Final Fantasy W After Story



第十三話 破壊の妖炎



夜の空には雲一つ無く、普段なら月と星の優しい光が眠るカイポの街を柔らかく包み混んでいるのだろう。
しかし今、その空にあるのはまるで太陽が現出したかと思われるほどに真っ赤に染まるボムの大群。
ひしめくそれらはまだカイポの街には引火してこそいないものの、
焼け付くようなその赤い光ははじりじりと街を照らし上げ、乾くような熱さが肌を焼いていた。
ラディは急ぎ窓から離れるなり、ベッドの脇にそなえてあった装備に袖を通す。
バロン兵として、24時間どんな時でも即座に出撃が可能なようにみっちり特訓された体は、
脱着のしやすい独特のつくりをした甲冑と相まって、具足や小手を含む全装備を装着するのにわずか30秒とかかることもなかった。
ベルトに短剣を鞘ごとねじ込み、テュルフングを掴むやいなや全力で床を蹴って外へと飛び出す。
「あちゃー……これはまた、きっついヤツが増えたモンねぇ……」
外ではすでにミレイユが、呆然とした態で空を見上げて呟いていた。
「あ、おはよラディ。よく眠れたかしら?」
「何余裕のあるようなことを言ってるんだよ! それより、カイポの人は!?」
「ああ、それは問題ないわ。五年前のバロンの一件以来、
 ダムシアンでは緊急時の避難誘導や経路が徹底的に敷かれてるから……。
 もう、この街に残っているのは多分、私たちくらいね♪」
「そうか……なら、問題ないか」
ラディは安堵したようにほっと一息つき――改めてボムたちを見上げる。
と、ミレイユは軽く目を見開き、
「あら? ……これから、ラディも脱出するんじゃないの?」
「いや……どうせ脱出したところで、このボムの大群がおとなしく去るとも思えない。
 だったら、オレ達の手でなんとかしてカイポを破壊されるのを食い止めないと……仕方ないじゃないか!」
鞘走りの音高く、ラディの手から抜き放たれたテュルフング。
その太刀はボムの焔の照り返しを受けながらなおも夜の闇よりも深く静謐な黒を称え、彼の手の中で頼もしげに存在感を訴えかけていた。
「はぁ……よくこれだけの大群相手に、そういう結論を導き出すわねぇ……」
肩を大仰にすくめてみせ、ミレイユは心底あきれた様子である。
そんな彼女にラディは苦笑しつつ、
「まあ、つい10時間ほど前にも似たような状況だったしね。
 ……なら別に、ミレイユは逃げても――」
「冗談。逃げるんなら、とっくに私だっていないわよ」
ミレイユは胸の前で両手を一閃させる。
耐熱性にも優れた彼女の糸が一瞬で引き出され、指の合間で炎の照り返しにわずかな光を反射してきらきらと輝いていた。
「ま、仕方ないから……私も、手伝ってあげるわ♪」
「しかし……そう簡単に言ってのけられるほど、状況は甘くは無いぞ」
この炎の蒸せるような熱気の中――そのなかでさえ、冷ややかな静謐さを湛えてクレセントが呟く。
「普通の魔物相手ならともかく……この大群で、しかも相手がボムだとすると……正直、手を焼くだろうな」
「そうねぇ……よりによってボムだしねぇ……」
二人が異口同音に漏らしたその感想に、ラディは首をかしげる。
「……? どうして……ボムだと、他の魔物より手を焼くんだ?」
「んっと……ラディ、ボムがなんで燃えているか……その理由って知ってるかしら?」
「え……確か、体内から分泌される体液が可燃性だから……だったっけ?」
その言葉にミレイユは模範解答を示した生徒に対する教師のように一つ頷き、モンスターの学者というだけある自らの知識を次々に開陳しだす。
「正解♪ ボムは体内に汗腺を持っていないの。
 その代わり、耐熱性に優れた彼らの角質化した体表に開いているのはグリセリンとナフサネートを排出する腺――
 そして汗腺が存在しないせいで、ボムの体温は冷えるもことなく生物としては恐ろしいほどに高い体温を持っているわ。
 その熱で、体表の皮膚が自然に発火するぐらいに……。
 そしてその火種に、グリセリンとナフサネートが一気に引火させられればようやく、あのボムの完成ってワケね♪」
「グ……グリセリンにナフサネート!? 飛空艇のナパーム弾にも使われてる薬品じゃないか……!」
「そうだな。……そのためにボムの炎は簡単には消えることは無い。
 五年前のミストの大火も、なかなか鎮火することがなかったのはそのためだ……。
 しかし奴らが最も厄介なのは、むしろそのことよりも、体が傷ついた時のほうだ」
「体が……傷ついた時?」
「体が傷つけば、当然体内組織が破壊されて引き裂かれるから、炎が体内に引火するでしょ?
 最悪、グリセリンとナフサネートの貯蔵部分を傷つけたりしたら……。
 そんな大量のナパームに引火すれば当然、爆弾もかくやっていう大爆発になるわ。
 これが世に言う、ボムの『自爆』ってヤツね♪」
「それはオレも知ってる……けど、確かボムはブリザド系の魔法でしとめれば、自爆しないんだろ?
 オレはどうしようもないけど、クレセントもミレイユもどうやらかなりの黒魔法の使い手だし、それなら――」
ラディのその言葉に――何故かミレイユは思いっきりずっこけた。
「ハァ……何? バロンって、そんな昔のモンスター学を兵士に教えてるって言うワケ?」
「ど、どういう意味だよ!?」
「あのねぇ、たとえブリザド系の魔法でボムを倒したって――」
「……口で言うよりも、実際に見せた方が早いだろう。……ラディ。あの一角のボムを見ているがいい」
ミレイユの口上を塞ぐようにしてクレセントは空を指で指し示した。
そこにいたのは、群れからやや離れたところに一匹だけいたボム。
そのボムへ、クレセントは指から掌へと形を変えて呟く。

