荒涼とした無人の野。
時折吹き過ぎる風が乾いた音を立てるが、それが過ぎ去った後には再び寂寞とした空気が戻る。
それ故に砂上艦の僅かな駆動音ですらその場を満たすかのように大きく響く。
……そして、それ以上にその内部は人の集まる井戸端のように騒立っていた。
月夜のおとぎばなし 機譚外伝 〜Un recorded history〜

第三話 翻す者

本来は作戦の場であり、壮重たる雰囲気であるべきブリーフィングルーム。
そうはいうものの、この『暁光』のそれは乗組員の手によって内装が大幅に変えられていた。
各自が持ち込んで来たソファーやテーブルに本棚、果ては観葉植物の植木まで備え付けられている。
居心地も悪くないおかげで、通常時は半分憩いの場のようなものだ。
そして、今其処では和気あいあいとした空気が流れていた。
「四人増えただけだけど……この艦も雰囲気変わったね」
「その辺はほら、やっぱり男の子が増えたからじゃない?」
「そうよねー。今まではそういうのはるーくんの役目だったし」
「……だとよ。良かったな、るーくん。仲間が増えて」
「だから僕女の子……」
【リリィはたくましくて男らしいるーさまも好きなのです】
「あんまりうれしくないよ……」
話の中心は、やはり新しく入って来た四人の事だった。
特に、三日月の話題が多くなっている。
「でもあっちの三日月が男の子だったのには驚いたわね。……ね、月夜?」
「そーですねー……」
夜姫に話を振られた月夜は、不機嫌顔だった。
ただ一人、その場の明るい雰囲気から浮いている。
「うん、ちっちゃかった」
「三日月って男の子でも女の子でも小っちゃくても大っきくなってもあの雰囲気は変わらないわよね」
「……かわいかった」
「……?! お、お姉ちゃんまさか確に――」
「かわいかった」
月夜(白)が赤く頬を染めると同時、鈍い音が響く。
朝妃が恐る恐る後ろから覗き見ると、月夜が握っていた金属製のコップに指の形のへこみが付けられていた。
「でもこっちの三日月と比べても違和感ないよね」
「二人とも結構気が合ってたみたいだしな」
【仲がよろしいのはいい事なのです】
ルブルムとアートルム、リリィが頷き合う。
【三日月様達とかけましてリリィとるーさまの仲と解きます】
「ほう? その心は?」
【……ぽっ】
「ちょ、ちょっとちょっと! いったいどういう意味なのさー?!」
その瞬間、機密性の高いはずの艦内に一陣の風が荒れ狂った……ような気がした。
月夜の纏うオーラのようなものが一回り大きく膨れ上がり、爆発寸前といった雰囲気を醸し出している。
「そぉぉぉですかぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ……」
めきめきと音を立て、コップが圧縮されていく。
その光景と月夜の放つオーラに、皆額に汗するばかりであった。
「……っ?!」
得体の知れない気配に身を震わせた三日月(小)が辺りを見回す。
しかし、その周辺には三日月(大)と不思議そうな顔をしている月夜(小)しか見当たらなかった。
「どうしたんだ、三日月?」
「あ、いえ。お気になさらないで下さい」
『……おおよその予想は付きますが……』
その気配の正体を薄々とだが察した三日月(大)の卵黄を泡立てていた手が止まる。
怪訝な顔をしながらも、月夜(小)は自分の役割をこなしていた。
「粉、ふるい終わったぞ」
「ご苦労様です。私の方ももう少しで終わります。……メレンゲの方は如何でしょう?」
「ええ。こちらも仕上がりました」
三日月(小)が泡立て器をボウルの端に叩き付けると金属特有の澄み切った音が台所に響き渡った。
ぴんとツノが立ったメレンゲは、ボウルを逆さまにしても中身が落ちる事はない。
「おおーっ……」
その様子を見た月夜(小)が思わず感嘆の声をもらす。
手持ち無沙汰だった月夜(小)は、何となく三日月達の菓子作りに付き合う事にしたのだが……二人の手際の良さに感心させられっ放しだった。
料理担当者の希望なのだろう。艦の台所の設備は、並の料理店よりも充実していた。
しかも壁や床、器具の一つ一つに至るまでよく手入れをされている。
ぴかぴかと光る調理場を見れば、三日月(大)がまめな性格であるという事が見て取れるようだ。
アートルムも時折ここを使ってはいたが、後片付けや器具の手入れをするのはやはり三日月(大)だった。
「……で、この粉を混ぜるんだよな?」
「ええ。その前にブランシールした卵黄にそちらのメレンゲを少々混ぜましょう」
「……?」
「そうすると粉が混ざりやすくなるのですよ」
はてな顔の月夜(小)に、三日月(小)が解説をする。
その間にも三日月(大)は自分のボウルに粉を加え、混ぜ合わせていた。
「……やっぱ器用な奴は違うよな」
