「……駄目だ。これはとても僕一人の手じゃ……」

暗く広い部屋の中、少年の声が響き渡る。

「やっぱり来て貰うしかない。彼等に……」

苦悩が混じるその声。――だが、もうその手段を取らざるを得ないのだ。

「それに、あながち無関係な訳じゃない。今回の敵は――」

――あの・・『王』なのだから――


見上げた先には大きな影が5つ、そびえ立っていた――




月夜のおとぎばなし 機譚外伝 〜Un recorded history〜



第一話 不死なる敵



【……機体反応なのです】
朝妃。『夜姫』と『黒譚』が帰艦してきたよ」
「分かったわ。あーちゃん、ハッチを開いて」
「はいよ」
少々の操作の後に艦のハッチが開き、二機の妖操機兵が着艦する。
両方の格納終了を確認したアートルムは逆の手順でハッチを閉じた。
「ほい、終わり」
【おつかれさまなのです】
「ご苦労様。後は自動操縦に任せておきましょう」
【るーさま、お疲れでしたらリリィが腰をお揉みしましょうか?】
「いい。余計なとこまで触りそうだから」
【……しょんぼり】


『黒譚』、戻ったぞ」
「『夜姫』も帰投したわよ」
黒一色の痩身の巨躯、続けてダークブルーの優美な機体がドックに収められていく。
微調整の後、完全に機体を固定。続けて動力が落とされ、機体中央の装甲が開いて二人の操縦者が姿を見せた。
一人は年の頃15,6程だろうか。
肩まで伸ばした黒髪に黒真珠のような大きな瞳が印象的だ。
もう一人はそれよりも年上なのだろう。
黒に紫を足したようなダークブルーの瞳と腰まで伸ばした艶やかな同色の髪は、夜の闇を想起させる。
「お疲れ様です。お姉さま」
「ん。月夜もね」
月夜と呼ばれた少女は軽やかな動きで装甲の隙間に足場を確保しながら機体を降りて行く。
その少女に「お姉さま」と呼ばれた女性――夜姫は慣れた手順で魔術を組んだ。
次の小さな呟きと同時、その姿が6〜7m下の床に『転移』される。
降りた先にはもう二人が待ち構えていた。
月夜さま、タオルです」
「サンキュ、三日月
「お姉様、飲み物」
「ありがとね、月夜
月夜三日月からタオルを受け取り、ほんの僅か滲んでいた汗を拭い去る。
もう一人の月夜――こちらの髪は白く、より長身だ。
夜姫がその月夜(白)が差し出したコップを受け取り、口を潤す。
「皆、ご苦労だった。後の処置は私に任せてくれ」
眼鏡を掛けた整備服姿の少女――ヘイムダル・ロイクの下に、辺りから小さな機体が集まって来る。
彼女が独自に開発した整備用特殊機体――それらが『黒譚』夜姫』に取り付いて行き、各部チェックを開始する。
この艦『暁光』の整備士であり、この艦を含む全機体の開発者でもある女性『ヘイムダル・ロイク』。
この世界に於いて妖操機兵の開発では右に出るもの無しと呼ばれた天才。
その正体が謎に包まれていたのは、この整備機体を使い単独で機体開発をしていたからでもある。
機兵の整備をヘイムダルに任せ、夜姫達はブリーフィングルームに向かって歩き出した。
夜姫様、様子のほうは如何でしたか?」
「ん。その話は後でね」
「お姉さま。ボク、シャワーを浴びて来ますね」
概ね、平和な時だった。
――例えそれが嵐の前の静けさであったとしても。
「ふむ。それではあちら側に新しい動きは見られなかったと」
「そうね。デマだったみたい、あの話」
「でも大抵そんなものよね、噂って」
三日月朝妃は情報収集に出ていた夜姫の話を聞いている。
アートルムは椅子の上で胡座をかいており、ルブルムは瞑想するかのように静かに目を閉じていた。
そして、ルブルムの傍にちょこんと立っているリリィ。
何も新しい話が無いと分かった途端、くつろぎモードに入ってしまったようだ。
月夜(白)と整備の終わったヘイムダルは夜姫達の傍の椅子に座って話を聞き、月夜は風呂上りの牛乳を飲んでいた。