「……ブリザガ」

瞬間虚空より生まれた、全長3mはあろうかという巨大な氷の氷柱が、その一体のボムを残酷にも串刺しにした。
視覚的効果のみならず、相手の体内に直接作用する冷気は一瞬で燃え上がっていたボムの体表を凍らせ、やがてゆっくりと地に落ちていっ――

――ずばぁぁぁんっ!!

「……!」
しかしそれは、地に落ちることなく突然、爆発した。
しかしその爆発には炎は無く、ボムの岩石にも似た体は当り一体に飛び散り、建物などを破壊して壁や地に食い込む。
かなり遠くで炸裂したというのにも拘らず、その破片の小さな欠片がラディの頬をかすめ、その頬に血の筋を作っていった。
「高熱を放っていた物質が突如冷やされれば……その物質は脆くなる。
 ただ脆くなるだけならいいが、これだけの体積をもった物質の場合、その全身を一瞬で均一に冷やすというのは無理な話だ。
 そして内部の高熱を残したまま、体表だけが完全に凍ってしまえば――」
「中と外で力の均衡が保てなくなって……ああいう風に爆発するってワケ。
 あれで仮にも他のボムが傷ついたりしたら当然そのボムも爆発するでしょ?
 で、連鎖的にもし、この数のボムが爆発すれば――」
聞いていたラディの顔から、ざっと血が引いていった。
仮にこのボムが全て爆発したとなれば――このカイポの街は、オアシスごと地表から跡形も無く完全に消滅してしまう。
「なら……一体、どうすれば――?」
「……ボムを安全に倒す手段が無いわけでは無い。一つにはラディ……お前のテュルフングだ」
「オレの……?」
クレセントは一つ頷き、
「その剣……暗黒剣ならば、その切断面から闇の微粒子と成って体組織が消滅していく。
 つまり、たとえその剣で傷ついてもボムの体内に炎が引火することも無い。
 ……特にお前のそれは、どうやら他の暗黒剣よりも遥かに強力なものだ。
 短剣で戦わぬようにして、それで普段どおりに戦っていれば問題は無いだろう」
その言葉を聞いて――色を失っていたラディは、テュルフングを強く握り締めた。
そして顔を上げた時には、その表情には微塵もの恐怖は残ってはいなかった。
「けど……いくらオレでも、あの大群全部を叩ききるのはちょっと無理があると思うんだけど……」
「ふむ……とりあえず今は、カイポの街に被害が起こらぬよう、あの空から飛来してくるものを確実に仕留めてくれ。
 根本的な対策は、今から考えてみよう。……しばし、時間を稼いでくれ」
「判った。……じゃあ、クレセントも気をつけて!」
言うなりラディは、建物の一角にあった日よけ用のひさしへ、片腕だけで体を持ち上げて一気に上る。
そのまま壁にある窓の小さなくぼみを蹴るようにして一気に屋根へと駆け上がる――
「さて、と♪ それじゃ私も、いっちょお勤めといこうかしら?」
ミレイユは左手を一閃させて、幾本もの糸を屋根から突き出たわずかな出っ張りに引っ掛ける。
引っ張ってその感触を確かめて――そこでクレセントを振り返り、
「多分私の考えてるものと同じだろうけど……聞いておくわね。ボムを安全に倒す、他の手段は?」
「……体内の物質が問題なのならば、それ自体を変質させてやればいいということだが」
「そ♪ やっぱり、私の考えてたのと同じだったわね☆」
にっこり微笑んで――ミレイユは左手の腕輪の糸を巻き上げた。