その鮮やかな手付きを見つめていた月夜(小)が素直に賞賛する。
「月夜様達が甘い物好きでしたから……喜んで頂こうと練習を重ねる内に今の腕になっただけに過ぎません。
こういったものは努力次第で何とでもなるものですよ」
「……なあ。お前にとってのボクって何なんだ? 勿論そっちのボクだぞ」
いきなり核心を突くような事を問う月夜(小)に三日月(小)は戸惑いを隠せなかった。
しかし三日月(大)は手を止めないながらも、静かに答える。
「月夜さまは……私にとって親友と言っても良いでしょう。
同様に月夜さまにとっても私は身近な存在です。双方とも互いを大切に思っているのでしょうね……」
しみじみと語る口調が月夜(小)に染み渡る。
『もしこっちの三日月も女だったら……ボクもそんな風になったのかな……?』
「……もっとも親友として月夜さまの男性嫌いはやわらいで欲しいとも思っていますが」
オチが付いた事に聞いた二人が思わず脱力する。
『男性嫌いだからこそ親友を男に取られるのが我慢ならないのかも知れませんね……やれやれ』
おそらく月夜が放ったであろう気配を思い返しつつ、三日月(大)はシフォンケーキの生地を仕上げる。
「……さて、メレンゲも混ぜた事ですし、焼きに入りましょう」
これまた本格的なオーブンに生地を流し入れた型を入れれば、後は焼きあがるのを待つばかり。
しきりにその様子を覗く月夜(小)を横目に、三日月達は使用した器具の片付けを始めた。
その途中で何かを思い出したように三日月(小)が三日月(大)に声をかける。
「そう言えばお聞きしたい事があるのですが……」
「……偶然ですね。私も貴方に聞きたい事があったのです」
三日月達がお互いの顔を見る。
僅かな沈黙。
そして、二人が同時に相手に質問をした。
「「魚を使った美味しい菓子のレシピはありませんか?」」
一字一句、タイミングすら寸分の狂いもない質問であった。
「……ふむ。この部分の魔力伝達をこうしているのか。私が思い描いている武器の参考になる」
「いや、ヘル……」
数々の機兵や武装が並べられている格納庫の中、ヘイムダルは『クレセント』の武装を調べる手を止めて背後を振り返った。
「何だ? 少年」
少年呼ばわりされたアルは渋い顔をしながらも、言葉を続ける。
「新兵器の開発、大いに結構だと思う」
「ならばあまり邪魔をしないで欲しいのだが。これから本格的に製造に取り組むのだ」
「いや、その前にまず男子トイレを作ってくれ! あとシャワー室も!」
情けないような陳情だったが、アル達にとっては重要な問題だった。
何しろ、アル達が来るまでこの艦の乗組員は全員女性。
ルブルムは……半分は女性であるし、シャワー室もお手洗いも個室なのでさほどの問題は無かった。
よってこの艦には男子用の設備など必要無かったのでそれらは省かれていたりする。
現在艦に乗り組む12名の内、男は3人。
しかも半分居候のような立場である故に、男の発言力は数の暴力の前に屈する事を余儀なくされていた。
「手洗い場を一つ、男用に明け渡しただろう」
「数百mもある艦の中で男子トイレが一箇所だけってのは不便なんだよ!」
生活スペースから少々離れた所に位置するその場所は、格納庫やブリーフィングルームとは真逆の方向にある。
それらからそこに辿り付くには100m近くの移動を要するので、不便な事この上なかった。
シャワー室は一応は時間制という事になっているが、実際はレディーファーストという名の女性優遇がまかり通っている。
「せめてもう一箇所! 格納庫寄りにもう一箇所設置してくれ!」
「……それならば私ではなくご先祖達に直接頼めば良いのではないか?」
「いや、それが……」
アルが何かを思い返しているかのように右手で顔を覆い、俯いた。
「……頼みに行こうとするとそっちの月夜が噛み付きそうな勢いで睨むんだ」
「……」
流石のヘイムダルも額から一筋、汗を流す。
合流した初日から三日月(小)と一騒動あった所為か、月夜の男に対する警戒体制は通常の5割増しになっていた。
……どうやら男性との関わりが薄かった月夜は、男嫌いが未だに直っていないらしい。
『それにしてもこの世界の三日月が女だったとはな……』
何らかの理由によりアル達の時間軸とは分かたれた世界。
そこでそのような違いが生じている事は流石に予想外だった。
最初に会った時は体の線が出にくい上着を着ていた為、アル達も気付かなかった。
しかも……まあ、何と言って良いものか……女性特有の曲線が非常に緩やかであった事も大きな要因ではある。
そして相手が女性だと知ってしまうと、接する態度も何処かぎくしゃくしてしまうアルだった。
整備や修理の音が立つ格納庫の中、アルは後ろから近付いて来る足音に気が付いた。
「ああスラッシュ、お前からも言ってやってくれ!
