Final Fantasy W
微妙な二人

葉桜 悠

エブラーナ王国国王、エドワード=ジェラルダインことエッジは、
春と言うにはまだ少し肌寒い風が吹いている中、
エブラーナ城の最上階のバルコニーに出て、何かを探すように空を見上げていた。
青く澄み切った、広い空。
空を流れる、白い雲。
大空を舞う、小鳥たち……。
そんな平和な光景の中に自分が求めるものの姿がないことを確認すると、エッジは大きく息をついて、
いったん屋内へと戻った……はずが、それから10を数え切るかどうかというくらいのところで、
また足早にバルコニーへ出てきて、先ほどと同じ動作を繰り返した。
これで、ちょうど30回目だ。
その何とも落ち着きのない様子を見かねて、
屋内に控えている『じい』が、苦笑いしながらエッジをたしなめる。
「若、落ち着かれよ。先ほどからそわそわ、そわそわと、みっともないですぞ。
ご心配なさらずとも、お迎えの使者は必ず参ります」
だが、言われたエッジは、彼の方を振り返ろうとしなかった。
今度は屋内に戻らず、そのままバルコニーの端まで歩み出ると、
そこで仁王立ちになって腕組みし、空を見上げたまま言い返す。
「そんなことは分かっている。予定の時間よりずいぶん遅れているから、気になっているだけだ。
……それから、じい。俺のことを『若』って呼ぶのは、いい加減やめろ。同じことを何度も言わせるな」
そのエッジの抗弁を聞いて、じいは愉快そうに「ほほほ」と笑った。
まだエッジが赤子の頃からその世話をし続けてきた彼には、エッジの心情が手に取るように分かる。
エッジが振り返らないのは、今の自分の表情を見られるのを恥ずかしがってのことだ。
今エッジが彼に言った言葉は、単なる照れ隠しのためのものでしかない。
『赤き月』の呪われた民・ゼムスとの戦いが終わってから、約1年。
エブラーナ王国の王子であったエッジは、その後王位を継いで国王となっていたが、
こういうところは以前と少しも変わっていない。
じいは、まるでエッジを冷やかすように、からからと笑いながら言った。
「そういえば……お迎えの使者は、まず件の召喚士の姫君を迎えに行き、その後こちらへ参られるのでしたな。
若がそこまでお気になさるのも無理からぬこと、というわけですか」
そのじいの言葉を聞いたエッジは、今度は顔を真っ赤にして振り返った。
「関係ねぇよ! 『若』はやめろ、って言ってるだろう、このジジイ!」
言うが早いか、エッジは懐から『風魔手裏剣』を1枚取り出すと、
それをじい目がけて投げつけんばかりの勢いで振りかぶった。
実は、この『風魔手裏剣』は、エッジにとっては「何となく」程度ながらも思い出深い1枚であった。
1年前のゼロムスとの最終決戦において、彼の手元に残った最後の1枚が、これなのだ。
以来、この1枚には何となく特別な意味があるように感じられて、
エッジはこれをお守りのように、常に懐の中にしまって持ち歩いている。
そんな大事な1枚であるので、振りかぶりはしたものの、
エッジはその『風魔手裏剣』を、実際にじいに投げつけはしなかった。
何やらブツブツ言うと、大事そうに『風魔手裏剣』を懐の中にしまい込む。
そんなエッジの一連の仕草を見たじいは、ニヤニヤ笑いながら空の1点を指し示してエッジに言った。
「ほほほ、若、あれをご覧なされ。お待ちかねの使者が参られましたぞ」
「!」
その言葉を聞いたエッジは、ばね仕掛けの玩具のように跳ね飛んで、じいが指し示した方に向き直った。
雲の切れ間から現れた、黒く、小さな影。
超高速で空を飛ぶその影は、みるみるうちにエブラーナ城に接近し、
そしてあっと言う間にエッジの視界から消え去ってしまった。
仰天して振り返るエッジを尻目に、その影はエブラーナ城のはるか彼方まで飛び去ってしまっている。
「おいおいおいおい!」
慌てて叫ぶエッジ。
と、まるでその反応を待っていたかのように、その空飛ぶ影は方向転換をして、エブラーナ城の方へと戻ってきた。
「……まったく、脅かすなよ……」
半分本気で安堵の息を漏らしながら、エッジは、減速しながら近づいてくるその空飛ぶ影を見上げた。
飛空艇・新エンタープライズ号。
バロン王国製の最新鋭の飛空艇である。
1年前のゼムスとの戦いで活躍し、エッジも乗り合わせたことのあるエンタープライズ号の後継機だ。
全体の印象としては従来機と大差ないが、細部にはかなり異なる部分も存在し、その性能は大幅に向上しているという。
新エンタープライズ号は、減速のため旋回を繰り返しながら下降してきて、
やがてエッジの立つバルコニーと高さがそろうと、キャビンを横付けにしてその場に滞空した。
「ったく、遅せぇよ。おまけに通り過ぎてしまいやがって、何考えてんだ?」
内心の喜びを押し隠して、エッジはわざと不満そうな声を上げる。
