほどの、絶大な力。
 そして過ぎた自らを滅ぼして――他人を傷つけてしまう。
 ただしパラディンの場合は――その力を得るための試練の山が、あらかじめパラディンに分不相応な人間を拒絶する。
 だからパラディンとなることの出来た人間は、力に溺れて過ちを犯すことは無いだろう。
 だが……暗黒騎士は違う。
 ゼルビノから聞いたが……負の試練とは、受けるだけならば誰にでも出来る――そういう類の代物らしいな」
「……はい……」
幼い頃に――よくレオンは、口にして言っていた。暗黒剣は――自制の剣だと。
「暗黒騎士は、たとえ自らの器の限界以上の力でも与える。
 だから自らを見失わないことを常に心がけないといけない。
 ……暗黒騎士は、なるまでではなく、なった後にこそ本当の試練が待っている――そう父は、口にしていました」
「そうらしいな。そして……それは、私達にとっても同じことだ。
 この国王という肩書きの持つ力は絶大だ。だからこそ――道を踏み外すものもいる。
 『国王』という力もまた、人を選ばない。
 選ばれた人間に器があろうと無かろうと、ほぼ無限といってもいい強い力を当人に与える……。
 そして、真の意味で王と呼べるような器を持つ人間は、そう多くない。
 だからこそ、永久に続くことのある君主国家というものが存在しないのだ。
 聞いたところを考えてみれば、暗黒剣は邪悪でもなんでもない……むしろ、最も人間らしい力だと思う」
「だったら、何故陛下は――」
「人は……己が思っているほどの強さを誰もが持っているわけではないからだ」
「……!!」
その言葉には――重みがあった。ダムシアンという大国を統べる、王としての重みが。
それに真正面からぶつかって押し通せるほどの言葉を、ラディは持っていなかった。
「……わざわざ同じ強さのものがあるのなら、危険の少ない方を選ぶ。それもまた……人間だ。
 ましてセシルは国王だ。彼は君とは違う。
 彼の背負っているものは……君よりも遥かに重く――大きい。
 常に正しいと思うことだけを行なっていては……国というものは、人というものは治められない。それが……王だ」
「………………」
何を言うことも出来ず、ただうなだれるしかないラディ。
だが――そんな若者を、ギルバートはけなすことも笑うこともしなかった。
「そして……君は王ではない。
 だからこそ……ラディ、君の思うように動けばいい。真っ直ぐに、自らの思いを貫いていけばいい。
 その権利が――君にはある。そして私は……それを見てみたい」
「ギルバート陛下……」
顔を上げた時――世界で最も美しい王は、微笑を浮かべていた。
「君は確か、聖騎士の歌の通りに道中を行なう――そう言っていたな。
 ならばファブールに赴き、国王であるヤン・ファン・ライデンに『負の試練』のことを聞いてみるといい。
 ……あの国の奨励する武術の精神気質は暗黒騎士の精神に似たものがあるし……
 実際、暗黒騎士の中にもあの国に赴き、帰依したものもいるそうだしな。
 少なくとも私の持っている少ない知識よりは、暗黒騎士について詳しいことが聞けるはずだ。
 ……そして、謁見の申請には……私の名を使ってくれて構わん」
「へ……陛下!?」
「無論……タダで、という訳ではない。ここは商業国家ダムシアンなのだからな」
驚愕する若者をからかうように笑うと――ギルバートは表情を改めて、
「昨日のあのクリスタルの一件……君も見ただろう。
 あの暴走とも言うべき、謎の現象を……。
 あの時はエルナ博士の機転で、大事に至ることもなく済んだからよかったものの……依然として原因は不明だ。
 彼女の話では、クリスタルから異常なまでのエネルギーが発生した……ということらしい。
 したがってクリスタルからより強くエネルギーを採取すれば……少なくとも、あの現象が起こることは無い。
 だが、これがわが国の問題だけならば別に構わないが……クリスタルはこの国だけに存在するわけではない」
そう告げるギルバートの表情は――厳しいものだった。
楽観論で全てを片付けてしまえるほどに――あの現象は、生易しいものではなかった。
「ファブールの風のクリスタル、ミシディアの水のクリスタル、そして――トロイアの土のクリスタル。
 この残り三つのクリスタルにも、同じ現象が起きないとは限らない。
 さすがに自分の国ではない以上、なんらかの措置を取るというようなことは出来ないが――
 それでも、あらかじめその可能性を知らないのでは、対応をとることも出来ない。
 だから……ダムシアンとして、君たちにそのことを伝えにいってもらいたいのだ。
 その見返りとして、公的な場所において私の名前を使用することと、ともなう相応の権利を君たちに委託する」
そこまで言って――ギルバートは軽く身を乗り出した。
