俺は、守りたかった。

この世界に俺のいるべき場所が無いのなら、せめてこの世界だけでも守りたかった。

大切な人が住む、この世界を……


――ただ、それだけだったのに……




魔法少女まじかる☆へぷーVS仮面ライダー169(アルキュン)

〜CROSSED TALES〜



EX-05 獅子の慟哭



一人の少年――いや、年の頃を考えるとそう呼ぶべきかは微妙だろう。
年は十代後半程で黄褐色の肌に茶色の髪と瞳。
多くの人が抱く見た目の第一印象通り、人当たりの良い男だった。
その男が畑を耕していた。
「ふう……」
額の汗を拭い、一休みする。
その人物に隣の畑を耕していた四十代程の壮年の男が声を掛けた。
「レオ、もう日も高くなってる。そろそろ昼飯の用意も出来てるだろうから休憩にするぞ」
「分かった、父さん」
レオと呼ばれた男は農具を置き、父親と共に住む家に戻っていった。


「はい、二人ともどうぞ」
「おお。スマンな、母さん」
テーブルに着いた俺は母さんからサラダを受け取った。
後ろで金髪碧眼の娘――セリアがスープ皿の乗った盆を運んで来た。
「今日のスープは私が作ったの。……新作だからちゃんと評価してね?」
父さんが豪快に笑う。
「大丈夫だ。セリアの作った物が不味いはずが無いからな!」
確かにセリアの作った料理が不味かった記憶は無い。
セリアはふふっ、と笑って料理を配膳し母さんと共にテーブルに着く。
俺達は手を組み、いつも通りの言葉を輪唱した。
「「「「神よ、日々の恵みに感謝します」」」」
簡単な食前の祈りの輪唱の後、食事が始まる。
セリアはスープを啜る俺に注目していた。
「……どう?」
「うん、美味い」
「良かった……」
俺が向けた笑顔に彼女も笑顔になった。
団欒の時間が過ぎて行く……

俺がこの家に拾われて、もう十六年になる。
父さんの話によると俺は赤ん坊の頃、林の中に捨てられていたらしい。
そんな俺を父さん達は何も言わずに自分達の子供として受け入れてくれた。
血の繋がりなど無い俺を、実の娘であるセリアと分け隔てる事無く……
今でもこの家族には感謝してる。
大雑把だけど優しい父さん。
暖かい感じのする母さん。
セリアは……今十七だが俺が捨てられていた時の年齢を加算すると恐らく同い年くらいだろう。
姉や妹と言うより、むしろ幼馴染といった感じだ。
この家族の一員である事が嬉しかった。
そして、この平穏な日々がずっと続いて行く。

――そう、信じていた……




今日もまた、畑仕事に精を出す。
世話になるだけでは申し訳ないと小さい時から手伝って来たこの作業。
おかげで腕とそれに連動する肩から背中までしっかりと鍛え上げられている。
武器なんかは手に取った事が無いが、おそらく扱えるだけの腕力は備えているだろう。
しかし、それで良い。人を傷つける武器なんて俺は好きじゃない。
こうして農具を扱って野菜を作っている方がずっと性に合っている。
鍬も軽々と扱えるし、今や体の一部のようにさえ感じていた。……感じて格好をつけた所であまり意味は無いが。
「お。二人とも精が出ますね」
「なんだ、O.J.I.じゃないか。いつ戻って来たんだ?」
「このぺしゃんこの背負い袋を見てわかりませんか? 今家に戻る途中です」
俺は手を休めて父さんとO.J.I.さんの遣り取りを聞いていた。
O.J.I.さんは工芸品を作ってそれを街に卸して生計を立てている。
よって街に出る機会も多く、村の外の情報に一番詳しかった。
「それで? 何か変わった事とかはあったのか?」
「ええ、それなんですがね……街を挟んでこの村の反対側に位置する山――
 そこに行く人達の中で行方不明者が多数出ているらしいんです。
 帰って来た人達の中には『大きな影が動くのが見えた』って事を言っている人もいまして……
 街では『あの山には獰猛な獣が住んでいる』って専らの噂です」
「国は何もしないのか? こういう時の為にわざわざ税を納めているんだからな」
「それについては近々実態調査も兼ねて軍から部隊が派遣されるそうです。
 あの山で仕事をしている猟師や木こりにとっては死活問題ですし近辺の村の住人の安全も考慮しないといけませんから」
「そうか……。まあ、猛獣相手ならそれ位で十分だろ」
「ですね。それじゃ、私はこの辺で失礼しますよ」
O.J.I.さんの背中を見送りながら俺は先刻までの話の事を考えていた。
『猛獣、か……人食い熊でも大量発生したか?』
大量発生するものなのかは別の話だが、俺は何となく気になった。
何かが、気に掛かる――
「おーい、なにボーッとしてるんだ? 作業の続きをするぞ」
「あ……。分かった、父さん」
考え過ぎだ。俺はそう自分を納得させて、また土いじりを再開した。