このままだとオレ達男組は不便な生活を余儀なくされるぞ――ってどこ行くんだお前」
鉄の床をカツカツと鳴らしながらアルの横を通り過ぎていったスラッシュが振り返る。
「いや、気になる点があってね。ちょっと単独行動を取らせて貰う事にしたんだ。
夜姫さん達にも了解は取ってあるよ……とそうだ」
道を戻ったスラッシュが、アルに何かを手渡す。
「……おい、これ……」
『うむ。スラッシュが戻るまでよろしく頼むぞ』
赤い輝きを見せる宝石――アル・フェイルだった。
「流石に僕達が同時にこの艦を離れる訳にはいかないからね。僕が戻るまではアル・フェイルが知恵袋だ」
「……一人で大丈夫なのか?」
「心ぱ――」
『心配は要らん。スラッシュなら滅多な事が無い限り大丈夫だ。私が保証する』
言おうとしていた事を取られてしまったスラッシュが飲み込んだ言葉の行き先を見失い、困ったような顔をする。
ヘイムダルはそれを見て、呆れたように溜息を吐いた。
わざとらしく咳払いをしたスラッシュが気を取り直して話を進める。
「修理手順は同じだし、機体運用には困らないはずだから……後は宜しく」
「まかせておけ」
ヘイムダルの返事を聞いたスラッシュは、変身して『聖竜騎』に乗り込む。
作業の音がぴたりと止み、辺りが静かになった。
静寂を保つ他の機兵の中、一機の眼に光が灯る。
所定の位置に着いた『聖竜騎』が膝を屈ませて発進準備の体勢を取る。
そして、ブリッジの操作に従ってハッチが開いた。
一気に加速した『聖竜騎』だったが――そのハッチの前で突然急停止する。
その鼻先ではハッチが徐々に閉じていき、既に半分が閉まっていた。
そのまま進んでいれば間違い無く激突していたか挟まれるかの二択だっただろう。
「……ちっ」
「あーさま……」
「いや、ジョークジョーク」
「……冗談でもそういうのは止めた方がいいと思うよ?」
【舌打ちをしたのは聞かなかった事にしておくのです】
改めてリリィがハッチを開く。
無論コントロールはアートルムに渡さない。
「それじゃ改めて……『聖竜騎』、発進!」
開いたハッチから、『聖竜騎』が飛び立った。
低空で飛ぶバーニアの余波が荒野の空気を切り裂いていき、地面の砂を舞い上げる。
『聖竜騎』の中でスラッシュが今回の目的を思いかえす。
最も大きな疑問は、『王』と『獣』の関連性だ。
何の接点も見当たらないその二つが結び付いているという事は、『王』の背後に何かがいるという可能性も考えられる。
『……そこに今回の事件の鍵があるはずだ!』
スラッシュは機体を更に加速させていく。
そのシルエットが視界から消え、やがてレーダー圏から離れていき――『暁光』の周りの空間が再び静寂に包まれた。
「……」
「……」
「し、辛気臭い顔するなよ! ほら笑顔笑顔!」
ブリーフィングルームの中でアルと三日月(小)は俯いていた頭を持ち上げ、顔を見合わせる。
そして同時に溜息を吐いて、再び俯いた。
「……何かあったのか?」
「オレの訴えがあっさりと却下された。あっちの月夜に」
「私には心当たりもないのに睨まれたあげく突き倒されました。あちらの月夜様に」
ぴきり。
「しかも門前払いだったからな。取り付く島もなかった」
「き、きっと機嫌が悪かったんだよ! 間が悪かったんだ間が!」
何やら恨めし気な眼差しで月夜(小)を見上げたアルが――溜息とともにテーブルに突っ伏した。
月夜(小)も普段なら「何だよその眼は!?」などと言って怒る所だが……違う世界とは言え自分の事なので何とも言えなかった。
「私の場合はいきなり現れたと思ったら挨拶の途中でいきなり突き押されましたよ……」
「あ、あ〜〜……」
『多分引きずってるんだろうな。初対面の時の……ってちょっと待て?!』
ふと思い浮かんだ一つの事柄。それが自分にとって大問題である事に月夜(小)は気が付いた。
「月夜様……?」
「そう言えば追求を忘れたけど……お前あの時シャワールームで見ただろ?!」
「!? あ、あの時は首根っこを掴まれて逃げる事も出来ませんでしたし弁明をする暇もなく引っ張り込まれただ
けであって私はそんな不純な事を考えていた訳ではなくあちらの私や月夜さまが上着に手をかけた時には形振り
構わず出口に向かって走ろうとしたわけですがあちらの月夜さまの反射神経と身長の差に基づくリーチの違いに
