何もかも、失ってしまった。

前触れも無く、突然に。

そして、それが取り戻せないと知った。


ならばせめて、守りたいと思った。
同じ事を、もう二度と繰り返させない為に……


――そして、僕は戦いを決意する――




魔法少女まじかる☆へぷーVS仮面ライダー169(アルキュン)

〜CROSSED TALES〜



EX-06 刃の悲壮



「はぁっ……はぁっ……」
僕は木々の合間をすり抜け、草をかき分けながら林の中を走っていた。
後ろから複数の足音が追って来ている。
『しつこいな……』
魔術の構成を組み、追っ手では無く地面にそれを放つ。
小規模な爆発が地面を抉り取り、吹き飛ばされた無数の土礫が追っ手に降り注ぐ。
これでダメージを与えようなどとは考えていない。
あくまでも牽制――距離を取り、撤退、若しくは反撃の行動に移るまでの時間稼ぎだ。

簡単な任務のはずだった。
居住区に危害を加えた魔物の群れを討伐。住人の話によると強力な魔獣は確認されていない。
被害を抑える為、僕が群れの一部を分断して隊の待ち構える場所まで誘導し、確実に仕留める。
――とても簡単なはずだった。
しかし誘い込んだ先には隊の一人も見当たらず、それどころか魔物の増援と合流してしまう始末。
『しかし僕も運が悪いね。……昔から』
走りながら装備を改めて確認する。
持って来たのは武器用としてショートソードが二本、ダガーを一本。
消耗品では投げナイフ、連続発射式の小型ボウガンとその矢――いずれも僕自身の手で魔力を付加されている。
そしていざと言う時の為の魔硝石を筆頭に魔術用のアイテムがいくつか。
途中でその場を切り抜ける為に既に何個かの消耗品を使っていた。スクロールのカードも残り僅か。
生き残る為にもなるべく消耗品の使用は控えておくべき――しかし、大群相手に長く戦い続けるのは体力の問題から不可能。
僕にそれをも楽に切り抜けられる高い技量と体力があれば問題は無かっただろう。
僕に大群を丸ごと吹き飛ばす事が出来る高い魔力があれば問題は無かっただろう。
あの『変質した大気』によって僕の体が変異し、魔力に目覚めた事は幸運だったが、その力は高いものとは言い難かった。
しかし、無い物ねだりをしても今の状況が変化する訳でもない。
その間にも隊に念話で救援を呼びかけるが、応答は無い。
僕の念話の届く範囲には誰もいないのか、或いは――
『……とにかく今はこの危機をしのぐ事を考えよう』
嫌な予感を振り払い、僕は現状の打破に専念する事にした。
時間と材料があれば罠を仕掛けると言う手もあったが、今は論外。
『……やっぱり直接戦闘、か。一対多数の乱戦はあまり得意じゃないんだけどね……』
走る内に木々の間隔が広くなり、身を隠す場所が少なくなってくる。
僕はボウガンを取り出し、真後ろから追って来ている魔物に矢を撃った。
その胸に刺さった矢じりが体内で爆発を起こし、魔物を一撃で葬り去る。
矢じりに魔力媒介として水晶の欠片を仕込んだ特製の矢――消耗品にするには少々高い一品だ。
だが、命には変えられない。惜しげも無く矢を連続で放つ。
しかし、それらを掻い潜ってきた魔物達がいた。
ワーウルフ――その反射能力は高く、腕力もそこそこ。走りながらの狙撃では仕留め辛い相手だった。
しかし、ここで止まる訳にはいかない。数を減らさないまま止まって応戦すればたちまち袋叩きだ。
落ち着いて矢を一本放つ。
真後ろのワーウルフはそれを悟っていたかのように躱した。
だが、同時に僕の魔術が発動する。
霧状の光の粒を無数に解き放つ――命中率と攻撃範囲は良いが、威力には欠ける魔術。
しかしそんなものでも目に入れば一時的に視力を奪う事も出来るし、呼気によって体内に入り込めばかなりの苦痛が走る。
速度を緩め、もがき苦しんで動きの止まった群れをボウガンで一匹ずつ仕留めていく。
突然の右からの気配に気付き、身を捻る。
それまで体があった所に重い物体が振り下ろされ、足元からそれが地面に叩きつけられた振動が伝わってきた。
左のショートソードを抜き、手にした棍棒を振り回そうとするゴブリンの首筋を正確に掻っ切る。
そこから勢い良く溢れ出した液体を避けるようにして動き、周辺を確認。

……どうやら囲まれてしまったようだ。

赤の噴出が止まったゴブリンの体を蹴り倒し、右手をボウガンからもう一本のショートソードに持ち替えた。
じわじわと包囲が縮められる。
僕は努めて落ち着くように自分に言い聞かせながら荷物から一つの袋を取り出した。
魔術を使って風を起こし、宙に投げた袋を剣で切り裂く。
その風に乗り、粉が辺りに跳び散った。
毒……ではない。下手にそんな物を振り撒いたら自分にまで被害が及んでしまう。
振り撒いたのは、粉末状にした安価な魔術媒体の混合物――
「……バーストッ!」
媒体によってその効果範囲を格段に広げた大気の破裂が辺りの木々ごと魔物を蹴散らす。
全部は仕留め切れなかった。――しかし、数を半減させるだけで今は十分。
後は手薄になっている所を突破すれば良い。
「雄オオオオオッ!!」
そして、駆け出す。襲い掛かる魔物の急所を狙って倒しながら突き進む。
「……ガゥ!!」
一匹の魔物の号令と同時に動きが変わった。
陣形を組み、畳み掛けるようにして次々と襲い掛かってい来る。
「ヴォイド!」
素早く転移でそれから逃れる。
移動距離を犠牲にしているが、その分発動までの時間は格段に早くなっている独自の術式。
「……ノイズ!」
固まっている集団に続け様に魔術を掛けると其々の集中力と命令系統が乱され、規則正しい集団の動きがばらばらになった。
元々は対魔術師用に組んだものだが、工夫次第ではこのような使い道も出来る。
乱れた集中力では力も半減してしまう。ヒト相手でも魔物相手でも有効な手段。
僕は魔物の群れの中に飛び込んだ。
連続で二つの白刃を煌かせ、その軌跡が通過した後から出た液体が赤のアーチになって噴出する。
手に馴染んでしまっている重みは振るうたびに紅に染まり、その度に切れ味を保つ為刃にこびり付いたものを振り払った。
群れの中に一匹のトロルを確認した。
右の小剣を口で咥え、自由になった手でトロルにナイフを投擲する。
刃から流れた電流がトロルの動きを止めている間に喉元を目掛けて渾身の力で小剣を突き刺した。
素早く持ち直したもう片方の小剣は心臓を目掛けて胸に突き入れる。生命力の強いトロルも心臓を破壊されてはその命を保てない。
「覇アァァァァァアアアアアアッ!!」
駆けながら次々と襲い掛かる魔物を突破していく。
『こんな所で……死んでたまるかッ!!』
弧を描き、時に鋭く突き出される銀の軌跡が――棍棒を始めとする思い思いの得物が。
補強されたブーツで威力を増した蹴撃や小剣の柄の打撃が――毛むくじゃらの腕が。爪が。牙が。
様々なアイテムや魔術が――多種に渡る魔物の軍勢が。
弾ける雄叫びが――獣の咆哮が。
傷付いた自分を鼓舞する唸りが――破砕音が。断末魔が。
交差し、入り乱れて不調和な戦いの旋律を奏でた。
死に狂ったかのような戦い。
だが、死の覚悟を以って戦うのでは無い。
生きる為に戦う。命を賭して。
生への渇望、執着。僕はそれが人一倍強かった。