――十日後、再び街に行って戻って来たO.J.I.さんの報せは軍の調査隊までもが行方不明になったというものだった――

「物騒な話だな。何でも軍が本格的に乗り出してきたって話じゃないか」
最早ここまで来ると一都市の問題では無い。例の山岳地帯周辺の住民は避難を余儀なくされていたそうだ。
O.J.I.さんはあれから頻繁に街と村を往復し、村の安全の為情報収集に駆け回っていた。
今も街で被害地域や避難命令の出ている区域等の詳しい話を聞いている事だろう。
「ま、今はとにかく野菜を作るしかないな。今まで通りに」
「父さんはこんな時でも変わらないんだな……」
「おうよ! そんな事を気にしてて美味い野菜が作れるかってんだ!!」
豪快に笑い飛ばしながらいつものように父さんが言った。
細かい事を気にしないのは父さんの良い所だ。……同時に欠点でもあるが。
「おい、レオもしっかり仕事をしろよ? 事件の所為で避難民の食料が足りなくなるだろうからな。
 俺達の手助けがどれ程のものになるかは分からんが無いよりはマシだろう」
父さんの言葉にはっとする。確かに長期戦になる事も十分考えられる。
そうなれば食料の問題が起こる事は十分に考えられる事態だ。
「そうだな、父さん。俺も頑張って沢山作物を作るよ」
「おーし、その意気だ。そろそろ芋が育ち切る頃だからそれを街に売りに出す分に回すぞ?」
「……売る・・?」
「当たり前だろ。折角の纏まった貨幣が手に入る好機だ。逃す訳にはいかん。
 ちょいと安めにすれば飛ぶように売れるだろうし、それで好印象を持って貰えれば次の作物の頼みも来るかも知れんだろ?」
父さんはさも当然であるかのように言い放つ。
ああ、母さん。俺、ようやく分かったよ。
『母さんは父さんの逞しい所に惹かれたのよ』って言葉の意味が。
その『逞しさ』の中にはきっと今みたいにちゃっかりと儲ける商魂もあったんだな。
今までは表面通り言葉の意味を捉えていたから分からなかった。
俺、少し大人になった気がするよ。
……少し、複雑な気分だ。
大人になるってこういう事なんだな。純粋なセリアにはあまり知って欲しくない。
……ああそうさ心配性さ過保護さ身内贔屓さ血縁は無いけどなそれが悪いかどうだまいったかこんちくしょう……
「おーい、何一人でブツブツ言ってるんだ?」
父さんの言葉で90度ねじ曲がっていた思考が30度程になり、そして元に戻る。
あのまま行っていたら思考が飛んでいただろう。父さんに感謝。
「あ、ゴメンな、父さん」
「……ま、いいがな。とりあえず芋の収穫に移るぞ?」
「でももう日が高くなって来て――」
「少し位昼に遅れても構わんだろ」
……ま、確かにそうだ。母さんやセリアには悪いが少し待っていて貰おう。

収穫を半分ほど済ませた頃には日は最頂点から過ぎてしまっていた。
「なあ、父さん……」
「ん、何だ?」
手を休めずに父さんが答える。
「そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
「ああ、今採っているこれが済んだらな」
俺はとりあえず作業を中断して鍬を杖にし、父さんを待った。
何となしに辺りを見回していると漂ってくる匂いが鼻腔をくすぐる。
……腹減った。
もう少し待てば昼食にありつける。それを待つ時間は苦痛であり、同時に楽しみでもあった。
その甘美な矛盾の前者が先立ち、思わず溜息をつく。
と、耳が草の揺れる音を捉えた。
「……?」
その発生源を探ってみると、林の奥からのものだった。
野兎か何かかと思ったが、それとは音の響きが違う。
何か、もっと大きな――
視線を音の方向に固定する。
作業を終えた父さんが何か話し掛けて来たが、それよりこっちの方が気になった。
一点を凝視する俺に疑問を感じたのだろう。父さんの視点も俺と同じになる。
音が近付き、薄暗い林の中、影が葉の間を縫う日の光に照らされて――