「無論、安全を保障することは出来ない。
 ……一体あれがなんだったのかも、私達には判らないのだから。
 相応の見返りだとは思うが……決して、いい話とも言いがたい。
 それでも……どうだろう? やっては……もらえないか?」
その言葉へと、返答が返ってくるまでの時間は――そう長いものではなかった。
「はい……こちらこそ、よろしくお願いします!」
その元気な返答に――ギルバートの顔も、思わず笑みが浮かぶ。
「……ありがとう。ファブールへと続くホブス山への足には、ホバー船を使うといい。
 現在調整中で、あと数日はかかってしまうが……それまで、君たちを国賓として歓迎しよう」
と――その時。どこからともなく、王の間に小さな鈴の音が響いた。
謁見の時間の終了を告げる合図だ。
ミレイユの口利きで、かなり長く時間をとってもらっていたものの――まだこの後にも、謁見を申請したものは多い。
ラディたちだけに時間を割けるほどには、国王という職業は暇ではなかった。
「っと……それではギルバート陛下、これにて失礼します」
一礼して、ラディは退出しようとして――ふと、気付いた。
この間に来て以来一言も口を開いていないクレセントが、その場から一歩も動かないことに。
「……済まんがラディ、先に外に行って待っていてくれ。少しだけ、私も彼に用があるのでな」
「……ああ、判った」
一つ頷き、ラディは素直に退出する。
「……クレセントさん、だったか? ……私にまだ、何か?」
ギルバートの声に、非難の響きは無い。
だが実際に謁見の時間は終了しており、彼に許された時間は短かった。
しかし――そもそもクレセントは、何かを長々と喋る気も、毛頭無かった。
ただ静かに、ギルバートを見つめて――
「………………済まなかった…………」
ゆっくりと背を折り、頭を深く下げる。
それ以上は言葉もなく、沈黙が二人の間にあった。
吟味するには少しだけ長く、熟考するには少しだけ短い、そんな間を置いて――
「……私は、貴方に謝られるようなことをされた覚えはありませんよ」
ただそれだけ、言った。
……ゆっくりと頭を上げたクレセントはもう一度、今度は頭だけを短く下げ――
そのまま静かに、王の間を去っていった。
彼が退出し、正面の大きな扉が音も無く閉じて――ギルバートは玉座の背にもたれかかると、そのまま深く息を吐いた。
次の謁見が始まるまでの十分間。この広い広い王の間にいるのは、ただギルバート一人のみ――
「……何で……文句の一つも言わなかったの?」
その事実を否定するかのように、王の間に彼以外の声が響いた。
だが――驚くことではなかった。
この王の間には、国王もしくは王位継承権を所有している人間のみの知るもう一つの入り口がある。
そしてその人物は――そのもう一つの入り口を使う権利を持っているのだから。
「恨み言の一つでも言おうかとおもったけど……出なかった。
 頭では同一人物とわかっていても……ああも違うと……ね」
「罪を憎んで人を憎まず……ということかしら?」
「……そういう君だって、同じ事を言ったんだろう? ――ミレイユ」
ギルバートは国王としての口調ではなく、生来の口調でそれだけ告げると、そのまま視線を右手の壁へと走らせる。
そしてそこにもたれる形で、ミレイユが立っていた。ただし――モンスター学者としての彼女では、無い。
ミレイユ・ワイアット・フォン・ミューア――ダムシアン王国第二王位継承権所有者として。
「久しぶりね……異母兄にいさん」
――ギルバートの、腹違いの妹として。
別に不思議なことではない。
一夫多妻制を採択しているダムシアンでは――特に王族ではよくある話である。
「そうだね。……もう、五年にもなる」
久方ぶりの再開を喜ぶにしては、淡々としすぎた会話。
二人の間の温度も、決して暖かいものではない。
エルナの姉というのも、今なら納得できる。
それほどまでに――今の彼女の表情は硬質なものだった。
いや、エルナよりもさらに酷い――その表情には、わずかな暖かささえ垣間見ることは出来なかった。
ギルバートが美の神ならば、さながら今のミレイユはそう、氷の女王とでも言えばよいのか――?
「実際に国王として振舞っているのは初めて見たけど……なかなか様になってるみたいね」
「……そうかな? 君の手腕には遠く及ばないと思うけど」
そんな言葉にミレイユは、微笑というにはあまりに微かに、唇を動かしただけだった。
しかし――ギルバートのいった言葉は、決して揶揄や皮肉だけをもって言ったものではない。
ギルバートに万一のことがあったことを考え、徹底的に政治学や経済学を叩き込まれた彼女は五年前――
わずか16歳という若さですでにその切れ者としての手腕から他の政敵相手に恐れられ、