――やがて、地に立つ影が一つとなる。

既に息が上がりきっている。
アイテムも殆ど残っていない。
撲撃の衝撃が全身に残り、ギシリと骨が音を立てるような感覚。
だが、辺りの魔物は一掃出来た。
『普段の運は悪いけど……その分こういう時の悪運は強いんだよね、やっぱり』
あの時もそうだった。
これ以上無いタイミングで次元の狭間に巻き込まれた――いわゆる『神隠し』に遭った御陰で僕は『絶対者』の知覚から逃れられた。
そればかりかその狭間から偶然にも抜け出す事が出来たのだ。
更に『変質した大気』に身を蝕まれ、死ぬ寸前にあの世界の異変を感じ取ったグラ様の到着がギリギリで間に合い、九死に一生を得た。
加えてそれによりあの世界の生物としての枠を外れ、本来目覚める事の無いはずの魔力に目覚めると言う幸運。
ここまで重なると最早奇跡としか言いようが無いほどだ。
この世界に来てからも窮地に陥った事は度々あったが、それらを全て切り抜けてこれた。
周辺を見渡すと紅に染まった光景に物言わぬ骸が散乱している。
鉄の臭いに嘔吐感がこみ上げてくる。
傍から見れば僕の顔色は相当に悪くなっているだろう。
僕の服や鎧にへばり付いた血糊が返り血だけでは無かったのもその一因になっている。
「……とりあえず、野営地に向かわなくちゃ……」
道具も体力もほとんど底をついている。まずは隊と合流する事が先決だった。
その前に傷の応急手当をしようと治癒術の準備を――
『――!?』
何かの気配――しかも、今までの魔物とは桁が外れている!
『……いや……まさか、こんな所に……』
思い描いた最悪の展開――
僕は気配のする方向をゆっくりと振り返った。
『……何も、いな――!!!』
背筋に走ったぞわりとした感覚に思わずその場を飛び退く。
――僕の予想以上に恐ろしい相手がそこに、いた……


「……上位の、魔人デーモン……」


――魔人デーモン――
ヒトと敵対する存在。
絶対数でこそヒトに劣っているものの、その力は強大。
ヒトの中にも『祝福ブレス』と呼ばれる力を持つ者がいるが、魔人は生まれながらそれに匹敵する力を持っている。
『しかも……五階級の三、「侯爵」!!』
上位魔人はその力によって階級分けされている。
階級が上になる程その力は強大になるが、三階級以上の魔人はヒトの世に大きく干渉する事は滅多に無い。
もしそれが脅威と認定されたならば、『祝福』を持つ者達が総出で敵対するからだ。
冗談じゃない。
三階級の魔人と言ったら強力な『祝福』を持つ者が対峙する相手だ。
少なくとも消耗しきった今の僕が到底敵う相手では無い。
それ以前に万全の状態ですら勝てないであろう程の力の差が開いている。
五階級とは戦った事があるが、それも隊の一員として――罠等の準備を入念にしての事だった。
『……くっ!!』
僕は魔術の準備を始める。
目の前の相手を撃退するためではない――逃走する為の魔術。
魔人が口の端をつり上げ、逃げ腰になっている僕を嘲笑うかのように頬の肉を歪めた。
「インビジブル!!」
姿を隠し、ボウガンを魔人の足元に撃ち、その場を離れる。
地面が礫となって飛び散った。
余裕を見せ付けているかのように魔人は動こうとはしなかった。




僕はなるべく草むらを避けて逃げた。
魔術によって姿を消しているが、足音や匂い、足跡まで消せる訳では無い。
しかも術中はあまり激しい動きをすると術が解けてしまうので動きが制限されてしまう。
『本隊と合流するまでにもう少し足止めをしておかないと……』
この事態を知らせる為に撤退するにしろ戦うにしろ時間は稼いでおかないといけない。
手持ちのアイテムは残りわずか。――さて、これらをどう使うか……
「……罠、か……通用するかは分からないけど、やってみるかな……?」
そして、林の方を向く。
「……保険もかけられるしね?」


魔人はゆっくりと歩を進める。
僕は気配を隠し、息を潜めて機会を窺っていた。
『……あと、十歩……』
ゆったりとした動き。……僕が遠くに逃げていないと気付いているからかもしれない。
だが、
「三歩……二……一……!!!」
――ぴたり。
そういう擬音をたてたかのように魔人の動きが止まり、足元の地面を見る。
そして、その場で地面に足を叩きつけた。
振動が辺りに伝わる――
僕が身を隠している場所にまでそれは伝わっていた。
『……看破された』
魔人の目の前に大穴が口を広げ、穴の底で錘状に削られた岩が牙を剥いている。
あまりにも稚拙な仕掛けに魔人が嘲笑したかのように口端を吊り上げる。
……だが、見破られるのは承知の上。
「Explosion」
――爆発音――
二重仕掛けの罠――不用意に穴を覗き込んだ者への洗礼だ。
指向性を持たせ、威力を集中した爆発。
更に仕込んだ小さな鉄片がそれに煽られ、凶器と化す。
この面での攻撃――避けられる筈が無い。
大半の煙が治まったその後、魔人は掠り傷一つ負わずにその場に立っていた。
ヒトならひとたまりもなかったであろうその爆発も魔人の肉体には通用しなかったようだ。
『肉体能力特化型か……!!』
僕はボウガンの引き金を引く。
流れ矢が時折魔人の足元に突き刺さり、硬い地盤を抉った。
当たった矢も皮膚表面で止まり、内部で炸裂しなかった爆発は十分なダメージを与えられなかった。
全く意に介していないかのように魔人が林に向かって歩き出す。
そして一本の木を蹴り折って持ち上げ、矢の発射地点に向かって放り投げた。
――いや、撃ち出した。
空気抵抗その他諸々を無視した動きで飛ぶ巨大な杭と化したそれが岩すらも木っ端微塵に吹き飛ばす。
ニヤリと笑った魔人の顔を僕は真後ろから・・・・・見ていた。
さっき砕かれた岩陰にあったのはボウガンのみ。
物質影響系の魔術で遠隔操作し、角度修正したり引き金を引いていたのだ。
力の限りダガーを握り締める。
柄から突き出た針が食い込み、その柄が血で染まる。
それだけでは無い。そこに繋がる刃も紅黒く染まる。
これがこのダガーに付加された効果――血を媒介として切断能力を圧倒的に高める魔術。

血――特に己の血は強力な魔力媒介になる事で知られている。
己の物である為か、付加魔術に詳しくなくとも高い効果を発揮できるからだ。
だが、これを媒介とする事は外道とされている。
僕自身にとってもこれは切り札。万が一に備えてお守り代わりに作った一品だ。
無論他人に見せた事など一度も無い。使ったのも試し斬りの時の一回だけだ。
その短い刃は鉄すらも軽く突き通し、岩をあたかもバターであるかのように容易く切り裂く。
ダガーにしたのは隠し易くする為と、何よりも媒介の量を抑える為。
これが長剣になったりしたらその刃に魔力を行き渡らせる為の血液量が多くなり過ぎてしまう。

