Final Fantasy W After Story

第十九話 クリスタルの予兆

「――あそこで倒されたサンドウォームは、ただ放置しておくだけじゃないのよ?
あの後きちんと外皮を回収して洗浄して……各国に売りさばくの」
「売りさばくって……そんなの、誰が買い取るんだ?」
「あら、知らないの? サンドウォームの皮膚は、発明家にとって理想の物材なのよ♪
金属並みの強度に、金属より遥かに軽く、さらに耐水・耐熱・耐酸性。
かの飛空艇技師シド・ボレンティーナが飛空艇のプロペラに利用して以来、このダムシアンの貿易品でも重要な位置を占めるんだから♪
……でもまあ、ここまで商魂たくましいのもこの国が『商業の国』ダムシアンだからかしら♪」
「へぇ……やっぱり、世界は広いんだなぁ……」
「そうだな。……だからこそ、人は旅という行為を止められんのかも知れん」
ダムシアンの真ん中に一本通る、最大のストリート――そのまま進めば、程なくダムシアン城にも着くであろう。
この街で最も活気のあるそこを歩きながら、ミレイユは二人に、この国だけがもつ独特の特徴について語っていた。
「ゼルやアルベルトもそうだけど……この国は、基本的に軍隊は無いのよね。
国として大々的に傭兵を雇って、それを軍隊として編成してるの」
「何でそんな――」
「ほら、この国って基本的に凶悪なモンスターが多いじゃない。
先刻のサンドウォーム、砂漠の洞窟のアントリオン、それに……あのオクトクラーケンの元になったオクトマンモスなんかも」
「ああ……そういえば、そうか……」
オクトクラーケン――その言葉を聞き、ラディは思わずあの時の疲れがぶりかえしたかのようにぐったりと頷く。
「ああいうモンスターに対しては集団で統制の取れた軍隊よりも、いざとなったら個人戦で対抗できる一騎当千の傭兵のほうが役に立つのよ。
……それに傭兵は基本的に、お金の払いさえ良かったら忠実だしね。
ヘタに軍隊を編成して維持費に税金をつぎ込むよりも、こっちのほうが安上がりでおトクってワケ♪」
ミレイユはそう言ってウインクを返すが――確かに先刻のアルベルトやゼルビノを見ていれば、いっぱしの軍隊よりも彼らの方が恐らく強いだろう。
『個人は組織には勝てない』――その原則を破って、個人で組織を切り崩す。
それが――傭兵の仕事なのだから。
そしてそれは――暗黒騎士の戦術的な存在価値とも匹敵する。
「そういえば……あのゼルビノって暗黒騎士は、どこで暗黒騎士の『負の試練』を……?」
「さあ? あんまり傭兵って、自分の過去を自分から話したがらないし……私も、そこまでは。
なんなら直接聞いてみたら? ゼルも暗黒騎士なんだから、レオン・オルティニアは知ってるだろうし。
ついでにラディのあの『暗黒』について聞いてみるって手もあるわね♪」
「……そうだな。オレも、個人的にあの人とちょっと話してみたいし」
「話してみたい……ってゆーか、戦ってみたいんじゃないの?」
「まあ、それは……」
「……ラディもけっこう、そういうところあるのねぇ〜……」
ミレイユが感心したように――そして少々呆れたように呟いた時。ふとクレセントが口を挟んだ。
「……そういえばラディ。右腕は大丈夫なのか?」
「……? 右腕……あっ」
言われて目を落とし――ようやく、ラディは気付いた。
右腕の手甲――丁度二の腕の所の甲冑部分が無くなっていた。
ゼルビノと対峙した、あの時だろうか――確かにあの上空からの一閃、刃はかわしていたのだが――
振り下ろされた剣圧だけで破壊されてしまっていたらしい。
まったく、尋常な破壊力ではない。
金属製の鉄鋼は木っ端微塵に砕け、下に来ていたアンダーシャツも裂けて肌が露出してしまっている。
「……でも、あの斬撃を鑑みれば……これぐらいで済んで、良かったんだろうな……怪我も無いし」
その言葉に、ふと形のいい眉をよせたのはミレイユであった。
「怪我が無い……? 何言ってるのラディ、あるじゃないの」
「何言ってるのって、それはオレの台詞――」
「ほら、そこ。……二の腕の真ん中のところに、3つ切り傷が」
ミレイユの示したところに――確かに、その傷はあった。3つ平行に並んで、傷が入っている。
その傷は出血こそなく浅いものだったが、まるでその切り口は闇を塗りこんだように黒く――
「……これって、傷……というより、傷跡? それも、暗黒剣の傷跡じゃ――」
「……!! こ、こここれは違う! 関係ないから!!」
ミレイユの指摘に――ラディは慌ててその傷跡を左手で抑えて隠した。
しかしその狼狽ぶりといい、いつもの彼からは考えられないほどに過敏な反応である。
「違うって、なにが違うの?」
「い、いやこれは……そう! テュルフングで稽古している時に、間違えてちょっと切っちゃって……」
「テュルフングの傷……って言うのは正しいけど……ラディ、いつもテュルフングって右手で持ってなかったっけ?