敗北してあちらの私も加えた二対一に対して抗うべくもなく着衣を剥がされてしまったのは決して私の落ち度で
はないと主張する次第でありましてつまり私が何を言いたいのかと言いますと――」
尋常ならざる滑舌と肺活量に加えて頭の回転力を必要とするこの弁明。その間、僅か20数秒。
「そんな言い訳はどうでもいいんだ! 見たのか!? 見たんだな!? あっちのボクの……くそっ!!」
「そそそそそそれは非常に由々しき問題であり故あっての事柄の責任は必ずしも私に帰属するという訳ではなく己
心の弥陀という言葉に従って頂くのが私にとっても月夜様にとっても心と身体の平安という面で非常に宜しいの
ではないかと思う次第なのですが如何でしょうか?!」
「あ〜……つまり、見たのか?」
やたら早口で述べる三日月の隣で――未だ気力の戻らぬアルがぽつりと言う。
脱力した彼の脳が状況を把握し切れていないだけで決して悪気があったわけではないという事を付け加えておこう。
「やっぱり見たな?! 見たんだな!? 忘れろ忘れろ忘れろ今すぐっ!!」
月夜(小)が三日月の襟を引っ掴んでがくがくと揺らす。
「すすすすみません月夜様しかしやましい気持ちなど欠片も無かった事は事実なのです!」
「うるさいうるさいうるさい! 第一何でボクより先に三日月が……ッ!」
『……問題はそっちなのか……?』
ひたすらに平謝りする三日月(小)をアルはテーブルに頬を張り付かせながらぼんやりと見ていた。
『せめて夜姫さん達に話が通ればな……オレ一人じゃあっちの月夜に押し負けるし三日月は初日がアレだったし。
もう一人くらい交渉に付き合ってくれる奴がいれば……あ』
その事を思い出し、鉛が詰まったように重苦しく、動きの鈍かったアルの頭にようやく充分な血液が流れ込んだ。
酸素の行き渡った脳が、みるみるうちに判断力と認識力を取り戻していく。
「そう言えばスラッシュが出て行ってからもう3日経つよな。それなのに連絡の一つも無し。……どうしたんだろうな」
『幾らなんでも通信を忘れるという事はあるまい。何か理由があっての事だろう』
アル・フェイルは、スラッシュと共に時間の旅をしていた分、アル達よりも付き合いが長い。
そのアル・フェイルが言うのだから、間違いはないだろうとアルは判断した。
「ま、大丈夫だろ。何だかんだ言ってもあいつがそうそうやられるはずがないからな」
ひとまず怒りが治まったのだろう。月夜(小)も頷いた。
「悔しいけど……今のボク達一人一人じゃ敵わない事も事実だし」
過去に戦いを交えた経験もある。
それに、正規の戦闘訓練という下地に加えて実践経験も積んでいるという点でも違いが出てくる。
決して月夜(小)達が弱いという訳ではないが、特にアルや月夜(小)の強さにはむらがある。
三日月は比較的安定した力を発揮する事が出来るが、その身に秘めている力を制御し、任意に引き出す域には至っていない。
「後はオレ達がどれくらい機兵の操縦に慣れるかだな――って三日月、いい加減頭を上げろよ。
何か見てるほうが申し訳なくなってくるぞ?」
「……あー……まあ、何というか……ボクもちょっと言い過ぎた……かな?」
流石に気の毒になってきたのか、月夜(小)も鼻の頭をぽりぽりと掻く。
「……申し訳御座いません……」
「だからもういいって……」
もしこの場にアルの世界の月夜(白)がいたら、
「今まで女の子を泣かせて来た罰だね。……因果応報?」
……などと言ったかも知れない。
ようやく三日月(小)が額を上げて立ち上がると、辺りに警報が鳴り響いた。
既に説明は受けている。
「第一種戦闘配備……!」
「夜姫様からの念話もありました。『獣』達のようです!」
「ようやくお出ましか……返り討ちにしてやる!」
三人は一斉に立ち上がって格納庫に駆けていった。
『おい! 私を忘れていくな!!』
置いてけぼりにされたアル・フェイルの叫びに気が付いた三日月は、指をくい、と折り曲げた。
その動きに引き寄せられるようにテーブル上のアル・フェイルが飛び、アルの手に収まる。
『物質影響系魔術か。……中々に器用だな』
「使い慣れていますから」
「『瀞蒼』、発進準備完了」
「『黒譚』もOKだ」