この世界のとある二国間に勃発した戦火は、この世界独自の技術『妖操機兵』によって拡大する。
その状態が長く続き、やがてレジスタンス的な存在などの」第三勢力も加わって動きはより一層読み辛くなって来た。
夜姫達はその中で戦争終結の為、独自に活動をしていた。

「あ、それから途中で立ち寄った町でちょっと面白い話があったわね」
夜姫のその言葉に月夜がびくり! と反応する。
その話に真っ先に興味を示したのは月夜(白)だった。
「え?」
「聞きたい?」
焦らすような面白がるような態度の夜姫に、月夜(白)がこくこくと首を振る。
朝妃も話を聞きに近くに寄る。
「あのね。聞いた話だと……この辺りで変な噂が立っているみたいなのよ」
そこで夜姫は後ろに手を伸ばす。
その手は、抜き足にて逃げ出そうとする月夜の肩を的確に捉えていた。
「ボク、お風呂に……」
「さっき行ったでしょう、月夜さま」
「じゃあ急用が……」
「する事も無くて暇で暇でしょうがない、とも言われましたが?」
三日月月夜のやりとりの間にも夜姫の話は継続されていた。
「お母さん、続き続き」
「戦場跡って色々な物が転がってるでしょ? とあるジャンク屋の人がパーツを取りに行った時の話らしいんだけど……」
ふんふん、と頷く月夜(白)三日月にヘイムダルもその話に興味を持ったようだ。
ルブルムは片目を開け、注意だけをそちらに向ける。
アートルムとリリィは我関せずといった様子。
ただ一人、月夜だけがガタガタと身体を震わせ、耳を塞いでいた。
「転がっているパーツを集めて荷台に積む事を繰り返す事十数回……目ぼしいものを取り終えて帰ろうとした時、ある事に気が付いた」
「ある事?」
月夜(白)が鸚鵡返しをする。
夜姫は鷹揚に頷くと、人差し指をぴっと立てた。
「瓦礫の影で、大きな影が動いていたのよ」
「……遅れて回収に来た同業者の妖操機兵だったのではありませんか?」
冷めた口調の三日月の言葉に夜姫は首を振る。
勿論その間も月夜を捉える手は離さない。
「始めはその人もそう思ったらしいのよ。で、どこの機兵なのかを確かめに行ったところ……奇妙な事に気が付いた」
言葉を切ると一瞬辺りが静まり返る。
「――無かったのよ、コクピットが。完全に潰されて・・・・・・・
「そ、それって……」
「それだけじゃないわ……次の瞬間、破壊されて転がっていた機兵達が一斉に立ち上がって――」

「お 前 も 仲 間 に し て や る 〜 〜 〜 ! ! !」

「ひゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ?!」
夜姫のおどかしに月夜(白)が飛び上がる。
夜姫様。月夜様をからかいになるのは控えて下さい」
極端に驚いている月夜達とは対象に三日月は冷静だった。
「察するに最後のくだりは夜姫様の創作でしょう?」
「あ、ばれちゃった?」
見破られる事も予想していたのだろう。
すぐに悪戯っぽく笑って誤魔化した。
「ひ、ひどいですよお姉様ぁ……」
「あはは、ごめんごめん。でも月夜ってば大きくなっても怖い話は苦手よねー」
「うう……分かってるなら言わないで下さいよ〜……」
月夜(白)を宥める夜姫の横で、朝妃が心の中で胸を撫で下ろしていた。
『実はびっくりしちゃったなんて言えない……』
そこで話を切り替えるようにヘイムダルが大きく息を吐く。
「……それで? どこまでが真実の話なのだ?」
「コクピットが無い機兵が動いていたって所までね」
「……ボクも聞いたから間違いない」
「え……ええっ!?」
「そうよ。きっと戦死した人達の無念が壊れた機兵に乗り移って……」
「「ひゃぁぁぁぁ?!」」
なおも月夜達を脅かす夜姫を手で遮ったヘイムダルが更に問う。
「動いていた……とはどのようにだ?」
「ん〜……その人も慌てて逃げ帰ったらしいし、詳しくは分かっていないみたい」
「それもデマだと思うよ。そういう話、戦場ではごろごろしてるもの」
言葉を挟んだのは沈黙を保っていたルブルムだった。
ヘイムダルもそれに同意するように頷く。
「そうだな。仮に真実だとしても……敵を欺く為にダミーのコクピットを用意してあるような輩の類だろう」
「あー……そう言えばいたわね、そんな人」
以前対峙した中に、同じ手段を使い奇襲をしようとした者がいた事を朝妃は思い出した。
通常、コクピットは機体の中心――最も守りを厚くする事が出来る胴体部に位置している。
そこであえて乗り心地の悪い頭部にコクピットを置く事で敵を欺こうという趣旨だ。
しかし夜姫の感知は欺けずにあっさりとやられてしまった事を付け加えておく。