『鋼の淑女』『氷の雌狐』という仰々しい二つ名や陰口を叩かれるほどに卓越した統治能力を持っていたのだ。
「……でも本当、街がここまでになったのは兄さんのおかげ……この街に、もうあの頃のものは残っていない」
ミレイユはそう言って、視線を横へと走らせる。そこには壁しかなかったが――
その視線は、まるでその先にある街へと――そこにある活気へと向けられているかのようだ。
「……街だけじゃない。人も……活気も……空気さえも、あの廃墟だったころのものは……残っていないわ。
 エルナもこの五年で、大分変わった……異母兄さんも、昔よりもずっと凛々しく、国王らしくなった。
 ……取り残されたのは――」
――私、だけ。
「……済まない」
口の中だけで留めたその言葉が聞こえたはずは無かったが――ギルバートはそのまま、深く頭を下げる。
「……考えてみればすぐ判ることだった。僕がアンナを失ったように――誰が誰を失ってもおかしくは無かったんだ。
 ……ヘクターさんのことを聞いたのは……君がいなくなってからだ。そして、君が――」
「あの人を弔ってあげることも出来なかった……かしら?」
言葉を先取りされて――ギルバートは口をつぐまざるを得なかった。
「……確かに、異母兄さんに何の気持ちも抱かなかったわけじゃない。けど……あの場合は、仕方なかった。
 そこここにいる誰もが悲嘆に暮れてる中で……それを纏め上げる人間が泣いてたら、話にならないもの」
「……けど――」
「けど――何? ……まさか『僕がもっとしっかりしていれば――』なんて言い出したりするわけじゃないわよね?
 さすがは『砂の賢王』さん。……いうことが立派でいらっしゃる」
ふんだんに皮肉と毒舌のスパイスを効かせた怜悧な声は、言葉を失ったギルバートを容赦なく切り裂く。
「……確かに異母兄さんがしっかりしていれば、私にも泣く時間くらいはあったかもしれない。……けど、
 実際問題として異母兄さんはこの国での指導を放り投げた。……自分の悲しみに押し潰されて。違うかしら?」
――否定のしようが無い。セシルたちに、砂漠の光を提供したことまでならともかく――
彼は本当なら、あのあとダムシアンに戻り、その復興のために全力を尽くさねばならなかったのだ。
だが――実際には、ギルバートが戻ってくることは、結局無かった。
壊滅状態だったダムシアンを国として機能させるために体勢を立て直し、民を指導して復興作業を指揮していたのはミレイユだ。
そして、ギルバートが正式にダムシアン国王に即位し――形としては玉座から蹴り落とされたミレイユは、
自らのモンスター学者としての研究と称して各地を放浪するようになり、そして――
……このことに気がつけるようになった事がギルバートのあの旅による収穫だというのは、最大限の皮肉だろうか。
「仮定したところで、現実が変わるわけでもない。夢想するだけなら、誰だってこんなことは思わない。
 現実には異母兄さんはいなかった。私がするしかなかった。いくら言葉を並べ立てたって過去は変わらないわ。
 ……それとも、今更謝って済む問題だとでも思ってくれてるのかしら? それで私が許すとでも?
 いっしょくたに埋められた共同墓地の碑の前で、いまさら私が泣いて悲しめばヘクターが喜ぶのかしら?
 まさか次は『ヘクターさんは、残った君が幸せになることを願って〜』なんていう気?」
吹雪よりもなお冷たく、刃よりも鋭い言葉は一切の容赦なくギルバートを抉っていった。
だが――ギルバートは口を固く結び、うつむいたまま――反論しない。
それは言われても仕方の無いことなのだから。他でもない、自分の責任だ。
人として最低限のことすら、させてやることの出来なかった――自分の心の弱さの招いた結果なのだから。
「…………なんて、ね♪」
だが――その零下にも等しい声が――その時急に温度を取り戻した。
驚き、顔を上げれば――そこにあるのは、くすくすと笑いをこらえているミレイユの姿。
「結局、異母兄さんがどうやったところで、異母兄さんには変わりないんだし……ね。
 何も言わない相手に暴言吐きまくるのもアンフェアだから……これくらいで、カンベンしてあげるわ♪」
ウインクを一つ返して――ミレイユはう〜んと背伸びする。
「『罪を憎んで、人を憎まず』……まあ昔のことはざざ〜っと水に流して、のほほんといきましょ、ね♪」
そのまま鼻歌も交えつつ、今までのことが馬鹿らしくなるほどに軽いノリで壁から離れ、王の間から去ろうとする。
だが――その背中を見やりつつ、ギルバートは気付いていた。
今の言葉が――本心から出たものなどではない、と。
あの軽い口調も、おどけた素振りも――所詮は彼女の本当の気持ちを隠すための仮面に過ぎない。
そしてそれは、あの冷徹なまでの『鋼の淑女』である彼女もまた同じことだ。

