Final Fantasy W After Story



第十六話 地下水脈に潜むモノ



まどろみの中から――ラディは目覚めた。
清涼な陽の光差し込む、朝。カイポにしては、めずらしい事だ。
そのせいだろうか――少し、夢を見ていた気がする。
何の夢だったか、思い出せないが――まあ、それならそれでいい。
ラディは身を起こして――ふと、違和感のようなものを感じた。
自分の顔に触れて――それを理解する。
「涙……?」
眠っている間に流したものだろうか。涙の跡が、顔に残っていた。
その跡に、そっと指を這わせて――その時、彼は、先刻まで見ていた夢の内容をはっきりと思い出す。
いや……あれは、単なる夢などではない。
極めて現実に近い、自分の過去の、記憶――
だが。今は、過去に自らを苛めるような時ではない。
涙の跡を親指の腹でこすって消すと、ラディはそばにあった自分の鎧の留め金に手をかけた。

「うーん……困ったわねぇ……」
宿の食堂――ラディが足を踏み入れた時、丁度ミレイユは新聞を片手に嘆息していたところだった。
「あ……おはよ、ラディ」
「ラディ、体のほうは異常は無いか……?」
「あ、ああ。おかげさまで。……ところで、困ったって一体……?」
ラディが椅子にかけたところで――その問いに応えたのは、この宿の女将であるカオリだった。
「あんたらダムシアン王都にいくんやろ? ……残念やけど、しばらくそれは無理みたいやよ」
自分の両手に一杯の料理を抱え――ラディ達の前に置きながら続ける。
「王都に続く正門ゲートの調子が悪くてな。……やから、ゲートが修理されるまでは皆足止めやな。
 ……ま、その間の宿泊費は安めにしとくから、まあゆっくりしていきや」
それだけ言うと、カオリは他の客のテーブルに向かっていった。
「……えっと……ゲート……?」
眉根を寄せるラディに――クレセントは静かに口を開く。
「ラディ。……3年前、ダムシアンとカイポ間にある山脈を切り開く大工事があったのは知っているか?」
「新聞で読んだだけだけど。……それは、まあ。結構有名な話だし」
――5年前。ダムシアンは、バロン飛空艇団『赤い翼』の爆撃によって壊滅状態に陥った。
多数の死者が出たその理由には――ダムシアンには、非常時の避難経路がなかったことが理由に挙げられた。
ダムシアン砂漠は、東西に伸びる大きな山脈で北と南が分断されている。
それをつなぐ唯一の道が、山に存在する地底湖へと伸びる地下水脈だけ――それも、ダムシアン側からは通行不可能ときていた。
商人たちはそれでも昔から地下水脈を通り、商売流通をしてきたものの、
地下水脈にはモンスターが出現し、さらに不安定な足場ゆえにあまり商品を運ぶわけにも行かず、
さらには地下水脈自体の老朽化も重なったこともあり、3年前にダムシアンは地下水脈を封鎖。
国を挙げて山脈を切り開き、新たな商売・通行用の道を開拓したのだった。
この道の建設にはエブラーナ王妃リディアの助力もあり、おかげで今では二都市間の交流も豊かになっている。
「……でもね、山脈を切り開いて大々的な道を開いたってことは、
 裏を返せば万が一攻め込まれるようなことになった時に、この道を利用して大軍を投入される可能性があるワケ。
 国の周りを山と海で囲まれてたのは、ダムシアンの自然の防壁みたいなものだったから。
 だから、道を使用できる午前10時から午後6時以外の時には、この道を機械仕掛けの巨大な金属扉ゲートで閉じてるのよ」
新聞を折りたたんで机の端に置きながら、ミレイユはそこでため息をついて、
「なのに……今、そのゲートの機械の調子が悪いのよね。……扉が、開かなくなってるの」
「ってことは……ダムシアンにはいけないってこと……?」
「……そういうことだな。新聞によれば、ゲートの修復には約2ヶ月以上はかかるそうだ」
クレセントの簡潔な答えに、ラディはがっくりとうなだれて、
「そ……そんなぁ……。折角ミレイユのおかげで、ギルバート陛下にも会えると思ったのに……」