それなのにどうやってこんなところに間違えて切り傷が出来るのよ。それに間違えたにしては切り跡が人為的だし」
言うなり、ミレイユはラディの右手を掴む。
「回復してあげるわ♪ 理由はあとでじっくり聞くから……ね?」
「い、いや、いい! 別にいいから!! だから……手を離してくれ!」
「良くないわよ、暗黒剣の傷跡は残しておくと永遠にその傷口から体を蝕んでいくんだし」
ミレイユのその言葉に、茶化す気配は無い。
実際、その言葉は正しいからだ。
これくらいの小さな傷跡ならまあ命にいたる心配は無いが、それでも決してよいとはいえない。
ラディも必死に抵抗するが、こういう時の女性特有の奇妙な腕力で押し切られ、左手をひっぺがされる。
「……ちょっと……これ、最近できたって傷じゃないわね。少なくとも四年……いや、五年は経過して――」
その言葉に――ラディの顔がざっと青ざめ、目が尋常じゃなく見開かれ――
「やめてくれって――やめてくれって言ってるだろうっ!?」
「きゃっ!?」
ラディは思わず、全力で右腕にとりついていたミレイユを振り払った。
一切加減の無かったその行為でミレイユは思い切り振り飛ばされ、地面に転がる。
と――息も荒く、極度の感情の高ぶりで定まっていなかったラディの焦点が元に戻って――
「!! ……ご、ごめん……」
「痛たたた……ごめんですんだら、法律はいらないでしょ……」
どうやらすりむいたらしい――ミレイユの白磁の肌から、うっすらと血がにじみでていた。
それを見て――いつもなら、ミレイユを助け起こしにいっていただろうラディは、しかし右腕を押さえてうなだれる。
罪悪感を感じているにしても――この程度のことにしては、その打ちのめされ具合が尋常ではない。
「ごめん……本当に、ごめん……」
「い、いや別に、私もそんな責めてないんだから……」
「………………ごめん…………」
ラディのその態度に――逆にミレイユの方が困ったように慌てていた。
と――クレセントは小さくため息をつくと、
「……ラディ、お前は一足先にダムシアン城の前で待っていろ」
「クレセント……」
「……案ずるな。私とミレイユは少ししたら追いつく。……少々、互いに頭を冷やす必要がありそうだ」
「……本当に、ごめん……」
「……いいから、行け」
クレセントの言葉に――ラディはただ辛そうに頷くと、そのままきびすを返してとぼとぼと城への道を歩いていった。
しばしその小さな背中を見送っていたクレセントだが――ミレイユに視線を向け、手を差し出す。
「……立てるか?」
「立てるかって……そりゃ、別に骨を折ったわけでも靭帯切ったワケでもないんだし……ね」
苦笑しつつ、ミレイユはクレセントの小手に包まれた手を握り立ち上がる。
「けど……どうしたのかしらラディ。普段、あそこまで追い詰められたような表情なんてしないのに……」
「……あの傷、どうやらただの切り傷というわけでも無さそうだな」
「えっ?」
「あの表情……ヴァリトラを召喚した、あの時の表情と似ていた。あの鬼気迫る表情に……。
恐らくラディにとって、あの傷は何か……特別な意味を持っているのだろう。触れられたくない……何かに」
クレセントの言葉に――ミレイユはいつもの表情に、若干の罪悪感を瞳に湛え、
「じゃあ……ちょっと洒落にならないミス、しでかしちゃったって感じね……」
「……いや、不可抗力だろう。だが……確かに、喜ばしいことでないことは確かだな」
クレセントは再び視線を、ラディの歩いていった方へと巡らせた。
しかしそこにはもうラディの背中は無く、ただ人の波があるだけだった。
ダムシアン王国の中枢・ダムシアン城。
ダムシアンの街自体を、堅牢な塀と門で囲っているためだろうか――
街よりも一段高い位置に立ったこの城は、その美しい景観を遮る無粋なものは何一つ無い。
城へと続く長い階段を上れば、砂漠でも育つ特有の植物が緑豊かに植えられて――ラディはそんななかの木の一つを見上げていた。
「……それはね、品種を改良して、海水でも育つようになった植物なの」
突如かけられた声に驚いて振り返れば――そこには自分と同じように木を見上げる、ミレイユがいた。
「ま、でもこの砂漠には、使っても使っても使いきれないほど地下水がたっぷりあるんだけどね♪」
「ミレイユ……」
「あのねぇ……別に私は骨が砕けたわけでも靭帯切れたわけでもないのよ?
ホラホラ、そんなしょぼくれた顔しないでもっとスマイルスマイル……ね?」
そう言ってウインクしてみせるミレイユの態度に――ラディは幾分、救われたように頬を緩めた。
「さ、別に今すぐこの街から出発するわけじゃないんだし……とりあえず、早く謁見申請済ますわよ♪」
「そうだな。……そろそろ、国王謁見の時間も終わりに近い。急がねばな」
「……ああ!」
ミレイユが先導するままに――ラディ達はダムシアン城の中に入った。
途端、ひんやりとした涼気が頬を撫でていく。
あのカオリの宿屋と同じく、壁に張り巡らされた配管を通る冷水の涼気が上手い具合にこの城を満たし、快適な冷房を実現しているのだ。
「ん〜……♪ 涼しい……これだからこの城に帰りたくなっちゃうのよね〜……」
灼熱からの解放に、心底うれしそうにミレイユは背を伸ばし――さらに三人は奥へと進んでいく。
と――そこにあったのは、道具屋などにも使われる大きなカウンターと、奥に座る二人の女性。
双子だろうか? 瓜二つの外見であり――左右対称のそれは、鏡を思わせた。
「いらっしゃいませ。ダムシアン城へようこそ」
「本日はどういったご用件でございますか?」
完璧に叩き込まれたマニュアルと、聞くものをリラックスさせる涼声で女性たちはラディ達に一礼する。
その見事なまでの態度に、多少ラディは面食らいながらも口を開いた。
「えっと……ギルバート七世陛下にお会いしたいんですけど……」
「謁見でございますか? 畏まりました」
「ご予約番号とお名前、それとお控えの申請予約券の掲示をお願いします」
「し、申請……予約券?」
「はい。……もし紛失されたのであれば、再発行いたしますが……」
「申請予約券の認証番号はお控えになられていますか?」
「いや、そうじゃなくて、オレ達は――」
「我々は予約を取っていない。……従って、その掲示は無理だ」
クレセントがつないだ言葉に――しかし女性たちは仕事用の微笑を崩さず、
「大変申し訳ありませんが、ご予約の無い方をお通しするわけには参りません」
「本日のところはお引き取りください。
謁見申請をされるのであれば、この用紙に必要事項をお書きになった後、
ご身分の証名になる書類の写しを添付して私たちにお渡し下さい。
その後にこちらから、申請予約券とご予約番号を記載した用紙を返信させていただきますので」
「むう……」
見事なまでの対応ぶりに、ラディはおろかクレセントでさえもぐうの音も出ない。と――
「はいはいはいは〜い♪ 言ったでしょ、ここはこの私に任せて……ね?」
ミレイユは言うなり、ラディたちを下がらせて女性達の前まで歩み寄っていく。
「……謁見、ど〜してもダメ?」
「ど〜してもダメです。ご了承下さい」
「陛下はご予約の無い方とは謁見をされません。これは国としての体制です。ご了承を」
「ちょっと〜、なになに? このみ〜ちゃんさんがここまで頼んでるのにダメなの?」
「ダメです。却下です」
「不可能です。インポッシブルです」
脊椎反射のように、にべもなく却下する二人に――ミレイユは深く深くため息をつき、俯いた。
クレセントとラディは城の外見や景観について感想を述べ、語り合っている。
こちらへと関心を向けていない。
この距離と角度なら――こちら側で自分が何をしても、気付かれることは――無い。
ミレイユが顔を上げる。そして受付の二人を『見据え』――見るのではなく見据えて、口を開いた。
「……本当に、私が誰だか判らないというのかしら?」