更に、もう一つの切り札――

「Limit-break」

スクロールを使うと、頭の中で何かが弾ける。
地面を蹴り出した反動――撃ち出されるような加速度で僕は疾走する。
僕のもう一つの得意分野である精神干渉系統に属する魔術。
普段は他者に対して干渉するのだが、これは違う。
自分自身・・・・が対象だ。
生物は自分の限界を出し切ったりはしない。その動きに肉体が耐えられないからだ。
故に安全策として安全装置を働かせている。
この魔術は精神に干渉し、それを外す事で体の限界を超えた動きを可能とさせる。
強化されるのは肉体のみで、それに見合った動体視力まで補われる訳では無い。
しかし、相手に向かって真後ろから一直線に不意打ちする分には全く問題ない。
轟音に振り向いた魔人――しかし、もう遅い……!
魔人まであと三、四歩……

どぶり。

――何か、長い物が僕の胸を貫いた音。
その先を目線で辿ると、魔人の右手に辿り着く。
聞いた事がある。肉体強化に特化した魔人には自在にその形態を変化させる者達がいると。
今のように指一本ですら人を刺し貫く程強靭に、縦横無尽に動かせる程柔軟に、そして逃れられない程長く……
その指がしゅるしゅると元の長さに戻って行く。
僕はぴくりとも動かない。
魔人は標的を嬲るような目を獲物を仕留めた至福の色に染め、僕を貫いた指を舐めた。
――途端、何やらいぶかしむような表情をする。
予測していたであろう鉄の味などするはずがない。
『気付くのが遅いよ』
瞬間、僕のダガーは魔人の心臓部に吸い込まれるように突き立てられていた。
あの指の衝撃で心臓は確実に破裂しているだろう。
林の中で気絶しているワーウルフの・・・・・・心臓は。

種を明かせば簡単だ。
罠を仕掛ける前、僕は林の中にいたワーウルフを気絶させ、四肢の動きを封じた。
そして、強制的にサブグライドにしたのだ。
サブグライドとは、術者のダメージの肩代わりをする使い魔の事。
その使い魔が絶命するまで術者は受けたダメージを押し付ける事が出来る。
実際、僕の胸には僅かな傷が付いたのみ。
『Limit-break』の反動もこれに押し付けていた。
最後の踏み込みの分の反動は僕に返っていたが、これ位で済むならば安いものだ。
もしあの時の攻撃が肉体ダメージの小さい指では無く拳だったら僕にも多大なダメージが通っていたであろうが、そんな暇が魔人にあったはずも無い。

ダガーを捻り、勢い良く振り、切り裂く。
鮮血が飛び散る。魔人でも血は赤い……地に立ち、呼気で生きる生物である以上。

『勝った……』


「……勝ったと、思うか?」


魔人が、手を伸ばす。
僕の首を掴み、軽々と持ち上げてぎりぎりと締め付ける。
「!!??」
「……その顔だ。勝利を掴んだと思ったその直後にそれが打ち砕かれた表情……たまらない」
『そんな、馬鹿な……』
「……お前は、今こう考えている。
『確かに心臓を破壊したはずだ、生きている筈が無い』と」
苦痛と図星をつかれた驚愕で僕の顔が歪む。
「何の事は無い。この短剣に貫かれる前に心臓の位置を動かしただけの事だ。
 わたしが変化させられるのは形状だけでは無い。内部構造まで自在に変えられるのだよ……」
短剣を引き抜かれ、その刃が力任せにへし折られる。
『硬度も強化された刃をいとも簡単に……!』
「久し振りだ。これほど楽しいのは。
 しかもそれが『祝福』も持たない者であるとはな。これだから世の中は面白い。
 ……いや……『祝福』を持たない故に、か。
 力を持つ者は得てしてそれに頼りがちだ。それを磨こうともしない。
 限られた力の中で奇策を生み出すお前の『力』は大した物だ。
 並みの『祝福』を持つ者との戦いよりもよほど面白かったぞ」
「……カハッ……」
歪む視界の端が何かを捉えた。
『あれは……』
「楽しかったのだが……もう飽きた。お前もこのまま殺してやろう」
苦痛の中で僕は素早く魔術を行使する。
視界の端でボウガンの引き金が動き、矢が魔人の背に直撃した。
「こんなものではわたしの肉体を壊す事など出来な……」
「ヴォイド!!」
転移の魔術。
――その対象は、放たれた矢。
矢は魔人の上から目玉に向かって飛び、狙いを違わずにそこに突き刺さった。
「ぐおおっ!?」
筋肉に通らないならば元々空いている穴に向けて放てばいい。
魔人の手から解放された僕はもう一度転移の構成を組んだ。
今度は、僕自身を出来るだけ遠く――!!

「逃がすと……思うか……?!」




転移した先から隊の拠点まで全力で走る。
やはり、僕の敵う相手じゃない。
先刻の戦いでも解る。
『遊ばれていたんだ、僕は……』
もしそうでなければ一瞬の内に殺されていた事だろう。
しかし、隊の中には『祝福』を持つ者もいる。
勝てないまでも、時間なら稼げるはずだ。
報告に帰った者が増援を要請し、それが到着するまで生き延びる――これしかない。
たった一瞬の限界突破の反動でボロボロになった筋肉に激痛が走る。
魔物の大群との戦闘で負った傷も加えわって、体中が軋み悲鳴を上げていた。
だが、足を止める事はそのまま死を意味する。
もうすぐだ。もうすぐ、辿り着――

――ブーツ越しに感じたぶにゅりとした感触に後ろを振り返る。

「――!!」
巡った思考がその正体に行き着いた時、僕は全身の苦痛にも構わずに駆け出していた。


辿り着いた拠点。
そこに広がっていたのは一言で言えば――惨劇。
生渇きした赤黒い水溜りにヒトであった物が散乱している。
赤一色の中、肉から覗く骨の白がやけに際立っていた――
「全……滅……?」
「その通りだ」
木の陰から魔人が姿を現す。
おそらく、先回りしていたのだろう。
「手ごたえの無い連中だった。
 臆する事無くわたしに向かってきた勇猛さは認めるが、それは蛮勇と言う物。
 伝令に向かった者もきっちりと始末してある。……途中で気付かなかったか?」
あの時、途中で踏んだ遺体――その騎士の事を言っているのだろう。
「『祝福』を持つ者もいたが……規模と研鑽が足りなかった。わたしには到底及ばない」
「……部隊長……」
一度持ち上げた部隊長の体から面白くもなさげに放し、魔人がその頭を踏み潰す。
全滅……幾ら精鋭が居なかったとは言え、騎士団の各師団から集めた36人が……
『僕を除いて全滅した……のか……?』
「案ずるな。お前も直ぐに後を追う事になる」
「……僕を殺しても……異常に気が付いた本国から討伐者が来ますよ?」
「それに気が付くのにどれ程掛かる? 三日か? それとも十日か? ……それ以上と言う事もあり得る。
 わたしはそれまでゆっくりとこの近辺で『狩り』が出来る……」
「――!!」

……聞き逃せない言葉。

「この近辺の居住区に住む者達はどれ程なのだろうな?
 邪魔の入らない久々の狩りだ。……ゆっくりと、楽しませて貰うとしよう」
「……」
「死が、怖いか? 跪いて命乞いをするのならば考えても良いぞ?」
「……お前は……ただ自分の楽しみの為だけにヒトを殺すのか?」
「ヒトも同じような事をするだろう。獣相手にな」
「……そこに住む人達の事を考えた事は……」
「獲物の生活を杞憂する狩人がいるのか?」

