Final Fantasy W After Story



第五話 黒き甲冑の男



黒魔法・ファイガ。
火系魔法の……確か最高威力のもので、人間が喰らえばひとたまりもなく消し炭になる。
迫りくる爆炎に、ラディはそんなことを思い出していた。
しかし――
(あ……熱くない?)
炎は確かにラディを巻き込んだ――だが、その炎はラディの髪一つ焦がしはしなかった。
――いや、彼だけでない。
この威力ならば洞窟の岩壁は熱で融解してもおかしくないのに、ファイガの炎はただ黒竜だけをその爆熱地獄に叩き込んでいた。
激しい炎熱のなかで黒竜と思わしき黒い影がゆっくりと崩れ、炎も薄れていく――

「呪縛の冷気か……災難だったな」

話しかけてきたのは、ファイガを唱えたと思われる鋼の呟き。
恐らくラディの背後に立っているのであろうが、
こちらとしては振り向くことも、声を出すこともかなわないのである。と――

「天駆ける風、力の根源へ我を導きそを分け与えたまえ……エスナ」

詠唱の後に、ラディの全身を虹色の輝きが包みこむ。
すると先刻の事が嘘のように、ラディの全身に感覚が戻っていく――
「ふむ……基礎体力はかなりのものだな。
 エスナは対象の体力が効果の明暗を分ける……もう大丈夫だろう」
言葉の言うとおり、ラディの全身には、もはやまったく異常はなかった。
それどころか戦闘前より体が軽いくらいだ。
立ち上がり、改めてその男へと向き直る。
――そして思わず息を呑んだ。

黒い甲冑を着込み、黒い兜で顔は見えない。
唯一露出した口元は一文字に引き締められ、端正ながら実直な感じを印象に残した。
しかしラディを驚嘆させたのは、彼の外見ではない。
その全身から発せられる――圧倒的な、存在感。
プレッシャーとでも言うのだろうか。
以前、ラディはこれと似た感覚に遭遇している。
五年前、バロン王国でセシルに代わり「赤い翼」を取り仕切ることとなった男。
ゴルベーザ……とか言う名だったか。
彼もまた、圧倒的な存在感を放つ男であった。
しかし目前の男とゴルベーザでは纏う雰囲気が全く違う。
ゴルベーザが恐怖を伴なった鉛のような存在感を漂わせていたのに対し、この男が纏うのは厳しさとともに誇り高い存在感。
カリスマ性……とでもいうのだろうか?

「私の顔に……何か付いているのか?」
その声にハッとなる。
「い、いえ! 滅相もない! あ、あの……助けていただいてありがとうございました」
「気にするな……私もたまたま通りかかっただけだ」
その声には遠慮という雰囲気はなかった。どうやら本当に偶然通りかかっただけらしい。
「通りかかった……という事は、あなたもミストへ?」
「……それを聞いてどうするというのだ?」
声に少しだけ、苛立ちが混じる。
「い、いえ。ただ、ここを通る人は殆どがミストに行くものですから。かくいうオレも――」
「お前には大して興味はない」
取り付く島もない、という感で一刀両断にされる。
「……用件がそれだけなら私は行くぞ。今度からはもう少し相手を見極めてから戦うのだな」
黒い甲冑の男はついとラディのそばを横切り、出口へ向か――