俺と、父さんが硬直した。




立ち上がった熊のように大きいが、熊では無い。
腹部に体毛は生えておらず、そこからは逞しく割れた腹筋が見て取れた。
山羊のように捻じ曲がった角が生えているが、山羊では無い。
その顔は山羊とは似ても似付かなかったし、何よりも前者の理由がそれを否定している。
俺は、こんな生き物を知らない。見た事が無い。父さんも同じだろう。
俺達の理解を超えた生物だ。
その謎の『獣』は紅い目を弧月のように細め、口端を吊り上げた。
そして鋭い爪が生えた手をゆっくりと上げ、こちらに向かって歩き出す。
敵意――それを感じた俺は鍬を手に取り、いつでも振り下ろせるように八相に構えた。
父さんも危険な空気を感じたのか、農具を手に取る。
心細いがこんな物でも無いよりはマシだ。それに一度も使った事の無い武器なんかより扱い慣れている。
それでも『獣』が近付く度に、じりじりと足が後退してしまう。
戦う事――俺にとってそれは未知のものだった。
『獣』が動く。
俺は咄嗟に畑に身を投げ出した。
耕してある土が衝撃を吸収したので怪我は無い。
膝まで立ち上がった時には『獣』はこちらに向かって方向変換していた。
鍬で土を掬い、『獣』の顔に投げ付ける。
目に入った土を擦り落とそうとしているうちに俺は覚悟を決めた。
『やらないと……殺される!!』
渾身の力を込めて鍬を振り下ろす。
一度冗談でこれを切り株に向かってやったら刃がやたら深くまで食い込んで抜くのに四苦八苦した記憶がある。
これを喰らえば――

破砕音。
俺の予想を裏切った答え。
振り下ろした鍬は胸に当たり、金属同士が衝突したかのような澄んだ音を立てた。
硬い物に刃を当てた反動と同時にべきぃ! と音がして木で出来た柄が半分折れ、勢いのまま振り抜いた衝撃で止めをさされて二つに分かれた。

『そんな、馬鹿な……』
おかしい。
いくら肉体が隆々としているとは言え、鍬の刃を跳ね返せるはずが無い。
それにあの反動……覚えがある。
土の中に埋まった大きな石に思い切り鍬を下ろした時のあの感覚――それ程この『獣』は硬いのか?!
驚愕のあまり『獣』が出鱈目に振った腕への反応が遅れてしまった。
その太い腕に薙ぎ倒されて俺の体が中に舞う。
「レオ!! ……くそぉっ!!!」
畑の上に投地し、土を食んだ俺の視界に父さんが映った。
後ろから鋤を突き刺そうとしたが、同じく歯が立っていない。
背後であった事が幸いして、父さんは振られた『獣』の腕から逃れる事が出来たようだ。
父さんが俺の名を呼びながら駆け寄って来る。
俺も立ち上がった。当たった胸の部分が痛み、口の中が少々苦いが大事には至っていない。
しかし、相手に攻撃が通じない事は絶望的だった。
『まさか……こいつが例の?!』
そう考えれば合点がいく。この頑強な体なら軍隊の剣や槍だって殆ど歯が立たないだろう。
『どうする? 戦って勝てるような相手じゃない。でも逃げれば他の村人達が――』
「お、おい! 何だ、こいつは?!」
「!!??」
目の前の『獣』に驚き、慌てた人は隣に住んでいるランディさんだった。
昼食を終えて仕事に戻る途中なのだろう。
「ランディさん、逃げろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
声と同時に『獣』が駆け、ランディさんを爪で引っ掻いた。
ランディさんの叫びは俺の絶叫に掻き消され、地面に倒れて苦しみもがく。
……どうやらなんとか生きているようだ。
しかし、俺の叫びは思わぬ展開を引き起こしてしまった。
村の人達が何事かと顔を出し、集まり始めていたのだ。
そして――
「レオ?! さっきの叫び声って……」
一番に辿り着いたのは他でもないセリアだった。
帰りの遅い俺達の様子を見に出て、途中で俺の叫びを聞いて走ってやって来たのだろう。
『獣』の顔がセリアに向く。
それと視線が合ったセリアの動きが止まった。
「え……?」
俺は思わず駆け出していた。その手に折れた鍬のなれの果てである木の棒を握り締めて――
「ハアアアアアアァァァァァァッ!!!!」
棒が叩き付けられるよりも速く『獣』の腕が俺を殴りつける。
冗談のように高く宙に舞った俺の体――だが、嘘のように意識はしっかりとしている。
奇跡的に足からの着地に成功したが、意識とは裏腹、胸を貫いた衝撃の残滓に膝を付かざるをえなかった。
その光景を目の当たりにした他の村人達も騒ぎ出す。
セリアも俺に走ろうとしたようだが、途中で『獣』に肩を掴まれてしまっていた。
そのまま地面に引き倒されたセリアの顔が恐怖に染まっていた。
「あ……ああ……」
『獣』は追い詰めるかのように一歩一歩進み、表情を変える。
それは、愉悦に顔を歪ませているかのようだった。
『このままじゃ……セリアが……』
狩る事を宣言しているかのように『獣』が爪を振り上げる。
――瞬間、俺の中で膨らむ最悪のイメージ……
爪が、勢い良く振り下ろされる。
それと同時に、俺の中で何か・・が弾けた。