――ドクン――
胎動の音と共に何かが目覚める。
胸の奥深くにしまい込んだ記憶――
僕の『世界』で最後に見た、あの光景が甦る……

思い出してしまった。
思い出したくなかった。
思い出さずに済む方が幸せだった。

――でも、思い出してしまった。

「……下衆め」
「それはわたしにとって褒め言葉だな。わたしの価値観はお前達のそれとは大きく異なっている」
「相手がお前で良かった。……僕も、安心して外道になる事が出来る」
取り出した魔硝石、抜き放った小剣。
左手で魔硝石を握り、右手の剣で左腕の肉をこそげ取る。
――血が溢れ出し、生乾きの紅い地面を潤した。
適当な所で傷を軽く塞ぎ、削いだ物を左の掌に押し当てる。
「気が、狂ったか?」
煩い。
そんな事を言っていられるのも今の内だ。
魔硝石に籠められた魔力が開放され、光を放つ。
僕は肺に溜めた空気をゆっくりと吐き出し、言葉を紡ぎ、呪文に変えた。
そして、辺りに散乱した人の部品と血液が左掌と同じ輝きを放つ。
「こ、これは……」
呪文は、尚も続く。
「正気か?! お前は、今何をしているのか解っているのか?」
解っている。十二分に。
今僕がやっている事は、禁忌中の禁忌。
――他人の骸を媒介にする事。俗に言う『生け贄』だ。

死霊魔術ネクロマンシーにも属するこの魔術。時には生きた人間でさえ使用する。
魔術師以前に、ヒトの倫理からも大きく外れた外道中の外道。邪法中の邪法。
だが、30人にも上る人数の贄――その中には『祝福』を持っていた人も含まれている。
その効果は絶大。この一言に尽きる。

僕自身の血肉も使ったのは生け贄の効果を更に高める為。
そして、これから行使する無差別殺戮の大魔術の対象から僕を外す為だ。
紡がれていく闇の者への祈りの言葉。僕の周りに強大な力が集まる。
目の前の存在が矮小に思える程の深い、闇……
「ま、待て! もうこれ以上ヒトは殺さない! 誓ってもいい! いや、誓う!!! だから……」
先程までの態度が嘘のようだ。あまりにも滑稽で笑いがこみ上げてくる。
「獲物の事を杞憂しても、仕方が無いんだろう?」
――自分の口から出たものとは思えない程の冷たく、残酷な言葉――
「お前は……絶対に許さない。理不尽に命を奪う奴は……許す事は出来ない」
昔、絶望に沈んでいた僕が、生きたいと願った――強くなりたいと思った、その理由――その決意。
「もう、無慈悲な殺戮は起こさせない。その力を得る為の手段なんか選ばない。
 力があれば正しい訳じゃ無い。それでも……」

チカラガナクテハナニモマモレナインダ

怯え、逃げ出そうする魔人、だが、それは敵わない。
既に結界は張り巡らされている。
一階級の魔人の力を借りたこの魔術――三階級程度の者に破れるはずも無い。
なおも助けを求める魔人の哀願を、たった二つの韻で冷たく突き放す。
単純で……明確な殺意を表す一言――

―― シ・ネ ――

そして、魔術が完成した。


「深淵より出でよ、殺戮のあぎと


この世のモノとは思えない程のおぞましい咆哮が響き、血溜まりから『闇』が現出する。
嵐のように荒れ狂い、其処にある全てを喰らい尽くす――そのマテルも、精神マナも、何もかも。
体を覆う二つ目の結界が、薄くなってきている大気とその闇の牙から身を護る。
辺りにある手頃なモノを喰らい尽くしてしまったそれは、その対象を魔人へと移した。
巨大な顎が獲物を飲み込むかのように上下から魔人に喰らいつき、犠牲者の絶叫が響く。
その余韻さえも喰らっているのように大気の振動さえも急速に治まっていく。
闇から辛うじて逃れていた魔人の右腕が力を失って行き、次第に闇と同化する。
結界内部のモノが全て闇に飲まれ、現出したそれが元の場所に還っていった。
辺りにはもう何も残っていない。
魔人も、仲間だった騎士達も、その遺品でさえも……
ただ、地面の深くまで染み込み、黒ずんだ血だけが此処で起こった惨劇を物語っていた。

「……また、僕だけが……生き残った……」




二人の子供が、椅子に座っていた。
一人は静かに本を読んでおり、もう一人は退屈さに床に届かない足をぶらぶらと遊ばせている。
ドアがノックされ、二人が同時に同じ方向を向く。
「どうぞー? 鍵、開いてるよ?」
開いた扉の向こうから姿を現したのは――
「……怪我の治療を……お願いしたいんだけど……」
スラッシュの言葉に椅子に座っていた二人の子供の内一人がふぅー、と長い溜息をつく。
そして立ち上がり、スラッシュに向かってツカツカと歩き出した。
「……今回は流石にヤバがっ?!!」
その子供は怪我人に向かっていきなり得意のギロチンチョークを極めた。
「――ッ!!!!」
「ねえ、前にも言わなかったっけ? 治療が面倒だから滅茶苦茶な怪我はするなって。
 指が千切れかけたりどてっ腹を裂かれたり……  そして今回は腕を抉られただけじゃなくて全身に重度の打撲と骨折、筋肉もボロボロ。
 それにいくらこの国に優秀なヒーラーが少ないからってなんで私の所に来るの?
 治癒術は専門外だっていつも言ってなかった? ねえ、聞いてる? ちゃんと聞いてる?」
「くろ、それ位にしておけ」
もう一人の褐色の肌の少年が言った。
「しろ、そんな甘い事じゃ駄目。
 このザ・命知らず君がもう二度と無茶な事をしないように命の大切さを教えておかなくちゃ。
 今みたいに私にまで迷惑がかかってくるんだから」
それ以上にお前は俺やスラッシュを迷惑に巻き込んできただろうと言う突っ込みをしろは押さえ込んだ。
くろがにっこりと笑う。
満面の笑顔――そこには一片の曇りも無い。
自分が今まさにスラッシュに迷惑をかけているなどとは微塵も考えていないようだ。
「それに手加減してるから大丈夫」
「……勿論それは相手が大怪我をしている事を考慮していての事だよな?」
「…………あ」
「『あ』じゃねぇよ! まったく……お前はいつもいつも……」
「で、でもでも人がそう簡単に死ぬ訳ないじゃん? 今から治せば大丈夫だって」
くろは自分よりも大きな体のスラッシュを軽々と掲げてベットにぽいっ、と放り投げた。
ぐぇ、とスラッシュの呻き声が短く鈍く響く。
……先程の技と今の衝撃で止めを刺される寸前だった。
くろがぶつくさ言いながら痙攣しているスラッシュの怪我の治療を始める。
「むー、シーツが汚れたー……」
しろは頭を押さえ、薬棚から二つの陶器を取り出した。
ラベルにはこう書いてある。