それきり、その話題は皆の意識の隅に追い遣られていた。
――やがて訪れる異変の予兆を――




――それから3日。
警報音が艦全体に響き渡る。
機体格納庫に向かい走る月夜は、途中で三日月と合流した。
三日月、何があったのか知ってるか?」
「詳しくは分かりませんが……これは第二種の警報音ですね」
「第二種……」
格納庫――月夜三日月以外は既に体制に入っていた。
「遅刻よ、月夜
「すみません、お姉さま。……ところで今何が?」
「識別信号の無い妖操機兵の集団が接近しているそうだ」
夜姫に代わって答えたのはヘイムダルだった。
その間にも月夜は持ち前の身軽さで機体を駆け上がっていく。
三日月も足掛けのついたワイヤーを下ろし、コクピットへと向かっていた。
「それだけなら別に気にする事はないんじゃないか?」
コクピットに到着した月夜が下のヘイムダルを見下ろしながら問う。
「全員が全員、識別信号らしきものを発していない。
 それがこちらに向かって来ているのだ。もしかするとこの艦に攻撃を仕掛けてくるのかも知れん」
「なるほど。それで第二種って訳か……」
艦橋も同様に、警戒体制に入っていた。
「……ったく。識別信号くらい出しとけっての」
【同感なのです。幾らあーさまでもそれを忘れたりはしないのです】
「……いや、それどう言う意味よ?」
「それでも、こうなっている以上は警戒しなくちゃ」
「……出来れば、戦いになんてならないといいけど……」
朝妃……」
皆知っている。朝妃は戦いを好まない事を。
それでも、このような事を引き受けてくれている事も。
出来れば自分がそれを軽減してやりたい――それがルブルムの気持ちだった。
「……あーさま、例の部隊の映像は?」
「ん、今出た」
【『廉戈』10、『翼兵』6】
「……しっかし皆ボロボロだな」
アートルムの言葉通り、その機兵達は満身創痍だった。
装甲は焦げ、剥がれてあちこちに亀裂が走っている。
本来は飛行可能な機体である『翼兵』も飛行をしていない。
銃火器を持っている機体も半数程。しかもその中には銃身も歪み、まともに使えそうにないものもあった。
――敗残兵――
共通の単語が四人の頭をよぎる。
「……これなら大丈夫そうだね」
「そうね。警戒体制は解いてもいいかも。それから……」
「それから……何さ?」
「もし助けが要るなら……簡単な修理くらいはしてあげてもいいわよね?」
――いつもの朝妃だった。
今の時勢には珍しい程に優しくて、子供みたいに純粋な面もある……
だが、ルブルムはそんな朝妃が好きだったし、ずっとそうあって欲しいとも思っていた。
振り向いた先でにっこりと笑う朝妃の顔を見たルブルムの顔もほころぶ。
相変わらずお人好しな事だと思っていたアートルムだが、それが朝妃の性格である事は重々承知しているので何も言わなかった。
それにそんな朝妃も嫌いな訳ではない。
だが、そこでわざとらしく背を向けてしまうのはアートルムの性格だろう。
行儀悪く、足をパネルに乗せようとした時――モニターにフラッシュが走る。
この艦の対物理フィールドが弾丸に反応したのだ。
「う、撃って来ただぁ!?」
思いもよらぬ事態。いち早く我に返ったルブルム朝妃を促す。
朝妃、戦闘配備!」
「あ……そ、総員第一種戦闘体制!!
ハッチを開いて各機、出撃させて!!」
「お、おう!」
慌てるアートルムだが、既にリリィが発進の操作を進めている。
『「黒譚」、出るぞ!』
『「瀞蒼」、行きます!』
『「夜姫」、出陣!』
全機が出撃した事を確認すると、朝妃が次の指令を出す。
『暁光』、緊急浮上!」
「おっけー!」
『暁光』、浮上します】
朝妃の指示に従い、『暁光』が浮上する。
おそらくはこの世界にただ一つ、空中を移動出来る艦だ。
ヘイムダルが取得している高水準の機工魔術――そして『紫』の神である朝妃の膨大な魔力。
その二つがあってこその空中艦なのだ。