その瞬間。ミレイユの纏う空気はがらりと一変している。
その声の調子すらも変わっていた。
それは、人に命令を下すことに慣れきっている口調。
最上級権力者としての、素質――
「私はダムシアン王国第二王位継承権所有者ミレイユ・ワイアット・フォン・ミューア。
これが証明の『赫き契約』です。……確認をなさい」
指にはまった、鳩の血の色の大きなルビー。
その台座に刻まれた、ダムシアン統治者ミューア家の紋。
いちいち鑑定などをする必要すらなかった。
本物であるそれに、二人はただ恐縮し、こくこくと頷く。
「では伝えます。これから私とあの2名の従者は、ギルバート七世へと謁見を行ないます。
この謁見は、すべての国政よりも最優先させる事項として取り扱うものとします。
そして――これは、提案でも、脅迫でも、ましてや命令でもありません――『決定事項』です」
ぴしゃりとミレイユは言い放つ。氷で作られた声に、鋼の芯を通したような絶対的な口調。
そしてその剃刀にも似た鋭い輝きを湛えた瞳に貫かれて――
「か……畏まりました」
「そのように……対処致します」
完全に二人はミレイユの気迫に呑まれていたが――
ようやくその声を絞り出した時には、すでにその顔には仕事用の微笑を浮かべていた。
その態にミレイユは一つだけ頷いて――
「ラディ♪ おっけー出たわよ♪」
「えっ!? ホ……ホントに!?」
クレセントとこの城の植物の配置の良さを語っていたラディは、その報告に愕然となる。
「ふむ……大したものだな。本当に、謁見を実現させるとは」
「まぁね♪ これもダムシアンお抱えのモンスター学者、ミレイユ博士の名前の賜物かしら♪」
「すごい……本当に、ミレイユってダムシアンの学者だったのか……」
「あのねぇ……だから一体、私を何だと――」
「あの。ご歓談中、申し訳ありませんが」
と、ミレイユの反論を遮るように、受付の女性は口を挟んだ。
「陛下は今、地下開発研究所の視察をなさっておいでです」
「今から旨を伝えてくるにしても、どうしても若干お時間をいただくことになりますが……」
「あ、いいのいいの♪ 私たちのほうが地下研究所に行くから。もうこの二人は
バブイル・ウィズダムのことを知ってるし……久々に、妹の顔も見たいしね♪」
「……畏まりました」
「では、右の第三エレベーターをご利用下さい」
「アリガト♪ じゃラディ、クレセント、ついて来て」
ミレイユの手招きするまま――ラディ達が来たのは、金属製の扉の前。
扉の横にあったスイッチを押すと、分厚い扉は音も無くスライドし――
「……何だ、この部屋……?」
その扉の先は、金属製の空き部屋だった。
かなり広いが、家具も調度品も一切無い。
窓すらないこの部屋には、天井に、カバーに包まれた明かりがあったが――魔法の光明だろうか?
何かを燃やしているにしては妙にその輝きは白く明るく、揺らぎが無い。
「ま、いいから入った入った♪」
いぶかしむラディ、そしてクレセントを部屋に押し込むなり、ミレイユも部屋の中に入った。
そして扉を閉じると、この部屋の隅に唯一あった、大きなレバーを倒す。
「よいしょ……っと♪」
瞬間――何か、巨大な石臼でも挽いているかのような音が響き――部屋が下がり始めた。
「なっ……なな、何だこれ!?」
「……エレベーターだ」
一人驚愕しているラディに、クレセントが解説する。
「高低差のある場所に大量の物資や人を運搬するのを、階段などで行なっていては非常に効率が悪い。
そこでこうやって機械仕掛けで部屋を造り、その部屋自体を上下に動かすことでその運搬効率を上げる……。
そういう発想から生まれたのがこのエレベーターという技術だ。
あの五年前の巨人騒動――あのバブイルの巨人もまた、月の民が建造したバブイルの塔――
クリスタルの力で動く超巨大なエレベーターを使って月から直接に送られてきていた」
「な、なるほど……確かにあの時は、一体どうやってあんな巨大な巨人が現れたのか疑問だったけど……」
クレセントから説明を受けても――やはり初めて感じた不思議な感覚にまだ落ち着けるほどではないのか、
しきりに部屋の中を歩き回ってはきょろきょろとあちこちを見渡すラディ。
その様子にミレイユはくすくすと笑いながら、
「まあ、あのバブイルの塔はもっと複雑な技術をふんだんに盛り込んであるみたいだけど……。
これはただ単に、部屋を物理的に上下させてるだけだしね♪
それでも、他の国にはない最先端技術なのよ♪」
「へぇ……」
好奇心の詰まった瞳で辺りを見回していたラディだったが――やがて自分の体が一瞬、重くなったような感覚。
「さ、着いたわよ。……世界の科学の最前線・ダムシアン地下開発研究所へようこそ♪」
ミレイユの言葉を待っていたかのように、エレベーターの扉が開いて――
「………………!!」
ラディ――それどころかクレセントまでもが、その光景に言葉を失っていた。
「……ふふ♪ ど〜やら、驚いてくれたみたいね♪」
漂白されたように白い、金属製の床。
壁には見たことのない機械が埋め込まれ、ガラス張りの壁から階下を見やれば、無数の白衣を着た学者達がせわしなく動いている――
まるで異世界にでも放り込まれたかのような態の二人だったが――クレセントが押し出したように呻く。
「まさか……この建築技術は――」
「そのまさか♪ ぜ〜んぶあのバブイル・ウィズダムから引き抜いた超技術よ♪」
そう言って、ミレイユが指し示した方向に目をやる。
……そこもまた研究施設なのか、右往左往とせわしなく、豆粒のような学者達がひっきりなしに往復している。
そしてその奥――一段高いところに、まるで御神体のように安置されているのは、とてつもなく巨大な機械仕掛けの掌。
よくよく見ればその掌は一部の装甲がはがされむき出しになり、そこから糸のようにケーブルが張られている。
ここから見てもその掌は巨大だというのに、それと同じ位置にいる人間の小さいこと。
そう、まさにそれは――巨人の、掌。
「まさか……あれって!?」
「……バブイルの巨人の……掌だな……」
「ご名答。……言ってみればバブイルの巨人が爆発したのは、制御装置を破壊されてエネルギー系列が暴走を引き起こしたせいだし。
結構原型を留めている箇所もあるのよね♪ で、後はそこから技術をちょちょいと拝借して――」
「拝借……と一言に言うが、まったくもって系列の違う技術――
それも、圧倒的にレベルの違いすぎる技術を解析することだけでも至難の業のはず。
にも拘らず……何故ここまで技術を再現しているのだ!?」
クレセントが驚愕に叫ぶなど、非常に珍しいことだった。
だがミレイユは、もったいつけるように眼鏡のブリッジを押し上げて不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ……それもこれも、全部ここの開発主任のお・か・げ・よ♪
そしてなにを隠そう、その開発主任こそ、私の妹だったりするのっ!!」
「ほ……本当に!?」
「ホントもホント、マジよ♪」
自分の功労でもないのにやたら偉そうにミレイユが妹の自慢をするのを聞きながら――クレセントは思わず、壁に寄りかかっていた。
ここに使われている技術はクレセントにしてみれば、別段真新しい技術ではない。
月ではごく自然に――バブイルの塔や巨人・魔導船などにも使われている建築技術である。
だが――それを、まだ若いこの星がすでに取得しているとなれば――話は別だ。
(まさか……残骸に残ったデータと完成品だけで、ここまで『技術』として復元するとは……)
簡単なことだと――思うかもしれない。
何せ、ここには超技術の『現物』――巨人の残骸があるのだから。
だがしかし。
例えば突然、壊れた目覚まし時計とその設計図の切れ端を手渡されて「それを参考に懐中時計を作れ」と言われ、作れる人間がいるのだろうか?