『常備用頭痛薬』
『神経性胃炎用〜気苦労が絶えない貴方に〜』




スラッシュ殿」
「?」
ここは城外部の廊下。振り向いた先にはこの国の宮廷魔術師がいた。
グラ様がお呼びでしたぞ? また何かあったようですな」
「分かりました、ヒロさん」
「火急の用件であるようであった故に急ぐ事をお奨めしますぞ」
「はい、直ぐに向かいます」
よほど重要な話なのだろう。
悪行魔獣……いや、魔人の話なのかもしれない。
しかし、その場合『祝福』を持たない僕に話をしようとは思わないはずだ。
兎に角、行ってみない事には何もわからない。


――思っていたよりも深刻な話であるようだ。
僕が謁見に行った時には既に玉座の周りは人払いがされていた。
そんな話を何故僕にするのかは検討もつかない。
「……言い難い、そして信じ難い事であるが……」
グラ様は息を吐き、一度言葉を切った。
そして目を細め、真剣味を帯びた目で告げる。
「とある世界に『絶対者』が再び現れた」
「なっ……?!!」
信じ難い事実に思わず立ち上がってしまい、慌てて再び跪く。
『そんな……あの破壊が……また起こるとでも……』
「……成りかけていた者が現れた、が正しい表現であるが」
その言葉に少し安堵する。
が、顔を上げ、疑問を口にする。
「『現れた』……と言う事は現在は――」
「おらぬ。既に消滅した。
 ……スラッシュ。汝はその者が誰に倒されたと思う?」
「? ……その世界に住まう『力』ある者かと……」
「左様。……その者達もまた『絶対者』になる可能性を秘めておった」
驚愕――そんな言葉でさえ表せないかのような動揺が僕の感情を支配する。
「その者達の反応も消えた。だが、死した訳では無い。
 何時再び甦り、破壊をもたらすかは我にも判らぬ」
もし手に木材か何かが握られていたならば、破滅の音と共に潰されていただろう。
食いしばった歯の周りの筋肉の緊張が顔を細かく揺らす。
次に来る言葉の予想はついていた。
そして、その通りの言葉が紡がれる。
「その件に関して討伐隊を――」
「僕にやらせて下さい!!」
グラ様が沈黙しているにも関わらず、僕は続ける。
「僕も、その討伐隊に加えて下さい! 僕は『祝福』を持っていません。他世界に影響を与える事もないはずです!!」
「……心意気は買おう。しかし、汝の敵う相手では無い。
 『絶対者』に対して汝が並々ならぬ感情を持ち合わせている事は承知しているが――」
「お願いします!!」
沈黙が流れる。
――やがて、グラ様が重い口を開いた。
「……その者達についての情報を『移植』しよう。その上で決めるが良い」

『移植』とは他人に知識を分け与える技術の事。
例えるならば頭の中の辞書に他人の辞書のページの写しを継ぎ足すようなもの。
僕のこの世界の言語、文字に関する知識もこの『移植』に因るものだ。
但し、常識に関する事等は『移植』されていなかった。
もし無理に『移植』すれば矛盾した価値観が同居し、混乱が起こる。
これについては生活の中で価値観を徐々に順応させ、受け入れさせる事が一番だった。


兵士宿舎に戻った僕は『移植』された知識を思い起こす。
『移植』によってもたらされた情報は恐るべき物だった。
THATと呼ばれる強力な力――HEPUを持つ存在と、それを破った三人の戦士。
『あれほどの「力」を……打ち負かしたのか?!』
悔しいが今の僕では到底敵わない。
僕も三階級の魔人を滅却した事はあったが、それも一階級魔人の力を借りての事だった。
僕本来の力の規模は左程大きくないのだ。
『……この力に対抗する術を考えなくちゃ……』

グラ様との『契約』。
あの三人が強いとは言えどもグラ様には遠く及ばない。
その力を借りれば――
……駄目だ。
強い『祝福』が他世界に与える影響が未知である今は論外だ。
その手が通じるならばとっくの昔にグラ様本人が片をつけている。

強力な魔術……若しくは『祝福』を付加した道具の使用。
……これも駄目だ。
強力な物ほど前者と同じく他世界に影響を与えてしまうかもしれない。
第一、そんな物を僕が使いこなせるはずも無い。
影響が無い程度の道具ではあの三人には敵わないだろう。

あの時のように一階級の魔人の力を借りるのも没。最初の案と同じだ。
それに、あんな事はもうしたくない……

「……」
コップに水差しの水を汲み、一気に飲み干す。
深く吐いた息と共に張り詰めた感が途切れ、『諦め』の単語が頭にちらついた。
『……やっぱり影響を及ぼす事を覚悟で「祝福」を持つ者を送り込んで貰うしか――』
おそらくグラ様も苦渋の選択を強いられている事だろう。
強力な『祝福』を持つ者を下手に送り込む訳にはいかない。
質より量で攻めれば討伐隊だけでなく、他世界の一般市民にも犠牲者が多数出てしまう。
「……どうすれば……」
あの世界に影響を与えない、尚且つ強力な力――そんな物があるはずが……
「……!」
考えている内に脳裏にある恐ろしい考えが浮かぶ。
『駄目だ! それこそ本末転倒だ……!!』
その考えを強く否定し、別の対策を考える為『移植』された情報を改めて吟味する。
ふと、とある事実に気が付いた。
「これなら……いや、でもこれは……」


『いや、これしか無い。影響も、犠牲も最小限度に抑える方法……』




「三人の力を……再現するだと?!」
「はい」
グラ様にも僕の考えは予想外だったようだ。
「また、同じ破壊を繰り返させる気であるのか?!」
「……いえ、そのつもりはありません」
僕はゆっくりと首を横に振り、説明をした。
「戦士個体弐――白と黒の戦士……この個体だけは力の『質』が他の二人とは異なっています。
 この『変質』を応用して『絶対者』への目覚めの可能性を最小限に抑える事が出来れば……」
「……望みはあるかも知れぬ、か」
「はい。それにこの方法ならば『目覚め』ない限り世界への影響はありません。
 『祝福』を持つ者を送り込むよりも影響が無く、持たぬ者達を送り込むよりも犠牲は出ない――
 これが、僕が考え得る最良の手段です」
「……確認しておこう。それをどうやって実現するつもりだ?」
「付加魔術――僕の得意分野です。それにHEPUと呼ばれる力には魔力との共通点が多い。
 実現は不可能ではないはずです」
沈黙が――長い、長い沈黙が流れる……
「……期限は持って三年と言った所だ。それ以上は待てぬ」
「……全力を尽くします。あの世界の平安の為にも……」


HEPUと呼ばれる力の解析、構成材料の選定、それらに応じた魔術構成の構築、力を変質させる構造……
他にもやる事は山積みだ。
だが、諦めるわけにはいかない。
もし『絶対者』が目覚めればその星だけでなく他の世界にまで滅びが侵食してしまう。
あの破壊を繰り返させない為に……生きる権利を理不尽に奪い去ってしまう者を生み出さない為に……
心強い協力者がいてくれたのは幸いだった。
ヒロさんは魔術師同盟の研究設備の貸与、必要な材料の手配、魔術構成においてもその知識を役立ててくれた。
付加魔術については隣国の有名な付加魔術師『夜想猫』に教えを乞った。
グラ様がこの国の王である『獣を統べる者』獣皇帝、山羊睦月と同盟関係を結んでいた為話はすんなりと通った。
勿論非公式扱いになっている。
余談だが、しろやくろも元々はこの国出身だ。
とある理由でくろが国を出奔し、それをしろが追いかけた形になっている。
僭越ながら睦月王に二人を呼び戻さないのかを尋ねたが、
「あの二人って言うかくろは私にも手が負えないから他国で世話して貰う分には構わない、いやむしろ推奨。
 おかげで毎日安眠出来ているよ。はっはっは」
と返された。
……睦月王の気持ちも分からないでもない。
くろは昔から何でも不用意に首をつっこむトラブルメイカー。
しろはいつもそんなくろに引っ張られ気味だ。
……僕も度々くろの騒動の被害にあっているからその苦労の何分の一かはわかる。
くろがグラ様の国に来てから僕の常備薬にも胃薬が加わったほどだ。