だが――その時。
「……ラディ。今すぐダムシアンへ行く方法……無いわけじゃないの」
「えっ!?」
ミレイユの言葉に――ラディはばね仕掛けのように顔を上げる。
「しっ! ……声が大きいわよ」
口元に人差し指を立てて、ミレイユはもう片方の手で手招きした。
クレセントとラディが身を乗り出し、ミレイユはささっと左右を確認し、誰もこちらに意識を向けていないことを確認した。
「……ミレイユ、どういうことなんだ? ……言っとくけど、飛空艇で行くなんていう金はないぞ?」
「誰もそんなこと言うわけ無いでしょ。……それに、別に陸上からのルートは、ゲートだけってワケじゃない」
「……? ゲート以外に……あるのか? そんな道なんて――」
「あるわよ。……この国には、昔から。『地下水脈』って道が……ね♪」
「でも地下水脈は、老朽化が激しくて無理なんじゃ――」
ラディの問いに――ミレイユは一瞬、躊躇うような素振りを見せ――しかし、再び口を開いた。
「……これは、ダムシアンでも結構重要機密のことなんだけど……。
 地下水脈を封鎖したのは、別に地下水脈が老朽化したからじゃないのよ。
 ……先刻言ったでしょ? ゲートは機械仕掛けって。
 そのゲートの動力を確保するために、あの地下水脈の地形を利用してるのよ。
 ……で、その整備のために、地下水脈もそれなりに改修されてるから……あそこを通っていけば、ダムシアンへ行くことが出来るわ」
「……そんな重要機密扱いの施設に、我々が立ち入ってもよいのか?」
クレセントの問いに――ミレイユはウインク一つを返すと、
「大丈夫大丈夫♪  ……これでも私は、ダムシアン王家おかかえの学者よ? 立ち入りの権限くらい持ってるわ。
 ……ただ……それよりも問題なのは……」
ミレイユはそこで声のトーンを若干落とし、
「問題なのは、入った後よ。……ゲートが不調ってことは、地下水脈の施設に何か問題が起こってるって事。
 地下水脈は、環境保護のためにそれほど大々的に地形をいじくったりしたわけじゃないから、まだモンスターがあの中には一杯いるわ。
 そのために一応、警備隊が配備されてるんだけど……それでなお、何らかの問題が起きてるってことは……」
モンスター。……そして今までのラディ達の体験から、楽観視は出来そうにはなかった。
「……どうする? 私は、無理に強制はしないわ。ここで2ヶ月待ってても別に――」
「いや……行こう」
ラディは静かに――だが揺るぎなく言った。
「……確かに、別に旅を急いでいるわけじゃないから、ここで待っててもいいかもしれないけど……。
 このままじゃ、ダムシアンの人達が困ることになるんだろう?
 ……だったら、地下水脈に行きがてら、その問題も解決してしまえばいい。
 ……それが出来るだけの力くらいなら、多分あるだろうしさ」
「……私も賛成だ。ここで無為に待ったとて、問題の根本的解決にはなるまい」
「……本当、トラブルに首を突っ込むわよねぇ、二人とも……」
ミレイユは思わず苦笑し――だがどこか楽しげに席をたった。
「カオリ! ……確か、知り合いにチョコボ屋おったやろ? 今から行って、3匹レンタル出来るやろか――」
ミレイユが席を離れ――と、その時。
クレセントはひた、とラディを見据えると、
「……ラディ。先刻の判断は……お前が、暗黒騎士を目指しているからの意見か?」
「え……?」
唐突な問いに、ラディは面食らったが――クレセントは何も言葉を発さず、たたじっとラディを見つめる。
……その態度に、ラディはやや表情を改めると、
「いや……言われてみればそうかもしれないけど、多分……地じゃないかな」
「地……?」
「ああ。地。何だかんだいって、バロンで何年も兵士として治安維持に走り回ってたからね。
 人が目の前で困っているのを、放っておけないのかな」
ぽりぽりと頬をかきつつ苦笑するラディを、クレセントはじっと見つめていたが――
「………………そうか。すまん、愚問だったな。……ならば、行くか」
「……ああ!」