『黒譚』『瀞蒼』は艦のカタパルトで、『夜姫』は転移魔術、月夜(白)は『夜姫』の肩に乗って出撃。
「……ボロボロだな」
月夜、油断しちゃ駄目よ?」
「こちらに攻撃を仕掛けて来た以上、こちらも黙っている訳には行きません」
「そういう事」
「……そうだな。この艦に攻撃して来た事、後悔するなよ!」
月夜『黒譚』が先陣を切ると同時、月夜(白)も宙にその身を躍らせる。
落下先には、一体の『廉戈』。
『黒譚』の拳と月夜(白)の着地の衝撃が『廉戈』の頭を潰す。
それらを踏み台にしてその両名が飛び上がり、次々と残りの『廉戈』を屠っていく。
『黒譚』の脚が胸部をへこませ、月夜(白)の手刀が腕を飛ばす。
その尋常でない動きに、一般機兵がついていけるはずがなかった。
危険を察した『翼兵』が一斉に浮かび上がり、『暁光』に向かっていくが、それを阻むように一つの影が立ち塞がった。
「残念、通行止めよ」
それを確認した『翼兵』達が散開し、隊形を整える。
『翼兵』の一機が銃で『夜姫』を狙い撃つが、弾丸が届く前に『夜姫』の姿が陽炎のように消え失せてしまった。
一瞬で背後に回り、魔術の一撃であっさりとその機兵は撃墜。
続け様に蒼い閃光が次々と残りの『翼兵』に放たれる。
それを辿った延長線上には、ロングライフルを構えた『瀞蒼』が立っていた。
銃を持っていた三機の内二機がそれに撃ち抜かれ、煙を吐き出しながら落下する。
残りの一機が『瀞蒼』に向けて銃を構えるが、その指がトリガーに触れる前に光の矢が機体に突き刺さった。
夜姫の魔術だ。
左前に手を伸ばし、半身を見せる姿は何処か気品を感じさせる。
残りは空手。戦術は接近戦一択。
それに対する『夜姫』と『瀞蒼』は遠距離型機体。
近付き、反撃の手も出す事すらままならずに閃光の餌食となり、二機の『翼兵』が錐揉み落ち、地面に液を撒き散らす。
「ご苦労様、三日月
「いえ。……あちらのほうも片付いたようですね」
その言葉通り、『廉戈』達との戦闘も終わっていた。
ひしゃげ、四肢が飛び、各部を切り刻まれ横たわる躯――その数10。
「お姉様、こっちも終わりました」
「……でもこいつら、何でボク達に襲い掛かってきたんでしょう?」
「その辺は……謎のままかな?」
「さて、戦闘も終わった事だし艦に戻りま――?!」
その時、夜姫は急接近して来る『何か』に気が付いた。
『暁光』でも同様の事が感知されている。
「みんな、上っ!!」
夜姫の警告を受け、瞬時に全員がその場を飛び退く。
上空からの落下物が地面を揺るがせ、土埃を巻き上げる。
そこに立っていたのは――妖繰機兵。
黒と赤に染められた装甲。
そして、何よりも目を引いたのは――その腕。
通常のものに加え、肩口からもう一対で計四本。
その手の先には黄色の爪が鋭く尖り、獲物を狙うかのように細かく蠢いている。
「よお、お邪魔するぜぇ……」
その声は全機兵、そして『暁光』にも届いていた。
いわゆるオープンチャンネルの通信のようなものだろう。
声からすると若い男のようだ。
それに対し、夜姫が魔術による拡声で謎の機兵に呼び掛ける。
「……あなたは誰? 私達に何の用なの?」
謎の機体は首をほぐすかのようにゆっくりと廻し始める。
「決まってンだろ。肩慣らしだよ、肩慣らし」
「肩……慣らし……?」
「俺様の部隊が世話になった礼ってのもあるンがな」
「……! つまりこいつらはお前の差し金か!」
月夜も拡声を使い、声を響き渡らせる。
「ま、コイツ等がやられた礼も含めて――遊んで・・・やるよ」
「正気か? こっちは四人なんだぞ?」
「構わねぇよ」
鼻で笑い飛ばすかのように言った月夜の言葉も、男はまったく気にしていないようだった。
先程の夜姫達の戦いを見てそのような事が言えるのは自惚れ過ぎた大馬鹿か――何かの自信があるかのどちらかだ。
「さあ、サッサとおっ始め――」
男が言い終わらぬ内に、『瀞蒼』のライフルが火を噴いた。
衝撃に傾く謎の機兵。そしてその機を逃さず、『黒譚』が怒涛の追撃を掛ける。
拳で頭部を殴り、膝蹴りで胴体部を打つ。
右手方向から襲い掛かる二本の爪は、既に跳ね上げられている両腕の刃『ビクティム・リッパー』で受け止めた。
月夜さま!」
三日月の呼び掛けに素早く反応し、『黒譚』が動く。
飛び退いた『黒譚』の影から『瀞蒼』を見た謎の機兵だったが――次の瞬間、視界が蒼で埋め尽くされる。
『瀞蒼』の両肩の攻城用キャノン砲。
その火力をまともに受けた謎の機兵の辿る道は唯一つ。
――焼け焦げ、所々が炭化した妖操機兵だったものが嫌な臭いの煙を立ち上らせた。
「助かったよ、三日月。……それにしてもちょっとやり過ぎじゃないか?」
「敵の戦闘能力は未知でした。仕留められる時に仕留めておくに越した事はありません」
「でも不意打ちなんて……三日月って案外卑怯」
「いえ、ですから……っと通信ですよ」
通信は『暁光』から。第一種戦闘配備の解除と帰艦の指示だった。
「みんな、お疲れさま。もう艦に戻りましょう?」
「だけど今回は汗かく事も無かったな」
月夜さま、油断は禁物ですよ」
「それくらい分かってるって」
先程までの戦場跡に背を向け、地に着艦した『暁光』に戻ろうとする一同の背後から――それは、響いて来た。
「ク……ククク……ヒャアッハッハッハ!!!!」
壊れた人間が発するかのような――正常たる者には戦慄さえ感じさせる狂気的な嗤い声。
振り返り見た者達全てが眼前の光景を目にし、自らの目を疑った。