「ウオオオオおおおおおぉぉォォォォォォオオオオオオオオぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」

その時、何が起こったのかは分からない。
急速に加熱された脳が落ち着きを取り戻した時に認識したのは目と鼻の先にある『獣』の背――そして、それを貫いている俺の右腕……
どす黒い液体が一瞬遅れて噴き出し、俺の纏っていた白い上着に付着する。
『獣』が膝から崩れ落ち、ゆっくりと前のめりに倒れる。
……そして、その顔を黒の血液と今だ醒めぬ恐怖の色に染めたセリアの顔が目に入った。
『よかった……生きてる……』
母さんが駆け寄って来てセリアの無事を喜ぶ。父さんもそこに加わって行った。
俺の表情が緩んだ――その時。

「レ、レオ……その姿は……?」

村人達の中から上がった声にはっとして自分の姿を見る。

先程『獣』を打ち貫いた右腕――半袖の上着に覆われない部分からは奇妙な紋様が描かれ、手の甲を覆うように体毛が伸びている。
指から伸びる爪は猛禽類のように伸び、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを見せていた。
左腕も同様の変化を見せている。
顔を撫でるのは風になびいた明るい茶色をした長髪。
足以外の何かが地面に触れている感覚――それを辿ると何か長い物に行き着いた。
その先にはなびいた髪と同色の毛玉が付いており、俺の体から生えていた。
百獣の王である獅子の尾であるかのように……
『これ……は……?』
驚きに後ずさると水桶に足が当たった。
それを覗き込み、水鏡に顔を映してみる……
『……!!!???』
今までとは比較にならないほどの衝撃が全身を駆け巡る。

尾と同じように頭から生えた獣の耳――それはまだ良い。
水面に映し出された像は、元の俺の顔の印象など微塵も残っていない。
瞳の色はあの『獣』のように真紅に染まっていた。
全身と同じように顔面の筋肉も発達して盛り上がり、憤怒の如き形相を造り出していた。