その力で一気に彼女の体は持ち上げられ、巻き上げきる寸前で糸を解放して跳躍し、その姿は屋根へと消えていった。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
裂帛一閃。ラディのテュルフングは、侵食された夜闇の怒りといわんばかりの黒い斬風を残し、
一瞬遅れ、鮮やかな切断面を見せてボムの醜悪な顔が縦半分に分かれて落下する。
しかしそれは地に落ちる前に、黒い微粒子となって消え去り、風に解けて完全に消滅していった。
ここにもしラディのような剣士がいたならば、彼の剣もさることながら、その技量にきっと舌を巻いていたであろう。
だが実際にはここにはラディしかおらず、そしてそんなことにいちいち思考を向けていられるような暇も無い。
次々に宙より高速で飛来し、ラディへと向かってくるボムたちはどうやら、彼を倒すべき敵と認識したようだ。
ナパームの炎に包まれた、長い鉤爪―― 一本一本がナイフの様に長いそれは灼熱の熱量をも持ち、
切り裂かれたところから燃え盛る炎は長く体内組織を焼き、甚大なダメージを与えるのは必至であるそれを、
しかしラディは完全に間合いを見切って一歩引くだけでかわす。
髪の毛の焼ける、かすかな異臭を背後に追いやるようにして迫った時には横薙ぎの一撃がボムを輪斬りにしていた。
と、背後の上という完全に死角であるはずのそこから迫り来る炎のパンチを身を投げ出してかわす。
執拗に両の腕から繰り出されてくるその拳を、ごろごろと転がって後退したラディだったが――
そのまま、彼は転がるのを止めて――次の瞬間。
乾いた音と共に、彼は迫った拳を掌でがっちりと受け止めて見せた。
ボムの方もまさか、小手をつけているとはいえ拳を掌で直に受け止められるとは思っていなかったのだろう、
明らかに動揺したその隙は――しかしラディにとっては見逃せない好機であった。
まず受け止めたその拳を斬り裂き、返す刃で袈裟斬りを浴びせる。
黒い粒子に消え去ったのをはっきりと確認して、ラディは灼熱の拳を受めた自分の手を見やり、太ももの辺りで払った。
「やっぱり……隙を作るって言っても、あれはリスクが大きすぎたかな?」
ひりひりと痛む程度であったが、本来ならば喰らうはずのなかったダメージをラディは悔やみ、次の瞬間には新たな獲物目指して彼は屋根を跳躍する。
全身に甲冑を着込んでいながらもまるで飛燕のように軽やかに地を蹴った瞬間には、
5m以上ある屋根と屋根の間隔を危なげなく飛ぶその姿は普通のものから考えれば驚嘆に値するのだろうが、
エブラーナの『忍者』や、バロンの『竜騎士』は、その状態で軽く数十mを跳躍して見せるのだ。
ラディにとってはこれでもまだ自分の足りなさに歯がゆいくらいである。
そのまま屋根から屋根へと飛び移り、跳躍中に迫ったボムを一刀の元に黒影が斬り裂き着地。
すぐに次の屋根へと飛び移ろうとして――しかし、次の瞬間。
「なっ――!?」
老朽化していたのだろうか?
ラディの尋常ならざる脚力は、その屋根を蹴った瞬間その屋根を砕いてしまっていた。
そのために十分な跳躍力が確保できず、彼はそのまま次の屋根に飛び移ることが出来ず落下し――
しかし寸前、彼が引き抜き突き立てた短剣が、目前にあった壁へと根元まで突き刺さった。
それを支点に片腕一本と背筋力だけで体を持ち上げ、逆立ちするようにして跳躍して屋根へと降り立つ。