アル達が格納庫に辿り付いた頃には、既に月夜と三日月(大)は搭乗を完了していた。
それを見上げていた月夜(白)が3人に気が付いて振り向く。
「すみません、遅れました!」
アルの言葉に一呼吸遅れて、夜姫がその隣に転移してくる。
「……と。月夜と三日月はもう搭乗してるのね。流石に格納庫にいただけの事はあるわ」
「……何だ。そういう事か……」
思わず脱力してしまうアルだったが、出撃準備の事を思い出す。
「よし、オレ達も!」
三日月(小)と月夜(小)が頷いて、3人がポケットからライダーシステムを取り出した。
「call 169 …standing by…」
「call 392 …standing by…」
「変身!」
「Standing by…」
「変身!」
「……変身」
3色の光が辺りに広がり、それが治まった後には変身が完了して鎧を纏った3人の姿。
思わず月夜(白)が感心したような声を出す。
「おおーっ……」
「それがライダーシステムね。……でも何で獣耳なのかしら?」
「猫耳三日月……かわいい……」
惚けた様子の月夜(白)が危険な目で三日月(小)の猫耳に手を伸ばそうとする。
三日月は慌ててその場から飛び退いた。
「こ、このような時に何を仰ってますか! 出撃しますよ!」
「けち」
「……ふん」
「月夜さま。これから作戦行動に入るのですから……」
「分かってるよ、それくらい」
機兵内部で月夜と三日月(大)が念話でやりとりをする。
そこに、アートルムからの通信が割り込んで来る。
「えーと、この辺りの岩質はもろいから気を付けろ……だとさ。そんだけ」
「ふむ……となるとグレネードなどの爆発物や高出力砲の類を使う際には岩雪崩に味方を巻き込まないように注意が必要になりますね」
「なあに、それならそれで別の手があるさ」
そう言って月夜は汎用武器の中から一つを選び、『黒譚』の腰に装填した。
「……成程。その手がありましたか」
「だろ? じゃ、行くぞ」
そう言って月夜と三日月(大)は機体を発進位置まで持っていく。
その途中で月夜(白)が『瀞蒼』の肩に飛び乗った。
【『黒譚』、『瀞蒼』共に発進位置に配置】
「『アイゼンカイザル』、『クレセント』、『リュンクス』、各機準備おっけー!」
「各機、発進させて!」
「よっし、ごーごー!」
今一つ緊張感に欠ける掛け声と共に『黒譚』と『瀞蒼』が、それに続いて残り三機が発進する。
「『暁光』、浮上の後に『夜姫』、発進!」
朝妃の指示を受け、『暁光』の巨体が浮かび上がる。
「『夜姫』、出るわ!」
大小の岩山が立ち並ぶ荒野。
あちらこちらに陰が出来、奇襲を仕掛けられる事も考慮しなくてはならない。
「……オレのカイザルじゃ移動が大変そうだな」
機動力には優れても、旋回・方向転換能力が低い『アイゼンカイザル』には、少々厳しい地形かもしれない。
『瀞蒼』にも同様の事が言える。
しかも重火器の類は味方を岩雪崩に巻き込まないように気を付けて使用しなくてはならない。
「そうなるとここはやはり……」
「「ボクの出番だな」」
「うん、そうだね」
それに答えたのは、三人の月夜達。
「じゃあ……行くぞ!」
『黒譚』と『リュンクス』が同時に地を蹴った。
軽い動きで辺りの岩山の上を跳ね回っていく。
妖操機兵にあるまじきその運動性能は、こういった悪地において大きなアドバンテージにもなる。
「……早速一体!」
月夜(小)が最初の『異形』を発見し、上空から飛びかかった。
ストピングを喰らわせ、踏み付けで動きを封じた後、背負った「ダオロスの鉄棍」を手に取る。
「右だ!」
月夜からのその通信の意味を察した月夜(小)がそのまま棍を右に薙ぎ払う。
それは、横の岩陰から襲い掛かって来た『異形』の腰を打ち付けていた。
奇襲に失敗し、よろけた『異形』の頭が、月夜(白)の魔術で吹き飛ぶ。
その間にも『リュンクス』は、踏み付けている相手を、槍状の刃で突き刺していた。
刃に貫かれた『異形』が消滅していく。
そして、頭を吹き飛ばされた『異形』も体を何度かびくびくと震わせ――そのまま地面に倒れ付した。
『……なるほど』
アル達と合流した後の『異形』達についての補足説明を月夜(白)が思い出す。
『あの四機が近くにいればその余剰の力の影響で力の供給が断たれて再生しなくなる』