すると、キャビンの窓の1つが開いて、そこから1人の少女が顔を出した。
まるでエメラルドのように、深緑の美しい輝きを放つ長い髪。
夜空に輝く星のような光をたたえた瞳……。
「怒らないでよ。新しい飛空艇はスピードが出すぎるんだって。仕方ないじゃない」
召喚士リディア。
その彼女の顔を見て、声を聞いて、エッジの顔はわずかにほころんだ。
1年前のゼムスとの戦いでリディアと出会い、そして共に旅をしたエッジは、
いつしか彼女に想いを寄せるようになっていた。
もっとも、ゼムスとの戦いが終わった後は、2人はなかなか会うことができないでいた。
エッジはエブラーナ国王となり、以前のように勝手気ままに動き回ることができなくなってしまったし、
リディアの方も、この人間界とは隔絶された幻界で過ごす時間の方が長くなってしまっていたからである。
『前に会ったのがセシルの即位式の時だったから、もう半年以上になるな……またいい女になりやがって……』
久しぶりに再会したリディアに対して、そう心の中でつぶやくエッジには、ある決意があった。
『今日こそ、リディアに気持ちを伝える』
今日の再会の機会を逃せば、次にリディアと会えるのはいつになることやら、分かったものではない。
結果はどうあれ……いや、上手くいってくれないと困るわけだが、とにかく何としても自分の気持ちを伝えて、
そしてリディアの気持ちも確かめておきたかった。
エッジは自分に対して、落ち着け、冷静になれと言い聞かせて気持ちの高ぶりを押さえつけると、
ごく普通の笑顔を作って、リディアに向けて言った。
「いくら速いからって、行き過ぎたにも程があるぜ。操舵しているのは、どこのどいつだ。
こんなヘタクソに操舵を任せていちゃあ、せっかくの新しい船が泣くぜ」
そう言って、腕組みしたまま高笑いするエッジ。
と。
「なにー!? 忍者小僧が、言ってくれるのお!」
「ゲッ!?」
飛空艇のキャビン前方の窓から聞こえてきたその男の声に、
エッジの心の落ち着き・冷静などといったものは木っ端微塵に吹き飛んだ。
大いにうろたえ、そしてその窓から突き出された顔を見て、腰を抜かす。
頭部は皮製の帽子に、顔の上半分は大きなゴーグルに、
そして顔の下半分は強い髭で覆われていて、頭部で肌が露出しているのは大きな口と鼻、耳だけという特異な風体。
忘れたくても忘れることのできない、この野太く大きな声……。
「……シド、じいさん……かよ」
エッジの声が、わずかに上ずった。額から一筋、冷や汗が流れ落ちる。
無理もない。1年前、ゼムスとの戦いにも勝利を収めたエッジが、
何度挑んでもついに勝つことができなかった唯一の人間。エッジにとっては天敵にも等しい存在である、
バロン王国飛空艇団整備隊隊長シド=ポレンディーナが、目の前に現れたのだから。
「げ、元気そうだな、じいさん……」
ひきつった作り笑いを浮かべ、こめかみの辺りをピクピクさせながらそう言うエッジに対し、
シドは太い腕をヌッと突き出して力こぶを作って見せると、豪快に笑いながらエッジに乗船を促した。
「おう、ピンピンしとるわい! さあさあ、早く乗れ、忍者小僧。
予定の時間より、ちと遅れてしまっておるからのお! 話はそれからじゃ!」
「……はあ……」
その場で固まって、困ったような笑顔を見せるエッジに対して、リディアは冗談とも本気ともつかない調子で声をかけた。
「乗らないの? なら、置いていくわよ」
「あ〜、いやいや、行く。行くってば。乗るよ、乗りますよ」
慌てふためいて新エンタープライズ号に飛び乗るエッジ。
そんな彼の脳裏には、いつだったか、じいが言っていた「嫁とりは苦難の道の連続ですぞ、若」という言葉が木霊していた。
『……何だか、先が思いやられるぜ……』
エッジは、そう思わずにはいられなかった。
この日、シドが飛空艇を駆ってエッジを迎えに来たのは、
1年前のゼムスとの死闘を戦い抜いた戦士たちを、ダムシアン城へ送り届けるためである。
共にゼムスと戦った戦士たちのうち、エッジはエブラーナ王国の、セシルはバロン王国の、
ギルバートはダムシアン王国の、そしてヤンはファブール王国の国王として即位している。
これらの4国はもちろんのこと、
他のミシディア、トロイアまで含めた世界の大国は相互に不可侵条約を締結して軍備を縮小しており、
現在のところ、世界は極めて平和的・友好的な状態にあると言えた。
国家間での人・物の交流も、以前にも増して活発になっている。
ただ、それとは裏腹に、国王という高くて重い地位に就いた者たちは、
復興事業を中心とする日々の激務に追われており、
公用でもない限りは顔を合わせることなどできないだろうという状態が続いていた。
やがて、誰からともなく「久しぶりにみんなで集まらないか」という話が持ち上がるようになり、
そして戦いの終結から約1年を経た今日、