だが――その時。
完全に戦闘体勢を整えていた一匹のボムが、ラディの背後へとその焼け付く鉤爪を振り下ろしていた。
認識は出来た――しかし、このタイミングではかわせない!
「くっ……!」
何とかそれでも身を捻り、首筋を護らんとして、犠牲覚悟で左腕を突き出す――
だがその鉤爪は彼の左腕を引き裂かんとして――寸前、その動きをぴたりと止めた。
その妙に、いぶかしんだラディは――ふと気がついた。
鉤爪を振り上げていたボム――その体に一本、炎の照り返しに輝く糸がボムの随意筋を司る神経系を解剖学的な緻密さで貫いていたことを。
「ちょっと失礼♪」
女性の声が響いたと同時に、ふわっとラディの肩にかかった感触。
かろやかなステップでラディを踏み台に、その糸を放った人物は宙でくるりと一転して――

「命に飢えた死神たちよ……汝らにその身を委ねん。……デス」

瞬間、発動した魔法――
相手の体液を瞬間的に凝固させ有無を言わさず相手を死に至らしめる魔法『デス』は、まるで眠りについたようにそのボムを一瞬にして葬り去った。
地面に落ちるやいなや、粉々に瓦解したそれを視界の端に、なんだか無駄にくるくると回転しつつすたっと華麗に決めながら、女性――ミレイユは着地した。
「ま〜だまだ甘いわね☆ お姉さんのバックアップを当てにせずに、もっと精進しなさいよね♪」
そう言ってみせるミレイユに、ラディは謝るべきだったのか、感謝すべきだったのか――?
しかし実際には、彼は先刻のボムよりも顔を真っ赤にして、足元に目を落としていた。
「……? どしたのラディ? ……もしかして、泣いてる?」
「あのなぁ……そうじゃなくて……」
心底疲れきった声で、こめかみをきつぅく押さえながらラディは声を絞り出していった。
「なんで……なんで、こんな時にそんな格好をしてるんだよっ!!」
「こんな格好……?」
ミレイユはふと自分の姿を見下ろした。いつもの赤いローブにブレスレット。
顔は今の姿では見えないが、もともと薄い化粧しかしないからそれほど見られない姿……でもないはずである。
「そうじゃなくってッ!! そのローブの下ッ!!」
言われて――やっとミレイユはラディの言わんとしていることに気がついた。
ぽんと手を打ち、納得する。
「ああ、コレ? 一応シーツを巻きつけてあるんだけど……どうかしらね?」
そう――ミレイユはローブの下に、いつもの学士服ではなく真っ白なシーツ一枚を纏っているだけだった。
しかも、動くたびちらちらと見える彼女のすらっとした足は、もうなんだかあらゆる意味で限界ギリギリの所まで出ている。
ということは、恐らく――
「だって仕方ないじゃない? 私寝る時は何も着ないもの。人間、お風呂と寝る時ははだかんぼうバンザイよ?」
「着ないもの、じゃなくて……戦うんなら、服くらい着てこいっ!!」
「無茶言わないでよ〜。ラディみたいなビックリ人間じゃあるまいし、どうやっても3分以上はかかるわよ?」
ぷくっと頬をふくらませて抗議していた彼女だったが――ふっと艶然ともとれるような笑みを浮かべると、
「それにこういう時、見せないテクってヤツを、女は誰しも身に着けているものよ♪」
「ああもうっ! そう言って足を微妙なラインまでさらけ出すのはやめいっ!」
「え〜? そんなのつまんないじゃないのよ〜」
「だ・か・ら……え〜とかじゃないえ〜とかじゃっ!!」
チラッと見えた、付け根寸前の彼女の足から慌てて目を逸らすラディ。
その反応に、くすくすと笑う彼女。
これではまるで、自分は思春期の青臭い子供じゃないか。
こんな時、もうちょっと同僚達に習って女性への免疫をつけておくんだったとつくづく思う。
……だが――
「まあ、それはともかくとして……あんまり遊んでられる場合でも無さそうじゃないの?」
ミレイユは天を見上げた。
すでに数十体を屠った彼女達だったが、それでもこの超大群を考慮すればまだその一角すら切り崩しているとは言いがたいのが現状である。
ラディは一端、目を閉じてこの魅惑的な光景をシャットダウンし――呼吸を整えた。
体に染み付いた戦闘訓練と、実戦の経験が――彼の身体の感覚を戦闘用のものへと研ぎ澄ませていく。
「……行こう。確かに……遊んでる場合じゃないみたいだ」
そう言って屋根へと跳躍していった彼は――もう彼女の姿にいちいち反応を見せてはいなかった。
「へぇ……案外、きっちりと割り切れるタチなのねぇ」
そんな感想を漏らして――ミレイユもまた、ラディの後を追いかけて跳躍した。