『鬼気迫る』――後にヒロさんが開発時の僕の様子を例えた言葉だ。
研究、開発に戦闘技術の鍛錬、魔術の研鑚。
この暴挙とも言える行為を支えたのは正の感情ばかりでは無い。
基礎研究を経て組み上げに取り掛かり、五つの季節が過ぎた頃ようやく試作品第壱号が完成した。
しかしその力の規模はあの三人には敵わない。
僕は魔物や下級魔人の討伐任務を優先的に回してもらい、試作品の力を確かめた。
その戦闘情報を元に改良に改良を重ね、対抗手段として新しい力も付け加えた第弐号の作成に取り掛かる。

――そして更に半年後、あの三人に抗し得る力を持った第弐号……完成型ライダーシステムが造り上がった――




「時を経る事およそ二年……ついに完成したか」
「はい、この力ならばあの三人にも劣らないはずです」
「ところでスラッシュ殿、彼の世界には誰と共に行くおつもりなのですかな?」
「……僕一人で行くつもりです」
『ねえ、随分と自身ありげだよね』
『勝算があるって事だろ。研究の成果が出たんじゃないか?』
『どんな研究だったんだろ。……しろは何か知ってる?』
『いや、俺も知らん』
くろとしろの囁き声が耳に入る。
騎士団では高い地位にいない二人が此処に居られるのはその高い実力と隣国の客人という立場からだ。
一応騎士団には所属しているが、二人はこの国では比較的自由な立場にある。
「では、スラッシュに討伐の任務を――」
「納得がいかない!!」
グラ様の言葉を遮ったのは騎士団『鎚』の師団から上がった声だった。
グラ様、何故こいつに任せるのですか!? こんな実力の乏しい奴に任せるのは無謀です!!」
「……フェブラル。我もこの二年の間色々当たってみたのだ。
 だが、その中に『祝福』を持たない適任者は皆無だった……」
実力が乏しい――確かに、僕の力は有名な人達に比べたら遥かに見劣りする。
生身ではこの国の中でもそれほど強くは無いのだ。
例えば剣術のしろと魔術に体術を組み合わせたくろ。
二人が協力すれば三階級の魔人であろうと決して負けはしないだろう。
ヒロさんも『祝福』を持っており、直接戦闘向きでは無いがその魔力は絶大だ。
しろとくろも発言に加わった。
「月影も駄目だよな。あいつも強いんだが」
『烈迅槍』月影――しろやくろの戦闘指南も一時期務めていたという人物だ。
山羊睦月王の旧友でもあり、その国ではこの国でのくろやしろと同じような立場にある。
勿論その国で学んだ事のある僕とも面識がある。その訓練風景を見た事もある。
残像すら残す程のスピード、相手の攻撃の先を読んでいるかのような眼力、岩すらも砕く鋭い踏み込み、接近を拒む素早い槍の取り回し――
どれも超一流と言って良いものだった。
「無所属の中ではパッと思い付くのはヒクモとかフィルかな」
その二人の名も有名だ。
静かなる狩人サイレントハンター』の異名を持つ戦士ヒクモは隠匿行動を得意としているらしい。
静かに潜伏、準備を進め、一気に事を成す。気付いた時には時既に遅し。
単身で幾つもの犯罪組織を闇に葬った実績を持つが、名とは逆にその姿はほとんど知れ渡っていない。
スカウトとして非常に優秀である証だ。
呪歌使い『音律の調者』フィルはその卓越した呪歌を使い、一度に数百の人々の傷を癒し、時には複数の高位精霊ともコンタクトを取ったと言う。
僕もこの二人についてはこれ以上の詳しい知識を持っていない。

述べられた全員に共通している事――強力な『祝福』と言う力。

この世界では『祝福』を持つ者と強者がほぼイコールの形になっているのが事実だ。
だが、それを悪用すれば他の者がそれを討つ――その不文律が抑制となっている。
先に述べたヒクモに葬られた犯罪組織が良い例だ。
魔人達とヒトも同じような関係にある。
三年前に僕が滅ぼしたような好戦派の魔人も迂闊にヒトに手が出せないのはその為だ。
「現在売出し中とは言っても『ファントムナイト』がそれに見劣りするのは事実だけど」
「おい、くろ……」
くろの言ったのは僕に付けられた二つ名だ。
ファントム――即ち、『亡霊』。
……要は死に損なっていると皮肉られているのだ。
だが、あえて僕は亡霊の二つ名を背負っている。
死に損ない、大いに結構。死ぬべき時なんて僕には無い。
あえて言うならば『絶対者』の可能性が根絶された時、若しくはそれと相討たねばならない時。
それまで僕は死ぬつもりなんてさらさら無い。
それに、僕の世界を救ってくれなかった薄情な神様なんかより亡霊の方がよほどいい。
「俺には『祝福』を持たない者ならば騎士団の中で一番強いという自信があります!!」
「それは我も認めるところ。しかし、我の判断ではスラッシュが一番の適任者なのだ」
「そういう訳である故……納得して頂けますかな?」
「理由も無しに、はいそうですかと納得は出来ない!!」
グラ様もヒロさんも少し困ったような表情をしている。
不満を押さえ込むのは簡単だ。しかし、そうすればそこに禍根が残る。
口には出していないが、他の人達も納得がいっていないのは雰囲気で分かる。
最悪、そこから団結に亀裂が入ってしまうかもしれない。
二人が悩んでいる間にフェブラルさんが僕に掴み掛かる。
「いいか、三年前にお前が邪法の生け贄にした騎士達の中には俺直属の部下もいたんだ!!
 そしてお前だけのうのうと生きて帰って来やがって……!
 それだけならまだ我慢出来る。だがそれでいて責任も問われずにお前がこの国に居座っているのが我慢出来ないんだよ!!」
「責任なら取っていますぞ?」
ヒロさんがやんわりと宥める。
「あの事件の後部隊全滅の責任を取って頂く為騎士団から除隊、邪法を使った事で自分が正魔術師の資格も剥奪しましたからな」
「騎士団から除隊されても兵士として居座っていたしここ最近じゃグラ様直属まがいの扱いだろう!」
「前半は三階級魔人の暴挙を止めた功績、後半はここ半年のスラッシュ殿の上げた功績の賜物ですな。
 フェブラル殿もそれはご存知だと思いましたがな?」
確かにこの半年――ライダーシステムの改良にあたって多数の魔獣や下級魔人を葬って来た。
それは評価に値するものだとヒロさんは言っているのだろう。
「優先的に討伐任務を回して貰っていただけだろう?! 俺だってそれ位の実力は持っているはずだ!
 しろ、お前は何とも思わないのか?!」
「実際に魔物の被害は抑えられている。討伐したのが誰だろうと構わないと思うがな」
「医務室や私達の所に怪我で駆け込んでくる事もなかったしね。別にいいんじゃない?」
しろもくろも別に構わない、と言った様子だ。
強力な『祝福』を持っている二人にとってこの任務は無縁の話だからだろうか。
「――ッ!! それに正魔術師資格を剥ぎ取ってもその後で再取得させただろう!!」
「再取得を禁じる法はありませんでしたからなあ。その盲点をついたスラッシュ殿の勝利、と言った所ですかな?」
「今までは資格剥奪と同時に国外追放だったからねー」
くろがうんうん、と頷く。
「とぼけるな! それが解ってて資格剥奪したんだろう?!」
「はてさて……何の事だか解りませぬな?」
「……狸めっ……!!」
「狸では無く竜ですぞ?」
その言葉の通りヒロさんは竜人だ。
竜人とは元々ヒトの姿を模してヒトの社会に溶け込む事で厳しい生存競争から逃れようと図った竜種族の事。
多種族が入り乱れるこの世界では別に変な話ではない。
ヒトの社会でヒトとしてヒトと共に生きる種族の事を総合して「ヒト」と呼ぶ位なのだから。
しかし混血が進んだ現在では竜の血を引き、更にその力を持つ種族をまとめて竜人と呼んでいる。
ちなみにグラ様は今は珍しい正真正銘、純血の『竜人』だ。
「……兎に角、こいつに任せるのは納得が出来ない! 俺より弱い奴なんかにこんな大任が任せられるか!!!」
そこでくろがにんまりと笑う。
その顔は知っている。何かを思い付いた顔――主に悪巧みだが。
「それなら納得のいく方法で決着を付ければいいんじゃない? 例えば決闘とか」
ヒロさんもぽん、と手を打つ。
「おお、それは名案ですな。このままでは両者に禍根が残るのも事実。
 決闘をして勝った方がこの任務を受諾する――これならお二人とも納得が行くでしょうな」
「あ、面白そう。それ賛成」
溜息をつくしろ。――その心中は容易に察する事が出来る。
『また、始まった……』
その後には『どうせ何か問題が起きたらまた俺が後始末する羽目になるんだろうな、くろの事だし』が続くのだろう。
スラッシュ殿の目的は過ちを繰り返させぬ事。
 自分よりも強い者が行く分には構わぬでしょうからな」
こちらの意見を視線で促す。
「はい。フェブラルさんが僕よりもこの任務に向くのであれば僕はその役目を譲ります。
 しかし、僕の方が適任であるならば譲る訳にはいきません」
「……言うようになったな。後悔するなよ?」
「どちらに転んでも後悔はしません。もし僕が負けたのであれば貴方が確実に任務を遂行するでしょうから」
「……話はお決まりのようですな。
決闘は三日後。武器防具は自由。但し彼の世界に影響を与えない物である事が前提条件。
お二人ともそれで宜しいですかな?」