ありえない。ありえるはずが――ない。
先程、無残に灼き焦がされたはずの機兵が……その場に立っているなど。

「ヒャハハ! 痛ぇ……痛ぇなぁ……あんまり痛ぇモンだからよ……蘇っちまったじゃねぇか!!」
「な……!?」
『絶句』。その一言が全てを表している。
目の前の異常事態――だが、謎の機兵は戦闘前と同じ全き姿を保っている。
それは、紛れも無い事実。
「あんな終わり方じゃあっけな過ぎてつまんねぇだろ?
 折角なんだからよ……もうちっと俺様と遊んでいけや!!!」
その一言が合図であるかのように――撃破されたはずの機兵達が一機、また一機と立ち上がって行く。
腕は取れ、装甲は歪んだものからコクピットが潰されたものまで……
嘶く声は、「U」とも「O」とも取れるような不気味な響き。
――怨嗟にも似ていた。
そして、訪れる変化。
機兵達の外部に取り付けられた装甲がギシギシと鳴る。
急激に進化・増強された内部生体組織が鉄の鎧を押し上げていた。
自らを縛る枷を断ち切り、解放を渇望するかのように。
それが限界に達した時――身を縛る鋼鉄の呪縛が弾け飛ぶ。
その姿は、正に異形。
全身を覆う逞しい肉の鎧。
丹念に磨き上げられたかのように鋭い爪や、体のバランスを崩す程発達した腕などのばらばらな武器。
その背に翼を持つものは、『翼兵』の変化したものなのだろうか。
角が生えているものもいたが、捻れていたり直角に折れ曲がっていたり――形も数も均一ではない。
只一つ、共通していた事――それは、夜姫達に向けられる敵意。
「さあ、やろうぜぇ……楽しいパーティの始まりだ!!」
陣形も作戦も無いかのような怒号を伴う突撃。
その怒号は全員の正気を取り戻すには充分過ぎた。
そして敵味方入り乱れた攻防が開始される。
……いや、それは正確な表現ではない。
復活した異形達は、全くと言っていいほど防御行動を取っていない。
殴打されても、切られても、撃ち抜かれてもそれを意に介さない。
効いていないのではない。現に攻撃を受けた瞬間は動きが止まる。
月夜(白)の腕が異形の肩口に突き刺さり、内部で炸裂された魔術が腕を吹き飛ばす。
片腕を失った異形は仰け反り、たたらを踏むのだが――
「……再生!?」
千切られた部分からゆっくりと……だが、視認出来る程には早く――腕が生えてくる。
月夜三日月、そして夜姫も同様だった。
「な、何だよこいつら……くそっ!」
「こちらの攻撃は……効いていないのですか」
「再生力が桁外れね……切りが無いわ」
焦りが見え始めた時――割り込んでくる通信があった。
『みんな、そこを離れて!』
その通信が誰からのものなのかは皆分かっていた。
――朝妃だ!
そして、その通信の意味する所も。
『黒譚』が周りの異形を薙ぎ倒して飛び上がり、月夜(白)は転移魔術で包囲から逃れる。
機動性能に少々難のある『瀞蒼』は『夜姫』が連れ出した。
【各員、射線軸上からの離脱完了なのです】
「エネルギーチャージ完了、いつでもいけるよ!!」
「おっしゃー! ド派手にぶっぱなせー!!」
「艦首大口径魔術砲、発射!!」
『暁光』の艦首が開き、大口径の砲門が顔を見せる。
『紫』の神である朝妃の絶大な魔力がそこに充填され、強大なエネルギーと化す。
――そして放たれた紫の烈光が、全てを押し流した。