彼らがやってみせたのは、まさにそういうことである。
破壊され、欠損したデータ。製造方法の手順も知らぬ、まるで他者の興味から隠すかのような完成した機体。
あのシドという技師が解明した浮遊術のように、誰かがあらかじめ解析し、書にまとめたものならともかく。
このような――いわば、ピースの欠けすぎたパズルのような、切れ端の知識の断片だけで――
それを見て――その予備知識もなくて―― 一体どうすればそこから引き出せる技術があるのか?
一体、どれほどの知能があれば、そのようなことが可能なのか――
こめかみに耐え難い疲労を感じ、クレセントは体勢を整えようと背をしゃんと伸ばして――
「……ふきゃっ」
その時――正面から、誰かとぶつかる。
――とはいえ全身を甲冑で鎧うクレセントがそれで倒れるはずもない。
悲鳴をあげたのも、倒れたのも――相手の方だった。
……あの状態から考えるに、前方を見誤ったのは自分だろう。
しかし妙な話だ。
……あの瞬間――前方の人影にまるで気がつけなかった。
それにぶつかった場所も妙に低い。
(……疑問より先に、謝るのが先、か……)
「……済まなかったな。私の不注意だった。……立てるか?」
そう言って、手を差し伸べて――
「そうね。……今のはどう考えても貴方の不注意だわ。
ただでさえそんな城壁みたいな格好をしているんだから、せめてその目だけでも機敏に動かして欲しいものね」
――クレセントが目を丸くしたのは、決して彼女の口にした毒舌のせいではない。
クレセントの手を取り、立ち上がった人物――その姿が、あまりにもこの場に似つかわしくなかったからだ。
染み一つ入っていない白衣。
……これはまあ、精密機器の研究に不衛生は大敵だ。
特に変なところはない。
眼鏡。
――これもまた、辺りの研究者を見渡せば、かなりの者が着用している。
別段、変なところはない。
だが――その二つを着用している女性が――正確には、その女性の大きさが問題であった。
どう考えても、クレセントよりも頭3つ分はたっぷり低い――145cm、あるかないか。
ともすれば小学生と勘違いしかねないその身長を持つ彼女は――その顔もまた、相応に幼い。
十台前半――まだ義務教育を終えていないとしか思えない、そんな姿だ。
「……何? 私の顔に、何か付いているのかしら?」
「うむ……目や鼻や、口が」
「いやそれは普通に付いてるでしょ」
立ち上がるなり、可愛らしい声で即座に突っ込む彼女を、改めて見やる。
亜麻色の髪――瑞々しいそれは、恐らく地毛なのだろう――に、日を浴びたことのないような透明な白の肌。
眼鏡の奥の顔は、温室育ちに整っていて――あと十年もすれば、異性の視線を総ざらいに奪っていくのだろう。
しかし――何故このような幼い子供が、このような国を上げての機密機関の施設にいるのだろうか。
(生徒の一日体験入学――まさか、いくらなんでもそれはあるまい。かといって研究員とは思えん。
研究員の誰かが、子供を連れて見学……そのようななごやかな家族団欒をこのような場所でやりはしないだろう。
この姿は世を忍ぶ仮の姿、研究所の地縛霊、それともこれが実は最先端技術の粋を凝らした自動人形――)
「……何だかものすごい失礼な想像をされてる気がしないでもないけど……それよりも、いい加減手を離してもらえないかしら?」
「む……済まん」
クレセントは少女の手を離す――というか、少女から手を掴んでいたはずだが――すると少女は、
「まったく……この研究所でそんな重苦しい格好をしているなんて……正気を疑うわね。
一体誰がこんな人を研究所内に招いたのかしら……」
可愛い声と裏腹に、大人じみた――というより、大人ぶってみせたような口調で嘆くと、
少女はちょこんとしゃがみこんで何かを拾いだした。
それはばらばらになった書類だ。
恐らくぶつかった際の衝撃で散ってしまったのだろう。
一人ですべて拾うには、少々多い。
クレセントもその長身を折り曲げ、足元に散った書類を拾い集めていく。
その内容が目に入ったのは、ほんの偶然――意図したものではなかったのだが――
しかし、書類に目を落としていただけのクレセントの視線が、急に滑るように書面を走り出した。
「……これは……人型作業機の肘部アクチュエーターの反発係数の計算式……?」
「ええ、そうだけど……貴方、判るの?」
「当然だ。ふむ……計算自体は間違っていないようだが……随分とまどろっこしい方法で導き出しているな」
「何を言っているの?
……たぶん貴方は、関節部分の外輪部所における限界収縮時の出力のデータの事を言っているんでしょうけど。
確かにあれはラッシュ行程式を使えば概算は出来るかもしれない。
でもそれじゃ、本当のデータ計測は出来ない。違う?」
「概算とはいえ、ほぼデータと誤差はないだろう?
確かに正確なデータ採取というのも正しい心がけだが、この場合利口な判断とは言いがたい。
腕部に使用している金属ならばあの程度の誤差は塑性のものだ。
金属疲労が仮に発生したとしても、それにより腕部が破損する頃にはこの機体の寿命が――」
と――そこまで言って、ふと気がつく。
少し、待て。
……何故――このような幼い少女と、このレベルの知識の会話が可能なのだ?
今二人が軽く火花を散らした内容は、月での学習過程でも最終行程までいかねば習得することは出来ない。
それだけではない。この少女はその知識を応用し――さらに独自の解釈を加えて使っていた。
……そんなことが――そんなことがあるだろうか?
と――少女もまた、その瞳を大きく見開いてクレセントをまじまじと見つめていた。
「驚いたわね……ちょっとからかおうと思ってたのに、即答で正確に指摘してくるなんて……」
少女はクレセントへと近づくと、その鎧の胸板の辺りにそっと手を添えて――
「面白いわ。……それこそ、見学で来ただけにしては惜しいわね。
……どう? 私と、この研究室で一緒に働いてみない?」
……私と、一緒に?
その言葉に、クレセントが疑問を投げかけようとした――その時だった。
「ちょっとクレセント、一体なにやって……って……」
「あ……」
ミレイユと、少女――二人はただ、互いを見つめあって――
「……ミレイユ姉さんじゃない、久しぶり」
『な!?』
ラディと、クレセント。――二人の感嘆疑問符は美しくハモった。
ミレイユの妹は、確かこの地下開発研究所の開発主任を任されていたはずだ。
バブイル・ウィズダムの超知識を殆ど一人で解析・再現・実用へと発展させた希代の天才。
しかし今、この少女はミレイユを『姉』と呼ばなかったか?