血に飢えた獣――その言葉が脳裏に浮かぶ。

錆付いた鉄の歯車のような鈍重さで村人達に顔を向ける。
その瞬間、再び村人達の顔が恐怖に染まった。
一歩、二歩と身を引き、少しでも離れていこうとする。
「待ってくれ……俺は……ぅぁ……」
唐突に訪れた脱力感に膝を付くと、張り詰めていた全身の皮膚が緩んだように感じられた。
力の抜けた全身を支えるように両手両膝を地面に付き、四つん這いになる。
その手は、元の俺のもの……人間のそれに戻っていた。
自然と安堵の表情が浮かぶ。
この姿が……俺のものである姿に戻る事が出来たのが嬉しかった。
父さん達も同じようだった。セリアが立ち上がり、俺に向かって一歩を踏み出す。
「レオ……」
「近付くな!!!」
セリアを遮った声は俺の声では無い。背後から村人の一人が発したものだ。
その声につられた村人達が俺に――いや、セリア達に駆け寄り俺から引き離す。
「三人とも怪我は無いな?」
「もう大丈夫だよ、セリアちゃん」
「ああ、もう化け物に近付いちゃいけないぜ?」
口々に発させる三人を案じる暖かい声。
ランディさんも落ち着きを取り戻し、介抱を受けている。
それが落ち着いた後に村人達が俺に向けたのは――冷たい、視線……
「……」
皆、無言だった。
その重圧に耐え切れずに俺は弁明をする。
「ちょ、何だよ? 俺が何をしたって言うんだよ……」
「何をしたか、だと?! 先刻までのお前を忘れたのか!?」
……思い出される記憶。
「わから……ない……俺はただ……セリアを……助けたくて……」
「化け物を殺したってか? あんな風に」
指差された先を見ると、先刻の『獣』の骸が灰になり霧散していた。
やがて、跡形も無く消え去っていく。
「あんな死に方、普通じゃ無い。そんな殺し方が出来たお前は何なんだ?
 その化け物の死に方と言い、さっきまでのお前の姿と言い――」
いやだ。聞きたくない。その続きは……

――お前の方がよっぽど化け物じゃないか!!!

きつく耳を塞いでも届いてしまったその一喝――俺を絶望の淵に落とした一言……
それに触発された村人達が次々と口を開く。
「確かレオはこの村の生まれじゃなかったわよね?」
「ああ、林の中に捨てられていたそうじゃないか」
「身元が判らないと思ったら化け物の子かよ!」
「人の振りをして今まで騙していたんだな!?」
「もしかして先刻のやつもお前がいたからここを襲って来たんじゃないのか?」
「そうだ、そうに違いない!! O.J.I.の話じゃ例の山岳地帯にしか化け物は出ないはずじゃないか!!」
「やはりお前か……一体何を企んでいるんだ!!」
口々に罵声を浴びせて来る村人達……それが俺が知っている皆であるとは信じられなかった。
優しかった人達が手の平を返したかのように責めて来る。
――その時、皆と俺の間に入って来たのは……父さんだった。
「みんな、止めてくれ!」
「化け物を庇うのか!?」
「レオは俺の大切な家族だ! それにセリアも無事だったし、ランディも一命を取り留めた。
 それはレオがあの獣を倒してくれたおかげだろう?!」
「そいつが居なかったら最初から何も起こらなかったかも知れないんだぞ!」
「大体あんたがレオを拾って来たからこんな事になったんだ。
 一歩間違えたら村は全滅だった! その責任をどう取るんだ?!」
「その時見捨てていればよかったのよ!
 うちの子は無事だったけど、これから同じ事が起こって何かあった時はどうするんだい?!」
「止めてくれっ! 父さん達は関係が無いんだ!!」
耐えられなくなって叫んだ声――その声量の大きさに辺りに沈黙が訪れる。
俺は立ち上がって皆を見回した。
「出て行きます」
「レオ?!」
驚く父さん達――対象に、冷ややかな視線を変えない村人達。
「分かっているではないか。早く出て行け。
 本来ならこの場で裁いている所であるがランディとセリアを助けた功績があるので特別に命だけは助けよう。
 ……皆もそれで良いな?」
村長の言葉にしぶしぶながら皆が頷く。俺が居なくなればそれでいいのだろう。
その中でなおも父さん達は反論している。
諭すようにそれに対応している村人達をよそに、俺は歩き出していた。
皆が退き、通る道が開けられる。
両側から浴びせられる無言の非難に耐え、俺はそこを通り抜けていった……




旅を、していた。
行く当ても無く、たった一人で。
行く先々の『獣』を狩り、屠り、滅して行く。
そんな俺に人々が向ける視線は何処の町でも同じだった。
俺の村と、同じだった。
時に互いを食い合う『獣』達とそれを狩る俺は同一視されているらしい。
『獣』に対抗する術の無い大衆の行き場の無い怒りは総て俺に向けられていた。
『獣』に家族を奪われた人達に石をぶつけられた事もあった。
派遣されていた軍に追われる事も多々あった。
一度暖かく迎え入れるふりをして、毒と夜襲を以って殺されかけた事さえあった。
……それでも、俺は戦い続けた。
あの時の誓いを、俺は忘れていない。
あの時の願いを、俺は忘れない。
たった一人、村を出る時に見送ってくれたセリアに言った、あの言葉を……