かつての仲間たちほぼ全員が、ダムシアン城に集まるということで話がまとまったのである。
ちなみに、その会場がダムシアン城に設定されたのは、ダムシアン国王ギルバートの健康状態を慮ってのことである。
1年前のゼムスとの戦いの過程でリヴァイアサンと遭遇し、その大津波に飲まれた彼は、瀕死の重傷を負っていた。
ずいぶん回復したのであるが、それでも今なお杖に身を預けるという状態が続いている。
「よう、久しぶりだな」
新エンタープライズ号のキャビンに入ったエッジは、
窓際の席に座るリディアの姿を見とめると、軽く右手を上げてそう声をかけた。
「そうだね。半年……いや、もっとだね?」
リディアも笑顔で応じてくれる。
少し照れているのだろうか?
心なしか頬を朱に染めているような、そんなリディアの笑顔を見て、エッジの胸はわずかに高鳴った。
「ん……セシルとローザはいないのかよ」
照れ隠しのために話題転換を図ろうとしたエッジは、
キャビンの中にリディア1人しかいないのを確認して、そう尋ねた。
バロン王国から飛空艇で迎えに来たのであれば、セシルとローザも同乗しているものと思っていたのだが……。
「ああ。2人は、昨夜からダムシアンに先乗りしているんだって……早くみんなと会いたいね」
そう言うリディアの言葉の後半部分を、エッジは聞いていなかった。
『今は、リディアと俺と、2人だけ……』
何とも『おいしい』この状況に、エッジはすっかりうかれていた。
これは、天が自分に与えてくれた好機だ。みすみすこれを逃す手はない。
『邪魔者』が現れる前に、さっさと用事を済ませてしまおう……エッジは目を輝かせて、リディアが座る席へと近づく。
「で、お前は? 今回はいつまでこっちの世界にいる予定なんだ?」
まずはその点の確認だ。今後の段取りというものがある。できるだけ長くいてくれると、助かるのだが……。
「いつまでって……すぐ幻界に帰るけど?」
「ええ? 何で!?」
期待とは裏腹の、そのそっけない返答に、エッジは声を裏返して叫ぶ。
「だって、仕方ないじゃない。幻界とこっちの世界では、時間の進み方が違うんだから。
私は、今はもう幻界の方に慣れてしまったから、こっちの世界の時間の進み方は辛いのよ」
「うう……まあ、そんなつれないこと言わずによ、もうちょっとぐらい……」
いきなり雲浮きが怪しくなったことに、エッジがうろたえる。
するとリディアは、そんなエッジの心情を知ってか知らずか、窓の外に視線を移して空の景色を眺めながら
「う〜ん、どうしようかな」と、思わせぶりな態度を取った。
その様子を見たエッジは、わずかに身を乗り出す。
「いいじゃねぇの。な? ちょっとぐらい……っていうか、
まあ、ずっとこっちにいてくれた方が色々と、その……何だ? アレだ、うん」
珍しく口ごもってしまうエッジに、リディアは怪訝な表情をして視線を戻した。
何かを探るように、じっとエッジの顔を見つめる。
「……どうしたの? 何か、変」
「う……いや、つまり、その……」
エッジは、小さく深呼吸を繰り返した。『落ち着け、落ち着け』と、心の中で呪文のようにつぶやき続ける。
「……その、俺な、ちょっと、お前に話があって、よ」
「え……話って……」
勇気を振り絞って切り出そうとしたエッジの言葉に、リディアは、ほんの少しだけ身を引いた。
本当に、ほんの少しだけだったのだが、しかし、それがいけなかった。
ほんの少し開いただけの、2人の距離。
エッジは、そこに『拒絶された場合に生じるであろう、もはや詰めることのできない心の距離』を見てしまったのである。
「い、いや! 別に……何でもねぇよ!」
想いが強いが故に、失った場合の傷は深くなる。
エッジは、つい、自分を守りに入ってしまった。作り笑いを浮かべながらそう言うと、腕組みして上体を反らし、
そして視線もリディアから外そうと、キャビンの前方に目を向けた……と、まさにその瞬間。
「くぉ〜ら、忍者小僧! ちょっとこっちへ来い!」
操舵室とキャビンを隔てる扉が勢い良く開いて、その向こうからシドの髭面が現れたのである。
あまりといえばあまりのタイミングの良さに、エッジの表情は凍りついた。
「な、何だよ、じいさん!」
うろたえるエッジに、シドは豪快に笑いながら近づいてきて、そして、その腕を引っ張った。
「お前、さっきはワシの操舵にケチをつけてくれたのお。
他人にあんなことを言うからには、お前、飛空艇の操舵技術にも自信があるんじゃろ。その腕前、ワシに見せてみい!」
仮にも一国の王に向かって、シドには全く遠慮がない。
抵抗するエッジを、シドは無理やり操舵室へ引っ張り込んでいく。エッジは、思わずわめいた。
「何だ、何でこうなるんだ!? 放せよ、じいさん! 俺は客だぞ!?」
「偉そうに言うな。ワシもギルバートから招待を受けた客じゃ!