そして、再生の兆しを見せぬまま――やがて塵と化す。
『その上で一定以上のダメージを与えればそのまま再生する事が出来ずに消滅。……つまり、私達でも倒す事ができる』
その横では『黒譚』にめった打ちにされた『異形』が同じように倒されていた。
「……これならいける!」
『リュンクス』を先頭に、『黒譚』と月夜(白)が付いていく。
敵のおおよその位置は、既に『暁光』からの経由で判明している。
「さあ、どんどん蹴散らして――!」
前方を見渡した月夜(小)の目に止まったのは、自分達と同じように岩山を軽々と跳び越えて移動する『異形』達。
『黒譚』と同じように運動性能に優れている個体なのだろう。
「なら……これはどうだ!」
月夜の操縦に従った『黒譚』が腰の武器を構えた。それは一見して銃のようにも見える。
違う点は、発射されるのは小型の電極――スタンブリッド。
いわゆる電気銃というものだ。
『異形』とは言えども、それが生物の枠に入る以上はこの攻撃で一瞬硬直するはず。
そして、その一瞬で勝敗が決するのだ。
狙いを付けられたと気付いた『異形』は大きく跳ねるのを止め、細かく、複雑に動き始めた。
その度に、月夜は照準を細かく修正する。
『……くそっ、狙いにくいな』
懸命に狙いを付けた初弾は避けられ、岩壁に突き刺さった。
続けて次弾が放たれるが、跳躍して躱されてしまう。
性格的にも、能力的にも、月夜には銃という武器は向かないらしい。
むきになって狙いをつける内に、相手の接近を許してしまっていた。
『しまっ……!』
腕を振り被って飛び掛かる『異形』。
その腕が『黒譚』に掛かる前に青の弾丸が『異形』に炸裂した。
「ご無事でしたか、月夜さま?」
そびえ立つ岩は、日の光を遮って所々に影を作り出している。
その影を縫うようにして駆け抜けてきた『クレセント』が、「ユグドラシル」を構えて立っていた。
機体の半分は影の領域にあったのだが、もう半分は強く照り付ける日差しを反射して輝いている。
それは、何処か演出がかっているようにも見えた。
「わ。三日月、タイミングばっちり。お姫様を守りに来た騎士みたい」
「茶化すのは止めて下さい。戦闘中ですよ」
「あ……う……」
月夜は、『黒譚』の中で口をぱくぱくとさせていた。
色々と複雑な感情が頭の中を駆け巡る。
言葉にならないような断片的なそれらを何とか纏め上げて口を開いた。
「あ、あのさ、三日月……」
「何か?」
そう言いながらも、三日月(小)は岩陰から姿の覗いた『異形』を射撃で牽制している。
「……助かった」
「お気になさらないで下さい。互いに足りない部分を補い合い、協力し合っていけばいいのです。私達は仲間なのですから」
「わ、やっぱり三日月だ。言う事がキザっぽい」
「……ま。三日月だしな」
「だから二人して茶化さないで下さい」
戦闘中にあるまじきやり取りを月夜はじっと見ていた。
『……まあ、あいつも三日月だしな。ちょっと見直した……か?』
「しかしいちいち隠れられては埒がありませんね。……ならば!」
『異形』達の隠れている区間に「タスラム」が投げられた。
「夜姫様!!」
三日月(小)の合図と共に、上空から『アイゼンカイザル』と『瀞蒼』の援護をしていた『夜姫』が魔力を練り上げる。
「タスラム」が炸裂し、エネルギーが一面を覆い――若干タイミングをずらして何十もの光球が岩陰の『異形』を的確に捉えた。
『クレセント』のエネルギーがチャージされた「タスラム」は、その効力が消えない内は範囲内の『異形』の再生を防ぐ事が出来るのだ。
「さすがお姉さま。あっと言う間に全滅――」
「機体急接近……気を付けろ! 『阿修羅』だ!」
その『暁光』からの通信と同時、一つの影が岩陰から飛び出して来る。
全員が素早く反応してその方向を向く。
しかし、その影は陽を背負うように跳んでいた為、反射的に目を庇って敵への対応を遅らせてしまった。
『しまった……!』
それはほんの僅かの時間。
しかしその僅かな時間の間に、影は既に三日月(小)の駆る『クレセント』の目前にまで迫っていた。
「シャアアアアアアアアッ!!!」
「オオオオオオオオオオッ!!!」
『阿修羅』の上空からの攻撃を横から突き飛ばしたのは、『アイゼンカイザル』だった。