一丸となっていた異形達……そして謎の機兵。
地面さえ消し飛ばした魔術砲の一撃の威力は、それらを跡形も無く消滅させていた。
月夜(白)が大地に刻まれた爪痕を目で辿って行く。
「すぐに再生されるなら、一撃で跡形も無く吹き飛ばす……か」
「……しかし主砲を使う事態が来るとは思いませんでしたね」
三日月の言葉通り、今までの戦いで『暁光』の主砲が使われる事はなかった。
夜姫達の機兵の戦闘能力が格段に高かった事もあるが……何より、威力があり過ぎる。
今のように機兵どころか操縦者をも消し飛ばしてしまう。
だから、使わなかった。使いたくなかった。使わせないようにしていた。
【敵、反応全て消えました】
「……そう」
俯いた朝妃に掛ける言葉は見付からなかった。
朝妃とて、分かっている。自分の指示が他人の命を奪う事になるのは。
……だが、それでもやり切れないものはあるのだ。
俯いていたのは失われた命への悼みか、自身の罪の意識に苛まされているからなのか――
アートルムがそれに背を向けるかのようにモニターに向かう。
「……ん?」
その視点が一点に絞られた。
「……ちょいちょい」
【?】
「ほら、ここ。何か動いているような――」
アートルムが指したその一点――そこを中心に、景色が捻じ曲がる。
だが、実際に捻じ曲がっているのは空間ではない。
物体そのもの・・・・・・だ。
捻じ曲がったものを修正するかのように歪み、徐々に大きさを増してその姿を復元・・する。
其処には――
「冗談……だろ?」
「まさか……あの攻撃でも……」
あの謎の機兵が……復元されていた。
「無駄なんだよ。オメェ達は確かに強ぇ……だが、俺様達を滅ぼす事は絶対に出来ねえんだよ!! そして――」
謎の機兵がその身を縮め、四本の腕を交差させる。
「……クああああああアアアアア……」
力を込め、全身を震わせ――
「オラああああああアアアアアッ!!!!!!」
叫びに誘発されるかのように――肩の部分からもう一対の腕がせり出てくる。
体液に塗れ、新たに生えた黒の腕……
一杯に広げられた三対六本の腕と黄色の爪、そして毒々しいまでの黒と赤は……
――まるで、毒蜘蛛のようだった。
「倒せば倒すほど強くなるぜぇ……俺様の『阿修羅』はよ……」
首をくっ、と捻った『阿修羅』は新しい腕の動きを確かめるかのように伸縮させた。
「まずはテメェからだ!! あの時の・・・・恨み……テメェで晴らさせて貰うぜぇ!!」
『阿修羅』なる機兵が動く。その先にあるのは――三日月の駆る『瀞蒼』
三日月!」
月夜は素早く動いて三日月のフォローに回ろうとした。
だが、それは何者かによって阻まれる。
異形達もまた、遅れて復活を遂げていたのだ。
「邪魔……するなっ!」
殴り、蹴り、切り付けて振り払うが、再生して次々と押し寄せる異形達には処理が追い付かなかった。
その上、先程より確実に攻撃に対する耐性が増している。