草原を一陣の風が撫ぜる。
丈の短い草がそれに靡き、擦れ合って清涼な音を奏でる。
周りを囲む『獣』……その数を数えるのも馬鹿らしい。
それでも――
「……足りないな」
その程度では俺を止められない。
いや、寧ろ好都合か。此方から探す手間が省ける。

――意識を、研ぎ澄ます――

そして、身体に驚異的なまでの早さで訪れる変質――正に、変身メタモルフォーゼ
総毛立つような感覚が身を包み、地面を抉る勢いで飛び出した。
鋭い爪を伴う貫き手で一撃。たったそれだけで二体を串刺しにする。
そのまま後ろに振り払って腕を引き抜くと、『獣』が投地と同時に塵となって消え去った。
背後からの鈍重な一撃を軽く首を捻って躱し、肘打ち一閃。
振り返り、陥没した臍周りの六つの山を目掛けて掌を打ち込む。
浸透した『力』は腹部からその背へ、背から大気を伝播して辺りに広がり、範囲の『獣』の頑強な皮膚を通り越して肉体を内部から侵食。
それを直接打ち込まれた『獣』が吹き出す血と吐瀉物を避け、軽く突き押す。
距離が遠く『振動』で仕留められなかった分に関しては放っておく事にした。どうせあの状態ではまともに動く事すら出来ない。
ガゼルよりも強靭な跳躍力を持つ足は移動に使えば一瞬で相手との間合いを詰め、攻撃に使えば投石器で撃ち出されるような勢いで標的を吹き飛ばした。
玉突きのように連鎖して巻き込まれた者も、伝播した『力』によって最初の犠牲者と同じ運命を辿る。
通常の武器では倒す事の出来ない『獣』をも灰塵と化すこの『力』。それが何であるのかは俺は知らない。
しかしこれまでの経験から意思に従って湧き出し、体に循環させる事も外に放出する事も出来るようになった。
――そして、使い方次第ではこんな事も出来る。
手を宙に翳し、勢い良く握り締めたその瞬間――辺りが『変わる』。
地に立つ『獣』が、地面に引き付けられるように倒れ伏す。
絶対的な大地の呪縛。その力が有り得ない程に増大していた。
それでも『獣』の周りの草々は変わらずにそよそよと揺れて静かな音を立てている。
適当な所で力を緩め、今度は逆に呪縛から解放する。
それが、どう言う意味を持つのか……簡単な事だ。
地面に落ちるべき動きが逆になるだけ。
飛び上がった者達の中から適当な一体を選び、そこを中心にして『集める』。
総ての者を惹きつけ、決して抗し切れない大地の魅惑と同じ力を持たせた『獣』が、引き寄せられた同族に押し潰される。
文字通り一丸となった『獣』に歩み寄り、止めの一撃。
巨大な猛獣が次々と葬られて行く――まさしく戦慄が走るような光景だろう。
だが、『獣』達はこの圧倒的なまでの力の差を歯牙にもかけずに襲い掛かってくる。
「無謀だな。……来い、幾らでも相手になってやる」




運命というものは思い掛けない処から致命的なまでの凶悪さで牙を剥く。
そして絶望と言う名の断崖に人を追い込み、時に二度と這い上がれない深みに突き落とすのだ。
俺は、疾走していた。
とある街の片隅で聞いた話――俺の故郷である村が判明したと言う話。

――やだねえ、化け物を育ててた村なんて。おぞましい……
――自分達が何をしたのか解ってるのかしら……

何故だろう。
猛烈に嫌な予感がする。
予感の命じるまま、俺は走り出していた。
暗雲が立ち込め、雨が頬を叩く。
変装の為に髪の色を染めていた染料が流れ落ち、顔に色水が伝った。
踏み固められた街道は雨でぬかるむ事は無い。
『変身』して街道をも抉る勢いで大地を踏み、一陣の風のように駆ける。
ただ、ひたすらに走る。奔る。駆ける。疾走する。疾駆する。
焦りが俺を掻き立てる。
もっと早く、もっと速く……