迫り来るボムたちを片っ端からデスで死滅させ、燃え移った炎をブリザドで消火しつつ。
クレセントはこの状況を打破できるものが何かを考えていた。
デスならば、確かにボムを爆発させずに仕留めることが出来るだろう。
これを全体化する作業は――実際のところ、そう難しい話ではない。
しかし――それでは、ラディやミレイユもまた、魔法の効果範囲に巻き込んでしまう。
あのサンダガにこらえて見せたラディだったが――正直、自分の魔法に耐えられるとはとても思えない。
ならば一体、どうするべきか――
「………………」
――最も簡単なのは、とにかく凄まじい破壊力の魔法で、このカイポごと一切を吹き飛ばすことだ。
ラディとミレイユを自身の近くに寄せれば、詠唱後、魔法の効果範囲に入ることは無いだろう。
そもそもこの街の人間はすべて避難を完了しているのだ。
たとえこの街が壊滅したとしても、オアシスさえ無事ならばそう――復興に、10年もかかるまい。
それはこの街がこの後歩んでいく歴史からすれば、きっと瞬刻にも満たない時間でしかない。
一体――何を迷う必要があるのだ?
そう。迷うものなど――何も無い。
だが――クレセントはふと、屋根を飛び移る黒影を見やった。
まるで足に羽でも生えたように軽やかに蹴って舞い、黒い弧が夜に閃くたび、赫い焔がまた一つ断たれ、消えていく。
……ラディなら、私の考えていることを知ったなら、一体どういう反応をするだろうか?
ふっと浮かんだ、その考えに――口元に笑みがこみ上げるのを、彼は止められなかった。
――私は一体、何のためにここへと『還ってきた』のだ?
『為すべきことを為すため』――たとえ誰が立ちふさがろうとも、自らのなすことだけは完遂せねばならない。
その鋼の意志を以って、再びここへと『還ってきた』のだ。
にもかかわらず、その私が他人ならどう考えるかを考察しているとは。
この私も、砂漠の熱気にやられてしまったのか、それとも――
クレセントは笑みを消した。そしてその大いなる魔力を練り上げ、為すべき形へと編成させる。