――三日後、騎士団の訓練所――

一応国賓扱いになっているしろやくろ、騎士達等が見守る中、僕は修練所の中央に立っていた。
対峙する相手も目の前に立っている。
手帳と筆記具、箱を用意して人を集め、賭け事を開始しようとしていたくろ。
そしてしろがそれをはたいたのが横目に映った。
「……どうせそんな事だろうと思ってた」
「ああっ、折角用意したのにー……」
「真剣勝負を賭け事にするな!」
「真剣勝負だから賭け事になるんじゃんかー!!」
くろがずりずりと引きずられていくのを僕は無視する事にした。
目の前の相手は最初から気にも止めていないようだったが。
「お前がまだ『弓』の師団にいた頃はよく此処で転がされてたよな」
「……そうですね」
「正直に言おう。お前じゃ俺には勝てない」
「……そうですか?」
「……空手か? お前程度の力で武器も無しにこの『ギガス』に立ち向かうのは無謀以外の何でも無いぞ」
『ギガス』……フェブラルさん得意の獲物だ。
その刃には魔力が込められて切れ味が増されており、更に持つ者の余剰魔力に反応して身体能力を強化する能力も持つ。
その手斧の刃は幾体もの魔獣、魔人を屠ってきたと言う。
だが、しかし――
「武器ならあります」
「……何だ、その珍妙な塊は?」
ポケットから取り出されたライダーシステム――確かに珍妙な形だろう。
「それがどう武器になるのか教えて貰いたいもんだな」
僕は無言で手にしたそれを操作する。
そして腰にベルトが巻きついた。
周囲が僅かにどよめく。魔術も、勿論『祝福』の力も使わずにいきなり物質が現れたのだから。

「call 364 ……standing by……」



不自然な音声が響き、僕は一度フェブラルさんの目を見据えた。
――これは、宣戦布告。
「……変身」
一度宙に放った364フォンをベルトに差す。
紫の光――魔術でも『祝福』でも無い光が体を包み、駆け巡る。
僕に訪れる変化。たった、一瞬の出来事――変身。

「Complete!」



光が止み、辺りに沈黙が訪れる――
その静寂を破ったのはフェブラルさんの笑い声だった。

「……は、はははははっ!! 何だ、それは?!」
ちらと横を見ると案の定くろが大爆笑している。
しろもコメントがし辛いような表情をしていた。他の人達も同じような様子だ。
只一人、システム開発に協力し、この姿を知っているヒロさんだけが平然としている。
白い鎧に青の線。胸に埋め込まれた紫の宝玉
――そして、三割程縮んだ身長に獣の耳と尻尾。
……この変身システムだけはどうしようも出来なかった。
「随分とちみっちゃくなったなぁ、オイ。ついでに犬の耳と尻尾のおまけ付き。
 お前いつからそんなになったんだ?」
「犬では無くて狼です」
「同じだ同じ。……しかしアレだな。ご主人様の機嫌を伺ってへつらってるお前にはこの上無く似合って――」
「開始の合図をお願いします」
「無視かよ」
フェブラルさんの言葉に少々の怒気が篭もる。
「第一ふざけているとしか言い様が無いな、その格好は。真面目にやる気があるのか?」
「僕は大真面目ですよ、フェブラルさん。今の僕なら例え『ギガス』を持った貴方でも倒す事が出来る」
「……言ってくれるな……!!」
プライドを汚されたとでも思ったのだろう。
……喧嘩腰な発言だったのは自分でも認めるが、それは紛れも無い事実。
周りの人達の中には胸の前で十字を切っている人もいた。
目の前の人物を怒らせて只では済まないと僕を哀れんでいるのだろう。
……くろもその一人だった事を付け加えておく。
一方しろは真剣に戦いを見届けようとしているようだ。
僕の自信の源、それを確かめる為だろう。
「怪我位で済むと思うな……場合によっては片足片腕を失う事位は覚悟しておけ……!」
「……全力で掛かって来て下さい。そうでなければこの戦いの意味が無い」
「決めた。もう二度とその減らず口が叩けないようにしてやる」
静かな殺意――押さえ込み、圧縮された殺気にも僕は動じない。
徒手空拳でゆっくりと構える。
審判役の騎士の合図と共に殺意が爆発した。