「あ、あの! あなたは……暗黒騎士なんですか?」

ラディのその言葉にぴた、と男の足が止まる。
「……私は暗黒騎士では無いな。一介の魔術師に過ぎん」
それを聞き、少し落胆したラディに、しかし男はまだ声をかける。
「だが……何故だ?」
「え……?」
男は振り返り、改めてラディと向き直った。
出口から漏れる月の光が、その柔らかな光で男をさらに黒く照らし出す。
「私を何故、暗黒騎士と思った? ……その根拠だ」
男はまっすぐにラディを見ていた。
視線だけでなく、その心すら見通さんというほどに。
ラディは思わず姿勢を正すと、
「それは……似ているからです」
「似ている……?」
「ええ。雰囲気と言うか、周りに漂う空気がオレの知る暗黒騎士に――オレの父に」
そう。この厳しさと誇り高さは彼が子供の頃から抱いてきた暗黒騎士の姿の正に典型的なものだったのだ。
ぴりぴりと張り詰めるような威圧感を持ちながらも、それを押し付ける訳ではない。
さながら清々しい潔さを持った男達――
それこそが彼の目標たるレオンの真髄でもあり、そして彼が到達すべき暗黒騎士の心そのものであった。
「……成る程。お前は暗黒騎士になりたいのか……」
「ええ。……父に匹敵するような、暗黒騎士に」
「……それは何故だ?」
男は質問してくる。
鋼のような硬度を持った声で。
それは彼のことを、試しているかのようだった。
「お前は暗黒騎士になることで、一体何を求めている?
 力か? 名誉か? それとも肩書きか?
 暗黒剣は普通の人間には過ぎた力だ。だがあえて何故、それを望む?」
「……オレの父を、超えるためです」
「力を以って、力を超えようとするか?」
「それは違う!!」
ラディははっきりとそれを否定した。
「オレの父は……もうこの世にはいない。それを力で超えようなんて無理です。
 オレは……オレが超えたいのは、父の生き様……生き方……心そのものなんです!」
「心……だと……?」
うなずくラディの顔にも声にも、全く迷いは無い。
鞘走りも静かに、彼は腰からテュルフングを引き抜き、目の前に翳す。
「……この剣は、オレの父……レオン・オルティニアが最期に遺した暗黒剣です。
 オレに全てを託し、 オレだけにしか抜くことの出来なかった、オレだけの剣……テュルフング」
夜の闇より静かに、刀身は闇を湛えてしんと黒くそびえている。
「けれど……オレはまだ、この剣を使いこなせていない。
 もしオレがこの剣を使いこなせるなら、あの黒竜にだってああはやらせなかったはずです。
 それだけの力が、この剣にはある。けれど……今のままではこの剣は永遠に真の力を引き出せない。
 オレは結局、この剣に守られているんです。
 父が誇りを……暗黒騎士の誇りをオレに託してくれたはずの、この剣に!!
 未だ父に……守られた子供のままなんです。
 オレは……それが悔しい……! 父の遺志を継げないことが……父の誇りを継げないことが!!
 だから……オレは暗黒騎士になりたい。
 この剣を使いこなして……その時こそ、オレは父を超え……斃れた父の遺志を継ぐことが出来ます。
 そう思うから……オレは……!!」
剣を翳したラディの肩が小さく震えていた。自らの、未熟さへの怒りに――
「……力を持たぬことは罪ではない。
 それを自覚しないからこそ罪なのだ。
 お前はそれを自覚し、そしてそれを打破しようとしている……。
 ならばその肩は、自噴に震わすべきではない」
ハッとラディは顔を上げた。男の声は鋼鉄の響きではなく、
とても柔らかな響きを含んでいたからだ。
「いい眼を……しているな、お前は。……弟に、よく似ている」
「えっ?」
「いや……何でもない」
その台詞の後半は男の口の中でのみ響き、ラディの耳に届くことはなかった。
代わりに男が口にしたのは、こんなことだった。
「……お前、名前は?」
「……え?」
「名は何だと聞いている」
一瞬の後、ラディは唐突な質問の内容を理解した。
何故唐突にそんな事を聞いてくるのかは判らなかったが。
「ラディ……ラディ・オルティニアです」
「そうか……ならラディ。……お前の旅、私も付き合おう」

――その言葉は、唐突だった。

「……は?」
唐突過ぎて、思わず聞き返したラディに、男は淡々と言葉をつむいだ。


「私はお前に興味が湧いた。だからお前の旅に……私も付き合ってやろう。
 私のことは……そうだな、クレセントとでも呼ぶがいい」


三日月が天を優しく照らす中。
唖然とするラディに――男は静かに、笑ったように見えた。