瞬間、ラディの脳裏に浮かんだ一つの結論。
それは――
「あ、もしかして『隣のお姉さん』を略して『姉さん』とか?」
「いやそんな。真顔で言われても……っていうかボケないでよそこで。
もちろんこの子が私の妹・ダムシアン地下開発研究所開発主任の――」
「エルナよ。エルナ・セルリード」
エルナ――この地下開発研究所でもっとも権力を持つ少女は、
あまりのことに呆然と口を開けている二人をちら、と眺め、それからミレイユのほうを見やって――肩をすくめて、
「……どうやら姉さんが世話と迷惑ををかけているようね。……大変だったでしょう」
少女のねぎらいの言葉も――しかし情報の衝撃で『向こう側』に行った彼らには届いていない。
と――
「ちょっとエルナ? どこをどう見たら私が二人に迷惑をかけてるっていえるのかしらね?」
「あら、そんなの見なくたって判るわよ。いつものことだしね」
冷ややかに姉の根拠無き反論を切り捨て、エルナは眼鏡のブリッジを軽く指で直す。
「くう……っ、まったくどーしてこうも美人ってこと以外は私に似なかったのかしら……?」
「姉さんの残した人として大事な要素を、私が二人分蓄えたからでしょ?」
「人としてって……折角お姉さんが可愛い妹の事を想って帰ってきたっていうのに――」
姉と妹の、しょうもない舌戦――というか、姉の無謀な攻撃をあっさり妹が迎撃しているだけだが――に、
そこでようやく二人の意識は『こちら側』に帰ってきた。
いまだ夢覚めやらぬ、といった態でラディが口を開く。
「えっと……ほ、本当に、この子がここの開発主任なの……? こんな、小さな子が?」
「あら、初対面の相手に小さい呼ばわりされる筋合いは無いわね。
……確かに私は身長は低いけど、これでもあなたとそう歳は変わらないはずよ」
「……はっ?」
「あ、ラディに言ってなかったっけ? このコ、今年で18なのよ。ラディの一つ下……ってことかしら?」
………………もう驚きの声すら出なかった。
しかし、だからといってその言葉が驚きに値しなかったわけではない。
「ねえエルナ。……ギルバート陛下がどこにいるか……知らない?」
「……クレセント、オレ……こめかみが痛くなってきた……」
「……奇遇だな、私もそう思っていたところだ」
男二人、この衝撃の連続にだんだんと己の中から失われていく何かを、しみじみと思いやっているのは放っておく。
「陛下ならクリスタルルームの方よ。丁度クリスタルからエネルギーを抽出してるのを視察してるわ」
「そ♪ ……なら、クリスタルルームに行って……いいわよね?」
「別に。……どうせ駄目って言っても姉さんなら勝手に行きそうだし。……好きにしたら?」
「じゃ、好きにさせてもらうわね♪」
ミレイユはそのまま軽い足取りで、さらに地下へと続く階段を下りていく。
その後に肩をすくめてエルナがついていき――ラディとクレセントも、何かに疲れながらもその後に続いた。
階段を下りた先は――やはり、地下研究所と似たような造りだった。
『制御室』と書かれた扉の先は生活感が微塵も無い白い壁や床に、科学者達が右往左往と作業に没頭している。
開発主任であるエルナがやってきたというのに、あいさつをすることすらない。
「まあ開発者としては、下らない上下関係に固執するより、己の研究内容に打ち込んでくれたほうが嬉しいわね」
と――辺りを見回しているうちに――ラディの目が、ある一点でぴたりと吸い寄せられた。
「……とまあ、このようにクリスタルの力をより効率的に利用する場合、
エルナ主任が考えたのが、クリスタルの力を別の物理的なものとしてこの世界に固着させることです。
例えばこの火のクリスタルならば、『カノンオーブ』と呼ばれる特殊な――」
白衣を着た年配の男の説明に鷹揚に頷く、その男性は。
――尋常な、美形ではなかった。
澄み渡った太陽の光を糸に紡いだかのように、照明の明かりに美しく輝く金の髪。
その下にあった吸い込まれそうなほどに蒼い双眸は、海のように深い知性を称えて前を見やっている。
まるで全能の美を司る神が、己の存在意義をかけて己が魂で打ち込んだ彫像のように。
あるいはその美の神がこの世に現出したのならば、こういう姿を纏い光臨したろうか――
ミレイユもまた尋常な美しさではないのだが、この男性の場合はそれにさらに神々しささえも付与されていた。
……一体、誰なのか。説明されずとも――このような人物に該当するのは一人しかいない。
ダムシアン国王ギルバート・クリス・フォン・ミューア。
リヴァイアサンの襲撃によって、一生杖に体を預けねば立つことすらままならぬほど体を痛めたが、
国王として5年間、国を治めてきたということが彼の顔から青臭さや甘さを拭い取り、
代わって凛々しさと風格が、その美貌にさらに磨きをかけていた。
今の彼は、線の細い吟遊詩人ではない。
ダムシアンの賢王・ギルバート七世なのだ――
と――その時、ギルバートが顔を上げる。
そして振り返り――ラディと目があった。
「ん……? 君達は、一体……?」
「あっ!? えと、そそその、オ、オレ達は――」
突然の事に思いっきりしどろもどろになるラディを押しやったのはミレイユだ。
「陛下♪ おっ久しぶり♪ ミレイユ博士、ただいま戻ってきちゃいました♪」
「ミレイユ……そうか、君の連れか……」
そういってギルバートは苦笑しつつ額の辺りをとんとんと叩く。
「ちょっと陛下!? その反応、まるで私が頭痛のタネみたいじゃないですか!?」
「いや……みたいじゃなくて、実際に種なんだけどね……」
「……姉さん、自覚が無いのは罪よ」
「むぅ〜……二人とも、なんでこんなに私に冷たいのかしら、よよよ……」
ミレイユが阿呆な小芝居をかましているのを視界の隅に収めて――ふとラディは、
クレセントがギルバート以外のものを見ていたことに気がついた。
「……クレセント、なにを見てるんだ……?」
「……あれだ」
クレセントがうながし示したのは――先刻までギルバートが覗き込んでいた、ガラスの先の部屋。
入り口となる扉は強固な金属製の扉で施錠されているが、曇り一つ無いガラスからその部屋の様子は丸見えだった。
そしてその部屋――部屋というにはかなり広い――は、非常に変わったつくりをしていた。
この地下開発研究所も十分に変わったものだったが――それとは系統が全く違う。
部屋のすべてがガラス張り――いや、あれは水晶で出来ているのか?