さあ、まずはミシディアに行くぞ。パロムとポロムの2人を迎えに行く。その後でファブールのヤンじゃ!」
「うわ〜、ちょっと待ってくれって、おい!」
必死になって逃げようとするエッジを、シドは左腕1本で締め上げて操舵室の中に連れ込んでいき、
そして操舵室の扉は閉じられた……エッジの悲鳴と共に。
「……エッジ……」
キャビンの中で再び1人になったリディアは、一瞬、寂しそうな顔を見せた。
だが、それも本当に一瞬のことだ。
フフッと小さく微笑むと、リディアは再び視線を転じて、窓の向こうに流れる雲を眺めた。
「変わらないね、エッジは……」
そんな風に、つぶやきながら。
予定の時間から大幅に遅れて、新エンタープライズ号はダムシアンに到着した。
「ずいぶん遅かったな。どうしたんだ?」
「何かあったんじゃないかって、みんな心配してたのよ」
ダムシアン城外の仮設駐機場まで出迎えに出てきたセシルとローザは、
ひどく深刻な表情をして、仲間たちと久闊を叙するのもそこそこに、
新エンタープライズ号から降りてくるリディア、ヤン、パロム、ポロムに問いかけた。
だが、リディア、ヤン、ポロムの3人は苦笑いするだけで、何も答えない。
「…………?」
釈然としない表情を見せるセシルとローザに、
パロムはさもおかしそうにニヤニヤ笑いながら、親指だけ立てて後ろの方を指し示した。
「まったく、お前という奴は! 偉そうなことを言っていたくせに方向転換も満足にできんかったではないか。
おかげでずいぶん遅れたぞ!」
「だっ、黙れ! じいさんの舵の調整が悪かっただけじゃねぇのか!?」
「何を生意気な、この!」
「いてて! はっ、放せってば!」
じゃれあうようにして飛空艇のタラップを降りてくるエッジとシドの姿を見て、
セシルもローザも、彼らの道中がどんなものであったのか、大体の察しはついたようだった。
腰に両手を当てて2人の姿を見ていたセシルが、苦笑いしながらつぶやく。
「……1年前も、あの2人は、あんな感じで何度か揉めていたっけ……懐かしいなぁ」
「そうね……エッジも変わっていなくて……何だか安心したわ」
ローザもクスクス笑いながらセシルに応じ、
そして2人の方に向き直ると、2度3度、両手を軽く打って、2人に呼びかけた。
「はいはい、エッジもシドも、そこまで。早く中に入りましょう。ギルバートが待っているわ」
「おお、そうじゃ、そうじゃ。こんな忍者小僧の相手をしておる場合ではなかったの」
「ケーッ、何でぇ。それはこっちの台詞だ!」
お互い憎まれ口を叩きながら、それでも何故か並んで歩き出すエッジとシド。
そんな2人の姿を見たリディアやセシルたちは、とても愉快そうに笑い出した。
『くそっ、笑い事じゃねぇってんだ』
心の中で悪態をついて、エッジは隣を歩く『天敵』をちらりと見やった。
リディアが本当にすぐ幻界に戻ってしまうとなると、エッジに与えられた時間はごく限られたものとなってしまう。
飛空艇の中で過ごせたはずの、貴重な2人きりの時間を失ってしまったことが、悔やまれてならない。
『……ハァ……俺、大丈夫かな……』
珍しく弱気の虫が出て、エッジは、ガックリ肩を落としていた。