各人の連携を切り離し、『瀞蒼』を孤立させるかのような動きは『阿修羅』を駆る男の指示なのだろう。
「シャアアアッ!!!」
向けられた爪を何とか躱した三日月だったが、無茶な動きに一瞬体勢を崩してしまう。
『阿修羅』がその隙を逃すはずが無かった。
目の前を通り過ぎた一本とは別の腕が『瀞蒼』の両肩を掴む。
続けて両足が捕えられ、『瀞蒼』の機体が持ち上げられた。
「しまっ……」
四肢の動きを完全に封じられてしまった。
この近距離では両肩のキャノン砲も使えない。それ以前に、チャージが間に合わない。
――機兵の奥で、顔も知らぬ男がニタリと笑った気がした。
「まだ二本あるぜぇ……」
残る一対の腕を弓のように引き絞り、コクピットを狙って手刀を構える。
三日月!」
そこで動いたのは月夜(白)だった。
異形達の合い間を縫い、『瀞蒼』を捕える一本の腕を落とす。
「っく……!」
右手の自由を取り戻した三日月は、機体を可能な限り捻る。
胸を貫かんと放たれた両手突きは狙いを外し、表面の装甲を切り裂くにとどまった。
月夜(白)の魔術とゼロ距離からのライフルの連撃を受け、『瀞蒼』の拘束は解かれた。
だが、周りは完全に取り囲まれ、『阿修羅』の腕も直ぐに再生が完了する。
異形達を一旦完全消滅させる事が出来れば再生までの隙に逃げる事も可能だろう。
しかし『黒譚』はその為の手段を持っておらず、『瀞蒼』月夜(白)が敵中心にいるこの状況では『夜姫』の増幅魔術も使う事が出来ない。
『暁光』内部も慌ただしく動いていた。
この艦を狙っていないのは、乱戦時には役に立たないと男が判断したからだろう。
そして、その判断は間違っていなかった。
「るーくん、何か使える武装は!?」
「だめ! あの状況じゃ誰かが巻き込まれちゃうよ!」
「あーもー、どれもこれも威力があり過ぎて肝心な時に役に立たん! 責任者呼べ、責任者ー!」
【……その責任者からの通信が入っているのです】
「ああさっきのうそ! ジョークだから!!」
「あーさま、そんな事言ってる場合じゃないよ!」
『……随分とパニックに陥っているようだがひとまず落ち着け!』
ヘイムダルの一喝に艦橋内部が僅かに冷静さを取り戻す。
『格納庫に予備の妖操機兵が積んである。
 装備を整えておいたから朝妃がそれに乗って出撃してくれ!』
確かに取れる手段はそれしか無かった。
朝妃自身は妖力を持っているので、妖操機兵を操る事は出来る。
問題は一つ――朝妃が妖操機兵に乗るのが始めてだという点だけだ。
考え込む暇など無い。一瞬迷う朝妃だったが、直ぐに艦長席から立ち上がった。
「分かったわ。ヘルちゃん、みんな、艦の事は――」
決意を述べる朝妃だったが、そこにリリィが割り込んだ。
朝妃様、新たな反応なのです】
「今度は何?!」
確かに、一直線にそこに向かう機兵達が居た。
その数、四機。