ダムシアン砂漠。黄金の大海の異名持つ、この砂漠が――今、その名を返上するような光景となっていた。
「す……すごい……」
チョコボで疾走するラディが、思わずそう漏らすのも無理は無い――何故ならば。
黄金色に輝き照り返す砂漠一面に、今一斉に植物が芽吹いていたからだ。
緑の絨毯……とまではいかなかったが、死と不毛の形容詞たる砂漠の固定概念をひっくり返す壮観であった。
「……どう? これが見れるのは、ダムシアンに住んでてもそうそう拝め無いわよ♪」
「なるほど……なかなか、見ごたえのある光景ではあるな」
リヴァイアサンの気まぐれ――年に一度あるか無いかの豪雨は、ただ砂漠を水浸しにするわけではない。
その雨を待ち望んでいた砂漠の植物達が、一斉に仮死状態から芽吹きだすのだ。
「砂漠の緑は、命が短い代わりかわりに美しいものが多いの。もう少ししたら、仙人掌サボテンの花とかも咲くわよ?」
「サボテン……って、あれって花が咲くのか?」
「ええ。まあ種類にもよるけど……月の光の下で静かに咲いてる仙人掌サボテンは、わざわざ見るだけの価値があるわよ♪」
そう言い、思い出すように宙を見つめるミレイユの表情は――それもまた、見るだけの価値のあるものではあったが。
「で……それは、『酒の肴にもってこい』ってつづくんじゃ……」
「あら♪ きちんと判ってるじゃない♪ 私達、以心伝心ね」
「まあ、以心伝心というかお約束というか……」
こめかみを押さえつつ、ラディは疲れ気味に呻く。
その後ろで、クレセントが納得したように一つ頷いた。

……と――
「……着いたわよ♪」
チョコボに揺られること、30分強――ダムシアン砂漠を南北に絶つ、絶壁のような山脈が聳え立つ。
その自然の城壁の麓に――不似合いな、金属製の扉が立て付けられていた。
チョコボから降り、荷物を下ろして彼らを町に帰らせて――改めて、その扉の前に立つ。
「……思ったよりも、なかなか大きいものだな」
遠くから見ているには、普通の扉のようにも思えたが――その高さは5m以上。
不遜にラディ達の前に聳え立っていた灰色の扉は、素人目にも強固で頑強だということを判らせるには十分だ。
「ゲートのほうは、もっと大きいんだけどね♪ この扉は、ゲート作成の際に試作したのを流用したのよ」
「ほう……それで、これほどまでに……」
顎をしゃくりながら、クレセントは感銘を受けたようにまじまじと扉を見上げる。
「しかし……これを強行突破するとなれば、通常の魔法では少々役者不足だな……」
「……オレのテュルフングでも、切り裂くのはちょっと難しいかな……」
「って、何でいの一番に扉を破壊することを考えてるのよ……」
肩でずっこけたミレイユに、しかし二人は同時にミレイユのほうを振り向き、
「だってこの扉、開きそうに無いじゃないか」
「うむ。……ならば、強引にこじ開けるしか方法はあるまい?」
「あるまい? じゃないわよ……人の話、聞いてたのかしら? だから、私はここに立ち入る権限があるの!
 ここの扉だって私がいれば力でこじ開けなくても開けられるわよっ!!」
「いやだって……そういう風に見えないし」
ラディの、的確すぎる一言に――ミレイユはずるっとその場でこけて、
「……いや、もういいわ……何となくそういうのも判るから。まあ……そこで待ってなさい」
何故か疲れたようにミレイユは呻き――扉の中心部へと近づいていく。
ラディ達の立ち位置からは丁度自分の背でこちらの動きが見えないことを確認して――彼女は、扉についていた小さいカバーを開いた。
そこにある、鍵穴のような小さなくぼみへと、右手の指輪を押し当てた。
〈……『赫き契約マスターキー』を確認。全てのパスを通過し、ロックを解除します〉
カバーの上部にある、小さな液晶板にその一文が流れ――やがて音もなく、扉がゆっくりとスライドしだした。
「さ、行きましょ♪」