壁も床も天井も、すべてが水晶。
きっとあの部屋に入り込んだなら、自分の姿が部屋中に反射されているであろう――そんな部屋。
「……ラディは見たことがないだろうが、あれがいわゆる『クリスタルルーム』と呼ばれるものだ」
「クリスタルルーム……って、まさかあの――」
「そうだ。……魔道学的な建築学の粋を凝らした、ある特殊な目的のためだけに造られる部屋。
……そして、その部屋の目的はただ一つ――」
すっとクレセントが、その指を一点に向ける。
――それはクリスタルルームの中心。
一段高くなった祭壇。
そしてそこに祭られているもの――先端が錐のように鋭い、柱の形をした透明な結晶体。
いかなる力が働いているのか、その結晶は祭壇の上で音も無く浮かび、ただ静謐な光を称えている――
「……あれが地上の光のクリスタル――『火』のクリスタルだ」
「あれが…………クリスタル…………」
――5年前のあの騒動は、このクリスタルの所有を巡ってのものだった。
永久に失われることの無い、無限の力の象徴――クリスタル。
「クリスタルはそこに存在しているだけで、自然界に影響を及ぼすほどの力を内包している」
「そそそ♪ このダムシアンに広大な砂漠が広がってるのも、あの火のクリスタルの影響のせい――
あれが無かったら、ここの気候は本来バロンと同じくらいなのよ♪」
「実際それを証明するかのように、この砂漠の下には大量の地下水が眠っているわ。
……これは、まだこの星にクリスタルが存在しなかった頃、ここに大森林が広がっていたことの証拠ね」
賢者3名がかわるがわる、クリスタルに関する解説を披露する。
「でも――なんでも本来、クリスタルが気候を変化させるのは副産物みたいなものらしいのよ♪
どうもこれを設置したあの赤き月の文明では、このクリスタルをエネルギーの代わりにしてたらしいし――」
「……あの騒動の時にバブイルの塔にクリスタルを集結させていたのも、バブイルの塔の本来の目的――
次元エレベーターの起動に、莫大なエネルギーを必要としたかららしいわ。
……だからこのクリスタルルームは、あのバブイルの塔の機関を参考に、
クリスタルからそのエネルギーを採取できるように普通のものよりも手を加えてあるの」
「クリスタルからエネルギー……う〜ん……どうもイマイチ、想像出来ないなぁ」
「まあ、あの騒動があるまでクリスタルをエネルギーソースにするなんて発想、誰もしなかったものねぇ」
「あら、私は考えてたんだけど?」
――いまや、美人姉妹のクリスタル解説講座の一日生徒となったラディの隣で。
クレセントはただじっと、クリスタルを眺めていた。
クリスタル――ただ、これは月にあった8つの『オリジナル』を模したものだが――それでも、輝きは変わらない。
この光――この輝き。
幾人もの心を引き付けて止まぬ美しさ。
この『力』に人々は憧れ、畏れ敬い、そして――それを欲して戦いが起こる。
かつての自分も、そうだったからこそ――それがよく判る。
この国は、5年前とは変わった。
人々もまた、変わった。
そして自分自身も――変わった。
しかしこの輝きは不変だ。
5年前のあの時も……このクリスタルは、ただ静かに光を称えていた。
クリスタルは変わらない。
これは『力』――そして『鏡』なのだ。
持つものの心を映し出し、それを増幅させていく『鏡』――
ならば自分の『闇のクリスタル』は、一体今、なにを映し出しているのだろうか?
そして、月が離れ――このクリスタルを所有する根源なる存在――この蒼き星は、
このクリスタルに何を映し出すのだろうか――
―――…………去れ…………―――
「!?」
頭の中に響いたその声に、クレセントが思考の淵から現実へと意識を傾けた――その時だった。
「そ、そんな……クリスタルの出力が、凄まじい勢いで上昇!?」
「せ、制御不能――!?」
計測中だった研究者達のひきつった声と共に、クリスタルから爆発的に光があふれ出し――
瞬間、クリスタルルームと制御室を仕切っていたガラスが木っ端微塵に砕け散った。
咄嗟にラディは腰からテュルフングを抜き放つと、ミレイユやエルナ、ギルバートといった近くの者に飛来したガラス片をすべて叩き落す。
「……みんな、大丈夫か!?」
「なんとか……まあ、ちょっと尻餅ついちゃったくらい?」
「問題ないわ。他の研究者もそれほどたいした怪我じゃない。それよりも……この現象は、一体――」
制御室にいた全員の視線が注がれる中――ゆらゆらと光を称えた火のクリスタル。
―――去れ……この星から……『邪魔な要素』は……消え去れ!!―――
「!!」
その声は――その場にいた、全員の頭へと強烈に響く。
そして火のクリスタルから再び迸った光が――クレセントの体へと容赦なく叩きつけられる!
「クレセント!?」
「ぐ……おおおおおおおおおおおっ!?」
全身を引き裂かれそうな、凄まじい衝撃。
甲冑に瞬く間に罅が入り、意識ごと四肢を焼き尽くされそうな激痛が蝕んでいく。
「クレセント!」
片膝をつき、それでも必死に耐えようとするクレセントを助けんと、ラディは全力で走りよるが――
―――邪魔をするならば……何人たりとも容赦はせんぞ!!―――
「!? うわああああああっ!!」
クレセントへと放射される強烈な輝きが、近寄ろうとするラディを叩き飛ばした。
まるで巨大な掌か何かで殴り飛ばされたかのように、そのまま空中を飛んで壁へと叩きつけられる。
床に倒れたラディはなんとかそれでも立ち上がろうとするが――よほどのダメージだったのか、一向に立てない。
「ラディ……ぐ……これ…………はっ……ぐ、ああああああああああああああっ!?」
ラディへと意識を向けたその瞬間を、光は逃さなかった。
先ほどよりもさらに凄まじい光の奔流が、クレセントを微塵に分解せんと牙をむく!
(まずい……このままでは…………いくら私の肉体でも……もたぬ……っ!!)
――しかしその状況でありながら、クレセントはクリスタルにさらなる変化を見ていた。
クリスタルから――あの凄まじい光の中から――何かが現れだそうとしている!