そして辿り着いた俺の居た村……もう、二度と潜る事は無いだろうと思っていた門。
俺の想像していたように焼けてなどいない。
家が壊れている様子も無い。
ただの杞憂に過ぎなかった――そんなひと時の幻想にひびを入れる事実に気が付いた。
俺が住んでいた家が……父さん達の家が、無い。文字通り跡形も無い。
それどころか村人達の姿さえ見当たらない。

『まさか……いや、そんなはずは……』

思い浮かんだ情景を必死に否定し、辺りを探し回る。
嘘だ。そんな筈は無い。
自意識を護る為なのか、焦りながらも脳内で否定の声が連呼される。
だが、現実はこの上なく残酷だった……


村の中央広場。

其処に堂々と打ち立てられた巨大な三つの十字架。

痛々しく紅に染まった三つの骸が磔にされていた。

それは、紛れも無く……


「……セリ……ア……?」


父さんと母さんを挟んだ中央――その骸を呆然と見上げる。
日に灼けていない肌は血の気を失ってぞっとする程の白さを見せていた。
服の中央にはぱりぱりに乾いた赤黒い染みが広がっている。
察するに心臓を一突きされたのだろう。
父さんと母さんも同じだった。
優しかった瞳は閉じられ、二度と開けられる事は――無い。
あまりの出来事に『変身』が解けてしまう。

――どんな姿でもレオの心はレオのままだったから――
――いつかきっと、皆が分かってくれる日が来ると思うの――
――だから……きっと、また帰って来てね?――

――待って、いるから……父さんも母さんも……そして、私も――

変わってしまった俺も受け入れてくれたセリアの笑顔。暖かい心。

――俺は、君を……君の住むこの世界を護りたい――

それを守りたいと願って戦って来た。
人の心を思い出させてくれた、その笑顔の為に戦い抜くと決心した。


……だが、守れなかった。


信じていた何かががらがらと擬音を立てて崩れ去っていく。




失意の中、突然背中に感じた熱い感触。
倒れ苦しみながらも顔を捻ると、兵士達がボウガンを構えて俺に狙いを定めていた。
荘厳な鎧を纏った隊長格の人間が一歩前に出る。
「此処に網を張っておいて正解だった。化け物とは言えども帰巣本能と言うものはあるようだな」
深く刺さった複数の矢は人の体には致命的な傷を負わせていた。
痛みの中で兵士達を睨みながら問う。
「何故、誰も……居ない……それに……これはどう言う……事だ……?」
隊長が鼻で笑った。
「化け物が人に情を移す、か……獣並の恩義は持ち合わせているのだな。
 村の民は避難させた。だが、その際に抵抗した者達もいたのでな……今ではあの通りだ」
顎で指した先は三つの磔。
……思考が凍結する。
それが意味する所を脳が吸収し、思考に行き渡らせる事が出来なかった。
硬直している俺を無視して隊長が続ける。
「それがお前所縁の者で無ければ捨て置いたのだがな。
 だが、そうでは無かった。人民を脅かす者を育てた罪は重い。よって我等が神の名の下に裁いた」
当然の事をしたまでだと言わんばかりの澄ました顔は罪悪感を全く見せていない。
憤りに加熱した脳が急速に動き出した。
言葉の意味を理解したと同時、頭の中で何かがみしりと音を立てる。
僅かな罅は怒涛の如く押し寄せる感情に耐えられずに亀裂を広げていく。
あたかも堤に空いた蟻の穴のように。
「そうか……お前達か……」
俺の中の何かが、砕ける。
押さえる手綱を失った感情は一瞬で俺の心を嘗め尽くした。
溶岩のようにどろどろとした最も原初的な闘争の感情が湧き上がってくる。
怒りで両足を支え、ゆっくりと、威圧するかのように立ち上がった。

「お前達かぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!!!!」

『変身』して瞬時に盛り上がった筋肉は背に刺さった矢を引き抜き、傷跡を瞬時に塞いだ。
隊長の号令に矢と投石器の雨が降り注ぐ。
だが、そんな物が通用するほど柔な体じゃ無い。
ゆっくりと身を屈め――そして、矢のように飛び出す。