「……あぁぁ……涼しい……陽の光が照り付けてこないって、こんな幸せなことなのね……」
ミレイユが頬を桜色に染め、うっとりと呟く。
確かに――この地下水脈は日の光もあまりなく、そこらじゅうを走る水脈が冷房効果をもたらしている。
つい先刻まで、親の敵とばかりにめちゃくちゃに照りつけていた砂漠の中からここにくれば、そう思うのも無理は無い。
「……そうかな? 今日は思ったより、涼しい方だったと思ったけど……」
「うむ。……思ったより、快適であったな」
「……アンタ達みたいなビックリ人間と私を一緒にしないで。
 ……まったく、なんで地元の人間よりも暑さに耐えれたりするのよ……」
ミレイユがこめかみをおさえつつ呻く。
そして、そんな事を話している3人は、先刻から橋の上をずっと歩いていた。
5年前、セシル達がここを通った時は複雑な横道や、腐りかけた橋など決して快適とはいえない環境ではあったここも、
今では整備をしやすくするために、地面を整えたり、ほぼ真っ直ぐに歩けば出口までたどり着けるようにかけられた
この鉄橋を中心に橋を張り巡らせたりと、かなり様変わりしてしまっている。
「もっとも、ここに住むモンスターの環境に影響を出すようなことはして無いわよ?
 ……そのために工事には私も立ち会って、モンスターの生態系に変化が起きないように監視したもの♪」
「へぇ……でも、どうしてそんなことを?」
「下手にモンスターの生態系に影響を与えて、凶悪なモンスターを突然変異させる可能性が在るのもあるし……。
 それにモンスターっていうのは、人間に有害な動物っていうだけで含まれてるのもあるもの。
 ……いくら人間に有害だからって、勝手に住処を荒らしてそれでいいっていうのはちょっと違わなくない?」
「そっか……ミレイユも、考えてるんだね……」
「まぁ、ね♪」
ぱちっとウインクを返した時――それまで洞窟を見渡していたクレセントが口を開いた。
「……ここは、ダムシアンの重要機密……確か、そう言ったな?」
「ええ。そうよ♪ ……だから、他言したら『消される』わよ?」
「……他言する気は無い。だが……少し、気になることがあってな」
「気になること……? 一体、何かしら?」
ミレイユの言葉に――クレセントは改めて、洞窟を見渡し――
「……この洞窟に使用されている技術……何故、ここまで高度なものを使用しているのだ?
 入り口の扉もそうだ。……たった5年で、ここまで高度な技術はどうやっても作れないはずだが……?」
「……流石に、鋭いわねぇ」
若干、沈黙し――ミレイユは髪を掻き揚げると、
「バブイルの巨人……覚えてるわよね?」
ミレイユの言葉に――二人は同時に頷いた。
いや、この世界においてこの言葉の意味を知らぬものなどいないだろう。
5年前……エブラーナに出現した、月から送られた機械仕掛けの最終兵器。
その戦闘力はバロンの飛空艇団にドワーフの戦車隊が共同で戦線を張って、それでも劣勢に追い込まれるほど。
エンタープライズで突入したセシル達が内部の制御装置を破壊してなければ、今頃世界は巨人に破壊されてたであろう。
セシル達の活躍を題材にした「聖騎士の歌」でもクライマックスの一つであり、すでに幾本もの劇や本となっている。
ラディもまた、この際に万が一の際のバロン防衛として駆り出されていたし、
クレセントもまた、他の人間とは違う形でこの巨人に関わっていたことがある。
「……実はあれが破壊された後……残骸を、バロン・エブラーナ・ダムシアンで分割して回収したのよ」
「何……?」
クレセントにしては珍しく、彼の声に驚愕の響きが混じっていた。
「目的は、バブイルの巨人に使われていた技術の回収……そして運用。
 ……知っているでしょ? バロンの飛空艇に使われている技術『浮遊術』……。
 あれは、あのシド技師が自分で考案したんじゃなく、古文書を解読して運用できるように解析をしたことは。
 あの浮遊術も、そのルーツを辿ればあの赤い月から来た技術だっていうし……。
 月の持ってた技術はこの蒼き星とは比べ物にならないほど高い技術だわ。
 それを解析して、運用できるようになれば……この世界に、革命的な技術の発達を促せることになる。
 ここに使われてる機械の技術も、解析していく中で作れるようになったものよ。
 ……私たちは『バブイルの知恵バブイル・ウィズダム』って呼んでるけど……ね」
「バブイル・ウィズダム……」
「……って言っても、実際は殆ど手探り状態なんだけどね。
 ……古代技術解析の第一人者・ルゲイエ博士でもいればもっと解析も進んだんでしょうけど……博士はもう10年以上行方が知れていないし」
「……そうか」
ルゲイエ――その言葉に、一瞬クレセントが苦い顔をしたように思えたのは、ミレイユの気のせいだったのだろうか?
「……ところでさ。問題の『ゲート』に起こった問題っていうのは……見当、付いてるのか?」