いくつもの仮面。
いくつもの役割。
いくつもの――嘘。
それが彼女の纏う、心の鎧だ。

……だが。

ミレイユはふと足を止め、ほんのわずかに首をこちらへと向けるようにして――
「……そうそう。ラディ達の同行、私もついていくから。止めないわよ……ね?」
「ああ、それは止めないけど……何か、あったのか?」
「何か……って、なに?」
「前はあれほど一人にこだわっていたじゃないか。秘密裏につけておいた警護兵をわざわざ倒していくほどに」
ミレイユは――沈黙したまま、応えない。
「……そんなミレイユが、自分から誰かと同行する……それだけの価値が、彼らにはあると?」
やはり二人の間を埋めたのは、沈黙だった。
……だがミレイユは、ギルバートへと振り返って――

「……さあ?」

それだけを声にすると、再びきびすを返し、彼女は歩き出した。
そして、あの短い一言の中に――ギルバートは、彼女の心を一瞬、垣間見たような気がした。

彼女は――五年前と、変わった。
その変化は、小さなものだ。
しかし。
こうやって、彼女は自分に会いに来た。
過去の確執を許したわけでなくても――折り合いをつけて、こうやって口を開いてくれたのだ。

なにが彼女を変えたのか――そのきっかけは判らない。
この変化がもし、あのラディ達によってもたらされたのならば。
いまここで起きた現実の見せた、小さな希望に。
玉座にもたれかかりながら、ギルバートは満足げに微笑んだ――


「……あ、そうそう。王の間の手前の通路の修理費は、ミレイユの給料からきっちり引いとくからね」
「ぐげっ!?」