アルと三日月(大)は大きく迂回して、障害物の少ないコースを通りながら戦闘をしてきたのだ。
「くらえぇぇぇぇぇぇ!!」
額の角「レーヴァンティン」が赤く輝き『阿修羅』に突き刺さる前に、討魔は六本の腕を操って『アイゼンカイザル』を引き剥がした。
「邪魔すんじゃねェよ!!」
襲い掛かる爪の一撃を右のステークで受け流したアルはそのまま右を突き出した。
「はッ! そんな単調な攻撃が当てられるとでも思ったか?!」
軽いスウェーバックで難なくそれを躱した『阿修羅』は、そのまま体を捻って3本の腕を叩き付けた。
無機質な岩と荒野の世界を、金属を引っ掻く嫌な音が満たす。
「そっちこそ……そんな軽い攻撃でカイザルの装甲を破れると思うな!」
『アイゼンカイザル』が乱射するマシンキャノンに『瀞蒼』の援護射撃が混じる。
他の五人は、新たに出現した『異形』達の対応で手一杯だった。
「早い……! あいつら、もしかして進化してるのか?!」
「運動性に優れた特化機なのでしょう。『阿修羅』の動きに少しでもついていけるような!」
「ここでボクの『リュンクス』や『クレセント』が離れる訳には……いかないか」
夜姫は上空から両方の援護をしていた。
空戦型の『異形』の数はごく僅か。
それを一旦叩き落してしまえば制空権は握ったも同然だ。
『……とは言ってもこのままじゃ数に押されちゃうわね。広範囲殲滅魔術を使う訳にはいかないし……』
その時、夜姫の感知に何かが引っ掛かった。
その正体を『暁光』がいち早く分析する。
【機体反応1……『聖竜騎』なのです】
遠距離からの『聖竜騎』の砲撃。
『阿修羅』が背後からの奇襲を横飛びに避けると、光線が軸線上にいた『アイゼンカイザル』の足元に突き刺さる。
「戻って来たか! これで形勢逆転だ!!」
改めてステークを構える『アイゼンカイザル』に対して討魔が不敵に笑う。
「さあ……どうだかな」
その間にも『聖竜騎』が両腕の刃を伸ばし、こちらに向かって来る。
アルも『阿修羅』に向かって突撃し、右のステークを振り被った。
「挟み撃ちだ! くら――」
直前、アルは自らの目を疑った。
自分を挟んで『阿修羅』に向かっていたはずの『聖竜騎』が――『阿修羅』の横を素通りしていったのだ。
そして機影は見る間に間合いを詰めていき――
「うわあああああああああああっ!!??」
その刃を、迷う事無く『アイゼンカイザル』に振り下ろした。
「な……!?」
予想外の出来事。
皆が状況を解さぬ内に『聖竜騎』は「玄武」と「朱雀」を構え、『異形』達と戦う月夜達に向けて撃ち放った。
それは、『異形』達を一体たりとも捉える事は無い。
純粋に、月夜達に向けて放たれたものだった。
「お、お前一体何を……?」
「月夜様、危険です!」
今度は『リュンクス』に向けられた凶刃を、寸でのところで『クレセント』の刃が受け止める。
暫しの鍔迫り合い。
その時、三日月(小)は『聖竜騎』の右腕が空いている事に気が付いた。
その手には、刃の無い剣の柄が握られている。
「これは……月夜様、離れて下さい!!」
左の刃を流して、『クレセント』と『リュンクス』が同時に飛び退いた。
背後には背丈の倍ほどの岩山があったので、それぞれがそれを挟んで別方向に逃げる形になる。
そして、『聖竜騎』の右腕が大きく横を薙ぐ。
その軌跡に沿って――岩山が滑るようにゆっくりと、ゆっくりとずり落ちていく。
右手に握る柄。その先には、機体以上に長い大剣の刃。
『聖竜騎』がその大剣「天羽斬」を静かに構え直す。
その間にも、様々な通信が『聖竜騎』に送られるが……一つとして返答は返って来ない。
「おい……何とか言えよ……何でお前があんな奴等の味方をするんだよ! 答えろよ、スラッシュ!!」
「落ち着いて下さい、月夜様! 機体を奪われたか洗脳されたという事も考えられます!」
「……」
三日月(大)は無言で『瀞蒼』のライフルを構えた。
「どれにせよ、今私達がすべき事は――戦う事です!」
光の雨が『聖竜騎』に迫る。
飛行して躱した後もなお機体を追い続ける攻撃。
その間を掻い潜って、「玄武」による反撃が繰り出された。
岩を盾にした『瀞蒼』だったが――相手はそれに構わず「朱雀」の一撃で岩ごと攻撃する。
砕かれ、上空から降り注いだ大小の岩から逃れる為に止むを得ず三日月(大)はその場から離れた。