入れ替わりに口を開いたラディに、ミレイユは顎に手を添えて、
「そうねぇ……ゲートが開かないって事は、多分ここの動力源に問題があるって事なんでしょうけど……」
「そういえば……結局、動力って一体、何なんだ? ここの地形を利用した、とか言ってたけど……」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ……。この地下水脈は、この先にある地底湖につながってるんだけど……。
 水が上から流れ落ちて、大きな滝になってるの。
 で、その滝に特殊な機材を設置してて、水の落下の力でその機材に内蔵してある車を回転させて動力を得てるってワケ♪」
「それって……要するに、水車って事?」
「まあ……間違っては無いわね。
 ただ、水車と違ってその力をそのまま使うわけじゃなくって、回転の力を使って『電気』っていう、特殊なエネルギーに転換して――」
と――その時、ミレイユの舌と足がぴたりと止まった。
不振に思い、彼女の視線の先を見れば、先の橋の手すりの所に、変わった機械が取り付けられている。
ミレイユは指を弾き、
「丁度いいタイミングね。ここから、動力源の状態をチェックできるわ♪」
ラディの目には、それはボードのような形をしており、そこにびっしりとボタンが取り付けられていていた。
到底、ラディには使用方法など見当も付かないのだが――
「♪〜〜♪〜〜〜〜〜♪・♪・♪〜〜」
鼻歌を交えつつ、ミレイユの指が凄まじい速度でボタンを叩く。
さながら楽器を演奏しているかのように揺らぎなく、彼女のしなやかな指がボタンの上で踊るたび、その前にある画面が文字や記号・絵を表していく――
「す……凄い……ミレイユ、こんなことが出来たのか……」
「まぁね♪ ……妹の、受け売りだけどね」
「妹……? 妹さんがいるのか?」
「ええ。……ダムシアンで、機械開発課の主任をやってるわよ。若き天才少女……ってヤツ?
 私に似て頭はいいんだけど……いかんせん、ちょっと生意気なのよねぇ。
 メガネのブリッジをくいっとあげて、『わたしの知能に勝てると思っているのかしら?』って――……あら?」
能弁に語りながら、それでも休むことなくボタンを叩き続けていたミレイユだったが――ふと、その手が止まる。
「……どうしたんだ?」
「う〜ん……それがね、動力源の機械、別に故障してるわけじゃないらしいのよ。
 ……それなのに滝に打たれて全然回転してないの。……なんでなのかしら……妙ねぇ」
「何か……絡まってるんじゃないのか?」
「そうねぇ……調べてみるわ♪」
さらに数度、ボタンを叩いて――
「……ビンゴ♪ ラディのいうとおり……何かが絡まってるみたいね。
 っと……強度的に、水草ってのは無いわね。……何かの……触手?
 いえ……この太さは……それに、この吸盤……は――」
文字と記号のデータから、ミレイユがその正体を推理していたが――それは、最後まで完成することはなかった。
突如横合いからタックルしてきたラディに、彼女は吹き飛ばされてしまったからだ。
瞬間、何が起こったのか判らず――持ち直し、抗議の声を上げようとして――その表情が、凍りついた。
ミレイユの視線の先――そこにあったのは、巨大な軟体動物の足。
いや――生物学上には、腕というべきか。
まるで丸太かと思わせる太さのそれは水面から突き出し、寸前ミレイユがいた空間を先刻の機械ごと押しつぶしていた。
橋自体にはダメージは無いものの、鋼鉄製の手すりを飴か何かのようにひしゃげさせたその膂力――尋常なものではない。
「……走れラディ! 足は一本だけでは無いぞ!!」
音としぶきをあげて、続々と現れる足を見やって――クレセントは鋭く一喝した。
無論言われるまでもなく、ミレイユの手を引いて全力で走る。
ラディもクレセントも、共に金属の甲冑を着込んでいるとは思えないほどの健脚を見せたが――
じわりじわりと、水面を切って迫る軟体の腕との距離が狭まっていき――
「ラディ、ここは私が対処する! お前はミレイユを担いで走れ! 後から追う!!」
だん、という音を立て突如足を止めたクレセントの言葉は――非常に力があり、逆らう気を起こさせようとしなかった。
しかしラディのほうも、もとよりその言葉に逆らうようなこともせず――
「判った! ……必ず、追いついてこいよ!!」
「え? ……ちょ、ちょっ、きゃああああっ!?」
ラディはミレイユをあっという間に両手で抱きかかえた。
当惑する彼女を尻目に、さらにスピードを上げる。
甲冑を着込み、人一人分の重量を持っているとは思えないほどの速度であっという間に走り去り――
一方腕たちは、二手に分かれた彼らの行動に一瞬当惑するものの――結局クレセントを狙うこととしたようだ。
絶妙のタイミングで、全方向から腕たちがクレセントに迫って――