―――しぶとい……ならば、直接にその体……引き裂いてくれるぞ!―――
「――クリスタルのエネルギー採取を最大出力に! 急いで!!」
その光景をただ見ているしかなかった研究員達に――鋭く叫んだのはエルナだ。
「何をぼさっとしているの!? 彼を見殺しにでもする気なの!?」
そこまで言われて――研究者達も、ようやく我を取り戻した。
主任の命令に従い即座に制御盤へと駆け寄り、操作盤のキーを凄まじい勢いで指が叩いていっていたが――
「主任! ダメです、これ以上の出力上昇は、主任の直接の認証がないと――」
「ああ、もう! どきなさい!!」
半ば蹴り飛ばすようにその研究者を横にやると、エルナは先刻よりもさらに凄まじい勢いでキーを叩く。
流れるように画面が入れ替わり移り変わり、クリスタルルームの壁に設置されたエネルギーの収集ラインが輝きだす。
その時にはすでに、『何か』は腕と思わしき器官を光の中から突き出していた。
―――去れ……消え去れ……この星から、永久に消え失せろォォォォォォォ!―――
「そんなことはさせないわよ……私の知能に……勝てると思っているのかしら!?」
キーをめまぐるしく叩き続けるセレナはクリスタルへ向けてそう叫び、最後にキーを強く押し鳴らした。
瞬間、クリスタルルームの至る所にびっしりとラインは輝き、クリスタルの輝きが壁へと吸い込まれて――
クレセントへと放射されていた光も、ようやく力を失い壁へと吸われていった。
ラディがよろけた足取りで――恐らく、肋骨が折れているか――それでも心配そうにクレセントへと歩み寄る。
「クレセント……だ、大丈夫か?」
「う……うむ……なんとか、と言うところだが……な……」
片膝を付き、全身から煙を上げながらも――それでもクレセントは、なんとかラディにそう応えた。
「しかし……今のは……なんだったと、言うのだ……!?」
クレセントは重い体をなんとか動かし、前を見上げた。
しかし火のクリスタルは、いつもと変わらぬ静謐な輝きをただ、湛えているだけだった――
「……? ローザ、何か言ったかい?」
バロン城――本日最後の謁見を終了したセシルは、同じく隣に座っていたローザに思わず聞いていた。
「いえ、私は何も……どうしたの? セシル」
不思議そうな顔をして見つめ返すローザに、セシルは何事か言おうと口を開いたが―― 一端閉じると、
「いや……何でもない。……疲れてるのかな、多分なにかの音を聞き間違えたんだと思う」
「大丈夫? 何なら、後の国政は私に任せて休んでも――」
「大丈夫だよ、そこまでしなくても。……疲れてるのはローザ、君だってそうだろう?」
セシルはそう言って、座りっぱなしですっかり曲がってしまった背をじわじわと伸ばすと、
「さ……ローザはこの後、白魔道士団の会議に出席しないといけないだろう? 早く行ったほうがいい。
僕はちょっと考えることがあるから、しばらくここに残ってるよ」
そう促され、ローザは王の間を去ろうとしたが――扉の前で立ち止まり、振り返ると、
「…………無理は、しないでね? セシル……」
「……大丈夫。本当に、大丈夫だから」
心配げなローザへと、セシルは優しく――ローザだけに見せる、特別な微笑を返した。
その顔に安堵したローザが退出して――しばらくして。
セシルはゆっくりと、先刻の声を思い出す。
そう――あれは、確かに声だった。
聴覚を使わない、まるで頭に直接響くような、そんな声で――
「……邪魔者を、消せ……か」
一体それが、何なのか。そもそも誰の言葉なのかも判らない。
だがセシルはゆっくりと懐へと手を入れて――クリスタルを取り出す。
クリスタルはいつものように聖なる輝きを湛え、そこには一点の曇りも無い。
「……なら、モンスターの類じゃないか……やっぱり、僕の思い過ごしかな?」
邪魔者だから、それを消す――そんな発想、今まで考えたことも無かった。
第一、邪魔者など思い当たる節が無いのだから――
セシルは軽く息を吐くと、軽く頭を振って気分を入れ替え、残りの仕事を終えるために立ち上がった。
そして光のクリスタルは、いつもと変わらぬ静謐な輝きをただ、湛えているだけだった――

【座談会】
ラディ :長ッ!!
作者 :突っ込み早ッ!! つか、まだあいさつもしてないのに。
ラディ :でも確かに長いだろ? この一つ前の話が、いままでで一番長かったのに――
クレセント:今回の本編のみですでに前回の話を上回っているからな。
ミレイユ :えっと……約15600文字? 四百字詰め原稿用紙で……37、8枚ってトコかしら?
クレセント:ちょっとした短編小説並みの長さ、ということか……。
作者 :昔から思うんだが、よく短編小説というのはそんな短さで完結できるものだな。
たぶんオレには一生無理。
ラディ :いやそこに話を振るんじゃなくて……。というか、たった2日でよく書けたな……。
作者 :まあ、今回はかなり話的にノリノリだったのと、BGMでトランスしまくりだったからかな。
クレセント:……確か……ネット上で公開されている、スクウェア作品の音楽のMP3アレンジだったか?
作者 :ああ。七英雄戦に四魔貴族戦、ビックブリッジにボスメドレーのメタルアレンジ……くうっ!!
ラディ :それで今回、戦闘らしい戦闘もなかったのに妙に疲れたのか……はぁ……。
ミレイユ :こら、若いのにため息なんてつくんじゃないの。じゃ、今回も張り切って振り返っていきましょ♪
クレセント:……しかし、これは尋常ではなく長いな。最初まで戻るのに時間がかかる……と、
確か冒頭部での着目点は、ラディの右腕にある、テュルフングでつけられた3つの傷跡……か。
ミレイユ :思いっきり不自然よね、あの傷のでき方は。それに……また『5年前』に反応してたし。
ねぇラディ、一体5年前に何があったの?
ラディ :………………。
クレセント:……仕方あるまい。ラディが自分から口を開くまで、この件は保留だな。
ミレイユ :……そ、ね。じゃ、気分を一新して……次の着目点は……ややっ!?
クレセント:ミレイユの正体が明確に記されたこと――この点だろうな。
ラディ :驚いたなあ……って、まだ本編でオレやクレセントは気付いてないんだけど。
クレセント:いや、私は15話の時点で大体の見当はついていたがな……。
ミレイユ :まあ、美女には謎がつきものなのよ♪
クレセント:その含みのある言い方……まさかまだ、何かあるというのか?
ミレイユ :ふふ……さあね♪
ラディ :そういえば……この時の受付の二人もなかなかに面白いキャラだったよね。
クレセント:しかしあれはどうやら、あれを書いた瞬間に誕生したキャラだそうだがな。
作者 :ああ。……オレにしては、珍しいことだ。
ラディ :珍しい……?
作者 :オレはキャラ自体を作るのはそれこそ一瞬でもできるんだが……(本当に)、
実際に執筆するまでには一月くらい間を空けることが多いんだよな。
だからこういう即座に考えてその場でキャラを作っていくことはだいぶ珍しい。
ミレイユ :だから、あの双子には名前も無いのよね。ただ一応、あの受付で暴れる人間を
力ずくで取り押さえられるだけの実力は持ってるわ。ゼルとかと同じで、傭兵らしいし。
ラディ :……でもあの人達の場合、言葉だけでだれも反抗できないと思う……。
クレセント:うむ。……まあ今回の場合、無理を言っていたのはこちらということもあるがな。
ミレイユ :その無理を実現して見せた私って、すごい?