――そして、俺は初めて人をこの手にかけた――


人間、怒りが頂点に達すると笑うしかないらしい。
死山血河に佇みながら、俺はただ嗤う。

ただひたすらに笑う笑う笑う晒う笑うわらう晒う晒う蚩う晒う笑うワラウ嗤う晒う晒う晒う蚩う晒う蚩う嗤うワラウ嗤う
嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う晒う晒う晒う晒う晒う晒う晒う晒う晒う晒う蚩う蚩う蚩う蚩う蚩う蚩う蚩う。

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。

そして、壊れる。
俺の中で何かが砕けたその代償に俺の中で何かが目覚めた。

――聞こえる――

幻聴などでは無く、はっきりと届く。
何故だかは判らない。
世界が、解る・・

そして、知った。

あの『獣』は人の心の歪みがカタチを取ったものだと。
負の感情を喰らい、更なる闇を貪る存在だと。
共食いはその本能に基づく行為だったのだ。

「要は……自業自得だろ……」

自らの醜さがカタチを取り、更なる恐怖を生み出す。
恐怖に駆られた大衆は、異常とも言える行為を平気で行う。

――この村でこいつ等が起こしたように。

『神の名の下に』……だと?!
これが、神の意志なのか?
神がこんな残酷な事を平気で押し付けるのか?

何をした?
父さんが何をした?
母さんが何をした?

……そして、セリアが何をしたって言うんだ?

何も、悪い事などしていないだろう?
罪も無い人に裁きを与えるのが神の意思なのか?
そんなものは全部お前達の身勝手な妄想だろう!!

神様だってそうだ。
何故こんな事を見過ごすんだ?
『常に見守っている』とかのたまいながら本当に助けて欲しい時には見向きもしない。
願いだって、聞いてもくれない。

神よ……お前は何の為に在り、その教えの下に何を人にさせているんだ?!

「……答えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

天にも届かんばかりの咆哮に応えてくれる者などいない。
世界も、何も答えてくれない。
その代わりに救いを求める声が届く・・
世界中の人々が其々の神に祈る声が。

「なら、望み通りに救ってやる……」

――意識が広がる――
世界の隅々まで見通し、その総ての動きが理解出来る。
この星の総てを掌握していると思える程の万能感が身を包んだ。
人の闇が今の恐怖を生み出した。
恐怖が恐怖を生み、更なる恐怖を生み出す。
この、悪循環。

「それを断ち切る為……全てを消し去る……!」

この世界に棲む存在全てを……

「俺だって信じたかった……だが、罪も無い人達を……セリアを殺した奴等なんかにもう希望は持てない!!」

胸中に燃え滾る憎悪の炎が俺の心を焼き尽くしていた。
もう、俺は俺じゃない。
俺を人である事に繋ぎ止めてくれていた人はもういないのだから……

「自らが周りに向けたその醜さを……そして!!!」


開眼。


「それが何を引き起こしたのかを思い知れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


黒い『何か』が一瞬で世界を覆い尽くす。
自らが放った負の感情――その発散したベクトルが収束し、発生源に逆戻りする。
それをダイレクトに頭に叩き込まれた人々……
恐怖に泣き叫ぶ者もいた。頭を抱えて悶絶する者もいた。
あまりの出来事に狂死する者も少数では無かった。
更に、俺は世界に『力』を注ぎ込む。
世界を縛るあらゆる法則を覆し、世界を改変する。
その法則の中には、この世界を創って来た絶対則――いわゆる『因果』も含まれていた。
あらゆる存在が否定され、存在意義を失ったモノ総てが崩れ去る。
世界の全てが生ある者総てを拒むかのように変質した。
大気も、水も、大地も、何もかもが……
最早この星に生物が棲まう事など出来はしない。
完全なる『死の世界』だ。


全てを終えた後、俺の体にも『崩壊』が始まる。
否定したモノの中には俺自身も含まれていた。
セリアを守れなかった自分自身が許せなかった。
疎ましかった。
消し去りたかった。


「……セリア、俺は……」


只一つカタチの残ったセリアの亡骸を見上げる。

磔の木の十字架が崩れ落ち、遺体が地面に落ちていった。

その間にも俺の体の崩壊は続いている。

間違っていたのは、俺なのか、この世界なのか。

それは解らない。


だけど……


『俺は……本当に君の事を守りたかったんだ……』




そして、世界の総てが失われた。

――たった一つの命を除いて……





    

    

    


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