「おおおぉぉぉぉりゃあああああ!!!」
「……」

音が、響く。

『ギガス』が持ち主の手から離れ、重力に引かれて地に落ちた音だ。
二回ほど跳ねた後細かく震え、短く連続に音を響かせる。

沈黙。
――観衆も、武器を弾かれた本人も。

僕の手刀がフェブラルさんの手首に当たり、その衝撃で武器が取り落とされただけの話だ。

「……あ?」
「言ったでしょう? 本気で掛かって来て下さいと。武器を拾って仕切り直しましょう」
呆然とした様子の相手に戦いを促すと、我に返ったフェブラルさんが『ギガス』を拾う。
「少し、油断していたな……だが、もう油断はしない!!」
再び『ギガス』が振り下ろされる。
だが、しかし――
『……遅い』


「し、勝者――スラッシュ!」
決着は、あっけないものだった。
相手の攻撃は僕を掠める事も無く、僕は武器すらも手にしてはいない。
本人達にも、観衆にも、誰にでも判る――完全なる勝利……
だがこの力に喜び、勝利に酔う事など決して出来ない。
形を変えていても、これは破壊をもたらす力。
僕の、全てを、奪った、力――

忌々しい。
憎らしい。
それ以上に、この力に頼らざるを得ない自分が――非力な自分が、悲しい。

改めて僕は自分の姿を見る。

汚れの無い白の鎧は悲しい程僕に不似合いで――
暗さを感じさせる紫紺の宝玉は皮肉な程僕に似合っていて――

守る為に血を被ってきた僕にはこれは似合わない。
心の闇の奥に憎しみの炎を灯している僕にこれ以上似合う物は無い。

踵を返し、その場から立ち去る。

誰一人、声を掛けてこない。
誰一人、声を掛けられない。

ただ、無言で――その場から立ち去る……




出発の準備は三日ほどで終わった。
現地の通貨に換える為の宝石や貴金属、戦闘用のスクロールカードにその他の必要な物……
宝石類は僕が付加魔術で作ったアイテムを売り捌いて調達した。
戦闘用、個々の研究の補助用として騎士団や魔術師同盟の人達からもそこそこの需要があったし、
交渉次第で安く手に入るので意外に僕の作った物は人気があった。……主に後者の理由だが。
今まで通り、スクロールカードは自作。
ライダーシステムの魔力補助で媒介も複雑な方陣も時間もあまり使わずに済んだ。
現地言語の『移植』も完了している。
そして出立の前――グラ様から一枚のカードを授かった。

『変身状態でこれを使えば戦士個体壱と同種の力を行使出来る。
 敗色が濃い時に使うが良い……』

――あの、力を……

『……無論「目覚める」確率は高くなる。
 だが、仮に「目覚め」たとしても汝であればその力を悪用しまい……』

――……一つ、御願いが……
――もし『目覚めた』時、僕が僕を失っていたら……
――いえ、僕が『目覚め』、破壊をもたらす存在になるのであれば……
――全ての世界に生きる者達の為に……
――僕を……――




消えて行く……崩れて行く……
人も、木も、建物も。
何もかもが風に吹かれて消えて行く……
外で談笑していた大人も、犬の散歩中だった老人も、駆け回っていた子供達も、皆……
一緒に遊んでいた友達も、僕の目の前で消え去っていく。
揺り動かそうとすると灰の中に手を入れたような感触と共に手が埋まり、そこから塵になって消えていった。

僕は立ち尽くしていた。
眼前に在る、その光景の中……
冷たい……とても冷たい風が吹く。
何も出来ずに……僕は……只、立ち尽くしていた……

悪夢だ。そうとしか言いようが無い。
止める事なんて出来ない。
僕には、何も出来ない。
こんな小さな手では、皆を救う事も出来るはずが無い。
只、目を背けて目の前で起こっている事を否定するだけ。
何て、僕は無力なんだ……

――……ス……兄!……

誰でもいい。嘘だと言って欲しい。これが嘘だと言って笑って欲しい。

――……え!……起……てよ……

誰でもいい。助けて欲しい。僕達が、何をしたって言うんだ……

――……ラ兄……スラ兄……!!

僕を残して……置いていかないでくれ……!!!


――ねえってば!!


「――!!??」
夢――また、あの時の夢だ……
「あ、やっと起きた……」
隣の声に首を回すと一人の少女が心配そうに僕を見ていた。
――しるぴんだ。
「大丈夫? すっごくうなされてたけど……」
「……ん、大丈夫だよ。ここの所準備が忙しかったからね。少し疲れていたのかもしれない。
 机に向かったまま居眠りしてたくらいだからね。でも、もう大丈夫だよ」
「よかったぁ……」
この娘には家族はいないらしい。
住んでいた所から飛び出して路頭に迷っていた所を僕が保護した。
その悲しい瞳を見たら、放ってはおけなかった。
全てを失い、一人ぼっちで泣いてばかりいた昔の僕と重なるようで……
心配してくれた事に礼を言い、頭を撫でるとしるぴんがくすぐったそうに目を細める。
今、この娘に必要なのは人の優しさだ。
あの頃、絶望の底にいた僕を励ましてくれた人達のように僕は優しくありたかった。
――だが、同時に僕は誰よりも冷酷になれなくてはいけない。
この世界にはこの娘のいるべき場所があるはずだ。
この娘には幸せになる権利があるはずだ。
この娘だけでは無い。
どの世界の誰にでもその権利があるはずだ。
それを踏み躙り、無慈悲に奪う行為を決して繰り返してはならない。
その為ならば、如何なる手段をも用いなくてはならない。

――あんな悲しい思いをするのは、僕で終わりにするべきなんだ――

「……準備は出来ている。早速始めよう」
「体、本当に大丈夫?」
「今回は戦う事が目的じゃないしね。それに鍛えているから大丈夫だよ」
「町のみんなは大丈夫かな……怪我したりしないかな……?」
周りの人達に拒絶されていた。それでも他人を思いやれるのはこの娘の優しさなのだろう。
――本当に、優しい娘なんだ。
……僕とは、違う。
脳裏から離れないあの悪夢。
逃れられない蜘蛛の糸のように、そして冷たく硬い鎖のように僕の中に絡み付いたその呪縛。
それに駆り立てられた自己に対する脅迫めいた行動。

……それが偽善でないと言い切れるだろうか?
少なくとも僕には無理だ。
「大丈夫、クリーチャー達には大怪我をさせないように厳命してあるから。
 ちょっと驚かせて目的の人達を誘き寄せるだけだしね。彼らは命令には忠実だから安心していいよ」
「……うん。ちょっと安心した」
部屋を出て、廊下を歩く。
THATの拠点であったこの建物はかなり広大だ。
その為各地に転移の仕掛けが点在している。
勿論既に解析済みで、自在に使えるようになっている。
こういう事は僕の専門分野だ。
「仮面ライダー……だよね。その人達を見つけたらいいの?」
「そうだよ。クリーチャーに戦いを挑んで来た獣耳の子供がいたらそれで間違い無い」
「変身したスラ兄みたいに犬耳だったり?」
「だからあれは狼だって……」
転移の仕掛けを使って一気に入り口まで跳び、外に繋がる扉を開ける。
そして、クリーチャー達を解き放った。
散って行くクリーチャー達を確認し、しるぴんに最後の確認を取る。
「打ち合わせ通り僕は南から、しるぴんは北から探索だ。……準備はいいかな?」
しるぴんが頷き、461フォンを取り出した。
僕も自分の364フォンを準備する。

「call 461 ……standing by……」

「call 364 ……standing by……」


「変身!!」
「……変身」

「「Complete!」」




「……さあ、行くよ?」


――かくして、刃は振り下ろされる――



【あとがき】



    

    

    


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