「移ろいゆくも儚きもの……鋼なる意志を持ちし星よ――」

そして、彼の取った選択は――

「その姿永久に普遍のものと為せ――ブレクガ」


「!」
目の前に迫るボムへと刃を巡らせて――ラディは思わず、飛び退っていた。
「これは……!?」
目の前で、おりしも燃え盛る牙を剥き、襲い掛からんとしたボムの体が灰色にくすんでいくのだ。
灰色にくすんだ部分はピクリとも動かず、それはまるで石像のよう――
否、本当にボムの体が石化しているのだ。
そして灰色にくすんだ領域はみるみるうちにボムの体全身を侵して、そのまま、ごとりという音と共に地面に転がった。
ラディはおもわずミレイユの方を見やったが――ミレイユもまた、自分のやったことではないと首をぶんぶかと振る。
そして二人は、思わず空を見上げて仰天した。
空が――紅かったあの空が。空を埋め尽くしていたボムの集団が、全て石化を起こしていたのだ。
そして夜は、元の静寂な暗さを取り戻し――ただけでは、済まなかった。
先刻石化したボムは、完全に石化した途端に浮力を失って地面に転がった。
そして今、上空全てのボムが石化したのだから――
「……のわぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ちょっと、冗談でしょぉぉぉぉっ!?」
さながら伝説の魔法・メテオを想起させる石化ボムの豪雨――
果たして、こんな事態にどこかに避難できるところなどあるのだろうか。
それは判らなかったが、本能的に感じた危機に、ラディとミレイユは逃げようとして――
「! ちょっ……!?」
その時のことだった。――ミレイユが纏っていたシーツ。
その裾を、彼女が踏んづけてしまったのは。
そのまま彼女はもつれるようにして、ラディの方へと倒れ掛かり――押し倒す形で、彼も引き倒してしまう。
「っ痛つ……ゴメンゴメン」
彼女は照れ隠しに頭をかきつつ詫びたが――それに対して突っ込みをいれることすら、今の状況は時間が無かった。
彼女の背後に迫る、石化したボム――それはかなりの速さで下降してきていたからだ。
ラディはそのまま無反動で起き上がるなり、逆にミレイユを押し倒してその上に覆いかぶさるようにする。
「え、ちょ、ちょっと――」
「黙って。……そのまま、動かないで」
有無を言わさぬ迫力で、ラディは静かに告げた。
――その鋭いまなざしに、思わずミレイユも閉口する。
一応、こういった際に体をはって庇う訓練は受けていたから、
致命傷となりうる頭部や胸部といったところは瞬間的に自分の体でカバーした。
膝を立て手を立てて、体に落下した際の衝撃を最大限に緩和する姿勢を形作る。
そして背後に、落下してくるボムの気配――だが果たして、この飛来する大岩に、自分は耐えられるか。
予想されうる衝撃に、ラディは歯を食いしばって――

こつん。

――そんなしょうも無い音が甲冑の背中で跳ね返り、石化したボムはころころと転がっていった。
「……はっ?」
唖然とするラディの頭に、再び落下してきたボムが直撃する。
しかし直径1mもあろうかというそのボムの直撃は、気の抜けたような衝撃を頭頂に与えただけだった。
「これは一体……?」
「……多分、このボム……軽石にでもなったんじゃないのかしら?」
軽石――火山の噴火時に溶岩が急に冷えることで、中に溜まっていたガスが噴き出してしまった石のこと。
そのために非常に軽いのが特徴であり、中に含んだ大量の空気は石でありながら水に浮くほどだ。
なるほど見れば――すぐ側に転がっているボムの表面に大量に発生していた気泡を見る限り、間違い無さそうである。
「当然だろう。……まさか普通の石の密度で石化などさせてしまっては、街を壊滅させかねんからな」
ずしりという異音と共に、屋根へと降り立った重甲冑――クレセントの言葉が耳朶を打つ。
「これは……クレセントがやったのか?」
「まあな。……しかし、お前の方は一体何をやっているのだ?」
クレセントの問いに、ラディは最初何を言われているのか判らなかったが――
「うっわ〜……しかし、すごい光景ねぇ、このボム……」
いつの間に移動したのか?
ミレイユはラディの下からすでに向こうへと移動してしまっていた。
それから考えれば、まるで人間椅子のようなこの格好は奇妙なことこの上なかろう。
「なっ、何でもない、何でも……」
ちょっと恥ずかしくなったラディは慌てて起き上がり、大して汚れてもいない鎧のあちこちを手ではたきながら呟く。
「それよりも、これで一件落着したんだし、早くカイポの人に報告を――」
「……いや。それはまだだ」
「……え?」

静かに、首を横に振ったクレセントの反応に――ラディはつい、間抜けに聞き返してしまっていた。
しかしそれを笑うことも、いぶかしむこともせず――あくまで淡々と、クレセントは続けた。


「まだ終わってはいない……むしろ大変なのは、これからだ。
 ミレイユ、済まんがカイポの民から、体力に自信のあるものを手配してきてくれ」




【座談会】