「……居たよ。あそこだ」
「既に交戦しているようですね。急ぎましょう」
「数は17……一人4機の計算だな」
「よし、まずはオレが切り込む!」

『瀞蒼』の正面にいた異形が、突如現れた影に突き飛ばされた。
目に鮮やかな赤の機兵。
その右腕に付いた装置から赤い光が発生し――杭打ち機パイルバンクのようにそれを突き飛ばした異形に突き刺した。
体を貫いた光に異形が苦悶の声を上げる。
そして、その姿が塵となって消え去った・・・・・・・・・・
その事に、夜姫達は驚きを隠せない。
男も同様だった。
「な……こ、こりゃあ……」
続けて、『夜姫』の周りにいた翼を持つ異形が紫色の光線に撃ち抜かれる。
光が命中し、落下していく異形もまた同じように消滅していった。
光の発生源を見ると、宙を飛ぶ白い機兵が銃らしきものを構えている。
どうやら光はその機兵が放ったようだ。
次々と放たれる紫色の光線に、青白い光弾が混じる。
光弾を放った蒼と白の機兵は、こちらに向かって滑るように走って来る。
そして、構えた砲身から光刃を伸ばし――すれ違い様に異形を横一文字に斬り捨てた。
消滅する異形を後ろに、次は『黒譚』を囲む異形達を標的とする蒼と白の機兵。
異形達もそれに気付き、警戒するが――それを背後から一刀両断にしたものがいた。
巨大な棍の先には、鉾槍ハルバートの刃のような光。
続けて得物を振り被る黒と白の機兵を見て、慌てて月夜はその場を離れた。
大きく横に薙ぎ払った鉾槍は二体の異形達を纏めて両断し、そして消滅させる。
夜姫達は、呆けたようにその四機の戦いを見ていた。
「何だ、あの機兵は……」
赤の機兵が右腕を振るい、異形を貫く。
「私達の攻撃が通用しなかった相手なのに……」
蒼の機兵が光弾と刃を巧みに使い分け、異形を討つ。
「それを……倒していると……」
白の機兵が空中で攻撃を避けながら銃を構え、異形を撃ち抜く。
「一体……何者なの……?」
黒の機兵が棍で薙ぎ、異形を切り裂く。
――そして残るは後一体、『阿修羅』のみ。
四機の機兵達が其々の武器を構え、『阿修羅』も腕を広げて構えを取る。
一触即発の状況を変えたのは、新たな機兵の登場だった。
『それ』は突然、『阿修羅』の頭上に転移して来た。
……いや、それを機兵といって良いのだろうか。
腕も、脚も無い。
腕の代わりにウイングが付き、先端に行くにつれ鋭利になっていくその姿はステルス戦闘機を思わせた。
討魔さん、此処は退きましょう。不確定要素が多過ぎます」
落ち着いたような声は、その新たな機兵の操縦者のものだろう。
『阿修羅』に入った通信がオープンチャンネルで漏れているといった感じだ。
「俺様の名前を気安く呼ぶんじゃねぇ!!」
「お、お前……」
割り込んだ声はおそらく動作から見て赤の機兵のものだろう。
指差す手を震わせながら、大仰に驚いている。
「お前……名前があったのか!?」
「ぶッ殺おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおす!!!!!!!!!」
討魔さん!!」
激昂した『阿修羅』が腕を振り被るが、飛び掛かる前に制止を受ける。
「……チッ。テメェ等との勝負はおあずけだ!!」
『阿修羅』は新たに現れた機兵の背に乗ると、高速でその場を離脱した。
四機の機兵はそれを追って行き――やがてその姿が見えなくなる。
「あ、行っちゃう……」
「待って」
思わずそれを追い掛けようとした月夜(白)を制止したのは夜姫だった。
「深追いは禁物よ。一旦艦に戻りましょう。
何しろ、何がどうなっているのかも分からないんだから……」
その言葉を受け、月夜三日月も艦へと戻って行く。


――誰もがあの異形と四機の機兵達の事を考えていた――





    

    

    


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