標準固定ターゲット・インサイト

しかし――クレセントが指を弾いた時。
まるで宙に縫いとめられたように、腕たちは一斉に動きを止めた。
クレセントまで、残り数センチといったところで動きを止めた腕たちは、何かのオブジェのように滑稽だ。
そして――それを見渡し、クレセントは再び手を掲げて――

「マスタード・ボム」

指が弾かれた瞬間――触手と同じ数だけの爆発が、空間を満たす。
半ばから粉々に爆発させられた腕たちは、糸が切れた人形のように力なく水の中に沈んでいく。
それを確認し、クレセントはきびすを返して走り出した――

「この先には、何があるんだ!?」
「地底湖よっ! ……階段があるから、飛び降りたりしちゃダメよっ!!」
全力で走るラディの腕の中――すっかり調子を取り戻したミレイユが怒鳴るように叫ぶ。
流石に、この状況下で降りるとか言い出すこともなく――ラディの邪魔にならないよう、おとなしくしていた。
「……しっかし……あの足、一体なんなんだ!?」
「生物学上は腕よ! 大きいけど……あれはタコの足ね!!」
「タコって、あんな巨大な……ま、まさか……あの『オクトマンモス』!?」
オクトマンモス――それは、5年前にこの地下水脈に生息していた巨大なタコの化け物。
進化し、増えた腕の連続攻撃に凄まじい生命力で、当時のセシルたちも苦労したというモンスターだが――
「違うわ! ……残念ながら、それよりもっとヤバイ相手よ!!」
「ヤバイ……って、一体――」
と――その時。
「ラディ!」
「……クレセント!!」
背にかけられた声に、ラディは思わず振り返る。
そこにいた黒い甲冑の男は、紛れないクレセントその人。
だが――彼は、単独ではなかった。その背後から、うぞうぞとうねりつつ疾走するのは、先刻以上の数の腕――
「振り返るな! そのまま走れ!!」
「わ……判った!!」
ラディは言葉の通り、わき目もふらず走る。
だがその途中、追いついてきた触手がラディに襲い掛かり――
まるで障害物競走のように身をかがめ、時にジャンプしてその攻撃をかわしつつ、ミレイユに叫ぶ。
「ヤバいって、一体どういうことなんだよ!?」
「いったとおりの意味よ!  オクトマンモスの死骸は一度見たことがあるけど、あのモンスターの腕はこんなに太くなかったし――第一、こんなに多くはなかったわ!!」
「じゃあ……オクトマンモス以上の化け物大ダコってことか!?」
「多分ね! 元々オクトマンモスだって、突然変異したタコよ!? それ以上の化け物がいてもおかしく無いわ!
 ……それに、一度だけだけど……公的文書に残っているのよ……。
 昔、オクトマンモスが大量に出没した時に、そのオクトマンモスを捕食して生きたっていう、突然変異の怪物が……!!」
足をフル回転させて走っていたラディたちだったが――突如、その橋が途切れる。
その先に広がるのは巨大な地底湖と、そこへと続く巨大な滝――だが、腕の執拗な攻撃を受けている今、階段を使う余裕はなかった。

「ごめんミレイユ! ……このまま、飛び降りるッ!!」

だんっとひときわ大きく踏み込んで――ラディの体が、宙に放り出される。
一方ミレイユのほうは、もはやこうなることを何となく予想していたのか――意外にも冷静だった。
水面から、ラディを追って滝を降りる腕たちを眺めやって――口を開く。

「やっぱり……間違いないわ。
 史上最大の恐怖と被害を与えた、ダムシアン最凶のモンスター……!! 来るわ……これが……これが――」

そして――地底湖の硬い地面に、水しぶきをあげてラディが着地した時。


「――これが『オクトクラーケン』!!」


ゆうに100を超える腕が、一斉にラディへと襲い掛かった――




【座談会】