ラディ :いや、あれはすごいというか、反則というか……。
クレセント:……その次は、地下開発研究所か。
ラディ :いきなり世界観を破壊しかねないハイテクっぷりだね(汗)。
作者 :いや、あのエレベーターはFF5の火力船にあったみたいなヤツなんだけどな。
……ただ、あの研究所内の内装はバブイルの巨人とか、ゾットの塔とか、魔導船の中に近い。
ミレイユ :青い謎の光が壁のラインに沿って走ってるのよね♪
ラディ :謎の……って……。けど、今回驚いたのはやっぱりミレイユの妹のことだと思う……。
クレセントとなんだかタメ張って学術的会話での問答をしてるし……。
クレセント:うむ。……あるいは、私以上かも知れん。
ミレイユ :まさに『見た目は子供、頭脳は大人』に出てくるあの灰原っていう女の子そっくり――
ざしゅっ!!
エルナ :それは止めて。確かに性格的には似てるかもしれないけど……私のコンセプトは違うわ。
ミレイユ :って……アンタ、後ろからいきなり斬りかかってくることないでしょ!?
ここが座談会だからいいようなものの、本編だったら冗談じゃなく死んでたわよ、今のは……。
エルナ :そのつもりで斬りかかったんだから当然でしょう? ……と、あまり無駄なことをしてる場合じゃないわね。
皆さん、ここでは初めまして。私はエルナ。エルナ・セルリード。
カイポのカオリさん同様、私の元のキャラは他の小説に登場しているわ。
……けど、私は一応この人の妹って設定になったから――元のキャラとは大分、見た目は変わってしまったけど。
作者 :というか、性別から変わってるんだがな。元々の小説でのキャラは『エルク・セルリード』。
天才的な頭脳を持っているという点は変わらんな。ただ、エルクはもう少し冷徹だが。
エルナ :女性化にあたって、若干性格が丸くなったのは否めないわね。エルクはそれに15歳だったし。
ミレイユ :見た目は13歳で、中身は18歳……やっぱり、児童ポルノ法に引っかかるから?
エルナ :なんで私が18歳未満購入不可能作品の登場人物と同じ理屈でそんなことされないといけないのよ。
きちんと理由はあるわ。……まだ言うわけにはいかないけどね。
ミレイユ :けど……めっずらしいわよねぇ、作者がこう……(エルナの全身をまじまじと見つめて)。
エルナ :……何? その視線は。
ミレイユ :いやね、こう……作者が、いわゆる『ウルトラ・ロリ』を書くなんて――
ざしゅざしゅしゅっっ!!
エルナ :斬り殺すわよ?
ミレイユ :だから……もう、やってるじゃ、ないのよ……。
エルナ :(無視して)では改めて。私はエルナ・セルリード。亜麻色の長い髪に、白い肌。
瞳の色もブラウンね。統計学的に言えば……私が『美人』に入らなければ、
全世界の美人のうちの約八割が『美人』という概念から外れてしまうわね。
ミレイユ :うわ、すっごい自信……。
エルナ :統計学的にそうなんだから仕方ないでしょ? それに姉さんも自分の事、そう思ってる節はあるみたいだし。
ミレイユ :まあ、ね♪
エルナ :それから、眼鏡着用……作者の今までこの作品で書いた女性キャラって、みんな眼鏡着用してるけど。
作者 :うむ。漢の浪漫だ。昭和浪漫だ。何故かFFキャラは眼鏡着用率が異様に低いからな。反動だ。
エルナ :要するに馬鹿って事ね。……年齢は18歳よ。とりあえず普段は白衣を着てるけど――
ラディ :ミレイユも赤のローブをいつも着てるし……もしかしてこれも、姉妹の遺伝子……?
エルナ :やめてそれは姉さんと一緒にしないで。まるで自分まで駄目人間みたいだから……。
武器は一応、私と同じくらいの大きさの大鎌だけど……まあ本当の意味でなら『知能』そのものかしら。
ラディ :知能……それでどうやって戦うんだ?
エルナ :あら、相手の筋肉の動き骨・内臓の配置……細かな癖、それから気象等の外的な要因から来る、
精神的な気分の動向……それを計算して、相手の思考パターンを完全に計算して……。
そのパターンから生まれる弱点へ、自分の動きから一切の無駄を排すれば勝てない敵は無いわ。
ラディ :えっと……そ、そんなことって可能なのか……?
クレセント:可能なことは可能だが……それを行うためには、まず人間の肉体構造を完全に熟知した上で、
相手の肉体の疲労度などからくる筋肉的な疲労を一瞬で計算できるだけの超人的な計算力がいる。
それに加えて、人間の心理などという曖昧なものを完全に分析し、思考パターンを完全に掌握するとなると……。そうだな。
7000桁以上の計算を暗算で計算できるくらいの知能が不可欠だな。
さらにそれを実戦で行なうと二者間の間の心理的駆け引きだけではなく、その周囲の地形の一切もデータとして計算せねばならない。
……そのようなこと、読者側の世界のコンピューターでもまずスペック的に計測不可能だ。
ラディ :…………つまり…………本ッ当に尋常じゃなく天才ってこと?
エルナ :当然ね。私の知能に勝てると思っているのかしら?
それと性格は……見ての通り。無駄なことは嫌いな性分なの。姉さんとはまるで正反対……かしら?
クレセント:……ミレイユもまれに、似たような口調になることがあるようだが……?
ミレイユ :さあ? ……そこは、ノーコメントで♪
エルナ :そうね。……案外、似てるのかもしれないわね。それから次の項目……………………!?
ラディ :……? どうしたんだ? なになに……性格の次の項目は……ス、スリーサイズ?
エルナ :…………私は性格はともかく、見た目は13歳なのよ? 馬鹿じゃないかしら……。
ミレイユ :でもこの世には、特殊な趣味兼好を持つ人間もいるし……ねえ?
クレセント:……何故私にその話題を振るのだ?
ミレイユ :だって前に、そば子ちゃんっていう小さな小さなお姫様を助けてたし♪
クレセント:あれは成り行きだ。それだけで、私の趣味を決めないでくれ……。
エルナ :……その……70、52、73よ。
クレセント:だから何故私の方を向いて応えるのだ……。……く、頭が痛くなってきた……。
ラディ :そういえば、状況に打ちのめされるのってたいていはオレの役目だったけど……
今回は珍しく、クレセントが結構驚いたり、打ちのめされたりされてたな……。
作者 :それだけじゃなく、物理的に消滅させられそうになっていたがな。
クレセント:うむ……結局、最後のあの現象……いったい、何なのだ?
ミレイユ :そういえば……もしかして、15話の夢と関係があるの?
作者 :それは答えられんな。この小説の最大の謎にして、オレが訴えかけたいあるテーマと
その答えが直結している以上は。ということで、今回はここまでだ。
エレナ :そういえば、ここに出れたって事は、私が4人目の仲間ってことなのかしら?
作者 :それはないな。それだけは断言――
ざしゅっ。