離れた瞬間射撃を続行するが……その事如くが回避される。
『こう照準が甘くては……』
三日月(大)の射撃の腕自体は悪くない。
しかし、武器特性に加えて相手が悪いのだ。
機体の回避能力を、操縦する者の腕が引き出している。
「ヒャハハ! 中々の見世物だぜ! 嘗ての仲間同士で殺しあう……最ッ高だな、オイ!!」
『阿修羅』はその光景を離れた位置で見物に入っていた。
「……あ? 邪魔が入ったか」
振り返る『阿修羅』の視線の先。そこに見える一体の妖操機兵。
弓のような武器を手に持ち、薄い衣のようなものを羽織っている。
その姿を確認した時、真っ先に反応したのはアル達3人だった。
「あれは……『アプサラス』?!」
「ちょっと待てよ。あれは向こうにあるはずだろ!?」
「となると乗っているのは……おい、しるぴん! 有事に備えて向こうで待ってる約束だろ!?」
アルは『アプサラス』への通信を開く。
「ごめん。ボク、やっぱり心配で……」
「アルさん、しるぴんさんを責めないで下さい。私も頼んだ事ですから」
「……ってミストさんもいたんですか――うおおっ?!」
『聖竜騎』が動きの止まったアル達に標的を切り替える。
しるぴんもミストもその事に戸惑いを隠せなかった。
「気をつけて下さい! 何があったのかは分かりませんが……今の『聖竜騎』は私達の敵です!」
流石に攻撃する訳にはいかず、逃げの一手の三日月(小)。
戯れに『阿修羅』は手の一本を掲げ――『クレセント』に向ける。
「――! しるぴんさん!」
「うん!」
ミストの指示を受け、しるぴんが『アプサラス』の弓に力を注ぐ。
「アイギスの神盾!」
二つ所で一瞬の煌き。
『阿修羅』の掌の中心から放たれたエネルギー砲が唸り、その先の標的に向かって突き進んだ。
それを遮るように光の障壁が発射され、二つが衝突して『阿修羅』の攻撃が掻き消される。
へっ、と余裕有り気に笑う討魔。
攻撃を防がれたのも大して気にしていないようだった。
「よお、眼鏡」
「……討魔さん、貴方達はスラッシュさんに何をしたのですか?」
「俺様に教える義務があンのか? オメェはもう『王』の部下でも何でもねェんだぜ?」
「答えて下さい! 討魔さん、貴方達は――!」
「……うぜえな。消しちまえ」
言い終えると同時、『阿修羅』の背後から『聖竜騎』が飛び出してくる。
その手に握るは「天羽斬」。
それを大きく上段に構え――
「や、止めろおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
アルが機兵を加速させる。
しかし、間に合うタイミングではない。
刃が届く前に『アプサラス』が「アイギスの神盾」の展開に成功した。
巨大な金属の塊が障壁に叩き付けられる。
しるぴんは必死で障壁を維持し、ミストは更に障壁の強度を増すため力を注ぎ込んだ。
だが。
あっさりと。
巨大な刃は手放され――
『聖竜騎』が障壁を潜り抜ける。
その両腕に伸ばされた刃が――両袈裟に斬り結ばれた。
「ミストさん! しるぴん!」
膝から崩れ落ち、前のめりに倒れていく『アプサラス』。
それを支えようと駆ける『アイゼンカイザル』。
振り向きもせずにそれに刃を叩き付けた『聖竜騎』。
そして倒れ伏した『アプサラス』に「朱雀」が押し当てられ、砲身にエネルギーが充填されていく。
「いけません! あの至近距離で撃たれては――!」
機体のみならず、操縦者も只では済まない。
「待ちな」
だが、誰もが予想しえなかった方面から止めの手が入る。
討魔だ。
「いいとこだが退却命令が入ったンでな。……引き上げるぞ」
その言葉に従うように『聖竜騎』が砲身を上げ、ゆっくりと『阿修羅』に歩み寄った。
光と共に両機の姿が陽炎のように掻き消え、その残滓を流すかのように乾いた風が凪いだ。
「転移術……」
「三日月! それよりも『アプサラス』を早く!」
「ミストさん! しるぴん! 無事だったら返事をしてくれ!」
無機質な荒野に流れる風はからからに乾いている。
まるで人の心までも乾かしてしまうかのように。
風は、ただ無表情に流れていく。
どこまでも、どこまでも……





この作品は、下記サイトの創作物の設定・キャラクターを二次創作利用させて頂いてます。
